文部科学省学園艦教育局長
文部科学大臣、副大臣、事務次官、その次に列せられる立ち位置だ。
私という存在は、当面はその肩書とともに在るだろう。仮に休みだとしても、休日出勤上等、普通の休日となっても上役との付き合いがあるのがザラなこの世界だ。外れる時なんてそうそうない。
それが、23時こそが定時、月100時間までは当然残業していない扱い、国会対応があれば毎日タクシー帰りは当たり前、だった若手の自分が想像していたことだ。
そして何より、周りもそうであった。
単なる周囲への同調でそうする、ならば、主体性のカケラもない、このヒョロッとした葦としてあってはならない姿だ。だがどれだけの疲労感があろうと、飲み会に呼び出されれば夜遅くいつ何時でも付き従い、次の日になれば何ごともなかったかのように早く来庁する。そうしなければ、昇っていくことはできず、私は私足り得なかった。
時代は変わりつつある。確かに今でも残業が多い時もある、特に予算審議に関わる前とか。
だが近年の『働き方改革』に由来する変化の波は、遅々としたものではあるがこの霞ヶ関にも及んできている。本当に遅々としたものだが。
その仕事のモトの政治家が、遵守してくれることが前提なのだが。本当にな。
とにかく、そうしないと優秀な人間が官僚になってくれない、民間に分取られていくと気付いたが故に、一応は動く。
あれだけこぞって叩き貶しまくっておいて、その後持ち上げようとするとは……なんとも浅ましいものだが。
語弊を多分に含んでいると思うが、ルサンチマンと感情的な言動に自分の在り方すら振り回される。
「軽佻浮薄にして堅志高情なし。自由民権を主張すると思えばたちまちに全体主義を謳歌し、一敗地に塗れれば更に民主主義に転換し、昨日は米人を鬼畜と罵り今日は恩人と崇める」と昔の人は言った。
そう貶められる国民性を持った国民、その国民による国民主権の国民国家の一官僚なのだ、一官僚に過ぎないのだ、自分は。
その影響もあるのか、休みの日は流石に休みとして過ごせる日が、この地位になってもいくらかは確保されている。
知るかバカ
そんなことより
勤労だ
そういったタイミングもあるのだが、流石に年がら年中そうなるわけでもなくなった。週に一日くらいフリーな日ができる時もある。
普通のこの職位の人間であれば、自宅に家族が居て、家族サービスとやらに費やすものだろう。ただ私にはその手のものは縁がない。
縁がなくなっていく、ような生活を選んできた。
独身の中年。
自分にはもう一つ、その肩書きものしかかる。
「えー、辻さんって独身だったんですか?」
指輪の有無からそのくらいは前提として見ておいて欲しいものではある。が、後輩からのこの言葉が、時折心臓を貫き通すようになる。実際彼らと同い年くらいの頃は残業と付き合いを厭わず、体力と精神を注ぎ込んだ結果なのだが。
……同窓会とかそういうものも、しばらく行っていない。
ある程度職位のある今ですら、部下から
「辻さんの休日とかイメージできません」
と言われる有様だ。
「出かけてるよ」
とか言うものの、だいたい仕事の延長だろうと思われている。まぁ実際よく旅行するのは、その側面があるのも否定できないのだが。
そんな人間の休日。特に仕事での付き合いもなく、予定もない、はず。何をするかと言われても、昔ほど寝だめも効かない歳になってしまった。
陽の光の差し込みが強くなる8時くらいには、のそのそとベットから這い出ないといけない。いくら質のいいマットレスとはいえ、腰のダメージの方が後々厳しくなる。
抜けきれない体の澱みは、洗顔で軽く抑え込む。
朝飯は適当にパンと卵に野菜を少し。コーヒーを淹れ、それを飲みながらまずはスマホとパソコンでメール類を確認。緊急の要件がないかを確認する。
学園艦教育局は、他の官庁も同様だが、日本全国が関わってくる。
地震台風なんかは当然として、港湾での火事一つでも私に仕事が降ってくる。かつてあったと聞くのは、学園艦内部で食中毒の集団発生、といっても十数人そこらの規模だったが、それでも上の者は出庁せねばならなかったという。
そんな仕事だ。
幸い今日は特に何事もなく、一日空けられる、予定だ。
……一日、空いた。
朝起きて雨戸を開けた扉からは、燦々と陽が入ってくる。雲ひとつない空がのぞく。朝飯の続きをかきこみ、新聞に目を通して世間の最新情報に触れる。
このご時世最新とは言い切れないのも事実だが、自分で探しに行かない世界に触れられるのも事実。
ここ最近の流行りの文化なども掲載があるので、今の学生が好きなものはこういうものなのか、と触れておく。
施作の実行計画とかを考えるのに、こういうのが意外と役立つのだ。どの流行りに乗るか、それを見極めるのに役立つ、どういったキャラとタイアップするとか、な。
事務次官の前に自分が印を押すことも多いので、押す時に何書いてあるか、担当が何を言っているか、分かるようにはしておきたいのだ。
あとは上司、同期の子供世代だと、学生もザラにいる。子供がどうだというのには、話を合わせられた方が良い。こちらからは空虚になるので話しはしないが。
洗い物(食洗機)、洗濯(ドラム式乾燥機能付き)、掃除(ル◯バ)、マットレスカバー(ベランダ)。
2LDKと洗面所、トイレと一通り終える。
あとは散歩するか本でも読むか。本は読みかけの新書があるが、この青天が見えながら閉じこもるというのは、あまりにも不健康ではないか。
昼前にして洗濯かけたものを、引き出しにしまっていく。マットレスカバーもある程度干したので、取り込んで敷き直す。
掃除もスマホからもう一周走らせる。それらを終わらせる頃には、出かける準備を整えていた。
玄関から各部屋へは、一つの長い廊下で繋げられている。まっすぐなその廊下、突き当たりの玄関脇の壁、靴箱とは反対側。白地のそこには、横長の絵が一枚飾られている。
どこかヨーロッパの街の、パレードの様子を描いた絵だったか。お偉いさんがイチオシしていた画家の名前で探し、さらに絵の雰囲気だけで決めて、当時の数少ない身銭を叩いたやつだ。その名前も、今はもう探す気はない。
そのお偉いさんも、とうの昔に引退している。特段の価値はないが、他に埋められるものもない。ここの味気なさを誤魔化すため、飾りっぱなしにしている。
そのまま、パレードと逆行して外へと向かう。
数少ないスニーカーから一つ選び、靴ベラの力を借りる。完全プライベートなのだが、それでも襟付きでないと落ち着かないのは、これはもう性分だろう。
こういったときにサラッと身軽に出かけても、目的地に困らないのが、ここらに住む利点だ。いくらか歩いて一本奥の道に入れば、意外と緑が見つかったりもする。
そして地下鉄の駅もあったりする。2駅先くらいまで歩くなら、丁度いいくらいの運動になる。歩道と自転車道、車道も分けられていて、歩く上でも安心材料が多い。
気候によって汗ばむのが嫌ならば、地下鉄で移動して地下街を選べば良い。風景が変わらないと思われがちだが、広告の入れ替わりや人の流れから、意外な世相が見えてくる。
水筒の水を時折飲みつつ、軽く腕を振って進む。
信号がなく歩道橋しかない交差点などがあると多少体力を食うが、汗ばむほどではない今日の陽気なら、このくらいはどうということはない。首都高とかが頭上にあればなおのこと。
護国寺から東池袋へと向かうこの通りは、基本的にマンションとそこまで高くないビル。時折チェーンではない飲食店が顔を出す。時間的にも少しずつ席が埋まっている様子が垣間見える。
交差点に池袋と名前は付けど、しばらくは住宅街。多種多様な人が動き回っている。
時折少し大きめのカバンを背負った外国人らしき人もいたりする。時代と社会環境の変化も、そういったところからでも感じられるものなのだ。
もとはいわゆる戦犯と呼ばれた人たちが収監されていた東京拘置所、巣鴨プリズンのあったエリアである。もうそんな重苦しさは、この地域からは見えてこない。
街路樹の下を通り、それらの店の様子などを見つつ進んでいけば、意外と1時間も要さずに目的のエリアに辿り着ける。
右手にサンシャイン、は見えない。が、高層の建物が増えてくると、近づいてきたことを実感する。
池袋
北と西側の大体の路線が埼玉に繋がっていることからも埼玉の一部扱いされるが、れっきとした副都心の一つである。
特に休みの日にはひっきりなしに多種多様な人々が行き交う。子供から若者、スーツ姿の労働者、杖をつくお年寄り、さらに外国の人やら派手なメイド服っぽいものを着た人まで。
前に行ったアキバとはまた色彩が違う。山手線の各駅も、副都心と呼ばれるそれぞれも、行けばわかるのだが環境と客層に差が出る。
赤い小型のバスがのんびりと追い抜いていく。一歩一歩しっかりと踏みしめておかないと、足がしっかり上がり切るか不安になってくる。この膝の感覚にも年相応のものが出るというものだ。
信号での休憩が長くなるのが、救いでもありキツくなる要因でもある。特に五叉路の信号は、いつ点灯するのか予想がつきづらく、急に動き出すのがしんどくなることもある。
2日に1回寝るだけで元気溌剌と動けた身体は、もはや遠い遠い過去の話になってしまった。
それはともかくとして、地下に潜り池袋駅を抜ける。幸いなのは渋谷新宿と異なり、移動ルートそのものの大改装を伴う工事が頻発してないこと。
東が西武、西が東武。池袋移動の基本のキはこれである。その場所さえ見つければ、あとは架空の方位磁石を眼前に置いてみるだけだ。
向かうのは北西。ロータリーの信号を渡って地下に行き、いけふくろうの横から反対側へ抜けるのが早い。人も多いが、この場所に限ってそれを避けようと努力する方が苦労する。
カフェと居酒屋と……なにかそんな感じのチェーン系の細々とした店、カラオケ、ラーメン、銀行、ドラッグストア、コンビニ、ケータイショップ。あとは路上でよくわからない品を売っている外国の人。地上はだいたいこんなところ。
その奥の大きな交差点を、渡ってから曲がっていく。渡った先に前にあった蕎麦屋、みたいな軽い食事処。古めかしい香りのする、昔の食堂でも思い出すかのような場所だった。今はもう廃墟だが。
その道の先、コンビニをすぎて間も無く。
入り口は一階の焼肉屋の斜め前、階段少し登った踊り場の後ろ側。専用エレベーターなので、大体ボタンを押せばすぐに開く。
黒の室内のエレベーターは、どこか高級な雰囲気を纏う。もう一つしかないボタンを押して上へと登っていけば、ドアと共に広がるのは木目と石の床。
そして仄かに香り立つもの。浴びつつも靴をしまい、その靴箱の鍵、の黒い塊で外国の駅のようなゲートを抜ける。
6階フロア。ここからが、ここ『かるまる』の本番である。
正面の棚からLサイズの館内着のバックを持ち出し、暖簾の奥へ。真っ直ぐと伸びた通路の左右にはロッカーが狭しと並んでいる。
左側は下の階での宿泊者用、自分が使うのは右側だ。そして使うのはさらに1番奥の一角。ここが最もロッカーの数が多い。
ロッカーが空いているかは、鍵のところのランプの色でわかる。通路と逆側、窓際奥で、かつ隣含め周辺も空いていればなお良い。
休日だと普段は混み合い、まともにそういった場所がないことが多いのだが、今日は幸いにして奥のにて確保できた。ロッカーの中に何もないことを見てから、手荷物を収納していく。
裸足になっても痛くないカーペットに支えられ、パンツ一枚の上から館内着上下を羽織る。手荷物にタオルと道具とケータイを控えておく。それが済み次第、扉を閉じて靴箱の鍵の塊で鍵をかける。
この黒い丸い厚めのコインのようなもの。『かるまる』内では、大体のものがこれで解決される。利き手と逆側の手首に、バネひもでなくさないよう取り付けたら、いざ出発だ。
一番奥のエレベーターに乗り、最上階へ。出てから右に曲がれば、より一層檜のような香りが広がる。室内全体のライトブラウンな色合いが、心地よさを高める。
その同じ色合いの小さいロッカーに、鍵とパンツと袋、あとメガネをしまう。手首につけるものを黄色い鍵に替えて、風呂の入り口近くでハンドタオルを取り、中へ。
目が悪く乱視気味なので完全に、ではないが、なんとなく見通せる、奥のガラス越しのベランダ部分まで。人はある程度いるが、この場所で休日と考えれば余裕がある方だろう。
シャワーと少し高そうなぬめりをしているシャンプーの世話になり、軽く体の水気を拭う。その後はここのメイン、サウナになるわけだが、それより先にすることがある。
棚の上に、給水タンクが二つある。ホテルのドリンクバーにあるアレだ。それと紙コップ。
片方は単に冷たい水。もう片方は氷の隙間隙間にカラフルな蛍光色が混ざる。フルーツのエキスが溶け込んだ水、デトックスウォーターというそうだ。
ジュースほどガッツリと味があるわけではない。ただほんのりと果実の香りと味わいがする。味があるものだ、と思って飲まないと、通り過ぎてしまう程度。だがまぁ、この場所にあるのはこのくらいがいい。
まずは奥の湯船で身を温める。肩より上を出して、他のオッさんとオッさんの隙間に滑り込む。入り口近くの方には電気風呂が付いているが、あれは逆にダメージとなりそうなので、放置。
目を閉じると、身体の疲れが次第にほぐれていく感覚が広がっていく。湯船に浸かりながら、日々のストレスや疲れが徐々に消えていく。
深呼吸。
芯まで温め度合いを高めたところで、といいつつ歩いてきてるのでそこまで時間は要さないが、肩に軽く湯をかけてから上がる。
さてここからサウナに入っていくわけだが、かるまるにはサウナがいくつか用意されている。先ほどの給水タンクの左右それぞれに入り口があるのが、そのうちのケロサウナと岩サウナだ。
今のタイミングだと、ケロに先に向かう方が良い。
ケロサウナ。頭につくケロとは、北欧に立つ樹木の名前。檜とかのように、香り立つものである。ハッカのようにスーッと爽やかな気分にさせてくれる。
その気分は、ガラス越しに空き席を確認し、引き戸を引いた時から味わえる。右の山からマットを一枚取り、今回は下の奥側へ詰める。
ここの室内は入り口から見て中央にストーブが鎮座し、その左右に席がある。それぞれ上下に2段あり、上が2〜3人、下3人ほどが上限値だ。
流石に休日、自分の座った席と反対側のひと席しか空いていない。真ん中の木の柵で囲まれたストーブを見つめ、右にある小さな丸い窓から隣の建物の壁を見つめる。そうして時間は過ぎる。
声もなく、ただ少しばかりストーブの炎の余波があるのみ。爽やかな香りに鼻が慣れてはきたものの、今度は体の底まで広がる熱気が期待値を高めてくれる。
時折人の出入りがあるが、座る位置から考えて気を使う必要があるのは真後ろくらい。ただ気の赴くままに待つだけ。
室内は奥に向かうほど壁の木材の色が濃くなる。窓の向こうからの明かりも強くない。目を開けていても、閉じている時と似た安心感がある。
仕事以外のことを考える、と意識的に行うことは、かなり困難なことだ。
これが気軽に趣味とかそういったことにリソースを振り向けられるなら、こういったことは起こらない。しかし自分の身体には、そういった類のものは染み付いていない。
この前の出先の話でも思い出そうとするが、職業柄仕事とは無関係ではない。
そう。自分は仕事という部分を投げ捨てると、私を私たらしめているものは大して残っていないのだ。
単純な話だ。私がこの立場に至るまでに見てきた人間は、概して生まれた時から天才であり、15を過ぎても天才、20を過ぎても天才であった。そして何より、官僚として至高であった。
私が細事に振り向ける力まで注ぎ込み、学び近づき取り入るしかなかった。そうしなければ彼らに抗い、彼らとその上の人間と相対することはできなかった。それだけだ。
趣味と呼べるものも、だいたいが話を合わせるために情報収集してきた過程、これらがほぼ全て。お偉い人々は何かと世の中の『高尚』と呼ばれる趣味を持っているもの。そしてその話にどれだけついていけるかで、その人からの評価は一定程度決まるのだ。
私に家柄とか伝統とかの裏付けはない。こうした知識武装で『高尚』な話についていける人間になったとしても、それは金メッキに過ぎない。金にはなれない。
ただその金メッキも、「ない」と「ある」では生き残り方に雲泥の差がある。中身が全て埋まっていなくとも良いのだ。
競争相手でない場合に限られるが、少し隙のある方が、上の人間は気持ちよく優位に立てる。相手側も自分に近づくメリットを作る。それも一つの手段である。
問題となると、少しばかり歳を食った今メッキの内側を覗こうとしても、面白味というのがよく見えてこないくらいか。
そう。プライベートと呼ばれる各種に対して、深い縁とはならないようにしてきた。
……ただ、ただの一度を除いては。
「すみません」
目を開けると、入り口近くに人が立っている。
「やっていいですか?」
手元に持ったものを掲げながら、自分を含めた室内の全員に確認をとっている。軽く返事をする者、自分のように手を挙げるだけで済ませる者とがいたが、皆同意した。
ジョアアアァァァ
焼け石に水。ものの例えではなく、行われるのはそれそのものである。入り口近くのタルの中の水を数回、その人はストーブに流し入れる。
その後の肌感。後々のためにも味わわせておく。それを耐えるカウントを60回、それで出る。
まずは雰囲気に身を任せ、体を慣れさせるところからスタートだ。限界まで耐えるだけが全てではない。
出るタイミングについて、少なくともここケロサウナにいる人間と重ならないようにしてある。他の場所次第ではあるが、出て右のシャワーは空いている可能性が高い。
シャワーはまずまずの高温、40度ほどで浴びる。まずは汗を流すなら、このくらいの方がいい。そのままは許されない。白い目で見られないようしっかりと。
さっきもあったデトックスウォーターを一杯もらう。さっきより味をよく感じるようになる気がするのは、人体の欲求が故なのだろうか。
選ぶのは、一番手前の青い水風呂だ。波頭の白さで水面が埋まりつつある。それをすくい、頭から被ってからだ。この時点でも全身に少し痛みに近いものが走る。
先に一名、浴びる間にいたものの、大きく息を吐きながら自分と入れ替わるように出ていった。右側の階段から、今度は自分が踏み入れる。
足先と足首、一気に腿、そして腰より下。大きく一つ息を吐き切ってから、肩まで。ここで一度躊躇しては、二度と先へは進めない。
身体が先ほどまでの熱気を急速に忘れ、歯を掻き鳴らすほどの冷気と入れ替わる。水流がとめどなく襲いかかり、全てを一桁の温度に落とし込もうとする。
アアアアアア!!!
アアアアアアアアアアアア!!!
耐えるために耐えきれなく出てくるこの声が、環境の厳しさを物語る。かといってここを簡単に捨て去るような人間ではない。
少し無理のある値を目指し、カウントを脳内で進める。それくらいしかできることはなくなる。
18
19
20
20カウントした。ただ、出るのを急ぐ。
横になれる椅子が水風呂近くにあるのだが、ほぼ確実に全て埋まっている。意外と空いているのが、そのさらに先にある外気浴のスペースだ。出口から左右3席ずつ、普通のプラスチックの椅子に木の足置き場が付いてくる。右側の一番奥が空いている。
椅子に湯をかけて洗い、座る。一番奥だと正面を人が横切るかどうか、気にせずともよくなる。木の足置き場をギリギリまで押し出し、踵を乗せる。
外の熱気との寒暖差、日影がある分先ほどよりかは幾分かマシであるのだが、それが水で締めた自分の体をまた解放させていく。
健康診断を受けると、少なくとも「Cすらない」ということは無くなってくる。何かしら来年への持ち越し事項があるのが、当然とすらなってくる。人によっては、それが自分の誇りの一つとすらカウントされる。
これはある程度致し方のないモノだろう。避けられないモノだろう。
若い頃の無理、という奴が後、自分にとっての今とか少し先に響く、ということがよく言われる。だがこの底から湧き上がる血流は、今の状態が『無理』の結末ではないことを証明している。
あとはもう、時間の向こう側に辿り着くまで待つだけ。
私を惑わす何者も他に入っていない。愚かな存在は誰も近くにいない。
目を閉じた世界、そしてこの世界であれば、その夢は少しばかりは叶う。
そして、体の落ち着きと思考が回るタイミングであれば、少し早いかもしれないがやめ時だ。
入り口を超えた先に置かれた桶で椅子と足置きを洗い、そのまま湯船に戻る。そして、身体はまた常に戻る。
ここには一つ上の階がある。先ほどのケロサウナの正面からだ。足元が不安だが、手すりとフチの滑り止めを確認しながら登っていく。登り切った先では、右側に浅めの大きな湯船。左には明るい木の色をした小さい湯船が3つ。
そしてさらに右からは、外の廊下につながっている。
3つの湯船は埋まっている。まずはいくらか隙間のあるところの隙間に潜り込む。
先ほどよりぬるい。湯温が体温にほど近い36度ほどであるという。他の客の頭の向こう、猫の額ほどの日本庭園をのんびり見やりつつ、胸から下だけ浸す。後々のために、体温は少し落としておきたいのだ。
右側にはテレビ。ワイドショーをやっているようだが、何を話しているかは興味もないし大した価値もないだろう。廊下への出入り口近くの時計の方がよっぽど有用だ。
手すりを頼りに階段を降りる。こちらの方が着地が遠いので少し怖さがある。そして今のタイミングなら、扉が空いている場所がある。先ほどのケロサウナの右、岩サウナの入り口だ。
デトックスウォーターを2杯追加で流し込んでから、空いた扉をくぐる。予想していた通りスペースの大半は埋まってきているが、3段目の席に一つ空きがある。左のタオルを一枚取って場所を取り、座る。
まだ開始まで少し時間があったが、自分が座ってまもなく、最上段含めて満席となった。自分の右脇には少し丸めの人が座っており、左側は少し空けて細身の人がいる。
扉はまだまだ空いたまま。サウナであるのに締め切らないのには、きちんと理由がある。
締め切ってないとはいえ汗が流れ出てくる頃、赤いシャツを着たスタッフの方が、バケツやタオルなど諸々の器具を携えて入ってきた。
「はい、それではこれより、アウフグースを始めていきます。今回アウフグースを行います、かるまるスタッフのタチバナといいます。よろしくお願いします」
拍手が巻き起こる。
それに礼を返す男は、声からして30代前後といったところだろうか。背は180cmはまず間違いなくあるだろう。かなりのガタイをしている。
「今回アウフグース初めてという方はいらっしゃいますか?」
手を挙げるものはいない。無論、自分もだ。
「お、いらっしゃらないですか。ここからは高温になりますため、途中退室可能です。出た後はこまめな水分補給を忘れずにお願いします」
「それではさっそく始めていきたいと思います。今回使用しますアロマは、スイートオレンジとレモンです。まだまだ暑い日もありますので、爽やかな香りを堪能してください」
手水の金属製の水汲みをめちゃくちゃに大きくしたもので、バケツから水を掬い、正面のストーブに流し込む。
さっき聞いたものより、一際目立つ音が、この灰色の石ばりの室内にこだまする。そしてまた強い熱気、幾らかの香りが自分を覆う。
スタッフがストーブの上でタオルを振り回せば、熱気と柑橘系の香りはさらに厚みを増していく。
そしてここで、持ち込んでいたプレーヤーから音楽が流れ始める。おそらく10年くらい前のものだろうか……朧げだが。夏の海、若者、なんとも縁のなかった世界のものがイメージされてくる。
その想像をする余裕、そして身体にまとわりついたものは、振り下ろされた熱風で飛ばされていった。大きく振り上げ、そして自分に向け、他人に向けバサリ、バサリと音を立てていく。
側面から襲うもの、壁を反射して後ろから襲うもの、そして正面から襲うもの。防壁とならんと汗が尋常じゃない量吹き出してくる。
自分の隣でタオルを全方向に旋回させ、リズミカルに上の席の客に風を送る。そして一番下まで戻り、ストーブへの水を追加する。
上の席の客の一人が、耐えきれず降りて外に飛び出していく。曲は似たような雰囲気の、また別のものに切り替わった。
夏の海、砂浜、白い太陽、灼熱、そしてその下を走り回る若者。
机、参考書、文献、メガネ、スーツ姿の炎天下。自分のイメージとはそぐわない姿だ。
いや、一度だけ。本当に一度だけだが、前者の雰囲気に近づいたことがある。
そんな古の記憶などは露ほども知らぬであろうスタッフは、はにかんだ笑顔を階段に座る者にふりまく。そして自分もまた、指に力を入れながら風に耐える。また少しばかりの離脱者が出るが、自分はそうではない。
鼻の穴の中もまだまだ余裕。香りを楽しめている。
古の記憶の結末?
「貴方はつまらない」という言葉が残されただけの、実に無価値なもの。お前のような人間が発して良い罵倒であるのか、問う気すら起きなかった。
いや、一つだけ価値があるなら、自分のその後の人生は、その「つまらなさ」の存在を念頭に置きながら形作ってきたことだろう。
逆に「面白い」とは何なのであろうか。無理くりにでも溶け込むことなのであろうか。それが大衆的な、反知性的なものであったとしても。
そしてその先の結論は、自分にとって利益がなければ関わる必要がない、であった。そして自分にとっての『利益』は、自立と出世に絞ることができた。
その『つまらない』人間が、自由を得てしまった。親の指示で気づいたら勉強し、そのまま大層な野望もなく公務員となり、生き残り続けるため出世を目指し、続け続けてきた男に。
そうした結果が、埋め合わせに見聞きした情報を試してみるだけの存在だ。ただそんな人間が定期的に通う『ここ』は、その枠を僅かに超えたのかもしれない。
「今回はここまでです。皆様お疲れさまでした」
スタッフが機材を抱え、外に出る。その後に続き、大汗をかいた男たちも続く。先ほどまで所狭しと並んでいた姿はなく、自分と片手の指に足りぬ人のみ。
だがここであえて少しだけ耐える。このタイミングはシャワーも水風呂もどこも混み合うこと限りなし。
その混雑緩和まで、だ。数分でよい。
ガラガラになった席は、入れ替わりの客で少しずつ埋まる。このイベント後は湿度は高いまま、それでいて混雑しないという、楽しむには効果的な時間帯だったりする。自分もよくやっていた。
ただ、実際に人の姿を見て、その人の風を浴びる。この流れに少しだけプラスの価値を置いたに過ぎない。
次の水風呂は先ほどよりは少し温度が高めのところだ。ここならしばらく入り浸っていることで、むしろ良さが出てくる。一点の激しさに身を投じることも、動かざることもどちらもあって良い。
人の入れ替わりもあるので足を伸ばせないが、それを除けばじっくり待てる良い場所だ。あとは冷やし切った後、また外に出る。
……ダメだ。外気浴席はは埋まっている。空きまで待つより、上を使う。
扉の外、さらに奥。外気浴のインフィニティ椅子は流石に埋まっているが、意外と空いてるのがこの横のジャグジーだ。水温は低く、頭を置いて横になれる。下が板張りなのを除けば、環境としては十分だ。
泡が身を覆い、そして押し上げる。晴れた空は目を閉じた先の薄オレンジに変わる。頭の後ろの硬い枕は、畳んだタオルを挟めばなんとかなる。
こっちは体が回る感じではない。先ほどの鼓動もない。なんとなく、なんとなくだが、身体の重みが少し抜ける。呼吸の負担が減っていく。
足を段差の上に乗せ、少しだけ腰を浮かせる。そうするとなお、負担が減っていく気がした。
上がっても、寒さは特段ない。そこからは下の階の湯船に浸かって身を戻す。まずはこれで終わりだ。
一応入り口近くにどデカい樽が、身長なんて比較にもならないほどのモノがある。この中も薬草サウナと言われる湿度高めのサウナなのだが、今回避けておくのには理由がある。
ここの中に入ると、とにかく皮膚の弱いところが焼けるのだ。下の隙間から爽やかな蒸気が噴き出すのだが、それが真っ先に直撃するのが、足の指の隙間なのだ。
それで呼吸しようにも鼻の穴の中に突き刺す痛みが走る。タオルでカバーしても突破してくる。そんな感じで長くいられない環境なのに、だいたい並んでいる。今も3人くらい列を作っている。
なんというか、割に合わないのだ。
入り口のタオルで全身を拭き、黒と灰色の館内着に身を包む。隙間がところどころ空き、上着も紐の調子次第でだいぶ気楽なものにできる。
エレベーターで下の階、7階へ。正面横に作業スペースがあり、そのさらに右にはズラリとマンガが並べられている。
まずは空いている作業スペースの席を取る。木の椅子、衝立とかは特にないが、軽くケータイで情報が入ってきてないかを確認する。
手には、ミニカップに入ったコーヒー。作業スペースの前にコーヒーのマシンが置いてあるのだ。流石に有料で1杯180円。
少し酸っぱいコーヒーをブラックのままちびちび飲みつつ、今度は近頃耳にすることが多いマンガを流し見する。近年は背表紙も凝ったものが増えてきたが、その中で新作と見受けられるものをいくらか。
やはり最近の文化的傾向、人々の好み、そういったものは、世の中の流行に反映される。自分が好きか嫌いかどうかは関係なく、そういう世界があると知っておくことは有用だ。そしてこの点で、男女どちらに好かれるものか、私は選別すべきではない。
十何冊か読んで頭が疲れたら、マンガスペースの裏側で席を探す。横になれるスペースが多く用意されており、混雑している今日も幾らかは空きがある。そこに横になり、しばしの仮眠。
貴重品に気をつけて、毛布まで被ってしまえば、しばしの休息としては十分だ。
朝方寝ていたとしても、寝溜めの効かない体質になっても、こうして環境をしっかりと整えれば、まだまだ寝れるものである。
ふと他の人が鳴らしたアラームで目を覚ます。時計をチェック、まぁこのくらいであれば十分に想定内。むしろ家に帰ってから眠れるのかが少し怖くなる。
その分の疲労感は、ここから稼げばいいので問題ないが。
ということで、ここからは2周目。体を洗い、湯船に浸かり、そして2階へ。
外は流石に暗くなってきている。外の通路も、先ほどより寒さを覚えるようになる。そしてその下で、すでにその廊下まで列ができている。自分も後ろに並ぶ。
列は右に曲がった先まで続く。タオルで少し肌をこすりながらしばらく、列が進み右に曲がった先の椅子まで辿り着く。
ただのなんてことはない、プラスチックの白い椅子。浅く座り、隣が開けば前に進むスタイルだ。
隣が空けば、空いたところへズレていく。冷える身体に耐えながら待つ人間しか、自分の前後にはいない。
そして階段を降りた扉の先。そこがまた、サウナである。出てきた人と入れ替わり、待ちの時間がどのくらい経ったかはハッキリしていないが、あったかい所に入れるならどの程度でも良い。
中は入り口左側の長椅子のみ。その入り口側しか空きスペースはない。完全なハズレだが致し方なし。
そこにマットを敷いて座る。正面下側にはガラスの向こうに煌々と燃える炎。その元は、薪。
薪の束が、紅く全身からの覇気を生み輝く。
薪の弾けと炎の盛り。この2つが下手な思考を飛び払ってくれる。後に残るのは、私の底の芯。
自分の家、である。
自分だけだ。両親兄弟には今でも定期的に顔を出すが、他の親戚筋などはすでに結構曖昧だ。従兄弟ハトコの関係となればこの歳だと何か冠婚葬祭でもなければ薄くなるもの。
そして何より、優先しなければならない関係性が数限りなくあった。
故に家に帰ったとて、決して関係性が遮断される環境ではなかった。携帯電話なんて皆が持つようになった後は、さらに生活の一部まで侵食された。
両親兄弟。「家」という概念のもと自分が繋がるのは、もはやこれだけだ。そしてこれは自分の行く末を決めたものであり、どこまで追っても超えられない壁であった。
特に父という存在は、尚更それが厚く、そして上端は遥かに見えない雲の上にあった。
そして私には、親の意向に添い、父に近づくことができ、社会的に一定の成功とされる道が準備された。
絶対的に秀でたものがない、かつその道に兄弟で一番向いていた自分にとって、どれだけ厳しくなろうとも、その道から逃れる余裕はなかった。
そして結果的にここまで来れたのだ。犠牲にしたものも多くあっただろうが、兄弟をいざという時は支え、果てしないほどの天才と横に並ぶまで、来れたのだ。
今となってはこうも考えられるが、当時はどれだけ憎んで憎み続けたものか。
その分今も十二分に関係は残している。両親の老後も心配しすぎるほどでもない。
まだまだ赤い炎に衰退はない。だがその割に熱くない。身体が寒さから解き放たれると、汗は出るのだがぬるさが勝る。その分長居もできるし、薪の焼ける残り香を味わい続けるのもなかなかの快楽だ。
ただ……すでにドアの開閉回数から、他の客は一回り済みだ。この中で滞在時間最大は自分だ。
最後に大きく吸い、はく。可能な限りこの身に取り込んで、出る。
外出てすぐのシャワーを浴びる。そしてその目の前には、丸型の水風呂が用意されている。温まりきっているわけではないが、折角ならと。
1人分の丸い穴。取り付けられた段を登り、足から順次沈んでいく。そのまま入っても腰上くらいは浸かるが、まだ下へ。
下の階のトルネードほどではないが、それでも十二分に冷たい奴だ。フィンランドでの氷の張った湖に穴を開けた水風呂スタイルを模したというが、実際に氷点下の世界の中でわざわざそれを実行しようとした胆力には脱帽するしかない。
けっこう冷たいので、早めに出る。外の廊下で軽く身を落ち着かせ、最後はロウリュのない岩サウナ、ぬるめの水風呂の「やすらぎ」、ジェット風呂に横になって〆。
この場については、味わえる範囲は味わった、と思う。着替えて一旦ロッカーで荷物を整理する。
ロッカーの2つ上の階、出て右間も無くのところには食堂が広がっている。他の階と同様、木目を基調とした茶と黒での統一感。
席は夕飯どきが近いからか、カウンターはほぼ埋まっている。なら奥のテーブル席の方だ。ここも1人席しかないから、気兼ねがなくて助かる。
時代に合わせたタッチパネル。仕事もスマホの時代だ。使い方に迷うことはない。
注文を済ませて間もなく、卓上には全て銀色のカップが届けられた。まぁ、大人だから許される、金色のアレである。
カップは全力で掴むと凍傷の危険を感じるほどに冷やされている。風呂上がりで指先まで温めているからまだ大丈夫だが。
泡は舌から喉を刺激し、そしてその奥、首の後ろから脳髄まで冷やす。素材の味が染みる……ということはない。ただサウナの疲労をいっとき飛ばすのは、炭酸とアルコール、そして少しの苦味で十分だ。
昔の付き合いは、これとタバコ、あとゴルフが無ければ全てが始まらない、そう言っても過言ではなかった。付き合えない者は、社会人とすら見做されなかった。
そんなこともあり、酒を飲む時はほぼ別の目的が付随していた。だからタバコは、とにかくバカにされない値段であることのみ、酒は流し込むもの、提携先からの無茶振りは裸踊りでも乗るものだった。
今は時代が変わり、若い人がゴルフについて来るのは稀だし、タバコは自分もやめたし、飲み会でもノンアルが許容される。
酒を味わう、という感覚が理解できるようになったのも、ここ10年足らずの話だ。
美味いビール、美味い日本酒、美味い焼酎、美味いウィスキー、美味いワイン。全国各地を訪問するたびに飲んできたが、意外にも単にキンキンに冷やしたビールは上位にランクインしてくる。
一回流し込んだら、あとはチビチビと。温くなり過ぎないが、まだまだ楽しめるペースで。
「お待たせしました」
だが、自分はまだ。
「十勝豚ロースカツ丼、ご飯大盛りです」
常人と比して全てが衰えたとは、信じていない。
切られたカツと飯を完全に覆う卵、そして中央に三つ葉。思わず香りを深く吸い込むと、空腹だった胃が急に期待を膨らませるのがわかる。
箸を手に取って、メガネの端を指で押さえながら、まずはひと口。カツの衣はある程度歯ごたえを残し、その下の肉はジューシーで、つゆがしっかりと染み込んでいる。
良い。そのまま口の中で広がる味わいに、少し目を細める。
一口、また一口。噛むたびにカツの脂がほどよく溶け出して、つゆがご飯にしみ込み、全てがうまく絡み合っている。
ふと、何も考えずにただ味わっている自分が、少しだけ嬉しくなっていることに気づく。箸を置いて、少しお茶を飲む。
またビールで口の中をリセットして、また新たに味わう準備が整う。湯呑みの縁を指でなぞりながら、目の前の丼を見つめる。
あとは、早さだ。この量のカツ丼を熱いうちに食べ切るのは、大して時間のない昼飯時に鍛えた技術だ。そして自分でも驚くほど、食事に集中している自分がいる。
メガネのレンズが少し曇ってきたので、指でレンズを拭う。ああ、またずれてるな。目の前の丼に気を取られすぎて、メガネのことは忘れていた。
もう十分だ。これ以上は何も要らない。ゆっくりと噛み締め、最後のひと口を飲み込む。
食べ終わった後の静けさに、少しだけ目を閉じる。空になった丼を見つめながら、少しの間、何も考えずにぼんやりと天井を見上げる。
また、ビールで油を流す。まだ、自分は大丈夫だ。若手の活力には届かないが、遠く離れすぎてもいない。
「ビールと、新生姜漬けもろ味噌添えです」
少しピリッとする舌に、イキのいい炭酸が刺さる。味噌の塩気が加わると、なお良い。
冷えているうちに、そしてポリポリしたツマミが消えないうちに。
新鮮度合いは1杯目と比べて落ちる。そしてその先も落ち続けるとしたら、タイミングとしてここまでにしておこう。
退店は、出入り口付近の端末で黒い靴の鍵を当て、清算すれば完了だ。また石張りの床で靴を履き、エレベーターで降りていく。
降りて正面に向き直る。右手側を中心に、この街もまた夜を知ることなく、人が忙しなく動き続ける。
少し先から地下へ降りて行った先も、変わらず多くの人が行き交う。道中の飲食店も、まだまだこれからこそ盛りとなりそうだ。
自分を追い抜いて急ぐ人も、自分とは逆方向にすれ違う人も、誰も自分を気にするそぶりはない。庁舎に入った時とは大違いだ。
幸いにも、あの後も自分の携帯には続報は来ていない。
いや、もし仮にあったとしても、すでに自分は第一に連絡されるべき人間としての立ち位置を、薄められつつある。
日本の学園艦行政は、これによって少なくともこの先十年は遅滞を余儀なくされる。
私の官僚人生を賭け、裏で動き、その対象からどれだけ罵詈雑言を浴びせられようとも、最善のためと己を律してなんとしても実現せねばならなかったこと。
勝つ確率は、十二分に高かった。百にとても近かった、はずだ。
それにも関わらず、その博打に、国をチップとした大賭けに、負けた。完膚なきまでに。
少子化が落ち着く気配なんてものはなく、毎年出生数は万単位で減少している。
港湾各所をはじめ維持管理費用も増加し、当然ながら当初想定をゆうに超えている。そして、経年と共に安全性に問題を抱えているところも多い。
周辺諸国をはじめとした国際秩序の動揺、それに影響された治安リスクも控えている。そしてその各種リスクに対し、学園艦側の準備が整っていると言えるところなんて、両手の指で足りる。
その状況下でだ。
運用開始から時間が経過した学園艦を残す合理的な理由、それが時と共に欠け落ち続けているのだ。
この事件で学園艦はその独立性と、廃校回避のための自衛強化の姿勢を強めていくだろう。
国、学園艦教育局からの圧力には、何かと理由をつけて反発してくるだろう。未来の有権者を一層の盾として。
そして何より、この国家の統一、国益から程遠い結末を導いたのは、自分だ。
この先正統な階段を登り続けることは、許されなくなるであろう。そういう定めなのだ。
そしてその時、私はあの庁舎に集う人にとって、一気に無価値になる。そのような扱いをされ、いずれ下部組織のどこかに流されれば御の字。場合によっては組織と噛み合わされない隅の歯車として、放っておかれる。
この役回りまで来たからこそ、その前例があったことを無視はできない。その存在を蔑んできたものも、また事実。
私もそうなるのか。私もそうなるのだ。ここが天井、そう規定されるのだ。自分の、そして他人の数多の犠牲の上に在るのが、この結末なのか。
自分にとっての『利益』は、自立と出世。その片翼が捥がれようとしている。
そして生憎だが、鬼才天才と向き合ってくることにすら精一杯であった自分は、その生き方しか知らない。知る必要もなかった。
これは結局自分が凡夫であるが故の呪いなのか。決して安易ではなかったとはいえ、親の提示した道に乗っかるほど自信と自尊心のなかった存在への。
私が残されているのも、後処理を済ませるためのものだ。学園艦にまつわる幾千幾万もの悪評を、全て私個人の資質に押し付けて捨てる気なのだ。その役回りは重々承知している。
組織は何か事件が起きた時、継続して運営するためには生贄を用意するしかないのだ。
「新木場行き、発車いたします」
吊り革を掴む。
生きている。幸いにして、この齢にして。
生きている人間は、どう在るべきなのか。
前に、進むしかないのだ。どれほど地面が全速力で後退していたとしても。進むこと、その点に関しては自分がこれまでやってきたことと変わらない。
ただ、進むための努力に、結果が伴わなくなる。その厳しさを無視すれば、それだけなのだ。
この着地のためにここまで私は生きてきたのか、その絶対性、運命と言うべきものについて、考えたとて大した価値はない。
一つ意外であったのは、その役回りを自覚した時、感情的になることもなく、悔しさと呼ばれるものも特段湧いてこなかったことだ。
諦め、縁が無さすぎて、この感覚がそれに該当するのかも確証が持てない。
いや、あえて確証を持たぬまま、あやふやにさせたまま、居るしかない。
窓の外は、少し薄めの灰色の景色のみ流れていく。
最寄りまで立ち続るくらいは、苦でもなんでもない。前の席の人間は、全員耳にイヤホンをさし、スマホに囚われている。
私の存在すら、当然ながら気にもとめていない。
もし、もし……
それでもこの省にいて、足を止めねばならない時が来たら……
その時は内陸へ少し長く、旅に出ることにしようか。
【ミカさんの一言サウナ】
『ウィスキング』
やぁ、こんにちは。
今回のテーマは、ウィスキングだ。かるまるはウィスキングを体験できるからね。
ウィスキングとは、シラカバなどの枝葉を束ねた「ウィスク」を使ってやる、マッサージに近いものだ。周りに葉の束を置いたり、葉の束で体を叩いたりするね。
レベルが高いところだと 「ウィスキングマイスター」と呼ばれる専門の施術師がいて、サウナ室内でやってくれるんだ。森林浴っぽさが際立つね。
あとは地域によっては、ハーブティーを飲んだりして効能を高めたりもするよ。
かるまるもウィスキングはやってくれるけど、結構料金高いからそこだけは覚悟してね。あとちょくちょく休みになるから。