「何ィ!」
「遥花! …ば、バカなッ!」
「な、なんてこった……殺っちまった…。J・ガイルの旦那! 女は殺さねえ約束だぜ!」
額から赤い血を流しながら、花京院の腕の中で目を瞑りぴくりとも動かない遥花を見て、ホル・ホースは強く狼狽える。
「…俺は世界一女に優しい男なんだ。世界中にガールフレンドがいるし、女に嘘はつくが女だけは殴ったことがねえ。ブスだろうが美人だろうが、女を尊敬しているからだ! ……な、なのに、殺しちまうなんて! 畜生!」
ポルナレフは、遥花を撃った張本人であるホル・ホースの方を向きながら冷たく言葉を発した。
「俺なんかについてくるからこうなるんだぜ。なんてザマだ」
「な…なんだと? ポルナレフ」
「誰がついてきてくれと頼んだ。お節介好きのしゃしゃり出のくせにウスノロだからやられるんだ……こういう奴が足手まといになるから、俺は1人でやるのがいいと言ったんだぜ」
「た、助けてもらってなんてやつだ」
「迷惑なんだよ」
ポルナレフがそう言ったとき、花京院は気づいた。ポルナレフの目からボロボロと涙が溢れていることに。
「自分の周りで死なれるのはすげー迷惑だぜッ! この俺はッ!」
「ぽ、ポルナレフ……」
彼からすれば、死んだ妹と同年代の女の子が死んだのだ。今度は自分の前で、守れる手の範囲にいたはずなのに、騎士でありながら、女の子である遥花に庇われた上に、死なせてしまった。複雑に入り混じった感情が、ポルナレフの瞳から涙としてとめどなく溢れてきたのだった。
「遥花、嘘だろ? 冗談が過ぎるぞ。もう十分、みんなの度肝を抜いたよ。だから、そろそろ起きてくれ」
花京院は、遥花の体を抱き、自分の方へと寄せる。花京院の目には、涙が滲んでいた。
「け、怪我をしているだけに決まっている……軽い怪我さ。ほら…喋りだすぞ。今にきっと目を開ける。遥花……そうだろ? 起きてくれるんだろう?」
だが遥花は、その問いかけには答えない。指を動かすことさえしない。
慌てて花京院は遥花の脈を図った。だが、悲しくも反応はなかった。
「お…起きてくれ! 頼む…遥花!! クッ、ばかな……簡単すぎる。呆気なさすぎる……」
遥花の体を優しく、地面に下ろし、花京院は自分の手が遥花の血で染まっているのを見て、更に表情を歪ませる。
「わ、わざとじゃねえんだ! 俺だって好き好んで女を殺したりしねえ! ……そ、それに、お前らがこんな危険な旅にその子を連れてきたのが悪いだろうが! そうすりゃ巻き込まれることもなかったんだぜッ!」
「ポルナレフ! 相手の挑発には乗らないでください! まだわからないのですか、アヴドゥルさんも言っていた。『1人で戦うのは危険だ』と。しかしあなたはそれを無視した……1人で戦おうとした! あなたは今! 相打ちしてでも敵を討つと考えているなッ!」
「俺に、どうしろというのだ……」
「遥花はそれを心配して、あなたを追って来てこうなった。勝てる見込みが見えないうちは戦うな! こいつらのスタンドの性質がよくわからないから、ここは一時引くのですッ!」
ポルナレフはわなわなと拳を震わせる。
「遥花は背中を卑劣にも刺された……妹は、無抵抗で殺された。この無念を抑えて逃げろというのか!?」
「自分も死ぬような戦いは止めるんだッ! 遥花はそれを言っているのだッ!」
「どうした、こんな女の子だけ犬死させて我が身可愛さに逃げるのか!? ええ! どうなんだ! ポルナレフ! ゆっくりこちらの方に戻ってくるんだ! そこにあるトラックで逃げる!」
「野郎~~~~ォ」
「ポルナレフ!」
「ハア、ハア、ハア……お、抑えろというのか。ち、畜生…わ、わかっ……」
ポルナレフが一歩ずつ、花京院の方に戻っていったというのに、それに茶々を入れるものがいた。ハングドマンだ。
「クク……おい、ポル…ナレフ……」
「!」
「遥花とやらは、お前のために死んだんだ。遥花に借りが出来たってことかなあ~、お前がいなけりゃ死ななかったかもなぁ、ククク」
「や、野郎~! 本体はどこにいやがるッ!」
「ポルナレフ、落ち着けッ!」
「でも悲しむ必要はないな。喜ぶべきだと思うぞ……すぐに面会できるじゃあないか。お前も死んであの世で、間抜けな2人と一緒にな…クク」
ハングドマンはさらにポルナレフを煽るようにベラベラと言葉を紡いでゆく。
「俺にどうやって殺されたか、あの世の妹に聞いてみな」正真正銘の下衆でなければ吐けないセリフに、ポルナレフは激高する。
「挑発に乗るなッ! 誘っているんだ!」
シルバーチャリオッツの剣が、ハングドマンの映る鏡を切り刻むが、ハングドマンには一切ダメージが入っていなかった。
「お前のチャリオッツに我がハングドマンは切れない。俺は鏡の中にいる。お前のスタンドは鏡の中に入れない、だからだッ! 悔しいかぁ、悔しいだろうなぁ~。おい、ホル・ホース、撃て」
「あ…ああ、わかった」
「死ねッ!」
「エメラルドスプラッシュ!」
「な、なに!?」
ハイエロファントグリーンが放つエメラルドスプラッシュは、ポルナレフもろとも周囲を攻撃した。
そして花京院はトラックに乗り込み、ポルナレフの腕を掴んでその場から逃げる。
「花京院とやら、やりよるぜ。ちィ! しかもスタンドの射程距離外だ。あんなに離れちゃあ弾丸の威力もなくなる。…! J・ガイルの旦那は追ったか。とことんポルナレフを始末する気だな!」
その場にスタンド使いがいなくなったホル・ホースは、死んでしまった、否、自分が殺してしまった遥花の元に近寄る。
「……額を直撃、か。く、クソッ! J・ガイルの旦那、遊びが過ぎるぜ!」
ホル・ホースは顔を歪ませて、J・ガイルを追った。
〇 〇 〇
「す、すまねえ、花京院……お、俺は妹の仇をとれるなら死んでもいいと思っていた。でも、わかったよ。遥花の気持ちが分かった。アイツの気持ちを無駄にはしない。生きるために闘う…!」
「ほんとにわかったのですか?」
「ああっ」
ポルナレフが返事をしたのを聞いて花京院はポルナレフの顔面目掛けて、思いきり肘鉄を食らわせた。
「それは仲直りの"握手"の代わりだ、ポルナレフ」
「ああ、あ、サンキュー…花京院……ぐあっ」
「今度奴らが襲ってきたら! 僕たち2人が倒すッ!」
花京院は、自分の制服の袖で涙を拭った。
「…だが、どうすればいい。俺は確かに、確かに奴を剣で突いた。だが命中はしなかった、手応えはなかったんだ。奴のスタンド、ハングドマンはスタンドが映っている鏡が割れても小さく鳴った破片の中からまた攻撃してきた。奴は鏡の中で鏡の中の俺を襲う!」
「……ポルナレフ、鏡の中とか鏡の世界とか盛んに言ってますが、鏡に『中の世界』なんてありませんよ。ファンタジーやメルヘンじゃあないんですから…」
「何言ってんだ、おめえも見ただろ?」
「ええ、しかし鏡っていうのは光の反射。ただそれだけです」
「教えてもらわなくたって知っとるぜッ! 今! この場合のことを言っとるんだよ! スタンドがあるなら鏡の中の世界だったるだろ!」
「ないです」
きっぱりと否定する花京院に、ポルナレフは呆れた声を出す。
だからこそ花京院は続ける、ハングドマンの謎はそこにあると。スタンドはスタンドで倒せるのなら、ハングドマンにはまだ何か謎があるのだと。
「!?」
きらりと光るハンドルの金属部分に、J・ガイルのスタンド、ハングドマンが映っていた。すでにトラックの荷台に這い上がってきていたのだ。
「ポルナレフッ、ハンドルのメッキに奴がいるッ! 奴は追いついているッ!」
金属に映ったハングドマンが運転席後ろの窓ガラスを割って入ってきた。
トラックが大きくスリップし、2人は這うようにトラックから出る。
「だ、大丈夫か…花京院…」
「胸を打ったが、大丈夫だ……ん?」
バンパーに映ったハングドマンがポルナレフにナイフを振りかざしたのを見て、ポルナレフは急いでチャリオッツを出現させたが、バンパーが細切れになって吹っ飛んだだけで、ハングドマンにダメージは与えられていなかった。
「クソッ、花京院! 映るものから身を隠すんだ! わ、わかった…今、見えたんだ。奴は鏡から鏡へ! 映るものから映るものへ飛び移って移動している。反射を繰り返してここまで追ってきたんだ…!」
「反射? つまり奴は光か! 奴の正体は光のスタンドということか!?」
2人が自身の身に着けているものから、反射するようなものを外していると、小さい男の子が怪我をして血を流しているポルナレフと花京院を心配そうにのぞき込む。
「おにいちゃんたち、車の事故はだいじょうぶ? お薬もってこよーか?」
「おい小僧! 向こうへ行けッ!」
少年の綺麗な瞳の中に、花京院と、ポルナレフと、ハングドマンが映っている。
「怪我は大丈夫?」そんな風に見知らぬ人を心配できる優しい子を盾にするなど、外道という言葉以外に奴を表すことが出来るだろうか。
「子供の目の中に! おい小僧、俺たちを見るなッ!」
そうはいっても、少年は怪我をしている2人を心配しているのだから、ハングドマンを宿したその目は無知にもポルナレフを追ってしまう。大丈夫だよとポルナレフが言うにも、血が出ているよと指をさす。
「どうするんだポルナレフ、まさかこの可愛い子供の目をその剣で潰すというのかね?」
ハングドマンの手が、ポルナレフの首を絞めつけた。
子供の目を潰さない限り、もう逃げられないように思えたが、どれはJ・ガイルがそう思っていただけであった。
「何て卑怯な男だ、J・ガイル……遥花を卑怯にも後ろから刺し、そして今! 子供を攻撃できないのを知って利用する……許さん! 許さんぞ!」
「フッ、フフフッ……おい花京院。この場合、そういうセリフを言うんじゃねえ。いいか、こういう場合! 敵を討つときというのは今から言うようなセリフを吐いて戦うんだ……」
ポルナレフは一呼吸おいてからハングドマンを通してJ・ガイルに言う。
「『我が名はジャン=ピエール・ポルナレフ。我が妹の魂の名誉のために! 我が友遥花の心の安らぎのために…この俺が貴様を地獄の淵へブチ込んでやる!!』J・ガイル……!」
許せ小僧、そう言ってからポルナレフは少年の目に砂をかけ、強制的に目を瞑らせる。
少年の瞳から、一直線にポルナレフの瞳へと移る時を見切り、シルバーチャリオッツの剣で斬る。
「原理はよくわからんが、こいつは光並みの速さで動く。普通ならとても剣では見切れねえスピードさ…だが子供の目が閉じたなら、こいつが次に移動するのは俺の瞳だろうということは分かっていたのさ」
自分の目に飛び込んでくるという軌道が読めれば剣で斬るのは容易い事であったのだ。
ポルナレフの瞳の中のハングドマンが袈裟切りに切り裂かれた。
遠くの方で男の断末魔が聞こえ、ポルナレフと花京院は走って声の方へと向かった。
胸に傷のある男、間違いなく先程ポルナレフが切った傷……J・ガイルだと思っていたが、それは2人の勘違いだった。
ポルナレフの背中にナイフが刺さる。
「ククク、ここだ……馬鹿め、俺がJ・ガイルだ。そいつは、この村にいたただの乞食だよ……。俺の傷と同じところにチョイとナイフで切れ目を入れておいたのさ、まんまと引っかかったな!! 俺の顔を知らねえのに不用心に信じ込んで近づいたのが大チョンボォ!」
苦しそうに呼吸をするが、2人を煽る口は止まらない。
「貴様、どこまで卑劣な…食らえ! 僕のエメラルド…!」
そこまで言いかけて、花京院はやめる。J・ガイルが金を恵む、などという適当な嘘を言って花京院とポルナレフをそこらにいた乞食に囲まれるように仕向ける。
「俺のスタンドを見切っただとォ? 軌道を移動中に攻撃すればいいだとォ! 馬鹿め、俺は自分のスタンドの弱点はとっくに知っていたわ! 映るものを多くし、軌道が分からなくなれば、もはや弱点はないッ!」
ハングドマンは眼球の光の反射を利用して次々と乞食の目を移動する。
「見るな! 俺たちを見つめるな! どけっテメエら!」
「落ち着けポルナレフ、そのセリフは違うぞ」
「え?」
「仇を討つときというのは、テメエなんてセリフを吐くもんじゃあない。こう言うんだ。『我が名は花京院典明、我が友人遥花の無念のために、左にいる友人ポルナレフの妹の魂の安らぎのために、死を持って償わせてやる』」
ポケットの中から、顔が映るほど綺麗な金貨を取り出し、おもむろに宙に投げた。
「なるほど花京院」
「これでみんなの目が一点に集まったようですよ。奴が移動しなくてはならない軌道は分かった!」
「メルシー、花京院!」
また先程の少年にやった時と同じように、ポルナレフは砂を蹴り上げる。砂が目に入ってしまった乞食は、目を閉じなくてはならなくなる。非スタンド使いには、自分の瞳にハングドマンなどというスタンドが入っているとは思いもしない。だからこそ目を瞑る。
ハングドマンが宙に放り投げられた金貨目指して移動しようとする。
「瞬間!」
ハングドマン、及び本体であるJ・ガイルの体から血が噴き出た。J・ガイルは情けなくも、逃げ出すが、それを見逃す2人ではない。
後を追い、フェンスの前で泣き喚くJ・ガイルを見てポルナレフは嘲笑気味に言い放った。
「これからテメエは、泣き喚きながら地獄へ落ちるわけだが、1つだけ地獄の番人には任せられんことがある。それは! 針串刺しの刑だーッ! この時を長年待ったぜ!」
J・ガイルはポルナレフのシルバーチャリオッツによってズタズタに切り刻まれる。そして飛ばされ、フェンスに足が引っ掛かり、逆さの状態になる。
「これが本当のハングドマン吊られた男か。心底クズ野郎だったな」
ポルナレフは死んだJ・ガイルに背を向け、誰かに告げるように言った。
「仇は取ったぜ」
と。
〇 〇 〇
「待ちな、追ってきたぜ。なにトロトロ呑気に歩いてんだ? おまえら! いいか! お前らは俺の敵ではないことはさっき証明された! 逃げるんなら必死に限界! 必死によ!」
辺りのガラスや瓶など、反射するものを破壊し、J・ガイルのスタンド、ハングドマンに有利になるようにフィールドを作る…だが、肝心のJ・ガイルがもういない。
「…チッ、J・ガイルの……旦那! サッサと始末しちまえよ!」
その言葉には、いまだ遥花の死を引きずっているのだろうか、葛藤が見えた。
「おめでたい男だ。J・ガイルが死んだことにまだ気づいてないで、奴のためにガラスを撒いてますよ」
「!? 聞いているのかい……!? J・ガイルの旦那よォ!」
「いいや! 野郎ならもう聞いてねえと思うぜ。奴はとっても忙しい! 地獄で刑罰を受けてるからなあ!」
「おいおいおいおいおい……デマいうんじゃねえぜ……この俺にハッタリは通じねえよ…テメエに奴の恐ろしいスタンドが倒せるわけねえだろがッ! この俺だって、奴のハングドマンには一目置いてんだぜ」
冗談キツイぜ、等というが冗談ではないのだから花京院とポルナレフはただジッとホル・ホースを見つめていた。
300メートルほど先にJ・ガイルの死体があることを告げると、ホル・ホースは真っ先に方向転換し走り出す。
ホル・ホースは逃げている途中で、承太郎に思い切りブン殴られる。
「遥花のことはすでに知っている。遺体は簡素であるが埋葬してきたよ」
「あ、あの子は……俺だって殺すつもりはなかったんだぜ……弾丸の衝撃で気絶させるつもりだったんだ! J・ガイルの奴が襲い掛からなけりゃ…! クソッ!」
「だがテメエは、俺の大切な奴を殺した」
「…この男をどうする?」
「俺が判決を言うぜ、死刑!」
そう告げた時、少女がポルナレフに体当たりをする。
「お逃げください! ホル・ホース様! 私には事情はよく分かりませぬが、あなたの身をいつも案じておりまする! それがわたくしの生きがい! お逃げください、早く!」
ホル・ホースは少女が連れてきた馬に飛び乗り、スタコラサッサと逃げていった。