気候は温暖。地形は平坦。広がる自然はどこまでも豊か。緑溢れる場所も、深く遠くまで澄み渡る海もあれば、一転して砂がいつまでも吹きすさぶ砂漠や、灰が降り積もる火山の近くなどの厳しい場所も。
そして何より、そこに住まう人やポケモンの“縁”もまた、豊かと言っていい。まさしく豊縁の地。
温帯に存在するその地こそが、ホウエン地方。多くの自然とポケモン、そしてそれに深く関係した伝説が残されている地。
その中のとある町・コトキタウンに……否、ホウエン地方に新しく足を踏み入れた一人のトレーナーがいた。
「ホウエン地方……初めての、外の世界……」
そのトレーナーはまだ年若い少女。この世界では成人とされるのが10歳からであり、その時からポケモントレーナーとしての資格を得られる。とは言え、まだ社会に出て日も経験も浅い子供と言う域を出るにはまだしばらくの時間が必要だ。それを加味しても、件の少女は齢10か、それより一つ二つ上回るぐらいに見られる。
「ここから、今日から始まるんだ……わたしの新しい旅、その1ページが!」
住み慣れ、そして一度巡った故郷の地から飛び立ち、異国とも相違ない土地の香りが纏われた風に、エアリーボブのブロンドヘアと身に纏っているチュニック風ワンピースと赤いロングカーディガンを揺らしながら、どこか決意を秘めたような青い瞳を、同じ色に染められている空へと向ける。
この少女の名は『セレナ』。遥か遠くの地・カロス地方から、ポケモンパフォーマーとしての実力を高める為、ホウエンにて盛んとされているポケモンコンテストに出場するべく、このホウエンへと降り立った。故郷のカロスを仲間と共に巡った末、旅を通して見つけた夢の為にポケモンコンテストでパフォーマーの修業を行う事を決めたからだ。
―――この旅路は、彼女が夢を叶える為の、新たな一歩。
「じゃじゃーん!!初めてのポロック、完成~!」
出来上がった正方形型の小さなお菓子。各々の色も香りも違う未知の食べ物に、彼女と共に歩んできたポケモンたちも目を輝かせる。
―――挑むのは、何もかもが見たの事のないパフォーマンス。
「バシャーモ、『ほのおのうず』!!」
「トライポカロンと全然違う……!これが、コンテスト……!!」
ピンクのキラキラしたドレスの少女が張り上げた声に反応したもうかポケモンが、自身の身体の周りを巡る炎の螺旋と共にステージ上を駆け回る。猛々しくもまさに目に焼き付いてしまうバシャーモの姿に、カロスで挑んだステージとは全く異なる印象を覚えて、思わず呆然としてしまう。
―――待ち受けるのは、新たに出会う様々な人やポケモン。
「ねえ、どうせだったらもっと近くで見てみない?」
「……!?」
セレナへの警戒を見せて草陰から顔を覗かせるままのもりトカゲは、思わぬ彼女の言葉に思わず目を見開く。何故そんな事を?考えを巡らせる彼の中では、彼女の真意は計れない。
「ぼく、いつかジムバッジを集めて、ホウエンリーグに出る為に修行中で……どうやったらセレナさんのように、バトルで強くなれますか!?」
「え、えと……私も、バトルが強いってわけじゃないし……むしろもっと強い人の方をよく知ってると言うか……」
野生ポケモンから一回助けただけだと言うのに、目の前の少年からバトルが強いと認識され、どうやって実力をつけたのかと詰め寄られて思わず委縮してしまう。気弱そうな印象の割に随分と意欲的だ。だが彼女の頭の中に一番最初に浮かんだ“バトルの強い人”なら兎も角、自分はコンテストもといパフォーマー専門なので、リーグ挑戦の彼の参考にはしづらいと言うのもある。
「ふ~ん?あの子……何だかすっごく面白そうだね!!」
見事町ぐるみの問題を(結果的に)解決し、住民から感謝を告げられて囲まれているセレナ。そんな彼女の姿を遠巻きに、目立たない場所で見ていたのは褐色肌に薄着が目立つ花飾りをつけた少女。だがその傍らで彼女に同調する灰色のぬいぐるみのようなポケモン共々、その佇まいは一般のそれとは明らかに違う。そんな少女が浮かべていた笑みからは、まさに好奇心が大きく映っていた。
―――そして立ちはだかるのは、コンテストを勝ち上がるために超えるべき、大きな壁。
「伝わってくる……あなたの勝ちたいって気持ち。けど、だからこそ手は抜けない!わたしとチルルが、あなたたちの前に聳える、キラキラの壁になるよ!」
「チルーーッ!!」
相手は大物。しかも参加し始めて日が浅くありながら、無敗を貫いてきた、まさに天才だ。可憐な容姿や愛嬌をこれでもかと活かした衣装や笑顔を持つ少女と相棒。彼女を超えない限り、優勝はない。彼我の実力は歴然だ。しかし、彼女は絶望などしない。
今回繕えた衣装にワンポイントは言った青いリボンに手を添えて、セレナは一呼吸を置く。
「『最後まで諦めない』……今の私たちに出せる全部をぶつける……!『当たって砕けろ』よ!!」
―――目指すはコンテストの制覇、トップコーディネーターの称号。己の夢の為に、セレナは勝ちあがることが出来るのか……?
「なあ、知ってるか?最近この辺にいるって言う……」
「ああ、メチャクチャ強ぇトレーナーだろ?何だっけ、あのポケモン……確か……」
「そうだ、“ゲッコウガ”だ!!」
「ぇ……ゲッコウガ、って……まさか……!?」
―――そして……。
「き、キノガッサ戦闘不能!!」
「また圧勝かよ!?」
「どんだけ強いの!?」
目を回して倒れているキノコを彷彿とされるポケモンを、絶望しきったような表情でボールに戻す。そのトレーナーの手持ちはまだ残っているが、彼自身の戦意は最早喪失していると言っていい。
そんな彼の対極にいるのは
「どうした?次を出せよ」
感情が籠っていないような冷たい声。まるで現状が当然と言わんばかりの反応。外野から見ていた群衆の中で、セレナは己が大きなショックを受けていることを自覚した。
「(違う……彼とは、あまりにも……!)」
―――ホウエン地方に潜む、影の気配……。
「いいねキミたち!そのコンビネーション、中々にグッドだよ!」
先程までの激突の様子を見てたらしい、緊迫した状況には一見似つかわしくない明るい声が耳に入る。振り向いたセレナの視界に映ったのは、陽の光で逆行して影がかかっているが、気の強そうな笑顔をこちらに浮かべて見下ろしている若い女性の姿。隆起した岩の上に器用に乗っているその女性の足元には、小さい桃色のポケモンが彼女の足元に隠れるようにして震えている。
―――自然豊かな地の裏に眠る、脅威とは……。
「今はまだ穏やかだけど、もしもこの二体が高いエネルギーを再び手にする事態が起きてしまったら……」
画面に映し出された、古代のポケモンを記した壁画と、その壁画に描かれていた、ごく近年に封印を解かれてそれぞれ悠々と過ごす二体の巨大なポケモン。だがつい最近大きな変貌を遂げた経歴を持つ二体に、再び全盛期の力が宿り、暴走したとしたら、今度こそホウエンは……。
「そんなの、絶対に止めないと!!」
言い切る前に想像できてしまったセレナが、いの一番に声を発する。説明を続けていたチャンピオンや、傍にいる仲間たちよりも、真っ先に。
「絆などと言う不確かなものに頼る精神論主義な愚者どもより、確実な力を施した科学の結晶の方が優れていることを知らしめるのだ」
ケースから堂々とした足取りで出てきた黒き相棒を目で追いながらも、その言葉は己に継げているのは言われずとも分かる。しかし正直鵜吞みにする気はない。科学者のプライドだの、形のないものへの非難など、自分たちには些末な事。青年が重んじるのはただ一つ。
「あんたの目的を果たす為じゃない。おれと
―――やがて、少女に思いもよらない壮大な事件が、襲い掛かる事となる……。
「もしあなたがここにいたら……どうしてたのかな……サトシ……!」
胸元に付けた青いリボン。これまでも自分の支えになってくれた憧れの人の姿を思い浮かべながら、思わず涙が零れそうな表情と声を浮かべる。弱気になっちゃいけない。分かっていても……呟かずには、いられなかった。
―――果たして、セレナたちの運命は……夢の為に前へと進むことが出来るのか……?
「行くよ、テールナー!アミューズビヤン!!」
原作:ポケットモンスター
『エピソード:セレナ 夢の為にホウエンへ』
「そう言えばセレナ~。時々セレナが口にする『サトシ』って男の子、ひょっとしてカレシ?」
「ふえっ!?いや、ちが、その、カカカレ、とかじゃなくて、憧れと言うか尊敬と言うか、でもそう言う気持ちがゼロってわけじゃ、あ、待ってちが、聞かなかったことにィ……!!」
「(わかりやすいなぁ……)」
補足情報
アミューズビヤン
セレナのコンテストにおける口上(オリジナル)
フランス語にアミューズドゥビヤンと言う言葉があり、意味は「楽しもう」