或るパイロットの年代記   作:DOH

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UC0084 サイド6(17)

 『三馬鹿』の『先鋒』の目の前で、ZAMがへし折れた。

 

 原因は知る由もなかったが、ブースターが誘爆したと見えた。結果ZAMは二つ折りとなり、そのままくるくる回転しながら隕石に併走している。

 

「う、ぉ、あぁぁぁぁぁ…………!」

 

 呻きが、漏れた。

 

 それは、いつか見たような光景だった。

 

 忘れもしない、デラーズの乱の最中。軽微であったはずの損傷がもとで、彼ら『三馬鹿』が尊敬する隊長が、事故死してしまった記憶。

 

 何を間違えた訳ではない。ただとてつもないめぐり逢わせの悪さによって、その人は宇宙の果てに消えてしまった。

 

 技量はもちろん、人柄も、志も、素晴らしい上官だった。少なくとも、彼にとってはそうだった。

 

 あの人を失ったことが、『先鋒』にとっての分岐点だったとすら言える。

 

 あの人が生きていたならば、おそらくあの戦いの行く末も変わっていたし、『先鋒』は喜んでその戦列に加わったことだろう。

 

 だが、失われた。だから、間違えた。

 

 いや、そうではない。

 

(間違えたのは、俺だ……!!)

 

 軍人として正しかったとしても、自分という人間のあり方として間違っていた。

 

 その結果、こんな所まで流されて。

 

 こんな所で、過去を映したような光景を目の当たりにしている。

 

 考えれば良かったのだ。崇敬するあの人の言葉を。あの人ならばどうするのか、どう導いてくれるのかを考えれば、それは明らかだったろう。

 

 軍人としての正しさはもちろん、自分にとって正しいと思えることを為せと。

 

 だが、『先鋒』は為さなかった。応報(リベリオン)の熱に浮かされ、荒れ狂った。

 

 しかも、それが軍人としての正しさではなく、己の怨念故ともなれば目も当てられない。

 

(どうすればよかったんだ。どうすれば間違わなかったんだ)

 

 後悔が、幾度も幾度もせき立てる。それは過去の炎であり、そして現在の、もう見えなくなった『少尉』の炎でもある。

 

 隕石の、軌道は変わらない。3つの核パルスエンジンの設定が完了しなければ、噴射を開始しないように設定されている。

 

 もはや、『先鋒』以外に、それを起動できる者はいない。

 

 自問する。これは本当に正しいことか? ジオン残党に踊らされ、大量殺人の片棒を担がされてはいないか?

 

(……考えるまでもねえ、か)

 

 自明だった。命を救うと銘打って命を懸け、炎に消えた馬鹿者の存在を思えば。

 

 真相はわからずとも、あれが信じたことなら、信じる価値はある。そう思える馬鹿者であったから。

 

 クゥエルのコンソールを叩く。隔離されていたファイルが展開され、ビーム・ライフルに流れ込む。

 

 邪魔者のいない隕石の上であれば、そして『先鋒』の技量とクゥエルの性能であれば、射撃位置に乗るのは容易いことだった。

 

 そして、照準を合わせて、五秒。

 

 後悔と。

 

 崇敬と。

 

 憤怒と。

 

 諦観と。

 

 ほんの一握りの、誇り。

 

 そんな『先鋒』の混然とした情念を載せて。

 

 核パルスエンジンが、噴射した。

 

 ゆっくりと、隕石が軌道を変えていった。

 

 

「――――――――あ」

 

 バイクを駆る少年の腰にしがみついて、コロニー港への道を走る女学生は、その気配を感じて空を――採光窓の向こうに目を向けた。

 

「どうしたの?」

 

 ブレーキを握って車両を止め、女生徒と似た名字の少年が訝しむ。

 

「あれ……」

 

 女生徒の指差す先に、少年も視線を向ける。

 

 そこは普段ならば、花弁のように伸びるコロニーのミラーと、その後ろに宇宙の深淵が覗いているだけの窓。

 

 だがその瞬間、そこには光があった。

 

 光は徐々に強まり、そして大きくなり。

 

 一瞬で、通過した。

 

 儚く光るコロニーの花弁を、掠めて。

 

 一瞬遅れて、小さな光が煌めいた。

 

 閃いた光が、ミラーの上を、隕石を追いかけるように広がっていく。

 

 そして花の名残が、綿毛を散らすように。

 

 ぱっと煌めく光が、花弁から飛び散っていく。

 

「――キラキラだ」

 

 魅せられたように、女生徒が呟く。

 

 理解していた。それはそんな儚く美しい言葉で飾るには、暴虐にすぎる破壊の軌跡。

 

 隕石の擦過によって、ミラーの反射材が粉々に砕かれ、ぶちまけられている光景だと。

 

 しかし、そうと理解していても、その破壊の煌めきが、美しいと感じる心は否定しようがなくて。

 

 ――そして、そんな冒涜を罰するように。

 

 ミラーの破片が、透過窓に降り注ぎ。

 

 一瞬で、窓を乳白色に染め上げた。

 

「まずいよ……! こっち!!」

 

 そう叫んで少年が、女学生を抱えて、物陰に飛び込む。

 

 その直後、コロニーのシリンダーが揺さぶられた。

 

 ガラスが砕け散る。電灯が、表示板が、木々が倒れる。

 

 コロニーのような大質量を揺るがす衝撃などそうそうあるものではない。備えも十分でないまま半世紀以上を過ごした街は、あちこちで破滅的な破壊音を轟かせる。

 

 そして振動が収まった後、ようやくコロニー内に、発狂したかのようなサイレンが鳴り響いた。

 

 そして、女生徒は実感した。

 

 密閉窓と外壁に降り注いだ破片は、コロニーの躯体に相当な損傷をもたらしたであろうことを。

 

 直撃こそ免れたが、このコロニーの終焉そのものは、避けられないであろうことを。

 

 

「――何とか、直撃は避けられたか」

 

 ルナツーにあるプロジェクトZAMの作戦室で、『不倫男』は深々と息を吐き出した。

 

 隕石とコロニーの接触情報は、ルナツーにも入っていた。本来は完全にコロニーを回避できる予定だったが、計画よりふた周りほど対応が遅れた結果である。

 

「空気漏れはあちこちで起きてるみたいッスけど、致命傷はないみたいッス。ひとまず安心ッスね」

 

 『技師』がニュースを傍受し、状況を確認する。とっくに避難指示がでていた状況であるから、人的被害は(皆無ではなかろうが)少ないように見受けられる。

 

 もちろん後始末は大変だろうが、それは彼らの仕事ではない。サイド6に任せるしかないことでもある。

 

 隕石の予測軌道を再計算する。グラナダを目指していた隕石は、核パルスエンジンの噴射によって軌道を修正。一度月周辺を掠めた後外周軌道を何度か巡り、最終的的にはサイド3周辺で安定する見通しだった。

 

 隕石落とし事件は、概ね決着したと見てよいだろう。

 

 『技師』のコンソールに、通信管制担当からの通知が届いた。

 

「シャクルズのザクがGMを回収したッス。ザクはそのままザクレロと合流するみたいッスね」

 

 シャクルズはプロジェクトZAMの資源である。返還するのが筋であるが、『技師』は敢えて『サーカス』に持ち去るように指示をしていた。

 

 GMに乗る、『少尉』が言うところの『顎髭』を、ティターンズに渡すわけにはいかないためだった。

 

 ティターンズのサラミスに本気で追いかけられてはひとたまりもないだろうが、あちらはあちらで所属機の回収に四苦八苦しているようである。

 

 何しろ、所属機のうち二機が中破、二機が()()()()()()()なのであるからして。

 

「それで、RX-84の行方は?」

 

 『不倫男』から、もう三回目の質問が投げられた。

 

 コンソールから『サーカス』に関する情報を削除しながら、『技師』は何事もなさげに答える。

 

「現在も行方不明のままッス。隕石の軌道近くを回ってるハズッスから、天体監視機構がそのうち見つけると思うんスけど」

 

 言いつつも、各所機関はコロニーに擦過した隕石の行方と飛散物に注視している最中であり、難しいだろうことは想像できた。

 

 つまり、よほどの運がなければZAMと『少尉』が回収できる見込みはない。

 

 負傷しているはずの『少尉』の生存は、絶望的だろう。

 

「そうか」

 

 見るからに肩を落として、『不倫男』は作戦室を出て行った。

 

(心中はお察しするッスけどね)

 

 隕石落としを阻止したものの、ティターンズとの小競り合いと、肝心のZAMの喪失は、彼にとって致命的なダメージになったことだろう。

 

 あの悪辣なゴーグル男に弱みで首根っこまで押さえられた以上、今後の研究は相当制限されることが予想できる。

 

 そもそも身を寄せる相手を間違えたと言えばそれまでであるが――。

 

「ここらが潮時ッスね」

 

 あえて声に出したが、作戦室の人間から咎める声は帰って来なかった。

 

 

 そして翌日、『技師』は辞表を提出。

 

 そのままの足で、『少尉』とZAMを探して、各地のコロニーを巡っていくことになる。

 

 

 少し時は戻って、サイド6軌道近傍――。

 

「ああ、やっちまった――」

 

 隕石が噴射光だけとなって遠ざかっていくのを見送って、『三馬鹿』の『先鋒』は天を仰いだ。

 

 考えてみれば、すべてにおいて筋の通らないことをした。もし彼の行いが人を救うに正しいことだったとして、しかしそれはティターンズの行動を否定する行いである。

 

 そもそもティターンズが介入しなければ、ティターンズ側に死者は出なかったし、隕石はもっと安全にコロニーを回避できていたのかも知れないのだ。

 

 一方で、ティターンズとしての筋を通すのであれば、たとえ後がどうなろうとも、隕石の軌道修正は全力で阻止するべきだった。

 

 つまりは命令違反、利敵行為、その他諸々の軍法裁判案件である。

 

 だが。

 

 状況に反して、『先鋒』の気分は軽やかだった。

 

 ようやく、自分で選べた。『あの人』に胸を張れる選択をした。

 

 あのデラーズの乱から現在まで、心に蟠っていたものが取り払われた。

 

 だが、その代償は、部隊の仲間に対する裏切りである。これはこれで、筋を通さなくてはならない。

 

「ちっ、どうしたもんかな……」

 

 舌打ちしたところに、誰かが機体をノックした。

 

 まず見えたのは、モニタを埋め尽くす巨大なカボチャの怪物だった。

 

「うぇっ…………!?」

 

 思わず声を上げて、それが『サーカス』とやらのザクレロであることを思い出した。機動ポッド『ボール』の中にもシャークマウスが描かれた機体があったが、このカボチャ模様はやりすぎである。

 

 ともあれ、ノックしてきたのはカボチャ大王ではなく、全身満身創痍のジオンMS『ヅダ』だった。つまりは『少尉』が命懸けで停止させた機体である。

 

「ティターンズのパイロット、生きているか?」

 

 直振回線で、そう聞こえてきた。

 

「生きてるってぇの。……何でぇ、御礼参りに来たのか?」

 

 そうであれば、『先鋒』としてもわかりやすくなるのだが。しかしヅダはわざわざMSで頭を振って見せた。

 

「そもそも、我々に戦う気はない。最初から――」

 

 最初から、隕石をサイド6から認識できる距離を掠めて、サイド3に届けるのが目的だった。妨害も、こんな速度で追いついてくる部隊がふたつもいるなど想定外であったと。

 

「そうでなければ、子供など連れてくるものか」

 

 ヅダのパイロットが嘆息するが、それは見通しが甘かったと事実が物語っている。

 

 ――物語っているが。

 

(あいつらのチームはともかく、俺らは都合が良すぎる)

 

 サラミスとティターンズの機動部隊が、予定変更の巡回任務で隕石軌道の近くにいたなど、偶然と考える方がおかしい。

 

 かといって、最初から隕石騒動が起きることがわかっていて、それを阻止するつもりで配置されていたと仮定すると、今度は装備が不十分すぎる。

 

 つまりは、命令内容から察しても、自分たちティターンズ部隊の役割とは、「仕掛け人である『サーカス』を口封じしつつ、隕石の阻止は失敗する」ことであったと推測できる。

 

 こんなことができるのは、最初から全部を仕掛けた側しかあり得ない。

 

 つまり。

 

(コロニーの破壊も、グラナダへの隕石落としも、あの野郎のマッチポンプってことかよ)

 

 と、いうことになる。

 

 そしてそういうことまでやりかねないと、ティターンズ内部からすら確信を持たれているのがあのゴーグル男である。

 

 そこまでわかってしまっていて、『サーカス』と接触を持ってしまった『先鋒』が、ただで済む道理もない。

 

「あぁ、畜生! なんてこった!」

 

 もはや選択肢はなかった。こうなっては、連邦に戻る道筋もない。身を隠し、名誉を取り戻せる機会を狙うしかない。

 

 取り戻す名誉があるかはさておいて。

 

「それで、どうする。今ならサラミスの方まで加速してやれるが」

「シャクルズとそいつはどうするんだよ」

 

 ヅダも背中のメインエンジンを破壊されているため、通常時の半分ほどの機動力しかない。カメラに映るヅダは、プロジェクトZAMの表裏二機搭載型シャクルズに掴まっている。

 

 『先鋒』の言葉は、シャクルズにくくりつけられたGMについてだった。

 

「こちらも、ティターンズ艦に引き渡すと面倒なことになるみたいでな」

 

 彼ら『サーカス』がとりあえず逃がすつもりであるとのことだった。ルナツーの『技師』からの指示らしい。

 

 GM一機でティターンズ機一機を撃墜かつ二機を中破させており、パイロットが気絶したままであるようであるから、納得できることではあった。

 

 ティターンズ艦であるサラミスに回収された場合、命の保障すら怪しくなる。捕虜への拷問などは戦時国際法で禁止されているが、抜け道はいくらでもあるのが実状だ。

 

 さて、そうなれば問題は『先鋒』の去就に戻る。

 

「まったく、どうしたもんだかなぁ」

 

 仲間に筋を通したいところではあるのだが、今このタイミングで脱走の説得は難しいだろう。

 

「ならば……」

 

 やるべきことはわかっていたが、手段の見通しが立たない。

 

 そんな『先鋒』の懊悩を察して、ヅダの『真鍮』が身を翻して。

 

「俺たちの『サーカス』に、来るか?」 

 

 そう、機体の手を伸ばしたのだ。

 

 

 

 そこで取ったその手が、旅の始まり。

 

 『三馬鹿の先鋒』改め『道化』を名乗るようになる男の、 地球圏から火星にまで及ぶ、長い逃避行の始まりだった。




■正しいと思えることを為せ

 実際のところ、『あの人』ことUC0083に戦死したアルビオン隊MS部隊長が、そのようなことを言ったかどうかは定かではない。
 これはあくまで、『先鋒』が抱えた後悔と葛藤の中で、自分が間違えない言葉を求めた結果、自分の中から発した言葉に過ぎない。
 ニュータイプの感応もそうであるが、死者との会話は多くの場合、自分の中のイメージを死者に投影しているに過ぎないのだ。
 だが、それもまた人が前に進むための力、想像力という才能の現れである。
 いなくなった先人を学習し、模倣する。それが死者を冒涜しているかどうかも、結局当人が決めるしかないのだ。
 どちらにせよ、死者は死者であり、彼岸の向こうでただ微笑むのみである。
 ――理を越える何かが、介入しない限りは。


■破砕されたミラー

 コロニーのシリンダーから伸びるミラーは、シリンダーに沿って回転しており、すなわちそこには強い遠心力(1G以上)がかかっている。
 しかも真空であるため、隕石の通過による衝撃波は、その速度と質量に比するとかなり小さい。
 そのため、衝撃によって破砕された破片は遠心力も手伝って非常に減速されており、被害は外壁を損傷する程度で収まった。
 しかし、それでも広範囲を損傷したコロニーの修復は容易ではなく、元々の老朽化も手伝って、サイド6自治体はこのコロニーを放棄することとなる。
 そして、その廃棄コロニーを買い取ったのが後のブッホ・コンツェルンの先駆けであり、コロニー解体のために多くのジャンク屋が集結。
 その中にはサイド1シャングリラのアーシタ夫妻なども含まれ、一大開拓地の様相を呈することになる。
 そして、集まったジャンク屋たちの娯楽として、シャングリラコロニーから持ち込まれたジャンク・キメラMSによる格闘技『バトレイヴ』が、ジャンク屋の派閥『氏族』によって対立する『クラン・バトレイヴ』に変化し、最終的に『クランバトル』と呼ばれるようになるのだが、それはまた別の物語である。
 
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