「遥花ッ! 私の代わりに……攻撃を……」
「チッ、ハル! 間違ってもくたばるんじゃあねぇぜっ!」
そう言って、承太郎は走り出す。右手にイギーを掴んで。
「じょ、承太郎!」
「ば、馬鹿なことをっ、承太郎が走り出した! なんてことを!」
ゲブ神は一番近くにいたアヴドゥルや遥花ではなく、走り出した承太郎を追いかけ始めた。
「グゲゲ…」
「やれやれ、貴様、車が攻撃される前に外に脱出したな。水筒の時も、ハルを近づかせねぇように靴紐を噛んでいた。敵がどこから来るのか、臭いか何かでわかっていたんだろ。協力してもらうぜ、イギー。このままじゃ、俺の幼馴染が死んじまうんでね」
イギーは放せ、と言いたげに強く吠えてからスタンドを展開させるが、承太郎も負けじとスタープラチナの腕部分だけを具現化させてザ・フールを掴んだ。ザ・フールは空中を進んでいく。
だがそれは飛んでいるのではなく、紙飛行機のように舞っているだけで、あまり長距離の飛行は不可能のようだった。
「くっ、地面に足を擦りそうだ」
「はひ、はひ…」
「おいおい、あんまり力むなよ。屁がもれてるじゃねぇか。こんな所でひっかけるんじゃねーぜ。仕方ない、手助けして一度地面をけって上昇するしかないようだな」
そして承太郎は、スタープラチナの力も込めて、思いきり地面を蹴り上げて再び高く上昇し、さらに前進した。
「これで空中を進んでいるのが奴にバレちまった。位置や速度もある程度予測しているだろう。奴はヘリコプターを墜落させている」
遥花がずっと前から思っていた通り、ンドゥールは厄介な男だ。盲目でありながら、その人外的な聴覚で場所や速度なんかを正確に言い当ててしまう。
けれど現時点でンドゥールは、承太郎が空中を移動している、ということに気づいたものの、どこにいるか、どんな速さで移動しているかはわからなかったのだ。
「……! ついに見つけたぜ、本体までの距離は約400メートル。どうやら敵は目の不自由な男らしい」
敵の正体に気づいたところで、承太郎は気づいた。
ゲブ神が砂を巻き上げ、そしてその砂がぱらぱらとザ・フールに当たっていることに。
「野郎、反射音を! 潜水艦のソナー音のようにッ!」
「イギギ…」
イギーは迷っていた。自分にしがみついているこの男を落としてしまえば、自分だけは助かるのではないかと。
だが同時に、遥花のことが脳内に巡っていた。人間からはただの犬に見えているはずなのに、同じ目線に立って、平等な立場で話した不思議な女、遥花のことを。
この男を敵に差し出したら、遥花は悲しむだろうか。そういえばこの男は、このままだと遥花は死ぬと言っていた。
『……ああ、チクショウ。間抜けな人間を助けるなんて、俺の柄じゃねぇのに』
イギーはそう思っていた。だけどこのままだとイギーもろとも地面に落ちてゲブ神の攻撃を食らってしまう。
「ワンッ」
イギーは強く鳴き、ンドゥールのいる方にくいっと自分の鼻を動かした。
「投げろってか」
「アギッ」
「あとで文句言ったらただじゃおかねぇからな、イギーッ!」
承太郎はイギーの体を掴み、思いきり投げた。容赦なく思いっ切り投げやがって、と投げ飛ばされた瞬間、イギーは不服そうに唸った。
地面に承太郎が経った今、ゲブ神の攻撃は通る。だが、そうすればンドゥールの方に向かっているイギーは、盲目のンドゥールには防ぐ術はない。苦渋の決断の上、ンドゥールは自分をゲブ神で防御することにした。
「うおわあああッ!」
「ギャオンッ」
互いにスタンドで防御した後、ンドゥールは犬を投げるなんて、と言葉を零す。
「しまった! 今犬に構っていたおかげで承太郎の位置が確認できなかった。承太郎を見失った! ど、どこだ…どこにいる…。動いていない、どこかにじっとしているぞ……どこだ、承太郎!」
盲目のンドゥールは、杖を介して気づいた。気づいてしまった。
「そうか…そこまで近づいていたとは…。もしこの水のスタンドを自分のところまで戻して、周囲をガードしていなかったなら、すでに背後からお前に倒されていたということか……。もはやこの杖で音を探知する必要は……なくなったようだが、この杖は帰るときに、必要……」
イギーがまた吠える。
同時にゲブ神とスタープラチナが攻撃をしかけるが、こんなにも近い距離だ、ゲブ神は承太郎の帽子を掠っただけだったが、スタープラチナは確かにンドゥールの顔を殴った。
「ゲフッ」
「海の中でも取らなかった帽子を吹っ飛ばしやがって、だが安心しな。手加減してある。致命傷じゃあない」
ンドゥールはふ、と笑ったかと思うと、自分のスタンドで自身の頭を貫いたのだった。
「バカな、自分のスタンドで自分を! 貴様! なんてことを!」
「承太郎…お前、この私から、これからである我々の後8人の仲間について聞き出そうと考えてたろう……だが、喋るわけにはいかないよ……あの人にとって、少しでも不利になることはな……」
血を吐きながらも、ンドゥールは言った。あの人、というのは十中八九DIOのことだろう。
「承太郎、俺は死ぬのなんかこれっぽちも怖くない。だけど、そんな俺でも初めて"この人にだけは殺されたくない"と心から願う気持ちになった。その人はあまりにも強く、深く、大きく、美しい。そしてこの俺の勝ちを、この世で始めて認めてくれた。この人に出会うのを、俺はずっと待っていたのだ」
死ぬのは怖くない。しかし、あの人DIOに見捨てられ、殺されるのだけは嫌だ。
そう、ンドゥールは言う。
「悪には、悪の救世主が必要なんだよ……。1つだけ教えてやる、俺の名はンドゥール、スタンドは、エジプト9栄神のうちの1つ、ゲブの神の暗示、大地の神を意味する」
「エジプト9栄神……」
ンドゥールは自分のスタンドのことを言うとそのままこと切れてしまう。
承太郎はンドゥールの遺体を埋葬し、その上にンドゥールが持っていた杖を突き立てた。
「……こうも人を狂信的に操るDIO、いったいどんな男なんだ? それにエジプト9栄神の暗示……ハルの言う通りだったな」
「…ワンッワンッ」
「イギー、ハルのためなのか、ただの気まぐれなのかはわからんが、とにかく助かったぜ。ハルの言う通り、来たくもない砂漠に無理やり連れてこられて、戦いに巻き込まれてさぞ迷惑だったろうよ。だが、もう少し俺たちに付き合ってくれ」
「クゥン…」
イギーが帽子を拾って承太郎の元に届ける。そしてすぐに壊れたサンドバギーに乗ってジョセフたちが承太郎を迎えに来た。
「やれやれだぜ」