ガルパンサウナ部   作:いのかしら

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大東洋行きてぇなぁ





スカイスパ横浜の裏技(アッサム)

 

 

 

 

 

 

横浜

 

 

ガス灯が初めて設置されたように、開港以来文明開花の先頭を走ってきた港町である

 

あのアンツィオ共がいつの間にか売りにしているナポリタンも、元の発祥はこちらである

 

 

 

そして私たち、聖グロリアーナ女学院の多くの学生にとっても、縁の切れない場所である

 

学生の多くは横浜出身であるし、比較的小型の聖グロリアーナ女学院学園艦は、東京湾内に入ることができる

 

図体だけ大きいサンダースや知波単とは出来が違うのだ

 

 

 

といっても海に大きく掛かる橋があるので、着岸するのは本牧なのだが

横浜駅から南東へ、5〜6km離れたところにある、学園艦用の港だ

 

 

 

 

 

横浜に帰ると、学生の多くは一度は陸に上がる

学園艦で買えないものの買い出し、一人暮らしなら親に会う、ただ遊びに行く

理由は様々だ

 

 

 

その中でも戦車道が絡むものもある。地上練習だ

 

いつもいつも学園艦上の練習施設ばかり使っていては、逆に会場慣れして変な癖がつく可能性がある

それを避けるため、上陸できる時は各港近くの練習場を確保し、そこで機動、砲撃などの訓練に励む

 

そしてその練習場に前乗りして車輌運搬などの手続きを完了させとくのも、私の役目だ

 

 

 

 

 

「週末の土曜、日曜でここ、根岸森林演習場の利用ね

前段階手続きはこれで完了です

車輌は当日また港のいつものとこに集めてください。輸送車輌に載せてね」

 

「畏まりました。何卒よろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそよろしく」

 

 

戦車道の練習場ともなると、パソコンから予約してはい終わり、とは流石にならない

使用車輌の登録、それらの現地への搬入に関する手続き、砲弾と燃料の予備の運び込みなど、現地に行かないと終わらない仕事が多い

 

向こうからしたらドタキャンされると損失がデカいので、そこら辺の確約を得る動きはしっかりしている

 

 

 

その処理を一人で済ませた後、私の行動を知る人はあまりいない

この仕事も事前運搬など他の人に頼むこともできるのだが、敢えて自分で済ませている

 

 

「お待たせしました。また本牧港の駅までお願いしてもいいかしら?」

 

「ええ、畏まりました」

 

同時に来るのは、荷物運び兼トラック運転手の人だけだ

しかもこの人も、港に着く前に駅で降ろしてもらって解散だ

 

 

車内でパソコンを開き、ダージリンに業務完了を報告

折り返しで来た今回の格言は、

 

『アッサム、自分の能力以上の山は選ばない。他のスポーツなら自分の限界を超えて挑戦することがあるだろう。しかし、山はそんなに簡単な世界じゃない。無茶は死に直結する』

 

だった

 

誰のかは知らない。ペコなら分かるだろうけど

 

 

 

 

 

距離はそう遠くない

本牧港の駅前で降ろしてもらうと、近くのショッピングモールに入る。今日はこの店舗も、多くの聖グロ学園艦民で賑わいを見せている

 

カフェ、レストラン、ティーショップ、化粧品店、輸入品店

多くの店が間口を開き、放課後を迎えた多くの学生を呼び込む

 

だが私が使うのは、そこのトイレ一つでいいのだ

 

 

 

 

 

トイレから出た時、私はアッサムではなくなる

 

 【明かされぬ本名】に戻るのだ

 

 

戦車道を離れてしまえば、臆病で一人を好む。それが本来の姿

 

そしてそれは聖グロの制服を脱ぎ捨て、私服に切り替わることで、少しばかり達成される

 

金髪が隠せないのが難点だが

 

 

 

 

 

 

 

本牧港駅はみなとみらい線の終点である

 

海に出っぱった本牧の港の西の端に近いところにあるこの駅も、路線の他の駅と同様地下駅だ

 

「買い方わからない」だの「現金なんてない」だの、ちょっと騒々しい券売機の横をスッとICカードで改札を抜け、エスカレーターの左に立って下っていく

 

広々としたホームの壁面には、美容室だかなんかの広告が所狭しと並んでいる

天井にはこの横浜の野球チームの広告がデカデカと。いつもの光景だ

 

 

そのホームに滑り込んだ青い電車に乗り、北へ15分

 

横浜の名を冠する中心的にたどり着く

 

 

 

 

 

地下から広いところへと抜け、東側のそごうの中へ

 

地下街をひたすら直進した先に、まずそごうがある

私の行く場所は、そのそごうと繋がっている、右側の建物の中にある

 

 

 

 

 

スカイビル

 

 

そのエレベーターへの通路は、中に入ってしまえばあっけない

特段の店舗施設もないままに、一本道を行けばある

 

 

でも行き先階に応じて使えるエレベーターが制限されているのも注意だ

 

きちんと目標階、14階を含んでいる14階〜21階に停まる赤い枠のものを選ぶ必要がある

 

 

 

 

 

エレベーターを降りて奥の方へ

 

左手に大きく名前が記されている

 

 

 

 

 

 SKYSPA

 

 

 

スカイスパ横浜、それが私の目的地だ

 

 

 

 

 

 

木の段差がこの施設の境目、ここで靴を脱ぐ

 

紐を解いて踵を持ち、左手の靴箱の一角にしまう

そしたら赤い誘導に沿って受付だ

 

 

 

 

「こちらのチケットご利用でよろしいですか?」

 

「お願いします」

 

 

スマートフォンを見せ、クーポンの使用ボタンをタップする

 

そうすると本来5時間利用で2980円だった使用料は、なんと2100円になる

 

 

さらに飲み物1杯無料チケット付きで

 

 

 

「無料券は注文時に店員にお見せください。そうなさらないと無料とはなりませんので、失くされないようご注意下さい

タオルは脱衣所の中にありますので、ご自由にお使いください」

 

いつも通りだ

 

 

 

 

 

フロントの前を右へ

そっちが女性用の入り口だ

 

薄いタオルを2枚手にとって、脱衣所へ向かう

 

いつも通りの入り口、そして漂う木の香り

 

ここに来たことを実感させてくれる

 

 

 

 

預かっているロッカーキーの番号のところへ

 

この番号、隣の並びを見ると4と9が欠けている。末尾が3の次は5、88の次は00となっているのだ

「死」と「苦」がない、という古典的なものだろう

個人的にも足して13がないというのは、気分的に良い

 

 

ここのロッカーはプラスチックの単調のものとは違う。木目調のクラシックな見た目だ

 

それだけでも横浜の気品の高さを伺わせる

 

 

 

ハンガーは結構な枚数が用意されており、自分の今の服装と制服も掛けることができる

 

服を脱いで引っ掛け整理を終えたら、先ほど手に入れたタオルを手に浴場へ

 

 

 

 

 

 

 

浴場は奥に向かって広くスペースがとられている

 

左手に壁一枚越しにシャワースペース

そして奥の方へといくつかの湯船が連なる。その最奥に左右に分かれてあるのが、ここのサウナだ

 

 

 

まずはシャワーで身を洗い、ジャグジーのある湯船へ。まずは身体を念入りに温める

 

 

それと面白いのは、思っているよりも深いジェットバスだ

腰はおろか胸近くまで一気に浸かってしまう

 

そして中程から出ているジェットを当てると、意外と揺れる車輌に座り続けている腰に効くのである

 

 

 

その他炭酸泉など一通り浸かり、ある程度体を温めたところで、身体を小タオルで拭く

 

そして奥にある2つの扉、折角だから私はこの右側の扉を選ぶことにする

 

 

 

 

 

 

サウナ室内は2段の椅子からなり、左奥へと空間が広がる

20人くらいは余裕で座れそうな広さだ。その広さと裏腹に、この時間だと私の他には2〜3人しかいない

 

 

 

そしてここのサウナ室内の特徴として、壁際のこの大きな窓がある

 

ガラス張りの窓の外からは、横浜の街に聳えるビルと、海沿いの工業地帯の景色が広がる

 

眼下を川が通り、そこに掛かる橋の上を車がひっきりなしに通る

 

その上でこうして自分から解放される

その様こそ、ここに時折来たくなる理由なのかもしれない

 

 

 

ただ、この室内は熱い

 

奥に見える温度計も、90度手前を指し示している

 

室内に入って早々、拭いたはずの自分の身体から、汗が噴き出すのを感じる

 

2段のうちの下側、窓の近くの席に腰を下ろし、時が過ぎるのを待つ

 

 

 

 

耳に入るのは、冬を思わせる静かなミュージック

なんというか……

 

冬場にどこかの森の中にある家で一晩過ごし、次の日の朝一番に家の外に出て、少し強めの風に吹かれている

 

そんなような……そんな冷徹さも併せたような曲だ

 

 

この熱いサウナの中で聞くと、少しばかり涼しさすら感じるのだが、こういう曲の方が長い時間ここに居られる

 

陽光差すこの空間、その曲以外は物音立てずに過ぎ……

 

 

 

 

 

 

 

ジュウウウウウゥゥゥ……

 

 

 

 

窓の反対側、斜め前に置かれたストーブが、大きな音を立てる

 

間も無く湿度がぐーっ、と上がっていき、一層の熱さが身を包む

 

汗が出る、まだ出る、さらに出る

 

息を吐きながら、肘をついた腕の先で自分の額を支える

 

皮膚と粘膜が薄いところが、少し痛みを伴ってくる

 

 

 

それを耐え、時折タオルで身体を拭きながら、窓の外を眺める

 

入ってからそろそろ10分、頃合か

 

 

 

 

 

 

サウナの外の水風呂が、扉を開けた左脇にあるというのは、実は一長一短であったりする

 

 

 

身体が冷えぬうちに水風呂に入れるのはメリットではある

だが、その分身体も洗わずに飛び込む人が出るのも、こういうところなのだ

 

 

今日は幸いそんなこともない

頭から汲んだ水を1杯、さらに2杯ほど流し、いざ水風呂へ

 

 

 

 

一人で使った時の水風呂は、落ち着ける雰囲気か、その点で他に人がいた場合と差が出る

 

水面は静かに、身体の中心部と皮膚との温度差が伝わる

 

その中心部から熱い息を吐き出そうと意識していると、すーっと身体から熱がはけていくのだ

 

 

 

浸かった当初は冷たいが、意外と長居できる温度だ

水温は温度計によると15度。こちらも1分弱いるのが適切だろう

 

 

 

 

ここの休憩スペースは大きく三ヶ所に分けられる

 

まずはサウナを出て正面の白い椅子。シャワーゾーンの裏に並べられた、普通のプラスチックのものだ

 

次に少し離れた左奥、入り口に程近いところの椅子だ

緑色に照らされた空間で、ほんのりミストを感じながら休むことができる

 

そして最後、私が狙っていたのは出て右側の壁際に3つ並んだ、ほぼ横になれる椅子だ

この時間なら3つ全て埋まっている可能性は5%以下、もちろん今回も空いている

 

 

 

 

横に3つ並ぶ椅子のうち、右側のものは遠くに窓越しの景色を眺められる

今回自分が使うのは、それではなく一番左のものだ

 

色は茶、側から見ただけではただの布を張ったパイプ椅子である

 

ただそれに深く腰掛け、後ろに体重をぐいと乗せる

そうすると、その椅子の背もたれはガタンと後ろに倒れる

 

背中はほぼ床と水平、少し膝の場所が曲がったベットに横たわったかのような形になる

 

 

 

この時の身体全体のバランスの安定感は、立っている時と比べたら異常な水準だ

 

身体全ての体重が、椅子に均等に分散されていくかのように思える

 

そのなんとなくの身軽さは、目を閉じると自分を浮かばせんばかりの実感を伴う

 

拍動と呼吸の、そして血流と全身の一体感

これを味わうためにここにいる

 

 

 

この場所は人数を考えれば静かな方だが、それでもある程度の喧騒がある

 

それが遥か遠くのものと感じられるかのような個人だけの世界、それがこの時得られる

 

 

 

1回目、体調良し、サウナ、水風呂の調整良し、椅子良し

 

この条件が揃ってる状況下で、この快感を得られない確率は5%以下だ

 

素晴らしい

 

 

 

 

全身の揺れと軽さが落ち着いてきた

場所を譲る時だ

 

一度椅子の背後にある炭酸泉に浸かり、身体の調子を整え、落ち着かせる

 

そこから少し熱い真ん中ほどの湯に入り、身体を拭いてから、今度は先ほどと逆、左側の扉へ

 

 

 

 

 

薄紫色に染められた、石造りの空間がそこにはある

 

テルマーレ、こちらは先ほどより室温はだいぶ低い。50度に届くかどうかだ

 

だが、肌に感じる熱は、思いの外さっきと変わらない

 

ここはさらに湿度を上げ、部屋全体を暖めるようにしているらしい

 

 

そしてここの特徴は、入ってすぐの正面にある、この塩の山だ。本当に粉の塩だ

特段変哲もない塩だが、それが浴場の、サウナの中にあるのも、きちんと理由がある

 

 

その山から手のひらに少し乗せるくらい塩を取ると、肌を傷つけないように、乗せていく感覚で腕、胴、足に塩をつける

 

 

そして一回座る場所を備え付けのシャワー、といっても水の出るホースみたいなものだが、で流してから、緑のタイル張りの、かなり座面の大きい椅子に座る

奥の奥まで座れば、もうつま先が床から離れそうになるほどだ

 

 

 

そしてこちらは、より長く滞在できる

息苦しさもないし、先ほどのような緊張感がない

肌に乗せた塩が汗で溶けていく様を見ているのも、意外と飽きないものだ

 

 

こちらで流れているのは、パイプオルガンと木琴を合わせたような音楽だ

 

重厚な音の上に軽快な音

その奇妙なアンバランスさも、この空間を長く居ても飽きさせないものにする

 

 

 

そしてここのサウナの効果は、他と一味違う

それは肌の感触に現れる

 

 

塩サウナはもちろん出る際に身体の塩を洗い流すのだが、その後の肌の摩擦のなさはなかなか得られない

 

 

そしてじっくり……体の温まる感覚

首を後ろに倒し、椅子からの熱も身体に染み渡らせる

 

 

眠気があまりない時で良かった。余程眠い人なら、この熱気と首の安定感で眠ってしまうかもしれない

 

 

 

 

15分ほど。もう肌の上の塩は溶け切り、ただの塩水と化した

 

あの後少しだけほおと首周りに塩を薄く塗り、待った

 

シャワーでそれらを洗い流してみると、頬周りの障害物が全て消え去ったかのようだ

 

指は落下物の如く頬を滑り落ちた

 

 

 

 

 

椅子もしっかりシャワーで流せば、また水風呂に入って休むの繰り返しだ

 

 

今度はミストの出る椅子に座ってみる

3つ並んだ椅子の正面にはフェンスが立てられ、互いに見えないようになっている

そのフェンスの上の方から椅子に座る自分たちに向けて、細かく冷たいミストがかけられる

その囲まれた中の空間は緑の光で覆われていて、ミストの散る音だけがある

 

 

息を吸うたびに喉に来る潤い。目を閉じても当たってくる小さな飛沫が、ゆっくりと体を落ち着かせてくれる

 

ここは先ほどと同じ水準までの体の軽さ、周囲と溶け込む一体感は味わえないが、その雰囲気の良さからいつも1回は使っている

 

 

 

 

休憩6分、予定通り

そして私の計画もしっかり予定通りだ

 

ここから最初に入ったドライサウナへもう一度向かう

だが今回は先ほどと同じではない

 

 

 

 

その証拠が室内での人の集まり具合だ

 

1段目も2段目もそこそこ埋まりつつある。自分も窓の近くに身を寄せて食い込むのが精一杯だ

 

決して同じではない

人の肌に触れないよう気をつけながら、自分の身を細くして捻り込ませる

 

 

 

こんなことをしてまでここに入るのはなぜか

 

 

「間もなくロウリュとアウフグースのサービスを開始いたします。その前にこの部屋の換気を行いますので、ご協力お願いします」

 

 

 

そう、このロウリュとアウフグースを受けるためである

周りの人もそれ目的だろう

 

 

そして部屋の中は人で埋まり、入り口近くで薄着の店のスタッフの方が入場を制限するまでになった

 

そして一度、換気のため気温が下がる

それでもそこそこ暖かくはあるが

 

 

 

 

 

 

「はい、それではただいまより、ロウリュとアウフグースのサービスを開始いたします。よろしくお願いします」

 

狭いなかでの拍手が響く

 

「『ロウリュ』とは、サウナの本場フィンランドのプログラムです

サウナストーブにアロマを含んだ水をかけることで蒸気を発生させます

フィンランドではこの蒸気、『ロウリュ』には、森の神が宿るとされています」

 

バケツを片手に持ったスタッフが準備をしつつ、タオルを構えた別のスタッフが喋り始める

 

「そしてこの蒸気を『アウフグース』と呼ばれるタオルで仰ぐパフォーマンスにより、香りと心地よい熱風を送り、一気に発汗を促します」

 

ここのサウナストーブは石造り。そこの上に水を掛ければ、もう一斉に蒸発する。その蒸気を使うわけだ

 

「こちらの『アウフグース』、当店ではサウナの本場であるドイツ視察を基としたプログラムを組んでおります

途中退室は可となっております。すごく熱くなりますので、無理せず退出をお願いします」

 

実はこの時、室温は少し下がる。ただそれ以上に引き上げられた湿度による蒸し暑さが、この空間を襲う

 

「今回使用しますアロマ水は、レモングラスとラベンダーを中心にハーブを使用したものとなっております

柑橘系のフレッシュな香りをお楽しみください

それでは、開始致します」

 

 

ブリキのバケツに入っていた水が、大きなお玉でストーブに流し込まれる

 

 

焼石で弾ける音ののち、ハーブティーのフレーバーで味わったことのある香りが自分の鼻を、強い熱気が肌を突く

 

自然と膝に付いた腕に少し力が入る

 

 

 

だが本質はここからだ

 

「それではここからアウフグースに入ります」

 

まずはタオルをストーブの上で振り回して、室内の蒸気を攪拌

 

それが済むと、2人のスタッフが頭上にタオルを振りかざし、客に向けて振り下ろす

 

こちらにも他の客に向けて放たれた、部屋の高い所に溜まった熱気の流れ弾が来る

 

 

 

そして遂に、自分の前で振りかぶった

 

「せいっ!」

 

身体の周りの体温に近い膜が、その強風と共に流される

 

その風を浴びて、一斉に汗腺という汗腺が開き、膨大な汗を吐き出す

 

そしてそれは隣の人も、いやこの風を受けている全ての人がそうだろう

 

辛そうな顔、少し嬉しそうな顔、顔の汗を手で拭う者

対応は様々だが、少なくとも全員何らかの反応はしている

そうせざるを得ないのだ

 

私も真夏の戦車の中でこういう環境は比較的慣れているとはいえ、それ以上の過酷な環境と思わざるを得ない

 

それでも、これを楽しみに来る人は大勢いる。私もその一人だ

 

不満と呼べる不満は、ここのサウナ室内で流れる音楽が、先ほどから昔の日本の演歌っぽいものになってるくらいだろう

 

いや、なんか違う

 

 

 

 

だが、この程度ではまだまだ

 

汗を拭き、待つ

 

 

「それでは、2回目参ります」

 

1回でこれは終わらないのだ

またストーブに水が掛けられると、体感温度はジリジリと、いやグングン上がっていく

 

そしてその湿度100%を遥かに超越してるであろう蒸し暑い空気を、また私たちは全力でぶつけられる

 

 

今度は私は両腕を上に伸ばし、その大気を全力で受け止めた

汗が粒となって腕を、胴の側面を滑り落ちる

 

 

 

 

 

3回繰り返されたそれが終わる頃には、身体を時折拭いていたミニタオルが、もう水を吸いきれないほどとなっていた

 

このサウナ室内で熱波をぶつける仕事、熱波師は、レスラーなどが引退後になることも多いという

 

実際に今スタッフとして忙しなく動く人も、レスラーほどではないが装填手を上回る水準で筋肉質だ

 

確かにこんな空間で身体を激しく動かすのは、そういう人でないと厳しいだろう

 

 

 

 

盛り上がりを見せたこのイベントも、いよいよラストスパートに入る

 

「これから、エンドレスロウリュを開始いたします

かなり激しいものになりますので、ご注意ください」

 

それがこの、エンドレスロウリュである

 

まずサウナストーブに水を大量に追加、湿度をさらに、さらに上げていく

 

そして中央にスタッフは2人、その2人はサウナ室内の中央の通路で中腰になる

 

 

 

そして始まったのが、これまでとは比べ物にならない熱量を持った風を、全力で何度も何度もぶつけられる行為だ

 

タオルを猛スピードで、それも連続で振り回し、サウナ室内の人々を追い込んでいく

 

風を浴びた人は、耐える猛者もいるが、その大半はとっとと途中退室を余儀なくされる

 

 

 

私のところにも風が来る

それはもう今までの風とは質が違った

 

 

それは皮膚という皮膚を火傷にさせようとするものなのだ

 

 

汗よりも痛みの感覚が先に来るのだ

 

 

そしてその痛みは皮膚だけではない

タオルで覆った口鼻からですら、奥の粘膜を襲う

 

 

 

今ここにはパソコンはない

 

 

だが、分かる

 

 

このエンドレスロウリュ、最後まで耐えられる確率

 

 

 

 

 

 

 

絶っっっっ対に0%ぉぉぉぉ

 

 

 

一度耐えられるか……と思ったけど、やっぱり無理無理無理無理

 

 

堪らずスタッフの脇、そして室内を抜けた

 

 

 

 

 

部屋の外には、自分と同じような途中退室組が何人か居る

 

始まってすぐのこの段階で抜けて助かるのは、水風呂がそこまで混んでないことだ

 

すぐに頭から3杯以上の水を被る

いや、もっとだ。もう一杯

 

 

 

そして空いてる場所に滑り込む

とはいえこの後もっともっと人が来るから、そう長居もできない

 

顎の下まで一気に浸かる。水面に浮かぶ髪を気にする余裕はない

なんならそれが今一番熱を持ってすらいるのだから

 

 

 

限界も限界だ!

 

どこからどう見てもそういう表情をしながら、また犠牲者が吐き出される

 

流石はあのロウリュ、まだまだ水風呂が温い

だがもう出ないと他の人に迷惑をかける

 

 

そして当然だが、もう横になれるあの3つの椅子は、とっくに全部埋まっている

 

なら、シャワーの裏手の白い椅子しかない

 

 

 

 

白い椅子は今のところまだあまり使われていない

 

両脇が空いている椅子に腰掛け、息を全身に行き渡らせる

 

先ほどよりも強い鼓動。指の先まで響いていく

 

 

 

そう、この差こそロウリュの差、湧き出る汗と熱風がもたらす違い

 

強い血流が、体内の色んな害を洗い流してくれる

 

 

 

さらにロウリュを終えたスタッフの方が、その勢いのままにタオルを振り上げ、自分たちに浴場の空気をぶつける

 

一層ぐっと体内に溜まった熱が放出され、筋肉の余計な力が抜けていく解放感が広がる

 

 

 

目を開いても視界があまりハッキリしないだろう

ここは閉じたまま浴場内の人の動きに耳を傾けた方が、なんとなく落ち着く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんなとこか

 

立って正面の湯を汲んで椅子を洗い、一度湯に浸かる

 

このぬるめの湯にバイブラが付くと、肌への刺激の方に意識が行く

この空気を下から受けて、足とかがふっと軽くなる瞬間が、これまた心地よい

 

 

 

 

 

ミニタオルを回収カゴに入れ、大きめのバスタオルで身体全体を拭き上げる

 

髪の毛用にミニタオルをもう一枚借りて纏めつつ、ロッカーの前で館内着を身につける

 

 

まだまだこの施設のサウナはこれからだ

 

 

 

 

 

 

脱衣所を出て男子の方との境、フロントの裏に、上の階へと続く階段がある

 

裸足で階段を登りつつ、壁に掲示されている広告を眺める

 

マッサージをやっている、イベントが開催される、食事処で期間限定のメニューが出る、そういったものだ

 

 

その階段を登った先、まずは正面にカウンター、その奥に大量の休憩椅子

 

そして目的地は右に入ったところ

ここにもう一つのサウナがある

 

 

 

 

サウナシアター

 

男女両方が利用できるサウナだ

 

広さも詰めれば100人くらい入れそうなほどある

 

入る際は、館内着のままだ。水風呂はないがヒーリングルームという冷たい部屋が、このサウナの隣にある

 

 

 

 

カウンターに置かれた冷水機の水を貰った後、階段脇の通路沿いに入り口がある入り口から中へと進む

 

入り口には今日ここのサウナ室内で開催されるヨガ、劇などのイベントについて書かれていたが、そういうものがない方が好きだ

 

しかしこのサウナの中で、となると、劇をこなすにもあのスタッフたちに負けず劣らずの体力が必要だろう

 

 

 

中は木製の普通のドライサウナ

 

部屋に入って左奥は4段、他は3段ある

 

先ほども述べたような広さがあるが、しっかり熱い

広いほど温度管理も大変になるが、ここはどこも抜かりない

 

 

 

まずは中段辺りに陣取って、無心で部屋の大きなストーブを眺める

 

3つほどの大きな箱からなるそれは、長方形の部屋の一辺に付けられた、2つの扉に挟まれた位置にある

 

パイプオルガンと鉄琴を合わせた、ゆったりしたけど少し激しさのある音楽が流れる中、少し落ち着いたこの部屋の空気を取り込んでいく

 

 

服を着ているせいか、直接熱の当たる部分は少ない

 

ここも室温は下のドライサウナとそう差はないはずだが、こちらの方が長く滞在できそうだ

 

 

 

 

そんな中、自分以外ガラガラのこの空間に、一人の男性が入ってきた

 

これもまたここの日常的な姿だ

 

そしてその男性は、持っていたタオルを枕にし、一番下の段の上で横になった

 

 

 

なるほど、この広さでこれしか人がいないのだ

 

さらに今自分は服を着ていて、汗の心配が少ない

 

普段なら大概の場所でルール違反になる、サウナで横になる行為も許されるか

 

 

 

 

 

 

物は試し、自分もその場でゴロンと横になってみる

 

 

 

 

ふむ、確かに普段サウナに入った時とは感覚が違う

 

まず、上下の温度差がなくなるため、何もしなくとも足含め全身が温まる

 

さらに、背中を段に付けているため、段の熱が広く伝わってくる

 

最後に、なんだかんだ座るより全身の力を抜きやすい

 

 

 

難点は若干眠くなることと、こういう広い場所じゃないと3〜4人分のスペースは奪ってしまうことだろう

 

あとはミニタオル次第で頭のバランスが上手くいかなくなってしまうことくらい、か

 

 

 

 

そのまま横になり続け、石の天井を何も考えることなく見つめることしばらく、そろそろ身体も熱くなってきたので出ることにする

 

ここの部屋はそこまで全力で入るものではない、何故かそんな気分になる

 

 

 

 

汗を拭いてそのまま向かうは、隣のヒーリングルームだ

 

スライド式の扉を開くと、真逆の冷たい風が吹き付ける

 

 

 

風の吹き付ける部屋の中には、何人かの客が周りのベンチに腰掛けている

 

私も壁に取り付けられたベンチのうち、人の座ってないものを選んで腰を下ろす

 

 

 

中では少し若い男性のスタッフが、何やらタオルを振り回したり投げ上げたりしている

 

恐らくロウリュの練習……なのだろうか

それにしてはパフォーマンスの色が強い気がするが

 

 

まるでピザ回しの職人のように、広がったタオルが回りながら彼の手に落ちてくる

 

それを上手くキャッチできるかどうかが、この技の完成度を左右するらしい

 

 

 

 

 

それがひと段落すると、座っている人にタオルで風をぶつけ始める

 

皆ケータイを見たり座って目を閉じたまま、その風を正面から受け止める

 

 

そして何度もバサッ、バサッと音を立てながら、自分の前に来た

 

 

 

こちらも両手を上に掲げ、その風を浴びる

 

先ほどのサウナを楽しんだ後なのだ

ここは一度思いっきり体を冷やしときたい

 

服の隙間を風が通り、周りの熱を剥がしていく

 

「ありがとうございます」

 

彼が声をかけてきた

むしろ礼を述べるのはこちらじゃないだろうか

 

「ここの部屋でそうやって腕上げて風受け止める人って珍しいんですよ」

 

そういうものか

 

 

 

 

 

そのまま壁面の岩塩を眺め続け、パフォーマンスを終えた彼を拍手で送り出してから、私もここを出ることにした

 

また下の浴場でシャワーを浴びて、一旦炭酸泉に浸かったら、これが今度こそ最後の風呂になる

 

 

 

 

ここで私が新たな館内着に手を出さないのは、やはり私は少しばかり学院らしくない人間の性かもしれない

 

 

 

 

 

髪の毛を乾かし終えたら、財布片手に食事処へ

 

一人用の空いてる席に座り、机の上のボタンで店員を呼ぶ

 

フロントでもらった無料チケットを持ちながら

 

「紅茶を」

 

「ホットとアイス、どちらになさいますか?」

 

「ホットでお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

飲み物のメニューは意外と多い

無料だからとどれか一つに限定されているわけではない

 

だが私はここで、いつもホットティーを貰う

 

 

 

 

少し待って卓上に置かれた紅茶は、縦に長い円柱状のグラスに金属の取っ手を取り付けたものの中に入れられていた

 

 

ここでしか見ない形だ

 

学院でこの形を見せたら、とても紅茶とは思われまい

たとえ中身がストレートの紅茶の色をしていても、だ

 

 

だからここで一人、この紅茶を飲んでいる自分は、学院の人間っぽくなくなるのだ

 

 

紅茶の味も、本当に香り高いとか味わい深いとか、そういうことも特段ない

 

そういうのだと濃いめの方が好きだが、そういうこともない

 

だからこそ、学院生はほぼ口を付けないものだからこそ、良い

 

 

 

 

 

もっとも温冷交代浴を繰り返し、その途中で飲むものがほぼ冷水機の水だったことを思えば、温かいもので内蔵を保護する方が理に叶う

 

この場でゆっくりすることの弱点も、周りから食事する良い匂いが漂ってくることくらい

 

だが風呂後に食事するのは、自分は避ける派だ

 

 

 

7〜8口飲むと、グラスはカラになる

 

机にある水を飲み干して、その場をたった

 

 

 

 

 

 

 

フロントで靴の鍵を返してもらい、今日はここまでだ

 

ここからまた本牧まで帰れば、私は学院生に戻る

 

だが、私にはこの世界がある

 

 

 

こうしてエレベーターを前に、全身の骨から身体が軽くなるような快感がある、ここが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、私は普段通り学園に通っていた

 

また「学院の私」として生きる生活が戻ってきたのである

 

そして放課後、またいつもの通りダージリンのいるあの部屋に、報告と今後の相談に向かった

 

 

 

部屋にはいつも通りに紅茶を飲むダージリン

そして傍らにはティーポットを抱えるオレンジペコ

 

 

「アッサム」

 

「はい、どうしました?」

 

いつもと変わらず、学院生らしく凛とした様のまま、あの人は紅茶を飲む

 

「知恵は人生を生きながらえさせ、情熱は人を生かす」

 

「ニコラス・シャンフォールですね」

 

 

 

 

 

私は元から知恵はある。自惚れかと思われるかもしれないが、ここで学院生として残れている要因は、まずそこだろう

 

そして私はこの地で、彼女の、いやそれ以上の人からの情熱に当てられている

 

だからこそ、こうして生かされてるのかもしれないが

 

 

 

 

 

 

 






【ミカさんの一言サウナ】

『ロウリュ・アウフグース』

やぁ、こんにちは。今日紹介するのはロウリュとアウフグースだね

いつもは一つのジャンルに絞って話すけど、今回はこの二つをまとめてお話しするよ

なぜかというと、この二つは日本のサウナだとまとめて一つのサービスとして提供されていることが多いからだね

もっとも、今回のスカイスパ横浜のように、この二つをしっかり区別してるとこもあるけど



さて、ロウリュとアウフグースはさっきも見たように、ロウリュでサウナストーブに水をかけ、アウフグースでその蒸気をタオルなどで身体にぶつけることさ

ロウリュの時にサウナ室内の湿度を上昇させて体感温度を大きく上げ、発汗を促進させるんだ

その分水風呂、そして休憩の効果を大きく高めるのさ



ロウリュは大きく3パターンあるよ

一つはオートロウリュ

機械式のもので時間になったら自動でストーブに水が投入されるタイプ

もう一つがセルフロウリュ

アロマ水の入った桶がストーブのそばに用意されていて、サウナ利用客が自分の意思でそれを注ぐタイプ

最後が今作でも出た、スタッフによるロウリュ

このパターンだとアウフグースを行うアウフグーサーがサウナ室内に来て、アウフグースのサービスをしてくれるタイプ


アウフグースもドイツではいろんな仰ぎ方があるらしいし、タオルじゃない仰ぎ方もあるよ




最近は日本のサウナでもロウリュ、アウフグースを取り入れるところが増えてるね

君の家の近くのサウナは、どのパターンを取り入れてるかな


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