【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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 ―――きっと。いつかまた何処かで


狩人と怪物ED 「愛してます、いつまでも」

「お前を殺す」

  

 神々の命に従い、二人の前に立ちはだかったヘラクレス。手には光り輝く名剣マルミアドワーズを握っている。かつて火の神が鍛えヘラクレスに授けし剣。奇しくも一万年以上前、怪物を撃退せしめた聖剣と起源を同じとする神造兵装である。

 

「へ、ヘラクレス。なぜ...」

 

 アタランテが驚愕の表情で尋ねる。追手がくるだろうとは読んでいたがまさかこの男、ヘラクレスが自分たちを追ってくるとは、考えうる最悪の展開だ。

 

 ...いや、当然のことだろう。この男は先ほどの討伐作戦の中でただ一度もその力を振るうことがなかったのだ。全ては今日、この時、完全に弱り切った怪物(メラニオス)を確実に殺すため。

 

 メラニオスはヘラクレスを睨みつけ臨戦態勢へと移る。だが魔力切れなのか、それとも一度"核”を完全に貫かれたせいなのか定かではないが身体を完全に変化させることすらできず。人の形を保ったままアタランテを庇うように前に出ることしか出来なかった。

 

「怪物の姿を形取ることも叶わず、か」

 

「...お陰様でね」

 

 向かい合う二人。アタランテはどうすればこの場から彼を連れて離脱できるか考えを巡らせていた。自分だけなら可能であろうが、立ってるのもやっとな彼を背負っては不可能だろう。何よりヘラクレスがそれを許すはずがない。ならば、と弓を構えメラニオスの隣に立つ。

 

「アタランテ...お前に用はない。ここから立ち去れ」

 

「断る。生憎と私たちの帰りを待つ者がいるのでな、ここで終わるわけにはいかない」

 

手が震える。真っ直ぐ視線を合わせることすら恐怖で染まりそうになる。相手はギリシャ最大の英雄、相手にとって不足はない。

 

「駄目だ...アタランテ、君は...帰らなくちゃ」

 

 メラニオスはすがるような目で否定してくる。一人で立ち向かうつもりなのだろう。まったく、無茶なことだと分かっているだろうに。

 

「メラニオス、私たちはいつも共に乗り越えてきただろう。今回も同じだ...一緒に帰ろう」

 

 そうだ。帰らなくては、あの子たちが住む家へ。しかしあの村で暮らすことは難しくなるだろうな、二人を連れて旅に出るのもいいかもしれない。きっとそれは幸せだろうな。

 

 そんな叶うはずのない幻想をアタランテは思い描く。

 

「......わかった。」

 

 覚悟を決めたような声で呟き、メラニオスは垂れ流されていた血に魔力を込める。自らの身体をなんにでも変化、擬態させることができる力。呪いともいえるその力でその血を一振りの剣に変化させた。残存魔力全てをつぎ込みその血は不完全ながらもヘラクレスの持つ”マルミアロワーズ”に擬態して見せた。

 

「どういうつもりだ。剣を創った程度で私に勝てるとでも?」

 

 それは怒りか、それとも侮蔑か。”怪物の力を振舞えないお前に何ができる”その目はそう語っている。

 

「怪物としての僕は死んだ...だから今からは、人としてメラニオスとして、貴方を乗り越える」

 

 人の身で神の領域まで至った者。対してこちらは瀕死の怪物に獣に育てられた狩人。どう考えても無謀だ。でも、それでも彼女とアタランテとならもしかしたら...

 

「愚かな。自分がしてきたことを分かっているのか」

 

 ここに至るまで多くの民、英雄が犠牲となった。それを大英雄は許さない。人々の恨み、憎しみ、それらを背負って彼はここにいる。

 

「それでも僕は―――生きたい」

 

 剣を構えヘラクレスと相対する。無謀な戦いだ。でも...

 

 ―――よかった

 

 誰に感謝すればいいのか分からないけど

 

 今度こそ

 

 生きる

 

 今回こそ

 

 帰る

 

 君と、アタランテ

 

 死にたくない

 

 この日のために生きてきたのかもしれない

 

 ああ、誰かのために戦えるのはなんてすばらしいんだろうか

 

「そうだ、僕は...」

 

 ◇

 

 

 ふと気が付くと地面に倒れ伏していた。どうしたんだろう、僕はさっきまで...

 

『うん、うん、ヘラクレス。よくやった流石だね』

 

 ...?

 

ゴフッ...かなり、こちらも痛手を負った」

 

 ―――あれ?

 

「メラ...ニオス。お願い、にげて」

 

 え...なにが?

 

『あ、起きたんだメラニオス君。―――もう終わったよ』

 

 ...おわた?

 

『ヘラクレス、君はもう下がっていい。傷の治療も必要だろう』

 

 ニコニコと笑みを浮かべ覗き込んでくる。何、何で、嘘、やだやだやだやだ

 

『負けちゃったね。メラニオス君』

 

 ............たまけ?

 

『君は本当に手ごわかった。まさか戦いのさなかでヘラクレスの剣術を完璧に模倣してしまうとはね。でたらめもでたらめ、怪物の名にふさわしかったよ...まあ彼の方も存外でたらめでね、君のカウンターに更にカウンター仕返ししたとこなんて思わず手をたたいてしまったよ』

 

 アタランテはうずくまっている。吹っ飛ばされたのかもしれない。血が出てる、血を吐いている。早く行ってあげなきゃ、駆け寄ってあげないと。

 

『アタランテちゃんの援護も素晴らしかった。君の攻撃に合わせて的確に矢を放つのだから。流石の腕前と言うべきだったから思わず邪魔をしてしまったよ。こちらが一手誤っていればさすがのヘラクレスもただでは済まなかったかもしれないね』

 

 ズルズルと身体を引きずる。手足は既に切断され地を這うことしかできない。言葉を発しようとしても掠れた呻き声が漏れるだけ。

 

『にしても人としてか...馬鹿だなあ。君は所詮怪物なんだ。分かっていただろう?』

 

 "ひぃぃ、や、ヤダお願いします。許してください"

 

『いくら人を愛そうと』

 

 "愛しているアタランテ"

 

『誰かを助けようと』

 

 "ありがとう。メラニオス"

 

 背中を踏みつけられる。それでも僕は芋虫みたいに這い続ける。ズルズルと身体を引きずるたび自分の口から洩れる呻き声がひどく耳障りだ。

 

『君は、倒されるしかない悪なんだ』

 

「...やだ

 

 まだまだ、おわてない。

 

 手足に魔力を込め治す。治すんだ。だって今までもそうしてきたんだ。

 

 なおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれなおれ...

 

「やだやだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないお願いやだいやだいやだいやだ。まだ、まだ......死にたく、ない」

 

 涙で顔を歪ませながらも前進し続ける。もう自分でも何を言っているのか分からない。ただ彼女にたどり着くために進むんだ。

 

 進み続けるメラニオス。それでも神は前に立ちふさがった。

 

『―――それ、君に殺された者たちも同じこと考えたと思うよ』

 

神は語る

 

『どうやって君を殺すかいつも考えていたんだ。どうせなら絶望的に終わってほしいから』

 

『だからまず最初に君をうんと幸せにしてあげることにしたんだ。彼女が君に興味を向けるように、君が彼女に恋をするように、アフロディーテを利用しながら少しずつ仕向けた...まあ、あそこまで大ごとになるのは予定外だったがね』

 

『結果的に君はアタランテを愛し、疑似的な家庭を作り...あははっ幸せだったろ?そのおかげで家族を引き合いに出せば、まんまと怪物として暴れまわってくれたんだから』

 

『だいたいさあ――神を喰らい、人を殺めたお前が人間として生きていこうなんて望んでいいはずがないだろう?』

 

 ...そっかあ。じゃあ、もう終わりかあ

 

 結局、何もかも幻想に縋っていただけなのかもしれない。アタランテを愛する心は偽物だったのかもしれない。何にも意味がなかったのかもしれない。

 

 ーーーそれでも

 

 渾身の力を振り絞った。手足を...いや手足と呼ぶにはおこがましいな。風が吹けば崩れる四本の触手でしかないそれを生やした。

 

「やっと...届いた」

 

 メラニオスはようやくアタランテのもとにたどり着くことができた。

 

『...まだ動けたのか。いやあ、本当にしぶといなぁ君」

 

 アタランテを抱きかかえて歩き出すメラニオス。しかしながらその身体は既にひび割れてきており、風が吹く度に崩れ落ちていく。

 

 アポロンは自らの弓をメラニオスに向ける。既に興味はないが、あまりにもそれが哀れだったので矢を放って終わらせてやるべきと考えたのだ。それをヘラクレスは止めた。

 

『何のつもりかなヘラクレス?』

 

「......もうあれは死んでいる。わざわざ貴方が手を下すまでもない」

 

『まさか慈悲のつもりかい?...まあ、いいや』

 

 あっさりと引き下がり、アポロンは何処かへと消え去った。

 

 その場に残されたのはヘラクレスただ一人。

 

 【あなたは悪くない。どうか恨まないで。自分を信じて。あなたは強いから―――私には、できなかった】

 

 愛した女が最後にそう言い残したのを思い出した...私は正しいことをしたのだろうか。

 

 ―――あの怪物にも誰かを愛する心はあったのかもしれない。

 

 ヘラクレスは歩み続けるメラニオスの背中をただ見送った。

 

 ◇◇◇

 

 

「まって、待って...もういい、もういいのだメラニオス!...お願いだから...もうやめて」

 

 ボロボロと崩れ去りながらも歩き続けるメラニオス。だがそれもここで終わり。身体を支えていた触手が崩れ去り地面に倒れこむ。それでも彼女を手放すことはなかった。

 

 ここまでか...もう少し、もう少しだったんだ。君と子ども達のところに帰りたかった。まだ生きていたい、死ぬのが怖い。なんでだろうな、2回目だってのに慣れない。怖いんだ。

 

「そうだ...林檎。まだ林檎を全部食べたわけではないだろう⁉︎さあ、口を開けろ!...お願い、お願いだから」

 

 首を振る。もう手遅れだ。自分を構成する核は砕かれこの時代から退去するのも時間の問題。既に下半身は崩れ去っている。

 

「私を置いて行くのか!...いつまでも共に居てくれると言っていたではないか!...置いていかないで...私はまた一人に...」

 

 涙を拭ってあげる。大丈夫、君はもう一人じゃない。子ども達も村の人達もいる。きっと君を助けてくれる。だから...そんなに泣かないで

 

 上半身のみで身体を起こしアタランテを抱きしめる。アタランテは泣きじゃくりながらもそれを受け入れた。それは、ほんの短い時間だったのかもしれない。それでも僕らにとっては永遠とも感じられるほどだった。

 

「また会えるさ。いつか遠い未来で」

 

 さて、そろそろ限界だ。湿っぽい別れはあまり好かない。どうせならとびっきりの笑顔で、だろ?

 

 メラニオスはアタランテの目を見つめ愛を伝える。

 

 

 

 

「アタランテ。僕は...君を...――――愛しています」

 

 

 

 

 ...ああ、でも、願わくば...帰りたかったな

 

 出会った時と変わらぬ笑顔で彼女に別れを告げた。

 

 身体が崩れ去る最中、最後に思い出したのは手を振り僕の帰りを待っていてくれる家族の姿だった。

 

 ◇

 

 

 アタランテは涙を流し続ける。あんなに聞きたかった言葉なのに、とても嬉しいのに。

 

 私は貴方に伝えれてない。まだ言えてないんだ。

 

「わた、私も。貴方のことをーーー愛し」

 

 ―――全てを言い終わる前に、メラニオスは崩れ去ってしまった。

 

 残ったのはただ黒い塵だけ。それも風が吹いたかと思うと何処かへと消え去ってしまう。一欠片でも掴もうと手を伸ばしたが、ただ空を切るのみで私の手には何も残ることは無かった。

 

「...まだ、言い終えてない...何も伝えていない...いつも、いつも貴方はそうだ...うぅ...ううううう」

 

 抱きしめてくれる彼はもういない。残されたのはかつて夫だった怪物の毛皮と齧られた黄金の林檎。

 

 嗚咽が止まらない。涙が止まらない。

 

「うぅ...あぁぁ...あああああああああああああああああああああああああああーーー」

 

 その姿をいつまでも月は照らし続けた。

 

 ◇◇◇

 

 

 アタランテはいつまでも泣き続けました。その姿があんまりにも哀れだったのかある神がアタランテの姿を獅子に変えてしまったとも、アタランテはやがて獣のように狂ってしまったともいわれています。

 

 そのどちらが真実かはわかりませんが、やがてアタランテはある村にたどり着きました。その村の人々は快く向かい入れ、彼女を手厚くもてなしました。その後子供たちの世話や村の手伝いをしながら静かにその余生を送ったそうです。

 

 アタランテは時折、獣の毛皮を撫でながら寂しそうに月を見上げていました。いつかまた、あの人と出会える日を願いながら、いつまでも、いつまでも――

 

 

 ◇

 

”いつかまた、遠い未来で”

 

 彼の言葉を思い出す。どれほどの時が経ったのだろうか。すでに肉体は滅び、この魂は座に存在するのみ。

 

 ...声が聞こえた。助けを求める声。その声にこたえるように手を伸ばし、私は何処かに召喚された。

 

「召喚に応じ参上した―――汝がマスターか。よろしく頼む」

 

 目の前にはまだ幼さが残るマスター?らしき者がいた。このような子供が英雄を召喚するなどどういう状況なのだろう。聖杯戦争...というわけではないのか。

 

「あっ、ああ!!ちょっとごめんマシュ、説明おねがいできる!?用事ができちゃった!」

 

「え!?先輩、何処へ...」

 

 そういうと眼鏡をかけた少女にこの場を任せたのちどこかへと走り去ってしまった...元気な子だ。あの子たちを思い出す。

 

「え、えっと...まず私たちの状況を説明させていただきます。ここは人理継続保障機関フィニス・カルデア――」

 

 ◇

 

 ふむ...どうやら大変な状況ということは分かった。このような子供でさえ戦わないといけないなど。とはいえ耳を疑ってしまった。様々な時代の英雄達がこの場に集っているとは...もしかしたら彼も。いや期待は辞めておこう。

 

「了解した。私でよければぜひ力を貸そう...ところであのマスターはどこへ向かったのだ?」

 

 一向に帰ってこないマスターのことが気になった。挨拶ぐらいはしておきたいものだが

 

「すみません。もう間もなく戻られるかと...」

 

 少し困ったような顔で眼鏡少女は答えた。

 

「―――早く、早く!!もっと急いでよメラニオス!」

 

「こらこら。そんなに引っ張らないでよマスター。一体どうしたっていうんだい?」

 

 おや、どうやら戻ってきたらしい。足音からして二人...?誰かを呼びに行っていたのだろうか。

 

 召喚室のドアが開き二人が入ってくる。

 

「じゃじゃーん!連れてきちゃいましたー!!」

 

 振り向くとそこには

 

「「あっ――――」」

 

 あっけにとられた様子で彼はこちらを見ている。その黒い髪、赤い目。出会った頃と何一つ変わらぬ姿。

 

「アタ――ちょ!?...どうしたの?」

 

 いつのまにか私は彼のもとに飛びつき、その胸に顔を埋めていた。この時をずっと、ずっと待ちわびていた。彼はちょっと困った顔をしながらもあの頃と同じように頭を撫でてくれる。

 

「...うぅ...ううううう...ずっと待っていたのだ...うぅぅ」

 

 別れではなく再会による喜びからアタランテは涙を流した。

 

 今度こそあの時叶えれなかった言葉を言える。誰が見てようが構うものか。この時間は二人だけのものなのだから。

 

 頬染めながらメラニオスは口を開く。

 

「えっと...ただいま、アタランテ」

 

 叶うことのなかった、聞くはずがなかった言葉。ようやく、ようやく私たちの願いは叶ったのだ。

 

「―――お帰り。メラニオス」

 

 時代、場所は違えど再び出会えた。願わくばいつまでもこの幸せが続きますようにと二人は願うのだった。

 

 ~fin~

 




ーあとがきー

 とりあえずアタランテ編、完結ということで!!

 まさかここまで続けられるとは思っていませんでした。本当に今まで応援コメントなどありがとうございました。始めはタイピング練習のつもりで書いていたのでまさか何度かランキングに載せて貰えるとは思ってもみなかったです!

 この物語は「怪物」ということをテーマとして書くことにしていました。「美女と野獣」をイメージしていたのですがなかなか難しく主人公をあまり魅力的に描くことができなかったなあ。次こそは悪らしい彼をお見せできるように頑張ります。

 次の話は少し寄り道をする予定です。テーマは「狂気」。彼が「人として」ではなく自身の願いのために「怪物」として一人の少女と出会うお話です。アタランテは回想?で出番があるかなあ。ほかの時間軸の彼もネタバレぎみといか今後のお話の前振りみたいな感じで描きたいと思います。是非ともお楽しみください。

 もし面白かったと感じてくださったらご感想、評価お待ちしております。本当にありがとうございました。

 今回の水着は絶対アタランテ来ます。覚悟しておいてください!

 次回『桜と怪物』お楽しみに!!

fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?

  • イチャイチャ
  • つよつよ奥様
  • しっとり/依存
  • 無関心/やり直し

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