乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも厳しい世界です   作:りーおー参式

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初投稿から2か月以上経ったのに、まだ事実上原作未突入なのもあるらしい


第8話 ボンボンのおしごと~超パワハラ編

前世では、因果応報という言葉があった。

悪い行いをすれば、自らに悪いことが起こり、善い行いをすれば、自らに善いことが起こる、という意味だ。

前世から、基本的に無宗教な僕だが、これは様々な場面であてはまると感じている。

 

今の仕事、辺境貴族の監査というのは、実態的には、王都から辺境の領主貴族達を虐げて、王国へのヘイトを徒に増大させる性悪女達を、性格の悪いやり方で排除するというのが半分を占める。

今回もそのために、公国との国境にほど近いところに位置する浮島に到着した僕は、同僚の文官とこの島の領主である子爵の館に向かって歩いている。

 

「ずいぶんとやる気に満ちた顔をしてますね」

「今回は思いっきりやれという陛下の許可をもらえたからね。モチベーションも上がるさ。ゲストの到着予定は?」

「定刻どおりです」

「今回は裏取りやらネタ集めに苦労したが、おかげで派手にやれそうですね」

「それ、普通の役人は絶対にできませんからね」

「僕だって、たいていは陛下謹製のマニュアルどおりにやってるだけなんですけどねえ」

 

妹の破滅断罪ルートを避け、実家を落ち目な没落貴族にさせないためには、金でもコネでも権力でも何だった使ってやるさ。

公国が攻めてきても王国の被害が甚大にならない、妹が王妃になる、領主貴族が反乱を起こさない、この辺りが、あの乙女ゲー世界のおおまかな知識しかない僕が把握している勝利条件だ。

 

さて、今回も浮島にはびこるゲスを監査の名の下に駆除して、王国へのヘイトを減殺するとしよう。

 

既に事前潜入班がこの浮島の商業、農業その他領内の実地調査を済ませている。

これから行うのは、領内で正式に帳簿や各種契約書、その他金回りの書類を見ながら、国に提出した会計報告書等との突合だ。

はっきり言って地味な作業である。嫌いじゃないけどね。社畜魂が働いている実感を得ることができる。

続けて、領内各所の視察を行い、事前に集めた情報や各種報告書と、領内の実態との齟齬の大きさを確認する。

確認後、さらなる調査をすることもあり、一連の調査が終わるまでに何か月もかかる場合もある。

 

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それからしばらくして、今回の調査もようやく終わり、いよいよここから領主達へのヒアリングが始まる。

ヒアリング会場は、広めの部屋で、その真ん中に大量の書類が置かれたテーブルがある。

僕達から見てテーブルの向こう側には、この浮島の領主である子爵、会計担当と思しき事務員数名に加えて、今日のヒアリングのために王都から呼び出した、いかにも性悪という顔をした子爵夫人、

さらに夫人お抱えの専属使用人と呼ばれる亜人の奴隷兼愛人2人が侍っている。

 

領主や事務員達は連日の監査対応で疲れを隠せなくなっている。一方の性悪系夫人は、香水の不快な臭いをまき散らしながら、いかにも不愉快だという表情を隠さずに我々役人チームをにらみつけている。

亜人どもは、部屋のあちらこちらに視線を泳がせており、これから行われることに全く興味がないことは明らかだ。

この仕事を始めてから、この最後のヒアリング場面に領主の正妻が来るときはだいたいこんな感じに、亜人の専属使用人が付いてくる。

監査を何だと思っているのか、というかケモナー学園で何を学んできたのか・・・あ、いや性欲を亜人で発散することと、男に金を集ることしか学ばないのがあの学園の女子だったね。

じゃあ準備も整ったところで、ショータイムを始めようか!

 

「子爵、連日ご対応いただき、ありがとうございます。ところで、ヒアリングを始める前に、私、一つ、思うんですよ」

「え・・・いかがいたしましたか」

 

右手で頭を抱えながら、左手で鼻を覆うポーズを取り、意味ありげなことを言い出した僕を見た領主が、不安そうな表情を浮かべている。

 

「この部屋、獣臭いんですけど」

 

場の空気が一気に張り詰めた。性悪系夫人は露骨に僕に嫌悪の視線を送りつけてくる。いいね、僕が誰なのか知らない女がよく向けてくるやつだ。

正妻に頭が上がらないのであろう領主は、怯えながらも、何てことを言ってくれたんだという無言のメッセージを、表情で僕に訴えかけてきた。うん、ちょっとだけゴメンね。

僕は必死に笑いをこらえつつ、亜人2人を指さして、鼻で笑ってやることにする。

 

「そうそう、君達だよ。獣臭くて気分が悪い。外してくれるかな」

 

亜人達の目元がピクピクと動いている。こいつら専属使用人は、女尊男卑なこの国においては、雇い主である貴族の女に守られているため、攻撃的な言葉を受けることは少ないのだろう。

むしろ、あのケモナー学園では、下級とはいえ貴族家の男子生徒に手を上げることだってよくあることだった。

この場でも、殴りかかってきてくれれば話は早かったのに。

だが、専属使用人達が動く前に、性悪系夫人が口を開いた。

 

「私の専属使用人に何か?」

「こんな近くで言ったのに聞こえませんでしたか?獣臭くて不快です、このヒアリングにおいて何かを答える立場にもないでしょうから、退出しろと言いました」

 

目を大きく開き、口角を上げて満面の笑顔で答えてあげた。こういうときの、嫌味なお貴族様ムーブはとても楽しい。

ちなみに、同僚の役人達はこんなやり取りを何回も見てきているので、動じずに手元の資料を再確認している。

これから何が起きるのかもわかっているからね。

他方で、性悪系夫人は怒り心頭といった様子で厚化粧でも顔が紅潮している。扇を持つ手元も震えていて、ここからも怒りが伝わってくる。

 

「無礼な!粗探しが生業の役人風情が!」

 

僕からの煽りに耐えきれなくなった夫人が吠えた。そして、次に動いたのは、僕の正体を知っている領主だった。

慌てた様子で夫人のほうを見て口を閉じさせようと手を伸ばそうとする。

おいおい、面白いのはここからなんだから、止めたらだめじゃないか。

 

「なにぶん、育ちがいいものでしてね。亜人を連れ歩くなど恥ずべき事であると教育を受けているのですよ。あ、夫人には挨拶がまだでしたね。私、今回の監査を担当する辺境監察第二部調査官をしております、ギルバート・ラファ・レッドグレイブと申します」

 

実はまだ責任者でもないし、今回のチームも大臣の腹心の宮廷貴族が統括しているのだが、こういう場面では、僕が矢面に立つことが多い。

 

「え、れ、レッドグレイブって・・・」

「はい、公爵家のボンボン息子ですよ。あと知ってます?僕の妹、王太子殿下の婚約者なんですよ。今日は色々と賢くなれましたね。ところで、この部屋、臭いって言ってるんですけど、何回言わせるかのゲームでもしているんですか?」

 

最後の言葉のトーンを一気に下げて追撃をかけてみる。

言葉を失った夫人は、しばし顔をうつむかせた後に、専属使用人のほうを見て頷くと、亜人2人はようやく席を立ち、部屋から出ていった。

 

「では、異臭の元がなくなったところで、ヒアリングを始めましょうか」

 

そう言って同僚に発言を促すと、手元の資料の読み上げが始まり、各種の聞き取りが始まった。

領主にとって幸いだったのは、出納周りの処理そのものに大きな規則違反はなく、軽微なミスを修正するようにとの指摘、指導がいくつかあったことくらいだろう。

ここまでは、適法性だけの話、要はルール違反があるか否かなのだが、会計担当は真面目に仕事をしていて何よりだ。

続けて話題が、支出の妥当性に移ると、話をしていた同僚が僕に目を向けた。僕は軽くうなずくと、手元でクリップ止めした資料の束を手にしながら領主に顔を向ける。

 

「時間をかけて領内を見させていただきましたが、同じ規模の浮島と比べて、それなりに収入のある領地だと思います。ですが、港、商業エリアとも開発があまり進んでいませんね。防衛用の鎧も年代物ばかりです」

「・・・申し訳ございません」

「領民から集めた税です、懐に入れるとしてもほどほどにして、見えるように還元されなければ民の不満は高まりますし、領内で事業を始めようとする機運が削がれてしまいます。支出項目の点検はしていますか」

「・・・申し訳ございません」

 

こちらが何を言いたいのかは領主も察しているのだろう。

このような場で同じことしか言わないというのは、これ以上、別のことを言えないことを意味している。予想通りの展開でもあるんだけどね。

 

そこで僕は王都にも提出されている書類を提示しながら、そこに記載された支出項目の中の上位にある、とある事項を指さした。

 

「王都への支出額がずいぶんと大きいですね。新規事業のご準備ですか?」

「いえ、王都に滞在している妻への仕送りです。使い道の詳細は、諸々、お手元の各支出書類のとおりです」

 

領主は、げんなりとした表情を浮かべながら、僕の近くに置かれた支出書類を綴ったファイルに視線を送った。口にするのも憚れるのだろう。気持ちはよくわかる。

中身は専属使用人や別にいる愛人等への支払い、ドレスやら宝石類やら美容美食その他、王都で放蕩三昧に豪遊するための支出であふれているのだから。

もちろん貴族なんて多かれ少なかれそんなものだと言ってしまえばキリがないだろうが、そのせいで国境の防衛が疎かになったり、王都へのヘイトが高まって王妃になった後の妹に苦労をさせるわけにはいかない。

王都での乱痴気騒ぎを続ける金があれば、飛行船艦隊を編成することはできなくても、鎧のパイロットの育成だって、少しずつでも新型の鎧を調達することくらいはできる。

相手が攻撃しようとする意志を少しでも挫くことができれば抑止力として十分だしね。

 

「なるほど。では単刀直入に言います。この金額、減らせませんか」

「申し訳ございません、それは非常に難しいです。婚約時の契約ですので・・・違反すれば罰金となってしまいます」

「その通りですわ!こんな男と私が結婚してやったのだから当然です。書面だって交わしてあります、私には王国が認めた権利があるのです」

 

契約という後ろ盾を思い出して、性悪系夫人が復活したようだ。

 

下級貴族が、結婚に際して、妻となる女が王都等で好き放題するための金銭等の給付、しかも莫大な額の支払いを約束させられることは多い。

こうした吐き気のするような契約は、然るべき手続きを経て王宮に訴え出れば、罰金の支払いまでも男に貸してしまう。

男を食い物にして私腹を肥やすことを目的とした女達の互助団体的な集団、淑女の森などという組織が色々と知恵を出しているという話も聞く。

さらに質の悪いことに、この手の裁定をする司法的な機関がどういうわけか、余程のことがない限り女性側に有利な判断をするので、やはりこの世界はあの乙女ゲーの世界なのだと再認識させられてしまう。

女達が、自分達を守り切れるように理論武装、制度的な守りを固めている。

しかも、僕の夜遊びの師匠であるローランド陛下の悪辣な手腕をもってしても、裁定する部署の人事にはなかなか手を出せずにいることが、女尊男卑なこの国の闇の根深さを物語っている。

だから、正攻法ではなく、僕の使えるカード全てを使って正面突破を図るんだ。そう、正面突破という邪道を使うのさ。

 

「なるほど、契約自体は有効に成立していますね。書面上、形式的な不備は見当たりません」

「そうでしょうね」

「では、お互いの意思で新たに契約を結び直してください」

 

契約は、別の契約で内容を更新してちょうだいね、ということだ。

 

「は・・・はいぃ!?どうして私がそのようなことをしなければならないのですか」

「夫人は人の話を記憶することが本当にできないんですね。それとも僕が言ったことが理解できませんでしたか」

「な、なんですって!?」

「この領地の開発、防衛力の維持が不十分だと申し上げたのはつい数分前ですよ」

「私にはそのようなことは関係ありません。結婚してやる代わりに金を支払うと約束したのはそこの男なのですから」

「おやおや、領主の妻である貴女には、そこの子爵とともに、この浮島を守り、発展させる責任があるのでは?もしかして、それも契約ですかぁ?あれれぇ?あなたの責任を免れさせるような記載、契約書にはありませんよぉ?」

 

大笑いしながら夫人を指さしてやる。

先程、ほんの一瞬だけ勝ち誇ったような顔をしていた夫人が、今度は気味が悪いようなものを見る顔で僕を見ている。ひとまずここまでは、陛下謹製のマニュアルどおりの反応だ。

 

「一体何がそんなにおかしいのですか!」

 

僕の煽りに耐えきれなくなって、正面切ってケンカを買ってきた夫人が吠えた。

いいね、それなら僕もそのケンカ、応じてあげよう。

手に持っていた資料をテーブルに置いて、淹れてあった紅茶を一気に飲み干した。仕上げと行こうか!

 

「あなたにもわかりやすく言ってあげましょう、そちらの夫婦の約束なんて僕には関係ないんですよ。重要なのは公国が攻めてきたときに、防波堤となれるかどうかだ。僕の大事な妹が王妃になった後に、この浮島が公国に占拠されたら、お前、どう責任取るんだ?」

「そんな無茶苦茶な・・・」

「何なら森のお友達と一緒に訴え出てみますか?いいですよ、特別サービスとして、僕も、父と、この監査を直々に許可した陛下、上司であるアトリー大臣と相談して対応しますね」

 

理不尽なことを言っている自覚はある。領主の妻の役割うんぬんを除けば、実家、そして未来の王妃である妹の存在をちらつかせて、横暴なことを言っているのは僕だ。

法とか道理ではない、ただただ実家のパワーをゴリ押ししていく権力型脳筋スタイルとでもいうべきか。僕自身の力なんて欠片もないのは少し悲しいけどね。

端から見たら、重篤なシスコンによる貴族ムーブだと言えなくもないかもしれないけど、前世の価値観が残る僕には、自分のやってることは、超が3つくらい付くパワハラに思える。

 

後ろ盾を最大限に使い倒した権力のド突き合いなら、僕に分があることは間違いない。

味が濃すぎて胃もたれしそうなくらいの権力を集めているからね。

さすがの性悪系夫人も、ここまでの地力の違いを知れば虫の息のようだ。言葉を失っている。

だが、息があるなら、その息の根は確実にここで潰す。

 

「ところで夫人、今日は貴女のために特別なゲストを呼んであるのですよ」

「まだ何かあるのですか!」

 

僕が手を叩くと、隣室とこの部屋を繋いでいる扉が開き、同僚の文官にアテンドされた一人の男性が入ってきた。

男性の表情は、夫人と同様に、怒りで頬が紅潮している。

 

「お、お、お父様!どうしてここに・・・!」

 

そう、この女を確実に潰すために連れてきたのは、その父親である男爵だ。わざわざ領地からこのためだけにお越しいただいた。

自分の娘が王都で好き放題やってること、そのせいで子爵領の防衛や開発がおろそかになっていること、王宮がそれにとってもお怒りであることを知らせたら、二つ返事で来てくれたよ。

 

「男爵、お待たせしてしまい申し訳ない。早速なんですが、領主の夫人は、契約を交わさない限り、領地に責任を持たないという見解があることを、不勉強な私は初めて聞いたのですが、男爵はいかがお考えですか」

「いえ、私どもの教育が行き届いておらず・・・それに子爵にも大きな迷惑をおかけして申し訳ない限りです」

「厳しいことを言うようですが、口では何とでも言うことができます。貴方だけが悪いとは思いませんけどね」

「そ、それではお許しいただけるので?」

 

先程までお先真っ暗、まるで人生終了というような表情をしていた男爵の顔に、一筋の望みが生まれているが、楽観的なのは親子の遺伝なのだろうか。

そこまで世の中、というか、王宮内で重度のシスコンの皮を被った保身のために全力全開な僕は甘くない。

 

「ご息女がこのまま夫人を続けるなら、ここまでどれほどの財を私物化してきたのかを、監査結果の公表という形で、王宮だけでなく、子爵領内の騎士から平民達に向けて広く知らせるつもりです」

 

これは陛下のマニュアルにもない、僕なりのアレンジだ。

前世の役所がやっていた、命令に従わない会社を公にすることで、事実上の私刑にかける手法を参考にさせてもらった。

あれは、一度やられてしまうと、マスコミは騒ぐ、SNSアカウントは炎上、関係のない一般人が会社に電凸する、業務用のメールアドレスには、ウイルス付きだったりゴミみたいなメールが大量に送り付けられるなどなど、業務にとんでもない支障が出るんだよ。

役所の奴ら、おとなしそうな顔してエグい真似をしやがると思ったものだった。

 

そして、技術力はともかく、政治体制、法制度、人権意識は近現代よりも前に近いこの乙女ゲー世界では、戦略的な情報公開という発想はまだない。

それゆえ、男爵は僕のやろうとしていることの効果がいまいちピンと来ていないようなので補足してあげるとしよう。

 

「なあに、領民達が怒ったとしても、貴族に危害を加えるほど度胸のある者は少数ですよ。この子爵領の商人達の怒りの矛先が、夫人の実家である男爵領に向かうくらいでしょう。札束による陰湿な嫌がらせが押し寄せるだけで、誰かがケガをするわけじゃない。あとは、僕の実家や王家との付き合いがある商会が勝手に忖度するかもしれませんけどね」

「!!」

 

ここまで話してようやく甚大な経済的ダメージが領地に発生する可能性に気付いてもらえたようだ。

この浮島の子爵と性悪系夫人の結婚後、当人どうしはともかくとして、民間レベルでは子爵領と性悪系夫人の実家である男爵領の取り引きが拡大していることは調査済みだ。

家と家、という話で言えば、子爵領も取引相手が増えたという部分があるし、男爵領もこれまでなかった取引が生まれて、領内の発展が促進されていた。

結婚に際しての莫大な子爵側の負担さえ除けば、きちんとした政略結婚だったと言えるかもしれない。

ビジネスの規模で言えば子爵領側のパワーのほうが強い状況下で、領民達が性悪系夫人の行動を知ったらどうなるか。

 

「そんなことをされたら私の浮島の領民達の生活はズタズタになってしまいます!」

「・・・かもしれませんね。でも、懸命に働き、暮らしてきたこの浮島の領民達は、今まで、いったい誰に食い物にされてきたんでしょうね」

 

部屋にいる人間達の視線が一斉に性悪系夫人に集まる。

 

「な、何を見てるのよ!私は約束どおりにお金をもらっただけじゃない!」

「お前と言うやつは・・・!」

 

男爵が性悪系夫人の方に向かって大股で近付き、右手を思いっきり振り抜いて自分の娘の頬を張り倒した。

パチンを通り越してバチンという音が鳴るレベルの強さで地面に倒れこんだ夫人は、ピクピクと動きながらも起き上がってくる気配がない。気絶しているのだろう。

 

「娘は離縁させて、以後、屋敷の外には出しません。ギルバート様、このたびは申し訳ございませんでした」

「謝る相手は私ではなくて、子爵ではないんですか?」

「は、はい。子爵、この愚かな娘は屋敷の地下に死ぬまで押し込めておきます。ですから、なにとぞ我が領のことはお許し願えませんでしょうか。領民達に罪はございません」

「この領の民にも罪なんて何もないはずですけどね。子爵、どうなさいますか」

 

しばらくの間、沈黙というか蚊帳の外に置かれていた子爵に話を向けた。

彼としても、連日僕らの監査対応に従事していたことに加え、今日一日で色々とありすぎて、キャパを超えているのだろう。目が若干虚ろになっている。

 

「そうですね、その女を回収していってくれて、今後関わらないで済むなら、かまいません」

「自身で首をはねたりしないだけ子爵は優しいですね。では男爵、もうお帰りいただいてかまいませんよ」

 

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男爵が夫人の首根っこを掴んで、子爵の屋敷から退散していき、部屋には僕達役人チームと子爵だけが残っている。

もう疲労困憊になっている子爵に追い撃ちをかけるのは本意ではないのだが、この超超超パワハラ監査の締めをしなければならない。

 

「さて子爵、後妻は落ち着いた頃にでも決めてもらうとして、今まで支出していた仕送りなんだが・・・」

「わかってます、防衛戦力の更新ですよね。私は何回も同じことを言わせませんよ」

「こいつは一本取られましたね。後ほど、知り合いの商会から連絡をさせます、サービスするように言っておきますから」

 

子爵には、数年後に侵攻してくる公国と戦ってもらわなければならない。

実家絡みの商会、陛下と繋がっている商会あたりに言えば、割引価格で鎧や飛行船を卸してくれるだろう。

ちなみに、今回のような悪妻排除後の防衛力強化をさせるときに、声をかける商会はだいたい決まっているのだが、ちょくちょく袖の下を渡そうとしてくるのを断ると、いつも不思議そうな顔をされる。

いや、別に僕は小金には困ってないからね!?実家暮らしだし、実家は金持ちだし、役人としての収入もあるし!

 

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今回の超パワハラ監査を終わらせてから数日後、王都へ戻る飛行船の中の執務室に籠って報告書を作成していたときだった。

ちゃんと仕事終わりの報告まで終わらせるのが社畜の流儀だし、陛下の許可を得たとはいえ相当に好き勝手暴れたことは間違いないから、詳細に知らせておかないと、庇護主への不義理となってしまう。

そんな風に思って作業をしていたのだが、廊下から、大きな足音が、僕の部屋に近付いてきたのが扉越しにでもわかった。

 

ノックの後、部屋に入ってきたのは、役人ではなく、息も絶え絶えな一人の騎士であった。しかも、見覚えがある。うちの実家の騎士だ。

まさかこの監査部隊の飛行船まで早馬ならぬ、早鎧を飛ばして来たのか!?

ピッチリとしたパイロットスーツを着た騎士の片手には、1通の書状があり、大きく息をしながらそれを僕に差し出してくる。

 

「こんなところまで一体どうしたんだ?」

「公爵様から・・・至急の連絡です・・・中身を・・・」

「ああ、わかった。君は休んでくれ」

 

机の上にあった水差しとコップを騎士に渡し、自分の机に戻った僕は、引き出しにあるペーパーナイフで書状の封を開けて中身を取り出す。

父からの急ぎの連絡って何なんだろう。王都では、そろそろ学園の夏季長期休暇が始まりそうな季節だ。

早めのひと夏の思い出を作ろうとした陛下が、愛人に刺されたりでもしたのだろうか。

そんなことを思いながら、父の直筆の手紙に目を通して・・・僕は膝をついた。

 

要約すると、激おこアンジェ、王太子と決闘するってよ、だってさ。

 

・・・・・・・・・・・・おいいいいいいいいい!!!!!!

それ、僕がこの世界があの乙女ゲー世界だと気づいてからずっと避けたかった断罪イベントじゃねえかああああ!!!!!!

僕の数年越しの苦労が吹き飛んだ瞬間だった。

 

え、何?実家その他偉い人達の権力を背景にして俺TUEEEEEE!をやったのがそんなに悪かったの!?

あの乙女ゲー世界の運命を捻じ曲げようとしたから、運命を戻そうとする力が働いたというのか。

それって、まさか、僕にとっても因果応報なのか!?

これが噂に聞く、運命の修正力なのだろうか。

と、とにかく早く王都に戻らなくては。

なんでこの乙女ゲー世界は悪役令嬢の身内にも、こんなに厳しいんだ。ちくしょう!

 




大誤算な殿下のメガシンカかっこよす

さて、兄上様の本編は決闘会場から始まります
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