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俺は姐さんのことを好いている。分かってるさ、これは愛だとかそういうもんじゃない。どちらかというと憧れに近いものだ。子供の頃に親父から聞かされた数々の武勇伝、多分それが原因だ。やれ、アルゴー船での活躍だとか、怒りを買ってヘッドロックされただとか、心躍る話もあれば親父の不甲斐なさを知れるものまでいろんなことを聞かされたもんだ。
その中でも印象に残ってるものは親父も参加したっていう“カリュドーンの怪物狩り“の話。その狩りの中で酷え目にあったのが親父なんだがそれは今は置いておこう。
親父が語ってたのは姐さんの活躍のことばっかだ。アタランテが一番に怪物に毒矢を打ち込んだとか、あの怪物を殺せたのはアタランテのおかげだとか。
...実際のところ、聞いてた話とは全く違ったんだがな。
——メラニオス
それが怪物の正体で、姐さんが愛した男の名。それは時が経った今でも変わらないようだ。
あいつには少しばかり因縁がある。最も相手にとっては身に覚えのないことだろうが、俺にはある。何せ、あいつの邪魔さえなければ、あの矢に射抜かれる事はなかった、少なくともそうだと考えている。
恨んでるわけじゃない。ただ気に食わないってだけだ。第一、俺の方が速いし。
「はあ...」
ため息を吐く。
まあ、なんでこんなこと考えてるかっていうと、
「なんら〜アキレウスー。私の酒が飲めないのかぁ〜〜」
俺の隣で酔っ払っている姐さんのせいだ。
"すこし付き合え“と誘われた時は少々面食らったが姐さんのお誘いとなると断るわけにはいかない。一体なんのようだろうかと胸を弾ませたもんだ。そうして連れてこられたのが、このBAR。こんな小洒落た店に来るのかと少し意外に感じた。まずは乾杯に一杯。ここまではよかった。そこから姐さんはもう飲むこと飲むこと。あっという間に酔っ払いやがった。
で、始まったのが愚痴大会。それも自分の夫の関してのことばかりときたもんだ。
「林檎酒、おかわり。林檎は黄金の林檎でたのみゅ」
「申し訳ありませんお客さん。先ほども申し上げた通り、当店では黄金林檎は取り扱っておりません」
「むぅ...なら銀の林檎だ。あれもおいしいから、
...そえでなアキレウス。彼がな、私にな、黙ってだなあ」
「その話は何度も聞いたぜ?
バーテンダー、酒はもういいから水、水を持ってきてくれ」
「少々お待ちを...こちらになります」
「どうも。ほら、姐さん。あんま酒強くないのに飲み過ぎだ。酒も過ぎると毒になるぞ」
姐さんは同じ話を何度も何度も繰り返している。相当酔っ払っているらしい。あいつが姐さんを酒の席に連れてきたがらないのも分かった気がする。こんな姿、誰にも見せたくないもんな。
「汝も同じことを言う!かえだってな、自分は黙ってお酒を飲みに行くのに、私には一滴たりとも飲ませようとしない!」
「そりゃそうだ」
「む〜〜〜なぜだ!」
水をがぶ飲みしながら絡んでくる。他の客の視線もお構いなくだ。
まあ正直いうと普段見れない一面を見れて少し嬉しく感じてしまっている。日頃の悩みを話してくれるのは、姐さんが俺のことを信頼してくれていると思っても良いだろう。これで姐さんの気苦労が晴れるなら付き合ってやるのもいいもんだ。
「それでな、かえがな...」
まだまだ、続くらしい。そこで一つ聞いてみた。“そんなに不満があるならなんで一緒にいるんだ“ってな。
そしたら、
「それは私が彼のことが好きだから、愛してるのだ!そえ以外に何がある!」
今度は惚気話が始まっちまった。他人の惚気ほど面白くねえ話はねえ。それが気に入らねえ相手とのもんだと尚更だ。
「私が求めると必ず抱きしめてくれるんだ。それにな、近くに寄ると撫でてくれる、それがとても心地良くてだな...」
「...ああ」
けど、話をしている時の姐さんはとても幸せそうでな、照れたり、笑ったり、泣いたり、色んな感情を交えて話すのさ。そこからは姉さんが惚気て、俺が相槌をしながら話を聞く、その繰り返しさ。
「子供たちと戯れる彼の顔を見たことあるか?...まるで、父親のようなのだ。
あの頃と何一つ変わらない。わたしたちは...かわれない」
うとうと、首を上げ下げしながら姐さんは語る。そろそろ限界らしい。さっきから何度もあくびをしている。
「ん...ふわぁぁ」
俺が部屋まで運ぶのもいいが、面倒くさいことになるのは目に見える。迎えを呼んでやるか。
バーテンダーに目配せをする。察しのいい男だ、すぐにどこかへ電話をかけ始めた。
「あーもしもし?うん、私だヨ。今忙しい?人を探してる?...うん、うん。彼女ならここにいるよ。あー、そんな急がなくていいからネ、君が走ると被害が出ちゃうから...ああ、アキレウス君が一緒だ。うん、場所は分かる?はーい、お待ちしております」
数秒後...
バタンッ、とドアが勢いよく開かれた。息を切らせながらアイツは店に入ってくる。
「はっ...はっ...はっ...アタ、ランテ...」
どうやら姐さんが中々帰ってこないのを心配して随分と探し回ったらしい。...何を言わず来ていたのか。そういえば、コイツも姐さんに黙って出掛けるとか言ってたな。
「ほら、姐さん。迎えがきたぜ」
「ん...」
「寝ちまったか」
顔を伏せて、スヤスヤと寝ている。無理に起こすのも悪いだろうし、後は任せても良いだろう。
「姐さん、アンタのことずっと話してたんだぜ?少しは大事にしてやれよ」
「...うん。ごめんね、迷惑かけちゃったね」
「気にすんな。ここの代金払ってくれたら、それでチャラだ」
なんだかしおらしい反応で拍子抜けしちまった。いつもなら“お前に言われなくても“やら言ってくんだけどな。姐さんの作戦は成功ってことか。
「了解...本当にありがとう。君以外の男と一緒だったら、暴れてたかも」
「ちょっと!?アラフィフの折角の楽しみの場を奪うのは勘弁して?」
「冗談、冗談さ。本気にしないでよ」
嘘だコイツ。目が本気だぞ。
「ごめん。ここのソファー使うね」
「ああ、どうぞ」
姐さんのことを店のソファーに寝かして、心配そうに頭を撫でるメラニオス。まあ、ここから先は野暮ってもんだ。そろそろお暇しますかね。静かに出入り口の方に向かい外に出ようとしたが、最後にアイツの方へ振り返った。
「姐さんのこと、また不安にさせたら許さねえからな。そのうち奪い取っちまうぜ」
アイツは少し押黙ったが、すぐに“させないよ、絶対に“と俺に言った。ふん、それが嘘じゃないことを願う。そうして俺は今度こそBARを後にした。
◇
「んん...ここは?」
アキレウスが帰った少し後、目を擦りながらアタランテは目を覚ました。しばらく状況が掴めてないようでキョロキョロと辺りを見渡していたが僕の姿を見つけると、顔を綻ばせた。
「わたしの気持ち、分かったか?」
「え?」
悪戯をする子供のような表情でそう言ってきた。
「汝も、何も言われず置いていかれる気持ちが分かった...?」
ああ、分かったとも。君が帰ってこないのが時間に経つにつれどんどん不安になってきたんだ。
帰ってこないのか?何かあったのか?、そんな考えばっかり頭を駆け巡った。そしたら、いても経ってもいられず、そこらじゅうを探し回った。食堂に、マスターのところに、子供たちのところ、他の英霊たちの部屋まで。ようやく場所がわかった時どれほど安堵したことか。
「分かった。もう分かったから...心配したんだよ。本当に」
「ふふっ、なら良い。心配させてすまなかったな」
愛おしそうに頰に手を添わせてきた。それを黙って受け入れる。
「よし。わたしは動けないからな...抱っこして帰って」
手を広げてじっとこちらを見つめてくる。いつもは照れちゃう癖に、こういう時は積極的なのがずるい。彼女の体をそのまま抱き抱えると首に腕が回される。我ながら慣れたものだと思う。
「...重いか?」
「ん?全然、むしろ軽すぎて心配になっちゃうぐらい」
「そうか...えへへっ、そうか」
彼女を抱きながらドアに向かう。ようやく眠れると、開こうとした時、
「これお会計ね」
伝票を手渡される。そういえば、奢るって約束したんだっけ。どれどれ...
「えっと、百万QP...百万?」
見間違いか?桁を何度も確認する。おかしいな、何度やっても百万QP
「彼女も結構飲んでたけど...アキレウス君もかなりお高いの頼んでたからね」
「つ、ツケ払いって...」
「ふうむ、この値段だと流石にねー」
「な、なら。黄金林檎!、黄金林檎を仕入れるってのはどう?」
最近、栽培に成功したのだ。もちろん神話のような効力はないが通常の三倍の旨味と果汁、そしてカロリー。それらを備えたものがやっと作れたのだ。ほとんどはマスターに奪われたが、苗がある限りいくらでも栽培できる。ゆくゆくは食堂や商店に売りつけようと思っていたがこの際仕方ない。
「...半額でくれるならイイよ」
「なっ、足元見過ぎじゃない?」
「ならこの話はなかったことで」
「...八割引き」
「半額」
「七割!」
「半額」
この...だが、百万一括は厳しい。むしろ買い手ができたのは得なのでは?なぜか上手いこと載せられている気がするがしょうがない。そう、しょうがないのだ。一応僕の責任でもあるわけだし。
「...分かったよ。背に腹は変えられないもん」
「毎度ー、明日からよろしくね」
疲れ果てた顔で店を後にするのだった。
◇
部屋に戻るため、僕はアタランテを抱えながら廊下を歩いている。するとこんなことを聞いてきた。
「なあ、汝にとって私とはどのようなものだ?」
難しい質問をしてくるものだ。君がどのようなもの...思い浮かぶのは、愛する人、そばに居てほしい人、君が居てくれないと僕は寂しい。そんなところだろうか。
...いや、違うな。きっと、そんな軽い想いではないのだ。
「渡したくない。手が離れないことを知っていても、渡してなるものかと、守ってしまう...そんな存在かな」
誰にも君を渡さない。君を傷つけさせない。これは独占欲だろうか、側から見ると醜いものかもしれない。
それでも、
「ふふっ、私は愛されてるな」
僕を愛してくれる君をみてしまうと、そう思ってしまうのだ。
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