日蓮『立正安国論広本』を読む   作:wash I/O

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第八問答 誅(ちゅー)しちゃいたい

 早く天下の静謐を思わば、須く国中の謗法を断つべし。

 

 物騒な異端排斥思想を含む第七答が上引用句で締めくくられ、第八問答が始まる。

 

 さて、繰り返し述べているように、本連載では立正安国論のオリジナルとなる略本(1260年上梓)と、増補改訂版となる広本(1276〜8年頃成立)の差異を適時参照しつつここまで読み解きをおこなってきたのであるが、細部こそ異なれども、ここまで略本と広本それぞれの主張には、目立った違いは見られなかった。

 

 これから見ていく第八問答だけが、私見では、略本と広本で日蓮の立ち位置に大きな変化が見られる部分となる。そしてこの差異は、続く第九問答でいよいよ登場するところの、いわゆる立正安国論の“予言”と深く関わってくる、とボクは見ている。そのことを念頭に置いて、今しばらくお付き合い願いたい。

 

 客の曰く、若し謗法の輩を断じ、若し仏禁の違を絶せんには経文の如く斬罪に行う可きか。若し然らば殺害相加つて罪業何んが為んや。

 

 第八問は上引用で始まる。ここでも我々は、日蓮が、幕府が専修念仏を受け入れがたいと考えている理由を読み違えていることを知るわけだが、それはさておき。日蓮は客の口をして、謗法の輩=第七答でいうところの一闡提、を斬り捨てるべきなのか、それは仏教的に罪業となるのではないか、と問わせている。

 

 面白いことに、ここまで基本的に、客の世俗観点からの問いに対し、主人が仏典からの引用で答えるという体で進んできた問答がここでは逆転し、以下、客が僧侶の殺害を戒める仏典の引用を示す側に回る。

 

 裏を返せば、それが事実であるかはともかく、日蓮は当時の鎌倉幕府首脳がそのような認識を有していると思っていた、ということになる。

 

 ここで少し穿った見方をすると、一般には安国論は日蓮が身の危険も顧みずおこなった国家諌暁の書である、と言われるのだが、こうして日蓮が客の立場で以って僧侶の殺害を戒める仏典を引用して見せるところを見ると、北条時頼を含む幕府関係者が僧侶である日蓮を決して殺めたりはしないと、彼自身は端から高を括っていたのではないか、という気がしないでもない。いや、確実にそうだろう。

 

 原理主義者日蓮は、以下の経文もまた心底信じていたはずなのであるから。

 

 頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒をも、天人彼を供養す可し。則ち我を供養するに為りぬ。是れ我が子なり。若し彼を撾打すること有らば、則ち我が子を打つに為りぬ。若し彼を罵辱せば、則ち我を毀辱するに為りぬ。

(下線、我、は略本では“彼”だが、おそらくこれは誤字)

 

 以上は最初に引かれる大集経の一節だが、もう繰り返すまでもないと思うが、ここで言われる“我”は釈迦であり、釈迦の言葉でもって、頭を剃って袈裟さえ着ていれば、戒律を守っていようがいまいが養ってやれ、そいつは釈迦の子なのであって、そいつを傷つけたり非難したりすれば、釈迦を傷つけたり非難しているのと同じなのだ、と言わせているワケだ。

 

 もちろん、実際に書いたのはどこの誰とも知れぬ僧であり、要するに彼は「オレに飯を食わせろ、傷つけるな、批判するな、釈迦がそう命じているのだ」と言っていることになる。げに<仏教>というのは、情けない歴史を積み重ねて来たものよ、と嘆きたくなるが、もちろん、これを引用している日蓮はそのようには読んでいない。釈迦が本当にそう命じたのだ、という立場である。

 

 上内容と、前話で触れた涅槃経の「一闡提は殺していいのだ」という記述はあからさまに矛盾しているが、日蓮がそれを気にしている様子はない。もっとも、天台・日蓮教学的にいえば、大集経は権経であるから、内容が矛盾するときは法華・涅槃経の記述が優先する、という意識で読まれていたのだろう。

 

 以下、同趣旨の仏典引用が続く。上記はまだ比較的マイルドな内容で、続いて引かれる引用はいずれも僧形を為すものを傷つけたならば地獄へ堕ちるのだ、と恫喝している。一見、世俗の有象無象から超克しているように考えがちな<仏教>であるが、存外権力者その他からの攻撃に対して、宗教的権威を振りかざして、それが実際に役に立ったか否かはともかく、予防線を張ることに熱心であったことをここに知るのである。

 

 さて、これに対して主人はどう答えるのか。

 

 主人の曰く、客明かに経文を見て、猶斯の言を成す。心の及ばざるか、理の通ぜざるか。全く仏子を禁むるには非ず、唯偏に謗法を悪む也。

 

 自分で書いておいて心の及ばざるか、理の通ぜざるかはないだろう、とは思うのであるが、それはともかく、日蓮の言い分は要するに“罪を憎んで人を憎まず”ということらしい。言葉通りに受け取れば、謗法(ほうぼう)を犯した者を罰することが目的なのではなく謗法自体を取り除くのだ、ということになろうか。これはわからないでもない。いや、ここまで何一つまともなところがなかった日蓮の言の中で、唯一納得できる見解ですらあるかも知れない。

 

 夫れ釈迦の以前、仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以降経説は則ち其の施を止む。

 

 ここでいう釈迦の以前、仏教は其の罪を斬ると雖もは、具体的には涅槃経に出て来た、釈迦が前世で婆羅門の命根を断った、という与太話を指している。大乗仏教においては、“仏教”という言葉は、狭くは釈迦が説いた……実際には自分らで都合のいいように偽作しまくっているのであるが……教説であると同時に、それをも内包する時空を超えて普遍的な真理、といった意味合いをも付与されていたので、“釈迦の以前の仏教”という妙な表現が成り立つのである。

 

 能忍(のうにん)というのは釈迦の異称で、“釈尊”や“仏陀”のバリエーションと思えばよろしい。ここでこの表現を用いているのは、字義的に言いたいことに通じるからだろう。すなわち、前世の釈迦は仏教に敵対する者を殺したかも知れないけれども、我々の知る釈迦以降は、これを能(よ)く忍(しの)んで、殺さずに布施することを止めるのである、と言っている。

 

 これをボクは「宗教に対する根拠不明瞭な支出を止めろ」と意訳するのであるが、略本のみを読む限りにおいては、日蓮の意図もおそらくそれで間違いないと思う。

 

 つまり、日蓮の脳裏には涅槃経が言うところの「食わんがために出家するハゲ」がある。こいつらを世俗の人間が、頭を剃り袈裟を著しているからという理由だけでありがたがるから今日の仏教の腐敗があるのであって、彼らを養う側の世俗の権力者や一般大衆が、法華経に違背することを言うハゲに対してお布施するのを止めれば、自然と謗法の輩はいなくなるではないか、というのが、そもそもの日蓮の最も主張したいところであったようだ。

 

 突き詰めれば、日蓮が……彼自身の自覚の有無はともかくとして……真に排斥したいと願ったのは、実は彼が“謗法”と呼ぶところの、彼が信じる正しい仏教に対する違背、そのものではなく、一旦権威付けられてしまった神仏や言論に対し、原点に遡っての真偽良否などお構いなしに受容してしまいがちな権力および大衆の衆愚性だった、ということは言えるように思う。

 

 平たく言えば「諸君、ハゲ頭(クソ坊主)に騙されるな、賢くあれ」と言っているのである。

 

 まぁ、言っている本人に、ひょっとしたら自分も誰かを騙そうとしているのではないか、という疑念が皆無であるところに問題がないワケでもないが、ともかく、このように要約してしまうと、ここまでの字面上での荒れっぷりが嘘みたいにマイルドになってしまうのだが、この辺りに彼が長く近現代の日本史上において、その適否はともかく、種々のイデオローグの根足り得た原点がある、とボクは解している。

 

 だが、しかし。日蓮は期待を裏切らないのである。

 

 略本では、上引用のあとに「こうすれば災難は収まるのだ」という脳天気な断言が続いて第八答が終わるのであるが、広本ではこの部分に以下のような一節が新たに加えられている。

 

 此れは又一途也。

 

 謗法の僧に対して布施を止める、と言ったが、これはその方法の一つである、というのである。では他に何があるのか。

 

 いささか冗長な内容なので拙抄訳で紹介するが、まずインドに戒日大王という人がいました、と。この人は実在の7世紀のハルシャ=ヴァルダナという王様で、かの玄奘三蔵をインドでもてなした人でもあるのだが、元はヒンドゥー教を奉じていたが後に仏教に改宗した。日蓮の典拠がよくわからないのだが、この人が反仏教の人々を罰した、という故事があるらしい。

 

 さらに続けて……お気づきのこととは思うが、件の日蓮の悪癖が出ている……9世紀の唐の皇帝宣宗は、先代の武宗帝の廃仏政策を改めるに際し、道教の士十二名を誅殺しました、と。そして、これらの王が罰した罪は大したことはないのだ、なぜなら罰せられた人々はそもそも仏教徒ではないのだから、と日蓮は言う。対して、今話題にしている法然、ひいては専修念仏の人々は仏教徒でありながら仏教を否定しているのだから罪はとても重いのだ、と。で、結論は以下の通り。

 

 速やかに重科に行え。

 

 結局、殺すんかーぃwww

 

 ちょっと嬉しくなって思わずはしゃいでしまった。

 

 お気づきのことかとは思うが、これが第七答の略本と広本の差異、つまり涅槃経引用から刀杖を持すと雖も命を断ずべからずの一節が広本において削除された真意、と考えてまず間違いない。つまり、広本増補時点の日蓮は、一時の感情でこれを言っているのではなく、極めて怜悧に辻褄を合わせつつ第八答にこの下りを加筆したことがわかるのである。

 

 ちなみに、底本著者の小林正博氏は、この重料について、他の日蓮真蹟断簡に没収の重料という語用があることを以って、領地の没収を指す場合があって必ずしも死罪を意味してはいない(趣意)とするフォローを入れているが、個人的にはちょっとそれは苦しい護教論だろう、という気がする。宣宗皇帝は誅しちゃってるんだから、やはり日蓮も誅しちゃいたい、と思っていたと解するのが素直な読みではなかろうか。

 

 いささか独りで盛り上がり過ぎてしまったので、頭を冷やして整理しよう。

 

 略本執筆の時点では、日蓮は第七答で一闡提を殺してしまえ的な仏典をあれだけ引用しておいて、第八答で対照的にマイルドな施を止むという具体策を示している。あくまでも私見であるが、これは極論を示しておいてから、聞き手がより受容し易い献策をおこなっているのであって、よく考えられた修辞であるように思う。

 

 しかも、ここまで徹底して仏典の引用を主軸に据えてきた日蓮が、この施を止むについてのみ、根拠となる仏典を挙げていないのも興味深い。つまるところ、能忍の以後経説は則ち其の施を止むは、法然風に言うところの私に云く、要するに日蓮が珍しく経典に依らない、自分自身の考えを述べている部分なのである。日蓮といえども、涅槃経のアジ演説は流石に受容し難かったのだろう、少なくとも略本執筆の時点では。

 

 同時にこれは、略本時点での日蓮の立正安国論執筆の真意は、実は国家諌暁という仰々しいものでは必ずしもなくて、ひとまずは鎌倉幕府に自身の存在と能力を認めさせ、鶴岡八幡宮の別当あたりにでも地位を得て、以って法華経を講じて日本国を救うことを企てたものではないか、とする私見の、根拠の一つでもある。

 

 これに対して、広本増補時の日蓮は、略本執筆時とは異なる視点に立っているように見える。具体的には、施を止むのも一つの方法であるとしつつも、明らかにその力点は速やかに重科に行えの方へ横滑りしている。これが本稿冒頭で、第八問答だけが略本と広本の主張に差異がある、と述べた点になる。

 

 これは何を意味しているのか。

 

 いよいよ次回以降、“予言書”としての立正安国論となる第九問答に入り、ここで述べた謎、また、ここまで積み残してきた疑問を読み解いてみよう。

 

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