――数分前
花京院のハイエロファントを這わせて探ったというのに俺らと、あの檻の中にいたオランウータンの他に生物はいないと言った。そうなると、いよいよあのオランウータンが怪しく思えてくるな。
そういやあのクレーンがひとりでに動いて水夫を殺そうとする前、ハルがクレーンの方を見ていたな……もしかしてこの貨物船が……
ひとまずハルの意見も聞いてみることにするか。
「承太郎、どこに行くんじゃ?」
「ハルのとこだ」
アイツならきっと何かわかっている。そう思った俺は少し前にハルとあのガキが行った方に足を一直線に動かした。
「ッ! 猿が、いねえ……だと。錠前が壊されていやがる」
…妙に静かだ。まさか
俺はエテ公の檻があった部屋よりさらに中に進むと、水夫がどこにもいねえ。ここに来るまでにも誰も見かけなかった。
ハルがエスケイプの異空間内に避難させたか、それともこの船にいるスタンド使いに始末されたか……。
「? ……水、シャワーの流れる音か?」
シャワー室にいるのか? まさかこんな非常時に呑気にシャワー浴びてるってことはねぇだろうな…?
「ハル! ここにいるの、か……っ」
「じょっ、たっ、ちがっ、」
脱走したあのエテ公が頭から血を流して倒れていやがる。
ハルの手にはシャワーヘッドが、アイツ素手でもぎ取りやがったな。
「遥花! はいっ、タオル!!」
「ありがとうアンちゃん」
あわあわと声にならない声を出しながらハルは体にタオルを巻いた。
その時、エテ公が俺を蹴ろうとするが、その足をスタープラチナで殴る。
「承太郎!」
ハルが俺の名を呼び、そして俺を突き飛ばす。何事かとハルの方を見れば、今俺がいたところにシャワー室にあった扇風機が勢いよく飛んできていた。
「あっ、ぶな…」
「助かったぜ、単刀直入に聞くぜハル、あのエテ公がスタンド使いで間違いねぇな?」
「だろうね。動物を痛めつける趣味は私にはないんだけど、私たちを狙うスタンド使いってのに加えて覗き魔だからね、特例ってことで今回はブッ飛ばそうと思っているわ」
……俺もシャワー室に入っている以上後者の方は責められねぇな。と心の中で思っていたらハルが俺の方を見て「承太郎はノーカンにしてあげる」と言ってきた。やれやれ、まるで心の中を読んだみてぇだな…。
アイツには驚かされっぱなしだから今更心を読めると言われても信じられるがな。
「だがハル、スタンドの像はどこだ? 何故見えないんだ?」
「それは…」
ハルの言葉を遮るようにエテ公が鳴き声をあげ、壁の中にめり込んで消えていった。
「……やっぱり、そういうことなのか?」
「スタンドはもう見えている。この貨物船自体がスタンド、そういうことッ!?」
「ハル!」
突然背後から現れたパイプにハルが捕まるのを見て、助けようと手を伸ばしたが、俺も同じようにパイプに捕まってしまう。
生意気にも俺たちのスタンドもガッチリと捕まえていやがる。
「あンの猿が……」
こりゃかなり頭にキてるな……。
「承太郎、悪いけどあんまりこっち見ないでほしい。流石の私も羞恥心くらいはあるから」
「悪い」
ギリギリタオルが体を隠しているが、男の俺ならともかく女の……これはハルの嫌いな言葉だったな。とはいえ俺の幼馴染を辱めたあのエテ公はブッ飛ばさなきゃならんな。
一度姿を消したエテ公が船長が着る服と帽子に身を包み、辞書の1ページを俺たちに見せてきた。
「ストレングス。タロットで8番目のカード……挑戦、強い意志…ね。この私と承太郎に挑戦したこと勇気は認めてあげる。でも私をこんな姿にしたお礼はさせてもらうわよクソ猿」
「完全に勝ち誇っていやがる」
エテ公はハルの体を舐めまわすように見てから舌なめずりをした。エテ公の分際で人間の女の体に興奮していやがるのか。
エテ公の指がハルの足に触れると、ハルは聞いたこともねぇような低いドスの利いた声で言い放った。
「触んな」
「ッ!?」
怯んだ隙を見て、俺は制服のボタンをエテ公の頭目掛けて弾き飛ばす。
「そいつはテメエのスタンドじゃあないぜ。怒るか? 確信した勝利の誇りに傷がついたわけか」
「傷なんてつかないでしょ、こんな猿ごときに誇りなんてものないだろうからね」
「ハッ、その通りだな」
エテ公が怒り狂い、俺たち目掛けて飛んでくる。
そこんとこが、やはりエテ公なんだな。
「傷つくのは、てめえの脳天だ!」
スタープラチナの指だけを伸ばし、俺の制服のボタンを脳天にめり込ませる。
痛みでエテ公が床にのたうち回ったのと同時に、俺たちを拘束していたパイプも力を入れれば簡単に壊れるようになった。
「やれやれ……」
「ヒイイイ、ウホオ、ウホオ……」
「恐怖した動物は、降伏の印として自分の腹を見せるそうだが…許してくれということか?」
そう聞いてみれば、エテ公は震えながら何度も頷いた。
「しかしテメエは、すでに動物としてのルールの領域をはみ出した。ダメだね」
そう行ってから俺はエテ公を思い切りブン殴った。
「遥花! 服!」
「本当、重ね重ねありがとう。アンちゃんは隠れてたんだね、偉いよ。……ごめんけど承太郎、ちょっとあっち向いててね」
「わかってる」
俺が後ろを向いた時、船が歪み始める。
「うっそまだ私下着しか着けてないんだけどっ!!」
「この船はもう沈むぞ。脱出するぜ、乗ってきたボートでな」
ひとまず俺は着ていた学ランを脱ぎ、下着姿のハルを包んで抱き上げ、ガキの方もスタープラチナで抱え上げる。
「わぷっ」
「口開けてると舌噛むぞ」
外に出て、俺たちより一足先にジジイたちはボートに乗っていたようだった。
「ハル、水夫らは」
「エスケイプの中、今ボートの上に出す」
そう言ってボートの上に大きめの異空間の穴が出現し、その中から雑に水夫が出される。何が起こったかわからねえ、って顔をしてるが、まあ、死ぬよりずっといいだろ。
俺たちもボートに乗り、沈む船から脱出した。
「彼らからしたら急に夜になって急に船の中から外に出されたようなものだから、それでびっくりしているのかも」
「どういうことだ?」
「私の異空間内は外の時間の影響を受けないの。簡単に言ったら食べ物は腐らずにずっと新鮮なままなの」
「だが俺が前に入った時にはなにも起こらなかったぞ」
「うん。生物が入った場合は基本的に例外なくその人自身も異空間内に入った瞬間から、出るまでその人の時間が止まってる。承太郎が中に入って何ともなかったのは私がエスケイプにそう命じたから」
「そんなこともできんのか……」
「出来ちゃうんだよねぇ、正直原理は深くわからないんだけど……。でも連続使用の際に私が精神的に疲れた時どうなるかはまだわかっていないからそこが怖いところ」
「……随分イレギュラーなスタンドだな」
確かにね、なんてのんきな声を上げながらいまだ俺の学ランに包まったままのハルが立ち上がり、言っている傍からエスケイプの異空間を出現させた。
「おい、連続使用は…」
「承太郎」
「あ? あぁ、そういうことか、悪い」
俺が謝ったのを聞いてハルはにこりと微笑んで異空間内に姿を消した。
「承太郎、何故彼女はその、キミの学ランに包まっていたんだい?」
「しかも手に持ってたの遥花が着ていたセーラー服だろ? まさかアイツあの学ランの下真っ裸だったんじゃあねぇだろうな」
「…………」
「私が遥花にシャワーを浴びようって言ったから…」
「マジかよ…」
「ポルナレフ、忠告がてら教えてやるが、アイツは素手でシャワーヘッドをもぎ取ってあのオランウータンの頭に振り下ろすような女だからな、間違っても覗きなんかするんじゃあないぜ」
「そんなことがあるのかよ? スタンドで破壊したとか、そういうんじゃあなく?」
「それは私が見てたから本当よ。遥花ってばシャワー室のカーテンをオランウータンが開けた瞬間に何のためらいもなくシャワーヘッドで殴ったんだから」
「末恐ろしい子じゃな、本当に……」
「よっと…何の話してたの?」
「さっきのエテ公のスタンドは規格外だったな、ってだけの話だ」
「ふうん?」