乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
今日の僕はまたしても、我が母校であるケモナー学園にやってきている。目的は、リオン君と接触して、聖女親衛隊の隊長に任命されたことを伝えるためだ。
そんなケモナー学園では、僕が勝手に呼び名にしているとおり、相変わらず、女子生徒とケモナーな亜人の専属使用人が我が物顔で闊歩し、居心地悪そうな顔をした男子生徒達がちらほら見え隠れする。
僕が在学中はもう少し女子生徒が居心地悪そうにしていた気がするのだが、すっかり元通りになってしまった。この景色はいつまで続くのだろうか。
ちなみに、学園までは屋敷から馬車で来ている。
一瞬だけ、非常識極まりない自覚はあるが、アロガンツブロスで乗り付けたら面白そうだと思ったりもしたのだが、現在、王都にアロガンツブロスはいない。
父上からの指示で、ブロスは、バルトファルト領にリオン君が新設した工場でメンテナンス中になっている。
オフリー討伐戦の損傷を誤魔化しながら使うのではなく、来るべき戦いに向けてコンディションを整えさせようという意思なのだろう。
それは、言い換えれば、本格的な戦いが、遠からぬうちに再び発生すると父上が考えているということだ。
そんなわけで、リオン君を探して学園内を徒歩で歩き回っていると、少し先に何やら人だかりができている。
よく見てみると、ベンチに座った女子生徒を大勢の生徒が一定の距離を置いて取り囲んでいる。
しかも、何人かの生徒が、座っている女子生徒に向かって石を投げただと!?
身分の話がなかったら、いじめを通り越して刑事事件だぞ。前世由来の価値観がプレインストールされている僕としては、そんな光景はドン引きだ。
さすがに見逃すのは気分が悪いな。ちょいと〆るか釘でも刺しておくか、と思い、その場に近付いていくのだが、嫌がらせを受けている女子生徒の顔を見た瞬間、取り囲んでいる連中を止めるのは止めることにした。
嫌がらせを受けていた青い色の髪をしている女子生徒は、オフリー家のブs・・・じゃなかったステファニーの関係者としてリストアップされていた人物の1人だったからだ。
しかも、調査の結果判明したのが、この女が、ステファニーの指示を受けて、リオン君やオリヴィアさんを空賊討伐に誘い出して、始末させようとした張本人だということだ。
名前はよく覚えていないが、たしか面倒臭そうなヒーラーみたいな名前だった気がする。
結局、ステファニーの目論見は、圧倒的な武力を持つリオン君にあっさりと阻止されたのだが、オフリー討伐後の処理でこの女の処遇は一波乱あったと聞いている。
彼女の父親は、ステファニーの企みに何ら関与しておらず、家を潰すわけにもいかなかったため、この女を学園から追放してオワオワリ、ということになるはずであった。
しかし、ここに、空賊討伐に同行していた息子を巻き込まれたことに強い不快感を示したセバーグ家とフィールド家の取り巻きというか子分の家々が口を出した。
要は、両家のような大物貴族の子分の家が、親分を忖度した結果、落とし前を付けさせろと口を出したらしい。
司法当局も、伯爵家や辺境伯家の関係者から突き上げられては配慮せざるを得ず、
準男爵家の小娘一人が見せしめにどうなろうが知ったことではない、ということもあり、女子生徒は学園を去ることを許されなかったとのことだ。
ちなみに、僕はその辺りが議論された当時、殲滅したオフリー領の暫定的な事後処理や、公国との戦闘の際に裏切った寄子への制裁をどうするかで忙しく、結果だけ後で知らされたに過ぎない。
さて、どうしたものかと考えるが、まず、あの女子生徒を助けるつもりは欠片もない。
ステファニーやその女子生徒のせいで、何も悪いことはしていないオリヴィアさんは、ただ平民だというだけで部屋を刃牙ハウスのように荒らされる等の苛烈な嫌がらせを受けて、心が折れる寸前だった。
寄親の娘であるステファニーの命令だったとしても、やらかしたことは、嫌がらせだけでなく、空賊を手引きした行為は、未遂とはいえ、殺人の手助けに他ならない。
ここまででも、僕が手を差し伸べない理由としては十分だろう。
それに、オリヴィアさんが主人公様であることを差し置いても、相談に乗ったりしたこともあるので、人並に情というものが湧いていることは否定しがたい。
下心はもちろんないし、本来は聖女になるはずだったということも別にしたって、公国の艦隊の一斉砲撃を一人で防ぐほどの強大な魔力を手元に置きたい。
リオン君のつがいにして、二人とも将来的には僕の下で囲いたいという考えは、マリエが聖女になったとしても変わらない。
だから、オリヴィアさんを、リオン君を陥れようとした時点で、この女がやったことは、僕の中のボーダーを超えている。
わざわざ自らの手を汚してまで消そうとは思わないが、周りの奴らを煽って焚き付けるくらいしてやるか、というのが正直な心の内だろう。
女子生徒を囲う連中のほうに足を運んで、嫌がらせに夢中な彼らの後ろから声をかける。
「やあ、面白いことをしてるじゃないか」
振り向いた生徒達は、男女問わず慌て始めて、あたりが一斉にざわつき始めた。
「こ、公爵家の!?」
「また学園に来たのか」
「そりゃバルトファルトの黒幕って噂だからだろ」
「赤いt・・・」
「馬鹿!それ以上言うな!オフリーみたいに消されるぞ」
「でも、もう派閥の力は弱体化したって・・・」
「喧嘩を売ってきた神殿の部隊を壊滅させて、神殿本部に殴り込みかけて金品を根こそぎ奪っていく家のどこが弱いんだよ!」
「亜人連れてる奴はさっさと下がらせろよ!また血の雨が降るぞ」
口々に僕に怯える生徒達の様子を見て、少しだけ悲しい気分になる。
いや、身から出た錆なのかもしれないけど、学生達から見たら僕は破壊の化身か何かなのだろうか。
舐められてるよりはずっとマシなんだろうし、アトリーとかローズブレイドとか、あとジルクとかは、僕と普通に話すけど、少し複雑な心境だ。
ひとまず気を取り直して、先ほど石を投げた男子生徒の正面で立ち止まる。
「おいおい、君は何をやっているんだい?」
「あ、あの女は空賊と繋がってた・・・」
僕に話しかけられた男子生徒は、震えながら、懸命に、その理由を口にする。
「気持ちはわかるが、司法判断で有罪になっていない相手に石を投げたら、君が犯罪者扱いされてしまうかもしれないよ?」
「そうですけど・・・こ、公爵家はそれでよろしいのですか?」
どうやら、男子生徒は、僕が嫌がらせを止めようとしていると思っているようだ。これはいけない。勘違いは是正しないと。
「君も貴族なんだ、やるならうまくやらないと、ね?」
「うまく?」
僕はSR級の顔面偏差値で笑顔を浮かべご機嫌な表情を浮かべながら、右の掌の上にファイヤーボールを作りだす。
「そう、上手くやるんだ。例えば、公国との戦闘で自身の研鑽が必要だと感じた君達は、それを機に自分を鍛えようとしていた、もちろん王国を守るために、だ。そして、その一環で魔法の訓練をしているときに、高い向上心を持った君は、より強力な魔法を身に付けようとしている」
架空の話であり、真実としてでっち上げるシチュエーションを解説しながら、僕は魔力を集めて、ファイヤーボールをさらに巨大化させた。
炎は大きく燃え上がり、大量の火の粉が飛び散って、熱量の大きさを物語っている。
そして、その勢いに呑まれた男子生徒は、無言で首を縦に振っている。
「その魔法が運悪く、明後日の方向に行ってしまった。さあ大変だ。でも・・・強力な魔法が着弾したところには、燃え尽きたナニカがあるだけだ。何かはわからない。実にありがちな話じゃないかな?」
そこまでの話を聞いた男子生徒の顔面は真っ青になり、足元が震えている。
周りの生徒達も口々に恐怖を口にしている。
「おい、聞いたか!?」
「なんて恐ろしい」
「当たり前だ!王国の歩く治外法権だぞ」
「なんで、この場でぱっとそんな発想が浮かんでるのよ!?」
「そりゃそうだろ、あのバルトファルトの黒幕だろ?」
「ヤバさのレベルはオフリー以上じゃないのか!?」
いくらなんでも、オフリーと同じような扱いをされると、傷付くじゃないか。
まあいいか。気を取り直して、視線をベンチに座っている青い髪の女子生徒に向けると、顔面や衣服が砂や泥で汚れている。
それを見た正直な感想は、自業自得だな、というものだった。報い、と言ってもいい。
そして、先ほどの男子生徒と同じように、全身を震わせ、目に涙を浮かべながら僕と、掌に浮かべた巨大な火球を見ている。
おやおや、手元にあるファイヤーボールの熱が辺りにも伝わっているだろうに、寒いのだろうか。それとも、震えを使って、チタタプ、チタタプと言いながら料理でもするつもりなのだろうか。
少なくとも、さっきまでの話を聞いていれば、僕自身がこの火球をぶつけるつもりがないことはわかるだろうに。
とは言え、リオン君やオリヴィアさんは、もはや僕の周囲の人間だ。そこに手出しをしたのだから、脅しの一言を告げるくらいしてもバチは当たるまい。
「気の毒とは思うが同情はしない。リオン君達は、僕が面倒を見ている存在だ。君はそこに手を出した。後は、わかるだろう?」
声のトーンを低くして、伝えてみたところ、口元を震わせながら女子生徒が反論してきた。
「どうすれば良かったんですか・・・しょうがなかった・・・私だってあの女に耐えてきたのに・・・」
「君が、リオン君やオリヴィアさんを傷付けた事実そのものが存在しない、ということにならない限り、僕の結論は変わらないね」
「・・・っ!」
目元に大粒の涙を浮かべ、おそらく出てきそうになった反論を、下唇を強く噛んで飲み込んだまま、女子生徒は僕を睨みつけている。
大方、伯爵家に逆らえなかったとか、どこかにチクっても報復されるとかの言い訳を出したかったのだろうが、リオン君達の事実上の庇護者であるつもりの僕にとって重要なのは、この女子生徒の行動で起こった結果だ。
「自分の罪と向き合うんだね」
この場でオリヴィアさんへの罪の意識でも語ってくれば、僕の心中にわずかな変化くらいあったかもしれないが、出てきたのは、しょうがない、という、〇なり君のようなセリフだ。
これなら、後ろ髪を引かれることもなく周りからリンチされているのを放置できる。
手元のファイヤーボールをもっと大きくして、脅してから去るか、と思ったそのときだった。
「何・・・してんのよおぉぉぉ!!」
背後から、女性の声とこちらに走って近付いてくる足音が聞こえた。
振り向くと、小柄な女子生徒が、走ってきた勢いでジャンプしながら体を捻り、僕の顔面目掛けて回し蹴りを叩き込もうとしている。
しかも、接近速度が思っていたより早く、このまま手元のファイヤーボールで迎撃するのも間に合いそうにない。
仕方なく迎撃よりも回避を優先し、とっさに上半身を反らすと、女子生徒の爪先は僕の鼻の数センチ先を通り過ぎたのだが、僕自身がバランスを崩し、手元にあったファイヤーボールのコントロールを失ってしまった。
魔力が集まって形成されていた火球は、少しずつ小さくなりながらも、地面に落ちるまでに消えることはなく、地表に接したところで爆発を起こして、周囲には爆発による煙が広がった。
周囲を覆う煙の向こう側から、何人もの悲鳴が聞こえてくるのだが、残念ながら僕の意識を向けるには至っていない。
なぜなら、僕の目の前に、背筋を伸ばして両腕を組み、足を肩幅に広げ、こちらを睨みつける一人の小柄な女子生徒がいたからだ。
まるでガンバ〇ターのような仁王立ちをしている女子生徒。見覚えがある、どころじゃない。ある意味で会いたくなく、別の意味ではとても会いたかった。
自分の感情が大きく揺れ動いているのがわかる。
自分でもわかっていた、いずれ再び会うことになるのだろうと。
「ふははははは!久しぶりだなぁ、聖女様ぁぁぁ!!」
「なんでイベントでもないのに、アンタが学園にいんのよ!」
もはや言うまでもない。
僕を、僕だとわかってフルスロットルのパワーで蹴りを入れようとしてくる小柄な女子生徒なんて、この世界には一人しかいない。
一度ならず、二度までも僕の計画を、木っ端微塵に打ち砕いた女―マリエ・フォウ・ラーファン。そして、こいつは、僕以外に、この世界に紛れ込んだもう一人の転生者だ。
「いきなり人に向かって蹴りを入れるのが、神殿の聖女の役割なのかな?」
「あの女の子を助けようとしたなら正当防衛ね」
「あのファイヤーボールは脅しだ。そこら辺にいた奴らに、貴族としてうまくやれ、と伝える工程の一環だね。だから、お前のやったことは、誤想防衛というやつだ」
「消すつもりはあるじゃないの!」
「元々敵対派閥の関係者だった人間が、僕の側の人間に手を出したんだ。誰かが消してくれるなら、手間が省けて、ラッキーくらいにしか思わないさ」
「じゃあ、この子に何を言ったのよ!?震えてるじゃない!」
「ざまあ、主人公様を傷付けた自分の罪と向き合えと言ったくらいだね」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。アンタがどれだけの人を傷付けてきたと思ってんのよ」
「言ってることが、まるで本物の聖女様だなぁ、5股婚約破棄誘発女。少なくとも君より質の悪い傷付け方は、していないよ」
「実家の権力を振りかざして好き放題暴れてるアンタがそれを言うって、何の冗談?笑えないんだけど」
「おあいにく様。僕は大義名分を確保して、許される状況を確保してから権力を振るう主義でね。適正手続って言葉は知ってるかい?権力は用法・用量を守って正しく使うものさ」
前世のお薬のCMのようなフレーズを使って煽ってみる。同じ前世持ちのこいつには意味がわかるだろう。
それにしても、お互いに相手を罵る言葉が溢れるように出てくる。
自分でも不思議なくらいだ。ボタンを押すとお茶が出てくる給茶機のようだね。
「ホント、いい性格してるわね。そうやって人を罵って楽しいかしら?」
「少なくとも君を罵る言葉は、息を吐くように湧き出てくるよ」
ここまで言い合ったところで、お互いが口を閉じて睨み合いが始まった。
よし、第一ラウンドは制したようだ。相手の外側は学生だが、中身は違う。
以前、こいつの言っていた話が正しいのであれば、この女の中身は、男の金と生き血と欲望を啜る百戦錬磨の夜の蝶だ。
今世でも、若いとはいえ、それなりに実家で教育を受けてきたはずの男5人を半年足らずで誑し込んだ、ある意味で輝かしい実績の持ち主だ。
しかも、魔力により強化した膂力を駆使した戦闘力まで高いと来たものだ。
前世、今世とも境遇が不遇なようだが、この女は、少なくとも今世では、知恵と腕力を駆使して逆境を跳ねのけて今まで生き延び、とうとう聖女などという地位まで手に入れた豪傑だ。
相手にとって一切の不足はない。
そんな女が、どうして学園内の陰湿な嫌がらせ現場に足を運んだのか。
この女は、顔面こそ利口には見えないが、腐ってもお水の世界でトップを取った女だ。ドロドロした女同士の暗闘の覇者と言っても過言ではあるまい。
そんな女であれば、自分がどうみられるのか、つまり自分の見せ方の演出くらい朝飯前だろう。
嫌がらせを受けていた女子生徒は、ステファニーの手先だった人間として見せしめとなっていた。
僕は途中から煽っていただけだが、見方によっては、リオン君の黒幕と噂される僕が、率先して嫌がらせをしていたと認識するやつもいるかもしれない。
なるほど、僕を悪役に仕立て上げて、慈悲深い正義の聖女様ムーブをかますつもりだろう。
それならば、こちらも、マリエの行動が計算の上で行われていることを示していくまでだ。
「5人や神殿に続いて、今度は一見すると弱者面した反逆者を助ける慈悲深さのアピールでもするつもりかな?」
「この子だって、やりたくてやったわけじゃないでしょ!」
「さすが5人の男を股で囲う女だけのことはある。自分の男2人も含めて罠に嵌めた奴まで助ける、みたいな懐の広さ・・・いや、股の広さを見せれば、雨後の筍のごとく湧いてきた頭の弱い取り巻きくらいは騙せると判断した、というところか」
ニヤリと嫌味な笑みを浮かべてやったら、間髪入れずにマリエは平手打ちをしてくるが、そんな行動は読めている。
右の手刀でマリエの手首を払い、魔力を込めた左の拳をマリエの顔面めがけて打ち込もうとするが、マリエのほうも、同じく魔力を込めた拳を僕に向けていた。
二人の拳がぶつかり合い、拳に込めた魔力がぶつかり合って、稲光が周囲に拡散するとともに、衝撃波が円状に周囲に広がると、あたりを覆っていた煙が吹き飛ぶと、学園の生徒達の目に、僕とマリエが拳をぶつけ合う姿が映る。
「せ、聖女様とレッドグレイブが殴り合ってる!?」
「どういう状況だ!?」
「何かあったらヤバい!早く殿下達を呼んで来い!」
驚く学生達の声が聞こえてくるが、僕の意識はマリエに釘付けだ。
拳ごしに、重い衝撃がはらわたにまで響いてくるようだ。興奮状態をクールダウンするために、顔面や脇、背中の汗腺が一斉に開いていくのが感覚でわかる。
真正面から同じ向き、同じ力で衝突する拳と拳の押し込み合いが続くのだが、マリエは拳の力をわずかにずらして均衡を崩すと、その勢いで僕の懐に入り、連続して魔力を込めた拳を叩き込んでくる。
激しいインファイトを、僕は身体の正面でクロスさせた両腕でガードするが、勢いと衝撃でジリジリと押し込まれていく。
クソ!相手のフィジカルは、こんなチンチクリンのくせに、フィジカル面のスペック差が、戦力の差になっているとは思えん!
苦し紛れに右足を蹴り上げると、マリエはそれをガードしながら後ろに飛び退いて勢いを殺しながら、僕の攻撃をしのぐ。
2人の距離が開いたところで、僕は少し体をかがめると、マリエに向かってダッシュする。激突する直前に前方に向かってジャンプし、右膝をマリエの顔面めがけて繰り出すのだが、今度はマリエが腕で僕の飛び膝蹴りをガードした。
マリエが膝蹴りの衝撃でバランスを崩したところに、僕は追撃をしかけるべく、両掌を合わせて振り上げ、ハンマーのように両手をマリエの脳天めがけて振り下ろした。
さすがのマリエも、頭部のダメージはまずいと思ったのか、とっさに体をわずかに逸らし、僕の両手はマリエの右肩を強打するに終わってしまう。
他方のマリエは、上からの強い衝撃を受けて上半身を折り曲げながらも、歯を固く食いしばり、両足を踏ん張ってこらえると、そのまま両足に魔力を集め始める。
そして、強化した足で地面を蹴ると、頭から僕の胸元めがけて一直線に突っ込んできた。
僕の方は、両手を全力で振り下ろしたところで、体が硬直してしまっていて、回避ができそうにない。
視覚に入る情報としては、黄色の巨大な毛むくじゃらが、まっすぐ向かってくるという光景だ。思考は、これを何とかしてガードしろと言っているが、自分の身体がそれは無理だと告げている。
そんな心中のやり取りをしている間に、人間の質量と運動エネルギーが1つの弾丸となって、マリエの頭部が僕の右胸部に突き刺さった。
(くっそ!このクソ女あぁぁぁぁ!!)
さっきのインファイト以上の衝撃で、肺から一気に空気が抜けたせいか、声が出ないため、心の中で毒づく。
してやられた、と言う他ないね。先日、ダンジョン内で僕がマリエに対して、最後にぶち込んだ攻撃が、少年マンガの戦闘シーンの最後の切り札ともいうべき頭突きだ。
今のマリエの攻撃は、そのときの意趣返しとでも言いたかったのだろうか。衝撃で後方に吹き飛ばされながら考える。
だが、まだだ。僕はこいつに落とし前を付けさせなければならない。
そうだ、心でも、怒りでも、魂でも勇気でもいい。せっかくならレッドグレイブらしく、赤く燃焼してやろうじゃないか!
マリエの身体が全力の攻撃で伸びきっている今なら、カウンターへのカウンターをぶち込める。
「焼け焦げろおぉぉぉぉ!!」
僕は、強く両眼を開き、後方に吹き飛ばされながらも、今、瞬間的に込められる魔力を一気に右腕に集めて、火球を生み出すと、
頭突きをかました反動によって、先ほどの僕のように動きが硬直しているマリエめがけて投げ付けた。
火球はマリエに向かってまっすぐ進み、体勢的に回避やはねのけるような迎撃は難しいだろう。マリエの表情に焦りが浮かんだのを僕は見逃していない。
そして、火球がマリエに直撃し、再び大きな爆発が起こると同時に、黒い煙が辺りを覆いつくす。
「聖女様あぁぁぁぁ!」
「レ、レッドグレイブがやりやがったぞ!?」
「一定レベル以上の戦闘って、もう男とか女とか関係ないんだな!?」
「お前、あの格闘戦見えたか!?」
「どっちも、相手を潰すっていう気迫があったことくらいしかわからねえよ!」
周りで見ていた生徒達が、口々に反応を浮かべている。
そんな中で、マリエがいた周辺の煙が少しずつ晴れてきた。さすがに黒こげの死体が転がっているとは思っていなかったが、どうなっているかは未知数だ。
目を凝らして煙の向こう側を見ると、何やら白い光が漏れ出している。
こういうときのパターン、僕は詳しいんだ。誰かがやったか!?とか言いながら煙の中からやられていない敵が出てくるってやつだろう。
「クソ!やっぱりしぶといな」
煙が少しずつ晴れていくのだが、中から姿を現したのは、両腕を前に突き出し、球体状のバリアらしき白い光に包まれたマリエだ。
首元のネックレスと手首に付けた腕輪が強い光を放っている。ネックレスのほうは、リオン君が空賊から奪い、この前の神殿とのトラブルで最終的には多額の金と引き換えに、神殿側に引き渡したものに間違いない。
結果的に言えば、敵に塩を送ってしまったのかもしれない。
だが、マリエの方も無傷ではなく、両腕の先を火傷している。
聖女様グッズの力を引き出してバリアを展開するのが少し遅れたのだろう。
公国戦の報告書に、オリヴィアさんが飛行船艦隊の砲撃を防いだ際に発生させた防御魔法と同じようなものなのかもしれない。さしずめ、聖女バリアとでも言うべきか。
「便利な・・・ものを持ってるじゃないか」
「知らなかった?私、聖女様なのよ?アンタの花火みたいな魔法で破れるとは思わないことね」
ムカついたので、何発かファイヤーボールをぶつけてみたが、火球はバリアに直撃して爆発するも、バリアにヒビすら入らない。
「聖女様、頑張れえぇぇぇ!!」
「レッドグレイブに負けないでぇぇ!!」
「馬鹿!敵対してると認識されるぞ!?」
「それにしても、女子生徒と互角って、レッドグレイブって弱いのか?」
「そんなわけあるか!学園祭のときに、オフリーの連れてた亜人十数人が全員血の海に沈められてたのを忘れたのかよ」
「この前は、神殿の騎士団もぶちのめして鉱山送りにしたって聞いたぞ!?」
「ってことは、聖女様が強いってことか!?」
相変わらずギャラリーの連中が好き勝手言っている。
ホント、このクソ女、戦闘力が高いな。さすが熊と生身で戦ったというだけのことはある。しかも、僕にはないハングリー精神があって、粘り強い。
さて、どうしたものか。
バリアを突破する方法を考えるのだが、さらなる火力のある魔法を学園内で使うのは、さすがに問題だろう。
あのバリアが、オリヴィアさんが張ったものと同じようなものなら、鎧なしにぶち抜くことは難しいかもしれない。
・・・いや、本当にそうだろうか。オリヴィアさんも公国との戦闘終了時には疲労で倒れ込んでいたと聞いている。それなら、マリエのバリアも、いつまででも展開できるものではないのかもしれない。
マリエの様子をよく見てみると、一見、余裕をぶっこいた顔をしているが、手元の火傷は痛々しく見えるし、少し息が上がり、額からも汗がにじんでいる。
これを見て、一つの仮説が浮かんだ。このバリア魔法、強度に比例して燃費が悪いのではないだろうか。
さっさと終わらせられるなら、それでよかったが、持久戦に持ち込めば戦いの流れを一気にこちらに手繰り寄せられるかもしれないね。
マリエとの今日の殴り合いは、ここまで盛大になった以上、周りはレッドグレイブと神殿の仁義なき抗争の第二ラウンドと見る者が多いだろうから、劣勢に見られかねない状況のまま、簡単に幕引きをするわけにもいかない。
ただ、具体的にどうしたものかと思いつつ周りを見渡すと、面白いものを見つけることができた。
僕は、すぐ近くに設置されているベンチの脇のゴミ箱を両手で抱えると、マリエが展開しているバリアの近くまで歩いていく。
「アンタ・・・!綺麗な顔して、まさか・・・」
「中身はお前と同じパンピーだからな」
小声でマリエに答え、バリアの屋根というか球体の上のほうを目がけて、ゴミ箱の中身を盛大にぶちまけた。
バリアの天井部分には、ゴミ箱に入っていた食べカスや廃棄物など、さまざまなモノが乗っかっている形となっている。
「っ!ホント、アンタって最低ね!」
「身体を殺傷せず、プライドや自尊心だけをへし折るなんて、我ながらなんて優しいんだろうね」
僕は、笑顔で答えるとベンチに腰掛けて、マリエに向かって手を振る。
さあ、いつまで魔力が続くか見物だな。魔力が尽きれば全身ゴミまみれになるだろう。
バリアを解いて、走ってこちらに向かってくるなら、ありったけの魔法をプレゼントしてあげよう。
そんな計画を考えていたところに、今度は聞き慣れた声でお呼びがかかった。
「何をしているのですか?」
振り向いた僕の視線の先にいたのは、こちらも、もはやだいぶ顔なじみとなったジルクだ。
ただ、この状況―愛しのマリエちゃんが危ないというのを理解しているようで、真剣な表情を浮かべている。いつものような小ばかにしたような笑みはない。
ジルクが懐に手を伸ばしたところで、僕はジルクの手首を思いっきり掴む。
こいつ・・・馬鹿王子の護衛のために、特例で携帯を認められた拳銃に、ためらいもなく手をかけようとしやがったな。
「神殿の聖女様に、後ろから回し蹴りで襲撃されたのでね。反撃したら、そこから殴り合いが始まったというわけさ」
現時点だと、肉体的なダメージは、若干、こちらのほうが大きいかもしれないが、与えた屈辱感を含めて考えれば、まぁトントンだろう。
おどけて答えると、ジルクの後方から、3人の男子生徒もこちらに走ってきて、ジルクと合流した。3人が誰かというのは遠くから見た時点ですぐにわかった。
髪が紫色の男子はフィールド家のブラッド、赤色の髪なのがセバーグ家のグレッグ、水色の髪の男子はアークライト家のクリス。要するに、馬鹿王子以外の攻略対象が全員そろったというわけだ。
やっかいなのが、こいつら全員がマリエに誑かされている、要するに、この場では確実に僕の敵だということだ。
4人全員が僕を睨みつけている。
さすがに、こいつら全員を相手にするのは骨が折れるというか、広範囲を攻撃できる魔法をバンバン使っても厳しいかもしれないな。
ここから戦闘が続いた際の動きを考えていると、懐で拳銃を握っているであろう腕を掴まれたままのジルクが口を開いた。
「マリエさんを消すためにわざわざ学園に?」
「そのつもりだったら、鎧で襲撃をかける。今日は、リオン君が、よりにもよって聖女親衛隊の隊長に内定してしまったから、それを伝えに来ただけだ」
「それなのに、どうしてこんなことに?」
「あっちにいる、ブ・・・ステファニーの元子分を見かけたのでね。あの女子生徒が、リオン君やオリヴィアさんにちょっかい出したのを思い出して、ちょっと脅してたところに、飛び蹴りを入れながら突っ込んできたのが、お優しい聖女様だよ」
「あくまでこの状況は偶然だと?」
「僕は貴族で・・・俺はお兄ちゃんだ。いずれにしても、あの女とツラを合わせたら、落とし前は付けさせないと収まるモノも収まらないだろう?」
なんだか、特級呪物から産まれた悪霊が言いそうな台詞を言ってしまったような気がするが、結局はそこに帰着する。
ジルクは考え込み始めるが、残りの3人は何かを言いたげだ。さて、この場をどう乗り切ったものか。
あれ?今回、ボケや小ネタが少ないぞ?と思った方、、、すいっませんでしたぁぁぁ!!!
本編最終巻、めっちゃ良かったですね
あとマリエルート同時購入で読める後日談も面白かった
悪ノリしてこの世界線で、後日談だけ先に書いてもいいものだろうか、、、