今回の話は前の話から数年たってます。少しだけメラニオス君も成長しているので良ければ見ていってください。
追記 後半部分が納得いかないんで別話として書き直してきます
―――この時間がいつまでも続けばいいのに―――
「お姉ちゃーん!早く早くー!」
「こら、そんなに走ると危ないぞ」
走っていく子供たちを追いかけながらそんなことを思った。
◇◇◇
私たちは追手から逃れるため、あてもなく各地をさまよっていた。
辛かったことばかりという訳ではない。旅の途中、森で一緒に狩りをすることもあったし(彼は何一つ仕留めることはできなかったが)、時には共に水浴びをしたり(一度もこちらを見てくれなかった)、星を眺めたり(どちらかというと彼の顔ばかり眺めてた気がする)、幾度となく共に楽しみを分かち合った。
私はこの時間が何よりも愛おしく思った。
...でも、彼はどうだったのだろうかと、ふと思ってしまう。どこか私に対して遠慮している気がするのだ。近くに行こうとすると顔を赤らめ何かと理由をつけて離れてしまう。...誓いに触れない程度であれば触れてくれてもかまわないのにな。
◇
旅を始めて幾ばくかの年月が経った頃、一つの村に立ち寄った。
その村は小さな村で、村人は数百人にも満たないほどだった。だが、一つの問題を抱えていた。
飢餓だ
ここのところ、雨も降らず農作物が育たない。水不足と飢えに苦しみ、誰もが生きる気力をなくしている。既に餓死者が出始め、村人の全滅も目に見えていた。
別に、この時代では珍しい話ではない。これも自然の摂理の一つ、わざわざ関わる理由もない。そうやって私たちは村を離れようとした、
―――ま、待って。お願い、助けて
後ろで今にも消えそうな声が聞こえ、なにかに手を掴まれた
赤子を抱えた少女が、袖を掴み縋ってくる
―――妹だけでもいいから、助けてえ
体は骨が浮き出るほどにやせ細り、立っているのもやっとだろう。抱えた赤子も鳴き声すらあげれないほど衰弱している。
メラニオスはすぐさま姿を変え、食糧の確保のため飛び去った。”小一時間で戻ってくる、それまでその子たちをお願い!”そう言い残し。
私は急いで二人を抱えて、村の中の少女たちの家に向かう。扉を開けてみれば、大人二人の死体が転がっている。思わず鼻を曲げてしまうほどの腐敗臭、死後からかなりの日数が立っているらしい。だが、今は気にしている場合ではない。手持ちの果実をすりつぶし、赤子に咥えさせる。少女にも、あまりの果実を渡すと、勢いよく貪り始める。いったい何日間、口にしていなかったのだろうか。
ひとまず、この二人は大丈夫だろう。
”メラニオスはまだ戻らない”
ふと、外を見る。大勢の村人がこちらを覗き込んでいる。
―――お願いします。私たちにも
―――うちの子もお願い、もう何日も食べてないの
―――お母さんがあ、お母さんが死んじゃいそうなの。お願い、お願いします
「な、汝ら、落ち着け。今、私の夫が食料を取りに行っている。だからもう少し、
―――もう、なんでもいいんだ。
―――口に入れれるなら何でも
―――そこの赤子でもいい。頼む、ワシらを救ってくれ
―――救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、救ってくれ、
落ち着けと言っているだろう!おい、その子から手を離せ!!」
幼子やその母親、老人、その者らがアタランテに縋ってくる。彼女にはどうすることもできない。村人たちの目は狂気に染まりかけており、ここを離れればこの子たちが無事に済まないだろう。
「私では汝らを救うことはできない...すまないっ」
あれ程子供たちを救いたいと願っておきながらこのざまだ。私は、無力だ、何一つ救うことすらできない。視界が涙で滲んでしまう、いけない、彼が戻るまでしっかりしなくてはならないのに
縋りつく子供のその手を握ってやることしか...
「―――もう大丈夫だよ」
優しい声がした
「ちょっと時間がかかったけど、ほら」
かご一杯の果実と、巨大な猪をもって
「ははっ、猪を仕留めるのに苦労しちゃって、やっぱり君の様にはいかないね」
そこにいた、いてくれた
「さあ、立ってアタランテ。君は肉を、僕は果実を配って回るから」
私の―――
◇
「ありがとうございます。ありがとうございます。」
「そんなに焦らなくてもたくさんあるからね。はーい、次の人どうぞー」
「おいしー--い!お兄ちゃん、お姉ちゃんありがとう!」
私たちは村人全員にいきわたるように食料を配っていった。皆、安堵の表情をしており口々に感謝を述べる。
「あんたたちには何とお礼を言ったらいいか、ありがとう」
「礼なら、彼...メラニオスに言ってあげてください。私は何も...」
何もできなかった。私だけでは何も
「いえいえ、貴方たちが見捨てていれば、この村は全滅していました。我々がこうして生きているはあなた方のおかげなのですよ」
村人たちからは沢山の感謝の言葉を貰った。子供達も元気を幾ばくか取り戻したようで、家族と一緒に笑う姿も見られる。
...そういえば、あの子たちはどうしたんだろう、暫く姿が見えない。あの子たちの家に向かうとしよう
「おや、寝ているのか...」
すやすやと、可愛い寝顔で二人は眠っていた。よかったと安堵の息を漏らす。
「―――お疲れ様、アタランテ」
「ひゃっ...う、後ろから急に声をかけるな!驚いてしまうだろう」
突然後ろから声をかけられてしまい思わず変な声を出してしまった。当の本人は、珍しいものを見たと笑っている。少しその顔に怒りが湧くものの、同時に安心感も湧いてくる。
「あはははっ、ごめん、ごめん。さっきまで働きっぱなしだったからご飯食べてないだろう?」
そういえばそうだった。夢中になっていて気が付かなかったみたいだ。
余った肉と果実が今日の夕食、いつもと変わらぬ光景。
それを食べながら、私は言葉を零す
「...私は何もできなかった。汝を待つことしかできなかった。あれ程、子供たちを救いたいなどと言っておきながら...」
後ろで眠っている子供たちも彼が来てくれなかったらどうなっていたことやら。
しかし、本来ならこの子の親たちも一緒に寝ているはずなのだ...もう少し早く訪れていればあるいは救えたのかもしれない。この子たちはこれからどうするのだろうか、二人だけで生きていけるのだろうか
「私は、無力だ」
いくら狩りがうまかろうが、足が速かろうが、私では
「子供たちが、愛される未来など私などでは―――」
メラニオスは静かに私を抱きしめる。それを拒むことは決してない。
何も言わず、落ち着かせるように頭を撫でてくれる。悲痛に満ちた自身の顔を隠すよう彼の胸に埋めながら、それを受け入れる。
この胸の鼓動が私を落ち着かしてくれる。
「...僕一人だったら、ここまでしたか分からないだろうね」
嘘だ。汝はきっと手を差し伸べていた。そういうものなのだ,知っている。この数年の旅でメラニオスという存在を常に見てきたのだから
「僕は君が居てくれたから安心して飛べたんだよ。君のおかげなんだ」
顔をさらに埋める。こんな顔、見られたくない
「君は彼らを見捨てなかった。それでいいんだ、何も一人で解決しようなんてしなくていい。今君ができる精一杯のことをやればいいんだよ、今までだってそうしてきたじゃないか」
「――――――」
「だからその夢をあきらめないで。前を向いて歩こう一緒に、ね」
たとえ、叶わぬ夢だとしても
「そう だな、汝と共になら、きっと......もう少し強く抱いてくれ。今は...そういう気分だ」
今はただ、その体温が愛おしかった。
◇◇◇
「昨日は本当にありがとう。あなた方のおかげで、皆が死なずに済みました。」
年老いた老人が頭を下げる。この村の村長だという。
「...ワシらは、人として間違うところじゃった。何とお礼したらいいか」
そんなに頭を下げなくてもいいと、メラニオスは声をかける。自分たちはたまたま通りかかっただけで、そこまでたいそうなことはしていない。
「飢餓で苦しみながらも、何とか女、子供は生かそうと頑張ってきたが...情けないのお、結局ここまで追い込まれ、若者を苦しめ、老いぼれはワシだけが生き残ってしまった」
この村に残るのは、若い衆、子供、そして最年長の村長のみ。親たちは、子供たちのために自分の分の食糧を分け与え真っ先に死んでいった。そして、村を出たり、遠くの方へ食糧を探しに行った者は帰ってこないのだという。
「今は貰った食糧で何とかなっとるが...まだ、水不足の問題があるのです」
すでに村の井戸は枯れはて、近くの川の水は干上がっている。農作物は育たず、ただ飢えるのを待つのみ
こればかりはどうしようもないのだ。自然界は時に牙をむく。この時期は雨の量が少なく、ここらいったいも同じような状況だろう。
私たちができるのはここまでだ。食糧を集めることはできても、水を作り出すことはできない。魔術を使っても限度というものがある。
メラニオスの方を見る。なにか考え込んでいるようだが、
「―――雨を降らせればいいんですね?」
「そ、それはそうじゃがあ...」
無茶だ、いくら彼でもできないことぐらいはある。
「僕が降らすわけじゃない。”降らせてもらうんだよ”」
「...できるのですか?ですが、貴方にそこまでやっていただくわけには」
「あまり期待はしないでください。それに...」
彼は私を見つめながら宣言する。
「子供たちの苦しむ姿を、僕たちは見たくないから」
◇
村人たちには家で待機してもらい、私たちは少し離れた場所にある神殿へと向かっていた。
「君までついてこなくてもいいのに。あの子たちといてもよかったんだよ?」
「汝ひとりにしては何をしでかすか分からんからな...そ、それに汝は私の、お、おt、おtt...くっ」
「(いざ、言葉にしようとすると恥ずかしくてできぬ。他人の前では堂々と言えるのにっ!)」
二人は"夫婦"と呼べるほどの関係ではなかった。どちらかと言うと、初々しい恋人同士である。
本来あるはずだった婚姻の儀式も台無しになり飛び出してきたので、メラニオスには"夫"と"妻"という自覚がないに等しい。
彼女に辛い思いをさせてしまったという負い目から"愛すべき存在ではあるが、自分なんかより、自由に生きて欲しい"という思いある。
まだまだ、アタランテの苦難は続きそうだ。
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
「...?
まあ、確かにしでかすんだけどね。っと、さあ、ついたついた」
目の前に見えたのは、オリンポスの主神”ゼウス”を祭る神殿。しばらくの間、人の出入りがなかったのか所々薄汚れている。
「一体何をするというのだ、かの主神に祈りでもささげるとでも?」
「その通り!さすがアタランテ、勘がいいね」
親指をぐっと立て、笑いながら答えるのだ
意外だった。
今まで私がアルテミス様に祈りをささげているときも「汝は祈る神はいないのか?」と聞くと「...恨まれてるからねえ」と遠くを見るように答えていた。昔、神々と争いがあったようだがいったい何をしでかしたのやら...
「さてと...ちょっと離れててね。―――危ないから」
神殿に祭られている神像の前に座り、祈りの準備を始める
「大丈夫なのか?汝に何かあったら私は...」
「大丈夫だよ、多分...もしもの時はよろしく!」
信頼されているのは嬉しいのだが、心配なことには変わりな―――むっ、今、多分といわなかったか?!
「よし、ん”ん”...えーと、確か...”大いなる天空の神ゼウスよ。貴方に祈りを捧げます、ちゃっちゃと雨降らせやがれこの野郎、食ってやるぞ”......アタランテ、離れて!」
”・・・ゴロゴロゴロ・・・”
突然、空が唸りだした。雨雲がこの神殿を中心にして集まり、そして―――
”・・・ピシャーーーン”
雷が槍となり、メラニオスの頭上に降り注いだ。
その槍は神殿の上部ごと貫き、崩れてきた瓦礫に下敷きになってしまう。
「...ごっほ、ごっほ...ッ、無事かメラニオス?!」
言う通りに少しだけ離れていたので、怪我を負わずに済んだのだが、いったい何をしたのだ?
彼の姿は見えない、下敷きになったのだろう。急いで、救出しようと向かうが...
”ドカーン”と、勢いよく瓦礫がはじけ飛んだ。メラニオスがはじけ飛ばしたのだろうが、その姿は悲惨なものだった。皮膚は焼き焦げ、放電の影響だろうか身体には稲妻の模様が浮かんでいる。すでに、治癒が始まってるとはいえ思わず目を背けてしまうほどだ。
「...熱い」
と、一言つぶやき。そのまま倒れ伏してしまった。そばに駆け寄る、気を失っているだけのようだが、このままこの場所に留まるのは危険だろう。彼の身体を肩で担ぎ、なんとかその場を離れようと歩き出す。
「まったく...無茶をしすぎだ、汝は」
外では、土砂降りの雨が降り始めていた
◇◇◇
「ん...もう、大丈夫、ありがとうアタランテ」
しばらく歩いていると、目が覚めたらしい。身体を動かして離れようとするが、そうはさせない
「まだ歩けないだろう。大人しく担がれておけ」
「いや、これはちょっと...まるで僕が荷物みたいだよ」
...何か問題なのだろうか?効率的だと思ったのだが、やはり脇に抱えたほうがいいのだろうか
「それよりもだ。いったい何を祈ったのだ?」
あれでは最早天罰に近い。何をどうすれば、あんなことになるのやら
「いやー、雨降らせなきゃ食べちゃうぞ、テヘッ。的な?」
「もはや脅迫ではないか⁈汝には敬いというものはないのか⁉︎それで死んでしまっては元もこうもないであろうが!」
彼は"ごめん、ごめん"とヘラヘラしながら笑っている。こっちは本気で心配したというのに。
まるで、"自分は死なない"と分かっているようなその態度が嫌いだ。
...彼が死んでしまったら、私はいきていけるのだろうか?
◇◇◇
「ひゃああー--雨じゃあ!恵みの雨じゃあああああああ!」
「わーいわーい!久しぶりの雨だねお母さん!」
「ええ!これなら何とかなりそうだわ」
村に帰ると、突然降った雨に村人は狂喜乱舞していた。特に村長に関しては常軌を逸した喜びようだ、もはや狂気的とまで言える。
「おおおおお!あなた方よくぞ帰ってきてくださった!一体どうやってこの雨を?...いや、聞きますまい、今はどうか体を休めてください!」
そういった後”ひゃっほ―――”と走り去っていく。まるで水を得た魚だなと二人で顔を合わせながら苦笑した。
◇
「もう、この村を出られるのですか?!もう少しごゆっくりして行かれても...それに今夜は宴会を予定しております、是非お二人にもご参加いただきたいのですが...」
「ありがたいのですが、皆さんに気を遣わせるわけにはいかないので、気持ちだけ頂きます」
この村はもう大丈夫だろう、自分たちがいても迷惑になるだけと考え直ぐに村を発とうとした。心残りがあるとすれば、あの少女たち。きっと村の人が助けてくれるには違いないが、少し心配だ。
物思いにふけっていると、不意に腕を引っ張られた
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
「あ、ああ。申し訳ないがそうだな...」
あの少女だった。背中には妹を背負い、涙目でこちらを見上げてくる。
くっ、そんな目で見られると...
「ぐすっ...寂しいよお」
「え、えっと、そ、その泣かないでくれ。いつかまた此処に訪れるから...」
「うっ...ぐすっ...うええええん」
「ううっ、そんなに泣かないでくれ」
困り果ててしまう。こんなときどうすればいいか分からないのだ。助けを求めるように視線を送ると
「ははっ...うーん、じゃあもう少しだけお邪魔しちゃう?」
少しだけ困ったような声で彼がそう言ってくれる。彼もこの子たちが心配だったに違いない。
「いいのか?!...で、ではなく、汝がそういうなら仕方ない。村長、いいか?」
「ええ、もちろんです!さっそく宴の準備をしませんとなあ!」
「いいの、お姉ちゃん?」
「ああ、勿論。しばらくここで世話になる。」
「わーいわーい!やったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女。背中に背負っている妹もキャッキャッと嬉しそうに笑う。やはり、子供の笑顔というのはいいものだ。顔がにやけてしまう。
「さあ、家に戻ろう。宴までまだ少し時間があるからね。妹ちゃんは僕が背負おう、アタランテはその子と手をつないであげれば?」
「やったー!」
「へっ?!い、いいのか?」
「うん!はやくはやくー」
「こ、こら、そんなに急がなくても―――」
振り回される私をメラニオスは後ろでおかしそうに笑い歩き出す。私も戸惑いながらも少女に手を引かれ歩みだす。
―――こんな光景を私は望んでいたのかもしれない。
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