もしも麻奈ではなく牧野君が事故にあっていたら 作:りつくさり
NEXT VENUSグランプリ―それは新人アイドルの頂点を決める大会。
そこである少女がその頂に挑戦する。
名前は長瀬麻奈。数多くの伝説を残している超がつく新人の人気アイドルだ。
『星降る奇跡』とも呼ばれ多くのファンから親しまれている。
そんな俺、牧野航平はそんな彼女のマネージャーとして活動中だ。
高校生の頃に突然、アイドル事務所の星見プロダクションに一緒に入ってほしいと麻奈から聞かされた時は戸惑った。なぜなら俺はアイドルになんて全く興味がなかったからだ。
入社後は苦難の連続。麻奈とも喧嘩もしたし、当の本人は過労で倒れたり。俺はマネージャーとして右往左往する始末。
それでもそんな過去が―
「まずいなぁ……なんでこんなきに渋滞に巻き込まれるんだか」
腕時計をちらりと見るとライブが始まる時間が近づきつつある。
先行車はまったく動く気配が見られない。
「俺も電車で行くべきだったか……決勝当日にこれはまずいぞ」
麻奈から「絶対来てよね」という言葉を脳裏に思い出す。
「これは本当にお説教コースだ……」
事前に三枝さんには遅れるかもしれないと連絡はしているが、決勝前の麻奈に迷惑を掛けるような真似はしたくない。
そのときバイブ音と共に携帯か『First Step』の曲が流れる。電話だ。
咄嗟に電話に出ると当時に、つんざくような声が聞こえてくる。
「お・そ・い! 遅刻だよ、牧野君! 今どこで何してるのかな??」
「ま、麻奈か……ごめん、ちょっと渋滞に巻き込まれて……」
電話越しに怒気が伝わってくる。
麻奈は先に会場入りしているが、仮に俺が車で送っていたらと考えると背筋が凍る。
「言い訳無用! 決勝戦の日にマネージャーが遅れるのは問題じゃないの?」
言い返す言葉が見つからない。これは完全に問題だ。
「あーあ。私移籍しちゃおうかなぁ……マネージャーがしっかりしているところに」
「決勝戦前にどこに移籍するんだよ。あとマネージャーがしっかりしているところっていうのは地味に傷つくからやめてくれ……」
電話越しからいつもの調子で返してくる。本番前に緊張はしていなそうだ。
「遅れることは本当に謝る。この埋め合わせは後でするから」
「私が許しても三枝さん怒っちゃうかもね。星見祭りのときみたいに」
星見祭り―それは麻奈が『星降る奇跡』と呼ばれるきっかっけになった出来事。
野外ライブ前に突然の豪雨が降り始め、中止になる前までに追い込まれた。
そのとき、麻奈がファンの声援を後押しに嵐の中でライブを勝手に強行した。
そして奇跡が起こった。
雨が降り止み流星群が澄んだ空の中をいくつも駆けていく。
あのときの光景は今でも忘れられない。
ちなみに俺はライブを強行した麻奈の手伝いをしたことで怒られたわけだけど……。
「あとマネージャーの自覚がない牧野は解雇だって三枝さんが言ってたよ?」
「さすがにそれは嘘だろ……」
確かに迷惑を掛けることは多々あったが、三枝さんにそこまで見限られてない……はず。
「嘘じゃないと言ったら?」
麻奈がそう答えると冷汗が止まらなくなる。
「……マジ?」
「うん、本当のマジ」
そ、そんな馬鹿な。いやもし本当だったら……。
俺が真剣に考えていると電話口から「ぷくく」と笑い声が聞こえてきた。
「ぷくくっ、嘘だって牧野君。三枝さんがそんなこと考える訳ないでしょ?
「……電話切っていいか?」
眉間にしわが寄り、携帯を握る手に力が入る。
「じょ、冗談だって。そう! これは天才アイドルの軽いジョークっていう―
「切るぞ」
麻奈の言い訳をスパッと切捨てる。
「ごめん! ごめんなさい! 私を許して牧野君!」
懇願するように謝ってくる麻奈。そのいつもの様子に俺は苦笑した。
「ちなみに三枝さんがお説教を用意しているのは本当らしいよ」
「……聞きたくなかった」
遅れたことは全面的に俺が悪いが、好んで怒られたくはない。
「大丈夫だって、怒られたら一緒に謝ってあげるから」
「そもそも怒られたくないんだよ……」
そうこう話しているうちに前の車が動き出しそうに見えた。
「本番の準備で忙しいだろ? そろそろ切るぞ」
ボタンに手を掛けようとした。その直前に「ねえ、牧野君」という声が耳に入る。
雰囲気が少し変わった気がした。
「間に合うよね? 大丈夫だよね」
いつものおどけるようなものではなく、真剣に聞いている気がした。
「大丈夫だと思う……たぶん……」
「たぶんはいらないよ! はぁ……牧野君らしいけど」
牧野君らしいとは心外だ。
「本番前には会えるか分からないけどライブには間に合うようにするよ」
「絶対来てよね。来なかったら一生恨むから!」
「分かった。絶対に行くから。頑張れよ、麻奈」
そういって電話をそっと切った。何としても間に合わせなきゃな。
「ぎりぎり間に合うか? いや、ライブ前にはどうにか……」
会場に着いたものの関係者の駐車場すら満車になっていて、焦った俺は近隣から離れた駐車スペースに急いで停めた。
防寒着を身にまとい会場に足を向けるが外は身震いするほど寒さで冷気が痛い。
全速力で会場に向かっているが寒さで思ったより身体が動かない。
寒空が広がり雪か雨でも降るんじゃないかと思う天気だ。
「決勝戦だったらもっと晴れてくれてもいいだろっ!」
愚痴をこぼすように息を切らせながらライブ会場に向かう。
「はぁはぁ……もうすぐ……」
後少しでグランプリの会場にたどり着ける。もう目と鼻の先の距離だ。
無我夢中で走り続けたせいか息が整わない。
横断歩道を渡ろうとしたときタイミングよく信号が赤信号へと点滅して足を止める。
「急いでいるっていうときに……」
そのとき―俺の横を子供が飛び出して行く。
すでに赤信号。車が猛スピードで向かってきていた。子供が気づく様子はない。
「危ない―!」
咄嗟に身体が動いていた。寒さで動かなかった手足がスムーズに動き出す。
まるで助けるのが必然だったように子供に向かって勝手に走り出す。
こんなに体が動いたことがこれまであっただろうか?
すべてがスローモーションになったような気がする。
子供に車にぶつかる寸前に俺は手を伸ばしてその子を突き飛ばす。
そして俺に車がぶつかる瞬間―不意に麻奈の顔が思い浮かんだ。
「―――ま」
言葉を紡ぐ前にいつのまにか宙に飛ばされていた。
これは……夢だろうか? 滞空している時間が俯瞰して長く思える。
なら目覚めなくてもいい。たとえそれが悪夢でも。
そんな願いを笑うように、強烈な勢いで地面に身体がえぐりこんだ。
「ぐっがひゃ……」
自分のものとは思えない声が漏れた。
「おい! 大丈夫か! 今救急車を……」
誰かが何かを言っている。
「いやそれよりも手当か? もう分かんねえよ!」
何かが零れだして失っていく感覚。
目がかすむ。なにもわからない。いきが……。
「ま……な……」
なぜか走ま灯のようにあのときのきおくが蘇った。
「アイドルになる?」
「うん。まだなれると決まった訳じゃないんだけどね」
あれは学こうで……ま奈に……。
「やっぱり変だよね?」
「いや……そういう訳じゃないけど。ただ、意外だなって……」
ほうかごよびだされていきなりそんなことをこくはくされて。
「おれはまねーじゃーとして……ま……を……」
けっしょうせんで……
―絶対来てよね、牧野君。
薄れゆく意識が急に覚醒した。
「そうだ……俺は行かないと……行かなければならないんだ」
だけど身体が動かない。手足の感覚もない。
必死に頭を動かすと会場が視界に映った。
あそこで麻奈が……麻奈が歌う。決勝という大舞台で。
そして優―
「あ……れ。身体が……」
とつぜん力がぬけ、地面にからだがしずむ。
「やくそ……はた……な……」
もうさいごのきりょくすらつきて……。
「麻奈……ごめ……」
いしきがきえるちょくぜん。ふと―
「……良かった」
届けたい いま