乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
一言でいえば、最近ちらほらと目にする悪役令嬢のお兄様のモブせか版です。
僕には別の人生の記憶がある。
どういうことかって?視覚や聴覚からわかるのは、自分は生後間もない赤子なのだということだ。
一方、その中身は成人して就職して、何年か働いた後に、自然の死期よりは相当早く死ぬまでの記憶を持った人間なのだ。
これは、生前にいくつか読む機会のあった転生モノな世界、というやつなのだろうか。
生前、よく耳にしていた憑依だか転生のどちらなのかはわからないけどね。
そこでまずは、よくある台詞を呟いてみることにした。
「ステータス、オープン」
何も開きません。ちなみに念じても開きません。
特殊なスキルは…何もありませんでした。何かすごい魔術も…使えませんでした。
しかし、周りから聞こえてくる情報からわかってきたのは、僕の今世の生家がものすごく裕福な家庭、
しかもかなりの上級貴族らしいことだ。
ふと、死ぬ直前の時期に流行った言葉を思い出した。
親ガチャ。
なんて嫌な言葉だろうか…だが、その言葉に従うのであればSRレベルの引きをすることはできたのだろう。
もしくは転生ガチャ大勝利といったほうがいいのだろうか。
とはいえ、この世界のルールはまだわからない以上、子供の頃から下手な行動を取って予期せず排除されることは避けたほうがいい。
詳しくは知らないが、貴族社会なんて陰湿なルールが数多くあるという話を聞いたことがある。
禁忌を知らずのうちに犯して、追放や処刑の憂き目を見るリスクもある。
幸い、今世の親は、貴族の子息である自分に多大な教育投資をしてくれるようだ。
そうであるならば、親の引いてくれたレールに乗るほうがベターであろう。
欲張ってはいけない、上を見たらキリがない。
中の上、贅沢を言えば上の下くらいで満足しておいて、
当面の間は、まだよくわからないこの世界で下手に目立つことなくに生きていくべきだろう。
親や雇われた家庭教師等の教育係の言うことを聞いて、僕は何の不自由もなく育つことができた、
魔術や剣術、語学に各種教養、身に付けろと言われたことを必死に身に付けた。
残念なことがあるとすれば、何か特別に際立って秀でた能力は何一つ見つけることができなかったし、
言われたことをすぐにできるようになることもなく、相応に努力が必要だったことだ。
言い換えれば、よくあるチートはやはり何一つなかった。
チート等というものがあるとすれば、今世の生まれ以外には思いつかない。
だがそれは僕が身に付けたものではない。あくまで実家由来のもので、僕が自由に使うことはできない。
救いがあるとすれば、僕が何かをしなくても、世界が滅んだりしないということだ。
・・・滅びないよね?
親は、領地と王都を定期的に行き来しており、一年の半分以上顔を見ることはない。
しかし、僕は、見た目は子供、中身は成人男性なので、親の顔が見られなくても寂しくはない。
ん?今の僕って、行く先々で殺人事件に巻き込まれる自称探偵の死神小僧みたいじゃないか。
話を普段の生活に戻すと、基本的に親の領地で教育を受けていたが、たまに父に連れられて王都の貴族的な
会合やパーティーに連れていかれることもあった。
とはいえ、事前に言われた対応と指示された人へのあいさつを最低限だけすればよかった。
他の貴族の令息令嬢とお知り合いになったり、王族の目に留まるようなパフォーマンスはあまり要らないらしい。
父の階級である公爵というのは、王族の配偶者になる場合もあるらしいのだが、当代では近い年齢の王族はいないようだ。
なので、最低限の挨拶を終えた後は会場の目立たぬ所に隠れて、慌ただしく働く給仕のメイドさんの中に
可愛い子がいないか探して、慌ただしく働く様子を眺めて時間を潰していた。
しかも、僕は大物貴族の嫡子なのに、面倒くさいと評判の貴族付き合いをその程度で済まさせてくれた
正直に言えば、前世の死因から、派手派手しい女性が苦手だったので父には感謝である。
領地では、教育を受けている時間以外は人目のないところでぼんやりするか、使用人の可愛いメイドさん達を
眺めて過ごしていた。
今世は「転生したらチートはなかったけど、親ガチャSRだったのでスローライフを楽しみます」だったようだ。
僕の体がそれなりに育ってきた頃、家の使用人達が何やら慌ただしくしていた。
親が、王都で生まれたという妹を連れて領地に戻ってくるらしい。
なんというか、今世の自分の年齢を考えると、うちの親、仲良いな。妹は妾さんの子、ということはないよね?
生まれたばかりの妹の名前を聞かされたけど、まあこういった転生ものっぽい世界では聞いたことがあるような、ないような名前だった。
妹が生まれたからといって、僕の生活が大きく変わることはない。
親の金を原資にした教育を受け、親や教育係の言うことを聞き、引かれたレールに沿って生きていくのだ。
変わったことといえば、余暇の過ごし方に、たまに妹にかまって遊ぶ、というメニューが加わったことくらいか。
そういえば、前世でも、やや年の離れた妹がいたな。
一人暮らしをしている僕の家に乙女ゲームを持ち込んだ上に、難しいからといって
課金アイテム分のお小遣いをねだるような学生な妹だった。
ウザ絡みが面倒だったので、最強のアイテムを買ってやって黙らせた。
就活で運よく潜り込んだ先が大きめな企業だったから、その収入があれば、千円かそこらの課金くらい
痛くはなかったからね。1時間残業すれば強請られた課金分くらいペイできた。
親の領地でのスローライフに転機が訪れたのは、僕が王都にある貴族の学園に通うことになったときだ。
上流階級を集めて王国の権威、権力を示すとともに、横のつながりを作る場、ということなのだろう。
実家の家臣やら執事から色々と説明を受けて、大体のことは押さえていたつもりだったが、
入学に先立ち、王都の屋敷にいた父から呼び出された。
普段、というか生まれてからこの方、実は、中身のある会話らしい会話をしたことは数少ない。
そんな間柄の父からいきなり言われたのは、貴族の女とすぐに寝るな、という驚きの教えであった。
なんて酷い会話だろうか。
この世界で貴族の男は、貴族の女と寝たら責任を取らねばならず、しかし、逆はそうでもない、らしい。
超が付くほどの女尊男卑社会じゃないか。
親目線だと、家の跡取り息子が発情期もとい思春期真っ盛りの年齢の中、寮生活を始めるのだから、
事前に釘を刺したのだろう。
知ることができてよかった、こういう不文律が一番怖いんだ。
今世の実家はかなりの上級貴族なので、家庭教師が言うには、そのうち、然るべき政略結婚をしなければならないらしい。
だから、実家から離れた学園生活で羽目を外しすぎてしまうのが心配なのだろう。
ここでふと気づいた。貴族階級ではない平民とか騎士階級の女の子でならいいのだろうか?
その問いに父は一瞬だけ言葉を詰まらせるが、可笑しさをこらえきれなくなったように笑いながら答えた。
「お前からそんな問いで返されるとは思っていなかったな。すまん、我が子ながら、これまであまり話をしてこなかったから少し驚いた」
「いえ、父上はお忙しい方だと家庭教師や使用人達から聞いておりましたから」
「質問に対する答えだが、子ができぬよう細心の注意を払え、だ」
「心に刻みます」
「何か学園でしてみたいことはないのか?」
「特にありません。学園で教育を受けた後に、父上の後を継ぐのが僕の役割なのでしょう?」
「まぁそう言うな。お前は今まで私達の言うことをよく聞いて育ってくれた。
さっき言ったことさえ気を付けてくれれば、それなりに息を抜いてかまわん」
特に反抗期もなく、親に従ってきた僕は、ずいぶん無気力な子供だと認識されていたらしい。
そりゃあ右も左もわからぬこの世界で、明らかに上級国民な実家に生まれた以上、
親の言う通りにしていくのが最も自分にとって安全であり、利益になると思っているからね。
「この家に生まれてから、多大なコストをかけて高度な教育を施してくれたことを、僕は感謝していますよ」
「親子の会話をしているのに、部下に気遣われているような気分になるな」
「平民階級のような親子ごっこをお望みではないでしょう。ですが…それでしたら、僕の分まで妹と向き合ってあげてください。あの子はまだ小さいんですから」
「そうだな、まずは何か欲しいものでもあるか聞いてみるか」
そんな親子らしからぬ会話をし、僕は王都の学園に入学することになった。
しかし、この学園というのが酷い、実に酷いところであった。
学園は上級クラスと普通クラスに分かれており、どうやら学園の中で結婚相手を決める者が多いらしい。
そして、貴族階級は原則的に上級クラスに通うことになるのだが、
この上級クラスの中で、特に子爵・男爵階級や一部の伯爵階級の家の令嬢達が筆舌しがたい醜さを放っていた。
エルフや獣人といった亜人の奴隷を専属使用人として侍らせ、学園の中でも堂々と連れて回るのだ。
子爵、男爵という下級貴族の男性生徒に対しては暴君のごとく振る舞う一方で、
亜人の奴隷を侍らせながら上級貴族の生徒や容姿に優れた普通クラスの男性生徒に色目を使っていた。
吐き気がするよ。そんなケモナー女なんぞ放っておいて、下級貴族の男子達は近場で騎士階級あたりから
可愛い子を嫁さんにするか、無理して早くに結婚なんぞしなければいいと思ったが、そうは問屋が卸さない。
またも、面倒くさい不文律があった。
この世界で貴族の女と結婚しなかった未婚の男性貴族は、何故か白い目で見られるにとどまらず、
家自体が他の貴族達から不利益な取り扱いを受けるという。
そのため、学園に通う男子生徒は、許嫁や婚約者がいる者を除いて、必死に婚活に励み、
その下手に出る態度は、ますますケモナー令嬢たちを増長させていく。
僕かい?この国では現時点でただ1つの公爵家というとんでもない上級貴族出身なだけでなく、
前世とは比べ物にならないくらいの顔面偏差値を持ってしまった僕のところには、
ケモナー令嬢達がまるでゴミのように群がってきたよ。
成長するにつれて上昇していく顔面偏差値はホストでもやれば一財産築けたかもしれない。
とはいえ、それで得られる程度じゃ実家を繁栄させるには程遠いし、
実家の名誉を傷つけたとして、下手すりゃ実家から勘当だ。
話を戻して、一応、社会の一員として暮らしている亜人に対する差別意識はそんなにないが、
それでも僕自身にはケモナー趣味もないので、亜人に喜んで抱かれるような女と寝たり、配偶者に据えるのは勘弁願いたい。
幸い、貴族によくある「取り巻き」と言われるメンツがいたので、ケモナー対応は彼らに任せることができた。
実際には、任せる、というより、僕の取り巻きは、昔から実家に付き従っている寄子の家の子弟達なので、
むしろ過剰に忖度してケモナー令嬢という変な虫が近付かないようにブロックしてくれていた。
そんな中で王立ケモナー学園の生活が始まってから1年近くが過ぎた頃、実家から緊急の知らせが届いた。
封筒の中にある父からの手紙には、簡潔な一文だけが書いてある。
「我が娘アンジェリカが、ユリウス王太子殿下の婚約者に内定した」
え、ちょっと待て。王太子と言えば次に王になる王子だ。
その婚約者に僕の妹であるアンジェリカが内定した?
王太子ユリウス、その婚約者が公爵家の令嬢アンジェリカ…
僕はこの組み合わせを覚えている。頭の中のいくつかの断片的だった情報が、一つに繋がっていく。
点と点がつながって、線になるといった感覚だ。
妹が嵌まり込んでプレイしていた乙女ゲー「アルトリーベ」。
平民である主人公は、入学した貴族の学園で貴公子達と交流していく。
いずれ王太子は婚約者を捨てて、聖女となった主人公を選ぶ。
そして捨てられた公爵令嬢は王都を追放され、その実家も傾いていく。
しかも、ほぼ同時期に隣国である公国が攻め込んできて、王国は未曽有の大混乱に飲み込まれていく。
僕はそんな世界に転生してしまったのだと、今になって気付いた。
冗談ではない!このままでは、僕は大混乱のど真ん中で、落ちぶれていく公爵家の当主となってしまう。
今世では、ギルバート・ラファ・レッドグレイブという公爵家の嫡男として生まれた僕の第二の人生は、
「転生したらチートはなかったけど、親ガチャSRだったのでスローライフを楽しみます」などではなかった。
正しくは、「転生したら、断罪予定の悪役令嬢の兄だった件」だったのだ。
モブどころか、ストーリーが進んでどんどん落ちていく側のキャラじゃねぇか!
こんなんだったら落差がないぶんだけ、モブの方が遥かにマシだよ!
というか、こういうのって、妹が悪役令嬢になる前に子供の頃から対策を取れたり、婚約にならないように立ち回れたり、
どうにかできるようにチート能力があったりするもんじゃないのかよ!
なんか、色んな意味で手遅れじゃないか!もっと早く気付いていれば、何か対策ができたかもしれないのにぃぃ!!!