いつも通り先輩の家に夕食の支度をしに訪れる。玄関前で先輩と他愛のない話をし家に上がろうとしたところで唐突に話を切り出された。
「ところで、な...桜 今日から家に泊まっていけ」
「えっ、先輩の家にですか?」
どうしたのだろうか?...兄さんがそれを許してくれるはずもない。先輩もそれを分かっているのか
「無理を言ってるのは分かってる。 けど...最近物騒なことが多いだろ?今もニュースで連続怪死事件なんてのもやってる」
たしか新都の方を中心とした殺人事件のことを朝のニュースで見た気がした。なんでも心臓が握りつぶされたように破壊されていたとか。昨日なんて柳洞寺の方でガス爆発があったとか、おかげで寺にはだれ一人寄り付かづ、お坊さんたちもガスの影響で病院で入院しているらしい。
でもキャスターは特に気にしてなさそうだったし、あまり心配しなくてもいいような気がする。
「できれば一週間ぐらいいてほしい 心配しなくても藤ねえにはもう許可も取ってあるから」
...何でそこまで
「――――どうしてですか?」
何でこんなわたしを気にかけてくれるんだろう。貴方にとってわたしは...
「理由は言わなきゃダメか」
わたしが...
「...わたしが心配だからですか?」
「―――うん桜が心配だ。だからここにいてほしい」
胸の奥が温かくなった気がした。先輩がそれを望んでいるのなら
「はい...お世話になります 先輩」
◇
「藤村先生...その相談があるんですけど。あのですね...えっと......」
「あ そっか。...そうね、制服ならわたしの家にあるけど」
流石に服や下着を持ってきているわけではないので藤村先生に相談する。何日も同じものを身につけるわけにもいかないし...
「それとも家に一回取りに帰る?」
「いえ...その家に帰るのは、兄さんが、その...」
まだ兄さんに先輩の家に泊まることを伝えていない。もし家に帰った時鉢合わせてしまったらと思うと...
「ああ、それなら大丈夫。さっきお家に連絡して許可を取ったから」
「えっ。本当ですか!?」
でも一体...兄さんが許可してくれるわけないし、お爺様はもういないし...
「うん。桜ちゃん、いま家に親せきの人がいるんだってね。えーっと、キャスターさん?が『先生のうちなら安心です』って」
キャ、キャスター、意外と臨機応変というか...でも後でお礼言っておかないと。でもこれでわたしは先輩の家に泊まることができる。
「なら、わたし本当に泊っていいんですね?」
「そだよー でも困ったな、部屋着はわたしのをあげてもいいんだけど流石に桜ちゃんのサイズの下着までは持ってないなあ」
そういえばこの一年で少しずつ大きくなってきたような...先輩に聞かれるのは恥ずかしいし、いくら同じ女性のセイバーさんに聞かれるのも気まずいので先生に耳打ちをする。
「あっ、なにー士郎? もしかして気になっちゃったのかなあー」
先輩は少し顔を赤らめそっぽを向いている...もしかして聞こえて
「...俺は聞いてない。何も聞こえてないぞ」
いなかったようだ。そう聞こえていなかったの、じゃないとあまりにも恥ずかしすぎて
「じゃあ士郎は気にならないのかな―――?桜ちゃんのバストサイ...」
「ふっ、藤村先生――――!!どうしてそうゆうことするんですか――――!!」
思わず先生の口を手でふさぎに行ってしまう。なんでこの人はこうお茶目なんだろうか!っ...先輩も目を合わせてくれないし、セイバーさんは興味深そうにこっちを見てる。
「もう!お風呂先にいただきますねっ!」
わたしは恥ずかしすぎて逃げるようにお風呂場へと向かった。
既に湯は沸いていて、身体をゆっくりと湯船につける。こうしてお風呂に入っているといろんなことを考えてしまう。
「キャスター大丈夫かな」
夜な夜などこかへ出向いているし、危険なことをしてなきゃいいんだけど...
「っ―――」
突然、視界が眩む。のぼせてしまったのかな、思うように体が動かない。
あれ?おかしいな何だか...頭がボーっとして...違う...何かが私の中に入って...
「おーい桜? 大丈―――桜!?おい桜!!」
◇
~柳洞寺~
人の気配はなく、季節外れの虫たちの泣き声が響いているこの寺に一人の男が降り立った。青い衣装に身を包んだ男は真紅の槍を携え辺りを見渡している。
「ちっ、鼻が曲がりそうなくらい酷い匂いだ」
男は醜悪な匂いに顔を歪め境内の中へ入っていく。
「最近の坊主ってのは呪術やらも嗜むのかねえ...いや、違うか」
すでにこの寺には人はおらず蜘蛛やカエル、腐った小蟲など、主不在の廃屋に巣食うものが男を囲んでいる。男が一歩進むごとにその鳴き声は大きくなっていく。
「蜘蛛、蛙だの陰気な奴らが多いな、おおかた蟲使いの魔術師か、あるいは未だに姿を見せねえキャスター...いや、セイバーに負けたって聞いたな」
男は講堂に向かい迷わず進んでいく。
「にしても一匹でかいのがいるな。何だこりゃ砂の匂いか?」
講堂の奥で何かが動いた。
「あーやだやだ。なんで俺がこんなしけた連中の偵察なんてしなきゃ―――」
”ガキンッ”
「―――なっと!」
講堂の奥から放たれた短剣を槍で防ぎ、それを放った者に目を向ける。
「いい腕だ。けどな二度とはするなよ砂虫。挨拶もなしで命を取られるのは趣味じゃねえ...俺を殺したアイツですら礼儀だけはしっかりとしてたぜ」
暗い講堂の闇の中に髑髏の仮面が浮かび上がる。
「...流石はランサーのクラス。この程度では仕留められぬか」
黒い布に身を包んだそれは言葉を発し、その姿を男に現した。
「へっ、そういうお前はアサシンか。俺の前に姿を現すのは悪手じゃねえの?」
「―――シャアァ!」
掛け声とともに再び放たれた無数の短剣がランサーと呼ばれた男に向かっていく。短剣はランサーに突き刺さっていく――
「なにっ!?」
かに思えたが、まるでランサーを避けるかのように短剣は通り過ぎてしまい一本たりとも刺さることはなく槍を構えランサーはアサシンに突進する。
これにはアサシンもたまらず講堂を飛び出し、塀を飛び越え森の方へと逃げ出していく。仮面により表情は分からぬが焦りが浮かんでいるに違いない。
「逃がさねえよ」
ランサーは自慢の脚に身を任せアサシンに負けず劣らずの速度でその姿を追っていく。森を駆け抜ける二つの影。時折、金属音が響き木が揺れ動いている。
しかし、短剣を投げ、それを弾くだけの単調な戦いに飽きが生じたのか、アサシンの上空に飛翔し槍を振り上げる。
「まさかと思うがお前の芸は短剣を振るうことだけか?――なら、これで終いだ」
「ぐげっ――」
アサシンに槍が振り下ろされ湖に叩きつけられる。すぐさま体制を立て直そうとするものの、ランサーによる槍の連撃は止まらず、ついにはアサシンの仮面は吹き飛ばされた。
「がっぎぎぎぎ」
痛みに悶えるアサシン。
「馬鹿が。忠告はしたぜ、俺は生まれつき名見える相手からの飛び道具なんざ通じねえんだ」
アサシンは仮面をかぶり直しランサーを睨みつける。
「わた、しの顔を見たな、ランサー」
「そりゃこれからだ。テメエがどこの英霊かはっきりさせなきゃな」
ランサーは主の命より全てのサーヴァントと戦いその実力を測るという縛りがあった。故にアサシンをすぐさま殺そうとはせず、その正体を見極めようとしている。
「なる、ほど通りで殺さぬ、わけだ...流れ矢の加護か。さすがは名付きの英霊、私などとは格が違う」
アサシンは跳躍し再びランサーと距離をとる。
「ちっ、喉を潰したと思ったんだがな...ありゃあ薬か何かやってんな」
薬に頼るような英霊に治癒能力はないと考え、次でけりをつけるため距離を詰めようとするが...
「!?(来る)」
突如、湖の底から這いよる黒い影に気づき跳躍するが、その影もランサーの後を追ってくる。
「(なんだコイツは)」
下を見るとそこには―――
「(これ...は―――!)」
無数の触手のような影が蠢いていたのであった。
「虎の子だがな...!」
このままではマズイと防御のルーンを刻んだ石を着地と共に投げつける。これにより簡易的な結界が紡がれ、宝具すら防ぐことのできる防御結界がランサーを囲む。
が...その触手は結界すら侵食してしまった。
「(宝具でさえ防ぐルーンの守りを侵食するだと!?)ちっ」
「くくっ、どうしたランサー? そのままでは影に吞まれてしまうぞ」
嘲笑うかのようにアサシンはその様子を見ている。妙なことにアサシンに対しては触手は興味を示していない
「テメエ...これがなんなのか分かってんのか」
直感的にこれがサーヴァントや人間に対してもっとも厄介な存在と認識したランサーはアサシンに問う。
「だが...貴様を仕留めるのはその影でもなく―――私でもない」
「(ここで撤退するのが吉なんだろうが...こいつらを放っておくわけにはいかねえ)ここでけりをつけてやらあ―――アサシン!!」
大きく跳躍するランサー。おおきく振りかぶった腕には”放てば必ず心臓を貫く”魔槍。
ぎしり、と槍が纏った魔力により空間が悲鳴を上げる。
狙えば必ず心臓を穿つ槍。躱すことなぞ叶わず、躱すたびに再度標的を追尾する呪いの宝具。それが、ランサーの持つ”ゲイボルグ”、生涯一度たりとも外すことなく、また自身の命ですら奪った破滅の槍。
ランサーの全魔力で撃ち出されようとするソレは防ぐことさえ許されない。
つまりこの名を冠した槍は”必中必殺の一撃”この魔槍に狙われた者に、生きるすべはない―――
「―――
故にランサーは見誤った。
今まさに宝具が放たれようとしているにもかかわらず、アサシンはその場を”一歩たりとも動いていない”まるで自身にその槍は届かないというように...
「――――なに!?」
気づいたときにはすでに手遅れ。湖を超えた森の奥から放たれんとする槍は既に...その心臓をとらえていた。
「―――刺し穿ち」
光速の速さで放たれた一本の槍がランサーを空間に縫い付ける。空中で投擲の構えをしていたランサーに避けるすべなどない。
「がっ―――!(この、宝具は...!?)」
「突き穿つ!!」
それでは終わらず、特大の魔力、呪いが込められた二本目の魔槍が放たれる。因果逆転の呪いを纏うそれは、確実にランサーに向かっていき―――
「『
―――その心臓を貫いた。
◇
力なく倒れ伏したランサーに、一つの人影が近づいていく。
「て、テメエ...なに、もんだ。その槍は...その宝具...は」
突き刺さったのは、自身が所有する槍と類似する魔槍。実際は別物、名が同じだけ、古き時代に冥界の門番が作り上げた物。
「――おや?まだ息があったか。さすがだな
紫の衣服に身を包んだ女は意外そうに声を上げた。
「違う...そんなはずはねえ。アンタがいるはずがねえんだ!!」
クーフーリンがその姿を見間違うはずがない。その女は自分が殺せなかった、間に合わなかった、だからサーヴァントとして召喚されるはずもない...じゃあ目の前にいるのは誰だ?
「ふふふっ―――流石に見破るか。自信があったんだけどなあ」
女の顔が半分溶け、黒髪の男の顔が現れる。その顔には邪悪な笑みが浮かび、驚愕の表情のランサーを嘲笑っている。
「テメエ...キャスターか。クソッたれ、卑怯な真似しやがって」
「勝負に卑怯も糞もないさ...英雄としての矜持を誇りとするならこんな戦争お門違いってもんさ。それに、こうでもしなければ君には勝てない――あの時のようにね」
「まさか!?お前、あの時の...ガハッ――」
ランサーの身体はズルズルと水中へと引き込まれていく。黒い影はランサーを取り込もうと次々にまとわりついていく。
「そいつはちゃんと消化するんだよ。下手に黒化しても手に余る」
薄れゆく意識の中、ランサーはこれから起こるであろうことに、これから犠牲になる人々に詫びた。
「じゃあねクーフーリン...また僕の勝ちだ」
黒い触手がランサーを取り込み始める。
「(―――こいつは、つまんないことになっちまったな)」
湖には貪り食う音だけが響いていた。
◇
「計画通りだなキャスター」
アサシンが声をかける。キャスターは愉快そうに喜んだ。
「うん。悪いねえ囮を頼んじゃって」
「他愛無い...しかし、その能力は末恐ろしい。姿、形だけではなく宝具ですら模倣して見せるとは」
キャスターの持つスキル『擬態』このスキルによりあらゆる存在への擬態が可能であり、その能力あるいは宝具ですらある程度の再現が可能とするスキル。勿論それ相応のデメリットはあるものの絶賛ステータスが下降しているキャスターにとって宝具と呼べるほどのスキルになっている。
「ふふふっ、何なら君たちが一番恐れている”初代”になってあげてもいいよ」
「...ご勘弁を。この戦いに身を投じた時点で首を堕とされるのは道理なのだ...ただ、まだその時ではない。私の願いがかなった時、彼の方は私の前に姿を現すのだから」
その言葉を聞いたキャスターはつまらなさそうに肩をすくめている。
「して、次はどうされる?」
「セイバーかな。どうせ明日辺りに嗅ぎ付けるだろうからね」
「ふむ...貴殿はセイバーに一度敗北していると聞いているが問題ないのか?」
訝しげに尋ねるアサシン。キャスターの実力を疑っているわけではないが、最優と謳われるクラスであるセイバーは手ごわい相手に違いないのだから。
「心配ない...ちゃんとあの影は連れていくし、何なら取り込んで見せる。君は安心してアレのマスターもろとも殺してしまえ」
「了解した。魔術師殿にも伝えておこう...では、私はこれで」
そうして霊体化するアサシン。この場にはキャスターただ一人が残される。
夜空を見上げるキャスター。今夜は半月、綺麗な満月にはあと数日かかる。
「待っててね。もうすぐ、もう少しで...フフッ。アハハ!」
その願いは、本当に自身が望んでいることなのかキャスターは分からない。
”でも...君に会いたい、会いたいんだアタランテ。例え何を犠牲にしても、必ず届いてみせる”
雪が降り積もる中、キャスターはいつまでも月を見上げていた。
◇◇◇
「あ...れ?わたしなんでベットに...」
ふいに目を覚めしてしまった。ここは先輩の家の客室のベット。
どうやらお風呂でのぼせてしまった。ふと横を見ると先輩が手を握って顔を伏せている。
「ん...桜!?良かった、大変だったんだぞ。返事がなくて扉を開けたら倒れていたんだ」
心配そうにこちらを覗き込んでくる先輩。ここまで連れてきてくれたらしい。
...また迷惑かけちゃったな。
「...すいません。なんかわたし緊張しちゃってお風呂に入ったらのぼせちゃったみたいです...」
「まあ、やっちゃったことはしょうがない。今夜は大人しくすること」
私の頭をポンポンとなで先輩は部屋を後にしようとする。
「あっ―――」
思わずその腕を掴んでしまった。先輩は不思議そうにこちらを見てくる。
「え?...あっ、す、すいません!わたし何だかぼうっとしちゃって...それで」
行かないでほしい
「桜...もしかして怖いのか?」
そばにいてほしい
「...はい。知らないところで一人で寝るのは...怖くて」
いまでも、蠢く蟲のなかで犯される夢を見る...もうその心配はないのに。
「そっか、確かに初めての部屋で寝るのは不安だよな」
そう言うと先輩はドアロックをかけ、ベットの横に座り込む。
「あ、あの...先輩?」
「もうちょいここにいる。あと三十分くらいは監視してるから、大人しくしてろ」
こっちを見てくれないけど...少しだけ安心した。
「それじゃあ...監視よろしくお願いします」
「ああ」
時計の針が進む、カチ、コチという音が聞こえる。
「―――先輩起きてます?」
「ん」
「...今日はありがとうございました」
静かに意識が沈んでいく。今日はよく眠れそうだ...
次回予告?
柳洞寺の異変に気付いたセイバーと士郎。そこにはアサシンと慎二と桜の祖父と名乗る謎の羽虫が待ち構えていた。襲い掛かる魔の手にセイバーは囚われてしまい...
一方桜は、夜な夜な士郎を連れ出すセイバーに何やら黒い感情を抱いてしまう。そんな思いを抱きながら桜はキャスターに命じる。『お願いキャスター。先輩を守って』
次回「君がそれを望むなら」
残るサーヴァントはあと6騎
fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?
-
イチャイチャ
-
つよつよ奥様
-
しっとり/依存
-
無関心/やり直し