乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です 作:りーおー参式
ギルバートが王国の残酷な真実を知らされた大説教事件の数週間後、ローランドの執務室に呼び出されていたのはヴィンスであった。
座るように促された来客用のソファの前には足の短い長机が配置されており、その上にはクリップでつづられた書類が置かれている。
ざっと目を通したところでは、国境付近や辺境と言われるエリアの領主貴族の監査や監視を行う部署の組織改正の概要が記されている。
どうやら中間管理職的なポストを幾つか設置して、そこに爵位の高い家の人間を政治的に任用し、反抗的な領主貴族達に圧力をかける目的がうかがえる。
眉間に皺を寄せたヴィンスが口を開いた。
「公爵家の嫡男に辺境のドサ周りをさせるつもりですか」
「お前の息子の話を聞いて、私もこの国を守っていく上で色々と考えさせられてね。色々と監視をしつつ、領主貴族達の弱みなんかも集めていきたいと思ったのさ」
「それならば分家から何人か出させましょう」
「本来ならあり得ないかもしれないことくらいわかっているさ。でも国を憂う熱い若者のために、珍しく私も根回しを頑張ったんだ。きちんと本人の意向を確認してほしいな」
ヴィンスの恨みがましい視線を受けてローランドの口角が吊り上がる。
今まで教育係等から聞かされる報告では特に問題となるところは見受けられなかった息子だと認識していた。
だが、学園に入った頃から、親の贔屓目で見ても奇行が増えたと思う。
娘が王太子の婚約者となったのだから、本来はその兄にも相応の振る舞いが求められねばならない。
ギルバート本人の目線であれば、学園に入ったから、ではなく、妹が王太子の婚約者、つまり、破滅の未来を迎える乙女ゲーの悪役令嬢となってしまったからなのであるが。
「学園を卒業したら息子には領地経営にもっと携わらせる予定なのですがね。追加の教育も必要でしょう」
「お前はこれまで以上に派閥の強化に忙しくなるだろうからな」
「お分かりいただけているようで何よりです」
「だが、色々な家の内情を知ることで学べることも多いだろう。私も王国に献身的な若者をサポートしてやるさ」
「息子をこれ以上の傾奇者にする気ですかな」
「私以外には真面目なやつを周りに置くから安心してくれ」
普段は政務を自分達重臣や王妃に丸投げして、王宮内外で遊び惚けている国王だが、残念なこと、無能ではないのが憎々しかった。
おそらく、もう何を言ってもニヤリとした顔から反論が来るのだろう。
元々練られていた腹案だったのか、ギルバートの言っていることからインスピレーションを得たのかはわからないが、これ以上反論しても無駄なのだろうとヴィンスは諦めざるを得なかった。
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王妃様大説教事件後、僕は実家の屋敷に軟禁状態となっている。
ちなみに、屋敷に戻ってから、一晩ぶっ通しで父からも改めて説教をくらったときはさすがに泣きそうになったよ。
改めて貴族社会ってよくわからんねと思ったよ。やっぱりベースというか出発点となる価値観が違うというのはかなり大きな課題になりそうだ。
そして、沙汰が出るまでは、せめて学園には通わせてくれと父にお願いしてみたが、即却下され、後日、授業の参加に代わる大量のレポートの提出を命じられてしまった。
実習授業もすべてレポートで代替させるなんてやりすぎだろう。父上が学園に圧力をかけたのだろうが、これじゃ父上がモンペみたいじゃないか。
とはいえ、甘いですよ、パパ上殿。僕はこういったデスクワークが苦にならないタイプなんです。勉強ができるバカと言われるタイプなんですよ。
ちなみに学園に残して来た連中、というか、僕が結婚相手をあてがった辺境の下級貴族の面々からは、ちょくちょく近況を知らせる手紙が届いていた。
子供ができましたとか、子供ができましたとか、子供ができましたとか、子供が生まれましたとか、子供が生まれましたとか…
お前ら、他にやることないのかよ!!というか、ちゃんと実家は国境沿いで防衛してるんだろうな!?
あとは、娘が生まれたので15年後に愛人として囲ってください、なんて言ってくる奴もいたな。
冗談だよね?お願いだから冗談だと言って!というか、学園でケモナー令嬢にならないようにちゃんと教育して、どこかの辺境貴族に嫁がせてやって!
そんな生物学的、というか家を重視する貴族という目線で言えば優等生なのかもしれない愉快な連中に突っ込みを心の中で入れながら、机で行う作業はあらかた終わらせた僕は、
お茶を淹れに部屋に来ているメイドの手を取っていた。もちろん貴族出身でないことはリサーチ済みだ。
前世とは比較にならないほど高い顔面偏差値の僕の顔を見てくるメイドの頬は赤みを帯びている。
「いつも美味しい紅茶をありがとう。月並な言葉かもしれないが、これからも僕に美味しいお茶を入れてほしいな」
「か、からかわないでください若様…それにこんなところを誰かに見られたら…」
「大丈夫、何かあっても生活に困るようなことはさせないさ。だから安心して僕に身を委ねてくれていいんだよ」
メイドに微笑みを向け、優しく頬に掌を添えると、わかりやすく口をパクパクさせている。
そんな口に人差し指を唇に当てて、プルプルした感触を楽しみながら、もう片方の手を後頭部に回す。
今の心境を前世のアニメ的に言えば、もろたで、〇藤!!といったところだろう。
「兄上、今日はずいぶんと体調がよろしいようですね」
「!?」
だが、突然聞こえてくる聞き覚えのある声。
音もなく開かれた部屋の扉のところにいるのは現世の僕の妹であり、この乙女ゲー世界の主人公と対立し、
破滅に向かう悪役令嬢の運命を負わされるかもしれない少女が僕を呆れたような目で見ている。
「し、失礼します!」
「あっちょっと待って・・・せっかくもう少しでいいところだったのに。アンジェ、人の部屋に入る前にはノックをしないとだめだよ?18禁いや、事故が起きたらどうするんだ」
「事故を未然に防げてなによりでした。それに、兄上は体調不良で返事ができないかもしれないから、ノックをしなくていいとコーデリアが言っていましたし、父上の許可も取っています」
両手を腰に当て、エッヘン!という単語が浮かびそうなくらい胸を張って妹が断言する。
というか、兄の情事未遂を見ても呆れる表情を浮かべるだけとは、王妃教育の賜物だろうか。
対外的に僕は長期間の体調不良ということになっているらしく、王妃教育などがない日にはちょくちょく僕の様子を見に来るようになっていた。
悪役令嬢なんて言われるようだが、僕から見れば高い向上心を持って一生懸命に教育を受けて、未来の王妃になれるよう頑張る可愛い妹だ。
それに、学園に入学してから顔を合わせる機会が激減していたが、この謹慎生活が始まってからは会話も増えた。
頻繁に体調不良(扱い)の僕の様子を見に来るあたり、人としての優しさも備えているのだろう。
前世の価値観というものが強く残る僕からすれば、まだ遊びまわっていたいだろう年頃の女の子だ。
それなのに、王太子の婚約者として研鑽を絶やさない今世の妹には、努力が報われて、幸せになってほしい。
僕自身の身の安全が第一なのはまだ変わらないけど…あれ?もしかして僕ってシスコンに目覚め始めてる?いや、謹慎生活に突入する前と比べて、家族のことを考える時間が増えただけだよな、きっと。
だから飴玉をあげよう。こっちにおいで。
「私もいるぞ」
「父上!?」
自分の価値観に変化の兆しが見えてきたのかと考えているところに、扉の死角から父が顔を出す。
その手には何枚かの書類があった。僕へのお沙汰が決まったのかもしれない。
「お前に大事な話がある。アンジェ、少し外してくれるか」
「わかりました、父上。では兄上、おとなしく療養してくださいね」
「わかったよ、アンジェは王妃教育を頑張るんだよ」
「もちろんです!兄上に言われるまでもありません!」
気の強さは相変わらずのようだ。今度は頬を膨らませて答える妹が可愛らしい。
手を振ってアンジェを送り出したところで父が口を開いた。
「このシスコンめ。妹可愛さで奇行に走ったと思われているのをわかっているのか」
「国のためです、父上。王宮の暇人連中の噂話なんて真に受けないでください」
「その王宮が、学園卒業後のお前の就職先だぞ」
え…領地で軟禁とかじゃないの?
何やら不満顔な父が、時折手元の資料を見ながら僕の卒業後のことを説明してくれた。
陛下の意向により、廃嫡にはならず、王宮で役人になるらしい。しかも、年間の半分以上は王都にいられず、監査や調査を国境付近の貴族相手に行うのだという。
事実上の地方への左遷、島流しのようなものなのだろう。
だが、学園でさんざん見てきた王国ヘイトを募らせた領主貴族達の様子を、公務という大義名分の下にチェックできるというのは、
あの乙女ゲー世界の戦争パートや、ゲームのシナリオ後のこの国で生きていかなければならない僕には好都合だ。
「やはり嫌がる素振りすら見せないか」
「陛下達の御前で私が申しあげたことを汲んでくださったのでしょう?ならば異論なんてありません」
「嬉しいですと顔に書いてるようだがな」
結局、卒業まで数ヶ月を残し、僕は王宮へと就職することになった。
今世の社会人1日目は、同じく王宮に向かう父の馬車に同乗してのものだった。
前世と合わせればアラフォーなのに、パパ上と同じ車で出勤とか少し、いやだいぶ恥ずかしい。王宮に到着後、出迎えの役人に促され、配属先の部署まで案内された。
役人が開けてくれた扉の先にいたのは、華美過ぎないながらも、質の高そうな服を纏い、気品に満ちた振る舞いをする男性であった。
丸みを帯びた輪郭と体型と合わせて、いかにも上級貴族という雰囲気を漂わせている。
「ご無沙汰しております、バーナード大臣」
「ああ、久しぶりだね、ギルバート君。君が配属されると聞いたときは驚いたよ」
僕を待っていた男性は、宮廷貴族アトリー家の伯爵にして、大臣を務める王国の重臣であるバーナード大臣であった。
王宮内では、中立的な立ち位置をしており、文官達に強い影響力を有している。
父とは違う派閥であるが、悪い関係ではなく、若干ではあるが僕も面識がある。
そして、あの乙女ゲーの攻略対象の1人の婚約者の父だったはずだ。
「僕もここでお会いできるとは思いませんでした」
「陛下から人手が足りないからこっちも統括しろと言われたのさ。色々と聞いているよ、大変だったようだね」
「雷を落とされてしまいました」
この反応からすると、この人も残酷な真実を知っているのだろう。
僕としては苦い記憶なので、この話題は早めに切り替えたいところだ。
「そういえば、お嬢さんの婚約が決まったそうですね、おめでとうございます」
「耳が早いね」
「殿下の乳兄弟殿と縁をつなぐとは、アトリー家の将来は安泰ですね」
「レッドグレイブ家がそれを言うのは嫌味というものだよ」
あの乙女ゲー世界の運命を知らなければ、きっと誰もがそう思うのだろうな。
僕としては、主人公がユリウスルート以外であればいいのだが、では、どのルートを取ってもらうかを考えたときに真っ先に上がる選択肢が、この大臣の御令嬢の婚約者である攻略対象だ。
たしか、ジルクとかいう名前の緑色の髪のキャラだったはず。
キャラごとの難易度はよく知らないが、実家の爵位が攻略対象の中で一番低かったのは覚えている。
いざとなったら、僕の愉快な仲間達の中の家のどこかと、平民の主人公を養子縁組させた上でくっつければ、ゲームクリアになって、妹はハッピーエンドだ。
上司の娘の婚約を破棄させようだなんて、客観的に見れば僕はなかなかの屑だね。
「じゃあ早速だがガイダンスを始めようか」
「え!大臣自らですか」
「私としても、公爵家には相応の礼を尽くしておきたいからね」
「アリバイ作りのように聞こえますね」
「未来の公爵である君の相手を、いきなり役人達にさせたら、私は彼らから恨まれてしまうよ」
「偉いのは父であって、僕は王家に睨まれた単なるボンボン息子なんですけどね」
「実家の力を自分の力と錯覚して振る舞うのは愚かだが、謙虚なように見えて、自分の家の影響力の強さを自覚していないのも愚かだよ。正直に言ってしまえば役人達はそういうのを嫌がる」
痛いところを突かれてしまった。返す言葉もない。
だが、前世の社畜時代を思い返してみれば、言われたことに納得もできる。
重役の息子がコネ入社してきて、父親と一緒に出勤してきて、慎ましやかなことを言ったって、真に受ける会社員なんているだろうか。
上級国民なんて言葉も流行っていた前世だったが、今世はガチの身分社会だ。
自然と前世の価値観で考えて行動したことが、白い目で見られてしまうことが相変わらず多いな。
「君が、国のためを思って領主貴族達をどうにかしたいと本当に思っているのか、私にはわからない。だが、王宮でそれを実現するためには、役人達とうまくやっていくことが必須だ」
「多くの文官達を束ねるアトリー家の方の言葉は心に刺さります」
「陛下からは、追って役職を付けるが最初は下の方から仕事を覚えさせるように言われている。サポートは付けるから、まずは周りと上手くやっていってほしい」
実家の格その他諸々を考えて早めに役職に就けて責任を押し付けようという算段だろうか。
少し違うかもしれないが、前世の刑事ドラマに出てくるキャリア組っぽい扱いか。
適宜休憩と説明者の変更を挟み、各種レクチャーが終わったのは、夕方から夜に差し掛かろうとする頃合いだった。
「覚えてもらうことはまだあるが、残りは実践の中で随時教えていくよ」
「長い時間、ありがとうございました」
「他のスタッフとの顔合わせは明日以降にするから今日は帰ってもらってかまわ・・・」
「ようバーナード。ボンボンへの説明は終わったか?」
大臣の言葉を遮って乱入してきた声。
僕だけでなく、大臣の表情が強張った。
声の主は、僕をこの部署に配置するように動き回った張本人であるこの国の王、ローランド陛下である。
謁見や執務中とは異なり、上品ながらもカジュアルな服装をしているが、服の上からでもしっかりと体が相応に鍛えられているのがわかる。
前世の言葉を借りるのであれば、イケてるダンディなオッサンとでも言うべきか。
「ええ、先ほど終わったところです」
「ちょうどいいな、おいボンボン。これから街に繰り出すから一緒に来い。王宮への歓迎会をしてやろう」
うーん、父上から聞いていた限り、陛下の素行はあまりよろしくない。
普段から仕事を重臣達にぶん投げているせいか、被害者となっている父のヘイトはけっこう高まっている。
しかも相手は一国の王。ある意味、執行猶予中な僕が同行して何か失礼があってはまずいのだが、
その誘いを無碍に断ってしまっては別の意味で無礼になってしまうかもしれない。
さて、どうするべきか。
「ヴィンスのことは気にするな。ツラが整ったお前がいたほうが宴が盛り上がる」
「僕の歓迎会なのでは?」
「そんなもん、名目に決まっているだろうが。お前がいないと、相手の女性陣と人数が合わないんだ、早く来い」
それ、単なる合コンの数合わせじゃねーか!
いくら陛下の女癖が悪いからって、まさか、合コンに連れていかれるとは思わなかったよ!
だが、陛下の誘いであっても学園にいたようなケモナー女どもと飲み会ってのは嫌だなぁ。
いや、地雷女の処理をするのは下っ端の役割だが・・・
「安心しろ、お相手は私達の素性を知らない市井のお嬢さん達だ」
「かしこまりました。陛下のお供をしっかりと務めさせていただきます!・・・ん?まさか私の好みをご存じということですか」
「魑魅魍魎の住処である王宮で、好き勝手に振る舞い続ける私の情報網を甘く見るなよ?」
物凄いドヤ顔でとんでもないこと言ってのけてるよ、この人!
というか、好き勝手やってる自覚はちゃんとあるんだね!
それだけの力があるのに、外国出身の王妃に実権握らせてないであなたが仕事してくれれば父の苦労だって緩和されるだろうに・・・
いや、でも僕がこれから、やりたいことをできるようになったのは、この人のおかげであることも確かだしな。
ひとまず、父に怒られない範囲で、この方の女遊びに付き合うことにしよう。
そう、これは自分のためじゃない。この国のトップから言われたことだからだ!
ちなみに、後日、王宮内ですれ違った王妃様から、汚物を見るような目で睨みつけられてしまった。
僕に怒るのは筋違いじゃない!?
次回予告
汚い大人達の策謀により、王宮に放り込まれてしまった僕が出会ったのは、何やら悩み事を抱えたような顔をした緑色の攻略対象だった。
彼はいったい何を悩んでいるのだろうか、ここで好感度を上げて将来的に主人公にはジルクルートに乗ってもらうことはできるのか。
次回、屑ミーツ屑
となるかもしれない