破壊神のフラグ破壊   作:sognathus

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ウイスの“終わっている”という言葉に皆は衝撃を受けた。
それは何よりも喜ばしい事の筈だった。
だがそれも仕方ないと言えた。
何分又兵衛が必ず死ぬ運命だったという重い雰囲気の最中に急にそれをあっさりと覆したからだ。


第7話 本当の安心

「終わった……? ういす殿、終わったというのは?」

 

どうあっても死ぬという運命に対して、それが訪れる前に最愛の女性と思いを通じ合う事ができた事で密かに内心覚悟が出来ていた又兵衛は、唖然とした顔でウイスに聞いた。

 

(終わった? 終わったとは? 自分はもう……もしや……?)

 

又兵衛は胸の裡から徐々に込み上げてくる僅かな希望に体を駆られまいと、努めて平常を保とうとした。

 

「すみません。少々話に誤解を招くような事を言っていました。マタベーさんがお亡くなりになるという運命は、あくまで“銃弾に当たる”ことによって、だったんですよ」

 

「あ……」

 

またしてもひろしが合点がいったという声を出した。

しかし今度は演技っぽい様子ではなく、本当にすべて納得したという顔と声だった。

 

「そうか! 又兵衛さんは最初はしんのすけのおかげで撃たれなかった。だから再び撃たれた。そしてそれは完結したんだ!」

 

「「「「「「……?」」」」」」

 

ひろしとウイス以外は総じて意味が解らないという顔をしていた。

そんな一同をウイスが愉快そうに軽く笑いながら説明を加えてきた。

 

「こほん、宜しいですか? マタベーさんがお亡くなりなるというのはあくまで撃たれたことによる結果だったんです」

 

「ええ、現に拙者は撃たれ……っ!」

 

そこでようやく当事者の又兵衛がやっとすべてを理解したかのようにハッとした顔をした。

 

「そう……か……!」

 

やはり聡明だった廉姫も彼の隣で納得した顔をしていた。

 

「お解り頂けましたか? つまりマタベーさんはお亡くなりにならずとも、銃弾に当たりさえすれば良かったんですよ」

 

「なんと、では……!」

 

「仁右衛門殿……?」

 

「……?」

 

仁右衛門もようやくそこで納得した声をあげた。

だが彦蔵と儀助はまだピンと来ていない様子だった。

そんな二人を仁右衛門はにこやかな顔で嬉し涙まで滲ませて抱き寄せ彼らの背中をバンバンと叩く。

 

「解らぬか? まぁ良い。つまりはじゃ、若はもう決して死ぬことはないのじゃ!」

 

「そ、それは本当ですか?!」

 

「えぇ?!」

 

論より結果。

過程は解らなくても結果が間違いないのならそれだけで十分だった二人は仁右衛門の言葉に飛びついた。

そして彼の表情と自分達を取り巻く雰囲気がやがてそれが本当そうであることを認めると、仁右衛門、彦蔵、儀助の三人で抱き合って又兵衛の危機が去った事を喜んだ。

 

「まぁ、タイムパラドックスものとしてはよくあるパターンなんですけどね」

 

そんな感動が満ち溢れてる雰囲気に水を差すような事をウイスがぼそりと一人呟いていた時だった。

 

「ん? どうやら説明は終わったみたいだな」

 

いつの間にかその場から離れて昼寝をしていたビルスが呑気な声を掛けながら戻って来た。

 

 

 

それから暫くした後、一部まだウイスの説明を理解できないでいる者も含めて改めてその場にいた全員で又兵衛の無事を喜び、同時に廉姫と又兵衛の恋の成就を祝った。

だが危機が去ったとはいえ時代は戦国時代、又兵衛はいつ命を落とすか分らない武士である。

それ故にひろしとみさえは可能な限り現代の情報から鉄砲に対する有効な身を守る方法、そして鉄砲自体の詳細な構造とそれに付随する知識を教えた。

そして更には、これから流行るかもしれない伝染病に対してその時代で実行可能な対処法なども又兵衛達に教えて、可能な限り彼らがこれからも幸せに生き延びられるように施した。

 

又兵衛と廉姫はひろしとみさえの厚意に厚く礼を言い、またその知識を実行に移した時は未来の住人である彼らに極力影響が出ないように細心の注意を払う事を約束した。

正直ひろし達から注意する前に自分達からそういった事を約束してきた時点で、誠実な又兵衛と廉姫は未来の知識を決して使わないでいそうな気はしたが、それでもひろし達は出来る事はして安心したかった。

 

「あんまり根拠はないけど、又兵衛さん達なら無茶苦茶な事はしないだろうし、本当に困ったら遠慮なく役立ててくださいね」

 

「そうですよ。特に又兵衛さん、絶対に廉姫さんを悲しませるような事をしちゃだめよ」

 

「おおっ、それは大事だぞ。おじさん、廉ちゃん泣かせちゃダメだからね!」

 

「ひろし、みさえ……。忝い、此度の事は誠に、心から礼を言う」

 

「私からもお礼を申します。ひろし殿、みさえ殿、そしてしんのすけ……本当に、本当にありがとう」

 

「たー!」

 

「わんわん!」

 

「ああ、悪い。そなた達にも感謝しているぞ」

 

二人のお礼の言葉から自分達が外れている事を敏感に感じ取ったひまわりとシロが忘れるなとばかりに割り込んできた。

廉姫はそれに苦笑して屈むと目線を低くしてそんな二人にもお礼を言った。

又兵衛もそれに倣い、ひまわりとシロの頭を交互に撫でた。

 

「おお、そなたらを忘れておったな。赤子と犬なのに大したものじゃ。この又兵衛、恐れ入ったわ」

 

 

そんな短いながらも取り留めのない会話の後、名残惜しい雰囲気が取り巻く中ついに皆の別れの時が来た。

 

「……さて、いくかしんのすけ。みさえ、ひまわりとシロは?」

 

「大丈夫よ。もう車に乗ってるわ」

 

「……しんのすけ、今生の別れとなろうがお前の事は生涯忘れぬぞ」

 

「うん! おらもオジサンの事はずっと忘れないよ!」

 

「はは、そうか? ならば……」

 

「ほいきたぁ!」

 

「「……ふん!」」

 

 

「なんだあれ?」

 

「はて? さぁ……?」

 

何やら息ぴったりに二人揃って握った拳を顔の近くに振り上げている奇妙な動作をビルスとウイスは不思議そうに見ていた。

 

 

そしていよいよしんのすけ達が去ろうとした時、又兵衛が車に乗ろうとしたしんのすけを少し慌てた様子で引きとめた。

 

「おおそうだしんのすけ」

 

「ん? なに?」

 

「最後にお前に贈り物をしたくてな。悪いがお前にやった刀返してくれるか?」

 

「おお! これオジサンの大事なものだったんだよね。うん、いいよ!」

 

又兵衛に声を掛けるまで彼から貰った小刀を大事に持っていたしんのすけだったが、彼の不意の返却の申し出にも拗ねる事もなく快く返してくれた。

又兵衛はそれをすまなそうな顔で受け取り、そしてしんのすけの頭を撫でながらこう言った。

 

「すまないな。だがこれがお前のへの贈り物である事には変わらないのだ」

 

「え?」

 

「いや、今しがた思いついた事なんだがな。これを再びお前に贈る為のとても良い方法を思いついたのだ」

 

「え? それってどういうこと? オジサンにはもう会えないんでしょ?」

 

「はは、そうとも限らぬぞ? うむ、やはり決めた。儂はこれを必ずお前に贈ってみせる」

 

「??」

 

しんのすけは勿論、その場にいた又兵衛以外の人間も彼の意図が解らず皆一様に頭の上に疑問符が浮かんでいた。

 

「しんのすけ、もし未来で再びこれを目にする事があればそれを儂と思え。それが儂とお前との再会の代わりとしよう」

 

「……? んー……よく分からないけど分かった! またおらがそれを見つけたらいいんだね?」

 

「うむ、まぁそんなところだ」

 

「あ、そうだ。おれもおじさんに最後にお願いがあったんだ!」

 

「む?」

 

又兵衛は急に思いだしたというしんのすけの願いを興味深そうな顔をした。

 

「おじさん廉ちゃんとちゃんと結婚してたくさん子供を作るんだぞ! ちゃんと廉ちゃんと家族になるんだぞ!」

 

「なっ……!」

 

「し、しんのすけ……!」

 

この言葉には又兵衛だけでなく一緒に彼の近くにいた廉姫も顔を真っ赤にした。

大人と違いまだ性の知識がないしんのすけは単に彼の幸せを願っただけにすぎなかったのは間違いなかったが、流石に二人はそうはいかなかった。

特に『子供を作れ』という部分には互いに顔を見合わせた瞬間、再び沸騰したように顔を赤くして恥じらうように目を逸らせたのだった。

 

「しんのすけのやつやりおるの……」

 

「へい、流石ですね」

 

「最後に良い事言うな……」

 

仁右衛門と彦蔵と儀助はニヤニヤしてその様子を嬉しそうに見ていた。

 

 

「さて……」

 

又兵衛は名残惜しそうにしんのすけの背中を押してひろしが待つ車へと行くよう促し、車から少し離れた位置にいたビルス達の方を向いた。

 

「ビルス様、ウイス殿ももう行かれるのですな?」

 

「うん、僕もしんのすけ達が元の時代に帰ったら次の所に行くつもりだ。ウイス?」

 

「ええ、タイミング的にもそれが良いでしょうね」

 

「左様ですか。これはもう何度目かになりますが、改めて此度の事、心よりお礼申し上げます」

 

「ん。ま、君も適当に頑張ってね」

 

ビルスも又兵衛の謝辞がそれが最後だと言う事を理解していたので特に鬱陶しがる様子もなく、軽く手を振って応えた。

 

「……では、しんのすけ、ビルス様……おさらば!」

 

「うん! おじさんバイバーイ!」

 

「よし、行こうか」

 

又兵衛が別れを告げると、しんのすけの別れの挨拶と共に彼らが乗った車は一瞬で忽然と姿を消した。

そしてそれを見届けたビルス達もタイミングを合わせて光に包まれるとドンッ、という一瞬の音と共に天空へと消えて行った。

 

「さらばじゃ……」

 

「しんのすけ……ありがとう……」

 

又兵衛と廉姫は互いに手を握り合い、その他の者たちも空も暫く空をを見上げていた。

その日の空は海のように広く青く、そしてそこを大きな雲がさながら船のように漂っていた。

 

 

 

所変わって現代。

 

「……」

 

「着いたー!」

 

ひろし達は無事車に乗ったまま元いた時代に戻ってきていた。

 

「良かったぁ。ウイスさんに頼むの忘れてたから帰れるか不安だったけど、元の方法で帰って来れたわね!」

 

「……」

 

「? あなた?」

 

我が家に戻ってきてはしゃぐシロと子供たちとは裏腹に、父親であるひろしは一人何故か神妙な顔で黙っていた。

みさえの言葉も耳に入らなかったのか、ひろしはエンジンを止めて車から出ると。

自分の家を見た。

 

「……?」

 

何か違和感を感じた。

いや、見た目そのものは自分が知っている家だ。

自分が苦労してローンを組んで購入した家だ。

だが、何か。

何か違和感を感じる。

別に嫌な予感を感じる不穏な雰囲気は無かった。

だが何か……。

 

(少し家が大きくなっている……?)

 

ひろしはその違和感の正体に気付いた。

家の敷地から出てその前に立って改めて我が家の全景を見てみると、見た目こそ元の家と変わらなかったが若干ここから旅立った時より家が少し大きくなっていたのだ。

 

(なんで……?)

 

もしかして自分達が過去に言った事によって未来に重大な影響を与えてしまったのではないか。

SF映画によくある展開だったが、いざそれを身近に感じると急に凄い不安を感じた。

そんな時……。

 

「おお! これはぁ!!」

 

家の中からしんのすけの驚いた声が聞こえた。

 

「!」

 

我に返ったひろしは急いで家の中に入りしんのすけを探した。

 

 

「しんのすけどうし……えっ!」

 

しんのすけは直ぐに見つかった。

しかしひろしはそれに安心する前に息子が驚きの声を上げていた原因に気付いき、自分も続いて驚きの声を上げたのだった。

そこには……。

 

若干スペースが広がった夫婦の寝室に見慣れない、明らかに元々なかった床の間が出来ていたのだ。

しかし驚いた原因はそれではない。

その床の間に“飾られていた物”を見て驚愕したのだ。

 

「あなたこれって……」

 

「おじさんの刀だー!」

 

そこにはしんのすけが過去から現在の自分達に宛てて書いた手紙を入れた漆器の箱と、なんとしんのすけが過去で又兵衛に返した筈の小刀が飾られていたのだ。

しかも箱刀共によく手入れされているのか状態は新品のように良く、更に刀に至っては最初に目にした時より鞘やツバ等に若干装飾が施されて見た目がより美麗になっていた。

 

「おお! ねぇ、とうちゃんとうちゃん、これっておじさんからのお手紙かな」

 

見覚えのある箱を早速開けていたしんのすけ自分が書いたものとは別の手紙を見つけてひろしに訊いてきた。

 

「……」

 

しんのすけから受け取った手紙は彼が手紙に使った紙と同じ時代にしたためられたものらしい。

しんのすけの手紙と同じくらいに色は茶色く変色していて現在に至るまでの時代を感じさせた。

 

「ねぇ読んで読んで!」

 

「まぁ待てって……っ」

 

せがむしんのすけを落ち着かせようとしたひろしは書の表に記された文字を見て息を飲んだ。

そこには『野原家一同へ』と、少々難しい書体ながらもはっきりと自分の家族へと宛に書かれていた。

 

「……っ」

 

ひろしはそれを見た瞬間、感動で目から涙が溢れだした。

口を押さえて嗚咽を何とか我慢しようとしゃがむ彼を横からみさえが優しく抱きしめてきた。

 

「あなた……」

 

「とーちゃん?」

 

「たー?」

 

しんのすけとひまわりが二人を不思議そうに見ていた。

手紙の内容こそまだ見ていなかったが、既にひろしとみさえには大方の内容は予想できていた。

つまり過去の世界で刀を返してもらった又兵衛は子々孫々渡って刀と箱を守り抜き、未来に生きる自分達へと贈ってくれたのだ。

手紙の内容は恐らくその事と過去の世界での出来事に対して改めて感謝の意を綴ったものだろう。

 

「しんのすけ」

 

「?」

 

「又兵衛さんは約束を守ってくれたぞ」

 

ひろしは刀をしんのすけに渡して言った。

 

「さぁ、これを持って又兵衛さんにお礼を言うんだ。確かに受け取りましたって」

 

「……」

 

正直言って自分のいる世界にいない人物にお礼を言う方法などなかった。

だがしんのすけはひろしから刀を受け取った瞬間、自分なりの方法を本能的に理解した。

刀を受け取ったしんのすけはひろしに力強く「うん!」と頷くと、それをしっかりと両腕で抱きしめて庭に出た。

そして頼もしい表情でそれを片手に持つと青い空浮かぶ一つの雲に向かって掲げた。

 

「おじさん! ありがとう! ちゃんと届いたぞ!」




こんにちは、クレしん編の最後の話を投稿したのが二年近く前という事にドン引きしてる筆者です。
これを期に本作の投稿再開を本格化して……あ、東方編も終わらせなきゃ

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