あれから暫くの時が経ちました。怪物は王様の国で過ごすうちに少しずつ人間と関わっていきました。
「おう!いつも悪いな坊主。シドゥリ様にもよろしく言っといてくれ」
「うん、分かった」
「それと、ほれ。こいつを持っていけ、娘が作ってくれた菓子だ。お前にも分けてやる、美味いぞー」
「本当⁈ありがと」
シドゥリとエルキドゥ(あと王様)の教育のおかげもあり、言葉も上達し、次第に周りにも受け入れられていきました。
「ほう、良いものを持っているではないか。我に献上することを許す」
「あっ、かえせ!かえーせー、かーえーせーよー。返さなきゃ食べてやるぞ!」
王様はいつも意地悪です
「ふふははは!見るがいい、エルキドゥ!ちっこいのが可愛らしく跳ねておるぞ!悔しければ我に対する讃美の言葉、一つや二つ覚えーーーゴフッ」
「ギル、僕は言ったよね意地悪しちゃダメだって」
「わー、ありがとう、エルキドゥ!」
「おのれぇ、かわい子ぶりよってから。ま、待てエルキドゥ、我を引きずるな!民に面目が立たぬであろうが!」
ズルズルと引きずられる王様を満面の笑みで見送る怪物。こんな愉快な日々が続いていました。
ただ、怪物には一つの疑問がありました。
何故エルキドゥは王様や人間達と一緒にいるのでしょう?聞いた話によると彼?彼女?は神に遣わされた天の楔というものらしいのです。人と神を結びつける鎖、王を天へ連れ戻すのが役目。
ある日の夜、城塞で佇んでいるエルキドゥと話をしました。
「どうして僕がギルと一緒にいるのかだって?...そうだね、少し昔話をしようか」
◇
―――泥から、僕は生まれた。神の手こねられた粘土。千差万別に変化する道具として作られたんだ。
起きたばかりの僕には理性がなかった。理性のない僕に嘆いた父は、僕に女をあてがった。鏡すら見た事のない僕にとって、そのヒトは自己を知るいい見本となった。
”エルキドゥ”
僕の役割。僕の使命。おごりきったギルガメッシュに、神の怒りを示さなければならない。
「貴様が、我を諌めると?」
「そうだ。僕がこの手で君の慢心を正そう」
彼はいつも孤独だった。彼は生まれながらに結論を持っていた。神でもなく人間でもない生命として孤立していた。双方の特性を得た彼の視点はあまりに広く、遠く、神々ですら、彼が見据えているものを理解できなかった。
それでも彼は王である事を捨てなかった。自らに課した使命から、逃げる事はしなかったんだ。彼は真剣に神を敬い、人を愛した。その結論として、神を廃し、人を憎む道を選んだだけだったのだ。
戦いは数日に及んだ。僕は槍であり、斧であり、盾であり、獣であり、兵器だ。万象自在に変化する僕を相手に、彼は持ち得るすべての力を振り絞った。
「おのれ―――泥人形風情が、我に並ぶか!」
はじめて対等のモノに遭遇した驚きか、怒りか。戦いの中、彼は秘蔵していた財宝を手に取った。
あれほど大事に仕舞っていた宝を持ち出すのは、彼に取っては屈辱以外の何物でもなかっただろうね。
初めは追い詰められて、やむなく。けれど最後は楽しみながら惜しみなく、持てる財を投入した。
戦いは―――果たしてどちらの勝利で終わったのか。
彼はついに最後の蔵までを空にし、僕は九割の粘土を失っていた。衣服すら作れなくなった僕の姿は、さぞ貧相だったのだろう。彼は目を見開いて大笑した後、仰向けに倒れこんだ。僕も地に倒れ、深く深呼吸をした。
「互いに残るは一手のみ。守りもないのであれば、愚かな死体が二つ並ぶだけだろうよ」
その言葉の真意は、今でも分からない。
「使ってしまった財宝は、惜しくないのかい?」
なんとなく、そんなことを聞いた。
「なに。使うべき相手であれば、くれてやるのも悪くはない」
晴れ晴れとした声で、ギルガメッシュはそう言った。
それからの僕は彼と共にあった。駆け抜けるような日々だったんだ。
フンババという魔物がいた。僕たちは力を合わせてこれを倒した。僕は彼に問うた。なぜフンババを倒すと決めたのか。それは神々からの命令ではなかった。かといってウルクの民の為でもないはずだ。
「いや、ウルクを守る為だが?地上の全悪を倒しておかねば、民どもが飢え死のう」
何故か、と更に聞いた。彼はウルクの民を圧政で苦しめている。その彼が、なぜ民の心配をするのだろう?
「不思議ではないだろう。我は人間の守護者として生まれたものだからな。この星の文明を築くのが、王の役目だ」
そう口にする彼の眼差しは、あまりに遠かった。同じように作られた僕でさえ、その見据える先が分からない程に。
「守護にも種類があろう。守る事だけが守護ではない。時には北風も必要だろうよ」
この時、僕は彼を完全に理解した。
「そうか。つまり君は、見定める道の方を尊んだんだね」
照れくさそうに彼は笑った。
◇
「だから彼と共に―――人と共に歩むことを決めたんだ」
君はどうするんだいとその目は問うてるような気がしました。
怪物は今まで数々の国を、人間を滅ぼしてきました。それが役目なのです、彼に与えられたただ一つの役割。望まれたように生きる、そうしてきました。
ですが、王とエルキドゥに諌められこのウルクで暮らしています。彼らは怪物のことを人として扱い共に歩んできました。
「僕は...」
もう少しだけ、この幸福に浸かっていたいのです。
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