乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
兄上→眼鏡→遺族年金着服未遂犯→妹
Twitterで見た、各ヒロイン派閥のスタンスが面白かった
要約するとこんな感じ
・アンジェ派:皆も頑張ってね~(書籍最新刊の奪DT犯の余裕)
・リビア派:はよ手を出して結婚しろ
・ノエル派:資源扱い待遇の改善求ム
・王妃派:BBA可愛いよBBA
・クラリス教:本編で進展ないけど、最後はまとめて責任取ってくれるから大丈夫!
・お姉ちゃん(偽)派:共和国出てくればきっと何かやらかしてくれるから心配無用(ファーストキス強奪犯の余裕)
ドリルぱいせん派は見つけられなかった・・・
繁華街でのマーライオンクライシスの翌日、もはや恒例となりかけた父からの呼び出しを食らってしまった。
机に肘を乗せ、顔の前で両掌を組む碇ゲ〇ドウスタイルで僕をじっと睨んでいる。
用件はきっと・・・うん、マーライオンの件だよね。
「なぜ呼び出されたかはわかっているだろうな」
「まさかこの僕が亜人連れの女に手を出すとお考えですかな」
「ならばあのようなところで何をしていたのか、説明してくれるのだろうな?」
ひとまず僕の話を聞いてくれるようで安心した。
とりあえず昔のスキャンダル未遂で脅されたという部分だけ伏せて、事情を説明する。
要するに、アトリー家の文官に騙され、誘い出された飲み会に向かう途中で、ギャル堕ちして、やさぐれかけたクラリス嬢に引き合わされ、貞操が失われる直前に救出する作戦に巻き込まれたんです!
一応、対外的には飲み過ぎてマーライオンになった、という感じで情報操作する旨、アトリー家の文官達と話を付けてあることも伝えておこう。
「はあ・・・全く・・・最後のアレがなければバーナードにも大きく恩を売れたものを」
「僕だってこんな形で巻き込まれるとは想定外すぎます。主のためとはいえ、僕を巻き込むなんて並大抵の度胸じゃできませんよ」
アトリー家のクラリス教の皆さんの忠誠と団結が強すぎて困ります。
それにしても、元カノに刺されて、物凄く大物な貴族に転生したのに、やっていることは繁華街でゲスな亜人種と殴り合いの喧嘩とやさぐれ令嬢の貞操保護って・・・酷くないだろうか。
いや、お貴族様が集う夜会に参加して香水と亜人臭い令嬢の相手をさせられるよりははるかにマシだけどさ・・・
「それは、まぁそうだな・・・そういえば、アンジェの代理人の処遇が決まったぞ」
父はそう言うと、数枚の紙をこちらに手渡してきた。
そこには、六位上への昇格と、卒業後の予定であった男爵としての即時独立が決定したことが書かれている。バルトファルト君は喜ばないだろうけどね。
どんなリアクションをするのか、見るのは楽しみだけど。
だが、彼には、主人公の最終的な立ち位置である神殿宗教の“聖女”という立場に、釣り合うレベルまで上ってもらう必要がある。
攻略対象の中で実家の爵位が最も低いのが子爵家出身のジルクだから、最低限、そのくらいまでは昇進させてしまおう。
その他には、妹の元婚約者であるあの馬鹿王子が廃嫡になることが決まったようだ。
当然の報いだな。僕の今までの苦労を台無しにしてくれた恨みも少しは晴れる。それにあの王妃が悔しがる顔を浮かべているのを想像するだけで気分がいい。
「概ね、我々の希望通りですね」
「このくらい飲ませて当然だ。それよりも今後のことだが、目敏い連中は、バルトファルト男爵の力を取り込もうと動くだろう。どうせ言われずともお前は動くのだろうが、他の勢力に渡すような下手を打つなよ」
「ええ、プランは既にいくつか考えております」
「それと、しばらくはお前とアトリーとの関係が疑われる可能性がある。ちょうどいい機会だから、王都を離れて、アンジェを迎えに行くついでに、この知らせを持って行け」
そういえば、主人公も一緒にバルトファルト君の領地に行って長期休暇を過ごしていたんだったな。
この期間中に、攻略対象の好感度を上げてくれていればいいんだけど。
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ギルバートがリオンの処遇を聞かされていた頃、リオンの父であるバルカスの屋敷は、にわかに騒がしくなっていた。というのも、バルカスの正妻であるゾラが、珍しくバルトファルト領までやってきたからである。
何用かと慌てるバルカスに悪態をつきながら、ゾラは、屋敷内の使用人に色々と指示を出している。
その光景を物陰から静かに見ていたのは、レッドグレイブ公爵家の上級メイドであるコーデリア・フォウ・イーストンであった。
主であるアンジェリカの世話をするために、公爵家から派遣された彼女であったが、目の前で繰り広げられる光景は、かつて自分も通っていた王都の学園の男子と女子の関係を思い出させる、品のないものであった。
(改めて考えれば、こういった類の女ばかり見ていれば、若様も王国の将来を不安に思うでしょうね)
公爵家は言うまでもなく、自身の実家の両親もまともであったから、下級貴族の女の実態を学園卒業後は忘れかけていた。
だが、在学中に加え、辺境の監査に明け暮れていたギルバートは常にこうした光景を見てきたのだろうから、学園の男子生徒達の結婚の世話をしたり、自身は身分の低い女性ばかりに手を出すのも少しは理解できそうに思えてくる。
コーデリアがそんな思考に耽っていたところで、彼女を見つけたゾラが、訝しげな表情を浮かべながら近づいてきた。
(五月蠅いのに見つかってしまいましたね、まともに相手をするのも愚かしいですが、どうしましょうか・・・)
「見ない顔ね。ここで何をしているのかしら?」
「お答えする必要はありません」
「何ですって!使用人の癖に私の命令が聞けないっていうの!」
「主でもない相手に従う義務はありませんね」
前のめりに食って掛かってくるゾラと、静かに眼鏡を光らせながら、睨みつけるコーデリアが対峙する。
話し方が違えば、取る対応も違ってくるかもしれないが、サービスしてやる必要もない。
よくよく考えれば、自身の実家よりも小さい規模の男爵夫人がずいぶんな態度だなとすら思えてくる。
(いっそのこと、若様にあることないこと吹き込んで、駆除してやりましょうか)
鬱陶しさに過激なことを考え始めるが、そこに不穏な空気に気付いたバルカスが2人の間に割り込んできた。
「ちょっと待ってくれ、ゾラ。今、お客さんが来てるんだ。この人はその方のお付きの人だよ」
「客ぅ?こんな辺境に誰が来てるって言うのかしら?」
「そう言うなよ。あ、コーデリアさん、そろそろお嬢様が戻ってくるみたいですよ」
「ありがとうございました。それでは私は失礼いたします」
バルカスに一礼すると、コーデリアは屋敷の入口の方に向かって歩いていく。
途中、後ろから、平手打ちが直撃したような音と、バルカスのうめき声が聞こえてきたが、振り向かないでおくことにした。
主であるアンジェリカを療養させてもらっている恩がある以上、緊迫した場を何とか流そうとしたバルカスの意は汲むべきであると判断したからだ。
屋敷の入口付近では、既に部下である他のメイド達が集まっており、コーデリアもそこに合流し、左右に列を作り待機する。
間もなく、アンジェリカが、王太子との決闘で代理人を務めたリオン・フォウ・バルトファルト、学園の特待生であるオリヴィアを伴って屋敷に戻ってきた。
ただ、慣れた足取りでメイド達の間を歩いていくアンジェリカの後ろに隠れて、本来はアンジェリカをアテンドすべきリオンがこそこそと歩いてくる。
バルトファルト家の事情に詳しくはないが、あの正妻と側室の関係が良好とは思えないことから、おおまかな推測はできる。父の正室と顔を合わせるのが嫌なのだろう。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ああ、今、戻った。それよりも・・・ずいぶんと騒々しいな。何事か?」
「実は・・・」
アンジェリカを出迎えたコーデリアは、屋敷に入っていく主に事情を説明しようとするのだが、そんな意図を完全に無視して、騒動の大元であるゾラがこちらに気付いたようで、アンジェリカの前に立ちはだかる。
(この愚物が!お嬢様の前で頭が高い!)
主を前にしているため、心の中だけで毒づくコーデリアの苛立ちが徐々に蓄積していく。
「一体どこの小娘かしら。どうせそこの大馬鹿者が連れてきたのだから大した家の者ではないのでしょうけど」
アンジェリカの目元がピクリと動いたのをコーデリアは見逃さなかった。
怒りの導火線が長くはない主の目つきが鋭くなっていく。決闘騒動の恩人であるリオンだけでなく、自身の家も馬鹿にする口振りに相当気分を害したようだ。
そして、おそらく目の前の醜い愚物が誰であるかについても、主は理解したように見受けられる。
「お前こそ誰だ?既に屋敷の主と奥方には挨拶をしたはずだがな」
正妻ではない人間を奥方と呼んだのはわざとであろう。バルトファルト領に来てから数日が経つが、正妻の評判はお世辞にもいいとは思えない。
「あんな下賤な女が奥方ですって?見る目がないのかしら」
「そうか。私も不勉強なところがあったらしいな。ならばお前が誰なのか、教えてくれないか?レッドグレイブ家にもわかるようになぁ!」
アンジェリカが下から凄むように睨みつけた。
「レ、レッド・・・」
アンジェリカの家名を聞いたゾラの顔は、怒りで紅潮していた状態から、みるみるうちに青ざめていく。
また、始めは口周りだけが震えていたが、すぐにその震えは両手、両足にまで広がっているようだ。
「まさか・・・あ、あ、あ、あ・・・」
「あ?まさか、どうしたというんだ?何か言いたいことがあるんだろう?」
追い打ちをかけるように、さらにアンジェリカがゾラを睨みつけるが、何やら様子がおかしい。
レッドグレイブ公爵家の名前を聞いたら、慌てるか、ひたすら詫びるのが普通の反応であろう。しかし、ゾラは全身を震わせており、恐怖が先行しているように見受けられた。
もちろん公爵家の名前を聞いて恐怖することがおかしいとは思わないが、それを差し引いても、恐怖だけが全身を支配するとは思えない。
そして、沈黙が場を支配したとコーデリアが思った矢先であった。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ゾラが、腹から出すような大声を上げると同時に、バルトファルト家の屋敷から全力で逃走を始めた。
ゾラの連れてきた息子と娘、それに亜人の専属使用人は突然の行動に驚きながらも、その後を追っていく。
(レッドグレイブ家の名前にずいぶんと強く反応しましたね。どういうことでしょうか・・・)
何を思ったのかはわからないが、ひとまずコーデリアには、主であるアンジェリカに無礼を働いたゾラが慌てふためいて逃げかえったことで溜飲を下げておこうと考えるのだった。
そして、一息ついたところで、ゾラが立っていたところに一枚の紙が落ちていることに気付く。
それを拾い上げて目を通すのだが、ここに書かれていたことを見て、謎が解ける。
(これは・・・あとでお嬢様に報告するとしましょうか)
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ゾラは、自分が気付いたときには走り出していた。
走って逃げだす、という選択肢を思考によるプロセスを経て選んだわけではない。
(早くここから逃げなければ・・・あの小娘、いや赤い通り魔一族めええぇぇぇぇ!!!!)
心の中で最大限の呪怨の念を送りながら、自身が乗ってきた飛行船に逃げ込むべく走り続ける。
魔力で身体を強化し、あらん限りの力で生き延びようとするのだった。
そもそも、わざわざ辺境のバルトファルト領にまで足を運んだのは、自身が属する淑女の森の幹部から、王都を騒がす決闘事件に、殺し損ねた忌々しい妾の息子が関与しており、その詳細を調べるよう命じられたからである。
本来であれば、知人の未亡人の何人目かになる後夫にした上で、戦場で戦死させ、遺族に給付される金銭を山分けするはずが、リオンはロストアイテムと山のような財宝を発見して、給付金と殺害目的の結婚をぶち壊したのだ。生きているだけで不愉快な存在、というのがゾラから見たリオンであった。
しかも、そのリオンが王太子やレッドグレイブ公爵家も絡む決闘事件に関係しているのだと聞き、淑女の森の面々から厳しい追及を受けたのである。
自分が生んだ息子ではない、という本人にとっては重要だと思う言い分は、淑女の森の中では通用しなかったのも忌々しい。
何せ、リオンが代理人を務めたアンジェリカの実家はレッドグレイブ公爵家だ。
淑女の森から見たレッドグレイブ家の嫡男ギルバート・ラファ・レッドグレイブは、辺境の監査を名目として、国王の威光を笠に着て、次々と淑女の森の構成員を、事実上葬ってきた人物であり、恩讐の対象に他ならない。
そして、バルトファルト領で遭遇した相手が公爵家の令嬢アンジェリカだと知った時には、自身の詰めの甘さを悔んだ。王都の騒ぎの当事者に手を貸したのがリオン本人であり、可能性としては高くなくても、リオンが公爵家の関係者と行動している可能性はあったはずだ。
さらに、公爵家の名前を聞いた瞬間には、淑女の森のメンバーの間で共有されている言葉が脳内に響き渡った。
赤い通り魔はいきなり目の前に現れる。現れたときにはもう詰んでいる。
というのも、王国の監査部署によるガサ入れの後に姿を消した淑女の森のメンバーは、その情報を他の構成員に伝えることもできずに消息を絶っているからだ。
そうなれば、ギルバートとの遭遇は、淑女の森にとっては、ほとんど死を意味していた。
だからこそ、アンジェリカの家名を聞いたときには、口の中がみるみるうちに乾いていくのを実感した。
そして、追い詰められた脳内で、一つの案が静かに浮かんだのだ。とにかく逃げろ、と。
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ゾラが命を燃やすかのごとき勢いで逃げた後、残されたゾラの息子や専属使用人達が、あたふたしながらその後を追って行ったり、
リオンがゾラの醜態を見て大喜びのあまり全力で拍手したり、公爵家から来たメイド達からも拍手が起きるという出来事があったが、
アンジェリカとしても、リオンが今までの実家での苦労が相当なものだったことを知り、王国の辺境領主貴族の内部事情に複雑な思いを抱く。
バルトファルト家が用意した部屋で、公爵家のメイド達がセッティングをしたベッドで横になりながら、アンジェリカは今日の出来事を思い返していた。
そこに、傍で待機していたコーデリアが懐から一枚の紙を取り出して渡してきた。
「お嬢様、こちらを。あの正室が落としていったものです」
「あの女が?これは・・・」
手渡された紙には、季刊森の便り、というタイトルのついている。見た限り、定期的に刊行されている会報のようだ。
だが、アンジェリカの目を引いたのは、最も大きく書かれた記事の見出しである。
”伐採速報”というフレーズに続いて、赤い通り魔現る”というサブタイトルが書かれている。
文章に目を通すと、つい最近、国境沿いの浮島に監査が入り、それ以降、そこの領主の妻であった淑女の森のメンバーの消息が不明になったほか、独自の調査により、”赤い通り魔”と呼ばれる人物が所属するチームが監査の担当をしたということが書かれている。
しかも丁寧に、”赤い通り魔”なる者の似顔絵まで付いている。目つきは鋭く、不敵に笑う口元が見る者に嫌悪感を抱かせるようにデフォルメされているものの、髪型や異名の内容を合わせて考えれば、兄であるギルバートのことを指していることは明らかだ。
「なるほど、たしかリオンからあの女が淑女の森の関係者だという話は聞いていたが、これなら、公爵家の名前を聞いて逃げ出すのも納得だな」
「あの場に若様もいてくれたら面白かったのですが」
「ふふっ。まさか自分の兄が通り魔だなんて言われているとは思わなかったよ」
アンジェリカとコーデリアは、デフォルメされたギルバートの似顔絵を見て笑う。
アンジェリカも、兄が、貴族として、しかも王家とも血縁関係のある公爵家の跡取りとしては相当な型破りであることはわかっていたし、
仕事を理由に社交の場に姿を一切現さない兄についての嫌味の3つや4つは言われたこともあったが、犯罪者のように嫌われているとまでは想像していなかった。
「王妃様から、辺境領主の正室にいたるまで、兄上は逆の意味で大人気だな。リオンの学園での嫌われ方が可愛く見えるぞ」
「お嬢様、あの若様の一体どこに好感を持てとおっしゃるのですか?」
「コーデリアは相変わらず兄上に厳しいな。ほら、顔とか甲斐性はあるじゃないか」
「それは若様でなくても、それなりに備わっている男性は多いですよ」
「久しぶりにお前の兄上評を聞いたな。いつからそんなに仲が悪くなったんだ?」
「若様が当時5歳だったお嬢様をからかって、泣かせたときからでしょうか。一生許さんと思いましたね」
「だいぶ年季が入っているんだな!?」
「ですが、おそらく若様も、お嬢様のために、という条件は付きますが、私のことを信頼していると思いますよ。何といっても、私は若様の共犯者ですので」
「どういうことだ?」
アンジェリカはベッドから起き上がって、コーデリアに強い目線をぶつけた。
共犯者という不穏なフレーズが出てきたとあれば、兄が何かしたのではないかとも不安になるし、自分に長年仕えてくれているメイドが何をしたのかも気になる。
「公爵家の使用人の中で貴族出身の者達が、次々と学園の男子生徒達と婚約していったときのことを覚えていらっしゃいますか?」
コーデリアの問いにアンジェリカが静かに頷く。
当時、まだ学園に通っていた兄が、王国の残酷な真実を知らずに、暗黙の禁を破って王妃から断罪されかけた事件のことだとすぐに理解したからだ。
アンジェリカ自身は、真相を後になってから王妃であるミレーヌに教えてもらったのだが、それをコーデリアの口から聞く日が来るとは思っていなかった。
「あのとき、女性側のリストを作ったり、顔合わせの日程調整を担っていたのが私です」
「どうしてお前がそんなことを?しかも、兄上にコーデリアが協力するなんて・・・」
「若様から取引を持ち掛けられました。お嬢様が王妃になってから、領主貴族達の憎悪を向けられるのと、結婚相手を世話してやって忠誠心を得るのと、どちらがいいのかと。私も学園の卒業生ですので、若様の言いたいことはすぐにわかりました」
「そうか・・・私はあの話を後で知ったんだが、兄上の手際が良すぎると思っていたが、コーデリアが手を貸していたのだな」
アンジェリカにとっては驚きの舞台裏であった。
そして、コーデリアが知りようのないことではあるが、王国の禁を破ってまで自分のために動いていたのだということを知って衝撃を受けている。
兄ともども、アンジェリカのため、という一点で王国の禁まで破ったという事実は軽くない。
学園での決闘騒動で、幼いことから想っていた婚約者を失い、取り巻き達は離れていき、自分に何が残っているのかと考えたこともあった。
(失ったものばかり考えていたが、私も捨てたものではないな。リビアやリオンという友人もできた。それに、私のために、そこまでしてくれる兄上やコーデリアもいる。いつまでも引きずっているのも馬鹿らしいな)
王都の繁華街の騒動で、クラリスが自分の家の役人や取り巻き達の存在が立ち直るきっかけになったのと同様に、
アンジェリカも、新しい友人や兄、コーデリア達の存在を思い返し、自分の心を整理し始めようとしていた。
だが、コーデリアからの話はまだ終わっていないようであった。
「お嬢様。問題なのはそこです。公爵様が協力者の存在を知らないままとは思えませんが、若様が謹慎になったのに、私はこれまで何のお咎めもありません」
「まさか、兄上がコーデリアを庇ったというのか!?」
「そこまででなくても、排除するなり、どこかに嫁がせるなりすることは簡単にできたでしょう。お嬢様のためという一点ですが、私を公爵家の屋敷に残したままにしているのは、私に利用価値を見出していただいているのでしょう」
「確かに、普段からあれだけ嫌味や皮肉をぶつけ合っているのに、兄上はそれ以上のことをする気配はなかったな」
領主貴族の監査で、通り魔扱いされるまでに苛烈な攻撃性を発揮する兄が、日常的に口論するメイドを排除しないのは、いくら身内の寄子出身でも違和感がある。
そうしない裏には、確かに、歪ながらも、はっきりとした信頼関係があるのだろう。
そして、アンジェリカは一つの可能性に思い至る。
(あれ?兄上と家族以外でここまで関係を築けている貴族出身の女って他にいなくないか?)
そうなると、自分が上手く立ち回れば、側室扱いになるだろうが、2人をくっつけることができるのではないか。
アンジェリカの中で培われた為政者としての意識が告げている。
将来の公爵家全体のことを考えたときに、あの兄に異論をぶつけることのできる存在がいたほうが、バランスを取れるのではないかと。
(というか、私は失恋したばっかりだというのに、兄とメイドが、恋愛感情は皆無とは言え、確かな絆があることを聞かされるのは、複雑な気持ちになるぞ)
「なあコーデリア、いっそのこと兄上に嫁い・・・いや、何でもない。そんなこの世の終わりのような顔をしないでくれ」
コーデリアの眉間に大きく皺が寄り、目つきが鋭くなると同時に、顔面から血の気が引いていくのを見てアンジェリカは口を閉ざした。
「私の実家も公爵家の寄子ですので、公爵様から嫁げと言われれば逆らえませんが、あの若様が私に手を出すと思いますか?一切手を出さない白い結婚扱いで、派閥内が微妙な空気になると思うのですが」
「た、確かに・・・」
「それよりも、若様が以前に、あの特待生を口説こうとしていたことがあったのですが、よろしいのですか」
「何だと!?もう手を出そうとしていたのか」
「特待生は驚きのあまりフリーズしていたようですので、何かが具体的にあったというものではありませんが・・・」
既に兄がリビアに粉をかけ始めていたと聞いてアンジェリカは思考を再び巡らせる。
破天荒な身内だが、公爵家の跡取りであり、将来性は言うまでもない。性格はともかく、外見も悪くないだろう。
学園で培われたのであろう、過剰なまでの令嬢嫌いな点を除けば、女子にとっては間違いなく優良物件だ。
家族に対して愛情深いことは今日も再確認できたし、貴族としては過剰なくらいだろう。
その兄が、自らの意思で選ぶ愛人であれば、きっと大事にするだろうし、自分の知る限り、兄に手を出された平民出身のメイド達が兄を怨んでいるという話は聞いたことがない。
そうであれば、兄がリビアを愛人にするというのは、本人にとって悪い話ではないだろう。
だが、兄と同級生がどうにかなる、というのは妹としては複雑な気分になる。理屈ではなく、感情の問題だ。
そして、先日、温泉内でリビアと話した時の反応からして、リビアがリオンに惹かれているのは間違いない。
平民と貴族、という身分の違いがあるが、それこそ側室としてであれば結ばれることは可能だろう。
自分が苦しい時に支えてくれた二人だ。できればお互いに幸せになってほしい。
(ん?また私は他の人間の恋愛の心配をしているのか・・・よく考えてみれば、それもこれも、貴族以外にばかり手を出そうとする兄上が発端じゃないか!)
「コーデリア、一つ聞きたいんだが」
「はい、なんでしょう」
「貴族として越えてはいけないラインだけしか守らない女遊びの激しい兄上と、一途なあまり、家どうしの婚約も何もかもぶち壊したユリウス殿下、どちらが酷いと思う?」
「貴族としてどうかは置いておくとして、個人として、女としてはどちらも等しくクズそのものです」
2人の中で、少しだけ上がっていたギルバートの株は、結局、元通りとなっていた。
ゾラは宇宙の心を受信したか、ゼロシステムが脳内に埋め込まれていたのかもしれない
森の便り最新号
表面 伐採速報 赤い通り魔、公国との国境付近に現る
裏面 ①法令改正解説
死亡軍人遺族への交付金支給ルールが変わりました!
発案:恩給局・監査局共同提出 赤い通り魔関与の可能性あり
②次のカモはこいつだ!辺境貴族家構成員男子名簿