季節が巡り、紅葉が赤く染まった頃。
私達は月を肴にしながら酒盛りを楽しむ。
どうやら少し酔ってしまったらしい。だから、それを口実にいつものお願いをするのだ。
「...少し膝を貸してもらえますか?」
彼の膝に頭を乗せ、そのまま寝転がる。上を見上げれば私を見つめる彼の顔がある。
「(うぅ、やはり気恥ずかしい)」
思わず目を逸らしてしまうと、彼はその様子を可笑そうに笑いながら優しく頭を撫でてくる。ひんやりとした冷たい手が肌に触れるたび熱った顔が冷やされ心地の良い気分になる。
「(少しぐらい照れてくれればいいでしょうに)」
もしかして慣れているのだろうか。考えてしまうと何故か胸の当たりがズキリと痛む。
けど、今は私のものだ。彼は私だけを見ていてくれている。
それだけで今は満足なのだ。
「その、其方はどういった女子が好きなのでしょうか?」
その場の空気に酔ってしまったのか、思わずそんなことを尋ねてしまった。
また、熱くなった顔を手で覆う。なぜだろうか、今までこのような気持ちを抱いたことはなかったのに。
どうやら私も人並みの女であるようだ。
「そう、ですね...」
彼は暫し考えた後、困ったように答えたのだ。
◇
「たのもーー!」
「はっ、はいぃぃーー」
彼が帰った後、私はすぐさま行動に移した。
「むっ、これは似合ってるのでしょうか?」
「え、えぇ。とてもお似合いですよ。景虎様」
まずは国一番の着物屋で着付けて頂きました。
こういった女子らしい格好はしたことがないため自分ではよく分かりませんが、形から入るのが大事だと思うのです。
ですが、慣れないことをするのは難しいものですね。
『強いていうのであれば...女子らしい方、でしょうか?』
彼が言った理想の女性像、それは私と真逆の存在だった。
酒を阿呆のように飲む私はどんなに大目に見ても彼の言う女子には見えぬだろう。まあ、最近は彼に言われて自制するようにはしているのだけれども。
女子らしい、といえば可愛らしい着物という単純な考え。ですがこれだけでは足りません。
かといって今さら立ち振る舞いを正すのも中々苦労というもの。
ならば...料理を。自らの手料理であれば、喜んでもらえるのでは。
とは言っても自ら台所に立つなどしたこともありませんし...私でも作れそうなものとなると、さて。
「餅、ですかね」
小さい頃、姉君がよく作ってくれたものだ。甘いものはあまり食べない私ですが、あの餅だけは不思議と好きなのです。合戦の前に料理番に作らせ兵に振る舞った事もあったか。
あれなら、私も。
「そうと決まれば、早速用意しなければ」
家臣たちが戸惑いながら右往左往していますが、知ったこっちゃありません。
私がやりたいからやっているんです。
ですが、
「ふふふっ...あははははははは!!」
いやはや、我ながら何をしているんでしょうね。可笑しくて、可笑しくてつい声を出して笑ってしまいます。
最近の私はもしかすれば壊れてしまったのかもしれません。
誰かのために着飾り、誰かのためを思い料理を作るなど!
こんな初めてで不思議な経験をし、こんなにも心が躍るなど!
「毘沙門天よ。私は今、初めて人間らしいことができているのです...そうは思いませぬか」
◇
「...モグモグ...モグ...モグモグ」
私が作った餅を頬張る彼。
紆余曲折ありましたが、味には特に問題なく作ることができたと自負できます。
「どうでしょうか...?」
反応を伺う。
やはり何か言ってくれないと不安になってしまう。ひょっとしたら甘い物は苦手だったのだろうか?
そんな不安をよそに彼はごくんと喉を鳴らし飲み込み、私の目を見て言った。
「うん...とても美味しいです。景虎殿が作った物だからでしょうか、今まで食べたどんな餅よりも美味しく感じます」
一つ、また一つと手に取り口に入れてゆく。頬張るたびに笑みを浮かべながら。
「...知りませんでした、誰かに喜んでもらえるのがこんなにも嬉しいことだなんて」
「何か言いましたか?」モグモグ
「いえ、なんでもありません。
ささっ、私に構わずどんどん食べてください」
彼の笑顔を独り占めしたいのは我儘なのだろうか。ずっと側で、私に、私だけに、その笑顔を向けてほしい。
そう思ってしまうのは駄目なのでしょうか?
◇
一つ、また一つと餅を口に頬張る。
味はよく分からない。仄かに甘みがある...というぐらいしか言い表すことが出来ない。
ただ、彼女が丹精込めて作ってくれたということは伝わってくる。
「とても美味しいですよ」
そう答えると彼女は気恥ずかしいのか視線を背けながら、それでも満足そうに笑っているのだ。
「(何が人が分からないだ。今の貴方は誰よりも人らしいじゃないか)」
いつにもなく着飾っていた彼女の姿はこの月夜の景色に溶け込んでおり、まるで天女のようだと錯覚してしまう。
“とても美しく、そして可愛らしい“、そう告げるといつものように顔を赤く染め、顔を背ける。
神の化身と敬われ畏れられてきた貴方。
人を知りたい、理解したい。そう嘆いた貴方に少しだけ同情したのです。
「一つ我儘を申してもいいでしょうか」
「僕にできることでしたら」
誰かを思い、誰かの為に祈る。それを人と言わずしてなんと言えばいい。
「これからは、お虎と...呼んで、欲しいのです」
最初から答えは出ていただろうに。
ああ、君が羨ましかった。
それゆえ、干渉し過ぎたのかもしれない。
結局のところ彼が景虎に抱いていたのは、妹に向けるような家族愛のようなものに過ぎなかった。
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