実況パワフルプロ野球 次世代編 -A Future With Light-   作:kyon99

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第2話 明日未来VS生徒会

 僕たち二人が聖タチバナ学園に入学して、早くも一週間が経過した。

ㅤ春の風が心地よく吹き、風で散った桜の花びらを何処か遠くへと運んで行く。

 こんな日には何処か寄り道をして帰ろうかと思い、用事がある事を思い出した矢先の事だった。

「はぁ〜あ。これからの私達は一体、どうすればいいんだ〜」

 それは放課後。

 ため息と共にガックリと肩を落として妹の未来が僕の机にうな垂れていた。

 いつもは明るく元気に、空気も読めずにマイペースな未来がここまで落ち込んでいるのは中々ない事だが、それには理由がある。

 それは、部員問題だ。

 未来が入部したこの聖タチバナ学園の野球部の部員数が未来を含めたったの『三名』であると言う致命的な問題が入部と同時に起こってしまったのだと言う。

 その部員の一人は、太鼓望先輩。

 僕たちの一学年上の先輩で、黒髪のキノコヘアーで眼鏡がトレードマークらしい。

 続いてもう一人は、九龍翔斗。

 僕たちと同学年の一年生で、中学時代はバス停前中学で野球部に所属していたとの事。

 その二人に未来を加えた合計三人と、監督を務めるのは数学の教師である大仙清先生であり、『少数精鋭』をスローガンに掲げてこの学校の野球部は活動している。

 未来曰く、どうやらこの学園は野球部には力を全く入れていないらしくその理由も何も分からないとの事だった。

「はぁ〜。入学早々、野球部員が三人だけって事ってあるかな〜? ねえねえ、光、何かいい案とかあったりしない?」

「ある訳ないよ」

 僕は即答した。

「あっ、そうだ! 光が野球部に入ってくれれば問題解決じゃない〜?」

「……、僕は入らないよ」

 と、首を横に振る。

「そうだよね〜」

 そもそも野球は九人でやるスポーツ。

 僕が入った所で人数不足の問題自体が解決する訳じゃないんだし。

 それに野球は絶対にやらないと決めている。

「それじゃあ、ボチボチ練習をしにグラウンドに行こうかな〜。ま、部員はたった三人しか居ないけどね〜」

 と、項垂れていた机からひょこっと身体を起こして未来はゆっくりと立ち上がった。

 それでも楽しそうな表情をしているのは未来らしいな、と素直に思える。

「あ、そうだ。光、お父さんに帰りは遅くなるって伝えておいてくれない〜」

「うん。別に良いけど」

 ここ数日。野球の部活練習の終わりは決まって二十時に終わっていて、二十一時前には家に着いて真っ先にシャワーを浴びている。

 遅くなると言う連絡は今まで一切無かったのに今日は何か用事でもあるのだろうか。

 特に興味がある訳でも無いので聞かないことにした。

「それじゃあねえ〜」

 と、未来が手を振って教室から出て行こうとした瞬間、だった。

「わあぁぁぁ〜〜!!ㅤ生徒会メンバーが廊下をお通りになるぞぉぉぉーー!!」

 と、名の知らない誰かの声が名暸に聞こえてきた。その声量は耳元で話しかけられているかのように大声だった。

 瞬間に、

「きゃあああああーー!! 生徒会メンバーが四人集結してるわよ!!」

「うおおおおおおーー!! 流石に四人も揃うと威圧感が半端ねぇ!! お、俺、記念に写真撮っちゃお!!」

 ざわざわと音を立て廊下の方へと生徒達が一気に動き出した。

 一体、何事だろう?

 でも、そんな事より僕は早く帰らなきゃ。

「あれ、光。帰っちゃうの〜?」

 と、他の生徒同様。未来もその場で脚を止めて生徒会メンバーが歩いてる姿を遠目から眺めていた所だった。

「うん。興味ないしね。それに今日発売の本を買いたいから急がないと」

 と、僕はその場から一刻も立ち去ろうと群れる人並みを掻き分けて必死の思いで廊下に出て帰ろうとしたが、

「やっほー。皆、元気してるー? 困った事があったら気軽に生徒会までに相談しに来てねー」

 と、大名の行進とでも言うべきか。

 堅いの良い男、少し小柄な男、背の高い薔薇を手に持つ男を三人を携え筆頭に立つ女生徒、この学園の生徒会長を務める橘みずきがニコッと笑みを浮かべ、生徒たちから求められる握手に応えながら廊下のど真ん中にポツリと立つ僕の目の前に向かって歩いて来る。

「あれが橘みずき率いる生徒会。一年生のみで構成されいて、この学園内の全実権を握っていて先生達よりも偉いらしいぞ」

 ボソボソと他生徒が呟く声を耳にした。

 橘みずき。

 この前会った時に、自ら学園の理事長の孫娘とは言っていたけど先生よりも偉いとは。

 一体、どんな学園なんだ。此処は。

「あら、そこの赤毛のキミ。確か双子のお兄さんだったわよね? 名前は……えっと、明日光くんだったかしら?」

 スッと僕の目の前に立つ橘みずき。

 近くで見ると思わず僕がクッキリと映りそうな大きな緑色の瞳、色白で肌が綺麗で、おまけにいい香りがした。

「……うん、そうだけど」

「光くん、君は部活は何にするかもう決めたのかな?」

「いいや、僕は帰宅部だよ」

「あら、そうなの。妹さんは?」

「妹は野球部に入ったよ」

「野球……。ああ、そう」

 野球、そのたった二文字を聞くと、橘みずきはピクリと顔色が変わった。

 後ろにいる三人の生徒会メンバーも同様で反応を示していた。

 もしかすると、何かまずかった事を言ってしまったのだろうか。

「ま、そんな事より。良い機会だから生徒会メンバーを紹介しよっかな」

 と、橘みずきはニコっと笑う。

 僕も『そんな事より』早く帰りたい。

「まずは会計の原啓太くん」

「よろしく。お金の相談やったら任せてや。色々と勉強させてもらいまっせ」

 僕と未来に似た赤毛、ニコリと笑うその笑顔からは明るく気さくな感じが見て取れる。

「そして、書記の宇津久志くん」

「男に優しくする趣味はないが、困った時くらいは助けてあげなくもないよ」

 ヒョロっと背高く金色に染まった長髪の髪を右手でヒラリと掻き分けた少しナルシスト気味にも見て取れた。

「最後は、副会長の大京均くん」

 ドスン、ドスン。

 堂々とした体つきが周りを威圧させ、赤縁の眼鏡を掛けた色黒の男子生徒が目の前に立つ。

「大京です。この聖タチバナ学園の秩序は私達生徒会が守ります」

 と、それぞれが自己紹介をしてくれた。

 名前は初めて知ったが、僕はこの四人を見るのはこれが初めてではない。

 二年前の夏の決勝戦のあの日、恋恋高校とあかつき大附属の試合の時、僕はこの四人と出会っている。

 出会っていると言うは少し大袈裟なのかもしれないけど、目の前を物凄い勢いで駆け抜けて行ったことはまだ覚えていた。

「おっと、みずきさん。そろそろ会議が始まります」

 スッと大京くんが腕時計に目を向けた。時計の針は十六時を指そうとしていた所だ。

「あ、そう? それじゃあ何か困った事があったらいつでも生徒会に言ってね」

 と、言葉を残した橘みずきは、生徒会メンバーと共に僕の横を通り過ぎ、生徒会室の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 夕暮れ、この春の時期になると午後の十八時を過ぎていてもまだ空の色は明るさがある。

 電車に乗って頑張市の少し外れた場所に位置するパワフル商店街に脚を運んでいた僕は少し大きな本屋へと立ち寄っていた。

 それは今日発売の小説を買うためだ。

 ここは市内随一取り扱う本の種類がとても豊富であり本好きの人にとっては堪らないスポットでもある。

 目の前にはCDショップがあるが、何やら人が雪崩れ込むように賑わいを見せていた。今は世間から物凄い注目を浴びていると言う『ホーミング娘』と言うアイドルグループがリリースイベントを行なっているみたいだけど僕はアイドルには興味が無い。

 また、その隣には昔から地元の人気で高評価のある飲食店、『パワフルレストラン』など知る人ぞ知る名店が沢山存在する。

 新刊コーナーへと足を進める途中、スポーツ誌のコーナーを通り過ぎた。

 この頑張市から沢山のプロ野球選手を輩出したためかプロ野球や高校野球、社会人と大学野球など野球関連に力を注いでいるからか沢山の野球雑誌が取り揃えられている。

 ヤクルトの[若きエース]である一ノ瀬塔哉、同じくヤクルトの[若き司令塔]二宮瑞穂。

 阪神の[オリジナル変化球の発明家]である阿畑やすし。

 DeNAの[アンダースロー]矢中智紀。

 巨人の[天才左腕]猪狩守。

 楽天の[唸る豪速球]太郎丸龍聖。

 オリックスの[球界のエース]神童裕二郎。

 オリックスの[球界の頭脳]猪狩進。

 日本ハムの[強肩の光るディフェンダー]名島一誠。

 千葉ロッテの[マリンボール]早川あおい。

ㅤと言った錚々たるメンバーが名を連ねる。

「……」

 野球コーナを眺めていると急に訪れた目眩に視界がゆらゆらと揺らいだ。

 滲み出る汗がこの場から早く立ち去らなければならないと身体から警告を伝える。

 僕はその場を後にし、本来の目的である新刊コーナーへと脚を進めた。

 漸く新刊コーナーに辿り着く、遠目から見ると欲しかった本は残り一冊となっていた。

 急がないと、と足速になる。

 そして、最後の一冊に手を伸ばすと。

 ガシッ。

 ガシッ。

 二つの手がその本を掴んだ。

「――ッ!?」

「――ッ!?」

 チラッと、僕じゃない方を見る。

 キラリと光る眼鏡を掛け、緑色の髪、後ろ髪をポニーテールが出来てしまうまで伸び切っている僕と同じ歳くらいの男の子が本を掴んでいた。

「あ、ごめんなさい」

 と、僕は本から咄嗟に手を離した。

「いえいえ、どうぞ」

 と、緑髪の男の子が僕に本を渡そうとしたが僕は受け取ろうとはしなかった。

「実は僕、この小説をついさっき他の書店で買ったばかりですから良かったらどうぞ」

 と、嘘を言った。

「え、でも……」

「そ、それじゃ僕はこれで」

 と、足早にその場から立ち去って店を後にして、そのまま家へと帰宅する事にした。

 

 

 

 

「ただいま〜!!」

 時計の針が二十一時を超えた頃、家のドアが勢いよく開いた。

 グラウンドの土に塗れた練習帰りの未来が帰ってきたのだ。

「お帰り、未来」

 と、父さんがニコッと迎えるが若干、顔が歪んでいるのはきっと洗濯が色々と大変になるからだろうと安易に想像出来る。

 僕はお風呂上がりに飲むホットコーヒーを口に入れながら、前に一度読み終えた本に目を通していた。

「今日はやけに遅かったね。光から遅くなるとは聞いていたけど」

「まあね〜。自主練……、的な。うん、まあ、そんな感じ〜」

 と、歯切れの悪い返答が未来から返ってきた。

「それより聞いてよ、光〜!!」

「な、何?」

「生徒会は意外にも手厳しいよ〜」

「……は?」

 未来の言っていることが僕には何一つ訳が分からなかった。

「実は放課後、光が帰った後ね――」

 

 

 

 

 時は遡り、今日の放課後。

 橘みずき率いる生徒会メンバーが廊下を歩いて校内が盛り上がった後、光と別れた未来は練習に着替えて練習に励んでいた。

「いくよ〜。くりゅっち〜」

 お手本のような綺麗なフォームで、右腕からボールを放り投げる。

 ズバッと胸元へと放物線を描いたボールは九龍翔斗が構えるグローブへと吸い込まれるように収まった。

「流石、西満涙中のレギュラーを三年間も張っていただけの事はあるな!! ナイスボールだ」

 と、見る限り美男子とまでは言えないが、顔立ちには素朴さと無邪気さがある青年・九龍翔斗は未来からは、くりゅっちと呼ばれている。

「そんじゃ、太鼓先輩!! 行きますよ!!」

 シュッと、ボールを投げ込む。

「ナイスボール!! さあ、声出して行こう!! 声出して!!」

 その先輩、二年生の太鼓望が活気づける。

「へいへい〜。へいへい〜」

「バッチコーイ、バッチコーイ!!」

「気を引き締めて行こう!!」

 しかし、たった三人しかいない部員。三人の声が野球部専用のグラウンドに寂しく響き渡るだけであった。

 流石に痺れを切らしたのか、

「監督〜!!」

 と、未来がグラウンドの隅っこの方でパイプ椅子に寄りかかっている野球部の顧問を務める大仙清の元へと駆け寄った。

「どうした? もうバテたのか? まだ練習が始まって一時間も経ってないぞ?」

 困惑顔に無精髭がチラホラ、四角形で横長の長方形タイプのスクエア型のメガネを掛けた頼りなさそうな男が言う。

「この人数じゃ、ちょっと練習するのは厳しいですよ〜。野球は皆でやるスポーツです〜」

「そ、そうだな。しかし……」

「このままだと野球部が廃部になってしまうかもしれないですよ〜」

 と、未来は少し悲しげなトーンで言う。

「それに廃部になっちまったら、管理責任として大仙先生がエラいめにあっちまうかもしれないぜ」

 と、九龍翔斗が意地悪そうに付け足した。

「え、そうなの!? それは……ちょっと、マズいな」

「何を言ってるんだね君たち。この前、今年のスローガンは『少数精鋭』で頑張ると決めたばかりではないですか!?」

 と、太鼓先輩が横から口を挟んできた。

 大仙を庇う様子は、どうやら太鼓先輩は、この頼り甲斐の無さそうな大仙先生を熱く尊敬しているようだった。

「よし、部員を集めよう!!」

 キッパリ。大仙先生が言う。

「そうそう。部員を集める……、って、えっ!? 大仙先生!? 急にどうされたのですか!?」

 その言葉に驚きを隠せない太鼓先輩。

「まあ……。その、なんだ。野球はやっぱり九人居なければイカンからな」

 と、急に慌てふためきだしたのを未来と九龍はニヤリと不適切な笑みを浮かべていた。

「でもどうやって集める気ですか? 部員なんてそう簡単には集まらないですよ」

「確かに、太鼓先輩の言うとおりだ。うーん、そうだな……なんか良いアイディアとかないかな」

 と、全員が頭を抱える中、

「あ〜!! あるある〜!!」

 すると、未来が何かを閃いた顔をした。

「みずきんに言えば良いんじゃない〜?」

「みずきん? みずきんって、もしかすると生徒会長の橘みずきのこと言ってる?」

「うん!! モチのロン〜!!」

 と、未来はコクリと頷いた。

「だからってなんで橘みずきなんだ?」

「だって、さっき『困ったことがあったら生徒会まで』とか言ってたから〜」

 と、未来の言葉を受け太鼓望は何かを思い出したように手を叩いた。

「なるほど、生徒会の『ご要望会議』なら何とかなりそうですね!!」

「ご要望会議??」

 と、今度は未来は首を傾げる。

「この聖タチバナ学園の生徒会が強力な決定権を持っている事は知ってますね?」

「はい」

「不定期開催だが各部からの要望を聞く会議が開かれる事があるんですよ。その会議で承認されれば、急遽部費が上がったり、部員が増えたり、部の設備を強化する事も可能な訳です」

「ほうほう〜」

「しかし。ネックなのが『不定期』と言う事で、そのご要望会議自体が一体いつ……」

 と、太鼓先輩の言葉を遮る様に、

 

『ピンポンパンポン』

 

 チャイムが校舎の方から鳴る。

「只今より、生徒会によるご要望会議が開催されます」

 放送部の女子生徒の声が告げると、未来達はお互いに顔を見合わせる。

「おお〜。グッドタイミングだね〜」

「それじゃ、早速生徒会に乗り込んで部員集めと行きますか!!」

 と、明日未来と九龍翔斗が生徒会室に行くことになり太鼓先輩と大仙先生の二人はグラウンドで待つ事となった。

 

「しかし、こんな立派な部屋があるなんてな」

 生徒会室の前に何故か待合室が設けられている学校などあるのだろうか、受付の女子生徒に案内された部屋に呆然とする九龍翔斗は周りを見渡して言った。

「なんか病院みたいだね〜」

「まあな。さっさと要件済ませて練習に戻ろうぜ。三人だけしかいないと言っても練習は大事だからな」

「うん、そうだね〜。でも、折角だったら光も野球部に入って欲しかったな〜」

「光? 誰だ? そいつ」

「私の双子のお兄ちゃんだよ〜。私よりも野球が上手だったんだよ〜。小学六年の時に辞めちゃったんだけど」

「へえー。野球やってたんだ。何でやめちまったんだ?」

「まあ、色々〜。私は中学から始めたから光とは一緒に野球したこともキャッチボールもした事が無いんだよ〜」

「そうか。いつかやれるといいな」

「それが私の夢だからね〜叶うといいな」

 

 ガチャ。

 目の前のドアが開き、一人の男子生徒が生徒会室から飛び出して来た。

「チェッ!! なんだよ、融通の利かねえ生徒会だぜ!! こんな所、もう二度とくるかよ!!」

 出てきたのはサッカー部員。

 どうやら要望が通らなかった様子だ。

「はい。次は野球部ですね。では、どうぞ中へ」

 受付の生徒が未来と九龍翔斗を呼び、二人は生徒会メンバーが待つ生徒会室へと脚を進めた。

 目の前には長机が並び、左側から宇津久志、原啓太、橘みずき、大京均の順番に座っていた。

「よろしくお願いします〜。みずきん」

 と、ニコリと未来が笑う。

 しかし、橘みずきは頬杖をつきながら、少し面倒臭そうに軽く手をプラプラと左右に振るだけだった。

「それで? 野球部の要件は一体何かしら?」

 退屈そうに野球部の資料を眺めながら言う。

「部員の増加についてのご相談です〜」

「あー、部員増加ね。それなら宇津くんね」

「人事のことならオレになるね」

 真っ赤な薔薇を片手に、長い金髪を手で靡かせて宇津久志が口を開く。

「ふむ……。部員増加か、オレは賛成だね。みずきさんはどうだい?」

 宇津からの『賛成』と言う返答に、二人はグッと喜びの表情に変わった。

 だが、しかし。

「めんどっちーなぁ」

 橘みずきが漏らした言葉に、確信した感情が一気に消え去った。

 その時。

 未来の直感が気合を入れてお願いしろ、と言われているような気がして、

「是非、お願いしますー!!」

 と、気合を込めて頭を深々と下げる。

「何卒、よろしくお願いしますー!!」

「本当に、お願いしますーー!!」

 その気合が橘みずきに通じたのか、

「す、凄い熱意ね」

 と、目を開いて驚きの表情を浮かべて呆気に取られたものの、次の言葉に未来の熱意は無となってしまった。

「でも、今回は却下よ。今日は乗り気の気分じゃないの。また今度ね」

「ええ〜。そんな……みずきん〜」

 

 

「……、ってな具合で部員の増員をみずきんに断れちゃったんだよね〜」

 あははは、と笑いながら話す未来。

 相変わらず呑気な妹だ。

 次のご要望会議とやらがいつ来るのかも分からないまま当分の間は三人で練習に励むとの事らしいが、危機感がないと言うか。どこまでも底抜けに明るいのだろう。

 もしかしたら、このまま夏を迎えてしまうかもしれないのに。

 それにしても気になるのが一つある。

 それは、橘みずきだ。

 僕の勘違いじゃなければ、彼女は中学の時も野球をやっていて、二年前の高校野球の決勝戦の試合を観戦に来るほど野球が好きな筈。

 それなのに野球部に所属せず生徒会長を務めているのは何か理由があるのだろうか。

 いいや、止めよう。

 ここまでだ。

 これ以上の詮索は無意味。

 だって、そんな事は僕には何一つ関係ないのだから。

「そろそろ、僕は寝るね」

 と、未来と父さんの二人を残して僕は自室へと戻っていく。

 生徒会メンバーと出会ったり、小説が買えなかったりと色々と濃い一日中に終わりを告げて布団の中へと身を休めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 埼玉・浦和にある二軍球場。

 夜も深けそうな時間帯の中、室内練習場にあるピッチングブルペンには灯りが灯っていた。

 一生懸命投げ込まれる硬球がネットに弾く音が延々と響く中、そこには一人の女性が腕を身体に巻き付かせるように振り抜く姿があった。

 黄緑色の艶やかな髪。三つ編みのポニーテールを靡かせた大きな青い色の瞳をする女性の目の周りは赤く赤く擦った痕が残って腫れていた。

 悔しさが、

 無力さが、

 実力が、

 何もかもが、足りない。

 それを掻き消すかのように、またはそれでも必死に何かに対して足掻くかの様に、女性はまたしてもボールを手に取り腕を振り抜いて投げ込みを続ける。

 たった今、投げた拍子に、

 ヒラリと。

 ズボンの後ろポケットから一枚の写真が地面へと落ちる。

 拾い上げる一枚の写真。桜がいい味を出している校舎をバックに男女の九人組がそこに写っていた。

 瓶底眼鏡の坊主頭、金髪のツンツン頭、育ちのいい可愛らしい容姿をした日傘を持った女生徒、その写真の中央に立つ黒髪の四方八方に伸びる癖毛の青年は、カメラから目線を意図的にズラして苦笑いを浮かべながら右肩には包帯が巻かれている。

 その青年の顔を見ると、女性はクスリと笑みを浮かべて、

「球太くん……。キミは今、一体どこで何をしているの?」

 独り言をポツリと呟いた。


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