乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
37度3分の熱・・・まさか流行り病なのか・・・
アトリー家の文官達に案内されて、ブリーフィングルームに隣接した控室に入った僕を待っていたのは、彼らの主であり、ホルファート王国の大臣を務めるバーナード・フィア・アトリー伯爵だった。
大臣は僕が陛下の暗躍により国境沿いの監査の仕事をしているときの上司でもあり、”あの一件”があるまではよく顔を合わせる仲でもあった。
ソファに腰変えて、笑顔を浮かべながら僕に手を振る大臣は少し疲れているようにも見えるが、今回の監査兼討伐の相手がフランプトン派閥の中でも財務的な意味で重要であったはずで、しかも、評判が相当悪いオフリー家であることから、色々な負担があるのだろう。
「お久しぶりです、バーナード大臣」
「ギルバート君は王宮を飛び出しても大活躍のようだね」
「いい年して、父には怒られてばかりですけどね」
「公爵の許可もあって非常勤顧問はやってくれているのに、ちっとも顔を出してくれないから寂しかったじゃないか」
おっと、先手を取られてしまったな。
”あの一件”、つまり、繁華街で大臣の娘であるクラリス嬢が、ジルクに婚約破棄されてヤケになり、亜人複数名と夜のラブホ街に消えていきそうになったのを、アトリー家の文官達に頼まれてその淫行を阻止した際に、
強めのアルコールで嘔吐寸前だった僕の腹にクラリス嬢のボディブローが突き刺さり、僕がリバース的なマーラインとなり、その飛沫がかかっただけでなく、クラリス嬢自身が2体目のマーラインというか、もらいゲ〇をしてしまった事件以降、バーナード大臣とは疎遠になっていた。
そこをいきなり大臣が突っついてくるとは・・・
僕にだって言い分はたっぷりあるけど、相手が大物貴族だとか云々関係なく、もらい〇ロさせてしまった女の子の父親とどんな顔して会えばいいんだよ!?
迷惑をかけられたのは専ら僕の方だと言いたいが、公爵家の嫡男と伯爵家の令嬢が公道で揃ってマーライオンとなったなんて酷すぎて性悪貴族だって噂にしがたい醜聞だよね。
「その節はご迷惑をお掛けしました」
「まあ、それはこちらが世話をかけてしまったところもあるからね」
「家どうしのトラブルにするつもりはこちらもないんですけど、僕をあの場に巻き込んでくれた、そこの元同僚達を一発ずつグーで殴ってもいいですか?」
そう言いながら僕はニヤニヤしながらこちらを見ているアトリー家の文官衆を指さす。
「今回の件が終わったらにしてくれるとありがたいな」
「了解です。それで、僕をお呼びになったということは状況があまり良くないということでしょうか」
想定されたのは、先行偵察の結果、領内がガチガチにガードされていて、どのように武力で突破しようか悩んでいるというところだな。
汚い金が豊富にあるし、空賊ともつながっていたというのであれば、戦力をかき集めるのも難しくはないだろう。
「良くないというか、全く読めないというところだ。ここまで浮島に接近しても迎撃はなく、調べてみても領内に平時の警備以上の態勢が敷かれている様子もない。既に空賊とのつながりや違法行為の証拠は少なからずそろっていて、捕まれば処刑は避けられないはずなのにね」
「潔さだけは貴族らしかった・・・というような連中ではありませんよね」
「だったら僕も楽なんだが・・・何と言っても、商人が大金をはたいて乗っ取った家だ。生き残るために何をしたって不思議はない。王国のためにも、今、始末をつけられるなら逃してはおけない」
大臣の言葉からは、ビジネスや派閥の利害関係を超えた、責任感のような意識があることが伝わってくる。
奥さんに完全に調教されていても、貴族としての高い意識とか誇りとかプライドのようなものは健在なのだろう。
僕自身はたぶんオフリー家の連中が、僕やアンジェに何もしなかったら、嫌悪こそしても、どうにかすべきかと考えはしなかったと思う。
前世が社畜の下っ端リーマンな僕に、ノブレスオブリージュなんていう価値観は搭載されていない。
あるとしても、出資者というか納税者に対する幾ばくかの道義的責任くらいだろうか。税金というはどうしても取られるもの、という意識が強くて、特に手元から使うときに若干の気持ち悪さが残ってしまう。
・・・話がそれてしまったから戻すか。
「ちなみに浮島ごと爆破して、僕らもろともすべて消すつもりじゃないかって言う奴もいましたよ」
「誰かはわからないが、そんな発想をする人でなしが、向こうにいないことを願おうか・・・まさかギルバート君じゃないよね」
「僕ならそんな発想しそうに思えるんですね」
「そ、そうじゃないよ!?ただ、ほら、レッドグレイブ家は過激な人が多いからさ!ギルバート君も、たまに敵対した相手に容赦がないじゃない?」
「僕は陛下から任じられた職務を忠実に果たしただけだというのに酷いですねぇ」
それを考えた人でなしは、大臣の義理の息子になる予定だった男ですよ、と言わなかった自分の習熟した精神を褒めてあげたい。
ストーカーメンタルなクラリス嬢もたいがいだけど、ジルクの人格の屑っぷりも相当だからなぁ。貴族の結婚が個人の意思に重きを置かない家どうしの契約の側面が強かったとしても、あの二人って、くっついてもうまくいったのだろうか疑問だ・・・
ん、そういえば、大臣は今、レッドグレイブ家は、と言ったよな。
僕や、当時の王太子である馬鹿王子に決闘を挑んだアンジェは言うまでもないかもしれないが、もしかしてパパ上も昔はずいぶんヤンチャしてたのだろうか。
「話を戻そうか。この作戦が終わった後のことを考えると、今回不参加のフランプトン派閥以外の勢力の損耗はできるだけ抑えたいというのが陛下のお考えだということはわかるね?」
「オフリーのヘイトが集まる上に武闘派で戦力が充実しているであろう公爵家の部隊に、戦力が多く集まっている軍関係の主要施設を抑えてほしいので、事前に根回しをするべく呼ばれた、ということですね」
「それだけではないんだが、頼めるだろうか」
「・・・言いたいことがないわけではありませんが・・・大臣のことです、バルトファルト男爵から譲り受けたロストアイテムの性能を踏まえているんですよね。あの鎧を持つうちの部隊が動くのが被害を最小限にするために最適だというのは理解できます」
「助かるよ、先陣を切ってもらえれば寄せ集めた戦力の士気も上がる」
大臣の言いたいこともわからなくもない。
そもそも、ことの発端が、学園祭での僕やアンジェがオフリー家と揉めたり、オフリー家と繋がっている空賊退治をやったことだ。
中立的な立ち位置の派閥であるアトリー家は、中立であるがゆえに矢面に立たされた、いわば被害者だという意識があったとしても責められるものではないだろう。
王宮内の勢力の話としては、レッドグレイブ派閥とフランプトン派閥の争いに過ぎなかったはずなのに、今回の作戦では他の派閥が丸ごと巻き込まれた形となっている。
フランプトン派閥以外、つまり王国全体の意思としてオフリーを討つという形と大義名分がなければ、組織としての意思決定に持ち込むことができないくらい、フランプトン派閥の影響力が今は強くなっている証拠でもある。
「僕は兄妹揃って連中とは因縁がありますからね。この件については、元上司の顔を立てさせていただきましょう」
「この件以外に何かあるような言い方だね」
「そこにいる元同僚から聞いてますよ、”うちで面倒をみている”バルトファルト男爵を色々と調べているそうじゃないですか」
「クラリスがようやく立ち直り始めたものでね。お礼をしたいと思ったんだよ」
「“リオン君”の女性関係も洗っているみたいですが?」
「娘が気になっているらしい相手だ。父親としては気になるじゃないか」
ファーストネームを出して、リオン君との親密度でマウントを取ろうとしたら、娘LOVEの親馬鹿目線で対抗してきたか。さすがに手強いな。
「爵位の釣合いが取れなくて御息女が安く見られてしまいますよ」
「それくらい、アトリー家ならどうにでもできるから問題ない。それにぽっと出の政略結婚相手よりも、くっつくまでにストーリーのある相手のほうが話題にもなるだろう?」
ぽっと出の相手、ということは僕が公爵家の関係者から相手を宛がうつもりだと誤認しているのだろうか。
ストーリーというなら、ある意味、オリヴィアさんはあの乙女ゲーのシナリオという名のストーリーに裏付けられたリオン君の相手だから、負ける要素はないだろうが、大臣が誤認しているのであればそのままにしておいてもいいか。
「公爵家の体面を守ってくれた男爵の面倒は、次期当主である僕が責任をもって見ますので、ご心配には及びませんよ」
「そんなふうに王都の外で有望な若手を囲い込んで、仲良しごっこを楽しむなんて、相変わらず領主貴族はずるいなぁ」
「彼は辺境出身の三男坊ですから、宮廷貴族の、しかも中立派の大物アトリー家の御令嬢が相手になったら家の付き合いの負担が重くなってしまいます。領主貴族をあんまりいじめないでやってください」
「いじめるだなんて人聞きの悪い。それに王家の血筋に連なる公爵家が関与するほうがプレッシャーになるんじゃないのかな?」
「そこは、男爵自らアンジェの決闘代理人になって元王太子殿下達を打ち負かしたのですから、うちに関して言えば多少の付き合いは覚悟の上でしょう」
僕と大臣による、互いに笑顔を浮かべながらも、お前には絶対にリオン君は渡さないぞという意地の張り合いが続いていたのだが、そこにカットインしてきたのはアトリー家の文官達だった。
「大臣、ギルバート様、熱くなっているところ恐れ入りますが、そろそろ会議が始まる時間ですので、ご準備願います」
「そうか、すまないね。娘のためにと思うと、つい力が入ってしまった」
「こちらも申し訳ない。有望な若者の将来が気になってしまいました」
お互い、先々のことを考えて熱くなってしまったようだ。
前世の年齢を加えて計算すれば、僕もアラフォーかアラフィフだから、いい年したオッサンが2人して、高校1年生くらいの男子の結婚について、その男子を自分の手元に置くべく熱くディスカッションしていたことになる。
なんて気持ち悪いシチュエーションだろう。
とはいえ、やっぱりアトリー家はリオン君を狙っていたか。いや、むしろノリノリで取りに来てるな。
くそ、この流れは、元の攻略対象5人全てが魔女に誑かされていることも踏まえると、ゲームの展開的によろしくない上に、僕の将来的にもよろしくない。
リオン君をアトリー家に取られてしまっては、アロガンツや巨大飛行船パルトナーという特記戦力をアトリーが手にすることになる。
僕のアロガンツ・ブロスだって、ロストアイテムである以上、重要な部品等は発見したリオン君の手元にしかないはずで、大掛かりなメンテナンスは彼にしか頼めない。
そうなると、僕が将来的に当主になっても、リオン君を奪われたら、常にアトリー家の顔色を窺わなければならなくなる。
あれ?これって、主人公ことオリヴィアさんの頑張りに公爵家の未来がかかっている状況になってないか?
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ギルバートが自分の将来の不安を危惧している頃、リオンは、修学旅行中の豪華客船を襲撃してきた公国の先遣艦隊との戦いと予想だにしなかった修羅場のど真ん中にいた。
公国の旗艦から、アンジェリカを救出した後、別の飛行船が豪華客船に突撃してきた衝撃で船外へと落下したリビアをなんとか海面すれすれで拾い上げたまではよかったが、
肝心のリビアとの距離感を置き始めていたリオンは、”オリヴィアさん”という名前の呼び方をきっかけにして、胸元で大泣きされてしまい、二度目の人生にして初めて、自分が当事者となる男女の修羅場に放り込まれていたのである。
自分がこの乙女ゲーの世界のモブに過ぎないから、ゲームシナリオの展開上、主人公であるリビアとは一定の距離を保ち、攻略対象の男子の誰かとくっついて幸せになってほしい、少なくとも自分よりはマシなはずだと考えるリオンであったが、そんな心情を相手が知るはずもない。
リビアがくっつくべき相手として、攻略対象5人を一人ずつ挙げてみると、嫌い・腹黒・ナルシスト・脳筋・構ってちゃん、とそれぞれ特徴を掴んだ一言でバッサリ斬り捨てられてしまい、笑いを堪えるために腹筋が痛くなってくる始末だ。
その上で、これまでのように、自分やアンジェと一緒にいたいのだとリオンは畳みかけられてしまう。
(あれ・・・これだと王家の船が動かせなくなって、詰んでないか?)
リオンの脳裏にバッドエンドの文字が浮かんだ。
あの乙女ゲーのラスボスは、自分の持つ最高戦力である、チート戦艦こと宇宙船ルクシオンの力を持ってしても、滅ぼすことは難しい。
リオンの認識としては、攻略対象の誰か又はリビアによって王家の船を動かさないと、ラスボスを倒すことができない、というものだ。
(誰か、他に誰かオリヴィアさんの好感度が高そうな奴はいないか・・・そうだ!)
リオンの脳裏に、今度は、高笑いするギルバートの顔が落下してきて、先に浮かんでいたバッドエンドの文字を粉々にする場面が浮かんだ。
スペックだけ見ても、悪役令嬢の兄という、攻略対象にもなり得る属性を持ち、顔面も財産も申し分ない上に、レッドグレイブ家には王家の血が入っている。
つまり、攻略対象であるユリウスの親戚のようなものだから、王家の船を動かせる資質があるはずだという理屈だ。
あの乙女ゲーには全然出てこなかったのに、この世界では国境沿いの監査を派手にやっていたり、亜人十数人との血みどろの乱闘騒ぎを起こしたり、リオンを元気づけようと娼館に誘おうとしてアンジェリカにしばかれたりと、
マリエと同じような転生者である可能性も否定できない程度には”キャラが立っている”相手ではあるが、ラスボスを倒すため、そしてリビアをくっついてくれるのであれば大した問題ではないだろうと思えてくる。
しかも、ルクシオンの情報によれば、リビアに愛人にならないかと誘ったこともあったはずだ。
「じゃあギルバートさん!」
「責任逃れの恋愛中毒者!」
「でも、金持ちで顔も良くて、アンジェのお兄さんで優しいじゃん!」
「いい人ですけど、気軽にイチャイチャできる相手がほしいだけじゃないですか!」
「そ、それは・・・」
学園卒業後も、色々な理由を付けて貴族との政略結婚を避けつつも、あちらこちらで平民や騎士階級出身の女性に手を出すギルバートのことも的確に斬り捨てたリビアの切り返しにリオンからの反論は出てこなかった。
そして、リビアは、ギルバートの名前を聞いて、彼から言われた言葉を思い出す。
のらりくらり逃げるなら・・・言葉に出すタイミングはもうここしかないと判断した。
おもむろにリオンのパイロットスーツの首元を両手で掴むと、触ったことのないような不思議な手触りがしていて、力が伝わっているかわからない感じであった。
そのため、逃げられないように、魔力を込めて思いっきり力を込めて首元を締め上げてから、秘めていた言葉を紡ぎ出す。
「私は・・・”リビア”はリオンさんが大好きです!それが全てです!私は貴方が好きです!」
一方のリオンは、涙目になったリビアの告白を受けて、自分が今、前世と今世を合わせても初めての恋愛的な修羅場にいるのだということにようやく気付いた。
色々な考えが頭に浮かんでは消えるのを繰り返し、自分がどうしたいのかをゆっくりと考え始める。
自分はこの世界のどこにでもいるような人間、主人公やと攻略対象が仲睦まじくしているところを映したスチル背景に溶け込んだ無個性な観客でしかないという考えは、リビアの言葉によって激しく揺らいでいる。
転生者という、この世界にとっては異物のような存在がこれ以上世界に影響を与えてもよいものなのかとも思えていた。
だが、徐々に別の思考もリオンの中に入り込んできていた。
目に涙を浮かべながら、ヘルメットのバイザー越しに自分のことをまっすぐに見つめてくるリビアが締めている自分の首元の圧迫が強くなっているのである。
気のせいか、リビアの体の周りに纏われている魔力がどす黒くなりつつあるように見える気がする。
(や、ヤバい、このままだと締め落とされる!?)
だが、意識的な恋愛経験の乏しいリオンは、目の前のリビアを巧くいなしてこの状況を流す術が全く浮かばないどころか、物理的に捕獲されて逃げ場を失っていることに気付く。
好意を持たれていることの嬉しさがあることは否定しないが、迷いや葛藤、そして、チート主人公と呼ばれるだけの強い魔力を持つリビアに首を締め上げられていることの恐怖が徐々に大きくなってきて、生命の危機を感じるとともに、もうこの場を口先で逃げることはできないのだと判断せざるを得なかった。
「わ、わかったよ、リ・・・“リビア”・・・上に戻るから・・・しっかり背中に掴まって」
リオンにとって、身内以外から初めて好意を正面からぶつけられたシチュエーションは、命の危機と隣り合わせの恐ろしいものとなってしまっていた。
背中にしがみついたリビアの胸の感触へのドキドキ以上に、自分の命があのままだったら危なかったのではないかというドキドキが頭を支配していた、と後世でリオンは語ったとか語らなかったとか・・・
(マスターのスーツは特注品で外圧には強い仕様なのですが・・・まあヘタレなマスターにはいい経験になったのかもしれないので、良しとしましょう)
リビアは兄上様に焚き付けられたせいで、原作様よりもイケイケ・・・いや逝け逝けになった結果、ヤンデレ侵攻が少々早まっておりますw
乙女ゲーの主人公様が一世一代の告白ロマンティックな場面だったはずなのに、それを修羅場に変えた兄上様の罪は重いかもしれないwww