乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
「少し前から、屋敷のメイドの入れ替わりが増えてきたと思っていたが、それが続くようなので調べてみると
相手は学園の男子生徒達ばかりだ。さらに調べると、どうやら背後でお前が動いていることがわかった。
自分の相手を探そうともせずに、下級貴族に嫁をあてがっているのはどういうことだ」
下級貴族の男子の相手探しが大変そうで、このままだと、僕が公爵家を継いだ後に苦労しそうだったんです。
確かにパパ上に黙って勝手に実家のメイドを使ったけど、だからと言って王様と王妃様が出てくるなんて聞いてないよ!
父への言い訳を考えつつ、国のトップ2人が同席している理由は何かと思考を巡らすが、何も浮かばない。
そもそも、個人の事情で謁見なんてしたこともないんだ!
僕のやったことで大臣とかからクレーム出たならまだ仕方ないけど、仮にもトップがわざわざ学生の前に出てくるなんて異常だ。
僕が口を開かずにいると、父がチラチラと王妃を見る。僕は何をやっちゃいましたか。
「公爵、あのことをまだギルバート君に教えてなかったのですか」
「申し訳ございません。学園を卒業し、本格的に後を継がせるときに伝える予定だったのですが」
「言い訳はけっこうです。いい機会ですから私から話しましょう」
父の表情が不快感で歪んでいた。
表立って口にはしないが、王妃様は外国、レパルド連合王国という国から政略結婚のために嫁いできた人だ。
連合王国は、公国とは別の敵国、ラーシェル神聖王国と敵対している。
共通する敵国に備えるために、婚姻を媒体とした安全保障を図ったのだろう。典型的と言えば典型的なのだろう。
この国の重臣達としては、そんなバックグラウンドを持つ王妃様を無碍に扱うことはできないものの、
他国から来た人間が王宮で権勢を振るうことも面白くない。
「ギルバート君、公国がかつて大公家として王国の一部であったことは知っていますね?」
「はい、その後、大公家の反乱が起こり、王国は後手に回ってしまい、公国が独立してしまったと教育を受けております」
「そうです。それが全てのはじまりでした。さてここからが本題です」
教養というか、歴史の一部として学んだことの確認だったが、この後、王妃様から告げられたのは、この国の一部の者にとってあまりに残酷な真実であった。
大公家ほどではないにせよ、昔は凶暴だった領主貴族達を弱体化させるための女性優遇政策推進に舵を取り、
ベースとなる価値観を王都の学園に集めた貴族の子弟達に植え付け始めたというのだ。
教育・・・洗脳のほうが近いね。そういえば前世で通っていた学校でも、子どもを洗脳するな、と国や公権力に嚙みつく教員がいたような気がする。
だが、結果として、効果は抜群だったらしく、目論見どおり領主貴族達は弱体化していったのだという。
さらに驚きだったのは、学園の運営を通じて教育手法を確立し、百年単位で、平民階級にも教育を施していき、邪魔な貴族すら不要な国に変えていくことも見越しているのだということだ。
「国内に権力を集中ですか。中央・・・集権というところですね」
「王家が目指すものを端的に表すものとしては悪くない言葉ですね」
前世の学校で学んだ歴史の授業レベルですけどね。
ここまで聞くと、いくつかの情報が自分の中で結びつき始めてくる。
まずは、国の体制移行に向けた取組として、学園に入学させるのが、おそらくあの乙女ゲーの主人公なのだろう。
前世の妹によると、結局、後になって主人公も立派な血筋だということが判明するらしく、
結局は某忍者漫画の主人公のようだったと妹が毒づいていた気もするが。
とはいえ、その体制移行が妹の在学中に本格化するとか、タイミングが悪すぎる。
国の大改革の余波を受けて落ち目になっていく実家を継がされるとか、罰ゲームにもほどがある。
もしも、主人公がユリウスルートに行ってしまったら、結果的には公爵家も生贄になってしまう。
そして、大事なことがもう一つ。
僕がやったことは王家が描いた壮大なシナリオに真っ向から歯向かうものだということだ。
やばいな。王妃様の機嫌が悪いはずだ。
王家目線で見れば、散々苦労して進めてきた改革を、学園に入学したボンボンがぶち壊そうとしているようにしか見えないはずだ。
ただ、一方的に領主貴族達を痛めつけて、反乱を起こされたらどうするのか疑問が残る。
「王国憎しで貴族達が反乱を起こしかねませんよ。今のままでは領主達が反王国で結束しても不思議じゃありません」
「・・・そのための備えはある。この場では言えないがな」
「父上はご存じなのですか?」
「ギルバート君がその先を知る必要はないでしょう。ですが、ここまでの話を聞いて、自分がしたことの重さ、意味がわかりましたか」
話を現在に戻し、王妃様の声が再び低く、冷気をはらんだようなものと変わった。
何かしらの切り札があることはわかった。
それに、貴族の数の全体で考えれば、僕が学園の中でくっつけたカップルの数なんて微々たるものだろうが、放置したら王家のシナリオに支障が出始めるだろう。
「知らなかった、では済みませんよね」
ダメ元で言ってみたが、王妃様は表情一つ動かさない。
というか、知るわけないじゃないか!こういうことは女に手を出す、出さないより先に言ってよ、パパ上!
あ、これ、詰んだな。
罪の有無ではもう争いようがない。
大義は我にありと確信して、徹底的に追及するつもりか。綺麗な顔して嫌な女だな。
しかし、僕があの乙女ゲー世界について知っていることを言っても証明できないし、
王妃様が強い影響力を持っているこの国にとっては、ラーシェル神聖王国のほうが重要度は高いだろう。
・・・こうなったら損切りラインを変えるしかないか。
「命は助けてください。取れる責任は取ります」
「何を言うかと思ったら命乞いですか。名門貴族の跡取りとして恥ずかしくないのですか」
追及が続くが、僕は椅子から立ち上がり、床に膝をついて頭を下げた。
前世のサラリーマン社会に伝わる最終奥義、土下座というやつだ。
「ちょ、ちょっとギルバート君、急にどうしたの!?」
予想外の僕の行動に、王宮で辣腕を振るう鋼の女も少し揺らいだようだ。
きっとこういうときに、〇殺隊の人なら隙の糸が見えた!とかになるのだろう。
僕のやったことは法律や規則に抵触してはないはずだ。前世だったら裁判で白黒付けてやると開き直れたかもしれない。
しかし、この乙女ゲー世界の貴族社会は違う。疑わしきは罰するために毒殺、暗殺、自殺の強要くらいはしても不思議じゃない。
いや、命が助かるだけじゃ不十分か。どこかで一生幽閉、だなんてことになるのも御免こうむりたい。
そして、土下座というのは相手に対して徹底的に屈辱感を与えるものだという側面ばかりが注目されるが、
土下座をされた側は、これにより、ある程度の譲歩を余儀なくされるという面もある。
この世界で同じように思ってもらえる保証はないが、国王と公爵の2人の前で行う土下座なら、それなりに意味を持つはずだ。
「すいませんでしたぁぁぁぁ!このままでは妹が王妃になる頃には反乱が起きてしまうと思い、男子生徒達を放っておけなかったんですぅぅぅ!
僕に邪な気持ちなんてありません!妹、いやこの国を救いたい一心だったんです!」
もちろん、妹を引き合いに出したのはわざとである。
シスコンな兄が将来を悲観して暴走した、というシナリオで幕引きを図るためだ。
「ギルバート、お前・・・そんなにアンジェのことを」
ナイスアシストです、父上。
「確かに男爵や子爵1人が反乱を起こしたって、たかが知れてます。ですが、国境近くを守る彼らが外国と手を結んだら、被害は急速に拡大します!
あの学園の女子達に領主貴族がこれ以上食い物にされたら、貴族達は財政的に困窮するでしょう!
そうしたら、ファンオースやラーシェルの工作資金が入り込んでしまう可能性だって高まります!」
むしろ、もう入り込んでるかもしれない。
国力にはかなりの違いがあるはずなのに、前世の妹によると、公国は王都まで攻め込んできて最終決戦になるそうだ。だとすれば、手引きした貴族が相当数いるのだろう。
「だいたい僕が王国に害を加える理由なんてありませんよ!将来的に殿下とアンジェが国を引っ張っていくことになれば、放っておいても公爵家の力は今以上になったはずです」
「そうですか。ですがあなたは、王家の目標を妨げた責任をどう取るのですか」
よし、命まで取られる事態は防げそうだ。
ならば、次は落としどころをどうするかだ。
「廃嫡にしてください」
「レッドグレイブ家はずいぶんと思い切りがいいですね」
王妃様が静かに煽ってくる。こちらの出方を伺っているのだろう。
いくら海千山千の政治舞台を乗り切ってきた王妃様も、いきなりの廃嫡は想像していなかっただろう。
「知らなかったとはいえ、これだけやらかした僕は、王家からしたら、この先、一生危険分子扱いでしょうからね。後は細々と領地内の事務仕事を手伝って、慎ましく静かに余生を過ごしますよ」
「ちょっと待て!命乞いはともかく、公爵家を継ぐ者が軽々しく廃嫡などと口にするな!」
「いいえ、父上。僕は王家のメンツを潰してしまったのでしょう。その落とし前は付けますよ。大事なのは公爵家と王太子殿下の婚約者となったアンジェです」
だが、僕にとって本当に大事なのは、領地で細々と仕事を手伝うことに異議が来なかったこと、
つまり、僕が命の危機にさらされず、衣食住は保証された生涯は送れそうだということだ。
こうなったら僕が将来の国母の兄として、華々しく権勢を振るうなんてことは諦める!
というか、前世が庶民なリーマンの価値観な僕が、政治舞台で生き残り続けるなんて、自分でも怪しいと思う。
今回のように、思わぬところに掘られた落とし穴に引っ掛かりそうだ。
前世を考えれば、ほどほどの暮らしを確保して利確したって大負けではない。
欲の皮を突っ張らさせては、妹より先に僕が断罪されてしまう、というか既にもう断罪の一歩手前だ。
主人公のユリウスルート選択の回避は、裏から手を回せば公爵家の力も温存できるだろう。
「あ、でも対外的に理由もよくわからないまま突然の廃嫡となっては、アンジェにも迷惑でしょうから、数年後に病気で体調不良のため、ということにしてもらえると助かります」
「鮮やかな引き際ですね。あっさりと表舞台から姿を消そうなんて」
「僕はアンジェと公爵家が大事なんですよ。嫡男なんて、家にとっては部品の1つにすぎません。それに、僕を生かしておけば、結婚の面倒を見た領主達は、当面の間は、王国の忠臣となって尽くしてくれますよ?」
現在の領主、結婚相手を紹介してやった後継ぎ達、さらにその子供達くらいは、僕に感謝してくれるとともに、国境近辺をしっかりと守ってくれるだろう。
公国の侵略から生き延びることができれば、の話だが。
「何やらすっきりした顔を浮かべているところ悪いが、ここから先は公爵家当主の私が話を付ける」
廃嫡するかは基本的に当主の判断だ。
しかし、家とアンジェの将来を考えれば、きっと僕を切り捨てる。
いやはや、貴族社会ってものはなんて恐ろしいんだろうねぇ。
せっかく、第二の人生イージーモードだと思ってのんびり生きてたら、悪役令嬢の兄だったことがわかり、運命に抗おうとちょっと動いた一寸先は闇だった。
もしかしたら、これがあの乙女ゲー世界の修正力なのかもしれない。
黙って感傷に浸っていたのだが、ここでそんな気分を一言でぶち壊す人物がいた。
「じゃあ私はもう帰っていいか?」
今の今まで一言も発しなかった陛下が心底面倒臭そうに言い放ち、席を立つ。
王妃様は、僕の考えが何かわからないとしきりに言っていたが、この人こそ何を考えているのかわからない。
父の話だと、基本的に政務は王妃様や重臣にぶん投げて、王宮内外で遊びまわっているらしい。僕が言うのもアレだが、この場面でも全く興味ナッシングなのだろうか。
陛下が退出してすぐに僕も屋敷での謹慎を指示され、父の執務室を追い出されてしまった。
学園の寮ではなく、公爵家の屋敷というあたりが逃亡防止も兼ねているのだろう。
ここで逃亡を図ることもできるかもしれないが、追放される系につきもののチートスキルもないからやめておこう。
ボンボンですらなくなった僕にできることは、サラリーマン時代に培った事務処理くらいなものだ。
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その頃、一足早く自室に戻ったホルファート王国国王のローランドは、一人笑みを浮かべてペンを走らせていた。
「無気力なボンボンかと思っていたが、ずいぶんと面白い小僧じゃないか」
王家の計画を進める中で、国を守るための最後の手段となるロストアイテムである王家の船。
しかし、それを自分達は動かすことができなかった。
真実の愛などというものがあれば動くと伝わっているが、今現在、それを見つけられる見込みはない。
ローランド自身、趣味もかねて、口うるさい領主達の弱みを集めることくらいはしているが、領主達の王国ヘイトを悩ましく思いつつも、自分が汗をかいて解決するつもりもない。
そんなときに起こったのが、公爵家のボンボンによる、大量結婚事件だった。
残酷な真実、王家の計画を知らなかったとはいえ、これまで、このような事件を起こした貴族は誰もいなかった。
もちろん、才覚を買った者を自分の派閥に取り入れるために、結婚相手をあてがう上位貴族はいたが、それは学園の内外を問わず、行われていることだ。
息子の婚約者の兄、という立場なら、ある程度好きに動かせても、ローランド個人にとって損はない。
自分の在位中は反乱鎮圧なんて面倒くさいことに振り回されるのは嫌だった。
潰すのはいつでもできる。利用できるだけ、利用してしまおう。
奇しくも、学園内でギルバートが色々と動き始めたのと同じような考え方で、ローランドは企む。
「ミレーヌに潰させるくらいなら、私の役に立ってもらったほうがいいよね」
真ヒロイン様からは敵認定されてしまいました