【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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時系列的には3章を越え、再び再会したアタランテと主人公。しかしながら二人の間にはどこか壁があるようで...みたいな。

主人公 自分はただの陰法師に過ぎず、この想いも偽物。それなのに彼女を愛している自分が気持ち悪い。 自分から彼女に話しかけることはなく、部屋も別々。やんわり拒絶している(なんやかんやで受け入れてしまう)
アタランテの前だと大人しめ、借りてきた猫の様
今の怪物はいつの姿をしているのか、メラニオスとしてか、純粋に怪物としてか。それのすれ違いもあるかもしれない。

アタランテ なぜ彼に避けられるのかわからない。もっと踏み込みたいけど、その勇気が中々出ない。 最近は主人公の部屋によく通っている。

的な話を書きたかったけど、短編でやることじゃないので本編に回すことに。
今回のお話は、狩人と怪物のまとめというか、ラストエピソードみたいな感じ。壁はあるけどそれなりに普通な関係。

カルデアの怪物はどちらかといえば女性的な外見で少しネガティブ。理由はある


短編最終話 「狩人と怪物」

 その記憶はとうに薄れ怪物が思い出すことは決してない一時の幕間。

 

 ある夜、焚き火にあたっていた怪物の前に、月明かりに照らされながら女神が現れた。その腕には毛布に包まれた赤子の姿がある。 

 

「この子、親に捨てられちゃったらしいの。山で一人は寂しいだろうから、つい拾っちゃった」

 

"珍しい、人間嫌いの神が慈悲を与えるなど"と怪物は言う。この女神が人間に慈悲を与えるのは滅多にないことなのだ。

 

「だって赤ちゃんには罪はないもの。それに、ほら!可愛いでしょ?」

「別に」

 

 横目でちらっと見るも、特に興味を示したわけでもなく焚き火にあたる怪物。彼にとっては一人の赤子の見分けなどつくはずもなく有象無象の人間の一人という認識でしかない。可愛いか、と言われてもよく分からない。

 赤子は女神の腕で寛いでいる。女神はその様子をみて微笑み、怪物に見せびらかすが、依然そっけない態度。

 

「もー素直じゃないんだから」

「.....近い」

 

 ほっぺを指でグリグリとしながら絡んでくる女神様。一体何のようなんだと、目で訴えると、

 

「そうそう!この子、ちょっと見ててほしいの」

 

 はい、と赤子を手渡される。訳もわからず抱き抱えると、

 

「その子のためのお乳を取りに行くつもりだったの。でも、連れ回すのも危ないじゃない?ちょーど貴方がいたから、お願いすればいいと思って。さすが私!ナイスアイディアよね!」

 

 じゃあよろしくねー!と有無を言わさず、何処かへと飛び去る女神。突然のことで呆気にとられる怪物。

 

「嘘でしょ...」

 

 腕には触れると壊してしまいそうなほど繊細な生き物。以前に、赤子の抱き方を教えてもらった記憶がある。その記憶を辿って、恐る恐る、されど優しく赤子を抱く。

 赤子は不思議そうに怪物を見上げている。彼女にとって久しぶりの“人“の暖かさだった。

 

「はぁ...」

 

 女神の突発的な行動に呆れる。自分をなんだと思っているのだろうか。

 やはり完全に壊すべきだったなと後悔するが、もう何万年も前の話だ。結局、過去の罪が自分に返ってきているだけなのだ。

 それにしても、あの女神どこか狂っているのではないか?

 

 ため息を吐き、赤子に顔を近づける。

 

「...憐れな子。お前は親の愛を知らずに生きていくのだ。きっと、手に入らない物を永遠と求め続けることになるだろう」

 

 憐憫の表情で赤子に語りかける。 

 

「女神に拾われたのは、幸運か、災難か。なんにせよ、僕には関係ない話だ」

 

 赤子には怪物の言葉の意味はまだ理解出来ない。しかし、悲しいことを言っているのは何となくわかった。

 だから何だか居心地が悪くなり、涙が溢れてしまうのだった。

 

 

"カチ カチ"

 

 時計の針が進む音が響く。時刻は深夜12時をまわり、1時に差し掛かる頃。

 

「.....」

「.....」

 

 二人は何も喋らず、沈黙がこの場を支配していた。

 

 私たちはソファーに座り向かい合うわけでもなく黙り込んでいた。最も、彼が黙っているのは私が話すのを待ってるからである。

 話を切り出したのは私。ならばこちらが話し出さなければならないのだが、

 

「.....くっ」

 

 どうしても、切り出すことができなかった。

“なぜだ、なぜこうなってしまったのだ...!“

 心の中で頭を抱える。拒絶されたらどうしようやら、くだらない考えばかり駆け巡る。

 きっかけは些細なことだった。

 

『最近どう?あの子と上手くやれてる?』

『上手く、ですか?...はい。私としてはあの頃と同じように彼と過ごせていると思いますが』

 

 ある日のこと。

 いつものようにアルテミス様に祈りを捧げていると、なんと女神アルテミスが私のもとを訪れたのだ。

 何事かと思わず身構えてしまったが、どうやらアルテミス様は私たちの様子を知りたいらしい。向けられた質問を当たり障りもない会話で返すが、

 

『同じって、何も変わってないってこと?』

『はい...何か問題が?』

『え〜〜つまんなーい!』

『えぇ...』

 

 つまらない...だと。

 なんてことを口にするのだろうか。しかし、アルテミス様ほどのお方が仰るのだから、間違いではないのか?

 何も変わらず、不変であることが幸せだと思っていたが考えを改めるべきなのかもしれない。

 

『もー。私はてっきり、あの子が純潔を奪ってるって思ったのに〜〜』

 

 撤回しよう。

 何を言い出すのだろうか、この女神は

 

『なっ!?...そ、そのような行為は生前はおろか、カルデアに召喚されてからも行なっておりません!第一、私は貴方に誓いを捧げた身です。ですから、そういったことは...』

 

 出来る筈ない。

 精々、抱き合うのが限度。それ以上は一度も行ったことなどない。一度も彼は...求めてくることなど無かった。ならばそれでいいと、それ以上私たちは進まなかったのだ。

 

『そうだっけ?う〜ん。確かに女神(わたし)に誓ったんなら破っちゃダメよねえ』

『.....』

『あ、でもね?わたし、純潔を失う日のシミュレーションは毎日やってるのよ?』

『...んん?』

 

 待て、待て待て!

 やめてくれ。このままではわたしの中のアルテミス様像が完全に破壊されてしまう。いや、カルデアに召喚されてから何度も砕け散ってきたような気はしなくもないが。ああ、そうか。これは夢だ。耳を塞いで、再び目をあければ覚める夢に違いない。

 だが、こちらが耳を塞ごうにも、乙女の妄想は止まらない。

 

『あのね、あのね。ダーリンがね、まず壁をこう、ドンってするのよ。ドンって。で、耳元で「俺じゃダメか?」って言うのよ!渋い声で!それから、わたしの顎をクイっと上げて——。」

 

 とても純潔の女神とは思えぬ恋愛脳全開の妄想を浴び、頭がクラクラしてきた。

 頑張れ私、ショックで倒れそうだが、頑張れ私!

 

『そして最後は、わたしを優しく抱きしめるの。きゃ〜〜♡もう、最高よね!』

『あはっ、そうですね』

『でしょ〜?...あれ、何の話してたんだっけ?』

 

 ひとまず落ち着いたのか、アルテミス様は何か別のことを考えている。

 よくやった私。

 愛の妄想に、私は打ち勝ったんだ。はぁぁ、どうしてこうなったのか。できれば早く戻って彼に慰めて欲しい。胸に顔を埋め、優しく髪を撫でて貰おう。そうすれば、この悪い夢もきっと忘れられる。

 

『あ、そうそう。ねえ、アタランテ?』

 

 項垂れている私に声がかけられる。

 先ほどとは打って変わって、慈悲深い女神の声が、

 

『不変も悪くないと思うわよ、つまんなけど。きっとお互いが願った形なんだろうし。でもね.....誰かに奪われるとは思わない?』

 

 はっ、と顔を上げる。

 

『このカルデアにはたくさんの女が集っているの。わたしのオリオンったら他の女にうつつを抜かしちゃって、今日も2回ぐらい撃ち抜いたのよ。』

 

 そういえば野太い叫びが聞こえたような気がする。自業自得なので特にコメントはない。

 巻き込まれなくてよかったと心底安堵した。

 

『あの子とダーリンは違うと思うけど、万が一って事もあるじゃない?』

 

 「それはあり得ない」と否定したかったが、思い当たる節がチラホラと浮かんできてしまう。彼は他の英霊たちとも縁があるようだと聞いた。もしや、わたしが居ない間に他の女とうつつを...いや、そんな事ない。...本当にないだろうか?

 そういえば、召喚されてからというもの何だかよそよそしい気がした。最初の頃よりは改善してきている気がするが

 もしや...

 

『だから一歩ふみ出して見るのも大事だと思う、って、あれ?もしもーし、わたしの声届いてる?』

 

 今日もあの聖女に字を教えるとかで側に居てくれなかった。昨日も聖剣使いにご飯を作るやらで随分待たされた。その前も——

 このままではいけない。

 

『ありがとうございますアルテミス様。この御恩、一生忘れません』

『??、よく分かんないけど、頑張ってね!わたし、あなた達を応援しているから!』 

 

 その夜、私は話があると彼の部屋に押し入り、今に至るというわけだ。

 

 声をかけるまではやってやる!、と自信を持っていたのだ。だが、中々言い出せないでいるのが現状といったところだ。もう夜も遅い。彼はじっと黙って、私を待ってくれるがなんだが申し訳なくなってきた。

 

「すまないな、迷惑をかける」

「.....」

「ははっ、なんだか可笑しいな。汝を前にすると気が上がってしまうのだ」

「.....」

「...何か、言ってくれても良いのだぞ?」

 

 呆れて物も言えないといったところだろうか。そう思われても仕方ないな。

 それにしても静かなものだなと彼の方を見ると、

 

「...すぅ...すぅ...すぅ...」

 

 寝息を立てて寝ていた。

 

「.....」ピキッ

 

 穏やかに眠るその顔を見ているとなんだかムッときてしまう。

 なので頬をつねることにした。

 

「——い!い、いひゃ!ごめにゃひゃい!」

「......」

 

 痛みで飛び起きたようで。それでも続けよう。

 ぐりぐりぐりぐり。

 

「ひひれひゃう!ほっへひひれう!」

 

 はて?何を言っているのやら。

 

「なんだ?聞こえないぞ」

「うええええええ」

 

 それからしばらく彼の柔らかい頬を堪能し、いい加減話が進まないので解放してやることにする。赤く染まった頬をさすりながら「ちょっと楽しんでなかった?」と目を向けているが、それは気のせいだ。

 

「まったく、人の気も知らないで眠るなど...私は怒っているぞ」

 

 彼は頬をさすりながら

 

「うぅ...ごめん。でも君が部屋に来てから3時間も何も言わないから、つい眠気が来ちゃって」

「それはこちらも悪かった...もう少し待ってくれ」

 

 確かにこちらにも非がある。すでに時計の針は2時を指している。驚いた、時間というものはどうしてこう早く過ぎてしまうのか。彼との時間は1秒でも大切にしたいのだ。あとは言葉にするだけだというのに、中々上手くいかないものだな。しかし、あと少しなのだ。必要なのは口にする勇気。もう少し、もう少しだけ時間を貰おう。

 

 彼は優しく微笑み、

 

「ん〜もう少しだけだよ」

 

 まるで駄々をこねる子供をあやす親のように私の頭を撫で、受け入れてくれた。

 だが、そんな彼の態度になぜか寂しさを感じる。私たちの距離はそんなにも空いてしまったのだろうか。なぜか、そんなことを考えてしまう。

 

「...私は、子供じゃないぞ」

「ん?知ってるよ」

「なら、子供扱い、しないでくれ」

 

 ずいッと彼の方へ身を寄せる。開いている距離を埋めるように。

 

「そんなつもり...ち、近いよ」

 

 同時に彼は後ずさる。

 なぜ逃げるのだ。もう一度詰める。このソファーはあまり大きくないのでこれ以上逃げれないだろう。

 よし、と覚悟を決め彼に問うた。

 

「汝は、私のことをどう思っているのだ」

 

 顔を思いっきり近づける。

 あと少し踏み出せば唇が触れてしまうほどの距離。

 

「どうって」

 

 目を背けながら彼は戸惑う。また逃げようとする。

 

「どう思っているんだ?」

 

 もう一度問う。

 これではさっきと立場が逆だなと心の中で苦笑する。私は彼の目を見つめ、答えを待つ。いよいよ観念したのか顔を赤く染めながら彼は口を開いた。

 

「ふ、ふつうに...すき...だから。もう、許して...」

「....は?」

 

 微かに聞こえた“すき“は私の胸を高鳴らせた。

 ただ、“ふつうに“とはどういうことだ?お前の特別は私ではないのか?それに、“愛してる“ではなく“すき“だと?

 嬉しいやら悲しいやら、様々な感情が駆け巡る。

 

「......」

 

 取っていた手を離し、ソファーに押し倒す。わっ、と声が聞こえた気がするが知るものか。こうなったら力技だ。マウントを取れば逃げることなどできまい。それに、見下ろすことで表情もよく見える。

 

「汝はあの日、私に勝った。そうだな?」

「え?、う、うん」

「ならば、私は汝の物。汝が望むなら何をしたって良いのだぞ?」

「はっ!?」

 

 彼の上に跨り、両腕を押さえつける。

 振り解こうと力を込めているようだが、筋力のランクが違うのだ諦めるといい。

 

「ダメだよ」

「...なぜだ」

「君には誓いがあるだろう...それを破ってまで君を傷つけたくない」

「....」

「それにね。僕は傷つけるよりも、君とこうして何事もなく暮らす方が良いよ」

 

 やはり汝は優しいな。困ったように笑みを浮かべた彼を見て思う。

 だが、今日はそれで引き下がるわけにはいかない。

 

「無論、私から捨てる訳ではない。これはそう...不可抗力だ」

「いや、それは。あの女神に何されるか、君ならわかっているだろう?」

「心配するな、言質は取ってある」

 

 『確かに貴方が破るのはダメだけど...その覚悟があるなら、思いっきり攻めちゃいなさいな。』女神の言葉を反芻しながら私は言葉を紡ぐ。

 

「耳も、尻尾も、この身体は全て汝のものだ。...お前が獣のように交わりたいと言うなら喜んで差し出そう。その覚悟はできている」

「ッ...」

「それとも私には魅力がないのだろうか?まあ、私は貧相な体だからな。欲を抱くというのも難しいかもしれないが、」

「そんなこと!...ない。君は凄く、魅力的だし...可愛い」

「ンッ——。そ、そうか」

 

 うぅ...我ながら慣れないことをしているな。えらく食い気味に答えられたせいで自分の顔が火照ってしまうのが嫌でも分かってしまう。掴んだ手から彼の脈拍が早まっているのが伝わってくる。うん、嘘ではないのだろう。もう、止まれない。私の想いをどうか受け止めてくれますように。

 

「私は愛を知らない...知らなかった。子供が愛される世界を望むこの夢も、親から愛されなかった私を子供達に重ねているだけかもしれない」

 

 私は我儘だ。いつ何時でも、汝からの愛が欲しい。いつだって私は、愛に飢えているのだから。

 

「だが、汝に教えてもらったんだ。誰かを愛する、誰かに愛される喜びを」

「私を愛して欲しい...愛してもらった分、いや、それ以上に汝を愛す。私の願いを受け止めてはくれないか?」

 

 瞳が震えている。こうまで言ってもまだ迷いがあるのか。少し目を伏せながら彼に問う。

 

「それに、だな。...伴侶の願いを足蹴にするのは、その...悲しい、ぞ?」

 

 その言葉が決め手になった。彼は目を見開いた後、瞼を下ろし再び目を開けた時に見せた顔はあの頃と同じ笑みを浮かべている。そして、私の首元に腕を回し優しく抱き寄せ、

 

「——ずるいよ、君は」

 

 そう告げるのだった。

 

 耳元で聞こえた言葉は鼓動をより一層高鳴らせる

 汝がどれだけ遠くにいこうと、逃さない。今はまだ、私と汝の距離は離れたままかもしれないが

 それでも、

 

「...目を、閉じてくれ」

 

 ——私は、あなたに追いついてみせる。

 

 だからそこに居てくれ。汝はもう逃げる必要などないのだから。

 

 ◇

 

「う、ぐ.....うえええええええっ...」

「えっ?あれ、えっと...」

 

 突然泣き出してしまった赤子を、怪物は目を白黒させながら見ていた。そして大いに戸惑った。

 

「え、あ...よ、よしよーし。大丈夫だよー、どうしたんだー?」

 

 などと、不器用にあやすものの泣きじゃくる声は止むことはない。

 

「びえええええええっ...」

「あわわわわわわ」

 

 涙を拭っても溢れ続けてしまうので、どうしようもなくなってしまう。

 何を思ったか怪物は、赤子を泣きやます方法をあれやこれやと探し始めた。

 

「そ、そうだ...ほら、花で作った冠だ。綺麗だろ?」

 

 怪物は器用に花を編み冠を作り出したが、今の赤子にはそんなもの目に入らない。赤子は泣き続ける。

 

「だ、だめ? ならこれでどう? ほら、可愛い小鳥だ。どうだ?」

 

 小鳥を呼び寄せ、赤子に見せることであやそうとするも無意味に終わってしまう。

 

「じゃ、じゃあ! ...ばあっ、変な顔だ! ほら!笑って...くれないか」

 

 あらゆる方法を試したが、泣き止む様子はなく困り果てた。さて、一体どうしたものか。

 

「こうなったら...——それっ」

 

 その身に翼を生やし怪物は天へと羽ばたいた。もちろん、赤子を落とさないようにしっかりと抱き締めながら。鳥のような翼で羽ばたけば一瞬で雲を抜け、その上に飛び出す。

 いきなり変わった景色に呆気に取られたのか赤子は泣き止んでいた。

 

「どうだ、綺麗だろう」

 

 怪物は上に向かって指を差す。

 そこに目を向けると、まん丸と輝くお月様。二人は月に見惚れる。

 

「あの女神は苦手だが月は好きなんだ。どうしてかな、なんだ見守ってくれてるような気がするんだ」

 

 月に向かって手を伸ばす怪物。それを真似してか、赤子も手を伸ばしてみる。掴めるはずないのに、届くはずないのに。

 

「きっと、お前のことも見守ってくれる」

 

 どうかこの娘を、らしくないことを祈った。

 

「...さっきは酷いこと言って悪かったね。たとえ、親からの愛がなかったとしても、お前なりの愛を知れるように祈っているよ」

 

 凍えないように、少しでも幸せになりますようにと優しく抱きしめる。

 それがとても嬉しかったのだろう、赤子はとびっきりの笑みを浮かべた。

 

「いやはや、うん。...これが可愛いってことかな。いつか、その笑顔を見せてくれるお前に会いたいものだ」

 

 赤子の頭を優しく撫で、怪物は言葉をこぼした。

 そんな機会などないだろうなと、少し残念がりながら。

 

「さて、お姫様のご機嫌取りはここまでだ。そろそろ五月蝿い女神も戻ってくるだろう」

 

 凍えないように羽毛を纏いながら二人は降下していく。

 

「こ、こりゃ!ほっへをひっふぁるな...ったく、もう」

 

 これは誰も覚えていない、二人の邂逅。

 いつの日か、自分達だけの愛を手に入れた二人の始まりのお話。

 

 ◇

 

 栄光の船旅を終え、故郷に帰った私を待っていたのは醜い願望だった。

 

「ふん...口ほどにもないな。私を手に入れたいのであれば己を鍛えるべきだったのだ」

 

 今日も今日とて、挑戦しにきた愚か者どもを矢で射抜く。変わり映えのない地獄のような日々。やはり帰ってくるべきではなかったのだ。

 私に速さで勝るものなど居るはずもなく、ましてや誰のものにもなるつもりはない。こんなくだらない事に付き合っているのは、私があの男に親の愛があると信じてしまったから。...結果はこの様だ。遺体の山を積もらせながら私は月を見上げる。

 

「......」

 

 ふと、手を伸ばした。届くことのない、輝く月に。

 どんな時でも、月は私を見守ってくれる。月の女神と称されるアルテミス神もきっと見てくださっている。ならば、この耐え難い屈辱にも抗って見せなければ。

 

「...!」

 

 そんな思いに耽っていると、人の気配を覚える。

 振り返れば、ここから去って行こうとする人影が見えた。

 

「なんだ、汝は挑戦者ではないのか?」

 

 大方、遺体の山でも見て怖気付いたのだろう。去りゆく人影に声をかけた。

 

「.......」

 

 振り返ったその顔は、少年と少女、矛盾した印象を併せ持つ人間離れしたものだったので少し面食らってしまう。

 目の前の人物も、なにやら呆気に取られたようで、お互い無言で向かい合ってしまう。

 

「...どうした。言葉を喋れぬわけではあるまい。もう一度問おう、汝は挑戦者なのか?」

 

 それが、彼と私の出会い。

 

「——いいえ。噂で聞いた貴方を一目見たくて」

 

 私達はここから始まった。




ー完ー

中性的って良いね。
これでひとまずアタランテとの短編を終わりにしたいと思います。いい加減本編を一区切りしなければ。二人の物語はfgo 編でまた描きたい思います。
地獄の1章、再会の3章をなんとか頑張りたいです。失踪しない様に祈っていて下さいませ。

次回 桜と怪物 「反転」
年内には出したい。
よかったらご感想など頂ければ失踪の可能性が消え失せます。

fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?

  • イチャイチャ
  • つよつよ奥様
  • しっとり/依存
  • 無関心/やり直し

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