東方来訪神 夢幻綺譚   作:八切武士

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 とある大雨の日、なし崩し的にアリスの家に泊まる事を宣言する魔理沙。
 暇つぶしに、何か昔話をせがむ魔理沙に呆れながらも、アリスは魔界の昔話を話し始めるのであった。

 魔界で育った、一人の少女の話を。


魔理沙とアリスの昔話 ~魔界童子~

 

 

【承前・魔理沙とアリス ~勝手知ったる身内の家~】

 

 

「あ゛~、良い風呂だった」

「……」

「お、ありがとよ」

 

 アリスは、無言で差し出されたタオルでくしゃくしゃの金髪をがしがし拭いている友人をじっと見つめ、軽くため息をついた。

 

「もう、夜遅いのだけど?」

「だよなぁ、うんざりする位降りやがる」

 

 タオルを首にかけたまま肩を竦めた魔理沙は、窓の外の豪雨に肩を竦めると、そのまま冷蔵庫から牛乳を一本取りだしてぐいっ、と飲む。

 ごきゅ、ごきゅ、と小さな喉仏から音が聞こえそうな位、見事な飲みっぷりだ。

 

「やっぱり、風呂上がりはよく冷えた牛乳だよなぁ」

「私が言いたいのは、もう寝る時間なのに、何故、全く帰る気が無いのかって事なのだけれど?」

「いや、雨降ってるし」

「雨なんて、来た時から、同じ位降ってたじゃない」

「いや、来る時は、来る気があったから良いけどよ、帰る時はなんか、降ってると面倒くさくね?」

 

 この子は一体何を言ってるのだろう。

 アリスは本日幾度目かのため息をついてから、グラスに氷を落として牛乳を注ぐ。

 マドラーで軽くステアすると、先に注いであった濃いめの紅茶液と混ざり、立ちのぼった香りが鼻をくすぐる。

 

「と言うわけで、今日は泊まってくわ!」

「……ベッドは自分で用意しなさい」

「おう!」

 

 にやりと笑った魔理沙は、来た時から抱えていた荷物から、本と菓子の包みを取り出した。

 重厚な革表紙で装帖された本は見るからに古そうだが、保存状態は良い、良すぎる。

 

「また、盗ってきたわね……その内、本当に殺されるわよ」

 

 紅魔の館に住まう図書館の主、紫髪の魔女。

 彼女もまた、目の前の魔法使いの少女、魔理沙については意外な程甘い所がある。

 だが、貴重な蔵書が粗略に扱われたとなれば、確実に激怒するだろう。

 

「分かってるって、ちゃあんと、“全部”大事に扱ってるさ」

「あの汚い部屋で?」

 

 アリスは、たまに訪れる魔理沙の家兼、店舗の惨状を思い浮かべる。

 一言で言えば“片付けられない女の部屋”としか言いようのない場所だ。

 行く度に掃除したくてしょうが無くなるのだが、本人が、置いてある場所が分からなくなると、固辞するのでいつも手を付けずに終わってしまう。

 

「ちゃんと、本だけは別に保存用の付与したとこに入れてんだよ」

「以外ね」

「いや、私も魔法使いだぜ、貴重な資料の扱い位ちゃんとしてるって」

 

 魔理沙はぶーちく言いながら、机に菓子の包みを広げる。

 中身は手のひら大に焼かれた大判のクッキーとビスケット、飴で固められた小ぶりのシリアルバー。

 シリアルバーは、押し麦、細かくした乾燥果物、ナッツ、チョコレートが入っている。

 多分、魔理沙の行動食だ。

 

「昨日、作り足す時、多めに作ったからな」

「相変わらずこういうのはマメなのね」

 

 アリスはクッキーを一枚とって、囓る。

 甘さは控えめだが、ごろごろと大きめのチョコレート塊が入っているので、それが丁度良い。

 

 それから数時間、居間で発されたのは、飲み物を啜る音と菓子をかじる音、そして、本をめくる音、時折、何かをメモに書き付ける鉛筆の音が混じる。

 アリスも裁縫仕事をしていたが、布の裁断は既に終わらせていた為、特に音が立つ事も無い。

 なので、魔理沙が本を些か強めに閉じた音は殊更大きく響いた。

 

「ん~、疲れた」

 

 目をもみほぐしながらそっくり返った魔理沙は、軽くくしゃみした。

 

「流石にそんな格好じゃ風邪をひくわ」

 

 寒くないのを良い事に、魔理沙は肌着のまま本を読み耽っていたのだ。

 魔女として体質が変わったアリスは兎も角、いまだ普通の魔法使いである魔理沙は並の人間である。

 流石に湯上がりで、肌着のままでいれば風邪になるかも知れない。

 

「……今更だけど、ここはあなたの家じゃないのよ」

「いや、居心地いいからなぁ」

 

 にんまり笑って、ネコのような伸びをする友人に首を振り、アリスは椅子にかけてあったストールを手渡す。

 

「目が疲れたからちょっと休憩だぜ……アリス」

「なにかしら?」

「なんか、面白い話してくれよ」

 

 アリスは流石に裁縫の手を止めて、魔理沙の顔を見た。

 

「普通、何か面白い話を持って来るのは、訪問客の役割じゃない?」

「つーても、最近、特に面白い事件とか起きてねぇし……なんか、面白い昔話とかねぇの?」

「昔話?」

「アリスの実家って魔界だろ、なんか面白い伝承とか有るんじゃないか、あんま、アリスって実家の話しねぇからな、たまにはいいだろ?」

 

 何気ない風を装っていたが、魔理沙の言葉は存外強い口調で発せられた。

 恐らく、切り出す機会を待っていたのだろう。

 

(そう言えば、ちょっと留守にしていた時、赤いメイドと会ったとか言ってたわね……)

 

「おいおい、いい加減幸せが在庫切れするぜ」

 

 魔理沙の声で我に返ったアリスは、自分が又ため息をついていた事に気がつく。

 

「仕方ないわね……一つ、昔話をしてあげる、寝物語代わりにね」

 

 アリスは温かい方の紅茶を入れ直し、口を開いた。

 

「これは、魔界で育った小さな女の子のお話……」

 

 

【回顧・魔界神 ~幼子と守護神~】

 

 

 昔、魔界に魔界神がおりました。

 

(お前んとこのおかんじゃねぇか!……あ~、分かったよ、黙って聞くから!)

 

 魔界神は魔界で、自分の作り出した住民達と楽しく過ごしていました。

 魔界の中で、彼女は全知全能、なにも思い通りにならない事等、無かったのです。

 

(なんかそうでもなさそうだったけどな……)

 

 しかし、長い時を過ごすうち、彼女は自分が退屈してしまった事に気がつきました。

 なんで退屈なのか、彼女は一生懸命考えました。

 細かい理由は色々とあったのですが、結局、根本的な原因は一つ。

 

 魔界では思い通りにならない事も、思い通りにできない事も無い。

 

 魔界神としての全知全能、それこそが原因だったのです。

 そこに思い至ってから、魔界神は敢えて、“全知”の部分に“片目を瞑る”事にして、住民達が好きにしかける悪戯や騒ぎで無聊を慰めて時を過ごしていました。

 そうして又、長い、長い時が経ち、魔界神はふと、魔界の中に見慣れないものがある事に気がついたのです。

 

 それは、人間の赤ん坊でした。

 

 誰がそこに置いたのか、いつから居たのか、魔界神にすら分からない。

 それは、魔界神がずっと心の底で求めていた、思い通りにならないもの、解けない謎だったのです。

 魔界神は赤ん坊……人間の女の子を、喜んで自分の手元に置いて育てる事にしました。

 そして、魔界神は考えたのです。

 

『この子が私の思い通りになってはつまらないわ、自由に、この子が思うとおりにさせましょう』

 

 しかし、そうなると、自分がつきっきりになる事は出来ません。

 只人の親ですら、子供には強い影響を与える。

 ましてや、魔界神という“神”が親としてべったりしては、その影響は大きすぎると思ったのです。

 でも、魔界は人間の、ましてや子供にとっては余りにも危険な場所でした。

 ずっと手元に置いて守れれば良いのですが、それが出来ないとなれば、住民達のほんの些細な“いたずら”で人間なんて簡単に死んでしまう事でしょう。

 魔界神は少し考えて、良い事を思いつきました。

 

『そうだわ、赤ちゃんのお守りを造ればいいんだわ……片時もあの子から目を離さずに守り、絶対の忠誠をもって見守ってくれる、そして、いざとなれば命を捨てて、例え私からでもあの子を守る、最強の子守を造りましょう』

 

 魔界神は心血を注ぎ、精魂込めて、最強の子守……一人のメイドを造りあげたのです。

 赤ん坊を任されたメイドは、心からの忠誠と愛情をもってその子に仕え、その力で魔界の住民達から赤ん坊を守り、魔界神は安心してその子の成長を見守り、楽しい毎日を過ごしました。

 楽しい毎日を過ごすうち、魔界神は、また気づきます。

 魔界にあっても、人間の時は自分達と平等ではない事。

 それは、“全知”に両目を瞑っても無くならない事実でした。

 

『まるで瞬きだわ、人間の一生ってなんて短いのかしら!』

 

 最初から分かっていた事ですが、楽しい事だけに目を向け、敢えて無視していたのです。

 ですが、魔界神は困ってしまいました。

 本当に困ってしまったのです。

 それは、魔界を作ってから本当に初めてのことでした。

 魔界神はうんうん唸り、大好きな、女の子とのお茶の時間、夕食の時間もすっぽかす程悩んでしまったのです。

 そのまま一ヶ月ほど悩み続けた魔界神は、やっと答えを出しました。

 

『人間止めちゃえばいいのよ』

 

(は?)

 

 思い立ったが吉日、魔界神は深夜にもかかわらず、女の子の寝室へ向かいました。

 しかし、その途中、メイドが立ち塞がります。

 

『逆らうのかしら?』

『そのようにお造りになりましたでしょう?』

 

(おいおい、いきなりかよ)

 

 メイドには分かっていたのです。

 女の子の意思に関係無く、魔界神が彼女を“変えてしまう”事が。

 それは、彼女が造られた存在理由を犯す事。

 決して許せぬ事でした。

 しかし、魔界神もただ思い通りに考えた訳ではありません。

 始めて、悩んで悩んで決めた事。

 退くわけにはいきません。

 

 その後、どれ程戦いが続いたか分かりません。

 魔界の九割が破壊し尽くされる程の戦いの後、とうとう魔界神は唯一何事も無く保たれていた女の子の部屋にやって来ました。

 そして、ちょっと、時間をかけすぎた事に気がついたのです。

 

 二人が戦い続めた時、まだ幼子だった女の子は、もう、思春期の少女に成長してしまっていたのでした。

 それも、眠り続けたままで。

 

(……ええ)

 

 魔界神は流石にちょっと慌てました。

 メイドを強く造りすぎたせいで、ついつい、時間を忘れて戦ってしまったのですが、人間の成長速度まで忘れてしまったのはうっかりが過ぎます。

 急いで、女の子用の魔術を準備して、詠唱を開始し始めました。

 普段なら、指を鳴らせばいいのですが、魔界神は女の子の寿命をなんとかしたいだけで、自分の被造物にしたい訳ではなかったので、少し慎重になっていたのです。

 術をかけ終わった瞬間、魔界神は深く安堵しました。

 

『“魔女”なら、人間とさして変わらないし、寿命もないから、ずっと一緒にいられるわね♪』

 

 一安心して、笑顔になった魔界神でしたが、胸に手をやり、そこから剣の切っ先が生えている事に気がつきました。

 そう言えば、視界もぐるぐる回りながら落ちてゆきます。

 首から血を噴き出しながら立ち尽くす魔界神の体をよそに、片腕と胴体を半ばまで失ったメイドは体を引きずり、最後の力を振り絞って次元門を開き、そこへ女の子を送り込みました。

 魔界神の封印を破るのに時間がかかりすぎ、術の始まりを阻止できなかったメイドは、最後の力で、女の子を彼女の支配が及ばない場所へ送る事で、それ以上の干渉から守ろうとしたのです。

 

 

【事後・夢子 ~宜しくお願い致します~】

 

 

「……ん、って、終わりかよ!」

 

 しばらく、続きを待っていた魔理沙は、口をつぐんだままのアリスの顔を見て、机をばん、と叩いて抗議する。

 

「もう、夜も遅いんだから静かにしてちょうだい」

「いや、その後、女の子はどうなったんだよ……イヤワカルキィスルケドヨ、じゃなくて、メイドは無事だったのかー、とか、魔界神はどうしたとか、色々あんだろがよ!」

 

 若干ばつが悪そうに目を逸らしながらも、抗議は止めない魔理沙に、アリスは薄く笑って指を組む。

 

「無事な所を見たんでしょ?……魔理沙は、帰れるうちに、実家に顔位出して来なさい」

「あ~、出してねぇ訳じゃねぇよ、親父とは顔合わせねぇ様にしてるだけでよ」

 

 しかめっ面の魔理沙を放置して、アリスは裁縫道具を片付ける。

 

「それじゃ、私はもう寝るから、片付けは任せるわ」

 

 アリスは、ちら、と玄関に目をやってから席を立つと、二階への怪談を上がってゆく。

 相変わらずこういう所は素っ気ない。

 

「おう……おやすみ、アリス」

「おやすみ、魔理沙」

 

 アリスが寝室へ引っ込んだ後、魔理沙は少し考え込んでいたが、ストールを体に巻き付けて席を立ち、玄関のドアを開けた。

 玄関の前には、赤いメイド服を着た金髪の少女が静かに佇んでいる。

 綺麗にお辞儀をした彼女を、魔理沙は横に避けて中へ招き入れた。

 

「お久しぶりに御座います」

「だな……すっかり忘れてたぜ」

 

 テーブルを間に向かい合う。

 

「あの時とは、大分変わられた様で」

「ほじくり返すのやめてくんねぇかな……流石にあの頃はちっとはずい」

 

 ちょっとグレていた時の事は、魔理沙と言えどもあんまり思い返したくない記憶だったりする。

 

「しっかし、“あの後”そんな事になってたとはなぁ……つーか、時間あわなくね?」

「“ここ”と“あそこ”では時の流れが異なっておりましたので、それに、あの時は、魔界の“時間”自体が壊れてしまいましたので」

 

 事も無げに答えた夢子に、指折り数えていた魔理沙は指を解き、げんなりした顔で紅茶を飲む。

 

「ほんと無茶苦茶だぜ……で、どうすんだ?」

 

 探るような目線を受け止め、夢子は無表情のまま紅茶を一口含み、そのままカップを置いた。

 

「結構なおてまえでした」

 

 そう呟くと夢子は立ち上がり、改めて魔理沙に目を向ける。

 

「いいのか?」

 

 その口元に浮かんだ笑みを見て、魔理沙は思わず声をかけていた。

 しかし、夢子はただ深々と頭を下げるのみだった。

 夢子が静かに立ち去った後、魔理沙は閉じたドアを暫く眺めていたが、やがて舌をぺろりと出して、テーブルの後片付け始める。

 

「しゃーねぇ、雨上がったら、人里行ってくっかな……こーりんもうるせぇしな」

 

 机の片付けが終わり、魔理沙が大あくびを一発する頃には、外の気配は二つとも消えていた。

 ついでに雨も止んでいる。

 

「おいおい、少なくとも明日中は降ってる感じだったんだけどな……」

 

 魔界神のささやかな置き土産だろうか。

 魔理沙は肩を竦め、ほぼ自室になりつつある客間へ向かう。

 明日は少し早めに出た方が良さそうだ。

 どうせ、帰りはここか、香霖堂で愚痴る羽目になりそうだから。

 





 と言うわけで、かなり昔から脳内で熟成されていた、アリスのお話でした。
 もの凄く久しぶりに東方ネタで書いたんですが、凄くスムーズに書けて驚き。

 そう言えば、当時考えていた時のシチュエーションでは、アリスが割と瀕死の時に魔理沙に話して聞かせる予定だったんですが、その話はお蔵入りになったので、単品提供として、より穏当で、普段ありそうな状況で話して聞かせる形となっています。

 他にも小話はあるので、その内気が向いたら追加するかも?
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