桜と怪物 「君の名前は」
―――覚えていますか?まだ私が先輩のことを知らなかった頃の話―――
校舎の窓から少女が外を見ている。運動場では一人の少年が永遠と走り高跳びの練習をしていた。バーを飛び越えることができず何度も何度失敗している。それもそのはず、その高さは同年代では記録保持者でも飛べないような高さなのだから。
”失敗しちゃえ”
少女は凍てついた心の中で呪いの言葉を吐いた。ただの八つ当たりだ、少年が挫けるさまが見たいだけ。
”諦めちゃえ”
それでも少年は何度も何度も挑戦し続けた。ひたすらに高飛びを機械的に挑戦を続けるその姿ははたから見れば狂気的ともいえる。
少女はいつの間にか夢中になって外の様子を見ていた。少年が高飛びを失敗し続けるその様子を。
―――ああ。この人はきっと何も裏切らない人なんだろうな
なんてことない、いつかの記憶。
これが先輩を知るきっかけだった。
◇◇◇
懐かしい夢を見た気がする。いつの日か見た大切な思い出。
制服に着替えながら夢の余韻に浸る。今日はいつもより少し早く家を出なければ。部活の朝練があるのだ。けどその前に行かなければいけないところがある。
そうして今日も私は先輩の家に訪れる。
「おはようございます...」
返事はない。家の中にいるのは確かなようなので居間の方へ向かう。”トントントン”と包丁の小気味いい音が聞こえる。どうやら先輩は朝食を作っているらしい。
「はっ!?なにしてるんだよ俺」
おや?...どうしたのだろうか
「なんてこった...時間があるからって余計な料理を作っちまうなんて。一つの空にふたつの太陽はいらないのだ...」
よくは分からないが、おそらく朝食の主菜を二品作ってしまったのだろう。先輩はこだわりが強いのだ
「もしかして...作ったのに食べないんですか?」
私の質問に先輩はきりっとした表情で答えた
「いや食べる。予定にはなかったけど弁当のおかずにしちまえば―――って、ええ!?」
突然声を上げたのでこちらまでびっくりしてしまう。朝食作りに夢中で私の存在に気が付いてなかったのだろう。驚いた先輩の顔がなんだかおかしくて笑ってしまった。
「おはようございます先輩」
「なんだ来てたのか...おはよう桜。朝食の支度はもうすぐ終わるからゆっくりしていてくれ」
この人が私の先輩の衛宮士郎。こんな私なんかを気にかけてくれていつも優しい人。
「でも先輩、お弁当も作るんですよね?」
「ああ、その流れになった」
「じゃあ、私も作っていいですか?自分のは自分で作りますので」
エプロンを着ながら台所に立つ。
「いや、待った。それなら俺のおかずを分けるよ。桜はご飯を炊いてくれ」
「はい!二合ぐらいでいいですか」
「ん~いいんじゃないか?」
米を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れる。最初はこの使い方すらわからなかったけれど先輩に料理を教わっていくうちにだんだん慣れてきた。
すると―――
「おっはよー!今朝もいい匂いね!!」
藤村先生が今日も元気いっぱいに居間に飛び込んできた。この藤村先生は先輩のことを小さいころから知っているみたいでよくご飯をたかr...食べにくる。私が所属する弓道部の顧問で、とっても頼りがいがある...かも
「おはようございます藤村先生」
「あれ?桜ちゃん士郎と一緒に朝食作ってるの?」
「いえ、今は先輩と一緒にお弁当を作ってるんです」
ご機嫌に答える私を見て先生は”うんうん”と頷いている
「そっかそっかーそりゃ朝からそんなご機嫌にもなるか。楽しいことだらけだもんね!」
テーブルに置いてあった急須からお茶をつぎ、いつもの様にくつろいでいる。そんな姿を見て先輩は少し不満げに言った
「...ったく。いつまで寝ぼけてんだよ。学校前に台所に立つことの何が楽しいってんだ」
不満を零すその顔が面白くてまた笑ってしまう。
「悪いな桜。今日こそはゆっくりしてもらおうと思っていたんだが」
先輩は私に苦労をさせたくないと思っているのだろうけど、私はこの時間が何よりも楽しいのだ
「そんなこと...こうして台所に立つのは楽しいですよ」
「でもな、あんまりうちにばかりかまけてると好きなことする時間もないだろうに」
「あははは...大丈夫です。わたしの趣味は料理と弓道ですから」
それに家に帰ったって辛いだけ...でも最近は少し気が楽になった。
「ちなみに将来の目標は先輩の味を超えることでもうすぐ射程圏内だったりします!覚悟しておいてくださいね。絶対に参ったって言わせてみせますから」
そんなたわいもない話をしていればいつの間にやら料理は完成していく。
「―――っと、桜これ頼む」
その時私は気づいてしまった。
「......桜?」
何も言わず動かない私に先輩は怪訝そうな顔を向ける
「...先輩。なんですかその手の痣」
「痣?」
先輩は左手を見て初めて気づいたようだ。それはまるで紋章のような痣
「あれ...ほんとだ。ぶつけた覚えはないんだけどな」
不思議そうに先輩は痣を見つめている
「悪いあと任せた。湿布かなんか貼ってくる」
その場を任せると奥へと行ってしまった。その言葉に答えることができず私はその場にへたり込む
―――先輩 まさか、そんな
◇
「それじゃあ先に行ってますね」
「桜...体調が悪いなら朝練ぐらい休んでいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です。少し頭痛がするだけで...わたしすごく元気ですよ」
「朝食一つも食べられなかったのにか?」
あの後、朝食に手を付けることができず結局先輩に心配させてしまった。...もしかしたら私の勘違いかもしれない。そんなことばかり考えていたら気分はどんどん沈んでいくばかりで
「...失礼します」
そのまま何も言えず先輩の家を後にした。
◇
いつもの様に授業が終わり、外は夕焼けに染まっている。もうそろそろ部活動に向かわなくてはいけないのに身体が重い
教室には私以外誰も誰も残っていない。私だけが取り残されていた。
そのはずなのに―――
「桜」
「えっ...先輩?」
いつの間にか先輩が教室に来ていた。心配そうに声をかけてくる
「桜の様子が気になったんだ...気分が悪いなら一緒に帰らないか?」
「...いえ、いいです。わたしどこも悪くありません。いつも通り部活に出て、終わったら先輩のところで夕ご飯をご馳走になるんです」
そう、それが私の日常。だから早く、いつも通りに部活に向かわなくてはいけない。そうして逃げるように席を立とうとしたが、よろよろと先輩に倒れこんでしまった。
「ちょっ...びっ...びっくりした。本当に大丈夫か桜?...いいから今日は部活を休め。大体そんな調子で弓を引いても帰ってくるもんなんかないだろ」
私を抱えたまま先輩は言った。申し訳なさで顔を反らしてしまう
「...でも、兄さんが...呼んでるから...だからいかないと」
また怒らせてしまう。また殴られてしまう。その傷を見れば先輩に迷惑をかけてしまう。
「...そうか。要するに慎二の顔を立てるだけってことだよな」
「あ...はい。流石に弓は引けないので」
ため息をつきながらも先輩は納得してくれた
「分かった。部活に行くのは止めない。でも少し休んでいけ」
そうして私を座らせるとなにやら準備をしている
「ほら、桜。これでも飲んで少し休め」
どうやら生徒会室から急須セットを持ってきていたらしい。本当にこんなところで飲んでいいのかと思っていたが”生徒会室のお茶は飲みなれているし、廊下にはだれもいなかったから”と先輩が答えた。せっかく注いで貰ったのだお言葉に甘えることにする。
しばらく静かな時間が過ぎた。
私は窓から外を見ている...そういえばいつの日かこうして窓の外を見ていたことを思い出す。
「先輩...覚えてますか?」
あの日のことを先輩に聞いてみた。どうやら覚えていないようだ
「四年前、私が進学したばかりの話です―――」
それは一人の少女が、青年を見ていた話。何度も何度も飛び続ける彼を応援してしまっていた話。
「―――そうして日が落ちて、結局その人帰ってしまったんです。すごく疲れていたはずなのに、なんでもなかったみたいに一人で片付けをして」
「...わかんないやつだな。結局飛べたのか?」
「ふふふっ、いえ結局飛べなかったんです。何時間もやってどうしても飛べないと納得しただけだったんです」
「なんだそりゃ。変な奴もいるんだな」
「その人はきっと頼りがいのある人なんです。一人できっと進んでいける人。けどそこが不安で...寂しかった」
もっと力になりたい。それなのに私は助けてもらうばかりで、本当にこのままでいいんだろうか。
「...私にはそう見えたけれど、その人にとってはそれが日常茶飯事だったんですよね」
そこまで言うと流石に気が付いたらしい。恥ずかしそうに頬かいている
「えっと...つまり」
「はい。その人は今私の目の前にいる上級生さんなのでした」
先輩は顔を赤らめそっぽを向いてしまった。
「そ、そっか...それは、その、恥ずかしいところを見せていたんだな」
「はい。わたしたち同じものを見ていたんです」
「―――え」
”キーンコーーンカーンコーン”
チャイムが鳴り響く。そろそろ部室へ向かわなくてはならない。
「ありがとうございました先輩。おかげで元気いっぱいです」
「そうか。今日は無理に家に来なくてもいいからな」
「いえ、夕飯だけ作っておきますね。それじゃあ」
少し足早に教室を後にする。先輩のおかげで何とか乗り切れそうだ。今日も私は普通に生きている。それだけで今は幸せだ
◇
先輩の家で夕飯を作り終え、自宅に帰る。いつも通りに家に来ていた藤村先生に”送っていこうか?”と言われたが迷惑をかけられないので断った。
あとはこの坂を登れば家に着く。
ふと坂を見上げると一人の青年が歩いてきた。この町では珍しい金髪の外国人。
『いまのうちに死んでおけよ娘』
すれ違いざまに声をかけられる
『馴染んでしまえば死ぬこともできなくなるぞ―――』
「......」
私は何も言えずその場に立っている。
―――なんでわたしばっかり
なにも考えることはできず、考えることが嫌でいつの間にか家にたどり着いていた。玄関のドアを開ける。
「ん...ああ、お帰り
彼が向かい入れてくれた...兄さんの服まで着てだいぶ現代になじんでいるらしい
「...ただいま、
二日前、召喚されたサーヴァントである彼。その姿を見たとき少しだけ安心した―――
◇◇◇
~間桐邸~
―――僕がこの家に生まれたとき、間桐の血はその役目を終わらせていた。
間桐の一族はこの地で滅びる
でも、それでも
間桐が魔術の秘蹟を伝える一族に変わりはない
選ばれし一族、間桐家。僕はその後継者なんだ
◇
『繰り返すつどに五度 ただ、満たされる刻を破却する』
間桐慎二は魔法陣のようなものを描きながら詠唱を続ける。
『―――
ここは間桐邸の地下にある蟲蔵。当主である間桐臓硯の魔力工房でありその身体を構成する蟲たちがこれでもかと蠢きまわっている。
『――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』
全裸で宙に縛られている桜を中心に描かれた召喚陣は詠唱が進むにつれ輝き始める。その様子を臓硯はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべ見下ろしていた。もとより召喚される者には期待はしていないが、愛しい愛しい孫が苦しむ様を見るのはまさに愉悦というもの。
『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』
英霊を呼び寄せる触媒はあらず、ただその場の縁によって召喚される
『汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ』
―――その瞬間辺りは光に包まれる。召喚陣からは何かが現れようとしている。
「(はっ―――)」
慎二が目にしたものはおおよそ英霊と呼べる類ではなかった。
それは巨人だった。触手に覆われた怪物だった。黒き竜だった。厄災だった。恐怖だった。やがてそれは一つに固まっていき、人の姿を形どる
召喚陣の中心にいた桜は力なくその場に倒れた
「サーヴァント...キャスター召喚に応じ参上しました」
それが口を開く
「(凄い、これが魔術。これがサーヴァント!凄い凄い、これを使って僕は聖杯戦争に勝つんだ!!)」
慎二は興奮していた。自らが行った大偉業に。この光景に酔っていた。
「おい...―――ひっ、なにやって、るんだよ」
声をかけようとした時、キャスターはしゃがみ込み桜をじっと見つめていた。すると何を思ったのか桜の心臓辺りに腕を突き刺し内臓をまさぐりはじめた。当の桜は何がなんやら分からず困惑しており、声にならない呻き声をあげている。
「うっ...え...あっ」
やがて何かを見つけたらしくその手を引っこ抜いた。不思議なことに桜の身体には傷一つ付いていなかった。
”ぎゅぐgyぐgyyぐyぐy”
その手には気味の悪い蟲が蠢いている。
「お、おい お主待て!いったい何をするつもりじゃ!!」
それまで傍観していた臓硯が急に慌てだす。何を隠そうこの蟲こそが臓硯を構成する核であり、桜の心臓に忍ばせていたのだった。
キャスター?はそれを指でつまみ興味深そうにいじっていたがやがて飽きたのだろう。老人の質問に答えることなく―――ぷちっと握り潰した。
「お お ぉお おおおおおお」
あっけなく老人はその身体を保てなくなり間桐邸から姿を消した。残された蟲たちは苦しそうに蠢めくだけ。そのうち生き絶えるに違いない。
「...気持ち悪いなあ」
手に残った蟲の死骸を払いながら答える。その目はじっと桜を見つめていた。
「え、えっと...「おい!凄いなお前お爺様を殺しちまったのかよ!」...あっ...兄さん」
大興奮の慎二。あれだけ恐れていた老人はもういない、ここまで喜べるのも頷ける。しかしそれは後ろ盾がいなくなったということを彼はまだ理解していない。
「......」
その問いにも答えずキャスターは黙って桜を見ている。自分を無視しているのが気に入らない慎二は桜を突き飛ばし目の前で叫んだ
「おい!...お前の主人はこの僕だ!!」
桜は痛みに呻いているが知ったことではない。もとより役目は終わっている
「...君が?...本当に?」
胡散臭いものを見るような目で慎二をみるキャスター。
「だからそうだと言っているだろう!見ろこれがその証だ」
慎二は持っていた一冊の本を見せた。それは桜の持つ令呪一画を媒介に作成された「偽臣の書」。令呪一画分と同等の効果を持つ書である。
「こ、これの力は分かっているんだろう!?」
いかに強力なサーヴァントといえど令呪による命令には逆らえない。まあ、例外はあるのだが...
「...ふーん」
別段それを言われたからと言って興味が慎二に向いたわけではない。とりあえずマスターと認めたということだろう
「は...はは。やっと自分の立場をわきまえたみたいだな。僕がマスターの間桐慎二だ。で、キャスターお前はどこのどなた様だ?」
一体自分は何を呼び出したのだろう。慎二は全く分からない。キャスターの外見は黒髪に赤い目、服装は...古代ギリシャの服飾に近いようだ。ということはギリシャ神話関連の英雄だろう。期待に胸が弾む
「僕は、かつてギリシャの地で英雄たちに打倒された怪物。真名を―――」
「......ハァ?なんだよお前...それのどこが英雄なんだよ(むしろ英雄に倒された化け物じゃないか)」
数々の武勇を立てた英雄たちが聖杯を求めて戦う聖杯戦争。そう聞いていたのに召喚されたのは化け物。期待外れもいいところだ。
キャスターはそれを否定することなく黙っている
「クソッ...っ、けどまあ結局僕が采配を振るうしかないってことだよな...よしお前は僕の言うことだけを聞け。絶対に逆らおうとするんじゃないぞ!!」
...その言葉にキャスターが答えることはなかった。慎二にとって聖杯戦争はスリルのあるゲームに過ぎないのかもしれない。
「一応今後の方針について話し合おうぜ。僕が思うに今回の聖杯戦争では―――ん?」
床に転がっている桜に気が付いた...何でまだいるんだコイツ。もう用はない、この僕が聖杯戦争に挑むんだから
「おい...お前は上に行っていろよ。もうお前は関係ないだろ?―――早く消えろよ!!」
桜はふらふらと立ち上がり蟲蔵から出ていく
「...たっく、本当にグズなんだから...!」
◇
―――服を着てベットに寝転ぶ。眠っているときは忘れていられる、辛い記憶も全部。
それに今日はよく眠れそうだ、もうあの恐ろしかったお爺さまはいない。もう蟲による調教は受けずに済む。もう全部終わったのだ...キャスターのおかげで
その日は久しぶりによく眠れた。
◇
目が覚める。どうやらもう朝らしい。なんだか懐かしい夢を見た気がする。いつか見た大切な思い出。
制服に着替えながら夢の余韻に浸る。今日はいつもより少し早く家を出なければいけない。部活の朝練があるのだ。けどその前に行かなければいけないところがある。
部屋を出て玄関に向かう
「あっ...」
キャスターが廊下に立っていた。親しげに”やあ”と手をかざしている。急いでいたのでとりあえず頭を下げ通り過ぎようとする
「...君の名前は?」
通り過ぎざまに聞かれた。
「桜...間桐桜...です」
「―――サクラか」
玄関を出て先輩の家に向かう。
「先輩、起きてるかな...」
今日も私は生きています。
どうだったでしょうか。あまりキャスターの活躍というのはありませんでしたが。次回は戦闘描写をかけたらいいなあと思っています。
―次回予告―
桜が先輩の家に訪れるとそこにはセイバーと名乗る少女が、しかも家に居候すらしいぞ!どうする桜、どうなる桜!?
一方、衛宮士郎はなんやかんやで運命に出会い、なんやかんや教会で聖杯戦争のことを聞き、なんやかんやでバーサーカーに殺されかけてしまった。
とりあえず夜の街をセイバーと共に徘徊することにした士郎。そこで見たものは――
キャスターとセイバーの戦いの火蓋がいま切られる。はたしてワカメは生き残ることができるのか?キャスターの実力はいかに?
次回「キャスター死す」
fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?
-
イチャイチャ
-
つよつよ奥様
-
しっとり/依存
-
無関心/やり直し