ギルデロイの開く決闘訓練でつい「変装していく」と言ってしまったことに全く迷いがないとは言えない。しかし、なんというかギルデロイのやらかす感じに振り回されるのも面倒であるし、だからといって彼に苦言を呈するなどともっと面倒な真似もしたくない。
それでとっさにでたのがあのセリフだったわけだが、開いたクローゼットの前で私はため息をつきたい気分だった。実際には死んだ目でクローゼットの中を見る30代の男がいるだけだ。
「ロースト、私はどんな格好で行くべきだろうな?」
コッコッと鳴きながら部屋を散歩しているローストに語りかける。背後からバサバサバサと音がして、ローストチキンはクローゼットの上に飛び乗った。頭を下ろし、首を傾げながら私を見下ろしている。今晩は高いところで寝たいということだろうか。
「無難でフルセット揃っているのは……これを着るのはさすがにまずいか…。」
絶対ダメだろうなと思いながら手に取ったのは死喰い人時代のマスクである。いろんな意味でダメだとはわかってはいるのだが、死喰い人の時に使っていた衣装が断トツの完成度で全部そろっている。一応また死喰い人に潜入することがあるかもしれないと取って置いているのだが10年使っていないのでいい加減に活用するか処分したいのでこういうチャンスがあるとつい心動いてしまう。
「なら、ダース・ベイダーの衣装は……。そうか、結局ネタが分かる者が限られるために購入していなかったか…」
似合うと思ったのだがな。くそう、魔法界め。アメコミとか映画ネタとか美味しいものが使えなければ簡単に扮装していくと言いつつも適切な服がないではないか。何種類か組み合わせてみようかとベネチアンマスクとペストマスクを取って見比べる。ペストマスクは怪しすぎるが、ベネチアンマスクはもう少し面積が欲しい。
「……となると、やはり…」
私は三つ目の手持ちのマスクの方に視線を移したのだった。
視界が悪い。マントが重い。正直もう帰ってローストチキンをもふりたい。
内心残念なことを思いながら廊下を颯爽と歩くのはダークな赤紫のベルベットのマントを翻す背の高い男だ。顔面にはのっぺりとした全面を隠す白い仮面の上にさらに青地に金の縁取りのベネチアンマスクをかぶっているために顔が見えないが雰囲気は抜群だ。
出で立ちは堂々とした経験豊かな魔法使い風であるが、髪はアポロンのような華やかな金髪である。これが、私のクローゼットの中身を引っ張り出した結果である。
なお使用したものは下記の通りである。
・大魔法使いマーリンの衣装
・死喰い人の仮面(変身術にて装飾除去と白塗り)
・ベネチアンマスク
・金髪のカツラ+1時間のセット
混ざっている一点はバレるとまずいものであるが、まさかこんな場で本物だとは思われないだろう。丁寧に魔法もかけて印象も変えている。
着飾ったおかげで私はまるで有名人ギルデロイ・ロックハートのような装いとなった。このまま部屋に帰るとローストから攻撃を喰らってもおかしくない。まさに誰が見てもセブルス・スネイプとは思わずにギルデロイ・ロックハートと思われそうな完成度である。おそらく二人並ばない限りは私だとバレない。
たっぷりの存在感を持って歩きながら引き連れるのは対人呪文練習用の機械仕掛けの人形。決闘魔法訓練用のものを拝借してきたのだが、からくりの体が見えるのがかわいそうなので私のお古のローブをかけてやり、さらには本日欠席していることになっている私の名前を貸してやった。そこで胸にはでかでかと「セブルス・スネイプ」と書かれた紙が貼られていることになる。名前もないのは寂しいからな。
そうしてちょっとだけ楽しくなるような万端の準備をした私は大広間の教員用の裏口から中に入ろうとし……またものすごく帰りたくなった。食事時かというほどに大広間に人が溢れかえっている。うーむ。この状態で戦闘訓練など危険にしか見えぬのだが、本当に実施するのだろうか。
「早かったですね!セブルス!!」
わぁお、後ろから世に時めくギルデロイ・ロックハートの声がする。本当にびっくりするから背後に立つのはやめていただきたい。そして、普通そこは「遅かったな」が君らしくて定番だろう。なんだか私の方が楽しみにしていたような文脈になっているぞ。
「遅かったな、ギルデロイ」
代わりに今着いたばかりの私が言ってやる。まあそれで心折れるやつではないが。わたしの眼鏡にかなっただけはある。チッチッチッと顔の目の前で指を振っているんだが、彼。
「支度をしていましてね。ギリギリまで時間がかかってしまいました!」
そうか、楽しそうで何よりだ。
「セブルスが早く来てくれて助かりました。生徒たちもすっかりと待ちわびているでしょう。さあ、向かいますよ!」
お家帰りたい。言い方は違うだろうがきっと原作スネイプもほぼ似たようなことを思ったのだろうなと心を馳せる。
帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい。
15回内心呟いていたところで、私たちは大広間の舞台中央にたどり着き、ギルデロイが声を張り上げて注目の呼びかけをしている。こうして見る分には教員らしいな。
「ダンブルドア校長先生から、私がこの小さな『決闘クラブ』を始めるお許しを頂きました!私自身が数え切れないほど経験してきたように自らを守る必要が生じた万一の場合に備えて、みなさんをしっかり鍛えあげるためにです」
決闘クラブ自体は定期的に開催されていたはずだが。
「では、私の助手をご紹介しましょう」
とてもいい笑顔でギルデロイが両手を広げて紹介してくれた。
「彼は訓練を進めるにあたり、軽い模範演技を勇敢にも手伝ってくださると言うことです!仮面の下の顔は秘密ですけどね!皆さん、ご心配召さるな──」
そこで私はぐいっと杖を振って例の人形を呼びよせる。車輪の足のスネイプ先生がゴロゴロゴロっとやってきて、私と数メートルの間隔を持って対峙する。
「──この方は私と戦わなければならないというわけではありません!彼の相手はみなさんのよく知った先生そっくりな人形ですよ!」
さすが、パフォーマンス上手で舌が回るギルデロイだ。私は君のそういうところは好きだぞ。そして私に憑く幸運の女神よ!ギルデロイの体裁を守るために私に都合のいい方向に進めてくれてありがとう!多分彼は日常的に徐々に失っているがそこは私の責任の範疇じゃない。
これで実演者は私、ギルデロイは解説者という双方にとって非常に都合のいい立ち位置ができた。渾身のスネイプ先生を作った甲斐があったというものだ。一応この会の──しかもほぼ全校生徒が集まる場の注目を集める主導権を得たためだろう。立ち位置的にサーカスの団長やマジックショーのマジシャンだ。ギルデロイは、これはこれで楽しそうで何よりである。彼はそういう役割の方が向いているとは思うからな、うむ。私と機械人形を紹介した後、自分の方へ注目を集めるようにして流れるように決闘のレクチャーを始める今の様子からも明らかだ。
「正式な決闘では、まず両者は礼をします、そう、このように──」
ギルデロイはいったい何回練習すればそんなめんどくさそうな動きをスムーズにできるのかと聞きたくなるような大げさな礼の例を見せる。
「そして、形式に則って杖を構えます」
人形相手のために私は礼をしないが、彼の解説に合わせて構える。すごいな、私は今あのスネイプ先生と同じ時に同じポーズを決めているぞ。外見はとんでもないことになっている上にギルデロイとタッグ組んでまともに会を進めながらだ。
この時のスネイプ先生のセリフといえばやはりあれだろう。
「エクスペリアームス!」
赤い閃光が走り、『セブルス・スネイプ』に渾身の一撃だ。機械仕掛け人形はその勢いで後ろに大きく後退したが、ネジが反動で回転して前に戻ってくる。弾け飛んだレプリカの杖が大広間の天井に向かいビロードのような黒の帳に隠れた。
「さあ、みなさん分かりましたか!今のが『武装解除呪文』です!ご覧の通り、呪文を受けた人形は武器を失いました。しかし、遠慮なく申し上げると今の攻撃の仕方では何をしようとしているのか少々見え透いていましたがね…」
うーむ、天井に飛んでいったレプリカの杖が戻ってきたな。のんびり見ているとドヤ顔のギルデロイの頭にヒットした。ギルデロイは頭を抑えて数歩退いたがすぐに体勢を立て直す。えらい。
「おっと、説明に気を取られすぎたようです!それでは次は私からの見本を……」
人形の近くにいた生徒が声を上げてギルデロイの解説が止まる。機械仕掛けのスネイプ先生は私の攻撃を受けてからバランスを立て直そうと前後していたのだが、それがちょうど転がった杖を踏んだらしい。
振り返った私たちの前で人形はバランスを取ろうともがきながらゆっくりと起き上がり小法師のように頑張っていたのだが…その動きがぎこちなくなったなと思うと傾いたところで一気にガシャンと崩れ………
「ロックハート先生!!」
女生徒たちからの悲鳴を受けながらギルデロイが車輪のタックルを食らっていた。
うん、まあ、痛いだろうが大丈夫だろう。魔法使いはそこそこ丈夫だ。ボロボロになりながらも笑顔で立ち上がっている様子からも問題無さそうである。ふむ、偉いぞギルデロイ。
「こ、これは一本取られましたね!私の呪文を受ける前にバラバラになってしまった。そうですね──模範演技はこれで十分!これから皆さんのところに降りていって二人組を作ります。さあ、あなたも手伝ってください!」
最後のなけなしの威厳を集め、ギルデロイは私に声をかけたのだった。
基本的に私は自分にとって思うところがなければ、「なるようになれ」という態度をこの世界で取ろうと思っている。というわけでハリーをドラコ以外にさっさとくっつけるとロン、ハーマイオニーのペア作りについてはあえて触れないようにした。
そして開始された『ご自由に実戦訓練』はたかが数分で本当に酷いものになった。大広間中で大小の怪我人が発生し、あっという間にボロボロにくたびれた集団が出来上がった。
「なんと、なんと」
舞台から降りたギルデロイが生徒たちの中を素早く歩いて決闘の様子を見て回る。同じく、私もさっと周囲を見回して被害が大きそうなところを目安に移動した。意外と彼も倒れた男子生徒に手を貸して起こしてやったり、鼻血が出た女子生徒に安静にするように伝えたりなどと教師らしいことをしてくれているのは助かった。偉いぞ。治療だけはしないで欲しいが。
「これは…非友好的な呪文の防ぎ方を教えた方がいいかもしれませんね…」
舞台の方に丁度戻ってきたところで惨状を見たギルデロイがさらっと的を射たことを呟いている。さらにそれに回復呪文を追加しておいてくれ。私は10回以上その回復呪文を唱えたぞ。さらに、また怪我人を見つけて人混みに入る。舞台実演再開にはすぐに戻れそうな気がしない。
だが中止規模の大怪我も発生していないようであるし、このイベントの大目玉であるトラブルも防げただろう。3人ほどすれ違いざまに治癒魔法をかけ、同じ場所でぐるぐる回り続けている3年生に解除魔法をかける。これで大分片付いただろうか。
「すみません、彼もお願いできますか?」
1年生に声をかけられて振り返ると髪が逆立ってチリチリになり顔中ススだらけの少年が出てくる。コメディ映画などで爆発に巻き込まれた被害者かな。治癒魔法はかけるとして他は…医務室に行ってもらうことにしよう。そう決めて杖を振りおわるとギルデロイの声が響いた。
「ああ、ハリー!そうだ、君がいい!!それと、えー、ミスター・マルフォイ、どうだい?」
………。
え、おい、待っていただきたい。まさか、これはそういうシーンか?
ハリーとドラコは人ごみで見えなかったので聞き間違いだと思いたかったのだが、すぐに二人とも舞台の上に登ろうとしていた。
せっかく二人を別々に練習相手にさせたばかりだぞ?運命の女神はなかなか良い性格をしているようだ。これまでの人生で経験済みだとはいえセブルス・スネイプが手を出さずに原作通りに進行していて怖すぎる。次の催しを見ようと舞台に近づく生徒たちを押しのけて先頭に進み出ようとする。ハリーたちは一礼をして構えた。ギルデロイがカウントをするが、私にはまだ目の前に生徒数人の背中が見える。
「サーペンソーティア!!」
ドラコの声が響き、彼らの周囲から悲鳴が上がった。黒く、そこそこ長いヘビが舞台の上でハリーに向かって鎌首をもたげている───とようやく私も舞台にたどり着き、階段に走った。
「私におまかせあれ!」
止めてもきっと無駄なギルデロイが蛇に杖を向けて吹っ飛ばし、それがまた舞台に降っている。これは間に合うだろうか───いや、間に合わんな。呪文を食らって放り投げられ、さらに叩きつけられた蛇は怒って近くの生徒に向かい攻撃態勢を取っていた。咄嗟、ハリーが身を乗り出して口を開く。
私は杖を振り上げようとしたのをやめた。1、2メートルほど手前で叫ぶハリーのセリフに被せるようにして、ハリーが言う何かに雰囲気を真似てより大きな声を重ねたのだ。
びっくりしたハリーが振り返ってくる。私も歩みを緩めてようやくハリーに並び、軽く視線を向けたのだが──仮面のせいで見えないだろうな。ハッとしてハリーが蛇に視線を戻すと蛇は私たちの方──おそらくハリーの方を見ながらとぐろを巻いていた。その様子に攻撃性は見られない。
「……ハリー、私以外に聞こえないように『おとなしくしろ』と蛇に命令するんだ」
数秒間の沈黙はハリーが私の言葉を飲み込むための時間だろう。言われた通りハリーが小声でシューシューと特徴的な声を出す。一度聞き、私はそれを真似して繰り返した。
覚えたばかりの蛇語をゆっくりと、練習するかのように繰り返しながら蛇に近づく。舞台の上で注目を集め、付け焼き刃の蛇語を披露しながら蛇へと向ったのだ。
蛇は黒色個体なのか何蛇かはわからない。性格や毒性が気にはなったがハリー直伝の蛇語のためか警戒されていない。それに、これは一種のパフォーマンスだ。蛇の視線の前方から手を伸ばさないように注意して頭を抑え、そのままもう片方の手で口を閉じさせるように頭を掴み──とにかく黒蛇をゲットした。
もう一度蛇に向かって「おとなしくしろ」という意味の言葉をかける。蛇に対して親しげに、手慣れた様子で対応しながら捕まえた私は一度だけハリーを振り返り──大広間中の視線をたっぷりと浴びながらドラコの横をすり抜ける。おそらくこの場の話題のほとんどをかっさらい、一足先に訓練会場から逃走したのだった。
原作の知識がほんのり残っている私にとって、今回の知識はかなり鮮明に残っている数少ないものである。
その内容とは、①決闘クラブでハリーがスリザリンの継承者扱いになる②その原因となる某少年(個人名は忘却。しかも昨日見当をつけるのを忘れていた)が翌日の薬草学の休校の時間に襲われる③その少し前の時間、ハリーはハグリッドと遭遇する⓸ハグリッドは鶏が殺されたことをダンブルドアに報告に行く(最重要箇所)
そのようなわけで、私は自分の鶏可愛さにさっさとこの時間帯の自分の授業を休講にした。休暇前の最後の授業なので調合もなくグループワークを予定していたので自習で十分な内容だ。よって私はこの日、朝早くからローストに女装をさせて朝食も大広間に行かずに朝からローストをもふもふしていたことになる。
さて、魔法薬学と薬草学が休講になったのだ。だいたい70パーセントほどは想定していたことだが、グリフィンドールの3人組がやってきた。私を見て緊張する3人だが、ロンがついに意を決したように明るい声を出そうと努める。
「こんにちは、スネイプ先生!最近なんか変な生き物をホグワーツでけしかけませんでした?」
「……心がしんどい」
ぼそりと呟いた私の目前でロンはハーマイオニーにキッと睨まれて腕をつねられていた。
「さて、私は“今年も”君たちには騒動の犯人と思われているようだが話を聞こうか」
今日は冷え込んでいるのでハリーたち3人組をさっさと部屋に通してそう切り出す。研究室に入ると彼らはそれぞれ椅子に座った。それを見ながら私は自室からローストチキンを連れてきてそれを膝にかかえるようにして座る。不安な時はぬくぬくを抱えるに限るからな。
「まず、確認させてください。昨日ロックハート先生と一緒に決闘クラブに立ち会ったのは先生ですよね?」
「さて、私は機械仕掛けになった覚えはないのだが……」
「昨日、壇上で僕が話しかけられたのは確かにスネイプ先生の声でした」
ハリーに続けられてため息をつく。もともと姿を隠すために扮装して参加したのだが、昨日はあんなことが起きているのだ。そのまま隠し通すというわけにもいかないだろう。
「私の普段の振る舞いのことだ。生徒たちに完全に隠し通せるとは思ってはいない。だが、もしあれが私だとしたら、あれに参加するのが私だと明確にしたくないがためにあの姿でいたということだ。あえて広げるということはやめてほしい」
「じゃあ、本当にスネイプ先生なんですね」
「………」
忘れないでいただきたい。私は一応、スリザリンの人間なのだ。極力は言質を取られるようなことはしたくない。ハーマイオニーの質問に、私はつい目を逸らして黙り込んでしまった。
でもそんなことは気にせずに楽しそうに声を上げるのはウィーズリー家の下から2番目の子だ。
「だったらスネイプ先生はパーセル・タングなんだ!サラザール・スリザリンの血を引いているとかですか?」
「確かに私は一部蛇語を知っている。しかし、君たちが確認しにきたことについては “NO”だ。ハリーにはあの時聞いた蛇語が自分のものとは違うと分かっているだろう」
問いかけるとハリーは恐る恐る頷いた。
「僕にはあれは蛇語じゃなくて変な声を出しているようにしか思えませんでした。それと関係があるんですね?」
変な声か…その言われように少々気落ちしつつ、いつも通りしゃあしゃあと続けた。
「私も蛇語を話すことができるものを何名か知っている。彼らは生まれつき話せるもの、言語として習得して話せるものがいる。一般的にパーセル・タングと言われるものは前者だ。私の場合は蛇語を話せるものから蛇の攻撃を避けるためだけの言葉を教わった」
最後の一言だけ嘘を交えた。確かにナギニは恐ろしいし、スリザリンだからヘビに最低限の命令をする言葉を習得していた方がいいと思っていたこともあったのだが、なかなかタイミングを得られていない。だがこうでも言わないとあのタイミングでとっさに口にできた理由がつかないのだ。それこそ、ハリーがあの時に蛇語を使うことを知っていた──ということでもなければな。
「いわば私の蛇語は鶏の鳴き真似のようなものだ。一部だけ真似はできるが蛇の言葉を理解することもできない。通常のパーセル・タングとは天と地ほどの差がある」
「じゃあ、僕は本当にスリザリンの子孫かもしれないんですね……」
私が蛇語を話せる仲間ではないということがはっきりしたためかハリーが落ち込んだように言っていた。だからこそ、こちらはあえて「何を言っているのだ」というような顔をして見せた。
「そんなもの、ほとんど血縁関係になっている純血一族たちには掃いて捨てるほどいるだろう。私もハーフだが魔法使いの母親の血にどれだけ歴史的著名な魔法使いのそれが入っているか分からない。そもそもだ、なぜスタートがサラザール・スリザリンである必要がある?彼の先祖が蛇語使いでスリザリン以外に枝分かれした一族の子孫が先祖返りで能力が出るという可能性もある」
意見を言うと時に饒舌になるのが私の悪い癖だ。目の前の3人は目をぱちくりさせていた。
「兎にも角にも、私は以前言った通り秘密の部屋の知識も疎く、『スリザリンの継承者』とは関係がない」
「なーんだ…そうだったんですね」
言い切った私にロンが安心したように、残念そうにそう呟いた。ハーマイオニーも面白い発見を逃したかほっとしたかのような表情をしている。その間でハリーが何か考えるように私を見ていた。
「先生はあの時、僕が蛇語を話せるとすぐに気づきました。でも、みんなに知られないようにしてくれたんですよね?」
「普通知られてどうこうというものではないが今回はタイミングが悪い。妙な噂が流れて真剣かつ冷静に指摘して回るのは面倒この上ない」
何が悲しくてスリザリン寮監が『スリザリンの継承者がグリフィンドール……』と言わなければならないのだ。スリザリン生なら内心ツッコミを入れているであろうに。そして、全てを察したような微笑みで見てくるのを本当にやめてくれ。ジェームズを思い出して泣けてきた。
「ところで、先生。あの蛇は持っていってどうしたんですか?」
「私はこれでも無類の動物好きだ。…部屋で飼おうかと思ったのだがな。ローストもいるので結局は魔法で消してしまった」
話が終わるとさっさとハリーたちを返す。最後に素朴な疑問をいただいたのだがその返事で彼らは納得したようだった。帰りに3人にはチョコレートを持たせたが、一見ただのお土産でその実はお守りの意味も込めている。翌日の行動が変わってしまった彼らが無事でありますように。
「ああ、そうだ。パーセル・タングについて気になることがあればダンブルドアを訪ねるといい。今日あたり、彼のところでは面白いものが見られるだろう」
願わくば、彼がちゃんとフォークスのイベントを回収できますように。
子供達を見送って私は静かに扉を閉める。椅子の上ではローストがその場でクッションを踏んで左右の足を後ろに蹴り上げていた。私は彼(女装)から目を逸らさないうちに懐に手を入れ、取り出したのは木製の蛇のおもちゃである。
バッとおもちゃを床に投げた瞬間にローストは弾けるように椅子から飛び降りて蛇の頭を突いて咥えて放り投げたりしている。彼が狙っているのは確実に蛇の頭の部分だ。
「……私は蛇やトカゲも好きなのだがな…」
ローストの遊ぶ様子を見ながら、元来『無類の動物好き』の私は複雑な思いをしつつ床にしゃがんで膝を抱えてペットの様子を見守った。
それから数日後、私はリーマスからこんな一言をいただいた。
「セブルス、一体どうしたんだ。君にしては珍しく顔が死んでいるぞ」
旧友の指摘に私ことセブルス・スネイプは目を閉じた。この言葉の逆を考えると私の通常は「活き活きした顔のスネイプ先生」ということになるのだろうか。もはやパワーワードではないか。
たまに私はそうするようにリーマスを訪ねていたのだが、この日は珍しいことに部屋の隅まで椅子を引っ張り、そこでローストを抱えてちょこんと座っていたのだ。
「……口からエクトプラズム…」
いわゆる「口から魂」という意味だ。
「セブルス、それは出さずに戻した方がいいと思うよ」
そしてリーマスには意味が通じた。
リーマスがエールの瓶を持ってテーブルから移動してくる。一本渡されたのを受け取り、私はそれを持ったままローストの背中に瓶の底をつけた。確かにこういったものを飲みたい気分ではあるのだがな。すぐにということでもないのだ。なにせ口からエクトプラズムが出ている状態なのだ。お分りいただけるだろうか。
「どうやら、またホグワーツで何かあったみたいだね?」
「むしろ聞きたい。ホグワーツで平和な年がどれだけあったのかを…。ほぼ記憶がないぞ…」
「それでも君が鶏を抱えて力つきる姿を見るのは初めてだ。何かあったのかい?」
そこで私は親友を前にしてもふもふのローストチキンを抱きしめ直した。
「結論から言うと私の睡眠時間が、かつて私が学年代表のバカと言われた時と同じになった」
ちなみにそれは五年生のO.W.L.学年の話である。勉強のし過ぎの睡眠不足などで学期内の最初に倒れて医務室送りになった統一テスト受験学年生に代々与えられる称号だ。勉強をして与えられる称号が“バカ”とはこれいかに。
「それは普通に寝た方がいいと思う」
リーマスからは普通にツッコミを頂いた。
「その経緯はホグワーツで『秘密の部屋が開かれた』という謎のメッセージが現れた後に、校内でマグル出身者たちが強力な石化の呪いの被害者になる事件が発生していてだな…」
「例の賢者の石の件が片付いたのになんでホグワーツはそんなに事件続きなんだい?」
「今年から就任した『あの』ギルデロイが開催したトラブル万歳決闘クラブの片付けをして」
「……」
「クリスマス前にまた被害者が出てホグワーツ脱出の帰宅者が急増し書類仕事と見回り仕事が増えた」
「セブルス、君ももう歳なのだから無理はできないよ」
なぜか旧友から突然ナイフのような言葉が突き刺されて、繊細な私はとても大きなダメージを受けているのだが。
「リーマース。トドメを刺しにくるんじゃない。さすがにそれでは私を殺せんぞ」
「死んでも死ななそうな人間をあえて殺そうとは思わないけど」
「私には死んでるようなものを殺しにくる残酷な奴にしか見えんのだが」
生きるのは時に辛い。やはり人間には神の救いが必要なようだから、このクリスマスは教会に足を運んでみるべきなのかもしれん…
そう、あのハリーたちの訪問があった日、ハッフルパフの生徒が一人。そしてゴーストのニックが今回の被害者となった。ゴーストまでもが被害者になりうる衝撃の事実を事前に知っていた私はいいが、生徒たちは大混乱だ。クリスマス休暇がすぐだったことが幸か不幸かの判断もつかぬほどである。今回の秘密の部屋事件はことが深刻なわりに下手に動けないのも地味にストレスがたまるのだ。
そういうわけで私はローストチキンを抱えたまま立ち上がった。
「すまないリーマス。少し席を外して外の空気を吸ってくる。ついでにローストの放鳥もしたいので酒はまた後だ」
「わかった。ずいぶん冷えるからあまり長居しないようにね」
「もし3時間経っても戻らなかったら呼びにきて欲しい。ローストにも良くない」
「わかったよ。でもさすがにそんなにはもう遊べる歳じゃないだろ?」
はっはっはっと笑いながらリーマスは手を振ってくれる。そしてそのまま部屋から出た私は──学校から離れて人里も離れた場所で思いっきり羽を伸ばしたのである。
「ただいま、リーマス!!!」
「ほんっとに3時間真冬の外でペットと遊ぶとか君は子供か!?」
暖炉と毛布と温かい飲み物を用意してスタンバイしてくれていたリーマスは心の底からの叫びのようなツッコミを飛ばしてきてくれた。
「とても楽しい充実した時間だったぞ」
「知ってるよ!すごく声聞こえてたんだからね!!その余裕ぶった『スネイプ先生』の皮剥ぎ取りたいぐらい羽目はずしすぎだよ君は!しかも3時間前は干からびた魚みたいだったのに今すごく生き生きしてて怖いんだけどなんなんだ!?」
「落ち着け、リーマス」
タオルを投げつけてきた後(雪で濡れたローストを拭いた)、毛布を投げつけてきて(外で冷えた体に巻き付けた)、ココアを渡してきた(暖炉の前に座って温まるため)とても心優しいツッコミ師に余裕のある大人の貫禄で応えながら私は彼に促されたままに暖炉前に座った。当然、ローストは膝の上に登ってきた。
「そもそもだ。少年の心を持ち続ける私がホグワーツに引きこもってまともな教師然としていられるわけがないだろう。定期的に自然の中で駆け回って叫ばないと死ぬ」
「いや、はっきり言ってその生存条件初めて聞いたんだけど」
「ストレスフリーな人生の秘訣だ」
「役に立たない情報をありがとう」
「私は真面目にこれに目を瞑ってくれている君に感謝しているのだぞ」
いったいどこに家の外で叫んで走り回って全力で遊ぶ大人を見逃してくれる大人がいるだろうか。私はこの場を提供してくれるリーマスに本当にありがたいと思っているのだがな。
「おかげでずいぶんと気分も晴れたし、ローストにとっても良いストレス解消になったはずだ。最近ハグリッドのところの鶏が襲われていてな。あまり鳴かせてやることも外に出してやることも難しくなった」
「ローストの気分転換になったのならよかったよ。それで随分と鳴いてたんだね。セブルスの部屋は地下だからあまり迷惑にはならなそうだけど、鳴き甲斐がないだろう?」
リーマスが優しく微笑みながらローストを見ている。ふむ、彼が室内で聞いていた鶏の鳴き声の半数はおそらく私の鳴き真似だが黙っておこう。
「これでも私は君にかなり感謝をしている。これでクリスマス休暇後も仕事に専念できそうだ」
「感謝しているのはこっちだってそうだ。君のおかげで年々生活が楽になってきてる。私だっていい友人を持ったんだ」
リーマスがにやっと笑ってきたので、すっかり暖まった私は一旦毛布を脱いでついでにダウンジャケットも脱いだ。中から現れたのは昔旧友たちからクリスマスにもらったセーターである。去年に思い出し、この休暇の間に着ようと思って自宅から引っ張り出したこれは生徒たちからも大好評だった。
ピンクの地に子供の落書きのような絵はクリスマスの帽子を被った蛇とクリスマスツリー。それらの上には堂々と『僕はスリザリンだ!』のテキスト。
毛布とジャケットを紳士風に優雅な仕草で椅子にかけると、私はリーマスの前のソファーに座り直す。そして真剣かつ真摯に親友を見つめ直した。
「リーマス、君が友人で本当に良かった」
とどめは無表情と深みのある低い声で温かみのある言葉だ。リーマスはそこで完全に撃沈したのである。まったく、自らが贈った罠に自分が引っ掛けられるとは。
リーマスが用意してくれたビールの瓶を手に取って蓋を開ける。十分に語り合った帰り際か翌日、リーマスはこの笑いのツボが去った後に私の次の罠に耐え切れるだろうか。
人気のない家の外、玄関のすぐ隣。親友が三時間は好きにするために様子を見にこないという約束のおかげで完成したのは優に建物1階分の高さの巨大雪だるま。私の全魔力と体力とユーモアを詰め込み、ローストの炎の手助けにより作ったソレを発見した時、リーマスがどんな反応をするか思うだけで笑みが溢れそうになる。自分の持ち前の無表情がこの時ばかりはありがたい。
「…本当に良い友人がいて良かった」
しみじみと呟きながらローストを抱いたとき、今度ばかりは耐えようと努めていたはずのリーマスが顔を横にして吹き出したのだった。