日蓮『立正安国論広本』を読む   作:wash I/O

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第十問 ボクの信仰心

 第十問も、さらりと目を通しておこう。

 

 表面上は、第九問答までで改心した客が今後の自分自身について誓う、という体裁になっているが、もちろんこれは、日蓮が立正安国論の読み手に期待していた態度、を意味しているのである。無論、日蓮にそれを期待する資格があるか、と問うと、個人的にはちょっと微妙、とは思う。

 

 実際、日蓮は本書を通しての北条氏鎌倉幕府への自説浸透には失敗している。

 

 が、事実、歴史を振り返れば、この立正安国論に心を動かされて、良きにつけ悪きにつけ、我もかくあらんと行動した人たちが少なからずいたことは否定できない。

 

 さて。

 

 この部分は、一文字脱字がある他は略本と広本で内容が一致している。穿った見方ではあるが、広本増補時点の日蓮の中に、特に第九問答までに種々の加筆をおこなってここに至った彼の心中の奥底に、読者に対する若干の諦めにも似た心情があったのではないか、という気がしないでもない。

 

 その中でも、以下の一節にボクは注目したいのであるが。

 

 我一仏を信じて諸仏を抛ち、三経を仰いで諸経を閣きしは、是れ私曲の思に非ず。則ち先達の詞に随いしなり。十方の諸人も亦復是くの如くなるべし。

(下線部は略本では「三部経」、広本は脱字している)

 

 先に字面上の意味を追っておくと……阿弥陀仏のみを信じて他の仏をなげうち、浄土三部経を信じて他の経典をさしおいたのは、自分勝手な解釈によるものではなく、ただ先達=法然の言葉に従ったのみなのであって、他の人も同様であるはずです……といった感じになる。

 

 前段の第九答後半に、これでもかと仏教に違背した人々が辿る悲惨な末路を示された後であるからして、何とも無責任な発言のようにも一見思われるのであるが、読者諸兄には納得し難いであろうと承知の上で言うと、これは日蓮主観においては実は慈悲の表明なのである。

 

 当時の人々の目線でもって想像してみて欲しい。迷信深い、と言ってしまえばそれまでだが、中世の日本人(に限った話でもないが)にとって、自身が信仰上の罪を犯した、という自覚は、我々の想像を絶する空恐ろしいものであった。第九答後半の酷い引用部は、直接的には日蓮による読み手に対する脅迫であるように見えると思うが、同時に、当時の人々が大なり小なり共有していた強迫観念を日蓮が代弁しているものでもあるのだ。

 

 そして日蓮は、半ば義務感で、特に広本時点では悲壮なまでの使命感で、以って「正しい法はこれである」と指し示しているワケだが、同時にこれは、確信的に日蓮とは異なる信仰体系を有している人はさておき、多くの一般的な読者にとっては聞くもおぞましい有罪宣告に、結果的になってしまっている。

 

 思うに上引用は、日蓮がそのことに自覚的であり、法然一人にその責を押し付ける倫理上の問題はあるにせよ、自身の過去の誤った信念に必要以上に拘泥する必要はない、正しい法に従うのに手遅れはないのである、何故ならば釈迦の慈悲は広大無辺であるから……という表明なのだ。

 

 いやいや、それはいくらなんでも日蓮を好意的に評価し過ぎでしょ、と言われればその通り。実際、今ボクは無理をして日蓮を褒めたのであるから。言いたいことは、こういうことだ。

 

 ここで述べた好意的解釈は、本稿を通読し、日蓮の言説に種々問題が内包していることを知ったればこそ、無理繰りの好意的解釈であることが自明となるものであって、前後抜きにこの部分のみを抜粋し、それらしい体裁の解説として示されれば、なるほどそういう意味か、となっても、まぁ、自分で言うのもアレだが、決しておかしくない解釈ではあるのである。

 

 で、日蓮のみならず、宗教テキストというものは、もちろん、何でもかんでも善意で解釈するのは問題があるにせよ、基本的には、それが正しいか間違っているか、ではなく……そもそも何を基準にそんなことを判断できようか……そこから如何に前向きな、今日一日を楽しく生きていける教訓を引き出せるか、という視点で読むべきなのである。有り体に言えば、面白おかしく愉快に読むべきなのである。

 

 そして、そのように読んだ人が、実際に面白おかしく愉快に暮らしていたとき、そのとき初めて、あぁ、あの宗教テキストはいいこと言ってるのかも知れない、と思う人が出てくるのである。まぁ、ボク個人は万人に日蓮を勧めるつもりは毛頭ないのであるが、でありつつ、常にこういう視点で、日蓮遺文も聖書も、その他諸々も読んでいる、ということは言っておきたい。

 

 唯我が信ずるのみに非ず、又他の誤りをも誡めんのみ。

 

 以上が立正安国論の末文である。

 

 日蓮もこう言っているので、存外信仰深いボクも、本稿でちょっとだけ熱く語ってみた。

 

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