鶏舎から来た小英雄
これは、秘密の部屋が開かれた頃の話である。
その年について、私が簡単にまとめた中にこんな一言があったことを覚えておいでだろうか。
『一年間、部屋で雄鶏を飼った』
つまるところ、私がこれから語りたいのは一年間、ペットと過ごした思い出話なのである。
「スネイプ先生、こいつが頼まれていたもんです」
「ああ、ハグリッド。助かった。ありがとう」
今しがたハグリッドから受け取った木箱の中を覗き込む。中には1匹のひよこが入っており、ぴよぴよと可愛らしい声で鳴いている。スタンダートな「ザ ひよこ」な黄色いもふふわな姿からまだ生後数日なのだろう。
夏休みが始まる少し前のことである“賢者の石”騒動が終わってすぐ、私は翌年の秘密の部屋のトラブルに備えることにした。
そして、その備えこそがハグリッドに頼んで手に入れてもらったこの愛らしさの塊のオスのひよこなのだ。
いや、相変わらずのうろ覚えなのだが、たしかバジリスクの弱点が雄鶏の鳴き声だったはずなのでな。それでいざという時のために一応その弱点を準備はしておこうと思っていたのだ。
だがハグリッドから雄鶏をもらうのも忍びなく、彼がいつも入手しているであろうところから一羽の手配をおねがいしたのだ。
「まだ小せぇうちはこの餌を与えてやったらええです。あったけぇように湯たんぽを入れてるが、先生は飼い方は問題ねぇですか?」
「この通り、しっかり勉強してきている」
脇に挟んでいる本をハグリッドに見せる。ここしばらくの私の愛読書『ひよこレベルにもわかる!ひよこからの鶏の飼い方』なる本を確認すると「そりゃあ安心だ」とハグリッドは頷いた。
「まさかスネイプ先生からこんなことを頼まれるとは驚きだったが、これなら大丈夫そうです。元気でな、チビ」
ハグリッドの大きな手で撫でられてひよこは目を細めている。まさか自らがバジリスクスレイヤーという役割を期待されているなどとこの小さな体でどう思うのだろうか。
ハリーだって物置からやってきたし、キリストも馬屋からやってきた。秘密の部屋の怪物の覇者が鶏舎からやってきてもなんらおかしくはあるまい。
ハリー並みの英雄の素質を持ったひよこの箱を恭しく抱え、私はハグリッドの小屋から自室への帰路を進む。しかし、私の部屋はあの地下だ。どうせならば外で過ごしたほうがいいかもしれない…、そう考えて中庭にでも行こうかと思っていたところだ。
ひよこが変な鳴き方をし、なんだと思うと小さな煙が立っていた。思わず足を止めて様子を見ているうちに小さな嘴をパクパクさせて煙の塊を吐き出している。
「…そうか、お前は火を吐く方の鶏だったか」
ここが魔法界だということを忘れていた。そして、ハグリッドの人柄だとこういうオプションがついて当然だということも。
帰ったら部屋には防火魔法をかけねばなるまいな。
なかなか困るオプションではあるのだが、『命を預かるということはこういうことなのだ』と哲学めいたことを考えながら、自慢の広い心で受け止めたのだった。
さて、小さな命と生活を共にすることになった私は、まずこの相棒に名前をつけた。
その名はロースト。
ローストは愛称で正式名称はローストチキンだ。イギリス人が敬愛してやまない鶏である。
飼い始めた直後から夏休みに入ったため、私とローストはまさに一日中一緒だった。私の部屋の中ではフンの問題があるために彼のための柵を作りそこで歩き回ってもらう。夜にはあの小さな木箱に布をかけてやり、掃除は基本気が付いた時に洗浄魔法。
昼間は中庭に出してやり、もちろん私の目が届く範囲で、かつ、蛇、猫、猛禽類などから身を守るための魔法を施して安全には細心の注意を払った。
当然、私が出かける時も一緒だ。ローストが生まれて1ヶ月経った頃からホグズミードでは私がひよこをカゴに入れてつれていくことが当たり前の光景となっている。
マグル出身者の説明に連れて行った際には小さな子供にローストは大好評であるし、リーマスに紹介した時には「まさか、ロースターじゃないよね…?」と戦慄されるほどだ。
この頃になると小柄なメスの鶏のような見た目で、まさにローストチキンにふさわしい。それに外で餌を手に入れるときや動きの速い虫を捕まえる時にもうまく火の粉を使えるようになっていた。
やはりローストチキンはなかなかいい名前だったな。最近は名前を呼べば反応するようになっている。
よく聞くようにペットというものは心を豊かにしてくれるらしく、それはそれは、とても充実した夏休みだった。
新学期の始まる9月1日。
私はハリーとロンを連れて地下室の自室へと向かっていた。
ホグワーツの特急で到着しない彼らを原作通り外に探しに行き、大広間が見える位置だろうとあたりをつけて見回っていればやはりそこにいたので回収してきたところである。
それにしても、いくら話を知っている私にとっても生徒たちが「空飛ぶ車で華麗に登場」は勘弁していただきたい案件だ。教師としての怒りを多少は主張する必要があるため、私は自分に無言を課し、彼らに非常に気まずい思いをさせているのが現在である。
「あの、スネイプ先生」
ロンに声をかけられるが、いつもの無表情でチラリと見てから先を進む。階段を降り、研究室の扉を開けて中に入る。
入り口近くではお留守番のローストが待っていたらしく、扉が開くと私と目が合い、直後にとててててててて、と駆け寄ってきた。ハリーとロンは思いもよらないものに迎えられ…鶏に似た外見に似合わないピヨピヨとした鳴き声のローストを見つけた彼らは一瞬固まり、私に促されて部屋へと入った。
私は日刊予言者新聞を手に取り、あの魔法の車についての記事を当人たちの前に突き出す。
そして、室内のお散歩用に拵えてやったオムツを履いて歩き回るローストに向かった。
「すみません、スネイプ先生…」
「反省するのはいいことだが、君たちと話をするのは私ではない」
ようやく口を開きながら、遊んで走って逃げ始めたローストを早足で追いかける。が、流石に続きを言うには足を止めるべきか。
「君たちの寮監はマクゴナガル先生だ。そして、事情を話すならばダンブルドア校長になるはずだろう」
追いかけるのをやめた私の足元にローストが近寄ってきた。鶏はとても社会的な動物だ。飼い主によく懐く。しゃがんでローストを抱き上げる。何か一言ぐらいフォローをしようかと思ったタイミングでノックがされて私は口を閉ざした。
どうぞと声をかけて入ってきたのはまさにダンブルドア校長とマクゴナガル副校長という本校トップたちである。こんな地下までご足労どうも。
「セブルス、二人を見つけてくださりありがとうございます。さて、状況は分かっていますね、ミスター・ポッター。ミスター・ウィーズリー」
お礼の後にマクゴナガル先生が説教を始め、私がちらりとダンブルドア校長を見るとなぜか素敵なウインクをいただく。生徒二人にしてあげた方がよろしいかと思います。まあ、真面目な話が苦手な私はその場で逃げたのだがな。こればっかりは仕方がない。もうローストは寝る時間なのだ。
そっと扉を閉めて退出。部屋に戻るとすぐにローストを底以外はスノコのように隙間のある木の箱に入れた。オムツを取り、静かに蓋を閉め、おやすみを言って布をかけてやる。
それからしばらくは細々としたことを片付けていたことになる。数分経ち、隣室から声がしなくなって少しした頃に控えめなノックがして静かに扉が開かれた。
「あの、スネイプ先生。僕たちはもう寮にもどります…」
「ああ。わかった。あとで鍵を閉めておこう。さすがに退学にはならなかっただろう?」
「はい…」
小さな声でハリーが言う。そして、二年生の二人は顔を見合わせて決心したように口を開いた。
「あの、さすがに『ロースト』はないと思います」
私がローストを抱き上げる時に軽く名前を言ったからだろう。ロンがそう意見した。
「それはあだ名だ。本来はローストチキンという」
「…もっと『ない』と思います」
ハリーも同じく控えめな声で言った。
状況が状況なためか、「おやすみなさい」と小さな声で挨拶をして二人は帰っていく。
一人取り残された私は思わず呟いていた。
「なんということだ」
愛情たっぷりに育ててきたペットとの絆を新学期初日から疑われ、私は飼い主として正しいショックを受けたのだった。
さて、私、セブルス・スネイプとローストチキンの朝は早い。
だいたい朝の5時ごろには起き、身支度を済ませてローストを箱から出して散歩だ。
廊下を歩く私にローストはたまに羽ばたきながら後ろをついて歩いてくる。生後2ヶ月、まだ普通の鶏の半分ほどの大きさだが足も長くそこそこ歩行は早い。
見た目としては鶏をシンプルにした感じで、ほぼ鶏なのだが鳴き声はスズメのような声でピヨピヨチュンチュンと言っているので不思議だ。たまに鳴くついでに火の粉を吐くので衣服の防炎対策は必須である。割と頻繁にローブの裾を啄ばまれるのでほつれの確認も必須である。
ごくたまにいる朝型の生徒が若鶏を連れ歩くのを見つけて二度見される。私たちはそんなことも気にせず中庭へと出た。さあ、ローストの大好きな放鳥の時間だ。
とてててててーと走り、地面に向かってなにかをついばみ始める。噴水の端に座って私はそれをのんびりと眺めている。
これは言い訳なのだが、私とローストはこの夏一日中一緒に過ごし、ローストにとっては人生の9割以上はその生活だ。授業が始まり私の生活スタイルが大きく変わってしまうことがもっぱらの心配だ。それに秘密の部屋が開かれれば、彼もいずれは狙われてしまうであろうから今から用心の準備をしておいても良いであろう。
基本遊んでいるローストがしょっちゅう私のところに戻ってくる。足をやや伸ばして坂を作ってやるとそれを登る。なぜか今は太もものやや下の位置で座り込んでしまった。なぜそこだ。器用だな。寝始めた。
甘えん坊で、寝る時以外は数十分も離れるのはまずないのだ。あの地下の部屋でお留守番というのはいかがなものか。
…一応は悩んでいたということはお分りいただけたであろうか。
本年度第一回目の授業、私が名簿を置いた机にはオムツとハーネスを装着したローストがとてもよい姿勢で待機していた。
「言い訳」と書いたのは結局こうしたからだ。
「…今日の授業では昨年の最後の授業で作った薬の復習を行う。時間配分は黒板に記載するが、まずはグループワークで復習をし、授業後半に調合を行う」
今日は一段と生徒たちの注目度が高い。しかも私の顔より随分と視線が下がっているような気がするがな。
パンパンっと手を叩いて作業開始の合図とする。勉強の時間だ。
ペットが問題を起こさないと判断された場合、授業等への持ち込みは禁止されてはいない。もちろん科目との相性や個体の性格などはあるであろうが、私の授業へはたまにネズミやカエルが授業参加しているぐらいだ。
教員が地面を歩き回る程度の鶏を連れていても問題ではあるまい。グループワークをする生徒たちの間を巡回する私の後ろをローストは付いてくる。
「スネイプ先生」
とあるグループが手を挙げたのでそこへ向かう。ローストはよそ見をしていたので一瞬私を見失ったが慌てて追いかけてきた。
「『防火薬』は熱に強いのですか?火に強いのですか?」
「双方だ。そのため調合も耐火、耐熱の両方があることを理解して作らねばならん。例えば、私は授業前には防火薬を飲むようにしている」
「…え?」
なぜか生徒から少し引かれた。
仕方がないだろう。この科目、いつどこで爆発が起こったり鍋がファイアーしたりするかわからないのだぞ。正直、自分の身を守る暇がない。ローストにハーネスをつけているのもそのためだ。調合中などは安全な場所に紐で繋いでおいた方がいいとの判断だ。
「…防火薬を飲むようにしている」
もう一度言い直し、足元にいたローストを拾って机に乗せる。頭をちょいちょいっと撫でてから、喉を軽く叩いてやった。その目の前に私の左手のひらを広げる。
「よし、ロースト、火の粉だ」
まるでポ◯モンだな。大きくなると『かえんほうしゃ』もきっと使えるようになるぞ。
ローストは私を見て、首を傾げ、左手に向かって火の粉を吐いた。
火の粉というにはやや大きな火の塊が手に当たって消える。やけど一つしなかった手を生徒たちの前で広げて見せた。
「この通りだ。火や熱に関する危険がある時にこの薬を飲んでいれば身を守ることができる」
そう説明を終わらせ、机の上で毛繕いをしていたローストをひょいと持ち上げてそのまま肩に乗せたのだった。
生徒たちの調合が始まり、ローストのハーネスに紐をつけ、教壇近くにつなぐ。そのあたりならばそれなりに自由に歩き回れ、かつ生徒たちの作業場からも離れているので彼らの邪魔をすることもなく、事故があった時も安全だ。
そして、私も安心して生徒たちの見回りをすることができる。ニワトリにリードをつけることはなかなか物珍しいかもしれないが、イギリスでは子供の安全のためにリードをつけていることもよく見かける。見た目はアレとしても出来るだけ危険から守ってやりたいという思いは同じなのだ。
ピヨ、ピヨ、ピヨピヨピヨピヨピヨ
さっきからものすごく呼ばれているがな。
「先生、呼ばれていますよ」
「あれはBGMだ。自然音だと思えばいい」
他の教室で授業をする場合では鳥の鳴き声など普通なはずだ。
ピヨ、ピヨ…ピヨ…
「先生、ペットがなんかかわいそうです」
「人生も鳥生もそんなことはある」
しつけとしてもこれは大事なことだ。せめて見えている位置にいるときは我慢できるようにならねばな。
15分ほど見回りと指導をしてから愛鳥のところに戻ると感動の再会ばりに喜ばれた。うーむ、生まれて2ヶ月の子供としては15分でも放置されるのは心細いか。
もう調合の危険な段階と難しい段階は終わったのであとは私も教壇から見ているだけでいいだろう。とても喜んでいるローストの首元を撫でてやる。
「調合が終わったものは薬を提出し、防火薬についてのレポートの準備をすること。宿題はレポート一巻だ。以上」
ここまでくればあとはほとんど授業監督となる。指示を出してから椅子に座り、まだ子供のローストは膝に乗ってウトウトし始めた。
「スネイプ先生、その鶏はどうしたんですか?」
授業が終わった直後、“スネイプ先生”である私は十代の子供たちにキラキラとした目で囲まれ、頭には鶏が乗っかっている。名前らしくしていないのでたまに自分の名前に違和感抱くな。
「夏休みの始め頃にハグリッドにもらって飼っている」
「男の子ですか?女の子ですか?」
「名前はなんていうんです?」
「火を吐く鶏なんですね!!」
「頭に乗ってて重くないんですか!?」
授業の時より質問が飛んできているぞ。それぞれの質問に、「雌雄は大人になるまで見分けがつきにくいのでわからない」(嘘)「ローストという。その通り、火を吐く鶏なのでな」(言い方は大事)「慣れた」などといつものように淡々と答えていく。
子供たちは私の表情と交互に鶏を見ているが、私にはローストがどんな反応をしているのかは見えない。しかし暴れないのと鳴き方が不安そうではないのならば大丈夫なのだろう。子供たちにも慣れていた方がいいので問題がないのならこのままでもいいだろう。
「その鶏は食べるんですか?」
「いや、食べんぞ」
とんでもない質問が来て、思わず即答した。
「この子が健康で肉が柔らかそうで美味しそうなのはわかる」
「その説明が食べそうですよ、先生」
「食べぬと言っている。私はローストを鶏の中の鶏に育てるつもりだ」
なんだって、ローストチキンの隠し名は『バジリスクスレイヤー』なのだからな。まだ雄叫びはできんが。
「なんだか、『鶏の中の鶏』って、すごく美味しそうな感じになりそうですね」
「美味しそうでも食わん。万が一、どうしても必要になれば…そのときは考えるが…まあ、食う予定はこの一年はない」
「全くないって言い切らないあたりがスネイプ先生らしくて少し安心しました!」
『安心した』と言いながらツッコミの勢いで言われるのはどういうことなのだろうか。
学生時代にハグリッドの飼っていたニワトリを1匹盗み、当人に「食べたいです!!」と主張して一緒につぶして食べる許可をもらったことがあるエピソードをまさか今の生徒が知ることはあるまい。まあ、やろうと思えば確かに鳥をシメることはできる。やらんが。
「お尻につけてるのは糞対策ですか?便利ですね」
おっと、これはいい質問だな。
「室内で放し飼いにする時間が長いのでな。オムツを作ってやった。まだ大きくなるので何度か作り直すつもりだ」
「先生が作ってるんですか!?」
「当然だ。愛情たっぷり込めた手縫いだ」
「想像するとシュール!!」
「私はこれでも家事から日曜大工まで得意なんだぞ。しかも魔法薬作りは店を持てるレベルだ」
「いえ、なんだか想像つきます。たまになんか外で作ってますし」
「しかも鶏を育てられるって、どこを目指してるんですか…?」
ガテン系セブルス・スネイプだろうか。魚も捌けるぞ。さらっと「想像つく」って言われていることであるしな。サイズなどを考えて一から何か作るときは魔法よりも手で作った方が失敗しないこともあるせいだ。
「さあ、そろそろ次の授業に行きなさい。ペットだと言っただろう。今日の授業だけいて突然姿を消すなどはしない。そのうち私のことと同じく見飽きるようになる」
子供たちは元気に返事をして次の授業へと向かう。「次は変身術だ」とか言っているが大丈夫だろうか。せめて怒られないようには到着してほしい。
頭にいるローストを気遣ってそっと椅子から立ち上がる。少しだけ頭上でバランスを崩した感覚があったが、当人は羽ばたいて踏みとどまった。ローストのオムツはまだしも、ハーネスは慣れていないので早く外してやった方がいいだろう。
頭上で機嫌よくピヨ、ピヨと明るい声で鳴いている。そのまま、私達はいつもの部屋の中へと戻ったのだった。
ちょっと、あえて価値を低く見せる辟邪名も込めています。