果たして教えられた場所には件の魔物がいた。
いや、確かにいたのだが、それより先ず冬夜達が注意を奪われたのは谷間の途中から不意に広がっていた白い砂の砂漠だった。
「なに……これ……」
予想していた光景と大分乖離があったのだろう。
エルゼが谷間を埋め尽くしている白い砂丘の数々を目にして呆然とした顔をしていた。
「いや、砂漠とは聞いてましたがこれは……。リンゼ殿、砂漠の砂とはこのよな色でござったか?」
「私も書物や絵でしか見たことがないので……。でもこれは……この砂はなんか私の予想とは違います」
「……」
目の前の光景に三者三様の反応で驚きを示している少女達とは別に、冬夜は屈んで砂漠の砂を掬ってみた。
(なんだこれ……)
それは見た目は確かに砂なのだが、そう実感するには肌に感じる重さや感触があまりにも希薄な気がした。
指の間からサラサラと落ちるその砂は確かに重力に従っているのだが、しかし吹き付ける風には影響を受ける様子はなくただ漠然と落ち続けるという不気味さがあったのだ。
そう、その砂は妙な言い回しであるが『終わっている砂』という表現が実にピッタリだった。
「……」
冬夜は屈んでいた状態から腰を上げると再度あっさりと姿を晒した丘の上で横になっている魔物を見た。
魔物はこちらに背中を見せている状態だが頬杖を突いて肩がゆっくりと上下している様子から察するにどうやら寝ているようだった。
(どうする?)
せっかく無防備な状態を晒しているのだから先手を取って攻撃するのも良い気がした。
こちらにはギルドと国からの討伐依頼という大義がある。
まかり間違っても奇襲をかけたからと言って責められるような事はないだろう。
しかし魔物は見た所確かに見た目は人外なのだが服のような物も着ているし、その特徴的な長い耳や腕には装飾品のような物まで着けていた。
これは少なくとも人間に近い知性を持つ生物であるかもしれないという証拠とも言えた。
冬夜は考えた。
思い返してみれば討伐依頼をしてきた者も詳細を知らなかったようだったし、確かに砂漠自体は発生させていてもそれ以外に有害そうな事はしていない。寝ているから当然だが自分達に対する敵意など微塵も感じなかった。
(これはまだ交渉の余地があると見て良いな)
冬夜は取り敢えずそう結論すると砂の上の魔物に声を掛けた。
「あのー、すみませーん」
「……」
ピクリと長い耳が反応したが魔物はこちらを向くことはなく起きる様子もなかった。
冬夜は仕方なく再度魔物に声を掛けようとしたが、それより先に彼の呼びかけに全く反応しなかった事に不満を感じたエルゼが魔物に呼びかけた。
「ちょっと! 冬夜が呼びかけているんだから反応くらいしなさいよ! それに彼は公王よ? この国の王に対してその態度は失礼よ!」
「ちょ、ちょっとエルゼ」
魔物なのだから人間間の上下関係を注意しても仕方がない、そう冬夜がエルゼを宥めようとしたところでちょうど件の魔物はようやく反応を見せた。
「んー、煩いなぁ。なんだこのキンキンした声……」
「なんですっ――」
魔物の文句に腹を立てたエルゼだったが最後まで言えなかった。
状況を察した八重が素早く彼女の口を塞ぎ状況の進行を助けてくれた。
冬夜は八重に目で礼を伝えると、起きた魔物に話した。
「すいません起こしてしまって。ちょっと貴方にお尋ねしたい事がありまして」
「んー……?」
ビルスは問いかけてきた人間を背中越しチラリと怠そうな目で見た。
「ん……?」
その人間を見た時ビルスは彼の普通の人間とは異なる気配に僅かに人間で言えば眉を寄せている反応を見せた。
(なんかあいつ変な違和感を感じるな。なんであんな何でもなさそうな子供から……あ? 神の気だ)
そう、ビルスは自分に話しかけてきた子供に確かに神の気を感じた。
だが問題なのは違和感の正体が判ったとはいえ依然としてその事に対する違和感があまり良くないものだったという事だった。
(解らない……。あいつからは何の才能も資質も感じない。世界に影響を与える将来性もそうだ。なのにあいつから感じる神の気は本物だし内包するエネルギーの量も見た目に対して異常だ)
ビルスはそこまでその人間に疑問と興味を持ったのだが、結局の所どれだけ妙な力を持っていても自分に干渉出来る程の力は先ず無いという事、それ以前に見た目が子供、連れの女達もそれに近い見た目だったという事に一つの答えを出した。
(皆同い年くらいの子供だな。差し詰め皆で外に遊びに出ていたというところか。子供だけじゃそんなにお金持ってないだろうなぁ)
「……」
「えっ」
一瞬ちらりとこちらを興味ありそうな目で見たはずなのに再び向こうを向いて寝始めた魔物に冬夜は思わず声を出してしまった。
「んー……!」
口を塞がれているリンゼもその魔物の態度にご立腹の様子だ。
(参ったな。これじゃ埒が明かないぞ)
冬夜が次に何か効果的なコミュニケーションの取り方はないかと考え始めた時「何か御用ですか?」と、とても理性的かつ落ち着いた声が何処からかした。
一同が声の主を首を振って探していたところで本人が魔物がいる方より先の方から宙を飛んで姿を現した。
「こちらですよ」
「そ、空を……」
魔力も感じないのに宙に浮かんで来た新たな人物にリンゼは驚きに目を見張る。
それは他の3人も同じで、そのあまりにも自然に飛んで現れた青い肌の男に直ぐには言葉が出ない様子だった。
「ああ、これはいきなり上から失礼しました」
青い肌の男はニコリと微笑むと冬夜達の前にゆっくりと着地し、丁寧にも彼から挨拶をしてくれた。
「こんにちは皆さん。私、ビルス様の付き人のウイスと申します」
「あ、え……あっ、も、望月冬夜です」
冬夜に倣うように彼の後ろにいた3人も居住まいを正して挨拶をした。
「こ、こんにちは望月リンゼです」
「あ、え……この子の姉のエルゼ……望月エルゼです」
「お、お初にお目にかかります。望月八重と申します」
「はい皆さんこんにちは。丁寧なご挨拶ありがとうございます。
何故一見年端も言ってないような少女、それも3人が男と同じ姓を名乗ったのか。
普通の人ならそこに疑問と興味が湧くところであるが、ウイスは元々そういった事にはあまり関心を示す傾向はなかったので前述の通りにこやかに応じだだけだったのだが、しかしやはり彼もまたビルスと同じ事に興味を持った。
「おや?」
不意に不思議そうに自分を見つめてきたウイスと名乗った人物に冬夜は少し動揺した。
(ん? もしかして何処かで会って……はないよな多分。なんだ?)
「あ、あのー僕、ですか? 僕に何か?」
「あぁいえ、すみません。ちょっと気になったことがありまして。コホン、失礼。取り敢えず貴方のご用件を伺い致します。お先にどうぞ」
『争っていた人ごと周辺を砂漠に変えてしまった』
そんな驚くべき事件を起こした魔物の付き人とは思えないほどの彼の落ち着き、更には礼儀正しい態度に冬夜は正直内心かなり調子が狂わされていたのが、何とかそれが表情にでないように努めると言った。
「あ、ありがとうございます。えっと、お話というのはですね……」
冬夜は、まさかここから自分が重大な出来事に見舞われるとは思いもしなかった。
以降の展開はボンヤリとした状態でまだ明確な形にはなっていません。
しなし何故か作り易い気はします。
どうか次の投稿まで時間がかからないように(フラグ)