私たちは学生時代の友人だ。
以前にもハリーの両親が私たちの友人だという話はした。私はリリーの幼馴染で親友だった。ジェームズはホグワーツに入学してリリーに一目ぼれし、幼馴染を妹のようにかわいがっていた私としょっちゅう諍いを起していた。
リーマス、なんだ、その表情は。ああ、まあ、シリウスの言うとおりだ。ジェームズが一方的に突っかかってきていても、私はジェームズに文句言うよりも、一言でもリリーと楽しくお話ししていたい派だったからな。笑うな、リーマス。
そのうち仲良くなったジェームズの友人たちが、リーマス、シリウス、そしてピーター・ペティグリューだったのだ。私はリリーが女の子友達といる間、ジェームズたちと組んで男五人グループになっていた。…多分…。いや、本当はどうなのだろうか…。
学生時代楽しくやっていた私たちは卒業してからも友人関係は続いた。ジェームズとリリーが結婚し、私は別の女性と結婚したが、よく二人の所には訪ねていた。ポッター夫妻を含む友人たちは、闇の勢力に対抗するために作られた『不死鳥の騎士団』という勢力に入ったため、リリーに会いに行けば自然と皆に会うことが多かった。
そうだな。友人たちは何度も危険に身を削っていたのだろう。その間、私はどの派閥にも属さず、一般人として密やかに身を守りながら小さな店を開き、つつましく暮らしていた。暗い時代でも、友人がいて家庭もありそれなりに幸せな毎日だった。
「セブルス、そこから話す必要があったのか?」
シリウスが待ちきれなくなったのか私の話を途中で止めた。焦る気持ちは分かる。ちょっと個人的に言いたくないこともあったせいでやや長めに見積もったからな。助け船を出してくれたのはリーマスだ。
「シリウス、おそらくセブルスは君のために昔の話をしている。ハリーたちは当時の状況を何も知らないんだ」
「…当時の大人たちにとっては当たり前のことも、今の子供たちは知らないからな…」
折角だから便乗して、まともそうな言い訳も付け足しておいた。シリウスは渋々と納得して引き下がる。…こうなったら仕方ない。もう覚悟をして話すとしよう。
「どうしても暗い時代の話だ。重い話になってしまうが大丈夫か?」
リーマスとシリウスは僅かに表情を強張らせる。杖を持ったままの子どもたち三人も、真剣な表情で頷いた。いいだろう。分かった。ならば、この場のすべての疑いと諍いを防ぐための爆弾をさっそく投げてやれ。
「では続けよう。ある日、死喰い人の一員だった私の妻がディメンターのキスの執行対象となり…死んだ」
空気が、見事に凍った。
だから重い話は嫌いなんだ。
当時は闇祓いの死喰い人への殺害許可も下りていたぐらい激しい戦況だったのだ。シリウスのようなヴォルデモートの消えた後の囚人ではない、激戦期に捕まった妻はさっさと処刑された。
純血主義の集団ではその集団の確執がある。もともと私たちはスリザリンの中でも最低カーストだ。私は母の影響で並みの魔法使いより闇の魔術に詳しかったから一目置かれていた。妻は努力でのし上がるタイプだった。彼女は自らの家系の地位の低さを嫌い、抗ううちに無理をして死喰い人になってしまった。それを私は止めもしなかった。彼女の選択だと黙認し、知らぬふりをして友人たちにも言わなかった。
妻が捕まり、ディメンターのキスの刑が執行されると知った時に私は愕然とした。死喰い人達は仲間になることを拒んだ者を殺していた。その対抗として、死喰い人になって捕まれば死よりむごい罰を魔法省が与えることに考えが至らなかったのだ。
どっちつかずであった私の所には双方から情報が回ってきて、妻の最期に会うためならば騎士団だろうが死喰い人だろうが無節操にすがった。それが叶い、私は──ふむ。まあ、いろいろと問題を起こし魔法省の人間からは面と向かって「イカれている」ぐらいは言われたか。
その後、私は死喰い人に入り、騎士団に入った。死喰い人は愛妻家で有名だった私が『魔法省に妻の仇を取りたい』と言えば信じた。騎士団には『もう自分が知らない場所で友が危険に晒されて失うようなことを見たくない』と伝えれば受け入れてくれた。正直、どちらも本心だった。
リリーとジェームズが闇の帝王から狙われていることを知り、私はダンブルドアに魔法の秘密の守人を考えているのならば自分にして欲しいと頼んだこともある。だが結局は、私には秘密の守人を用意するかも伝えられなかった。ジェームズやリリーがもし私を推薦してくれていたとしてもダンブルドアは止めただろう。その時の私は今自分で振り返ってもとてもまともとは思えない精神状態だった。当然のことだ。
ポッター夫妻が死んだとき、ダンブルドアは魔法省にシリウスが秘密の守人になっていたことを証言した。ジェームズが、自分の秘密の守人にシリウスを選んでいたのだ。
「結局、私は何もできないままにジェームズとリリーは死んだ。我々の友人の一人だったピーターがシリウスを追って追い詰め、大勢のマグルと共に吹き飛ばされて死んだという知らせが入った。そして闇祓いに捕まったシリウスは裁判もなしにアズカバンに投獄された」
ようやく、重い話が終わりそうだ。私がいくらこういったものが嫌いでも避けることが出来ないことはある。私の表情が無いのは余計な努力が必要とならないぶんにはありがたい。
「誰も彼の言い分を聞くことはできなかった。私はどうしてもシリウスがジェームズを裏切ったと信じたくなかった。結局、ホグワーツに入り込んだシリウスを捕まえて話を聞き、私の考えが正しかったと分かったのだ」
「スネイプ先生はそれを信じたんですか?この人はホグワーツに来てグリフィンドール寮にも忍び込んだんですよ!」
ハーマイオニーの指摘はまさに聞いて欲しかった事で、私はかすかに微笑んだ…つもりになる。
「その話もシリウスに確認している。彼はとあるものを探していた。それは私やリーマスにシリウスの無実を証明するものでもある」
マントに隠して腰に下げていた瓶を再び取り出し、彼らに見せた。
「スキャバーズ!!僕のペットだ!こんなところにいたのか!」
ロンが自分の鼠を見て驚く。私は頷き、リーマスとシリウスには黙っているようにと目を向けた。
「ウィーズリー家の皆が今年に新聞に載っただろう。それでシリウスは君たちを見たというわけだ。そしてこのネズミを見つけた」
「なんの話をしているんですか?それがいったいどうしたっていうんです!」
「『忍びの地図』で、ピーター・ペティグリューという名前を見ただろう?あの名前が表していたのはロン、君のペットだ。そして、ピーター・ペティグリューはシリウスから秘密の守人を頼まれた、私たちの旧友なのだ」
ハリーの質問に静かな声で答えた。私の話で真実を知ったリーマスは顔を強張らせ、ピーターを見るシリウスは拳を硬く握りしめている。彼らの怒りがピーターに向く中、私は元々決めていたようにその場に胡坐をかいて座った。その正面に、ネズミの入った瓶を置き、語りかける。
「ピーター、私は君に謝らないといけない。君だけではない。ここに集まった全員、私が巻き込んでしまったも同然だ」
そして、全員を見据えた。
「すまない。十数年前のことを、私は全て起こる前から知っていた。誰一人救えなかったのも、不幸な目に合わせてしまったのも私の責任だ」
これが、一世一代の私にとって最も重要な告白となるだろう。
「生まれた時から、私は自分が死ぬまでの人生で何が起きるのかを知っていた。ポッター夫妻が狙われる原因を作るのは、私になるはずだったのだ」
そう正直に白状した。
「バカなこと言うな、スネイプ。何を言っている?」
クじゃなくてプか。どれだけ動揺してるんだ、シリウス。
「お、落ち着くんだセブルス。そんなに殺伐とした状況じゃないからいつもみたいに空気をクラッシュすることは無いんだよ…」
お前が落ち着け、リーマス。
「リーマス、私は君に会って間もないころから君の病気を研究しはじめた。それにシリウス、君の件が冤罪だと信じていたのは知っていたからだ。だから私は君を探しに来たとき、全く君を疑っていなかった」
まったく、シリアスな空気はどこに行ったんだ。
「ええと…スネイプ先生?」
「ハリー、ロン、ハーマイオニー。君たちは去年、フレッドとジョージの欲しい魔法薬の材料リストにポリジュース薬の材料を混ぜて渡してきただろう。双子に『欲しいものがあればリストを渡せ』と伝言を君たちに頼んで誘導したのは私だ。忍び込まれることが分かっていて、それが嫌だからそうしていた」
思い出したのか三人は顔を見合わせている。まあいいだろう。このまま勝手に話を戻してしまえ。
「予言の類のようなものだと思うといい。とにかく、私は生まれた時に自分がどんな人生を送り、身の回りでどのような事件が起き、どのように死ぬかを大まかに知っていた。本来なら、私は若いうちに純血主義の考えに染まって死喰い人になる予定だった。そしてポッター夫妻の狙われる原因となる情報を闇の帝王に渡すはずだったのだ。だが、私はその人生を拒み、その代わりになるかのように、気付けば妻がその役割をたどっていた」
目の前の瓶に手をのばして蓋を開けた。
「シリウスが冤罪で監獄に入れられたことも、ピーターが友を裏切らされて十数年ネズミとなって暮らすことを強いられたのも、私が防げたはずの事だったのだ」
完全に開いた蓋を握ったまま外さずに止まった。
「私たちの友人は学生時代にアニメーガスの習得に凝っていてな。教師にも秘密で私たちしか知らない事だが…ピーターはネズミのアニメーガスだった。事件のあと、彼はウィーズリー家に逃げ込んでいたというわけだな」
「え」と誰かの声が聞こえた気がしたが、私は瓶から鼠を引っ張り出すとそのままアニメーガスの呪文を解除した。みるみる間に鼠が大きくなり、重くなってきたので手を離すとピーターがその場に落ちる。
「ピーター!!」
怒気を含んだシリウスの言葉にヒッとピーターが叫んで後退る。子供たちが驚いて身を引く中、リーマスがため息をついた。私に対して呆れの表情を浮かべたと思うと、穏やかな物腰で、だが明らかに冷たさが隠しきれない声でピーターに話しかける。
「久しぶりだな、ピーター」
「や、やぁ、リーマス。し、シリウスも…」
声が弱弱しく消えるように言うと、ピーターは助けを求めるように私を見た。もともとそのつもりであったし、そういう約束で彼を連れてきている。
「シリウス、ピーターをどうするつもりなんだ」
「わかっているだろう、スネイク。こいつが…友だと信じていたこいつが私たちを裏切って、ジェームズたちを殺した事を私は許さない」
またスネイクに戻っている。シリウスの中でふつふつと怒りが沸き上がっているのが分かる。リーマスも静かに頷いている。
「シリウス、リーマス。言ったとおりだ。私はすべて知っていた。彼を止めなかったのは私でもある」
「予言を変えることは難しいと言われている。それに、予言の当事者こそ予言に縛られやすい。そのぐらいなら配慮する良識を持っているつもりだ。それに、君の話では君は自身を変えることで回避しようとしていた。──ピーターがやったことは、ピーター自身の責任だ。君が何を見たって関係ない」
「セブルス。お前は私の二人への裏切りについて『そうあってはならない』と言った。奇妙な言い方だ。お前自身がお前の知っている未来の通りになっている確信がなかったと思えば納得がいく──」
あの時、シリウスはまともに話を聞いていなかったのではないかと思っていたのだが。これだから察しのいい奴はやりにくい。「それに」とシリウスは苦痛に耐えるかのように顔を顰めた。
「リリーはお前に子どもができた時の名前の候補を任されていると言っていたことがある。彼女はお前の幼馴染だった。これはお前の妻が死ぬ少し前の話だ。お前の言う、そのお前の人生の予知が──手におえなかったことが分からないとでも?」
「……………」
喉の奥がつまり、無意識に唇を噛む。リーマスが眉を吊り上げ、大きく目を開いていた。ハーマイオニーは口元を手でふさぎ、ロンはきょろきょろと周囲の床ばかりを見ている。ハリーは表情をこわばらせたままピーターを見ていた。杖を抜いているな。
強張った喉をさする。手で触れても分からないものだな。個人的なことはもういい。ピーターに殺意が向きすぎていなければ私はそれでよかった。
「シリウス。私は、君がピーターを殺したいほど憎んでいることを知っている。だがそれだけはやめてくれ。友人同士で殺し合いを二度もしてくれるな」
「私は殺せなかった!!」
「ピーターもだ!」
吠えるように言ったシリウスに私も言い返していた。
「ピーターの計画は君を自爆に見せかけて殺した方が確実だった。これまで誰にもバレなかったのは運がよかった。君は騎士団の一員だったのだ。ダンブルドアと話す機会が得られたかもしれない。少なくとも彼には──君を真っ向から殺そうとする度胸はない」
「それはそいつが卑怯な臆病者だからに過ぎない!」
「シリウス」
興奮するシリウスを落ち着かせるようにリーマスが名前を呼ぶ。リーマスは険しい表情を私に向けてきた。
「セブルス。君は何がしたくて私たちをここに連れてきた。シリウスの冤罪を晴らしたかったのは分かった。私はそれを信じる。だが、君はピーターをどうしたいんだ?なぜそうやって庇う?」
問われ、私はピーターの方を見る。彼は私とシリウスの言い合いの中、縮こまって震え、その経過を見ていた。興奮がやみ、彼はおどおどと私を見上げて来る。
学生時代、私はやたらジェームズと息が合った。だからこそジェームズに悪戯を仕掛けたいこともあったのだが、そういったときに頼りになるのがピーターだった。シリウスはジェームズの味方になるし、リーマスはノリが悪い。寮の中でジェームズがどんな風に過ごしているか教えてもらって二人でよく計画していた。罰則中のジェームズにからかいの手紙をプレゼントしたい時にはネズミに変身して持って行ってくれたし、私が医務室に入院中の時はみんなの手紙とお菓子をこっそり差し入れてくれた。
私でさえそれを忘れられないのだ。もっと同じ時間を過ごしたシリウスとリーマスが本当に心の底から憎むことが出来るだろうか。
「まだ闇の時代は完全に終わっていない。私は二年前、ヴォルデモートの成れの果てを見た。去年は奴の魂のかけらがホグワーツをめちゃくちゃにした。私の知る未来では闇の帝王は戻ってくる。そしてここにいる、大人は全員──私を含め、五年以内に死ぬ。全員、死喰い人と闇の帝王に殺される」
ヒィッとピーターは甲高い声で短い悲鳴を上げた。驚きと恐怖で目を見開き、私を見る。他のものは無視し、ピーターに対して私は頷いた。
「我々に追い詰められたピーターは死喰い人に逃げ戻るが役立たずとみなされて殺される。シリウスとリーマスはそれぞれ異なる戦いの中で。私は生贄替わりとでも言っておこう。その未来を私は変えたい。それを手伝うことでピーターには罪を償ってもらいたいのだ」
「先生たちも、この人たちも──全員死ぬんですか?」
ハリーに聞かれて頷く。「ああ。死ぬ」と振り返らずに言った。ハリーたちが顔を見合わせているのを視界の端で見た。
「セブルス。お前の話はあとで詳しく聞く。だがそいつを仲間に入れる必要はない。すり寄った死喰い人に殺されても身から出た錆だ。温情を与えても…アズカバンに送ってやるのが丁度いい」
「やはり、チャンスを与えようと考えられないか、シリウス?」
「許せるはずがない!!」
シリウスは再び叫び、泣くように笑いだした。
「私はジェームズとリリーを、こいつなら守ってくれると信じた!ピーターの隠れ家がもぬけの殻になっていた、二人の家に行った、そこで死体を見た!その時の私の絶望が分かるか!?親友殺しと大量殺戮の汚名を着せられて逃げられ、12年もアズカバンで恨み続けた…」
「そして私はそれを止め損ねた」
無表情と淡々とした声で私が言う。その卑怯で小賢しい、他人の良心に付け込む私の発言を前に、シリウスは怒りを無理やり飲み込むような顔をする。次に私が視線を向けたのはハリーだ。
「ハリー。ピーターのことを決めるのに、私は君の意見を聞きたかった。それで君をここに連れてきたのだ。ピーターの裏切りのせいで君は家族を失った。彼をどうすべきだろうか?」
「………」
ハリーは顔を顰めて黙り込む。突然呼び出されて、こんな展開になってしまったのだ。原作よりはましな流れをとは心配ったが、むごいことには変わりないか。ふぅ、と大きくため息をつく。聞いておきながらもハリーが何かしらの言葉を言う前に自分の意見を発する。
「私以外、ここにいるのは全員グリフィンドールか…。誰もが正しいと思うことのために勇敢さをもち立ち向かう強さがあるわけではない。神は、平等に人を強くなんて作らない」
「セブルス、ハリーとシリウスを前にそれは…」
「リーマス、二周人生を生きているものとして言わせてほしい。ユダは金でイエスを売った。それが人間の一面だ。ピーターは皆を欺いて、ジェームズとリリーが死んでも心が痛まなかったのか?私は友人だった彼がそこまでクズだとは思わない。正直、私だったらどんな選択をしたのか分からない。拷問、殺人、人質なんでもありの死喰い人だ。その苦痛と恐怖を目の前にして…友が死ぬ“かもしれない”という後の痛み、目の前の痛み。危険が家族に及ぶかもしれないという恐怖…。どちらを選んでしまうのか…答えは分かっている」
そこまで言ってから、言葉を止め、吐き捨てるように言った。
「私は昔からリスクを嫌った。正解に心が追い付かないことがある。それが私だ。未来を知っていても、それの回避に全力を注げなかった私だ。その報いとして最も大切なものを失っておきながら、この二年、ホグワーツに迫る危険をあれこれ理由をつけては未然に防ごうともしなかった。考える必要も時間もないころになってようやく動ける。そんな人間だ」
シリウスは険しい顔をして黙っている。リーマスは顔を顰め、小さく首を横に振っていた。それを見ないふりをし、ピーターをその場に残して数歩進む。シリウスが床に突き刺していたナイフを引き抜いた。
「知っているだろう。私は皆が騎士団の一員になり、妻が死喰い人になってもただ一人安全な立場にいた。自分さえ事を起こさなければ悲劇は起きないと都合のいい事を信じてだ。褒められもせず、責められもしない立場を選ぶ卑怯者だ。妻を失い、ジェームズとリリーの危険を知ってやっと私は動き始めた…ピーターよりもずっと罪深いのは私の方だ」
ナイフを力強く握り、その刃先を目でなぞる。一瞬、板の打ち付けられた窓に目を向けた。
「だが、皆が納得できないというのなら、そんな私が手を下すべきなのだろう──」
振り返り、ピーターの下へ大股で近づく。彼の襟首を掴んでナイフを振り上げた。「ひっ」と引きつった声がする。
突如、ナイフを握っていた右手に強い衝撃を受けて手を離す。さっきまで殺されかけたと思っていたピーターは顔に恐怖を張りつかせ、私を見て、そして、弾き飛んで床に落ちたナイフを見た。
「ピーターには事前に伝えておいたが…誰かがピーターに危害を加えようとすれば、また、ピーターが逃げようとすれば外の者が阻止する。万が一のための準備をしていると言っただろう」
ふぅーと長いため息をついた。本当に手を出さなくて済んでほっとした。窓の隙間に向かってハンドサインを出す
「だ、だれか先生の仲間がいるんですか?」
板間の隙間から覗く割れた窓に向かってグッジョブをする私にハリーが聞き、私は頷いた。
「そういうことだ」
仲間と言うにはなんだか語弊があるが、ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせ、それで納得したようだ。
それにしてもロン、さっきからもう何も言えなくなってしまって可哀そうに。自分のペットが人間と言われ、その人間についてとんでもない秘密を語られ、しかも目の前で殺されかけるとはひどい話だ。何か次のペットを用意してあげないとな。
「一度話を戻そうか。一般的にはな、シリウス・ブラックはピーター・ペティグリューに追い詰められ、その場にいたマグルともどもペティグリューを殺したと言われているのだ。実際にはピーターの自演で、大量殺戮の騒ぎに紛れて逃げていたらしいが」
ロンへのフォローは後にして、現状の進行をすすめることにした。
「先ほど、ピーターを攻撃しようとした私に武装解除呪文を当てたのはその時に殺された被害者の遺族だ」
ギクリ、とピーターの肩が震え、だんだんと顔が蒼くなる。シリウスとリーマスもハッとしたように顔色が変わった。
「事情を説明しやすい魔法使いの血縁持ちの被害者を探してみたら、運よく見つかった。マグルと結婚してマグル社会で暮らすことを選んだ人の奥さんだった。その息子が、犯人が魔法使いと知って事件を調べていてな。彼の先祖は魔法界で犯罪に加担していたためにほとんどマグルに隠れるようにして住んでいて大っぴらには動けないが…あちらも、シリウスやピーターとも知り合いだった私に会おうとしていたらしい。魔法薬学も教えたことがある。リーマスには紹介したかな」
リーマスがふと何かを思い当たった表情をした。おそらく、夏に会った青年のことを思い出してくれたのだろう。
「その兄弟たちが大変優秀でな。いまこちらを監視しているのは彼らだ。今日、手を貸してもらうために先に真実を伝えたところ、直接ピーターに母を殺された彼らは、仇が生きて誠意を見せてくれることを望んだ。そしてこの役目を引き受けてくれたんだ」
リーマスが親友のシリウスを見た。シリウスの視線には、青ざめたままのピーターが座り込んでいる。強い憎しみが薄れたわけではないだろうが、シリウスはずっと冷静になっているようだ。
「シリウス、君はジェームズが決めたハリーの正式な後見人だ。復讐心に身を任せてまた人生を失うのと、人生をやり直しながら親友の息子を守る、どっちがいい」
「………」
「それと、ハリー。シリウスと君のお父さんとの仲はまるで双子のウィーズリーのようだった。彼は単にピーターを憎んで追ったわけではない。親友の息子の、君を守りたいから危険を冒してまでここまで来た」
ハリーがシリウスを見つめる。これまで会ったことのない、ただの殺人鬼だと思っていた人間が自分の家族のようなものだと言われたのだ。間に入ったのが私でも上手く行くのだろうか。
シリウスはシリウスでハリーの視線を感じながらも振り向くことを我慢しているようだ。ハリーが私に目を向ける。よし、やれ、君から話しかけるんだ。
「ブラックさん…スネイプ先生は、よく僕の母の話をしてくれるんです。母さんと仲が良かったからって──だから、その…父の話を、これから、貴方から聞いてもいいですか?」
シリウスはハリーを振り返る。その表情はあまりにも緊張していて、彼のいつもの猛々しさが嘘のようだ。まったく、私はそんな顔を一度も見たことが無かったぞ。
僅かな間の硬い沈黙。そして、シリウスはゆっくりと頷いていた。
「セブルスー、ルーピンさん、こんばんは~」
ガーンと、背後から音がしたような気がした。目の前には超イケメンの癒し系好青年が素敵な声と笑顔で出迎えてくれている。
一通り話がついた私たちは、私が呼んだ助っ人に合流するためにシリウスの案内で叫びの屋敷からホグズミードへと出てきた。建物の裏の森に入ると、ギルとそのお兄さんのゲイル兄弟が待っていたのだ。
「みなさん、大変でしたね~。僕はギル。こっちは僕の兄ですー」
「レン。先ほどは私達兄弟が驚かせてしまってすみません」
丁寧に、かつ穏やかに言ったのはギルのお兄さんで彼の色違いのレンくん…ということなのだろう。黒髪のレンは髪色の明るいギルとはその色彩と性格以外よく似ていた。前にもギルの本名を知らんと言ったが、彼らは魔法界から身を隠しているせいだ。
「君たちがさっきセブルスを攻撃したのか」
「はい。さっきのはギルです」
わずかにシリウスの顔が引き攣った。あのホンワカした青年が窓の隙間から狙撃してきたのである。ギャップで怖いよな。私もだ。それに気づかれないように慌てて二人の間に入った。
「ギル、レン。ディメンターたちは大丈夫か?」
「ばっちりですよ~。他の兄弟もレンも守りをしてくれていますし、近づいてきたら知らせてくれます~。出そうになったら犬になるように伝えますね~。もし出てきたら僕がばーんしますよ」
ばーん…。ばーんか…。
魔法でいいのだろうか。私を含め、全員がなんとなく気が抜けてしまったに違いない。うん。しかし、まあ、彼はこんな子だ。それに今回のことはとても頼りになった。
「それでは、ギル、レン。君たちにシリウスとピーターを頼んでもいいな?」
「まかせてください~」
穏やかな意味で、ローテンション…。頼りに、なるんだがな…ギルが言葉を発するたびに、妙な脱力感となんとなく和む空気が辺りを包んでいた。そして、子どもたちに浮かぶ不安げな表情。
「心配しないでほしい。弟はこれでもとても優秀なんだ。どんな魔法でもすぐに使いこなすし、身を守る力も強いから、普通の魔法はまず届かない」
「はーい。それに、レンは幻覚見せたり騙したり罠に仕掛けたりするのが得意ですよ~。よく、知らない人が家の近くをず~とぐるぐるしてますー。お二人のこともちゃんと隠せますよー」
「こらこら、ギル」
穏やかなイケメン兄弟のほのぼの会話は癒されるなー。ほんのり現実逃避をしていると、ギルがピーターの手を取っていた。
「おかーさまが死んでしまったのは、僕達はとても悲しかったです~。でも…」
続きを言いながらギルはにっこりと笑った。
「あのセブルスが『たとえピーターが道を間違ったとしても、もう誰もヴォルデモートに奪われたくない』って一生懸命に言ってたんですよー。それに、ペティグリューさんにはペティグリューさんにしかできないことがあるんだと~。あなたも、きっとやり直すことができますよー」
「ミスター・ギル・ゲイル!!」
ギルよ、世の中には言っていいことと悪いことがあるんだ。私が言葉を失っていると、背後からぽんぽんっと肩が叩かれた。
「いいこと言うじゃないか、スネイク」
リーマスがからかっているのかそうじゃないのか良く分からない穏やかな笑みを浮かべて言ってきやがった。
「スネイク。確かにお前はときどきとてもいいことを言う。ふむ、『神は平等に人を作らない』か。勉強になった」
もっともこっぱずかしいギルが言った直接話法の部分について触れてくれないのは優しさでいいのだろうか。
「…そうか、シリウス、それは良かった。ところでギル、このダンディーでパンクなお兄さんの服を見てどう思う?」
「羊さんは雨で縮まないですけれど、そのセーターさんは洗うと縮んじゃいますよ~」
どっと周囲から笑い声が上がった。特に、年頃のロンとハリーのツボをついてしまったらしい。ハーマイオニーもくすくすと笑っている。シリウスはコホンと咳払いをすると、ハリーに向き直る。
「それでは、ハリー。また会おう」
「はい、シリウスさん。あの、その…どうか、お気を付けて」
「ありがとう。それと、あー、ハリー。君に聞いておきたいんだが…」
シリウスは言いにくそうに、言葉を続けた。
「その、ジェームズは、私を君の名付け親にした。もし彼に何かあったとき、私が君を守ると相談していたんだ。その、君がこのままがいいというのなら、私はそれを尊重するつもりだ。だが、私の汚名がこの先晴れて、君が魔法使いの家族をほしいと思うなら…」
「え!?あなたと暮らすってことですか?」
「もちろん、君はそんなこと望まないとは思うが…」
「とんでもない!ダーズリーの所なんて出たいです!住む場所はありますか?」
興奮してハリーがシリウスに詰め寄る。シリウスはあっけにとられて驚いていたが、何とか続きを言った。
「君はそうしたいのかい?本気で?」
「ええ!もちろん本気です!!」
ハリーが力を込めて返し、シリウスの顔に笑顔が浮かんだ。
ロンとハーマオイニーが笑みを浮かべて顔を見合わせ、二人とも笑顔で振りかえったハリーに笑い返していた。リーマスも呆れと笑いの籠ったような表情でシリウスを見て、私に一瞥を投げかける。和やかだなぁ。
「そうですねー、では、ペティグリューさんはうちに来ませんかー?」
「え?ええ!?」
流れに便乗して、ギルがそんなことを言っていた。それに一番驚いていたのはピーターだ。
「ど、どうして…いや、だって、君たちにとって私は…」
「僕は正直許していない」
レン君が厳しく言い、ピーターに冷たい視線を向けた。
「けれどギルがいいというのなら構わない」
レンは弟を見、ギルはそれに穏やかに微笑んだ。
レン君はあのように言っているが、実は親を殺された怒りが強かったのはギルの方だ。彼は自分の親の仇が他人に罪を擦り付けて逃亡していることを知ると、ピーターを殺してやるとずっと繰り返していた。それを宥め賺し、諭し、それでもどうにもならなかった。最終的に私が必ず口を閉ざす例の過去を詳細まで打ち明けたところようやく落ち着いた。そのせいで彼の人格が大きく変わってしまう原因を作ってしまったような気もするが。うん。
ギルはちらりと私を見て微笑む。不幸は比べるものではないが彼は自分のそれをぐっと飲みこんでくれた。それに、かつては親を殺されたギルは微笑みの下でまだ怒りを殺している。ピーターの改心を望むと同時に、再び間違いを犯し、罰の口実を与えるのを心の奥底で待っている。ギルはピーターに向かい、優しく目を細めた。
「帰るところが無いのは寂しいですよー。だから、ピーターさんはうちに来たらいいんですよー。大丈夫です。うちは魔法界ではちょっと生き難い人がたくさんいるんです。小さな子たちもいるので、人手は大歓迎ですよー」
「特に、学校教育を終了している魔法使いは大歓迎だ。僕たちみたいに家庭の事情でちゃんと学べない子たちもいるからな」
「そうなんですよ~」
兄弟に言われてピーターは戸惑っている。まあ、疑いようも信じようもない相手だから仕方ない。
「いいのではないか、ピーター」
代りに、助け船を出した私を彼は見上げた。
「ギルの人柄は私も認めているし、彼らの所なら君を責めようと思う人たちからも守ってもらえる。君にやり直す気があるのなら、いい場所だとおもうが」
秘密の多い彼らだが、だからこそピーターのことも受け入れられる。最も、私としてはピーターを良心と懐柔で縛り付けることが出来るのだから非常に好都合でもあった。だから先に死喰い人に戻ったら殺されると言っている。彼を庇い、これからに期待しているという立場を取り続けた。
十年以上も人と自由に話せず、頼れる友もおらず、自由に好きなものも食べられなかった彼の前に、冷たい兄からも庇った弟の温かな手が差し伸べられているのだ。さて、シリウスの脱獄を知って恐怖のどん底にいた君が、安全の保障された居心地の良い檻から危険を犯してまで逃げられるかな。
これでも自分の腹の黒さは自覚している。私が実父に毒を喰わせたのは10歳未満、なぜなら10歳がイギリス少年法刑事責任下限年齢だからだ。それを4歳から狙っていたのだぞ。真っ白なわけがあるか。
ピーターは私の言葉を聞いて、ずーっとギルに握られっぱなしの自分の手を見下ろした。その手に、ぽつりと水滴が落ちる。仕掛けられた優しい罠に彼が堕ちた証だった。
「よろしく、お願いします」
「はい、こちらこそー」
ギルの穏やかな声が、森の中へと溶けて行った。
ギル・ゲイルは猫好き。