「それから?いったいどうなった?」
エールを口にして唇を湿らせる私に、シリウスが促した。リーマスやクィリナスも興味深そうに私を見ていて、ギルデロイは何時間も変わらずに会話の内容をメモしている。黙ってはいるが、その手元は全く止まらずにイキイキとしている。
「皆も知っている通りだ。私はヴォルデモートがハリーの血の守りを取り入れようと準備していたレシピをギルとピーターに盗んでもらっていた。それから何とか、ダンブルドアとスラグホーンの協力も得て生身の人間に血の守りを移すための薬を作ることが出来ていた。それとハリーの血を取り入れていたため、ハリーの体は私の呪文を受けても無事だった。私はハリーを連れて部屋から出て、そのままピーターとギルにすべての分霊箱の破壊が終わったことを知らせたのだ」
報告した私たちに続いて、ギルがにこにこして続きを話す。
「ピーター、凄いんですよ~。セブルスがピーターに頼んだのがすっごくわかりました~。一言間違えたら殺されそうな雰囲気でしたのに、とっても上手くこなしていましたし、いざという時の魔法だって的確なんですよ~」
ギルが楽しそうに言う。ヴォルデモート卿の魂の最後の始末を請け負っていたピーターは、なぜか少し疲れたようにため息をついた。
「私はむしろ、君の演技力が怖かった…」
ピーターはいったい、何を見たのだろうか。それから、次の語り手はピーターとギルに移った。
私は最初にそれぞれの役割分けをしていたのはもちろん、その順番にも注意を払っていた。
杞憂かもしれないが、まず、クィリナスのグリンゴッツ破りは目立ちやすいためヴォルデモートに知られやすいという懸念があった。だから初めにリーマスとシリウスにこっそりと隠されている方の分霊箱を回収して破壊してもらったのだ。
三つの分霊箱が終わると、私がすでに回収していたレイブンクローのティアラとハリーだ。
『必要の部屋』自体は学生時代にジェームズが見つけていたため、私は学生時代から念のためにとそのティアラを探していた。結局それは教員になって数年目でやっと見つけたのだから、原作でたまたま見つけたハリーの幸運には恐れ入る。
そして、私はハリーの血を取り入れる予定だったとしても、本来の役目を持つヴォルデモートの代わりを果たすためにしばらくティアラを身近においていた。
日常には影響を受けないようにいつもながら平常心で過ごしていたわけだが、じわじわとは浸透していたのだろう。まさか気を緩めた一瞬で意識を奪われるとは思わなかった。
とにかく、私に取り付いたヴォルデモートの魂がハリーを攻撃することでハリーから魂のかけらを引きはがし、狙った通りに同じ魂が破損したことで私に憑いていたそれも怯んだ。途端に私は意識を取り戻すことができたというわけだ。互いに同じものをくっつけていたせいで説明がややこしいが。
そのままティアラも破壊して、あらかじめ闇の帝王の近くに潜んでおく予定だったピーターとギルに連絡を入れた。方法は、原作でハーマイオニーがダンブルドア軍団の集まりに使っていたコインの方法と同じものを使った。私が皆の無事を祈って持たせた硬化折り鶴が熱くなるようにしていたのだ。
クリスマスが終わった後の話し合いの後、ピーターとギルは事前にヴォルデモートを探し出し、取り入っていた。ヴォルデモートはもろ手を広げてピーターを歓迎したというわけではないが、臆病な僕が最も安全な場所だと思われる自分の元に戻ってきたのだと考えた。
ギルはその横で無鉄砲で夢見がちな若者を演じて全体を攪乱していたらしい。ヴォルデモートは貴重な駒になりうる、血筋も良く扱いやすそうな愚かな若者にはろくに取り合わず、ピーターに必要なことを命令していた。その間、私たちはシリウスから借りていた両面鏡を使っての連絡を主とした。基本的にはお互いに顔と共に羊皮紙を映すようにして筆談を使った。この方法はピーターの提案で、ギルとピーターの間でも行われたらしい。
そうして、私が最後の分霊箱を壊した夜、二人は協力して闇の帝王の成れの果てとナギニを始末したということだ。
そこのところの詳細についてギルはあまり言いたくないようであった。おそらく外面のイメージに戦闘が似合わないからであろうな。しかし、そこはギルデロイが上手く嘘を使ってでも埋めることが出来るだろう。そう言った偽装の面についても彼には期待していた。
互いの体験を早朝から話し始め、気づけはもう昼間になっていた。
全員の無事を祝い、苦労をいたわりながらそれぞれ重い腰を上げる。レンはシリウスとピーターを隠れ家に連れて戻り、ギルはギルデロイと楽しそうに話しながらそばにいる。
ギルデロイに少々虚言癖があると言っていたせいだろうな。彼は意外と警戒心が強い。ただ、人もいいのでピーターが不利な扱いにならないようにも気を遣おうとしているのではないだろうか。
私はギルから受け取った袋を抱え、リーマスと共にホグワーツ城へと戻る。幼子ほどの大きさの袋を見て、リーマスは不思議そうに、感慨深そうに言った。
「なんだか、あっという間だったね」
「…ああ。シリウスと再会してからまだ一年もたっていないのだぞ。実感もわかん」
同意した私にリーマスも頷いた。
このまま城に戻った私たちは…何かよくわからないものになっていたヴォルデモート卿の何か、とにかく今のヴォルデモート卿の亡骸をダンブルドアに渡し、事情を説明してことの処理を任せた。
数日後にはダンブルドアを通して魔法省からヴォルデモート卿が完全に去ったことが魔法界に通達され、11年前のように大がかりではないがそれなりに喜びを分かち合うような時期が続いた。
それから私たちはいつもの日常に戻り、私は天職に毎日喜びに満ちながら、リーマスは初めての期末試験に頭を悩ませながら過ごしていた。
そうして数か月が経った頃、件のギルデロイの本がその分量にしては物凄い速さで出版され、超話題作となった。
有名な元実話冒険作家のギルデロイ・ロックハートの引退後の大作は、それまでの彼自身の体を張った冒険物語とはことなり、数年前より負傷している彼は参謀役となり、ハリー・ポッターをとりまく様々な人々…その中には現在絶賛指名手配中のシリウス・ブラック達の背景を精密に書き上げ、その勇気をたたえた。
私が望んだように、私の役割をギルデロイとして書いた本が世間から反響をうけて、彼らが日の元で堂々と歩けるような日が来るのは、それから遠くない未来の話である。
ギルデロイ・ロックハートの代表的な名作『いかにして闇の帝王は倒されたのか』が発売されて何十年が経っただろうか。それほど時が経った今もなお、私はホグワーツの教員として天職に勤め続けていた。
「スネイプ先生~!さようなら!」
夏休みの前、家路につくために駅へと向かう子供たちに手を振り返す。
「休み中も元気でな」
「はーい!先生は釣りですか~?」
「今日こそダイオウイカの足を手に入れて見せる」
それについては冗談なのだが子供たちはとても楽しそうに笑った。せっかくなので、湖に向かっていた足を止めて、子供たちが城から出ていくのを見送る。
最低限には厳しくもありながら親しみを持ちやすい教師となれたことは自分にとっても理想だ。そんな相手には子供たちはいつもいい子であるし、好意的に関わってきてくれるのでとても嬉しい。
学生時代の時のように手作りの釣り竿を肩に立てかけて城からの坂の近くに座っていると、通りかけた子供たちが結構声をかけて行ってくれた。何度か、どうして座っているか聞かれる問いには、正直に「みなを見送っている」と答えたり「腰が痛くて休んでいる」などと気分で冗談を返したりする。
しばらくそこにいたうちに、やがて子供たちがまばらになり、走って坂を下っていく者の背中に「急げー」「乗り遅れたら特別補習だぞー」と声をかける。やがて、笑い声も遠のき、誰も通らなくなって少し経った頃に、遠くから汽笛が聞こえた。
汽笛を合図に山から下町を見下ろす。列車から立ち上る煙が、徐々にスピードを増し、離れてゆく。列車が町から離れて遠くの田園に見えるようになると、私は再び山道を下り湖へと向かった。
ギルデロイの本が発表されたあと、シリウスはピーターと共に何度か裁判を受けた後に無罪が認められ、晴れて自由の身となった。同時に世間的な信用を取り戻したどころか、完全に巻き返すことができたので、ごたごたが片付くとすぐにハリーを引き取り、しばらくは家族から引き継いだ実家に住んでいた。
自分の家族を嫌っていたシリウスだからすぐに引っ越すものだと思っていたのだが、どうやらスリザリンのロケットのやり取りで屋敷しもべ妖精との確執やわだかまりがある程度緩和していたらしい。それで、シリウスも老いた屋敷しもべ妖精が最後の仕事を終えるまでその家で過ごし、彼が去った後に家族とのことを断ち切って別の家にと住まいを変えたのだ。
一緒に過ごして数年でハリーが卒業と就職をしてしまったのでしばらくは寂しそうであったが、今や英雄の一人でありあの顔である。当然かなりもてていたのだが……ご想像にお任せしよう。
リーマスはあの後、ホグワーツに残っていまだに私と一緒にホグワーツの教員をやっている。ヴォルデモートが倒れたからか、『闇の魔術に対する防衛術』の教員が一年しか持たないという呪いも消え去ったのだ。
なんと、あの後リーマスの父のつてで闇祓いとなったシリウスの紹介で、トンクスと原作通りくっついてしまったのは驚いたが。ルーピン一家はホグズミードに引っ越し、リーマスは毎日そこから通っている。実は、彼の息子のテディもとっくに入学して卒業してしまった。
ピーターは裁判の後に十数年間アズカバンに服役した。ギルはピーターにそのまま姿を消すことを勧めていたが、ピーターは何か思うこともあったのかそれを断ったのだ。
その姿勢が裁判でも見られたことと、直接闇の帝王を討った彼の活躍のこと、シリウスが彼を赦し証言したことでかなり減刑となっている。闇の帝王が敗れてお祭りモードでもあったから恩赦もあったということだ。ハリーがヴォルデモートを退けた時に、仲間を密告した死喰い人が減刑されていたのでそれに近いものも含まれているだろう。
しかし、やはり他の者たちと比べると世間に戻るには難しいため、あの日叫びの屋敷から出た時にギルが誘った通り、彼の紹介で魔法の学校教育が受けられない子どもたちの支援活動をしている。久しぶりに魔法を使うことになったわけだから私たちも多少はそれを手伝った。なんでも、小さな子供たちを相手にしていると余計なことを考えずに済み、とても楽ということで、彼はずっとそれを職としている。
彼の釈放後はシリウスやリーマスの態度も軟化し、私と一緒にピーターの仕事を手伝いに行くなどしている。
クィリナスはあれからもともと好奇心が強かったこともあり冒険家になり、時折珍しい材料や魔法生物を送ってくれるので私とリーマスの授業に大きく貢献してくれた。
彼の旅のことは相変わらず作家をやっているギルデロイがまとめて冒険物語を本にしている。かつてのロックハートシリーズのように一つ一つが華やかというわけではないが、リアリティーがあり、情景細やかな旅行記のような冒険記は、それはそれで大人気シリーズとなった。
主人公の名前はハッキリと仮名としているので、ギルデロイ本人とも、別の人間ともいわれているがそれが謎を醸し出して面白みの一つとなっているとか。意外とあの二人が仲良くなって驚いたのだがそういえば彼らはもともと同じ寮だった。時々ふたりで一緒に出掛けていて、旅人が二人になっている間はさらに謎を深めていた。
湖のそばの木にもたれかかって座り、水の中に釣り糸を垂らす。水面を伝ってきた風が涼しい。何か釣れれば今日は串焼きにして食べようか。もし、沢山釣れたらリーマスのところにおすそ分けに行ってもいいかもしれない。
年のせいか随分と性格がまるくなったな、などと自分で思いながら、私は穏やかにため息をつき、目を閉じたのだった。
大勢の人に囲まれたかのようにざわざわとした空気に包まれたのを感じて目を覚ます。目を開いた先にはなぜか無性に懐かしさを感じさせる顔立ちの人が目の前にいた。とても鬼気迫ったような調子で大丈夫かと聞かれ、こっちがびっくりする。
『大丈夫です』
言って、自分で違和感にまたびっくりする。相手も表情が凍った。それから、耳に入るいろんな情報がなぜか懐かしく思えるものばかりで戸惑う。
人の声、電子音の放送。一瞬聞き取れないと思って注意しなおすと、それらが日本語だということを思い出した。そして、目の前の人も日本人。
「あ、すみません。大丈夫です」
「ああ、そうですか。よかった。どこか痛いところはありませんか?」
これはあれか。いつの記憶かの救急講習の決まり文句だ。これまで三回は受けたな、とまで思って、また「大丈夫です」と応える。
周囲を見回すと、自分のすぐそばに線路があって、やけにメタリックな色の壁だと思っていたのは電車で、それを背景に目の前の駅員さんがいた。隣を、誰かが担架で運ばれている。身を乗り出すが、どうやら足を怪我しただけで意識ははっきりしているらしい。顔をしかめて手で足を抑えている。
私が立ち上がると、駅員さんは「どこかぶつけたりなどしていませんか」と聞いてくる。周りに敷き詰められている石で手に擦り傷があったみたいだけれど、特に痛い場所もないので大丈夫だと答えた。
そして、そのまま案内されて線路からプラットフォームに上る梯子を教えられ、それについて登って行った。
別室に案内されて事情聴取やら色々あったのだが、問題は日本語はそのまま理解できるのに口をついてくるのが英語ばかりだということだ。
たどたどしく返事をしているので、周りもまだ落ち着いていないのだろうということで何とか他の人が対応してくれた。
近くにいた人や反対側のプラットフォームにいたという人たちによると、私は線路に落ちた人を助けに飛び降り、相手を押しのけたところで迫ってくる電車を見て足がすくんでしまったらしい。その時、私が助けたはずの人が手を引っ張ってくれて、停車前だった電車もスピードが遅かったために何とか二人とも助かったのだという。
私はそのまま轢かれたのかと思ったけれど、どうやらショックを受けていただけで大した怪我もせずに座り込んでいただけだったというのだ。
ただ、相手は足を酷く怪我をしてしまっていたので病院に運ばれたらしい。
そのうちに家族が部屋にやってきて、それを目の当たりにした途端に何かが私の中ですとんと胸に落ちた思いがした。
いつか、あの生活が過ぎていくうちに忘れていた、昔の望みがよみがえる。
あの日、”みぞのかがみ”に映っていた”私”に…私は本当に帰ってきたのだ。
それから、何でもない以前の毎日に戻った。
授業のある時間に合わせて電車に乗って大学へと通う。あの日の事故があった駅から乗り換えてしばらく行った先にキャンパスはある。
あの後すぐには家族から怒られたり、呆れられたり、最終的には無事を喜ばれたりした程度で片付いたのだが、ただ一つ変わったこととすれば、英語力が飛躍的にアップしたことだ。特に、英会話の授業では担当の先生に驚かれ、「君の英語はイギリス英語だね」とまで言われた。さらに、「ハリー・ポッターのイギリス版読んだ?」とまで聞かれて苦笑せざるを得なかった。
その不思議な話は家族の一人にだけ打ち明けている。「事故の後に外国語が話せるようになっていた」という話をどこかで聞いたことがあるというのでネットで調べてみると、確かに、似たような話がたくさんみつかった。
外国語として学んでいる言語ならまだわかるのだが、その中には古代バビロニア語を話しだした人など、明らかに他の体験をしているようで、別の国の人間としての一生を体験した記憶がある私は物凄く親近感がわき、あの出来事の真実に僅かにでも近づいたような気がした。
あの一瞬にしては私にはあまりにも長すぎた時間のせいで、最初はこの世界での日常的なことをある程度忘れていたのはとても困った
けれども、事故のショックということで数日休んでいるうちに不思議なことに『セブルス・スネイプ』の一生はまるで私の中の夢だったように薄れはじめ、やりかけていたことや約束事、部屋の小物の位置まで日常のことを当たり前に思い出した。
正直言って、この忘却はとてもありがたかった。なぜなら、あの“セブルス・スネイプ”という男には、彼が一生誰にも話さなかった壮絶な過去があったからだ。
彼が妻を亡くしたあの日、彼のことをよく知る人間でさえ妻がディメンターのキスの刑に処されたことしか知らない。魔法省に関わりのあるものは、魂を失いアズカバンで死を迎えるだけとなった妻の体を彼が自分で殺したことを知っている。
そして、本人と、彼を手引きし、その後すぐに戦いの中で命を落とした人物だけは……彼が処刑される妻を魂が奪われないうちに自ら殺したということを知っていた。
表情を殺して涙も流さず、その中に残る命も決して残すまいと何度も繰り返し死の呪文を放つ姿が見つかり、彼は闇祓いに取り押さえられた。その姿は狂人と呼ばれ、彼は一生妻を殺めた時の表情のままで生きた。
これは、別の人生を生きなければならない人間が背負い込むにはあまりにも重すぎた。
けれども、あの人生では決して完全には癒えることのなかったあの痛みもほとんど今となっては忘れかけたものになりかかっていた。いつの間にか、自分でもあの時のことが長く感じるだけのとても短い幻覚のようなものだったのかと思い始めた頃だろう。
せっかくだから英語に関することに進路変更をしようかと思い始めたある日のことだった。
電車で座っている私の前に誰かがつり革を握って立ち、足が悪いようなのになぜわざわざ立っているのだろうと疑問に思っているうちに話しかけられた。
「すみません、×××さんですか?」
そう、これが私と…
あの彼女の脚のあざと同じ位置に事故の傷跡を残した、彼との出会いだった。
(完結)
以上で、『転生したらセブルス・スネイプ』が完結となります。
約一週間の間、お付き合いいただきましてありがとうございました。
途中で飛ばしてしまった『秘密の部屋』編については番外編として約一章分のボリュームで追加させていただきます。