バジリスク特効・時をつくる声(のトリガー)を終えた私は拡声魔法を解除してからは喉の痛みのせいでしばらく咳を繰り返していた。そもそも喉を潰す鶏の鳴き真似を精一杯の音量で行ったのだ。声帯切れるかと思うほどに痛い。なんとか咳が治まり出した頃、心配そうに見ていたと思っていたロンがどことなく困惑した言葉をこぼした。
「スネイプ先生、鶏の声マネ上手ですね」
20歳年下に変な気の使われ方をして地味に辛い。ん“ん“っ!!と声を整え直してなんとか若き少年の困りごとの解決に戻る。
「ローストは私に続いて鳴くように躾ている。今のでバジリスクの弱点である“時をつくる声”が上げられたはずだ」
そう言いながら転がったままにしておいたギルデロイのそばに行く。少し心配していたが、先ほどの鶏の鳴き真似でも起きなかったらしい。手早く杖を振って彼を簀巻きにした。ロンも私の背後から恐る恐るギルデロイの様子を見ている。
「打ち所が悪かったら目を覚まして起き上がってしまうのは良くない。ロックハート先生には悪いがこのままにしておこう」
こうは言ってみているが本当は置いていくロンの安全のためだ。杖の暴発は起きたがローストが邪魔した上に本人が起きないので原作通りではない可能性がある。ついでに記憶も半日ぐらい消しておくとするか。これでギルデロイの功績の真実を知ってしまったロンとハリーも大丈夫だろう。
「ロン、ロックハート先生のこれはくれぐれも解かないように。相当驚かせてはしまうのだろうが、頭を負傷していたらとても危険だ」
魔法族だからマグルよりは頑丈なのは分かって言っておいた。
「先生はハリーのところに行くんですね?」
「そうだ。君はここでロックハート先生を見ていてくれ」
「やっぱり、僕も行ってはいけませんか?」
真剣な表情で訴えてくる。いい子なのは分かるが、これは去年もやったぞ。ただ、違いがあるとするならば去年と違い彼は私が怖い教師でないことを知っているということだろう。そういうことで私は背景にゴゴゴゴゴゴゴッと効果音がつきそうな険しい表情でロンを見下ろした。
「ミスター・ロナルド・ウィーズリー。君が親友と妹を心配する気持ちはわかる。しかし、いい加減に君たちを心配する私の身にもなってくれたまえ」
こっちは精神が削られる思いばかりをしている。
「今回、君たちが私たち教員よりも先にここにくるに至った理由について、君が教員である私の指示のとおり、ここで留まってくれたとすれば二人とも不問にしよう。それができないというのなら、君たちがどのように今年登校してきたかということから規則違反を並べねばなるまい」
喰らえ、冷や汗かかされた教員の募り募った思い。大人しくしていろとは言わん。若い頃の経験は何よりも大事だ。だが自ら死にに行くスタイルと教師を社会的に殺しにくるスタイルはやめてくれ。切実に。セブルス・スネイプだって人間だもの。
ほとんど私と同じスネイプ生を送る原作スネイプ先生に想いを馳せながらもロンには無慈悲に背を向けて再び石の扉をくぐったのだった。
本当は走りたかったのだがこんな足音響く地下ダンジョンで全力疾走の足音がすれば警戒されるだろう。それで心臓バクバクで気持ちは焦りながらも早足で進んでいた。しかし、さほど時間がかからないうちに見覚えのあるフォークスの明かりが見えた。その直後、その明かりの中から小さな白い発光体がこっちに向かってくる。
カカカカカカカカカカカッと鍵爪が石床をけたたましく叩く音が響くと、発光体を連れたローストが私に向かって全力疾走してきた。まるで犬である。途中で羽をバタバタとしながらも最終的には身を低くして風の抵抗を最小限にするスタイルで私に駆け寄ってきたローストは足元までくるとその場で忙しく足踏みしながら靴先を何度も突いてくる。
「よしよし、ロースト。よく戻った」
もふもふのローストの羽毛の体をボフボフと叩きながら声をかける。視線は相変わらず前にしていると、すっかりボロボロになったハリーと目を腫らせてうなだれているジニーがすぐに見えた。
「スネイプ先生!」
ふむ、フード付きのマントだったらローストをそこに入れられたのだがな。 ローストの前に左腕を突き出して肩に飛び乗らせた。
「2人とも無事だったか。怪我などはないか?」
「僕は大丈夫です。ジニー、君は?気分は悪くない?」
聞かれたジニーは「大丈夫」と小さな声で呟くように言った。体は大丈夫そうだが心は大ダメージに見えるぞ。
「そうか。ひとまずはそれを聞いて安心した」
私は肩にいたローストをおもむろに頭に移動させる。そのまましゃがんだためにジニーが困惑の表情をしていた。
「どうしても後には君の話を聞かねばならないだろう。しかし、今は城に戻ることが優先だ。私からはすぐに問い詰めるようなことはしない」
言いながらもジニーの真正面にあるのは多分ローストの顔だ。
「ただ、教員全員が君のことを心配していた。こうやって無事に戻ることを喜ぶはずだ。我々にとって、生徒を失うことは何よりも辛いことだからな」
いい言葉をかけているはずだが、やはり少女の目の前にあるのは鶏の顔である。別に狙ったわけではないがまるで私がローストチキンにアテレコをしたようだな。気恥ずかしくないのはいいのかもしれんが。ローストを頭に乗せたままで立ち上がる。「彼女に手を貸してあげなさい」とハリーを促し、彼が手に持っていた山高帽子とグリフィンドールの剣を預かった。
しかし、20歳差があると話題提供ってとっても難しい。下手に声をかけて無駄に疲れさせるのも、と思い無言で数分間歩いたところだ。例の天井が崩れたところで、椅子ほどの大きさの瓦礫に腰掛けていたロンがぴょんっと立ち上がった。
「ジニー!」
ロンがつんのめりながらジニーの前に駆け寄ってくる。
「生きてたのか!夢じゃないだろうな!一体何があったんだ?」
そのままロンは妹を抱きしめようとしたが、兄を見て家族のこととかいろいろ帰ってからのことを思ってしまったのだろうな。ジニーはしゃくり上げて兄の手を拒否していた。それでもロンは妹に優しく笑いかけている。
「もう大丈夫だよ、ジニー。もう終わったんだ」
いつもはやんちゃっ気があるウィーズリー家だがとても家族思いだからな。とても良い感動のシーンに私はうんうんと(無表情で)頷いていた。
「お兄ちゃんはいいものだ」
「先生、兄弟いるんですか…?」
ハリーが私の後ろから眉を顰めて変なものを見るかのように聞いてきた。生徒が教師に向けるどころか子どもが大人に向ける顔ではないぞ。
「生まれてこのかた33年のベテラン一人っ子だ」
「うわぁ、大先輩だぁ」
ついにノるようになってきたな、この子。
「ふむ、しかしこれで全員無事が確認できたし集合もできた。マクゴナガル先生に一足先に知らせるようにしよう。おそらく、グリフィンドール寮監と校長代理の仕事に追われているだろう」
ハリーに組み分け帽子と剣を返して杖を抜く。伝言用のパトローナスの呪文を唱えると銀色の塊が杖先から飛び出てくる。
雌鹿だと思った?残念!狐でした!
原作とは杖も違うのだ。性格やらなんやら違うために当然、守護霊も異なる。数年後、原作のとあるキーポイントを果たせない姿であるのが気にかかっているが、好みで見目を変えられるものでないのは仕方がない。
「先生、今のは?」
「守護霊の呪文だ。いろいろと使い道はあるが、離れた場所にいる人間にすぐに伝言を届けることができる」
基本的にディメンターと縁のない生活をしていればこういう使い道になるからな。
「さあ、早く城に帰ろう。皆が待っている」
フォークスの力を借りて秘密の部屋から脱出した後、私は早々にハリーたちと別れた。
というのも、気を失ったままのギルデロイを医務室まで運ぶ必要があり、ギルデロイの処分をどうしようかと一通り考えたかったためである。とりあえず、ハリーとロンにはギルデロイの秘密については彼らの身の安全のためにも口外しないようにと頼んでおいた。
生徒たちはフォークスに任せ、ついでにローストはジニーに任せた。なんだかんだでバジリスクスレイヤーなのだ。乙女の護衛を頼んだぞ、相棒。
さて、後に聞いた話であるが、ローストはバジリスク戦後の対リドル戦でも火を吹いたり、爪アタック(雄鶏には攻撃専用の爪があるぞ!)したりと雄姿を見せたらしい。その隙にハリーがリドルの日記にとどめを刺すことができたというわけだ。
肝心なバジリスク戦についてはハリーが剣を刺すタイミングと私がトリガーとなった鳴声が同時だったためにどちらが止めになったかは分からないらしい。出番として無いようなものになってしまっているが、ハリーはバジリスクの毒を喰らわずにすんだ。それに秘密の部屋の怪物を仕留めそこなうことも避けたのでいいとしよう。
また、ギルデロイについては杖の暴発の影響で杖腕がだめになったらしい。しっかり杖を握っていれば逆噴射した呪文はギルデロイに戻り、爆発の衝撃も少なく済んだであろう。だが、ローストの攻撃で杖を手放してしまった彼は爆発の衝撃をもろに腕に受けてしまった。魔法事故による損傷のため、校医によるとその杖腕は以前のように杖を振るほどの回復は見込めないとのことだった。おそらく、彼の得意としていた強力な忘却術はもう二度と使えないだろう。私は彼の被害にあったことはないが…残念ながら、自業自得であると言わざるを得ない。その代わり、“生徒と共に秘密の部屋に向かった勇気ある教員の名誉の負傷”ぐらいの扱いは彼に許されていた。
とにもかくにも石化被害者の回復、秘密の部屋の怪物が倒されたということで今年度の事件は解決した。その夜には盛大に祝いが催され、所用で出席しなかった私のところにも度々来訪者が現れては酒やご馳走やお菓子が献上されたのは言うまでもない。何気に私には人徳があるのだ。それを忘れないで欲しい。
しかし、今年ほとんどハリーたちの手助けになることは叶わず、一人ただ鶏を飼っていただけの私が事件についてこれ以上語ることはないであろう。
秘密の部屋の事件が解決された祝いということで年度末の試験はキャンセルとなった。もともとは試験期間。時間ができた私はローストチキン(焼かれていない)を抱えてハグリッドを訪ねていた。
「スネイプ先生、本当にいいんですか?」
「ああ、構わない。この方がこの子にとってもいいだろう」
そう言ってローストの艶々の羽毛を撫でた。
ハグリッドを訪ねたのは他でもない。ローストを彼に譲るためだ。もともと私がローストチキンを飼っていたのはご存知の通り、対バジリスクのためだ。秘密の部屋の事件が解決した今、彼の役割は終わった。
わざわざ自室で飼っていたのも秘密の部屋の継承者から守るためだったからな。奴がいなくなったのだから自然光も入らないような地下室に鶏を閉じ込めておく必要はない。
「雄鶏が全てやられてしまったのだろう?残った雌たちを守るために群れにはボス鶏がいなければなるまい?」
「オレとしちゃあ、ありがたい話ですが」
私の提案にハグリッドは困ったように頭をかいていた。
「この子も十分に育った。鶏の社会に返してやるなら今が適切であるし、ボスとなれるなら尚更だ。このまま私にべったりなのはもちろん可愛いが、親心として、強く元気に生きて欲しいのだ」
ローストチキンは話をわかっているのかどうか、真っ黒な目で私を見つめていた。
一年間可愛がっていたローストを手放すことはもちろん寂しい。しかし、鶏の寿命は10年、20年と続くこともある。もし私が今後原作と同じ最期を迎えたとすればローストを最後まで育てることができない可能性もあった。
もしそうだとすれば…確実な譲り先に事前に手渡しておき、さらにそれを鶏の群れに戻すとならばもっとも体力の有る若い頃の方がいい。
「君のところでは大事にしてもらえるだろうし、私はいつでもローストに会いに来ることができる」
ハグリッドとしばらく話し、私は別れもそこそこにローストを彼へと手渡した。最後に「それではな」と軽く撫でてから背を向ける。背後からバサバサバサッと翼をはためかせる音がする。続いて、コッコッコッとどこか寂しそうな鳴き声。
それに私は一度も振り返らずに丘を登っていく。まったく、同じ城に住んでいるというのにまるで今生の別れのようではないか。
一年前の夏、私はおがくずにまみれた小さなヒヨコだったローストと出会った。最初は普通のヒヨコだと思っていたのだから彼が口から煙を吐いていて驚いたのだったな。だから鶏を飼うだけでは必要ない防火の魔法や薬をずっと使い続けることとなったのだ。
夏中毎日散歩に出掛けたヒヨコ時代。新入生への自宅訪問にもホグズミードへの買い物にもカゴに入れて連れて行った。自分の衣服の手直し以外は凝ったものを作らなかった裁縫も、ローストを部屋に放すためのオムツと、遊ぶためのぬいぐるみを作ることですっかり上手くなった。育ったローストは私にとても忠実だった。授業中も生徒たちの面倒を見るなど、いつのまにか私のパートナーと言える存在になっていたのだな。
こんなに素晴らしいペットを飼えたことを誇りに思うぞ。
この後、ローストチキンはハグリッドの小屋のボス鶏を立派に勤め上げた。自慢のクチバシと爪と炎で猫だろうがイタチであろうが果てにはシリウス・ブラックからも群れと卵を守ったと言う。
後に彼の子供も生まれるようになり、『スネイプの育てた雄鶏の子供』は軒並み健康に育ち、特に雄鶏は強靭なボス鶏としてその界隈で名を馳せてひよこの人気も非常に高かったそうだ。
そんなこともまだ知らないこの時の私は、ただ愛鳥との別れに哀愁を覚えて空を見上げていた。切なく笑った私が次にローストチキンと会ったのは……当然、翌日の朝に遊びに行った時である。
こうして、私と鶏のハートフルな私生活は幕を閉じたのだった。
(外伝完結)
『転生したらセブルス・スネイプだった』シリーズ、以上にて本編及び外伝完結となります。最後までお付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。
こちらは一人称形式ギャグのシリーズでありましたが、本来、当方は三人称形式シリアスの作品傾向があります。シリアスを書きすぎて胃腸を悪くしたのでギャグを書いてみたというのがきっかけです。こう書くと胃薬のようですね。
作風が全く違うのでまた何か別作品でお会いすることは難しいと思いますが、少しでも明るい気分になってくださったり、笑ってくだされば嬉しく思います。
また、コメントからも執筆を支えて下さった皆様も本当にありがとうございます。たくさん励みとなり、こちらの方こそ笑わせていただくことも多く、とても楽しかったです。
それでは最後に、改めましてありがとうございました。
2022年5月21日