新学期がやって来た。
学校に戻ってから新学期が始まるまではそこそこ忙しく過ごしていた。九月から始まる授業の準備や仕事などがあるからな。
夏休みに何をしていたか?もちろん休暇を過ごしたに決まっている。
学校に残っていた、また帰ってきた教員達とも話をしたりもしたか。みな、特に変わりはなく元気そうだった。……クィリナス以外は。
「ところで、クィリナス…」
「ひっ!な、な、なんだい、セブルスっ?」
…学生時代に反省文の添削をしてくれた友人は大分面白いことになっていた。
現在新学期の挨拶&新入生の歓迎会の始まるまでの空き時間。教員テーブルでクィリナスがとなりの席に座っている。まあ、あれだ。原作を知っている諸君はご存知のように一年間の旅に出るまではマグル学の教授だった人間だ。
「すまない、驚かせるつもりはなかったのだが。この一年の旅がどうだったか聞きたくてな」
「あ、ああ。そ、それなら、す、素晴らしかったよ。」
説得力のこれほどない言葉もないだろう。それからクィリナスがどもりながらも頑張って説明する内容を「はー、そっすかー」といった心情で聞き流していた。
どもりがまだなく、頭はターバンになってなかった一昨年までのクィリナスは普通に若くカッコいい先生だった。ここであえて言っておくぞ。私も教師の中では若い分類だ。それはさておき、まあ、クィリナスは特に性格に難があるというわけでもなかったので男性教員によくあるパターンで女生徒からの人気は高かった。
その結果がこれ。後頭部に闇の帝王をはっつけたら大変身だな。地味に悪臭がさっきから私の鼻をついてくるのも減点かな。
残念、女生徒。まあ、来年には顔はいいギルデロイが来るからしばらくは我慢しろ。七年生は…社会にはいい男がゴロゴロいるさ。
そんなことを考えているうちに大広間の中央扉が開いてマクゴナガル副校長を先頭に小さな新入生たちが列をなしてぞろぞろと入ってきた。儀式の始まりを察してまだ話していたクィリナスはだまり、私も子供達に目をやる。
やー、一年生は可愛いな。
そしてこの中で比較的擦れてしまっている子たちがうちの寮に来るのか。それはそれでよろしいのだが、死喰い人つながりの子供たちも来るのは少々やり辛い。二十年前スリザリンに所属することになった自分の性格を恨みながら組み分けの儀式を眺めたのだった。
「ところで、クィリナス」
「ひぃ!!な、なにか?」
「ああ、すまない。君があまりにも驚くものだから忘れてしまった」
「そ、そうか」
「ああ!それでっ!!」
「ひぃやぁあ!!」
組み分け後の食事中、私は再びクィリナスで遊んでいた。
なに、私も鬼ではない。本当に何かのトラウマや体質などで神経過敏になっている人間ならば憐れむ心も持ちこんな酷いことはしない。だが、わざととなると話は別だ。こんな面白い遊び道具が傍にあるのだ。起上り小法師があれば意味もなくつついてみたくなる性分なのだから仕方がないだろう。
「セブルス、あまりクィリナスを驚かせるのは可哀想ですよ」
「すみません、一年ぶりのため彼と話すのが懐かしいものですから」
注意してくるのは組み分け後に教員席に戻ったマクゴナガル副校長。彼女に私は悪気ゼロを主張する返事をした。この性格のせいで私はきっと残念な蛇の寮所属なのだ。
しかし、ここで遊んでいるだけなんて後頭部にバレては面倒だ。さあ、どうしたものか。次はどんな理由で声をかけてやろうかと考えているとどこからかビシビシと視線を感じた。思わずそちらに目をやれば懐かしい記憶が蘇る。
「……見覚えのあるアンティークな丸眼鏡が…」
『丸眼鏡の知り合いいるの?』
ぼそりと、しかしつい口をついた言葉の後に亡き親友の言葉が聞こえたような気がした。
スズキさん、丸眼鏡だったよ。
丸眼鏡二世は突然パシリと額をおおった。あの有名な傷跡に痛みが走ったかのようだ。
その時、一瞬だけクィレルの頭がポッターに向いていたことに私は気づいていた。
新学期が始まって一週間。新しい授業とともに提出された宿題の採点など仕事が山積みで私は忙しくしていた。
さすがに原作スネイプ教授ほど自分の首を絞めるような生徒への嫌がらせ宿題量を出している訳ではない。しかし、やはりフクロウ試験まで全生徒必修ということでとてつもない仕事量になっている。
助手が欲しい。もともと死ぬほど忙しいのは性にあわないのだ。人間は仕事、休息、遊び・趣味が一日八時間ずつが理想と言われていたではないか。
「おーい」
「おはようございまーす、スネイプ先生」
どこからか快活すぎる声が廊下で響いている。げんなりしながら(しかし他から見ればいつも通りの無表情らしい)振り返るとお決まりの赤毛の双子がいた。
「廊下を走るな、廊下を。グリフィンドール2点減点」
「酷いです先生!俺たちは挨拶しただけなのに!」
「親愛なる先生に愛情たっぷりの挨拶なのに!」
朝一番からイラっとする言葉は双子のウィーズリーならではだ。だが、どうしてだろうな。私は彼らに時たま同族嫌悪のようものを感じるのだ。学生時代は監督生というお堅い権利職についていたというのに。私は問題児相手に自分の名前の由来の厳しさを持った態度で答える。
「ならば、こちらとしても教師として生徒に愛情を込めて作った夏休みの宿題をさっさと終わらせて提出してもらいたいものだ」
「その愛情はわかり辛いです、先生!」
「そうですよ!学生時代は俺たちと同じように悪ガキで名を馳せた先生なら課題というものがどれだけ学生の若く元気な精神を圧迫し、貴重な青春の時間を浪費するものかを分かっているはずです!!」
「グリフィンドールさらに10点減点」
どこかの誰かが言いそうなセリフにぴしゃりと終止符を打つ。そして、毎度毎度人の個人情報を漏洩しているのは誰なのだ。心あたりがありすぎるではないか。
「わざわざ減点されに来たのならば戻った方がいい。新学期から一週間経ったというのにまたグリフィンドールの点数をゼロからのスタートにしたいのならば別だが」
そして私はもう行く、と言うつもりで背を向けたのだが後ろから「「ちょっと待ってください!!」」とよくはもった声が聞こえてきた。
「まだ減点され足りないのか?」
「いえ、そういうわけではなく!」
「先ほど話にも出た俺たちの夏の課題のことです!」
力一杯言う双子をいつもの三白眼で見下ろす。正直時間はなかったのだが、さっさと話してみろと促した。
「教授が知っているように俺たちは一年のほとんどを何か面白くて新しい物を発明することに費やしています」
「それは、はい、魔法であったり、魔法道具、そして薬もあります!」
「そして俺たちはこの夏休みも新たな魔法薬学の可能性の実験に時間を費やしたので宿題は終わっていません!」
そこでフレッドだかジョージだかがぐっと手を握り締めた。
「でも、考えてみてください!俺たちは自主的にもっと高レベルな魔法薬学を研究してたんです!それは普通に宿題を終わらせるよりも高度で有意義な勉強法ではありませんか?」
「つまり、俺たちは、はい。魔法薬学のスネイプ先生に何かしら特別処置をして欲しいと───」
「課題の最終期限は来週の金曜日17時。提出できなかった場合は減点、罰則、補習だ。」
双子のウィーズリーを前にすっぱりと言い切る。二人が途端に「そんな」と言いたそうな顔をしたが、我ながら甘い処置だと思うのだが。夏休みから二週間後の提出だぞ。そして、私は言葉を続けた。
「ただ、君たちが「自主研究」をしたということならばその研究結果をきっちり論文形式にまとめて提出したまえ。利用法や物販自体の制作方法などは書かなくともいいが、予想した効果の研究内容について…仮説、実験、結果。実物があればなおいい。………内容が面白ければ特別点も配慮させてもらう」
そう言うと、彼らはパッと明るい顔になった。どうやらそれで良かったらしい。
本当は逆にめんどくさいハズなのだが。
「さっすが魔法薬学教授!話が分かる!」
「お礼に先生の噂をもっと仕入れてみんなにも伝えさせていただきます!」
「わかった。私の噂が耳に入る都度グリフィンドールから5点ずつ減点すれば良いのだな。毎日の宝石の増減が楽しみだ」
「先生!それは横暴です!」
「マクゴナガル先生が黙っちゃいませんよ!」
双子は最後まで悪ガキらしくふざけた調子混じりの言葉を残しながら去っていった。ああ、また走っていたのに今度は減点し損ねた。それに気付いた時には二人の姿はもうなかった。
しかし、まったく。何年やっても人の上に立つ仕事というのはめんどくさいものだ。腕時計を見たが時間はあまり残っていなかった。書類を自室か研究室に置いてから教室に向かうとすると、次の授業は数分遅れてしまうらしい。授業を休み時間まで延長するのは嫌いだ。
「今日は一年生の授業だというのに…」
書類の山の一番上には先ほど確認したばかりの新しい名簿帳を乗せていた。週末の朝。十数分後に始まるのはスリザリンとグリフィンドールの合同授業である。
原作でスネイプ先生初登場の皆にも思い出深いシーンであるのだから私は正直この日をワクワクドキドキして待っていたのだ。
普通に入るものか、バーンと扉を開けて入るものか、などと普段の自分のスタイルでないからやらないであろうことを楽しく考えていたりもしたのだ。
結局は数分遅れてしまい、早足で教室に向かって扉をバーンと開き、早足ですたすたと教壇に向かうことになってしまった。映画で見たようなシーンである。
はあ、授業というものは教員も生徒も時間厳守が一番なのだが、残念だ。「失礼。少々遅れた」とだけいつもの無表情で謝りさっさと出席を取る。名簿に全て印をつけ、生徒たちに目をやった。
ふむ。大部分が緊張と期待の混ざり合った目で例年とかわりない。だが、最後の時間割になっているだけに少々慣れが出ているような気もする。──それにしても、出席を取って気づいたがさすが原作世代。もうすでにほとんどの名前を覚えてしまっている。これは、少し楽かもしれない。
「この授業では魔法薬の調合、使用方法などについて教える。杖はまだ使わない。調合中も魔法はほとんど仕上げのためしまっておいた方がいいだろう。──うっかり鍋に落として薬の材料にしたければ別だが」
あっさりとした説明の後の注意に、机に杖を置いていた生徒たちはすごすごと片付ける。今年は逆に杖を放置してニコニコする天邪鬼はいないようだ。「素直でよろしい」と名簿帳を教壇に置いた。
「担当のセブルス・スネイプだ。少なくともこれから5年は毎週顔を突き合わせることになる。その点はご容赦いただきたい」
自己紹介も終わり、そこで考え込む。はて、原作スネイプ先生は一回目の授業で何を言っていただろうか。いかんせん、一巻を読んだのは大体40年以上前になっている。
教室は重々しい沈黙が続き、生徒たちがそわそわし始めてしまった。トリカブトは覚えているのだがな、トリカブトは。
「…モンクスフード、ウルフスベーンをもっとも効果的に使用するには?」
絶対にこれではなかった。それだけはわかる。突然の質問に生徒たちはポカーンとしている。
そもそもこれはいったい何のための質問になるんだ?生徒の顔を見回しながら考える。…一つだけ心あたりがある。私と同じ趣味の人間を見つけられるということだろうか。
毒物最高。これだけは譲れない。
「分かる者はいないのか?」
相も変わらず静寂である。こんなニッチな質問の答えが分かる者が多すぎても怖いが、わからないのも困るな。ハーマイオニーの方を見たが彼女は下を向いて黙りこくっている。そういえば、彼女は優秀だが植物に特化しているというわけではない。
彼女が答えられないとするともしかしたら薬草学の一年の内容でもないのかもしれない。
え、ごめん。
困った時のミス・グレンジャーと思っていたのだが、この質問、一体どうしたものか…。次点でもしこの問題に答えられる人間がいるとするならば…
「ミスター・ロングボトム、君はどうだ?」
「ぼ、僕ですか?」
確か原作では薬草学に強かったネビルに振ってみる。丸顔で目の大きなネビルは驚いた表情をして、困ったように目をギョロギョロさせた。
「答えられるか?」
問いかけると、ネビルは不安そうに顔を伏せて話しはじめた。
「えっと…、モンクスフードやウルフスベーンはアコナイト…トリカブトのことだと思います…。トリカブトは花弁や花粉まで全草に毒が含まれますが、一番強力なのは根です。この根を秋にとってよく乾燥させたものを使います」
本当に答えられたぞ、この子。このセブルス・スネイプ、ほぼ諦め状態で聞いたんだぞ?
「いい答えだ。グリフィンドール5点加点」
ネビルがほっとした顔をするのを確認し、生徒たちに顔を向ける。
「トリカブトはよく知られた毒物だ。だが、同時に薬にもなる。特徴的なのは根の形で、姿の似た植物との判別によく使われるほどだ。三角錐型の塊根で、秋には子根ができる。母根はカラスの頭のような形をしており、母根と子恨では運用方法が違う。………これはまだ区別が出来なくてもいいのでノートに記す必要はないが、興味のあるものは残すといいだろう」
早速ペンを走らせる真面目な生徒が何人かいたため、付け加えて言った。今回の質問はいつかは魔法薬学に含まれる範囲ではあるが、どちらかと言えば薬草学の分野になるはずだ。授業の初っ端からずいぶんと酷いミスリードをしてしまった。
まあ、生徒たちにとってはほとんどわからないだろうから気にはしない。近くでまだ緊張の解けていないネビルに優しく話しかける。と言っても普段と変わらぬ無表情である。
「君はヒキを飼っているのだろう?脱皮を始めたら是非声を掛けてくれ。そのときに出る毒は材料になる」
原作を読んでいる時に思ったのだが、私なら彼を敵にするような事はしない。薬草、つまり毒草に詳しい上にひき蛙を飼っているのだぞ。それで手を出すなど怖いもの知らずではないか。私の心の中を知らないネビルはコクコクと頷いていた。
「さて次の質問だが…ベゾアール石が何か知っている者は?」
今度はグレンジャー嬢が真っ先に手を挙げた。
難易度をどんどんと下げながら何個かの質問をして、生徒に答えさせる。その後の残りの時間を使って、生徒を二人組にして簡単な煎じ薬を作らせることにした。
全員の作業を見て回りながら声を掛ける。グリフィンドールとスリザリンの寮生はもちろん平等だ。私にとって他の人間の差というものは所属などたいして問題ではない。判断の基準となるのは、女性か否か、なおかつ男は年下かその他に過ぎない。
だから子供は結構好きだ。ハリーもドラコもネビルも平等に可愛いと思っている。さらに言えば女子はもっと好きだ。いや、なに。危害を加えようというつもりは毛頭ない。いつもの無表情な顔をして内面で愛でるに留めている。紳士と呼びたまえ。
こう言うと男性教師としてふさわしくないように思われるだろうが、私の幼少時代を鑑みてくれればありがたい。だから別に何もいかがわしい理由ではなく、単に子どもへの共感性が高いだけだ。
教室を見て回りながら所々簡単な手直しをし、褒めるのも忘れない。褒めるの大事。子供の目がキラキラ輝く。まだ制服を着慣れていない一年生の初々しい姿がどれだけ…げふん。…やはり濁す事はない。一言で言うとかわいい。
そんなことをやっていたら、我に返るのが少し遅かった。シェーマス少年に軽くあたり、190センチ近くの大人が近くに来たせいで彼はびっくりして鍋の火を消してしまった。そのときまさに山嵐の針を入れようとしていたネビルも驚いて身を引く。
「──ああ、すまないミスター・フィネガン。驚かせてしまったようだ。…ミスター・ロングボトム、今、針を入れなさい」
「は、はい」
ネビルはあたふたしながらも鍋に針を入れる。材料を加えるタイミングは良かったのだが、なんだか危なっかしかったため、私が匙を手に取って薬を混ぜた。……そう言えば、原作にこんなシーンあったな。匙を時計回りに5回し、煮えすぎた角ナメクジを一匹薬に沈めておいた。
「山嵐の針は火からおろしていれなさい。鍋が割れるときがある。」
なんとかそれまで通常に言えた。こういうときには自分の図太さに感心する。
「二人ともよくできているから、このまま続けるといい」
匙をシェーマスに返して二人から離れる。ドラコが見えたので、鍋を覗き込んだ。角カタツムリを上手く茹でていたのでそれを褒める。周囲から見たら私は全く平常心を崩していないように見えただろう。褒められたドラコは得意げだった。一応、調子に乗らないように作業の丁寧さをほのめかして変な間違いをしでかさないようにも気を付けておいた。
一回目のポッターの授業は特に問題なく終了したのだった。ただし、あまりポッターと関わらなかったな、ということには授業後に残念にも思った。なんともスネイプ先生らしくないではないか。
そして、その夜。
夏休みの宿題の採点のために今日も仕事を続けていた。やはり学校から出た後の課題の出来はあまりよくないと再確認していたのだが、研究室の扉にノックの音が響いた。
「スネイプ先生、少しお時間いただけますか?」
出てみればハッフルパフの4年生。女子生徒だった。推定年齢15歳。
「なにか?」
「先生、お願いです!何か先生の身の回りのものを貸してください!」
顔を赤くしてワッと言う女子生徒。緊張を弾き飛ばすような言い方だった。
「この休みに、好きな人に告白しようと思うんです!だから、お願いします!」
「………」
一度部屋を振り返り、なにかないものかと見回す。丁度暖炉にいいものがあったのでそれを取りに戻った。
確か飴の包み紙で作った折鶴。それを一つ女生徒の手に落とす。
「幸運を祈る」
「っ!ありがとうございますっ!!」
「失礼しました!」と元気に言って彼女は小走りで帰って行く。元気な女の子もいい。
見送りが終わると、部屋にもどり休憩のためにロッキングチェアに深く座ったのだった。
学校が始まって二週間が経った。結局物語の主人公のポッターとは特に話さずに過ごしてしまった。
こればっかりはめんどくさがり屋の自分の性格のために仕方がない。それに、入学して頑張って学校生活に慣れようとしている間にちょっと捕まえてみるというのは可哀そうだ。
まあ、特に足を止めさせて話すような内容もあるまい。もし両親について聞きたいと思えば、私がリリーやジェームズと仲がいいことは周囲が教えるのでしれているだろうし、向こうからやってくるだろう。
そんなことを考えているうちに、職員室でマクゴナガル先生からちょうどハリー・ポッターの話を聞けた。
「一年生とはいえ、ポッターは才能あふれたクィディッチ選手になります。ダンブルドア先生にはお話しして、許可を頂きました」
マクゴナガル先生はいつもの厳粛な態度を崩さずも、どこか嬉しそうだった。
あの人はクィディッチが大好きだからな。だが、それに対する信念が強すぎてやや怖い。スリザリンに敵意むき出しな上、ここ数年こっちの寮がやけに勝っているのでさらに怖い。私は何も悪いことをしていませんよ。
「スネイプ先生、よろしいですか?」
ああ、いかん。リアクションを忘れていた。
「マクゴナガル先生の目利きなら大丈夫でしょう」
書類から顔を上げて、ペンを止める。不要な紙でペン先のインクをぬぐいながら話を続けた。
「学生時代は相当優秀なクィディッチ選手だったとか。噂はかねがね」
「本当にすばらしかった!魔法省に行かなければプロとしても活躍していたでしょうに!」
同期のフリットウィック先生が当時を思い出すように言い、さらにスプラウト先生がにこにこしながら聞いている。
……いやー…、相変わらず寮監の中で仲間外れだな、私は。まず年が離れすぎているだろう。
マクゴナガル先生がクィディッチ選手だったことは学生時代にジェームズが図書館で歴代クィディッチ選手を探していたせいで知っていた。若いミネルバ・マクゴナガルは結構可愛かった。ちなみにマクゴナガル先生の母親も元クィディッチキャプテンでかなりの器量良しだった。眼福眼福。
「そういえばセブルス、君も一度クィディッチの試合に出たことがあったな!」
書類終わった、よし帰るかのタイミングでまた話が振られた。すぐには思い出せず、やや考え、ああ、と声が漏れる。
「ありました。ジェームズ・ポッターに喧嘩を売るために出させてもらいました」
「あの試合は面白かった。君たちが始終喧嘩しっぱなしだったからな」
突っかかってくるのはいつもジェームズからなんだがな。数週間スリザリンチーム以外にばれないように練習してシークレットの特別参加。いきなり試合に出てきた私にジェームズは当然のように面白いことになっていた。
グリフィンドールと観客は動揺しっぱなしの中でスリザリンは絶好調。数年負けが続いていたけれど久々にグリフィンドールから勝利をもぎ取った試合だった。
悪いな、ジェームズ。予想通りの面白さだった。
「それにしても、どうして君がクィディッチになんて…」
「フィリウス、フィリウス」
スプラウト先生がフリットウィック先生に声を掛ける。その声色はとがめるというよりも楽しそうだった。
「ほら、セブルスなんだから」
ふふっと含みのある笑いでフリットウィック先生も腑に落ちたようだった。
「では、私は失礼します。人と約束があるので」
まだ楽しそうな寮監たちを残して、荷物を手に職員室を出て行く。たまにはこうやって懐かしい話を聞けるのも良いものだ。
その後は自室に戻ってから仕事を片し、準備をしていると夕食の時間になっていた。二階の大広間に食事に向かう人波の中、それらを通り過ぎて玄関ロビーに向かう。本日の出先はホグズミード村で、夕食はそこでとる約束だった。
ホグワーツのいいところの一つは辺鄙な場所にあるにも関わらず、魔法族しかいない村が近くにあることだろう。徒歩数十分で職場からもマグルからも離れて羽を伸ばすことができる。
村に着いて向かうのはあまり賑やかでは無い場所だ。三本の箒などはなかなかサービスがいいのだが、知り合いに絡まれやすく、のんびりしたいときには向かない。ということで今回選んだのもやや薄汚れたバーである。正しくはやや怪しいバーともいえる。こいつら絶対関わってはいけないだろうという雰囲気の連中が端にいるのを捉えながらカウンター席をみると、そこには待ち合わせた人物がすでにいた。
「ハロゥ、リーマス!!懐かしきわが友よぅー」
「セブルス、ストップ、ストップ!!」
両手を広げてハグをしようとした私に、相手は手のグラスを顔に押し付けてきた。大げさな動作の割にゆっくりと近づいていてよかった。氷入りの水のグラスに顔面ぶつけるところだ。
「相変わらずだな、リーマス。ノリが悪い」
「君がノリだというのはやめなよ。声と行動とノリが元気な割に顔が無表情のままだから怖い」
学生時代からの友人はいつものにこやかな笑顔で、しかしどこか疲れた顔で返してくれた。
「怖いとは失敬な。これが私のアイデンティティだ。マスター、エールを。それに何か食べられるものを。ついでに彼にも私のおごりで」
「悪いよ」
「そんな青い顔をして何を言っているんだ」
「お前が言うのか、青瓢箪」
カウンター越しに言われ、肩をすくめる。酒場の老人は校長と同じ青い目でじろっと睨んできた。
ぬるいエールのジョッキが二つ、ドンッとカウンターに乗せられ、それを掲げてリーマスと乾杯をする。
「忘れないうちに渡しておいた方がいいだろう。…今月分の薬だ」
背の高い薬瓶を渡すと、リーマスはそれを大事そうに仕舞い、申し訳なさそうな顔をした。
「わざわざ毎月すまないね…。君だって忙しいだろうに」
「なに。私の研究になるから費用も降りるし、気にすることはない。それに、君がこれまで私に払ってきた苦労とこれからの分を加えれば向う200年は安泰だ」
「…一応聞くけど、何かやらかす予定なのかい?」
「今は未定だ」
決め台詞を吐くと、「お手柔らかに頼むよ」と苦笑してジョッキを傾ける。ジェームズには甘かったくせに、私には妙に信用無いな。
「そういえば、ハリー・ポッターが今年から入ったぞ」
私が来ることが、リーマス経由で伝わっていたのだろう。すぐに料理が出てきた。豆のケチャップ煮をよけ、ナイフで切り分けたジャガイモをフォークで刺す。料理の味が混ざるのはあまり好きではない。
「もうそんな年か。どうだった?」
「ジェームズにそっくりだ。遺伝子強すぎるだろう。リリーの面影が目しかない」
「同級生ならいいけど、ジェームズが生徒だとしたら大変だろうねぇ。いや、君がいない分ましかな?」
含みのある言葉を受けたが、なかなか心外だ。眉をしかめ、厳格な教師さながらの顔をしてみた。
「私は監督生になるような生真面目人間だが?」
「君の学生時代を知る人でそんなことを言うなら、私はその人を信じないようにするよ」
「それに私は含まれるのか?」
「君の話は昔から半信半疑で聞いているよ」
ああ言えばこう言う。リーマスは昔から大人しいけれども口が悪いのが玉に傷だ。これをぼやくと大抵の人間に「お前が言うな」と言われるのだが。
リーマスの言葉は馬鹿には理解できないが、私は馬鹿には直球でバカというタイプだ。婉曲でバカと言っても伝わらなければあえて教える、アフターケアに優れた人間だからな。
いや、もうバカはいいんだ。
「その半分信じられている分安心だな。で、ポッターだが生徒の中では大人しく感じた。性格まではジェームズに似なかったのだろうな。後は…ああ、箒乗りのセンスがマクゴナガル先生の目に留まり、一年生でクィディッチ選手に決まったらしい。しかもシーカーだ」
「ジェームズの遺伝子って仕事しすぎじゃないか?」
「次の代にも引き継がれると思うと末恐ろしいな。ハリー・ポッターはくせ毛からメガネまで瓜二つだ」
「メガネは遺伝に含まれるのかい?」
むしろ、あれが本体だろう。そのまま言うと、「なんだい、それ」とリーマスは笑った。
昔話を肴とした酒は久々にうまかった。それでしばらくリーマスと懐かしい話をしていたのだが、待ち合わせ場所を酒場にした理由をやっと思い出した。財布の中身を確認し、改めてカウンターに向き直る。
「アブ。この店で一番いい酒をくれないか?できれば女性が好みそうなものがいい」
「誰か女を口説く予定でも?」
「もちろん愛しの我が妻を。他の女性に手を出そうものなら彼女に生の皮をはがれてしまう」
冗談を挟んでいるが、我ながら愛妻家だ。カウンターに肘をついてにっこにっこしている…かどうかは不明だがそのつもりでリーマスを見ていた。一方、リーマスは複雑そうな顔をして私から目を逸らしていた。
「どうした?」
「あ、いや。君は今でも彼女のことが」
「もちろん、伴侶として一番に愛している。この意見は変えるつもりはない」
堂々と言ってやったが、それでもリーマスが浮かべたのは苦笑いだった。もう少し表情を配慮してくれてはどうだ。それも難しい話か。本当は聞きたいであろうことを、何年も追求して来ないぐらい気をつかわせているからな。
「そういえば、先ほどちょうど私がクィディッチの試合に出た時の話が出たぞ」
「ああ、あの大問題になった」
話題を変えるとリーマスはそれに倣ってノッてくれた。
「あれってグリフィンドールに首席を両方取られたから優勝杯だけを全力で阻止しにきたって言ってたけど、本当なの?」
「当然だ。首席争いはジェームズに負けたからな。試合後に私は自作の酔い止めの副作用で寝込んだが、あれがあったから結婚できたんだぞ」
表情は変わらないかもしれないが、右の口角はあげておこう。
「少しからかえば、顔中トマトみたいに真っ赤にして怒ってくる。それが面白くて仕方がなかった」
話をしている間にマスターがワイン瓶を出してくれた。話を聞いているのか、何も言う気はないと言わんばかりに唇を固く縛っているように見えた。
「だが、まあ、付き合っている間と合わせて何度別れてくれと言われたものか」
…………いかん、完全に飲み過ぎた。
「本当に早く別れてやればよかったかもしれん…」
「セブルス、君、飲みすぎてないかい!?」
いきなり頭を抱えて落ち込んだ私を見て、リーマスがぎょっとして驚く。全く、せわしいな、旧友。
「しかし、そうは言っても後の祭りだ。それに、なんど繰り返しても私がそうするとは思えない」
「復活が早いのも君らしいね…」
うんうんと頷いている私を見て、リーマスはあきらめたようにグラスを煽った。降参も早すぎるだろう。ただし、これが彼なりの私のあしらいかただった。
新しく出された瓶から酒をグラスに注ぎ、リーマスにも注いでやる。
「学校をでて、ようやく大人らしくなり始めて数年。私たちの世代はもっとも困難な時代だった。誰もが辛い記憶を持っている」
「君のようにね」
言われてしまい、酒を口に含む。
「……ああ、私たちのようにだ。ジェームズなんて、殺しても死ななそうなものだったのだが」
今度はリーマスがグラスを傾ける。
「セブルスだって、不幸なんか想像できない性格じゃないか。自分も他人も巻き込んでハッピーエンドになる、そんな風に思っていたんだけどな」
「ハッピーエンドは無理だったが、今は生徒からラッキーアイテムにされている。皮肉なものだ」
へぇ、とリーマスは興味を持ったような返答をする。それはそうだろう。そのような扱いを受けるようになったのはホグワーツに就職してからだった。本当に幸運に恵まれているならば、もっと早ければいいものを。
残りの酒を一気に煽り、グラスを戻す。ふぅ、とため息を付くと少し落ち着いた。一息着いたのが良かったかもしれない。突如、自分の中に何かが閃こうとする感覚がでてきた。
「詳しく聞いてもいいかい?」とリーマスが相槌を打ってくれているのを聞き流す。固まり、黙り込んだ私をリーマスは不思議そうに見てくる。
「……あー」
「……セブルス?」
「ああ、そうか。なるほど」
府に落ち、ぽんっと手を叩くとそのまま席をたった。巾着を掴み、やや多目の硬貨をカウンターに置く。
「リーマス、足りるうちなら好きに飲んでくれ。アブの分はこっちな。そう言うことで、よろしく、マスター」
「おい、セブルス!?」
驚いて一緒にリーマスも立ち上がるが、その肩を押さえて座らせた。
「リーマス、帰りに宝くじでも買ってみろ。当たるぞ」
「は?」
耳打ちした内容がまたもや突然なためにリーマスは変なものを見るかのような目で私を見ていた。
まさに変な人さながらの行動だと自覚しつつ、生来面倒くさがり屋な私は去り際の挨拶だけを残して素早く立ち去ったのだった。