URAの育成ストーリーが好きすぎたので書きました。
はじめたばかりでウマ娘の知識はふわっとしています。おおらかな心で読んでもらえるとありがたいです。
「長距離で逃げなんてバカのすることです」
レース前のインタビューで、得意顔でそんなことを言った。その時の自分に教えてやりたい。
三十分後、お前は悪夢を見る。
一歩踏み出すごとに暗くなる視界。
どんなにもがいても縮まることのない1バ身。
そう──これはきっと悪い夢だ。
◇
追込みは運ゲー。先行は妥協。逃げなんて論外。
差してこそウマ娘。差しウマこそレースの覇者。
私は常にそう信じていた。差しウマとしての自分に絶対の自信があった。
それは、誇りであり、驕りであり、最後の鎧だった。トレセン学園に入学することすら叶わず、競技専攻の大学に入ってようやくデビューできた私の、最後の牙城。
本格化が異常に遅れた私は、それと引き換えに
得意の長距離ならG1だろうと負けなかった。俯瞰的に、冷静に、確実に。どんな相手でも差し切って勝利をもぎ取ってきた。
そんな私にとって、逃げのウマ娘などカモでしかなかった。
◇
「たしかに、あなたほどの差しウマ娘からすればそうなのかもしれませんね」
そうトレーナーに言われたのは、ミーティング中。あるウマ娘の特集記事を見せられた時だった。
まさしく、私とは正反対のウマ娘だった。
戦略は逃げ一択。短距離はもちろん、マイルだろうと中距離だろうと、絶対に先頭を譲ることのないウマ娘。中央トレセン学園を卒業したエリートであり、卒業後もずっと走り続けているベテランだった。
通常、本格化を終えたウマ娘の肉体はゆるやかに衰えていくだけだ。そのため、ウマ娘はどんなに長くても4年かそこらで第一線から退く。
にもかかわらず、彼女は今もトゥインクルシリーズで走り続けている。その点に関しては、素直に尊敬もしていた。
それでも、逃げは逃げだ。
いつものようにうそぶく私に、トレーナーは笑って言ったのだった。
「いい機会ですし、直接それを証明してみませんか?」
記事は、そのウマ娘がある長距離レースに出場するというものだった。春の天皇賞、3200m。G1最長距離のレースであり、私の次の目標レースだった。
「かまいませんが……なんでそんな不審な笑顔を? なにか別の目的があったりします?」
「まさかそんな! この対決を口実に向こうのトレーナーと久しぶりに再会してまた親交を深めたいんじゃないかとか、そんなこと疑ってるんですか? 私がそんな、担当ウマ娘を婚活の口実に使うような卑しい女だとでも思ってるんですか」
「……さっきまでは思ってなかったんですけどね」
ため息をつく。
まあ、彼女のような名門の跡取りだと、いろいろといわれることもあるらしい。
信頼もしている。若いが優秀なトレーナーだ。よくわからない下心も垣間見えるが、それ以外にも何か狙いがあってのことなのだろう。
顔を真っ赤にして早口で言い訳する姿は、とてもそんな風には見えないが。
言いたいことはいろいろあったが、それよりも少し気になったことがあった。
「向こうのトレーナーと旧知ってことは……彼女たちは、トレセン卒業後もずっとペアで?」
話題の彼女が、強者の例にもれず中央の出身なのは知っていた。しかし彼女のトレーナーもトレセン出身だとは思わなかった。
「ええ。彼女も来年には大学卒業ですから、トレーナーさんとかれこれ6年、二人三脚でやってきたことになりますね」
「へえ……」
それはつまり、彼女がトレセンを卒業した後も担当を続けるため、学園専属トレーナーの職を辞したということ。一人のウマ娘のために、エリートコースを捨て人生を賭けたということだ。
6年という長すぎる現役期間もあわせて、どうしても奇妙に思えた。
「そこまでさせる才能があった、ってことですかね」
「確かに、彼女には素晴らしい才能がありますよ。でも、彼が言うには別の理由だと」
「……?」
「約束、なんだそうです」
「約束……」
正直、よくわからなかった。ウマ娘とトレーナーが、人生を賭けるようなどんな約束をしたというのだろう。
どう考えても、不合理だ。
「まあ、でも、私のスタンスは変わりませんよ桐生院トレーナー」
再確認する。
私にとって重要なのは、勝つこと。相手が誰であろうと、差し切って勝つこと。私は間違っていないと証明すること。
「何度でも言います。長距離で逃げなんて、バカのすることです」
◇
「くそっ! くそっ! くそぉ!」
「なんで追いつけない! なんでとらえられない!」
3000mの猶予は使い果たした。
残り200mをきって、まだ彼女は前にいる。
いつもならとっくに差し切っているはずの距離で、どうやっても追いつける未来が見えない。
一歩、また一歩。
ゴールに近づくたび、与太話と笑い捨てた彼女の伝説が、絶望をともなって心を蝕んでいく。
ゲートより先で並び立つことはできない。
レース中は横顔さえ見ることはできない。
圧倒的な、絶対的な、暴力的な、スピード。
「ふざけるな! なんでっ、なんでっ……」
いや、違う。そうじゃない。コイツのスピードは私の差し脚と同じ天性のギフトだ。それだけなら、スピードだけなら勝てない相手じゃない。いま問題なのはそれじゃない。
「
コイツの武器はスタミナだ。
それを理解した瞬間、寒気がした。
対戦にあたって調べた彼女の経歴。今になってようやく、その意味と、不気味さを理解した。
トレセンでの3年間、短距離に敵はいなかった。
卒業後、1年でマイルを制覇した。
さらに2年かけ、中距離を総なめにした。
そして今、最長のG1を獲ろうとしている。
コイツは進化を続けていたのだ。
進み続け、驚異的な速さで成長し続けていた。
それも、とっくにピークを過ぎた肉体で。
ウマ娘という生物の限界にすら逆らって。
どうやって?
決まっている。努力によって、だ。
想像もつかない、想像したくもない猟奇的な努力によってだ。
追いつけない背中から、その痕跡が滲み出ていた。
「狂ってる……」
私は間違っていなかった。
コイツはバカだ。
だから私は負けるんだ。
バカは疑わない。バカは振り返らない。
コイツは常軌を逸したバカで、だからこそ、6年もの歳月をただ一点にのみ注ぎ込み、完成させることができたのだ。
私は──勝てない。
「頼む……」
誇りは消え失せ
「下がってくれ……」
鎧は砕け散り
「落ちてくれ……」
牙城は崩れ去り
「沈んでくれ……」
私は、無様に失墜を請うことしかできなかった。
薄汚れた願いも、伸ばした手も、届くことはない。
ならば、せめて──と。
歯を食いしばり、歪む視界に彼女の走りを刻みつける。
迷うことなく己の道を信じ続けたウマ娘の背中。
「…………次こそは……!」
虚栄の鎧を剥がされてなお、私の中にはまだ一握の競争心が残ってくれていたらしい。
最後に、そう呟けたことだけは救いだった。
『──いまゴオオオオォォルッ! なんということだ! なんというウマ娘だ! 京都の3200mですら彼女をとらえることはできなかったああ!』
怪物、魔物、化物──
帝王、皇帝、覇王──
どの言葉も彼女を表すのには足りない。
その速さを、その愚直さを、その狂気を、表現しうる言葉はたったひとつしかない。
大歓声の中、彼女は諸手を挙げ、叫んだ。
「バクッシーーーーーンッ!! 」
その後、このウマ娘は晩年のサクラバクシンオーの一番のライバルとなり、二人の対決がトレセン学園理事長に、トレセン学園付属大学の設立を決意させるきっかけになったりするのだが、それはまた別のお話。