まず、創造主が星の消滅という形で種族ごと消え去ってしまった為、地球のある太陽系どころか、それ以外にもBETAの侵攻を受けていた星々はある変化を知る事となった。
それはBETAの完全な行動停止である。
BETAの司令塔である重頭脳級を管理していた創造主が、星ごと消えてしまった為に問答無用で宇宙に散らばる全てのBETAも行動不能になってしまったのだ。
創造主によって管理され決定された行動方針に沿って独自判断で命令を発していた重頭脳級だが、基本的にその存在証明は生みの親である創造主としており、故に彼らの存在自体がが重頭脳級にとっての自らの“意思”そのもだった。
ところが、その創造主の存在が日突然なくなってしまった。
重頭脳級にとってそれは意思の喪失と同異議であり、存在理由を失ってしまったのだ。
こうなると重頭脳級と言えどただの道端に転がっているような石ころ同然となり、実動を担っていた他のBETAも共に無用の長物となってその場に鎮座する他なくなってしまったのである。
これと同じ現象が宇宙のあらゆる星々で発生し、やがてそれがBETAと創造主の侵攻が突如終焉を迎えた事を知らせるきっかけとなった。
そのあまりもの突然の事態に侵攻を受けていた星に住まう者たちは最初は呆然としていた。
しかし時間が経つにつれて再びかつての安穏な日々が返ってくる事を自覚できてくると、皆その事に歓喜し、喜びの涙で自信の頬を濡らした。
そして、その創造主の消滅の元凶とも救世主とも言える当の本人はと言うと……。
「や、創造主の艦ごとあいつらの星も破壊したよ」
地上に戻ってくるなりビルスは何の気もない態度でそんな事を言った。
「……は?」
夕呼はあまりにも突然の言葉に目が点になる。
「だから創造主の星も破壊したんだよ。最初からそのつもりだったからちょうどよかった」
「……え」
「ん? どうした?」
「その、星を破壊したってどういう事かしら? 彼らの家族とか市民とか文明とか……そういうのもまとめて消したって事?」
「ああ」
「……」
夕呼は今度は唖然とした目でビルスを見る。
彼の今までの行動から嘘を言っているとは思えない。
という事は本当なのだろう。
だが、それはどういう事か。
目の前の人物が他人の都合や意思を全く意に介せず躊躇なく滅ぼせる脅威的な存在という事だ。
「……っ」
夕呼はそれを改めて理解すると身震いをした。
両腕を抱き締めてそれを必死に抑えようとしたが、それが返って普段から誰にも物怖じしない彼女らしくない態度を浮き彫りにしてしまい、ビルスにも簡単にその心の裡の動揺を見通されてしまった。
「怖いか?」
ビルスは面白そうな声でそう言った。
「……少なくともあなたが言ってる破壊の神という言葉がハッタリじゃない事は解ったわね」
「はは、まぁそう警戒しなくていいよ。したってそれが意味が無い事くらいもう解ってるだろう?」
「……まぁね」
「僕が創造主の星を破壊した事を脅威に感じるのは勝手だけどさ」
ビルスは若干気圧され気味の夕呼から視線を逸らして空を見ながらぽつりと言った。
「僕の破壊はベータの侵攻と違って完全な破壊だ。そこには支配とか駆逐とかそういうメンドくさい意思や目的は全くない。単に僕の気まぐれ如何でこの世から消えると言う結果に過ぎないんだよ」
「……何が言いたいの?」
夕呼は物騒な話の内容の割には不思議と何故か脅威を感じないビルスの雰囲気を疑問に思いながら訊いた。
「少なくともその結果には君たちがベータによって味わわされたような苦痛はないし、悲しみも感じる間もない。それと比べたらまだ僕よりベータの方が野蛮だと思わないかい?」ニカッ
「……!」ゾッ
全く悪気はないその純粋な笑顔に夕呼はその時心の底から彼に恐怖を感じた。
それは圧倒的と言う言葉では足りない、決して立ち入ってはならない域の世界にいる者の迫力とも威圧感ともいえた。
「まぁ、いい。これで創造主もいなくなった事だからベータも活動停止、しただろう? ウイス」
「はい、確かにこの星以外にいるベータも動きを完全に止めたみたいですね」
ビルスに声を掛けられたウイスは杖の球体を覗きながらそれを確認したらしい。
彼以外から見たらただの球体だが、一体その目にはどれほどの情報が映っているのか、ラダビノッド司令は興味を引かれる様子で遠慮しがちにウイスに声を掛けた。
「失礼、それには……一体どれほどのベータが確認できるのですか?」
「ん? そうですねぇ……結構多いので簡単に言えば……まぁ星の数ほどです」
「な……!? ほ、星の……!?」
想像より遥かに絶望的な答えに司令は青い顔をする。
その後ろから夕呼が険しい表情で自分もウイスに訊く。
「聞き捨てならないですね。私は科学者です。具体的な単位で教えてもらえないですか?」
「単位ですか、えーとこの国の単位では……うん、取り敢えず『兆』より上です」
「……」
科学者だからこそ星の数ほどと言う表現には抵抗があった、そして科学者だからこそ兆より上という単位がどれほどのものかが理解できた。
夕呼は例えその目で見た事実でないにしても、BETAがそれ程の数この宇宙に存在しているという話をウイスから聞いて、その事実に気分が悪くなった。
その所為で少し体をふらつかせ眉間に指を当てて思わず俯く。
「大丈夫かね?」
心配した司令が声を掛けるが、夕呼は気丈にもそれに軽く手を振って応えると、もう何か決意を秘めた目をして立ち直っていた。
そしてそのまままたウイスに質問をする。
「ウイスさん」
「はい?」
「先ほどあなた方は創造主がいなくなったからBETAも活動を停止した、と言いましたが、停止をしただけで実際にはまだその、死骸……はそのままあるという事ですよね?」
「え? ええ、まぁそうですね。確かに動かなくなっただけで死骸はそのままあります」
「それは本当に死骸と言えますか?」
「ん?」 「え?」
夕呼の指摘にビルスとウイスは意外な顔で彼女を見る。
だが、その指摘の真意を彼ら以外の人間は気付いたらしく、司令は勿論武達も深刻な表情をしてその成り行きを見守っていた。
「創造主がいなくなってただの死骸になったという事なら、それはただの電源が入っていない機械とも言えます。つまり手の加えようによっては再利用できる可能性も捨てきれないのでは?」
「ふむ」
「言われてみれば……」
今までBETAに散々苦しめられてきた者としては当然の懸念にビルスもウイスもハッとした顔をする。
だがあくまでその雰囲気は相変わらず緊張感もなく穏やかなままだった。
そんな彼らに夕呼は慎重な態度で二人の様子を窺うように静かに訊いた。
「厚かましい事は承知でお訊きします。ビルス様、そのあなたの破壊の神の力で残った死骸も消す事はできますか?」
「ん……」
夕呼のその問いにビルスは考えるように少し顎を撫でる。
「ちょっと面倒だな」
無理や広い、ではなく彼は面倒とだけ言った。
正直それだけでも夕呼にとっては充分な収穫だったが、取り敢えずそれは心の裡に止めて表に出さないようにして、彼女はビルスのその言葉を確認する様に更に訊いた。
「対処が、できるのですか?」
「できるよ。ちょっと面倒だけどまぁ時間もそうかからないだろう」
「……お願い、できますか?」
「確かにBETAは消すと約束したけど、それを通り越して気を利かせて創造主を消した僕に更にお願いか……。ちょーっとなぁ」
案の定ビルスは子供の様に勿体付けた態度で手を頭の後ろで組んで明後日の方向を見始めた。
「ご馳走ならいくらでも用意するわ」
「んー? なーんかいいように使われているようで気に入らないなぁ。なぁウイスー?」
「え? いえ、私は美味しい食べ物を頂けるのでしたら別に」
「おいっ」
このまま不毛なやり取りが続くと思われたその時。
「あ、あの!」
夕呼でも司令でもなく、その声は武の近くから発せられた。
その誰もが予想しなかった声の主は……。
「わ、わたし、これぐらいなら!」
そう言ってビルスの前に出てきて何かを差し出してきたのは武達の仲間である珠瀬壬姫だった。
壬姫は緊張した様子でビルスの前に出ると彼の前にある物を差し出した。
それは……。
「ん? なんだこれ?」
「お菓子、でしょうか?」
ビルスとウイスが覗き込んだ彼女の手に乗っていたのはカルメラ焼きだった。
それは調理中に失敗したのか形が崩れていてところどころに焼き過ぎと思われる焦げ目も付いていた。
壬姫はこれを武達と一緒に外に出る前に不得意ながらも、ようやく回復してきた物資の流通から砂糖を手に入れ、おやつを用意していたのだった。
本当はこれを全てが済んで皆が喜んでいる時に、武や他の仲間にお祝い代わりに振る舞うつもりだったのだが、この際仕方がない。
果たして自分程度の腕前で作った菓子に満足するとは思えなかったが、それでも彼が食べ物が好きなのなら自分が役に立つかもしれない。
壬姫はそう思い至り、今ビルス達の前に出たのだった。
「こ、こんなのでよろしければ……。あ、あの喜んで頂けたら……!」
いくらあがり症を克服していても目の前の人物達が見せた力には流石に畏怖を感じるらしく、壬姫は緊張してろれつが乱れがちな口調を必死で整えながら自分が作った菓子で彼らの機嫌をとろうとした。
「ふむ?」
ビルスはそれを興味深そうに見て摘まむと口に運んで齧った。
カリッ
焼き過ぎたカルメラ焼きは少し硬く、砕けた破片が彼の口の中で舌に乗り、焦げた事による苦みと砂糖の濃い甘さをビルスは感じた。
「ほう……」
ビルスは特に何も言わず、目を細めて今しがた自分が齧ったカルメラ焼きの残りを見つめる。
「頂きますね」
「ど、どうぞ!」
ビルスの反応を見て自分も興味を持ったウイスが続いて壬姫からカルメラ焼きを受け取り、ビルスと同じように一口齧った。
「……お」
口に含んだウイスが瞬きをしてビルスと同じように手に持ったカルメラ焼きを見る。
そして彼女を見ながら言った。
「これは……美味しいですね」
「ほ、本当ですか!?」
壬姫はその言葉に顔を輝かせる。
ウイスはその笑顔に答えるようにニッコリと微笑みながら頷き、隣のビルスを見て言った。
「ええ、本当に。ねぇ、ビルス様?」
「……そうだな。ちょっと硬くて苦いけど、これがまた意外に……」
ビルスもウイスと同意見らしく、彼ほど表情を崩していなかったが興味深そうにカルメラ焼きを見ながら言った。
どうやら自分では上手く出来なかったと思ったお菓子は意外にもビルス達の好みに合っていたようだ。
「「……」」
夕呼と司令はその成果に揃って黙り込み。
一本取られたと言った顔で僅かに口元に綻ばせて互いに顔を見合わせると苦笑した。
武達はと言うと、思いもよらない壬姫の活躍に冥夜や千鶴と揃って顔を見合わせ、壬姫の活躍に目で歓声を送っていた。
「……いいだろう。これに免じてその頼み聞いてやろう」
「本当……?」
「本当ですか!?」
夕呼が慎重な態度を崩さずに、そしてそれと同時に壬姫が歓喜に満ちた顔でビルスに聞いた。
「ああ、いいぞ。この子に感謝するんだな」
そう言ってビルスは壬姫の頭を軽くポンと叩いた。
あまりにも意外な行動に壬姫は一瞬驚いて身を竦ませたが、やがてその感触が本当に自分を褒めるような優しい感触だと理解すると感動した様子でビルスを見上げてお礼を言った。
「あ、ありがとうございます!」
「ん、美味かったぞ」
「……」
そう言って笑うビルスを一歩下がった位置で見守っていたウイスは、互いに猫っぽいから気が合ったんだろうな、と少々失礼な事を考えていたが、当然それを知る者は誰も出なかった。
それから数分後、再び夕呼達がビルス達を見守る形になると、ビルスはウイスに何かを合図した。
ウイスはそれを確認するとコンッと杖で一回地面を突いた。
すると杖の球体が今までの中で最も青く輝き始め、ウイスはその光を暫く見守った後に杖をビルスの方に向けた。
青い輝きは球体を離れてビルスの額付近に達するとそこでスーッと彼の中に入るように消えていった。
「ん……」
目を瞑って何かを待っていたビルスはそこでようやく目を開くと、何やら両腕を少し広げて次いで手も広げた。
ポワッ……
ビルスの右手が淡く光り始め、その光はやがて彼の手を中心に広がり、半透明ボールの様な球状となってすっぽりと彼の手を包んだ。
「それは……」
光を見つめながらラダビノッド司令が興味深そうにウイスに訊く。
「これは宇宙です。私がベータの存在を確認した宇宙の縮図を直接頭で認識できる思念として具現化したものです」
ウイスはあっさりとそんな事を言った。
「……」
夕呼は理解を超えて決して自分たちでは扱えないその力に呆れ果て、既に黙って見ている事を決めていた。
「もちろんこんな莫大なエネルギーは普通は認識なんてできません。できるのはビルス様が神だからですよ」
「あんまり話すなよ。気が散る」
「あ、これは失礼」
どうやら今の行為は予想以上に精神を集中するものであるようだ。
ビルスはウイスの解説を不機嫌そうな顔でやめるように言った。
そして今度は左手を右手と同じように広げた。
すると……。
ブ……
今度はビルスの左手を中心に赤い光が一瞬で広がり地球全土どころか空すらも覆った。
「これは……!」
これは仕方がない。
司令が突然の事態に驚きの表情で空を見上げる。
それは夕呼や武達も同様で、皆一様に淡い赤色に染まった風景を驚愕した顔で見ていた。
「お静かに。今ビルス様は宇宙全体をご自身の力で包み込んでいます。集中させてあげて下さい」
「……」
ウイスの言う通り、ビルスは今までにないくらい真面目な表情をしていた。
何処を見ているのか解らない焦点の合わない目でずっと前を見続け、口は堅く閉じたままだ。
「……よし」
やがてビルスが何かを確認したようにピクリと瞼を動かすと、今まで世界を包んでいた光が拡がった時と同じように一瞬で彼の手に戻ってきて、丁度右手と同じくらいの大きさの光の塊となってその手を包み込んだ。
「ん……?」
異様な光景を傍観していた武が何かに気付いた。
彼の視線の先には青い光に包まれたビルスの右手があり、その光の中で何か別の小さな光ががキラキラと無数に輝いていた。
「それは……」
自然と漏れてしまった声にしまったと言った表情で口を塞いだ武だったが、幸いにビルスは特に気にした様子もなく逆に彼の質問に答える余裕を見せた。
「この光はベータだ。ウイスがさっき言った宇宙の縮図から見た場合のね」
「え……?」
青い光の中ではビルスがBETAだといった光が煌めいていた。
その光の一つ一つが割と大きく見えたが、前の話であった宇宙に散らばるBETAの数が本当に兆より多い数だとすると、この光は……。
それが一体なんの光の塊なのか、それを想像して顔を引きつらせる武を押しのけるように今度は夕呼が質問してきた。
「それではあなたの左手の方の光は?」
「ああ、これは今から使う僕の力だ」
そう言うとビルスは赤い光と青い光を擦れ違いさせるように両の手を交差させた。
それは本当に何気ない一瞬の行為で、交差させた後はいつの間にか青い光の中で煌めいた無数の小さな光が消えていた。
替わりに赤い光の方を見ると、青い光での中にあったあの輝きがその中に移っていた。
「ん……」
ビルスがもう用は済んだとばかりに右手を軽く振ると青い光は直ぐに消えた。
そして残った赤い光を見つめながらその手をゆっくりと握り始めた。
スゥ……
赤い光は握り締められると共に徐々にその輝きを失っていき、やがてその中にあった無数の光も一緒に握りつぶされるようにして消失した。
「ふぅ……」
一仕事終えたように息を吐くビルスにまた武が不思議そうな顔で彼に尋ねる。
「あの、今のは……?」
「見たまんまだよ。僕の力で取り込んだ宇宙にウイスの力で捉えたベータを移して握り潰したのさ」
「は……あ……?」
あまりにもあっさりした説明に武は目を点にするしかなかった。
こんばんわ、今週中に投稿すると言っておいて遅れ、更にこの話で終わらせると言っておきながら次回にズレ込むと言う体たらく、誠に申し訳ございません!
次で本当に終わりです。
流石に戦闘とか無いので今までの話ほど長くもならないとは思いますが……まぁ適当にやってみますw
あと、暖かくなってきたので投稿ペースも改善していくつもりです。
あ、前の話、いろいろ誤字脱字とか訂正しました。