動員したジャガーノートの約50%の損壊が見込まれていた最初の反抗作戦による最終的な戦死者は、白金種たちの猛攻によって撃ち漏らしが少なくわずか93人と極めて少なかった。
だが戦闘終了後のわずかな油断に乗じて10万人以上にもなる白金種たちが一斉に脱走するという異常事態が発生したのだ。
当然ながら被差別民、しかも捨て駒同然の存在であるとはいえ、今後レギオンを相手に戦う上で貴重な戦闘員である彼らを呼び戻そうとしたが聞き入れられず、更に今回の運用実験を目処に本格的に運用する予定であるジャガーノートをプロセッサーと同じ数奪われたという大失態なのだから始末に負えない。
この事件を機に、共和国という枠組みの内での白金種たちは戦争を利用して国外に逃亡した危険人種としてしばらく敬遠されるようになった。
一方、戦死者を90数人に抑えて無事に生き残った40数万人のプロセッサーたちは、共和国に迫害される被差別民となった自分たち86区民とともに戦ってくれる、救済者として傍に立ち続けてくれると無意識のうちに思い込んでいた。
しかし白金種のプロセッサーたちが初陣を終えた直後、自分たちの目の前で堂々と逃げて行く様を見て「自分たちは白金種に見捨てられた」と悟り失意のうちに帰還。
中には自棄になって86区の強制収容所に残されている他の86区民たちに手紙を送る者まで現れ、86区民という枠組みの内での白金種たちは戦いに乗じて自分たちを見捨てて逃げ出した白系種として、こちらでも中央と同じように敬遠される存在になった。
86区東部方面、第132強制収容所の収容棟の屋上で二人の男女が向かい合っている。少年は黒系種、もう一人の少女は白系種。
「…………おい、どういうことだよ」
86区民においては比較的多数派である黒系種だが、彼は逆に極端な少数派である暗夜種、玄武種、墨炭種、そして極東黒種の混血である。
「なんで俺たちが見捨てられなきゃならないんだよ!」
少年、【リガゼルト・ヴィシュパール】は、目の前に立つ白金種の少女、共和国軍人としてにグラン・ミュール内に留まっているクガンド・ウィザリアの姪である【オンコ・ウィザリア】に詰め寄る。
「おい!なんで!あいつらは逃げた!」
リガゼルトの怒気は幼いながらに凄まじいもので、彼が強く食い縛る口元からは牙のように尖った犬歯が覗いている。
「…………あなた、何か勘違いしてない?」
しかし、オンコは臆することなく済ました顔で答えた。リガゼルトは怒気を鎮めることなく、オンコを睨み付けている。
「勘違い?」
吐き捨てるように少女の言葉を繰り返し、オンコも「そう」と肯定した。落ち着いてはいるが、その口調はどこか悲しげで静かなものだ。
「戦争が始まったばかりなのにこんな末期みたいな政策をとる政府に、私たちの大多数は不信感を抱いて逃げた。それだけよ」
「理由になってねぇよ!」
オンコの説明に納得がいかないリガゼルトは激昂し、彼女に掴み掛かる。少女はバランスを崩しながらも、足に力を集中させて耐えた。一方怒りのあまり頭に血が上り感情が爆発している少年は、牙を剥き出しにしてなおも怒声を浴びせる。
「確かに86区民の誰もがおかしいって気付いてるさ!お前も逃げたくても逃げられないことぐらい分かってるだろうが!俺が聞きたいのはなんで白金種に残ってるやつと逃げたやつがいるのかってことだよ!」
オンコはリガゼルトが自分で答えを出していることに気付いていないことに呆れを隠さない。この黒系種の少年はお世辞にも賢いとはは言えないし、その上喧嘩っ早く感情を制御するのが苦手。
しかし、オンコもこの少年に言い聞かせることを諦めるほど考えなしというわけでもない。
「今自分で答えを出したでしょ。分かる?“逃げたくても逃げられない”」
オンコの指摘に、リガゼルトははっとした。
「あの日の戦闘が、86区から、ひいてはこのサンマグノリア共和国から逃げられる最初で最後の機会だっただけ。それを勝手に勘違いされても困るわ」
リガゼルトは冷や汗を流しながら震える手を放し、歯を食い縛ったまま呟いた。
「…………見捨てたことに変わりはねえだろうが」
先ほどまでの興奮の反動なのか、瞳孔は大きく開ききっていて声も少し震えている。息も荒く苦しげなのも合わさり、怯えと不安が混じったような彼の心境を分かり易く表している。
「お前らから見れば結局俺たちはただの家畜なんだろ!?」
「生き物として扱われてるだけマシじゃないの。安全な壁の中でふんぞり返ってる死んだ肉塊とは違うわ」
苦し紛れの揚げ足取りに放った言葉も、オンコは生物と死物という決定的な違いを引き合いに出してしまう。
「…………肉塊?白豚じゃなくてか?」
リガゼルトは彼女が放った死んだ肉塊という言葉に疑念を持った。
「そう、肉塊。自分から動こうとしない以上、あいつらは死んでるのと同じよ」
静かに答えるオンコの瞳は、夕日の赤い光を吸い込んでこの上なく美しい輝きを放っている。