我が名はローストチキン。火を吹く鶏なり。
夏に生まれ、幼き頃は幾多の兄弟親戚たちとどこか広いところで忙しくピヨピヨと駆け回っていた。そんなある日、大きな手で持ち上げられたかと思うと小さな箱におがくずと一緒に入れられて父殿のところにやってきた。その頃から我が暮らすのは石に囲まれた広い部屋だ。父殿は自らの部屋に我のサイズにぴったりのもう一つの部屋を作り、そこでおがくずで遊んだり、うもれて眠ったりして過ごしていた。
暑さが和らいできた頃、尾羽が長くなってきた私に父殿は飾り羽を作った。飾り羽を付けている間は我が部屋だけではなく父殿の部屋に出ることも許されたが、フンをするとそれに入り重くなるのが煩わしかった。
我が子供の頃は毎日のように父殿と日々を楽しんでいたのだが、見た目が親鳥のようになり出した頃のことだ。父殿は我をさまざまな人間の子供が集まる部屋に連れて行くようになった。
父殿の職業は教師というものだそうで、子供たちは我が父から学問を学んでいるということらしい。まだ若き我が心細く無いようにと父殿は連れ出してくれていたのだろう。そのうちに我は父殿の手伝いをすることにした。
それは棚の上から部屋全体を見下ろし、生徒の中で困っているものがいれば父殿に知らせ、悪戯をするものがいれば走り寄って啄んで折檻する。生徒たちからもよく鍋の火をつけることを頼まれて、その通りにすると子供らはとても喜んだ。手伝いを終えて父殿の元に戻ると特別に虫を用意して待ってくれていた。
冬にはいり、そしてまた暖かな季節となり雪が溶けた。また以前のように父殿と外に出る回数が増えてきた。ピヨピヨと鳴いていた声もすっかり大人のそれになり、強靭な体を手に入れた我は黄色い友人のラバーチキンと力比べをする。我がラバーの腹を押すと「パァー」とやつは威嚇の声を出す。父殿はいつもそれを愉快げに見守るのだが、ここ最近は机に向かってノートに何事かを書いていた。
「デバンガナイ」
今日もそう呟き、ペンを置くのである。
私の出番がない。本当にない。さらにハートフルなニワトリとの生活もほのぼのすぎてこれまでの生活とほぼ同じだ。
12月。クリスマスはホグワーツの生徒がほとんど逃げ帰ってしまったためにどう見ても次の犠牲者は出ないので一人と1匹で十分に楽しんだ。久しぶりに酒を飲み過ぎて、しかもちゃんぽんしたせいで一部記憶がない。
1月。何一つ出番がない。
2月。バレンタインの日に部屋のドアに「愛の妙薬作り方講座は閉講しました」と開講さえしていない講座の閉講案内を吊り下げた。
3月以降。出番がない。
なぜだ。昨年はあんなにも活躍し続けた私の出番がなぜこれほどにもないのだ。セブルス・スネイプが空気とは、どれだけ空気悪いのだ本年度。結局、次に私に出番が訪れたのは──夏である。
それはジニー・ウィーズリーが秘密の部屋に連れ去られ、まさに第二巻終盤の事件の日だ。緊急呼び出しをくらい、寮生たちに明日の特急でボグワーツから全員を帰すことを伝えた後、私は研究室に篭った。
「……時間がない…」
目の前では魔法薬がグツグツと煮えている。やっと収穫できたマンドレイクを使った石化の回復薬を私は今までないほどの緊張感を持って調合していた。今朝、マンドレイクが収穫されようやく回復薬を作ることができるようになった。それまでは良いことだ。犠牲者達をやっと治療することができる。
しかし、我々はその事実に浮かれていたのだろう。犠牲者、つまり目撃者たり得るもの達が治療されることをすれば犯人は暴走する可能性がある。私を含め(含めるしかない)、教員達はそれを見落としていた。そのためにジニー・ウィーズリーは連れ去られたのだ。
魔法薬は煮え続ける。早く作る事はできないため、私が今できる事は失敗せずに一度で完成させる事である。これを放り出して事件解決に勝手に乗り込むなどできはしない。それに、ハーマイオニーを治療して彼女からヒントを得られればそれで初めて私もハリー達と同じように先へ進むことができるのだ。
「2、3、5、7、11…」
自分を落ち着かせるために冷静に考えながら、私は静かに素数という孤独な数を数え始めていた。そんな私が魔法薬を完成させたのは、夜のことになる。
「マダム・ポンフリー、マンドレイクの回復薬が完成した」
ローストチキンを肩に載せてスパーンと扉を開くといつもはそんな行動をすれば必ずお叱りの言葉を突きつけてくる校医が両手を合わせて嬉しそうに迎えてくれた。一瞬チラリと肩のローストを見たのだが、今は警戒措置のせいで石化の生徒以外の利用者がいないからだろう。ずいぶん大目に見てくれているらしい。
「ああ、お待ちしておりました、スネイプ先生。こちらへどうぞ」
案内された先に入ると、並ぶベッドにずらりと石化された生徒とニックと猫がいた。見た目には異様で内心凍り付くような光景だな。マダム・タッソー(本物そっくりの蝋人形館)の控え室かなにかと思いこむことにしよう。
「これでようやく皆さんを元に戻せます。ミスター・クリービーなんて一年生ですし、どれだけご両親が心配したことでしょう…」
カメラを手にしたまま石になっているコリンをチラリと見る。これでカメラが壊れていたらなんだか可哀そうだな、とふと思ってしまった。
「マダム・ポンフリー、ミス・グレンジャーから蘇生していただいても?」
私から薬を預かったマダム・ポンフリーは不思議そうに振り返る。
「彼女は最後の犠牲者の一人なので話が早いでしょう。それに、直前に何かを思い出して図書館に行った帰りのようで」
「分かりました。では、先生の言う通りにいたしましょう」
校医の許可を得て二人でハーマイオニーのところへ移動する。マダムは私が手渡した大きな薬瓶の中身をそっとさじに注ぎ、それをハーマイオニーの口に流し込んだ。マダム・ポンフリーが様子を見るために自身はそれで身を引く。数秒の沈黙があり、石化が解けた。甲高い叫び声が部屋に響く。
突然ベッドからがばりと身を起こしたハーマイオニーは悲鳴を上げていたのだ。
「ミス・グレンジャー、落ち着きなさい、ここは医務室だ」
「大丈夫ですよ、ミス・グレンジャー」
私が声をかけるのも虚しく、百戦錬磨のマダム・ポンフリーが患者の前に身を乗り出し、しかし適度な距離を保ちつつ肩を叩いてあげながら声をかける。男性教員の私が同じことをするのはやや憚られるからな。大人しくすんっとなって身を引いた。
マダム・ポンフリーの声かけとハーマイオニーの冷静さで、彼女はすぐに落ち着きを取り戻し、そして状況を理解したという表情で私をまっすぐに見てきた。
「先生、怪物はバジリスクです!蛇の怪物です。きっとパイプを使って城の中を移動していたんです。私、それを図書館に確かめに行って…」
ハーマイオニーは早口で言ってからハッとする。マダム・ポンフリーは驚きで片手を口に当てていた。
「…秘密の部屋は、どうなったんですか……?」
質問に答えずに私は肩のローストを腕に抱える。
「蛇の王、バジリスクだったのだな?」
彼女はそれに頷いた。
「分かった。それでは私にも心当たりがある…。貴重な証言をありがとう。マダム・ポンフリー、彼女と他の皆をお願いします」
私は彼女たちにそう告げると、背後で呼び止める声があったのも聞かず──早足で部屋を退出し、廊下に出るやいなや途端全速力で走ったのだった。
普通に考えて医務室にペット同伴はダメだろうと考える良識はある。それでもローストを連れて行ったのは私の部屋が地下、医務室が2階、マートルのいるトイレが3階ということを踏まえてのことであった。もふもふのローストチキンを抱えて早足で階段を上り切ると、ようやく件のトイレにたどり着く。
「やはり、間に合わなかったか……」
元々は手洗い場があったであろう場所では大きな配管が剥き出しになりぽっかりと大きな口を開けていた。つまるところ、ハリーが蛇語で秘密の部屋への入り口を開いて通過してしまったと言うことになるのだ。昨年に引続き今年も出遅れてしまった。
床にできた暗闇へと続く穴を覗き込む。ふーむ、背筋がゾワゾワするな。しかも秘密の部屋は地下だから少なくとも3階分の高さは確実にあるということか。考えながらも、ローストチキンをそっと撫でてしっかりと抱きしめる。
「ロースト、すまない。しばらく耐えてくれ」
出来るだけ怖がらないようにローストを抱きしめたまま片手で目元を塞いだ。両手が塞がった状態でパイプの淵に座り、ぐっと力を入れて中に滑り込む。
ところで、ジェットコースターの恐怖心は叫び声を上げることで緩和されるらしい。さらに安全な状態での恐怖心が娯楽になるか否かは個人の体質的なものがあるらしいぞ。もともと箒飛行のようなものが嫌い&どこに声が届くかわからないために叫ぶわけにもいかない&安全の保証はマグルよりも魔法族は体が魔力に守られやすいという程度であることを理解している私の心情は語るに及ばず。
私を知る者たちはおそらく「セブルス(スネイプ先生)なら平気」だとか言うのだろうが、思い出してほしい。私はリスクを嫌う性格だぞ。火遊びなど確実にめちゃくちゃに怒られる悪戯はしたことが無い。それに箒も好きではないタイプだ。
パイプの中を滑り落ちる私は自分の顔の皮膚が風圧で引っ張られるのを感じながら、ローストチキンも恐怖で体がこわばり、私の膝に脚を突っ張っているのを味わっていた。カーブで腰を打ちつけながらも何度「これは滑り台である」と自分に言い聞かせただろうか。やがて配管が平らになったと思ったら空中に体が放り出された。これはやばい、と咄嗟に身を丸めた瞬間、体が地面に打ち付けられた。
「………」
とても痛い。年取ってくると痛みに敏感になるので本当に勘弁してほしい。強張った体で腕の力を解くとローストがバタバタと離れる。ベルト近くの杖を取り、光を灯して切り離した。
ポゥッと白い光が浮かび、それを頼りに周囲を見る。よろよろと立ち上がりながら自分に治癒術をかけてローストに近寄った。私がうまく庇うことが出来たからだろう。ローストは周囲をくるくるとまわり、私のところに戻ってきた。
「大丈夫みたいだな、ロースト」
ローストは小首を傾げると途端にダッと走り出してしまった。これには一瞬、何が起きたのかわからなかった。
「ロースト!」
ローストチキンが今までこんなことをしたことはない。慌てて追いかけるが足元は濡れた石畳で全力疾走はできない。とにかく姿を見失わないように明かりだけでも追跡するように杖を向ける。
全力を出した鶏は本当に早い。スタートが遅れた為に私は全く追いつけなかった。どうやら進行方向が同じということらしく、また私の手元の明かりも残す為に魔法は使わなかった。そのまま数100mは走っただろう。ふと、ローストを追いかける以外の光が見えた。それがぼんやりと人影を写している。ローストがそれに近づき、光で照らされるのが、原作でも部屋に向かっていた3人だとわかる。
彼らとの距離がほんの数十mほどになった。私の走る音はしばらく前から聞こえていただろうがその姿も彼らに見えることになる。ロンはちらとこちらを見たが、ギルデロイは彼らに向かって杖を振り上げる。一瞬私は杖を振るために足を止めかけたのだが、先を走っていたローストの首周りの羽毛が逆立っているのが見えてやめた。あれは完全に攻撃態勢で、私が姿勢の定まらない状態で呪文を放つより確実だ──そう判断した直後、ローストは羽を広げて飛び上がりそのままギルデロイを攻撃する。それとほとんど同時にギルデロイの持っていた杖が爆発した。
真っ直ぐギルデロイに向かっていた私は飛び上がったローストをキャッチする。轟音と共に岩が落ちてくるのに気付くや否や、ローストをサッと逃し、頭を抱えながら周囲を見た。誰か小さな影が逃げようとするのが目に入り、その腕を引くと、彼を庇うようにして地面に伏せさせたのだった。
「先生、スネイプ先生、大丈夫ですか?」
──体のあちこちが痛い。これはおそらく降ってきた瓦礫のいくらかを喰らってしまったか。
痛みに耐えながら起き上がろうとすると喉の奥から呻き声が漏れる。私のそばに屈んでいたロンが心配そうに見ていた。
「すまない…君は無事か。それとハリーも近くにいたと思っていたのだが」
「ハリーは…先に進みました」
ロンに言われた言葉に愕然とする。確か秘密の部屋に向かう通路が崩れた後はハリーとロンは何か会話をして「じゃあ僕は先に行くよ」というイベント後の主人公展開で進んだはずだ。
つまり、私はその間は意識を失っていたということなのか。雪の中で走り回るような物理に強いセブルス・スネイプである、この私が。いや、それよりもラスボスマップに一人で進んでいった少年12歳(小学校6年生相当)が心配だ。バジリスクといえばゲームとかでも定番なあの怪物だぞ。ランドセル背負って下級生を引率してくれる光景がお馴染みな年頃の子供を突っ込ませてなるものか。
自分の痛みのことは無視しながら立ち上がる。目の前には広い通路を塞ぐ壁ができていた。
天井を見ると大きく裂け目が出来ていて、そのそこから崩れ落ちた破片というには大きすぎる塊がぴったりと道を塞いでしまったらしい。ローストが距離を取って飛び上がり、私の身長を随分追い越すほどの高さまで行ったのだがそれでも届かなかった。バサバサを羽を羽ばたきながら壁に沿って垂直に落ちていたのをキャッチしてから逃がしてやった。
「あの、スネイプ先生はどうやってここに来たんですか?」
「石化から回復したハーマイオニーから怪物がバジリスクでパイプを伝って移動しているということを聞いた。それで、かつて秘密の部屋が開かれた時の犠牲者が3階のトイレで襲われたことを思い出したのだ。ミセス・ノリスが襲われた場所もその近くだったからな。ゴーストに話を聞こうと思っていたところでここにつながる穴を見つけた」
「ハーマイオニーは戻ったんですね!!回復薬が出来たんだ!」
「ああ、そうだ」
それを聞いたロンはパッと顔を明るくした。けれども恥ずかしそうに目をそらし、はにかんでごまかすように笑う。いったい何が照れくさいのだろうか。難しい年ごろである。自分は彼女のことを気にしてないと言いたげのように、「えっと、トイレの入り口は──」と話を戻してきた。
「入り口を開くには、蛇語を話す必要があったんです。ハリーが蛇語で開けました」
うん。だからって勝手に行くんじゃない。そう叱りたいのは山々だがお説教は後だ。というか後々結果オーライでお説教が流れそうになったら改めて怒らねばなるまい。マクゴナガル先生の寮生だが、現場対応が私になってしまったのだからこれぐらい許されるだろう。
ただし目下の心配は先に進んだハリーと連れ去られたジニーのことだ。瓦礫の山を見ながらどこを崩せば安全に通路を作れるだろうかと考える。下手に崩してしまうのは危険だ。近くでギルデロイも転がっているのでそちらにも気をつけねばなるまい。もう少しよく見ようと思い、その辺りをフヨフヨ浮いている光の塊を杖で移動させようとして──杖がないことに気づいた。
ホルダーをもう一度確かめ、周囲を見回し、さらに自分が倒れていた方向には暗い色の石壁とゴツゴツとした瓦礫の影ばかりが見えた。その濡れた上部の一部だけが光を反射している。
落ち着け、私の梨材の杖は原作のスネイプ先生の黒い色の杖と違い明るい色なのでこの中では逆に見つけやすいはずだ。そう思いつつもそれらしきものが目に入らないのだがな。
「ロン、私の杖を見なかったか?」
「無くしてしまったんですか!?」
「どうやら、爆破の時に手を離してしまったらしい」
ロンの顔が強張り、「早く探さないと!」と不安いっぱいの声で呟いて周囲を見回し始めた。親子ほどの年の差があるのに不安にさせて本当に申し訳ない。私も内心まずいと心臓バクバクものだがやはり顔はいつものように無表情、声も冷静そのままだ。態度だけなら頼りになるぞ。
「…結局、元通りとなってしまったか」
ボソリと呟いた言葉にロンが振り向くが私は素知らぬフリをして杖を探し続けた。
去年、いくらクィリナスを救うことが出来たとはいえ、ハリーたちは原作と全く同じ活躍をした。先ほど三人に追いついて姿を見かけた時には今回は状況を変えることが出来ると思ったのだが、甘かったか。
原作通りのロンは壊れた杖と使い物にならないギルデロイとともに瓦礫の前に立ち止まるしかない。同様に、通過の打開策を持つ大人の魔法使いである私と、バジリスクの脅威であるローストチキンまでもこちら側に取り残されるとは。ローストは岩の隙間さえ通れずに「コッコッ」と鳴きながら小石を転がしている。──だからと言って諦めるわけもないのだがな。
「ロン、すまないが君はそちら側を。私はこっちを探す」
「はい」と素直な返事をしてロンは指示通りの方向に向かった。私たちは壁の先の二人に一刻でも早く追いつくために、目を皿にして地面を睨めつけた。
私たちが杖を探し続けてどれぐらいの時間が経っただろう。暗い通路の中で体内時計は当てにならないが数十分といったところだ。幸運の女神体質の私が他者といるにもかかわらずこれほど結果が出ないということは、やはり私の幸運に匹敵する何かが働いているのかと思いたくなる。賢者の石の試練をスムーズにクリアできたのと同じような感覚を覚えるほどだ。
私達は作業の途中から瓦礫の隙間を探すために岩をひっくり返したりしている。地下ということで火気は恐ろしくローストの炎に手伝ってもらうこともできない。幸い、梨材は水に浮かぶために水の中を探す必要はなさそうだ。その点は紫檀、黒檀に見える原作と同じ杖でないのは助かった。あれらは沈むからな。
「スネイプ先生、ハリーと、妹は大丈夫でしょうか」
地面を探しながらロンが呟いた。
「僕、ハリーが先に行くのを止めなかった。もしかしたら、僕のせいでジニーだけじゃなくてハリーまで…」
心細くなったロンの声がやや震えている。…正直、こういったことは苦手だ。声を固くしてあえて低めた。
「ミスター・ロナルド・ウィーズリー。確かに君はハリーを止めるべきだった。君たちだけでどうこうしようという考えが間違いだ」
ここをフォローする気はない。私だって子供を心配する大人なのだ。
「だが、君はもう彼を送り出した。そしてハリーたちが少しでも無事に帰ってこられるように私を起こし、杖を探す手伝いをしているのだろう。彼らを助けるのはもはや私の責任だ。君は帰ってきた彼らにどんな声をかけるか、怪我をしていないか疲れていないかなど、どう気を使うべきかを考えなさい」
「……はい」
「たとえ道が開いたとしても私は君を先に行かせない。だから、君はただ彼らの無事を信じて待て。君たちやハリーはこれまでも信じられないようなことをやってきた。今回もうまく行くと信じなさい」
なんとか苦し紛れでそれらしきことを言いきる。──直後、どこか聞いたことのある音楽が聞こえてきた。音楽と言っていいかよくわからないものはよくよく聞くと鳥の歌声のようだ。長く響く澄んだ旋律が幻想めいた響きを持っていた。ロンが不安そうに周囲を見回す。
「なんだろう、これは」
「しめた、不死鳥だ!!」
私は瓦礫の山から離れてダンブルドアの相棒である不死鳥のフォークスを待ち構える。予想が正しければフォークスが来たことで活路が開けるのだ。
旋律と共に通路の奥から黄色やオレンジのような明かりが壁に反射してそれが徐々に近づいてくる。遠くに大きな金色の光の玉が見えたと思うとスーとこちらに飛んできた。やがてその光の中心にいる鳥の影が見えた。
不死鳥のフォークスはあっという間に私たちの近くに来て壁の上で旋回する。私はそれを視界の端で捉えながらも見ていたのは地面だ。
そして、眩い不死鳥の光を受けて金色に浮かび上がるその色をついに見つけた。瓦礫の小さな小石に埋もれる杖の先がわずかに見えた。すぐにそれに駆け寄り、数十分ぶりに再会した杖を大事に拾う。
「先生、見てください。不死鳥が!!」
ロンの声で目をやるとフォークスは我々の前に降りてきた。原作にもないシーンだ。いったいなんだと思っていると不死鳥にローストが「コッコ」と鳴きながら駆け寄る。フォークスはちらりとローストを見るとまた舞い上がる。ローストはそれに向かって飛び上がり、フォークスが掴んでいた組み分け帽子の端を咥えて一緒に飛び上がっていた。
唖然とする行動である。いや、確かにこの部屋からの脱出はフォークスに掴まって可能であるということなので鶏が噛む力でも数メートルならば問題はないのかもしれない。フォークスがローストの通り過ぎる空間の余裕を持って壁を越えようとしたとき、ローストは嘴を離して自ら壁の向こう側にバサバサと滑空していった。
それを私たち二人があっけにとられて見ているうちに、カカカカカカと爪が石を蹴る音が響く。いつの間にか不死鳥の歌は止まっていて、輝きさえも遠ざかり、見えなくなった。
「先生、ローストは──?」
「行ってしまった」
「大丈夫なんですか?迷子になるかも知れませんよ!」
ロンの言葉にサッと血の気が引ける。鶏は鳥目だ。フォークスと離れてしまえば大変だと気づき、すぐに浮かせていた光の球を増やして追跡魔法でローストを追わせた。
「一応は、大丈夫だろう。ローストは頭がいい。ひとりで戻ってくることもできるであろう。そもそも、なにも当てのない方向になど向かわないはずだ」
私と一緒にずっと過ごしてきた子だ。暗闇の問題を解決したので帰ってくることは出来るだろう。しかし、これからハリーのところに向かうとするならローストがどこかに行ってしまったのは痛手だ。
……む。ちょっと待て。
確かにローストは頭がいいはずだ。以前は授業中も私に甘えるくらいしかしなかったはずなのに最近は生徒たちの監視をしたり、鍋に火をつけたりと手伝ってくれている。私の部屋でも頼めば暖炉に火をつけてくれるのだ。
「まさか………」
ローストチキン、お前は自分の役割をわかっているのか?
「ロン、ハリーのことはローストに任せる。その方が早い」
「ローストにですって!?」
慌てた様子もなく目の前の岩石に杖を振る私に、ロンがびっくりして繰り返していた。岩には変身術で頑丈な扉を作る。壁が崩れてしまうことを警戒してそうしたのだが、それなりに分厚かったのだろう。簡単に開くことが出来ずに軽量魔法も使う羽目になった。
「バジリスクの弱点は鶏の声だからですか?でも、ローストはメスだから雄叫びは無理でしょう?」
「いや、ローストチキンは雄鶏だ。本当の姿はちゃんとした雄鶏に育っていたがスリザリン生の親からの苦情を避けて雌鳥に見せかけ、雄叫びについても躾けていた。私には彼を鳴かす方法がわかっている。…ローストの位置を魔法で確認する。すまないがしばらくじっとしておくように」
しれっと嘘を続けた私の指示でロンは黙った。まだ言いたいことはありそうだが口を真一文字に引き縛っている。扉を潜り抜け、ようやく壁の反対側に出る。私は超感覚呪文を使い、さらに聴力補正を行い、目を閉じてひたすらに耳をすませた。
集中しているうちにローストの爪が石の床を駆ける音がする。さらに遠くにフォークスの鳴き声…その鳴き声はすぐに止んだ。ローストはかなりのスピードで走っているようだがフォークスにはずいぶん引き離されているらしい。
思えば、私はローストチキンには彼がバジリスクスレイヤーであると何度も話したことがあった。私が他には言えぬバジリスクの脅威と、彼がその解決策であるということをただ独り言のように伝えていたのだが理解していたのだろうか。
──あり得ることか。彼は魔法力を持つ動物だ。知能はマグル界の動物よりずっと高い。
規則正しいローストの爪の音。それを集中的に聞いていたが、やがて彼は別の音に近づいた。不死鳥の再びの鳴き声と、人間の、叫び声のような何か。
「ロン、しっかりと耳を塞ぎなさい。ローブの裾を手で挟んで隙間をなくすように!」
聴力にかけた呪文を解除しながらロンに指示をする。ロンはほとんど反射的といようにパッと私の言った通りにした。それを確かめながら自らの喉に杖先を当てる。
「ソノーラス」
ローストチキンを鳴かすにはちょうど良い距離だろう。さて、これまでに語ってきた鶏の特徴を覚えているだろうか。
鶏はとても縦社会が厳しい群を作る。主に年功序列優先で、加えて実力により順位を作る彼らは鳴く順番も序列によって決まっているのだ。あの雪の日、ローストを思いっきり外で鳴かせたときにリーマスが聞いたであろう雄叫びの半分が私だったのはそう言うわけだ。
序列上位の私が鳴けば、序列下位のローストチキンは私に続けて鳴く。
思いっきり息を吸い込むと、拡声魔法をかけた喉で私は渾身の鶏の鳴き真似を響かせたのだった。