先日何とかシリウスやピーターのことが一旦上手いこと片付いたのだが、ここのところ私はイマイチ気分というか機嫌がすぐれなかった。
おそらく、自分に似合わず真面目な話ばかり続いたせいだろう。さすがに理由がくだらないにも程があるために誰にも言いはせずに自分の胸の内に納めてはいたがな。しかし、そのせいで一層ストレスになっている自覚もあった。
カッカッカッカ…
黒板にチョークで書く音ばかりが部屋で響き、生徒たちは静かに教科書を読んだり、宿題の確認をしたりしながら待ってくれている。
「遅れてすみません。ルーピン先生、僕…」
バンッと扉が開いて部屋に飛び込みざまに謝ってきたのはハリーで、振り向いた私と目が合って固まった。
「10分の遅刻だ、ミスター・ポッター。グリフィンドールから5点減点」
なお、これは不機嫌なせいではないぞ。私だってちゃんと減点はする。特に、時間に関してはかなり厳しい教師の一人だ。そういうわけで、いまだに一昨年の魔法薬学の一年生の授業に遅れたことは気にかかってはいるのだがな。
「ルーピン先生は?」
「今日は気分が悪くて教えられないとのことだ」
「スネイプ先生は、何をされているんですか?」
「見ての通り、授業の代理を引き受けている」
「どう見てもクオリティの高い悪戯描きをルーピン先生がいないうちに拵えているように見えるのですが」
なんということだ。私は思った通りにつぶやいていた。黒板には私、セブルス・スネイプの力作、西洋版百鬼夜行・魔法動物画集が進んでいる途中である。リーマスの代理で闇の魔術に対する防衛術の授業を引き受けている間に、少しずつ進めていった自信作だ。
「まあ、いい。ミスター・ポッター、座りなさい。全員揃ったようなので授業に戻ろう。
──彼が来る前にも話していたが、この学年はルーピン先生の指導で着々と魔法生物への対処法を学んでいるようだ」
ハリーは言われて席に座る。ところで彼、本当に授業に遅れたことへの反省があるのか?ロンにこそこそとルーピン先生の病気について聞いたりしているのだが。
「三年生がこれまでやったのは、ボガート、レッドキャップ、河童、グリンデローか」
黒板に書いた絵の中からそれらの生物を見つけ出し、頭の上に名前を書く。こうやってちゃんと使ってやれば後々言い訳が立つというわけだ。
「ふむ。授業には全く関係ないが、ルーピン先生のご両親のなれそめは、ボガートに襲われていた女性をお父上が救ったことらしいぞ」
ネタの提供に生徒たちがザワついた。授業に戻ったリーマスはこれで質問攻め待ったなしだな。ボガートで受けた辱めはボガートで返す。私はボガートの初授業のことを忘れてはいないぞ。
復讐者らしいことを考えながら、表情はいつものように平静のままで授業を続ける。これがセブルス・スネイククオリティ。原作に敬意を払い、プははずしておいた。
「この分野はルーピン先生の適任であるからにして、私が中途半端なままで続きをやってしまってはあまり実用的ではないだろう。私がルーピン先生以上に教えられるのは河童と人狼だが、どうする?」
なんだその組み合わせ!?そんな声がコソっと聞こえた。興味の範囲だ。
「先生、先生がおっしゃったように私たち、河童はもう終わって…」
「そうだったな、ミス・グレンジャー。河童は一般的に人を襲う水辺の魔法生物、生息する日本では妖怪と言われているが、現地では生息する沼、川を守る水神が落ちぶれたものとされている。河童の好物はキュウリといわれ、これは日本において初夏に水神を祭るための供物だ。また、日本古来より神事の儀式として行われる力比べの相撲を好み、よく勝負をしかけてくる」
「どれだけ河童好きなんですか、先生!!」
ズラーと河童について話し出したところ、ディーン・トーマスから突っ込みを食らった。
「言っただろう、河童ならばルーピン先生の知識に負けない」
「なんでそんなに河童が好きなんですか!?」
日本原産なのになぜかしっかりイギリスの魔法生物の教科書に載っているからだ。口が裂けてもそんな返事はできない。
「日本の神よろしく、河童は人に危害を加えると同時に義理堅いという性質がある。河童が人に礼として渡すものが河童の妙薬と言われる、非常に効果の高い魔法薬、または魔法薬の作り方だ。だれか河童にあったらぜひ分けてくれ。毎年夏に探しに行くがまだあったことがないのでな」
「先生、毎年そんなことしてるんですか?」
各自ツッコミ連携ご苦労。だが、そんなこととは何だ、そんなこととは。河童の妙薬なめんな。
「ふむ。しかし、河童でついでに知っておいた方がいいことは、八月半ばで水に入ると河童に襲われやすいということと、河童は非常に力が強いということだろう。教科書などでは血を吸うということになっているが、内臓を抜かれる覚悟はした方がいいぞ。くれぐれも気を付けるように」
簡単にこれで締めくくる。魔法生物はなめちゃあかん。
「では、河童についてはこれぐらいにしておいて、人狼について授業をする。教科書394ページを開きなさい」
あ、結局両方やるんだ。誰かがつぶやき、あちこちから「両方か…」という小声が口々に聞こえた。全部届いているぞ。
“清らかな心を持ち、夜ごと祈りを捧げる者、狼に変わる”
これは超有名映画、『ウルフマン』のどれかの冒頭のセリフであるのだが、悲しくなるほどリーマスにピッタリだろう。この言葉の通り、主人公のローレンスはとてもいい奴で、狼に変身する苦悩に苛まれるという切ない話だ。私は狼男系の映画を見かけるたびにリーマスを思い出してついチョコレートを買ってしまう。
さて、リーマスの代理で本当に授業をすることになったら人狼についてやらねばとは思っていた。本人はやりたくない上に、やりにくいだろうし、対処法もフォローもできる立場なのが自分だとは分かっているからな。
ただ問題は、人狼について考えるたびに私の脳内でピンクレディーの「S.O.S」がフルで流れるのだが。──思い出したのでスタートしてしまった。うおおぉ…これで授業をしろというのか。誰か止めてくれ。
内心では呻きながらも百鬼夜行の隣の空きスペースに描いた、通常の狼、変身した人狼、…人間はもう面倒になってニコちゃんマークの棒人間で済ませた。一つだけ混ざるシンプルな絵を見た瞬間に噴き出した生徒もいたが、箸が転げても笑える年頃なので仕方がないな──とにかくその三つの顔をチョークで示す。
「このように、人狼は通常の狼と比べてやや鼻づらが短く、人間寄りだ。教科書の通り目と尻尾の違いもある。また、狼は人間を恐れ警戒するが、人狼は人間を獲物として積極的に襲ってくるという性質がある。単独の人狼も十分危険だが、群れを成すこともある。勝てる気がしない。他の魔法生物にも共通するが、見知らぬ人里離れた場所で夜にうろつくな。昔の人が言う…いや、今どきと思うかもしれないが気をつけるように」
ついに脳内BGMに発言内容がつられてしまった。何かに負けた気分になったぞ。
「先生、人狼と普通の人間の見分け方はないんですか?」
「人狼は通常の魔法使いの人狼疾患による症状だ。そのため、満月時外の区別には困難を有する。よって、魔法省は人狼疾患になった者に登録を義務付けようと動いている。どうせなら難病認定にすればいいものを…」
「じゃあ、知らない土地で優しそうな人が一晩泊めてくれるってついって行って、人狼に襲われる兆候とかわからないんですね」
「……襲う目的で誘ってくる相手は、人狼疾患があろうがなかろうが危険に変わりあるまい。むしろ、その場合だと満月の日だけ注意すればよく、人狼の方が防ぎやすいのではないか?」
「なるほど」
昔話などでよくありそうなシチュエーションなのだが、これは私がさっき口走った内容のせいなのだろうか。指摘すると、数人の生徒たちが目から鱗というように神妙に頷いた。まあ、いいだろう。
「ただ、自分や身近な人間が満月の夜に狼や野犬のような影に襲われたとき、人狼疾患の危険性があるか確かめる目安はある。まず、人狼による傷は魔法的外傷と同じく完治せず傷が残る」
どうせ闇の印は薄くて見えないからな。袖をまくり上げて傷を見せてやる。
「こちらはケルベロスで、こちらが人狼によるひっかき傷。人狼の傷は治らないといわれている。これでもハナハッカのエキスでふさいだのだがしっかり傷が残ってしまった。普通の傷と比べて治らないなら疑ったほうがいい。ただし、いろいろと薬を作って試していたところ、徐々に回復をするようになった。いずれ、人狼疾患の難病度が下げられるのも時間の問題であろう」
そう、人狼病に詳しい魔法薬学の専門家からそのまま言わせてもらった。
「スネイプ先生はどうしてそんなに人狼病に詳しいんですか?」
「これを研究対象にしていれば堂々とトリカブトの全草を所持していても問題視されないからだ」
表向きの理由であるのだがあながち間違っていない。
「トリカブトはいいぞ、トリカブトは。青い花は美しく、根茎葉だけでなく花弁や花粉、蜜にさえ毒を含み蜂蜜に混ざるだけでも危険だ…養蜂家は採蜜を開花時期とずらしたりするほどだ」
まあ、西洋ミツバチは同じ種類の植物の蜜を集める性質があるのであまり心配はないのだがな。毒の話になったせいで生徒たちの顔にしまったという色が見えたぞ、おい。好きなものの話に饒舌になって何が悪い。──悪いのだろうな、一気に何人もの質問の手が上がった。
魔法薬学の授業中によくやられる、特別毒講座の中断方法である。毎年上の学年から下級生に伝授される必殺技だ。仕方がないので一番手前の生徒を当てた。
「先生は、人狼に襲われたときにどうしたんですか?」
「逃げた」
女性を庇って蹴り飛ばしたという、格好はいいが真似されてはかなわないものは黙っておいた。「周りの者が狼人間を止めた」ぐらいで代わりに濁しておいた。
「さて、次は狼人間の変身周期についてだが……」
なんだかんだで私は一時間真面目に授業をし、黒板では、最終的に狼や人狼の好みが絵でつけ足された状態で鐘が鳴る。ちなみに、普通の狼は羊、人狼はゴリゴリマッチョの人間、棒人間には骨付き肉にしておいた。ふむ、終わってから見ると異様な状態だな、これは。
「代理授業のために宿題はなし。河童の妙薬についてはもし機会があればよろしく頼む」
生徒たちは喜びの声を上げて教室から出て行った。この瞬間が毎度至福だった。
さて、リーマスが復帰するまでの百鬼夜行は、授業外の時間も描き進めていたかいがあり、教室内の黒板すべてを使いフクロウ試験範囲の魔法生物全種を描き上げた。
復帰後のリーマスに怒られて、私はお手製パネルに「反省中」(裏には「だが後悔はしていない」)を首から下げて一日自分の授業をこなすこととなったのは生徒にとって愉快な思い出だろう。
地獄の耐久クラスとか言われていたらしいが、私は顔色一つ変えずに普通に授業をしていただけだからな。授業内容についてはいつだって真面目だ。さすがにあまりにも危険な材料を扱う調合だけは避け、座学と実演を主とさせてもらった。いつもより生徒からの注目度の高い授業は良く質問が飛んできて悪くはなかったぞ。その日は私語も落書きも見かけなかったほどである。
なお、数日かけた力作の黒板アートはコリン・クリービーが撮影をして残してくれ、私の部屋の写真立てに一枚、学校掲示板に拡大されたものが一枚飾られることになったのだった。