転生したらセブルス・スネイプだった   作:ねば

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最終的には魔法と運命より物理と巡合

 

鍵の鳥の部屋を通過した私を迎えたのは、左右に分かれて道を開く等身大のチェスの駒。巨大なチェス盤の上には赤毛の少年に肩を貸して歩く少女が、私を見て驚いた顔で立ち尽くしていた。

 

「スネイプ!!」

 

土埃まみれで額から血を流すロン・ウィーズリーが痛みに呻きながら名前を呼ぶ。その横でハーマイオニーは慌て、片手で懐を探っていた。そんな二人に私は大股で歩きながら近づいていく。ハーマイオニーがとうとう杖を出した。

 

「ペ、ペトリフィ…っ」

 

エクスペリアームス

 

圧倒的にスピード違いの無言呪文で武装解除をする。飛んできた杖を左手で掴み、二人を無表情で見下ろしながら前に立った。怯えた目で見てくるハーマイオニーとロンの前に止まると、左手の杖を持ち主に差し出した。

 

困惑Max。そうだろうな。大好きな子供にこんなに信用無いとは心が痛い。何とか戸惑いながらもハーマイオニーが杖をとると、子供たちと視線を合わすために片膝をついた。

 

「随分と無茶をしたな。大丈夫か?」

 

私が掛けた言葉がいまいち理解できないのか、二人はキョトンとした顔でお互いの顔を見合わせる。

 

「ミス・グレンジャー、君は怪我は?」

 

「え!?わ、私ですか?大丈夫、ですけど…」

 

「そうか。ならよかった」

 

男子ならばいいというわけではないが、やっぱり親御さんから預かった女の子に怪我をさせて傷が残るようなことになってはならないからな。よかったよかったと内心満足しながら立ち上がり、ロンにエピスキーの魔法をかける。私が学生時代から使い慣れている治癒呪文だ。残った血についてはぬぐっておけとハンカチを手渡す。

 

「ところで、ミスター・ポッターはこの先なのか?」

 

「………」

 

「………」

 

ありがとうございます。見事な無言を頂戴いたした。怪しい全身黒衣の大男に二人とも親友の情報など教えてくれはしなかった。児童文学では大人を信用しないが絶対条件だからな。内心とほほ、表情そのままで仕方なく先に進もうと立ち上がる。

 

「スネイプ先生、待ってください」

 

ハーマイオニーの声で振り返る。彼女もロンも、まだまだ戸惑っている。

 

「どうして先生はここに来たんですか?答えてください」

 

しかし、ハーマイオニーの真剣顔、やっぱりまだ下級生ならではのあどけなさが残っているなぁ。

 

「返答によっては私を先に行かせたくないのだろう」

 

思わず、ふっと口元から笑みが出た。こんな表情の場合、相手からはどう見えているのだろうか。

 

「君たちが言っていたではないか。仕掛け扉を破るなら今夜だと。調べてみるとどうやらダンブルドア校長がいらっしゃらない。私はここに来るべきだと君たちが教えてくれた」

 

「そんな!じゃあ、お前が来たのは僕たちのせいだったのか!?」

 

絶望したようなロンの顔を見て、あ、言い方まずかったな、と気付いた。

 

「…ああ、お蔭でクィリナスを止められる」

 

よっし!いい言い回しだ。自分のいざというときの頭の回転をほめたたえたい気分だ。「クィレル先生が!?」と驚いている二人に、私は解除不可能のクールフェイスを向けた。

 

「上にあったハープは君たちが用意したものではないだろう?生徒が持ち運んだとは考えづらい。私達の来る前に侵入者がいた証拠だ。……話は後だ。ミスター・ポッターが先に進んでいるのなら、彼が危険だ」

 

運がいいことに、マクゴナガル先生のチェスはハリーたち三人で突破したにも関わらず、原作と同じくロンが通過しなかった為だろう。もう一人先に進む権利が残されていた。私が用意した試練を突破する為の薬も持ってきている。後は何の障害もない。

 

「スネイプ先生!」

 

二人を追い抜きざま、ロンに名前を呼ばれて振り返る。治ったばかりの傷に響かないように恐る恐る立ち上がり、顔を上げると真っ直ぐに見てきた。

 

「僕も、僕も連れて行って下さい!ハリーを助けたいんです!」

 

「私もお願いします!スネイプ先生!」

 

二人に揃って懇願され、なんというか、私は胸がいっぱいになった。いやー、この子たち、ほんとにいい子だなっ!おっさんの心には純粋さが過ぎるぞ。

 

彼らの前でもう一度しゃがむ。本当は、表情一つででも安心させてやれればいいのだが。

 

「すこしは大人を信用しろ」

 

口元を引き延ばし、絶対下がっている口角を両手の人差し指で押し上げて手動で上にあげてみせる。見せるものでもないのですぐに止めるが。

 

「表情筋が仕事をしないのでな。すまんな」

 

立ち上がり、あっけにとられている彼らに「大人しくここで待っていろ」と言い残し、今度こそ先へと進んだ。

 

 

 

 

すでに倒されている巨大トロールの部屋は鼻を摘まんで通過し、魔法薬学の部屋は持参の薬を使ってクリア。黒い炎を通りぬければ、最後の部屋に出る。そこには、予想通りの二人がいた。

 

「さあ、『石』をよこせ!」

 

「やるもんか!!」

 

甲高い男の声に、ハリーは拒否の叫びを上げる。いつものターバンを外したクィリナスはその場から逃げ出そうとしたハリーの手首を捕まえたが、放り投げるようにすぐに放す。

 

ヴォルデモートと魂を共有した者はリリーの守りがあるハリーには触れない。部屋に新たな入室者がいることにまだ二人は気付いていないようだ。リリーが彼を守るために稼いでくれている時間を無駄にしてはいけない。

 

「捕まえろ!捕まえろ!」

 

さっきから聞こえるクィリナスから発せられる、彼のものではない声が響く。クィリナスは再びハリーに飛びかかり、ハリーは引き倒され、その首に両手が伸びていた。とっさに杖を振ると、盾の呪文でクィリナスの体が後方に吹っ飛んだ。

 

「大丈夫か!?」

 

ハリーに駆け寄り、倒れた体を抱え起こす。緑の目と一瞬目があったが、限界だったのだろう、そのまま気を失ってしまった。

 

「誰だ!!」

 

クィリナスが叫びながら、もがき起きる。鬼のような形相で私の姿を確認し、怒りに顔が歪む。

 

「セブルス、またお前か!!」

 

「非難される覚えはないな」

 

クィリナスを睨んだまま、ハリーの体をゆっくりと横たえる。この部屋に来るまでに様々な試練を乗り越えたせいだろう。ハーマイオニーやロンたちと同じく、あちこちに擦り傷があった。教え子を守るように立ち上がると、クィリナスに向けて杖を構えた。

 

「我々は”賢者の石”を守る役割についていたはずだろう。なのに、なぜ君がここにいる?───いや、聞くも野暮か」

 

杖を振り、拘束の呪文を使う。杖先から縄が飛び出たが、反撃で縄は炎になって燃え上がり、地面に落ちる。直後、緑色の閃光が頭に向かって飛んできたため、屈んでよけた。次に放った武装解除はクィリナスが杖腕とは別の手で受け、その手を負傷させただけだ。

 

「私が『防衛術』の教師だということを忘れたか、セブルス?」

 

クィリナスはこれまでの気弱な表情からは想像できないような不敵な笑いを浮かべる。それがまた、酷く歪み醜悪だ。

 

「なるほど、決着をつけるのには時間がかかりそうだ」

 

「それに、私にはこの方がついていらっしゃる!お目にかかれることに感謝しろ、この方は───」

 

「興味ない」

 

陶酔したように芝居がかった言い方をするクィリナス。正直、良い隙だった。上に向けて呪いを放ち、クィリナスの真上を破壊する。

 

降ってくる瓦礫から身を守るために、クィリナスは上に向かって楯の呪文を施す。次の呪文では杖先から出たロープが奴の足に絡み付き、縛った。

 

それと同時にクィリナスに向かって走る。奴は一瞬迷い、私を攻撃するのではなく自分の足の呪いを解きにかかる。

 

「小癪な真似を!!」

 

しるか。戦闘中に謎のパフォーマンスをやったお前が悪い。

近づきながら失神呪文も使ってみたがクィリナスはロープを切るとぎりぎりでこれをはじいてしまった。次の呪文を双方ほぼ同時に唱える。お互い相手の呪文より早く出せるか分からない状況で使ったのは、どちらも発動の速い盾の呪文になった。

 

ほとんど杖先が当たりそうな距離で二つの盾がぶつかり合う。慣れない状況のためかクィリナスの顔が一瞬顰められた。その時には私は杖を上に振り上げ、攻撃のために盾を解除しかけていたクィリナスはそれに杖先が取られる。

 

伸ばした左手がクィリナスの腕を掴む。それを引き寄せた私は前かがみになった彼の顎に向かって膝蹴りを入れていた。

 

「うぐっ…!」

 

急所に一撃を喰らって後ろによろめくクィリナスは足元の瓦礫を踏んで体勢を崩す。掴んだままの腕をもう一回引いて、右腕で背中を抱え込むようにして二度目の膝蹴りを腹に。それで相手がすぐに反撃できない状態になってから武装解除呪文でクィリナスの杖を吹っ飛ばした。

 

レイブンクロー出身のホグワーツ教員に闇の帝王がくっついているのだ。呪文戦ではおそらく私の分が悪かった。だが私は自分より一歩強い相手と戦う術を学生時代に存分に磨いている。ジェームズやシリウスに魔法だけではどうしても勝てなかった私が同等に戦うための戦法だ。

 

同じ魔法使いとしてこちらも相手の動きが予想できるからこそ活きる、一対一の対魔法使いを想定した代物は、彼らに「卑怯だぞ」と言わせ、「すっごく正々堂々としてない?」と返したいがためのスタイルだった。

 

蹴ったり殴ったり木の棒や鉄の棒さえも取り入れる決闘訓練は、クィリナスには何度か話し呆れられながらも面白がられていたはずなのだがな。

 

「お前が私に喧嘩で勝てるか!」

 

二度の打撃を受けクィリナスは片手で腹を押さえて地面にうずくまっている。慣れない打撃の痛みにすぐには動けないはずだ。僅かに見える彼の後頭部の顔が私を憎悪の目で睨んでいるのが見えたが、無視してクィリナスの襟首を掴みあげた。

 

「殴り合いもしたこともないようながり勉のお前には無理だ」

 

クィリナスは痛みに呻きながらも歯噛みする。一瞬遠くの杖の方を見たが、顔を引き寄せて私に目を合わさせる。

 

「お前がいなければ、私は上手く反省したふりが出来ないんだぞ、クィリナス!」

 

クィリナスが困惑して眉を顰めた。「こいつは今、何をバカなことを言った?」完全にそんな目でクィリナスが見てきた。

 

「お前の代わりに私がバカやって、私の代わりにお前が後始末してくれただろ!学生時代も、教員になってからも!私には表情もなければ、普段の言動で冗談か本気かも周囲は判断できんだろう!ベゾアール石の説明を口実にただの気分転換でヤギを授業参観させたくなったとき、次はだれにフォローを頼めばいい!?それともマクゴナガル先生にこっぴどく怒られろと?」

 

クィリナスは顔を顰め首を横に振っている。私は右手の杖を突き刺すようにホルダーに戻し、両手で目の前の人間の襟首を掴んだ。

 

「お前みたいに頭がよくて、理解があって、いいやつはなかなかいないんだぞ!誰を頼って私は馬鹿をやればいいんだ?私たちは──こんな形で、喧嘩をしたかったのか?」

 

クィリナスの両手が、力なく落ちる。見開かれた両目にもはや怒りの色は無く、茫然とした顔をしていた。がっくりと肩を落し、両手で頭を抱える。

 

「私は、私は───」

 

「馬鹿げたことに耳を貸すな!」

 

背後から声が張り上げられ、クィリナスは恐怖に悲鳴を上げてうずくまった。

 

「スネイプ、鈍いお前はクィリナスが誰のために危険を冒し、このような事をしているのか気付いていないようだな」

 

今やはっきり見えるクィリナスの後頭部。無理やり私に視線を向けてくる醜い顔がある。ヴォルデモート卿に見えなくもないが、昔に見た顔はもっと人間じみていたはずだ。

 

「残念ながら覚えのない顔だ。せめて美形なら一生忘れない自信がある」

 

「ふざけたことを!」

 

ヴォルデモートが吠えると同時にクィリナスが体を起して飛びかかってきた。一瞬の油断だ。反応できずに、首を絞められる。こちらが怯んだのを見て、クィリナスはもう片方の手で私のベルトにささる杖を掴む。しかし杖は暴発し、弾かれるようにそれを取り落した。

 

「聖木か!」

 

忌々しげにヴォルデモートが叫ぶ。驚いているクィリナスから私は首を掴んでいる手を剥ぎ取った。ハリーに触れて焼けただれている手だ。反対の右腕も杖の暴発を受けて今はもう動かせないだろう。

 

「ペア(梨)だ。母の愛する子に手を掛けようとして傷を刻まれたものに、母神の象徴が従うわけがない」

 

もはや戦うことも難しくなった彼の片腕を振り払うように離し、杖を拾う。邪魔なローブは掴んで背後に投げ捨てた。

 

「クィリナス。私はまだ君と酒を飲んでいない。私は楽しみにしているんだからな」

 

そして、最後の決着をつけるために立ち上がった。

 

 

 

 

数秒後、『賢者の石』を守る最後の部屋には、割れんばかりの笑い声が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私命名『賢者の石争奪戦』の夜から三日後。ハリーが今日には目を覚ますのではないかと校長から聞いていたため、仕事を片してから医務室に向かった。

 

入り口ではマダム・ポンフリーが難しい顔をしながらもしぶしぶと通してくれ、ありがたく中に入る。ハリーが横になっているのは一番奥のベッドだった。途中、クィリナスが休むベッドを見つけて軽く手を振る。

 

クィリナスはブフッと声を出して口を押え、その場に悶絶してしまう。そんな友人に「頑張れよ」と声だけかけて奥に進むと、ハリーとダンブルドアが私に気付いて頭を向けてきた。

 

「おお、セブルス。ちょうどよかった。君が来るのを待っておったのじゃよ」

 

「そうですか。それはよかった」

 

いつもの調子で返し、ダンブルドアの隣に立つ。ハリーは戸惑った顔で私を見上げ、言葉に困っていた。

 

「ようやく目を覚ましたのだな。まだ無理をしないように」

 

「は、はい…」

 

弱弱しくハリーは答える。うーむ、なんだかやり辛そうでかわいそうだ。ダンブルドアがどこまで話したものか分からないため、考えこんでしまった。

 

「さて、ハリー。君が気になっていた君を助けた人じゃがな。アレはわしではなく、スネイプ先生じゃ」

 

あ、はい。全然話して無かったんだな。それはやりにくいわけだ。ハリーはびっくりした顔で私を見上げる。

 

「スネイプ先生が?僕を?」

 

なんで?とでも言いたげな顔で見上げてくる。ダンブルドアはそれを優しげな目でにこにこと見ていた。

 

「君がそう思うのも無理はあるまい。スネイプ先生は愛する妻を亡くしてからは表情を失ってしまってな。怖そうな顔をしているが、本当は子供好きでユニークな先生なんじゃよ」

 

その前から表情はほぼ無かったに等しいと思うのだが。それよりも、さらっと個人情報の曝露をしてくれるな。妻と死別していることについては生徒達にはできるだけ知られないようにしているのだ。彼らが知っても困るだけじゃないか。

 

平常心を装うためにもダンブルドアの横でハリーに向かって全力で手を振った。慣れれば苦笑されるのだが、初めて見る人間には大抵唖然とした顔をされる動作だ。そして、ハリーも後者だった。

 

「グレンジャー嬢とウィーズリー君に聞いている。私の言動がいろいろと誤解させてしまっていたようだな。すまなかった」

 

「あ、いえ。僕こそ、すみませんでした」

 

困惑しながらも、おどおどとハリーは謝る。その姿をみるとつい微笑んでしまった。それが表情に出たかは分からないが。

 

「スネイプ先生?」

 

「いや、すまない。父親とそっくりだが、やはり性格は全然違っている」

 

「父さんですか!?」

 

「聞いていないのか?私は君のご両親と友人だったのだが」

 

「……クィレルが、そんなことを言っていた気がします」

 

よりによって最後の最後に聞いていたのか。予想はしていたが結局今年度中にハリーが私のところに来なかったわけだ。

 

話をするために、空いていた椅子を引っ張り出して座る。ダンブルドアは二人で話せるようにと席を外してくれた。

 

「私とリリーは生家の近い幼馴染でね。リリーは昔から元気のいい、かわいい子だった。ジェームズは私たちが入学した日に列車の中で出会ったんだ。リリーに一目惚れして、彼女と仲のよかった私に何かと突っかかって来ていた」

 

「どうして、父さんと仲良くなったんですか?」

 

話を聞きながら、ハリーは不思議そうな顔をした。聞かれ、私もふと疑問に感じる。しかし、考えてみればそれほど難しいことは無いか。

 

「多分、面白かったからだな」

 

さすがにこの返事では首を傾げられた。

 

「私は見ての通り淡々としているだろう。だが、内面は双子のウィーズリーのようなものだ。色っぽいねーちゃんがいれば目で追いかけるし、面白そうなことがあれば首を突っ込む。悪戯の機会があればあわよくば活用したい。雰囲気のせいで同級生から遠巻きにされることが多かったのだが、ジェームズは全力で私にかかってきた。そのうち、からかい返したくなってしまってな…」

 

私の言い方に、ハリーは口元に笑みを浮かべる。

 

「もともと中身は同じだったせいで、きっかけができればすぐに馴染んだよ」

 

ハリーはもっと両親の話を聞きたそうだったが、私はそこで区切った。

 

「リリーとジェームズの話はいつでも聞かせてあげよう。だが、この間の夜のことは良いのか?生憎私は記憶力がさほど良くないぞ?」

 

「聞いてもいいのですか?」

 

「私が分かる範囲なら何でも」

 

心が広い先生アピールをしながら言ったが、伝わったようには見えない。ハリーは手を口元にあてて、真剣そうに質問を考えた。

 

「先生は、どうやってクィレル…先生を助けたんですか」

 

「笑わせた」

 

つい、即答してしまった。ハリーが「え?」と言う顔をしたので、クィリナスのいるベッドに顔を向ける。

 

話題が自分になっていたからだろう。こっそりこっちを見ていたクィリナスに盛大にキモチワルイ投げキッスをしたら、彼は腹を捩って大笑いし、むせた。

 

「私とクィリナスも昔なじみでね。今年中、何度も接触しながら彼をどうやって救うか考えていたんだ。私はクィリナスの内面に何度も語りかけたが、闇の帝王の支配はそれに勝っていた。考え抜いた末、純粋に彼の感情をヴォルデモート卿の魂よりも優位にするならば……それも闇の魔術の塊となった闇の帝王と相いれない感情が望ましい…私は友人として大爆笑させれば勝ちだと思ったんだ。結果はこの通り」

 

向こう側のベッドで痙攣するクィリナスを指し示した。

 

「…本当に、それだけなんですか?」

 

「ハリー、笑いは世界を救うんだぞ?」

 

信じられないと言いたげな顔でハリーは哀れなクィリナスに見入っていた。

 

確かに、戦いの中の問いかけでクィリナスはかなり動揺していた。両腕を負傷して杖も扱えなくなっていたのだ。ヴォルデモートはもはや役に立たないと切り捨てるところだったのかもしれないな。そして、私はクィリナスがどんなことに笑い、どんなことに呆れるかをよく知っている。

 

いろいろと思い浮かぶことはあるが明確に理由になりそうなものはない。むしろ、それらの巡合わせと考えた方が良さそうであるし、それが私の一番の強みであった。

 

不思議そうな表情をしている少年を見ながら頬杖を突く。

 

「ポッター君、君はどうやらホグワーツの学生生活のコツをまだ知らないようだな」

 

ハリーは私の言い方が気になったのか振り返った。私はポケットから出したバターキャンディーと折鶴を彼に受け取らせる。鶴はテスト期間中に配布されるアレだ。

 

「『魔法薬学教授、セブルス・スネイプは幸運の女神に愛されている。しかし、女神はつれない男に怒って、彼女の幸運を本人ではなく周囲に振りまく。勝負事の前にはその幸運をちょっともらおう』」

 

宣伝風に語ると、ハリーの見舞いの棚にあるお菓子を一つもらった。渡したバターキャンディーの代わりにヌガーをたべ、開いた包みに杖を向けて鶴を折る。手に乗せて指ではじくと、それは羽ばたいてクィリナスのベッドに飛んで行った。

 

「私は自分の周りに影響するタイプのラッキーマンなんだよ」

 

本当は自分でも確証がないことではあるのだがな。なんとも主人公のそばの脇役らしい定めではないか。

 

ハリー・ポッターシリーズの「ハリー・ポッター」に、私は堂々と宣言したのであった。

 

 

 

次の日の夜は学期最後のパーティだった。大広間は今年もグリーンとシルバーのスリザリンカラーだ。

 

スリザリンは要領がいいこともあって学年度の最後に大広間がこの色で飾られることが多い。魔法界らしくて緑もいいけどな。せっかくなので明るいカラーのハッフルパフイエローと、レイブンクローブルーの飾りなどのバリエーションをバランスよく見たいものだ。

 

自慢かって?いやいや。私は自分の寮以外の子どもも好きだ。それに、今年の寮対抗杯がどうなるかも知っている。目の前の光景は後半には赤とゴールドに変更されてしまうのだ。

 

大広間にポッターが入ったことでざわめきが起こったが、その後ダンブルドアが入室したのですぐに収まった。彼らしい簡易のあいさつの後、寮の順位と得点の発表が始まる。

 

グリフィンドール :312点

ハッフルパフ :352点

レイブンクロー :426点

スリザリン :472点

 

一位のスリザリン寮から歓声が上がった。…それにしても、やはりこの点数はクィディッチの試合結果が大きすぎるのではないだろうか。

 

日常生活ではあまり点差が出ないため、試合の順位で点数が違いすぎる。ちなみに、こんな結果でも私は贔屓などしてないぞ。応援した寮に幸運が降りかかるのではないかと思われているのでクィディッチの試合観戦も我慢しているほどだ。

 

「よし、よし、スリザリン。よくやった。しかし、つい最近の出来事も勘定に入れなくてはならないのう。駆け込みの点数をいくつか与えよう。まずは、ミスター・ロナルド・ウィーズリー」

 

特別発表が始まりグリフィンドールから「おおぉ」と声があがる。目を向ければ、ロンが顔を耳まで真っ赤にして首をすくめていた。

 

マクゴナガル先生の試練のチェスに勝つということは彼女とのチェスで勝ったことに等しい。マクゴナガル先生は入学時にレイブンクローにするか組み分け帽子がギリギリまで迷った人だぞ。

 

レイブンクロー出身のクィリナスやホグワーツ校始まって以来の秀才の慣れの果ては確かにクリアできるかもしれない。だが正直、あの試練についてはロンがあのチェスをクリアしてくれなければ私は先に進めた自信が無い。

 

「次に、ミス・ハーマイオニー・グレンジャーに」

 

ハーマイオニーが机にうずくまる。小さな一年生の女の子が寮いっぱいの人間に見られているのだ。これは、恥ずかしいだろうな。

 

グレンジャーがその頭脳を発揮して通過したトラップは私が夏一杯数式パズルを勉強して改造し、さらにアーサー王伝説を組み込んだ。極端に言えばこうだ。聖杯を取りたきゃ、穢れのない騎士(ガラハッド)を探せ!

 

ケルベロスの件で、どうにもここの連中は伝承や昔話に弱いと見ていたのでな。アーサー王伝説を一通り読んでいたらヒント見ずともできる内容にしていたのは内緒だ。毒薬はモルガンとモルドレット。ヴィネヴィアは強い酒は譲れない。

 

そして、ダンブルドアはハリーに視線を移し、大広間中の人間が彼を見た。

 

「ミスター・ハリー・ポッター」

 

ダンブルドアが讃えるのは彼の精神力と勇気。その言葉で、一見は大人しそうな少年に、行動までにもリリーやジェームズの面影が見えて思わず笑みが漏れた。教師としては子供の安全が一番なのでできれば控えてもらいたいが、結局は最後まで事を成し遂げてしまうだけの強さはたしかに賞賛に値するのだろうな。

 

今回のことは成功だった。子どもたちも守れ、賢者の石の強奪を阻止し、クィリナスの命も失わずに済んだ。ヴォルデモートの命でユニコーンの血を飲んでしまった彼の呪いが心配ではあったが、幸い、闇の帝王は延命のために血の効果と呪いを自ら持って行った。

 

ハリー・ポッターは全7巻であったか。これから起こるトラブルに私がどう向き合うか、そろそろ判断をつけねばなるまい。

 

私はかつて、血統主義者たちの道へと誘った妻に対して私の秘密を語った。「自分が死喰い人になると大きな不幸を招き自身も短命になる」それを彼女に知らせた結果、──それだけしか知らせず、自分の道を変えただけだというのに彼女が私の代わりを果たしてこの世を去った。

 

恐れを抱いた私が取り戻すように本来の役割を果たすようになってから10年が過ぎた。大きな変化がもたらす悲劇を恐れ、ダンブルドアにさえこの未来は相談できていない。

 

ただ、他の者にとっては知る由もない『クィリナス・クィレルの生存』というこの結果は、私がようやく手にできた一つの勝利であった。

 

「──よって、ネビル・ロングボトムに10点を与えたい」

 

最後の得点者の発表が終わり、グリフィンドールから割れんばかりの歓声が上がった。それに遅れ、ハッフルパフとレイブンクローも一緒に祝う。

 

一方、突然優勝をかっさらわれたスリザリンは皆、茫然としている。

 

前代未聞の大逆転勝利の目撃者となり他寮が興奮するのは仕方がない。スリザリン寮生たちに寮監の私がしてやれることは、残念だったな、と視線を向けてやることだけだ。

 

喝采の中で、ダンブルドアがにこにこと笑う。

 

「したがって、ちょいと飾りつけをかえねばならんのう」

 

ダンブルドアが手を叩いた瞬間、グリーンは赤に、シルバーは金に、そして蛇がライオンに変わる。ふむ、色合いは正直に言うと自分の寮より壮観だとこっそり思っていた時だ。突然何かが頭に覆いかぶさって視界が真っ赤になった。

 

いったい何が起こったのか分からなかった。わらわらと人が集まってくるのを感じる。手探りで周りのざらざらした布を、しかも重いそれの中でもがいていると、そのうちに取り払われた。覆いから出されて、垂れ幕がピンポイントで降ってきたことに気付く。私が呑気に広間を眺めていたので直撃したのだろう。周囲の席の先生方は一足先に逃げていた。

 

「スネイプ先生、大丈夫ですか?」

 

近くの席のスリザリン生たちが私を助けてくれたらしい。

 

「すまない、ありがとう。一人2点ずつやろう」

 

はーやれやれ。梨の杖を取り出して振り、落ちてきた垂れ幕を元に戻す。終わった、終わったと席に着こうとしたら、周囲が妙にザワザワと騒がしい。そこで、私はハッとした。

 

子供好きの私は加点グセのきらいがある。そのため、よく日常の礼などでも少数の点を与えたりする。さっき自分を助けてくれた人数を確認するために振り返ると、ご丁寧に全員突っ立ってくれていた。

 

1、2、3、4…そこまで数え、次に見た子はめちゃくちゃいい笑顔を浮かべていた。次の瞬間、爆笑とブーイングと喝采の入れ混じった拍手が大広間を包む。

 

私は自分のやらかしたことに対する謝罪として、生徒たちに片手を上げて見せたのだった。

 

 

 

 





賢者の石編完結。
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