第86区の各強制収容所内に建設された訓練施設にて、開発されたばかりの四足歩行戦車、通称ジャガーノートの訓練を受けさせられ訓練過程で生き残った86区民は実に52万人以上。
彼らは翌2月28日、誰一人として生きて帰ることが許されない戦場へと押し出されることになっている。
「工兵廠の試算では、訓練過程の時点で殺処分できる豚は最低3万匹だったそうだが?」
「殺処分できたのは100匹に満たなかったか……」
第1区の共和国軍本部にある広い会議室に、実に1000人以上の将校たちが集まっていた。彼らは謂わば、つい最近になって改良が完了した新型知覚同調装置の運用実験を兼ねて、今回のレギオンに対する反抗作戦で新型兵器の搭乗員たちを指揮する取手持ちたちである。
「以上で作戦の説明を終わります。何か質問は?」
女性将校が会議室にひしめく将校たちを見回しながら質問の有無を問うと、すぐに一人の女性将校が挙手した。その反応速度の速さから、すぐに白金種だと分かった。
「はい、東部戦線担当の【メナーツェ・カッファウス】中佐」
メナーツェは席を立ち、インカムマイクの電源を入れて会議室内のスピーカーに繋ぎ、発言する。
「本作戦において、最も重要なのは最前線に立つ戦列制圧部隊であると思われますが、私より一つ提案があります」
どよめきが広がる。メナーツェは悠然と微笑み、発言を続けた。
「白金種のプロセッサーを、最前線に配置することを強くお勧めします!」
その場に座す将校たちは思わず自らの耳を疑った。
メナーツェは、休暇中でさえも戦闘訓練を積み続けるほどに何かに備える経験が豊富な白金種のプロセッサーを囮に使い、戦闘経験が皆無な他の人種のプロセッサーの戦死者を可能な限り減らそうと画策していると思ったからだ。
「え!?あ、あのっ、本当に!?」
取り乱す壇上の女性将校と動揺する座席の将校たちに余裕な笑みを見せ、メナーツェはさらに続ける。
「もちろんですとも。戦士たるもの、率先して敵を殺すのは当然のことではなくて?」
明らかに侮蔑を込めたその黒く暗い笑みは、狂気の魔女という渾名とともにその場の全ての将校たちの脳裏に焼き付けられることになる。
この反抗作戦を利用した白金種たちの目的である、「一人でも多くの白金種をサンマグノリア国外へと脱出させる」ための提案であることには、少なくとも共和国の軍人たちはその日まで気付なかった。
そして迎えた星暦2139年2月28日の早朝。徴兵された総勢52万9707人のプロセッサーたちは夜明け直後だと言うのに、既に戦線各地に戦列を組んでギアーデ帝国が送り込む尖兵たち、レギオンの軍勢が現れるのを待ち構えていた。
その無数に存在する戦線の中でも最前線である国境付近に身を置く10万8526人の白金種たちは、悪魔に身を堕とした祖国に残る同胞からの指示を待つばかりである。
『────────コマンダー・ゼロより各師団長へ。応答願う』
そして第1区の司令室から、およそ10万8000人もの白金種たちに知覚同調が接続された。彼らの総指揮を任されるのはクガンド以下数名の白金種だ。
「クガンド大佐、準備は完了したからいつでも脱出できるで。そっちの準備が終わり次第指示頼むわ」
「傍受等の妨害なし、後はそちらの指示を待つのみです」
「…………指示は?」
白金種のみで構成されている最前線制圧部隊の前線総司令官、そして西方戦線の第一師団長を任されるナンバ以下10人の師団長が答えた。
『コマンダー・ゼロ了解。作戦開始時刻まで間もなく10分を切るので、各員指示あるまで待機を徹底せよ』
クガンドは表情を変えず、冷淡な態度で指示を出した。10万人あまりの同胞を死地に送り出すことが心苦しいのもある。第86区に残って戦い続ける運命を選んだ2000人の子供達と3600人の親たちにかける心配もある。だがそれ以上に強いのはグラン・ミュールの内側に残ることを決断した千数百名の一人が、自分であることを責める感情。
これらの感情に苛まれたからこそ、クガンドは彼らから逃げる覚悟を決め、わずかに残された時間を使って告げることを決意した。
『俺の指揮の下、国外脱出を謀る白金種の皆様。どうか本作戦決行前に、せめて忠告を聞いてくれませんか?』