エジプトへと向かう飛行機内、どうも乗り物の類に乗ると無条件にうとうとしてくるのだが、ここで寝ては乗客を助けられない。
眠らないように頭を緩く左右に振ったり顔のマッサージをしたりして睡魔を誤魔化し続ける。
「エスケイプ、異空間内に入れられる物に制限はなかったけれど、それは生物、人間とかも同じ?」
エスケイプはこくりと力強く頷いた。よし、これで乗客が死ぬことは私がしくじらなければないだろう。
すると突然、飛行機内に大きめの虫の羽音が耳に飛び込んでくる。正直超不快。私基本的に転生を何度も繰り返している身だからなんでもバッチコイなんだけど虫だけは何度繰り返してもキモイ。許容できるのは蝶々とか、綺麗にステータスが振ってある虫くらい。
「カ、カブト? いや、クワガタムシだ」
「アヴドゥル、スタンドか? 早くも新手のスタンド使いか」
「有り得る。虫の形をしたスタンド」
「ええいっ、座席の陰に隠れたぞ」
「ど、どこだ…」
それぞれが警戒しながら辺りを見渡す。
「ジョジョ!」「承太郎!」
花京院と声が重なり、承太郎が後ろを振り向くとそこには通常の個体よりもかなり大きなクワガタムシがいた。うわあ~人のスタンドにこんなことは言いたくないのだけどマジに気持ち悪い。
「デカイ、やはりその虫はスタンドだ…」
「気持ち悪いな。だがここは俺に任せろ」
「気をつけろ、人の舌を好んで引きちぎる虫のスタンド使いがいるという話を聞いたことがある」
「スタープラチナ!」
弾丸を掴むほどの速さと、正確な動きをするスタープラチナよりも速い敵スタンドが私たちを嘲笑うようにそこらを飛び回る。
「どこだ、こいつを操るスタンド使いはどこに潜んでいる。こ、攻撃してくるぞ!」
クワガタムシが、まるで映画に出てくるエイリアンのように口から針のようなものを伸ばして襲ってくる。スタープラチナが反射的に手で塞ぐも、敵スタンドはスタープラチナの開いている口を見逃さない。舌を引きちぎるためにさらに口針を伸ばしてくる。
承太郎の口の端から赤い血が垂れる。
「歯で悪霊クワガタの口針を止めたのはいいが」
「承太郎のスタンドの舌を食いちぎろうとしたこいつは、やはり奴だ。タロットでの塔のカード。破壊と災害、そして旅の中止の暗示を持つスタンド。タワーオブグレー!」
事故に見せかけて、大量殺戮を行うスタンド。
私は客席を踏み台にして、タワーオブグレーに蹴りかかる。もちろんダメージを与えるためではない。承太郎に刺さる口針を千切るためだ。
「チッ、口針は千切れたけど肝心の本体にはやっぱり当たらないか」
「助かったぜ」
「へっへ、たとえここから1センチの距離より10丁の銃から弾丸を撃ったとして、俺のスタンドには触れることさえ出来ん。最も、弾丸でスタンドは殺せぬがな」
タワーオブグレーがまたもや私たちの前から姿を消し、遠くの方でまた姿を現して不気味に笑う。
「エスケイプ」
パチンッと私が指を鳴らすのと同時に、タワーオブグレーが狙っていた4人の乗客を異空間内にしまう。
「なッ!?」
「どうしたの? 舌を引きちぎろうとした乗客が消えたのがそんなに不思議?」
「チィッ…」
タワーオブグレーが舌打ちをしてから姿を消すと、1人の老人が起き上がり、あたりを見渡すのを見て、容赦なく花京院が当て身をして強制的に気絶させる。
「他の乗客が気付いてパニックを起こす前に、奴を倒さねばなりません。だがアヴドゥルさん、あなたのマジシャンズレッドでは飛行機までも爆発させかねないし、ジョジョ、君のパワーも機体壁に穴でもあけたりしたら大惨事だ」
そう言うと花京院は私の方を見る。
「遥花、ここは私のハイエロファントグリーンと、あなたのエスケイプが奴を始末するのにふさわしい」
「……ふふ、よーくわかってるじゃない」
私は花京院の方に近寄る。
「ヘッヘッヘ、花京院典明か。DIO様から聞いてよおく知っているよ。やめろ、そこの生意気な小娘と手を組んだところで貴様らのスピードでは俺を捉えることは出来ん」
「そうかな?」
「タワーオブグレー、あんたはスピードに絶対の自信を持ってる。たとえ強烈な攻撃がきても自慢のスピードで避けられるから大丈夫だと思っている」
「思っている、じゃあない。本当にそうなのだ」
「故に、あんたは周りを見ていない。視野が狭いのよ」
「……何? こ、これはッ!? この黒い空間は!!」
タワーオブグレーの周りに、無数の異空間が出現していた。この真っ暗な機内には異空間がどこにあるかがわからないほどに同化してしまっているから、気づかなかったのだろう。
「花京院、賢い君ならわかるよね?」
「あぁ!」
タワーオブグレーの周りにあるものとは別の、異空間内に、ハイエロファントグリーンの触脚が勢いよく入っていく。哀れなタワーオブグレー、どこの異空間に入っても出るところは全部同じ、どこへ行こうがもうあんたがハイエロファントの触脚に引きちぎられることは決定事項なんだよ。
「彼女の言う通りだ。視野が狭いんだな」
タワーオブグレーが触脚によって引きちぎられると、先ほど気絶させた老人の体から血が噴き出す。
「おぞましいスタンドには、おぞましい本体がついているものよ」
「こいつには肉の芽がついていないんですね」
とんとんと自分の額をつつきながらアヴドゥルさんに尋ねる。知っていてもこうやって時折すっとぼけるのが大事なのだ。先を知っている転生者だと疑われないようにするために。
「こいつは根っからの悪人、金で雇われ、欲に目がくらんだところをDIOに利用されたんだろうな」
「下衆ですね」
「…変じゃ、さっきから気のせいか機体が傾いて飛行しているぞ」
床に落ちた紙コップがコロコロと転がる。
「やはり傾いている。ま、まさか!」
ジョセフさんがコックピットの方へと向かう。
「お客様、どちらへ? これより先は立ち入り禁止となっております!」
「知っている!」
「お客様!」
CAさんたちが困ったように眉を下げているところに、承太郎がジョセフさんに続くようにコックピットの方へと向かう。
「どけ
「きゃあっ」
……頬を赤らめるな。気持ちは痛いほどわかるけども。
「おっと、失礼。女性を邪険に扱うなんて許せん奴だが、今は緊急時なのです。許してやってください」
アヴドゥルさんがさっきのCAさんのように困惑した顔を見せ、私は呆れたため息をつく。
呆れてる場合じゃない。コックピットの方に行かなきゃ。
「舌を抜かれている、あのクワガタ野郎。すでにパイロットたちを殺していたのか」
こちらがコックピットの状況が分からないことを良い事に、あの下衆が……。
「降下しているな。自動操縦装置も破壊されている、この機は墜落するぞ!」
タワーオブグレーの本体が奇声をあげながら私たちを指さしてDIOのいるエジプトには行けないと告げようとするが、そんなことはすでに分かっているし、這いつくばってでも私たちはエジプトに行く。
だからあんたの言葉はいらない。士気が下がるだけだから。
そういう意味を含めて私は本体である老人に回し蹴りを食らわせた。
「黙ってな」
びくりと痙攣してから老人は息絶えた。
そんな状況を見ても、CAさんは小さく息をのむような悲鳴をわずかにあげただけだった。
「流石プロ中のプロ。悲鳴を上げないのは鬱陶しくなくてよいぜ。そこで頼むが、このジジイがこの機をこれから海上に不時着させる。他の乗客に救命具つけて座席ベルト締めさせな」
「は、はい!」
「ジジイ」
「う~ん、プロペラ機なら経験あるんじゃがのう」
「プロペラ?」
「しかし承太郎、これでわしゃあ3回目だぞ。人生で3回も飛行機で墜落するなんて、そんなやつあるかな?」
「二度と、二度とテメエとは一緒に乗らねえ」
〇 〇 〇
香港に上陸した私たちはジョセフさんが電話している間、とりあえず待機することになる。
待機していた近くの店員さんに何か買うように勧められたが、何も買わずにジョセフさんの行きつけだという店へと向かった。
ジョセフの話を聞きながら店をぐるりと見渡すと、1人の男と目が合う。その男は私に気づくとぱちんとウインクをしてきた。同じようにウインクを返してやろうかと思ったとき、承太郎に声をかけられる。
「ハル、どうした」
「なんでもないよ。お腹空いたな、って」
「お前燃費悪いもんな」
「それはディスりととっていいの?」
「いや? 健康的でいいと思うぜ?」
ディスじゃん。幼馴染だからってさらっとディスを入れるな。この年になって泣いてやろうか。
なんてやり取りをしていると、花京院がティーポットの蓋をずらす。
「うん?」
「フフ、これはお茶のおかわりを欲しいのサインだよ。香港ではこうしておくとおかわりを持ってきてくれるんだ」
チャイナ服の店員がティーポットを持って、花京院の茶碗にお茶を注ぐ。
トントン、と机を叩くのが「ありがとう」のサインらしい。これ何回聞いても博識ですごいな、って純粋に思っちゃうんだよね。
店員がにこりと微笑んで席から去って行く。
「へえ~良い事知った。ありがと花京院」
「どういたしまして、かな」
「すみません、ちょっといいですか? 私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューがわかりません。助けてほしいのですが…」
「やかましい、向こうへ行け」
「承太郎、良くないよ」
「……ちっ」
普段他人にする舌打ちよりもかなりマイルドな舌打ちをされる。
「そうじゃぞ。わしゃ何度も香港に来とるから、メニューぐらいの漢字は大体わかる。どうじゃ? 一緒に」
「メルシー。お嬢さん、隣に座っても?」
「えぇどうぞ」
「…で、何を注文したい?」
「おいジジイ、そういうのは」
「いいんじゃ承太郎、わしに任せておけ」
ジョセフさんが頼んだ料理は見事に全部違った。運ばれてきた料理を見て承太郎がため息をついた。
「だから俺は言おうとしたんだ。
「あはは…」
私とジョセフさん以外は、戸惑いながらも料理に手を付ける。
何度も転生すればゲテモノだろうが何だろうが食えるのよ。よっぽどのことがない限り美味しいってわかってるし。
「おいし……」
「おおっ、これは! 手間暇かけてこさえてありますなあ。ほら、このニンジンの形、
相席したフランス人のその言葉に、私以外の全員の表情が強張る。
テーブルの上にあったお粥が不自然にボコボコと沸騰したようになり、その中からレイピアが飛び出す。
「ジョースターさん、危ない! マジシャンズレッド!」
炎がレイピアを持つスタンドの方へと繰り出されるが、レイピアが炎を絡めとってしまう。
凄まじい剣さばきに、一同に冷や汗が垂れる。
「俺のスタンドは戦車のカードを持つシルバーチャリオッツ! モハメド・アヴドゥル、始末してほしいのは貴様からのようだな。そのテーブルに火時計を作った、その時計の針が12時を回る前に貴様を殺す!」
「見事なものだ。だが、テーブルの炎が12を燃やすまでにこの私を倒すだと? 相当自惚れが過ぎないか? あー、っと?」
「ポルナレフ。名乗らせていただこう、ジャン=ピエール・ポルナレフ」
「メルシーボークー。自己紹介恐縮の至り。しかし!」
アヴドゥルのマジシャンズレッドが炎の時計を焼く。
炎が広がっていくのを見て、承太郎がすぐに私を隠すように庇った。不意にそんなことされたらときめいちゃうでしょうが……! 自分の顔の良さを自覚しろこの顔面偏差値ハーバードが!!
「ムッシュポルナレフ、私の炎が自然通り、常に上の方や風下へ燃えていくと考えないでいただきたい。炎を自在に操れるからこそ"マジシャンズレッド"と呼ばれている」
「ふん。この世の始まりは炎に包まれていた。流石始まりを暗示し、始まりである炎を操るマジシャンズレッド……しかし、この私を自惚れというのか、この私の剣さばきが自惚れだと?」
ポルナレフは5枚のコインを宙に投げ、剣で突く。
「コイン5枚をたったの一突き!」
「…ジョセフさん、それだけじゃないみたいです」
「あぁ、コインとコインの間に炎も取り込んでいる。ちょっとやそっとの訓練じゃあできねえ芸当だ」
「これがどういう意味を持つか分かったようだな。自惚れではない、私のスタンドは自由自在に炎をも切断できるということだ。空気を裂き、空と空の間に溝を作れるということだ。つまり貴様の炎は、私のシルバーチャリオッツの前では無力ということ」
穴の開いたコインが床へ散らばるところに目を奪われている隙に、ポルナレフが店のドアを開け外に出ようとしていた。
「私のカード、チャリオッツのカードが持つ暗示は侵略と勝利。こんな狭っ苦しいところで始末してやってもいいが…アヴドゥル、お前の炎の能力は広い場所の方が真価を発揮するだろう? そこを叩きのめすのが私のスタンドに相応しい勝利! 全員表へ出ろ!」
タイガーバームガーデンに向かう途中、承太郎が私に耳打ちをしてくる。
「アヴドゥルは勝てると思うか?」
「……勝てるね。賭けてもいいわ」
「そうなると俺が負ける方に賭けなきゃならねぇじゃねぇか」
「承太郎も信じてるんじゃん」
「お前がそう言い切るからだ」
……遠回しに私のこと信じてるって言ってるよね。そ、そういうとこ~~~!!