ハロウィンには碌なことが無い。去年は秘密の部屋が開かれ、その前にはトロールが侵入する騒ぎがあり、来年は三校対抗試合にハリーが選ばれるという、飛んでもない事態ばかりが起こるのだ。
私はぷりぷりしながら小麦粉生地をまな板へと叩きつけた。隣にはハロウィン用に中身をくりぬいて目鼻を彫ったかぼちゃ、部屋には脱狼薬の苦い匂いが漂っている。そして、夜のためのロウソクの準備も万端だ。
一体何をしているのかと気になるだろう。
約一時間後、私はリーマスの部屋を訪ね、扉を開けた途端リーマスがその場に崩れ落ちた。
「セブルス、君はもう、本当に…いったい何をしたいんだ?」
「セブルス・スネイプではない。ジャック・オー・ランタン、またはウィル・オ・ウィスプと呼べ」
「自分でフルネームを言ってしまっていますよ、ミスター・ジャック」
生徒にとっては慣れたことなので部屋にいたハリーからは普通に突込みをもらってしまった。細かい事を気にするな、と腕に下げたアケビのカゴからお菓子を取り出しプレゼントする。
「今年はかぼちゃのクッキーだ」
「くまさんのクッキーって可愛いですね。ところで、このくまが抱えているのはなんですか?」
「ピスタチオだ」
「ですよね。殻つきのクッキーなんて初めて見ました」
ハリーは突込みだけはきっちり入れるとクッキーをローブのポケットに入れた。私、ジャック・オー・ランタンは今度は本題のリーマスのところに行く。しかし、頭がかぼちゃ臭い上に視界が悪いなこれ。
やっていることは怪しいが、本日の私のこの有様の経緯は以下だ。
ハロウィンということでなんとなしにかぼちゃを用意し、かぼちゃがあるのだからお菓子を作ろうということにし、さらにハロウィン風に目鼻をくりぬいたかぼちゃのランタンが作りたくなり、せっかく被り物みたいなものができたので被ってみた…という一つのかぼちゃにいろんな楽しみを私が見出してしまったためである。
人生二周目なので恥とかなんとかより好奇心が勝るのだから仕方ないだろ。この日は基本的に無心になりたいというのもあるのだが。
「さあ、リーマス・ルーピン殿にはおまけに激マズだが元気になる薬をプレゼントだ」
「すごく飲みづらい紹介だ」
「そうか?なら嫌にならないうちにすぐに飲め、そら飲め」
苦笑いするリーマスは机に掴まりながら立ち上がり、そこに置けというように手を示す。私はそこにかぼちゃクッキーだけを配置し、ゴブレットはリーマスにつきつけた。それをリーマスは物凄く嫌そうな顔をして受け取る。仕方ないだろ。私は悪魔と契約をしたジャックだからな。そんな私たちの様子を見てハリーは不思議そうな顔をした。
「スネイプ先生とルーピン先生は仲が良かったんですか?」
「腐れ縁だよ」
「腐れ縁だな」
リーマスと私はほぼ同時に言っていた。そのくせお互いの言葉に驚いたような顔をした。
「酷いな、リーマス。長年の友人である私をそんなふうに思っていたのか」
「それはこっちのセリフだよ。私は君を振り回すよりも君に振り回される人間という自覚はあるぞ。それに、学生時代はまだしも卒業後の君との遭遇率を考えると寒気を覚える」
「仕方ないだろう。なんとなしに知り合いがいそうだと思った寂れた酒場になぜかよく君がいるのだ」
そのまま言い合いを続けてしまった私達を、ハリーは目を丸くして交互に眺めていた。
「こんなに楽しそうにしゃべるスネイプ先生初めて見ました…」
なんと。思いがけない言葉を頂いた私は情けない顔をした、つもりだけになる。どうせかぼちゃをかぶっているのでそのまま変てこな顔もしてみることにした。リーマスはリーマスで面白顔(メンタルだけ)をしている私を前にして神妙そうにゆっくりと頷いている。
「スネイプ先生は酷く面倒臭がり屋なところがあるからね。人付き合いも浅いのか深いのかよく分からない。それに、彼と話すとなると独特のノリに慣れなければいけない」
「おっと、セブルス・スネイプの悪口はそこまでにしてもらおうか。繰り返すが私はジャック・オー・ランタンだ」
ハロウィンスタイルの私はそこで他人らしく制止した。それにしても、これは頭重いし視界が悪いな。
「リーマス、ちょっとここ借りるぞ」
「取るんじゃないか、そのマスク!」
よっこいせっと、かぼちゃのマスクをはずし、グリンデローの水槽の上に置く。水槽の中から怒ったように拳を叩く音が聞こえているような気もしないことでもない。
「ルーピン先生とスネイプ先生が友達だったなんて。それじゃあ、先生も僕の両親をご存じなんですか?」
ハリーの期待を含んだ声に、一瞬リーマスが返事に困ったようだった。変な沈黙にならないように慌てて私が口を開く。
「私はリリーの親友、リーマスはジェームズの親友だ」
「そうだったんですか!?」
リーマスは苦笑を浮かべた。
「ああ、実はそうなんだ。ジェームズはユーモアも度胸もあるし、才能があったからね。私たちのリーダー的存在でもあったんだ」
「リーマスの方が大人びていたから監督生を任されていたがな。双子のウィーズリーに監督生など任せられないだろ?」
「以前から思っていたんですが、スネイプ先生と父はどっちの方が問題児だったんですか?」
「「ジェームズ」」
そこは意見に相違なかった。
「私は罰則が嫌いだったので、校則違反になる様な事はあまりしなかった」
「ジェームズは頭がいいから次から次にアイディアが湧いてくるし、校則関係なくそれを実行できる人だったから」
「私が医務室に入院した時は、夜中に鎖鎌で外の壁をよじ登ってやってきたこともあったかな」
「君が東洋の神秘の忍者について話したりなんかするからだ」
リーマスがさくっと言って、ハリーに向き直った。
「でも言動が変なのは昔からスネイプ先生の方だったよ」
「やっぱり!」
それを聞いてハリーはにやっと笑った。なぜ一年でこれほどにもハリーからの評価が変わってしまったのだろう。去年飼っていた鶏が私の頭に乗ることを好んでいたからかもしれない。雲行きの妖しさを感じ取り、私はまたもやジャックに戻るためにかぼちゃを手にする。
「もうそろそろ私が彷徨うべき時間だ。それではお二方、ごきげんよう」
リーマスが会話の途中で薬を飲んだゴブレットをさっと回収し、ローブの裾をはためかせながら部屋を立ち去る。ゆっくりと丁寧に最小限の音で扉を閉め、息を殺す。数秒後、室内からバリッという凶悪な音とリーマスの短いうめき声が聞こえた気がした。
部屋から出るとき、私はしっかりとリーマスが口直しのために例のクッキーを手にしていたことには気づいていた。そして、ドアノブから手を放した瞬間、猛ダッシュでその場から逃げ去ったのだった。
あのあと、めちゃくちゃ怒られた。ピスタチオのクッキーだって私はちゃんと言ったはずなのに。
生地をクマの形にくり抜き、顔を描いた後に腕をちょっと伸ばして殻付きピスタチオをガッと抱えさせて焼いたそれは、まずはピスタチオをクマさんの腕ごともぎ取ってピスタチオの殻を外して食べる仕様だ。
なぜそうしているかというと、私のこだわりで生地の合間にはラズベリージャムを挟んでいるのでクマを割ると中にその層が見える。一口で食べられてしまえば、せっかく用意したハロウィン風おかしの仕掛けが台無しになるから頭をひねったのだが…。
世の中の理不尽さにちょっと心が折れそうだ。私はただ、クマの腕をもぎ取るかためらう姿や、もぎ取った時にその切断面の赤いものを見て欲しかっただけだ。試しに一個食べてみたところ、ピスタチオを外した下の腹からもジャムが出てきて自分で固まってしまったが。
ハロウィンの宴会中、私は例年通り好物のリンゴ飴をガジガジとかじっていた。その他、私の腹を掴んだものはかぼちゃシチュー、かぼちゃプリン、パンプキンパイといった季節感抜群の料理である。たまに周囲からは何とも言えぬ顔をされるが、私の味覚はやや子供っぽいぞ。
甘い物、芋栗カボチャ、それにホワイトソースをつかったクリーミーな料理が好きだからな。
さて、宴もたけなわ。いい感じに腹も膨れてきてテーブルに並ぶのが沢山のデザートになったので、私はそれまで世間話をしていたリーマスとの会話を打ち切って、廊下の方へと出た。口実は魔法大臣でも一人で向かう場所に行くと言っておいた。後々怪しまれてしまっては困るからな。
皆が大広間に集まって祭りを楽しんでいるのだから、一枚扉を隔てた廊下は人の住処とは思えないほどシンとしていた。これほど寂れた場所なのだ。まるで殺人鬼の一人でも忍びこんでいそうではないか。
シリウスは宴会中にグリフィンドールの談話室に向かうはずだから、今から行けば間に合うかもしれない。しかし道中にも絵が多く、アニメーガスの彼と違ってそれらの監視から私が逃れるのは難しそうだ。鉢合わせて騒ぎになるのも危険か。何気なく玄関ホールに向かい、上階へと続く階段を見上げた。しかし、今にも足音がして誰かが降りて来そうな感覚に襲われ、私はまたすぐに大広間の中へと戻った。
廊下に集まる教員たちの顔は深刻そのものだ。普段にこにこしているダンブルドアでさえその目が険しい。逆に厳格なマクゴナガル副校長も普段よりずっと固い表情をしていた。
私か?私はいつも通りだ。つまり、内心は心穏やかでなんてこともないが表情は気難しそうな無表情の男に見えるからな。いろいろと考えることがあってか顔面蒼白になっているリーマスが哀れだ。
「寮監の先生方、生徒たちは大丈夫かの?」
「はい、監督生と首席たちが上手くやっています。ゴーストもついているので心配ないでしょう」
ダンブルドアの質問にフリットウィック先生が代わりに応えてくれた。
さて、殺人鬼シリウス・ブラックの侵入が発覚したことで私達教師はそれぞれに城の中の探索をしなければいけないことになっている。もう外に逃げているだろうが、それで油断して今度こそ寝首をかかれるとなると恐ろしいからな。帰宅時に泥棒の痕跡があったら、決して部屋の中に深入りをせずに人を呼ぶこと。防犯の基本だぞ。
リーマスは今回の事がショックだったのか、緊張したままの表情でさっさと立ち去ってしまった。旧友の行動についてのため、少し話したいこともあったのだが、あんな姿を見てしまったら声を掛けられないではないか。私も私でシリウスと仲が良かったことは古参の先生方には知られているために早めに捜索に出立した。
始めは先生方と分担した城の中の見回り、次に天文台。原作知識でシリウスが人を殺す心配が無いと分かっているので、気を使わないでいいだけ足取りははやく確認をすぐに終わらせることができた。そして、こっそりと外に出た私は校庭の暴れ柳へと向かったのだった。
原作にあった出来事のある時に、原作に沿わないことをするのはいまだに緊張する。肝の太い私でもそんな気持ちになることだってあるのだ。心臓だってドキドキのバクバクだ。
出来るだけ校舎から見当たらないようにと身を隠す。簡単な目隠しの呪文でもしようかと思ったが、シリウスと間違えて攻撃されれば大変だと考え直してやめた。万が一、誰かに見つかったならば外が気になったので捜索に出ていたとでもいえばいいだろう。
満月が近いせいで外は比較的に明るい。特に私は昔から夜目が結構利くのだ。これならば明かりを灯さずに出かけることができる。暗さに顔を顰めたのは暴れ柳の根元の洞窟に入ってしまってからだ。そして、入口からはすぐに離れたが杖に明かりを灯すことができなかった。
「シリウス・ブラック、ここにいるのか!?」
…返事はなし、と。さすがに洞窟をこのまま進むのはヤバい。シリウスだっていま非常に緊張しているはずだ。しかも、相手は犬に化けることができるので、私よりも先にこっちの気配を感じ取るはずだ。
しばらく考えたのち、私は懐から空の薬瓶を取り出し、中に炎を灯す。それに杖を向けて浮遊呪文で10メートルほど先に浮かせる。洞窟の中を見る為ではなく、シリウスが近づいても分かるようにするためだった。犬の状態でこっそり接近されて襲われでもしたらひとたまりもないからな。痛いのは嫌だ。
数十メートルおきに呼びかけ、洞窟を進む。結局叫びの屋敷のすぐ前まで来ていた。シリウスがもうここに逃げ込んでいるのではないかというのは私の見立てで確信はないのだが、それほど間違っているとも思わない。もしいるのならば向こうは既にこっちの存在に気付いていて、息を殺しているのではないだろうか。
おそらく、シリウスはこう考えている。「向こうは自分が犬ということを知らないから、隠れ家に住み着いた野良犬を演じればいい」と。しかし、追跡者が変身のことを知っている私だと気付いたらどうするだろう。声だけでばれるかは不明だが、ここまで来たら顔を鉢合すしかない。
やむをえない。襲われてしまったらそれこそ大変だ。物陰から犬に攻撃されて無事で済むなんてことはまずありえないからな。
ついに叫びの屋敷の中に入り、瓶の中をさらに明るくして天井付近に浮かせた。周囲に、何もいないことと、隠れる場所が無いことをしっかり確認する。
「シリウス、これが最後のチャンスだ。ジェームズを殺したのは私だ」
一か八かの賭けだ。息を殺して神経を研ぎ澄まし、新たに何かが来る可能性が最も高い階段を見ていた。同じ階に犬が入り込めるような隙間が無いとも限らず、壁を背にして周囲に気を使う。そこでふと、洞窟に入る順番が逆だったらと思い至った。それならば、さらに不味い。と、そっちの扉に気を取られてしまっている時に階段から物音がした。
野犬が飛んできた!あ、違うシリウスか!
昔から奇襲に対する反応がいい私は、とっさに左腕で犬の牙から体をかばった。ガッと腕に衝撃が走る。相手が何かを分かっていたのだ。手足にはあらかじめプロテクター代わりの木片を入れておいたので怪我はない。犬もすぐに腕から口を放して飛び退いた。
この瞬間を待っていた。シリウスが左腕に噛みついた時から、私は既に右手で杖を突きだしていた。そのため、着地した犬に丁度魔法が当たる。魔法は見事に命中し、犬は一瞬宙に浮いたと思うと人間の姿になって床に落ちた。
伸ばしっぱなしのぼさぼさの髪とひげ、痩せた体を包む服は襤褸雑巾に近い。まるでゾンビのような姿なのに、立ち上がる様までゾンビだ。今日がハロウィンだからぴったりだな。
「…スネイプか…。一体どういうことだ?」
かすれた声でゾンビが言った。随分まともに話していなかったのではないだろうか。投獄生活が長すぎたためか、彼の雰囲気は異様だ。なお、手元にはバタフライナイフが握られている。
「……そうだな、私は君に言わないといけないことがある」
私はシリウスに語りかけて、ため息をついた。頬がこけ、落ち窪んだ眼球は死人のようだが、その目だけはぎらぎらしている。なんてホラーだ。
「悪かったな、今のはお前をおびき出すための嘘だ」
「………は?」
シリウスは一瞬展開について行けないようだった。そこで私は両手で親指を上に上げた。
「ああでも言わないとお前は私から逃げたであろう?」
能天気に言った私の言葉が立場を逆転させたようだ。シリウスは突然自分が追われる方だったと気付き、顔色が真っ白になった。若干退き腰になり、後退る。一方、私はぐっと背を伸ばしてシリウスにゆっくりと歩いて近寄った。
「わざわざ私のいるホグワーツに来たのが君の運命を決めたようだな」
私の腕がさっと上がり、シリウスは両腕で顔をかばう。そして、何も起こらなかった。シリウスが不思議そうに顔を上げた時、私が彼の目の前につき出していたのはただの巾着袋だった。
「宴会からくすねてきた食べ物だ。喰え」
「リーマスもここにいるのか!」
「シィー!声がでかいぞパッドフット!誰かに聞かれたらどうする!」
「お前さえ気を付けていれば問題ない」
声を落として注意した私に、シリウスはムッとしたのか言い返してきた。ふううむ、私が気をきかせた呼び名がかえって言い訳のネタを与えたようだ。
「若い娘のみなさーん!!ここにイケメンがいるぞー!」
立ち上がって板で打ち付けられた窓に向かってひそひそ声で叫んだ。気分だけは思いっきり叫んでいるが声帯を震わせていないのでそばにいるシリウスにしか聞こえない。シリウスは座ったまま、形容しがたい顰めっ面を浮かべていた。仕方ないな。
「しかも二人いるぞー!!さらに、どちらも独身だ!」
「さりげなく人の心をえぐるな」
いいツッコミだ。私は再び床に腰を下ろして胡座をかいた。周囲は静かで、残念ながらホラースポットに入り込んでいる独身男に興味を持ってくれる心の広い女性の気配も無いようだ。
叫びの屋敷の中は昼間でも薄暗い。もともと隔離場所のために生活など考慮に入れられていない作りのためだ。そんな場所で私とシリウスは食べ物を囲んで床に座り、雑談を続けていた。
「だが、お前だけではなく、リーマスまでホグワーツの教師になっているとはな。いや、逆か。リーマスよりお前まで、だ」
「リーマスは今年が初任、私は10年以上のベテランだぞ」
「闇の魔術に対する防衛術の席は何故か固定しないと昔から聞く。その埋め合わせか」
かぼちゃジュースの瓶を大きくあおり、シリウスは口元を拭う。
先日のシリウス・ブラックの捜索後、さすがに警戒の強い城から長時間離れるわけにもいかず食べ物のみ渡して私はすぐに城に戻った。それから数日、食べ物と一緒に生活用品をシリウスに運ぶ日々が続いている。叫びの屋敷の部屋の隅には、以前ハグリッドから貰ったキャンプグッズが徐々に積みあがっていた。
「そういうわけで、リーマスはまだホグワーツに来て間もない。自分の就任と重なってブラックが城に侵入したことでかなり参っているぞ。満月も近いせいで最近酷く体調を崩している」
シリウスが食事をする手をついにとめた。そのうち、私は残り少なくなっているチキンをかすめ取る。シリウスは一瞬私をにらみ、ポテトを山積みにしたフィッシュアンドチップスの皿を引き寄せた。
「…ところで、満月になったらリーマスはここに来るんじゃないか?あまり痕跡は残さ無いほうがいいのか?」
「それは問題ない。人狼病の凶暴性を抑える薬が近年開発された。私がリーマスに調合しているから、彼は満月の日は自分の部屋に引きこもるだけだ」
それよりも。言いながら私は身を乗り出しながらミンスパイを一つとった。シリウスも目ざとく、シェパーズパイを取る。やられた、好物だったのに。
「シリウス、君は一体どうしてこんなところにまで来て城に侵入したのだ」
シリウスは難しい顔をして黙り込んだ。本日2本目のかぼちゃジュースの瓶に手が伸びる。私はその瓶を奪い取り、代わりにエールの瓶を押し付ける。彼はしばらく手の中の瓶を見ていたが、やがてナイフをとって栓を開けた。
「私が答える前に、まずこっちから質問がある」
「なんだ?」
「なぜお前は私を通報しない?」
シリウスはエールを一口飲んだ瓶を私に差し出した。私はそれを一瞥し、憂鬱そうな目で瓶を見る。
「男とは………」
シリウスは手を引っ込めて、次は新しい瓶を渡してきた。
ナイフを掴み、シリウスと同じように王冠の端に刃を引っ掛けて栓を開ける。ふむ、美味い。濡れた口元を拭い、シリウスに視線を戻した。
「私は君を通報する必要がないと思っているからだ。簡単な話だろう」
「それはお前の判断であって、根拠ではない」
ううむ、やはりシリウスは地頭がいいな。もう一口エールを飲んで口を濡らした。
「シリウスが私を殺すことはあってもジェームズを殺すわけがない。むしろ、ジェームズを殺すならば普通に考えても私の方だ。まだ借りを返し終わっていないことが山ほどある」
片手に持ったままだったナイフをシリウスのところにあるシェーズパイにめがけてさす。具は取れず、ただパイが崩れただけになった。
「それでシリウスを魔法省に引き渡すならば、私はただの馬鹿者だ」
「お前は私の件が無実だと思っているのか」
私は手元のミンスパイを頬張りながら頷いた。
「ああ。そうだ」
犬が威嚇するように、シリウスの肩がわずかに盛り上がった。パイの最後の欠片を口に放り込み、エールで流す。シリウスの無言の怒りをまっすぐには受け止められなかった。
「証拠など、何もない。私はただ信じていた。それとも、あの時はただ──君が無実であることを信じたかったのかもしれない。君が二人を裏切った犯人であるはずがないと。そうあってはならないと。誰かを納得させられるような根拠もない。証拠もない。ただ、ジェームズが秘密の守人にダンブルドアではなく君を希望したように、さらに他の人物に変更することもできる。それぐらいしか言えなかった」
シリウスを振り返れば彼は無言でじっと私を見ていた。それで全てではないだろう、そう言いたげに見える表情を前に、もう一度瓶を傾ける。
「もっとも、私は一度やらかして気が触れているとまで言われていたのだ。闇祓いからすれば──好意的に見ても、真実がどうであれ友のアズカバン行きを許さないだけのように見えただろうな。私の考えを否定せずに認めたダンブルドアは奇特な人だ──秘密の守人を用意することさえ伝えらえていないはずの私がそのことを言ったせいで、闇祓いをさらに頑なにさせた。ダンブルドアはただ私が予想しただけだと、余計な擁護までしなければならなくなった。結局、ジェームズとリリーの秘密の守人を知っていたのはダンブルドアだけで、それは君だった。君とピーターが殺し合いをして、ピーターが姿を消し、君が闇祓いに捕まった。マグルの目撃者はピーターが君を追って殺されたのだと証言した──出所の違う証言が示すものは…君が誰よりも知っている通りのものだ…」
「セブルス。お前──なぜそんな話を眉一つ動かさずにできる?」
言われてからシリウスの表情の意味が分かった。彼はずっと眉を顰めていて、私に詳細を求めているのだと思っていた。しかしそれは私の思い違いだったようだ。
しまったな。私に表情が無いことはもはや周囲の人々にとっては個性として受け入れられることが当たり前になっていた。もともと表情が乏しかったので慣れてしまえば大きな変化ではない。しかし、シリウスにとっての、彼の知る昔の私は違っていたのだ。
「そのままなのか?あの時からずっと?」
瓶を置き、口元に手を当てて目をそらす。床の木目を見ながらもしかしたら相手に見えないのではないかと思われるほどに小さく頷いた。ため息をつき、崩れてもいない前髪をかき上げるように後ろに撫でつけると逆に落ちてきた。ギルデロイおすすめの整髪料を使っているはずなのだが。結構いいお値段するやつなんだぞこれは。
「私のことはいい。これは久々の君には見慣れないだけだ。私はシリウスが無実だという前提で罠にかけ、君はそれにかかった。君が彼らを裏切らなかったということでいいのだろう?」
シリウスの肩が静かに下がる。それどころか、徐々に小さくなったようにさえ見えた。
「むしろ、疑っていたのは私の方だったのか。リーマスのことさえも…そして信用する人間を間違えた。…こればかりは私の失態だ。私のせいでジェームズとリリーは…」
「みなまで言うな。あれが冤罪なら一番それで苦しんだのはシリウスだ。それに君のしたことは…時代が悪かった」
随分湿った話になってしまったな。エールを一気に煽り、瓶を空にした。シリウスはあまり飲んでいないようだったが、私に続いて瓶を傾けた。
「それで、シリウス。今度はそっちが私の質問に答える番だ」
「なんだ?」
「なぜここに来た。なぜホグワーツに忍び込んだ」
「私は…ジェームズを裏切った本当の犯人を仕留めに来た」
シリウスはそこまで答え、そのまま言ってもいいものかと言葉を切った。空いた瓶を床に置き、顔をシリウスに向けたままシェパーズパイを取る。
「ほう?それがホグワーツにいるのか」
「ああ。それも、グリフィンドール寮の中だ」
シリウスも瓶を置いて、彼が十年間誰にも伝えることができなかった事実を私に語った。あまり長くもない話をじっと聞き、終わると二本目の瓶を取ってナイフの柄で開けた。
さっきよりも明らかになれた様子で手際のいい私の動作に、シリウスの眉がわずかに上がる。
「…なるほど、いつの間にかホグワーツに鼠が入り込んでいたのか。わかった。私も協力しよう」
「まかせても大丈夫なのだろうな?」
「そうでないと、シリウスが城に乗り込んでしまうのだろう?」
「当然だ」
大きな魚のフライをナイフで刺し、シリウスはそれを豪快に食いちぎった。どうやら気力が回復してきたようだな。
「もとよりそのつもりで来たのだからな」
私は頷き、瓶を軽く掲げる。シリウスもすぐに瓶を取って、軽くぶつけてきた。
「少し時間をくれ。計画を考えたい。…それにしても、まいったな、シリウス」
「なんだ?」
大きくため息をついて項垂れた私に、シリウスは顔を顰めて聞いた。
「私たちの今の様子、第三者からすれば襲撃を企てているならず者だぞ」
まじまじと旧友を眺める私の視線に気づき、シリウスは自分の恰好を見直した。ぼろい服と汚れた体。食事と休養で生気を取り戻した彼はゾンビから山賊にランクアップしていた。
胡坐をかいて背を丸めていたシリウスは突然背筋をまっすぐにのばして座り直すのだった。