セイバーは柳洞寺の廊下を駆け髑髏の面を追う。この寺に入った段階でマスターである士郎と分断された。これ以上アサシンの相手をする暇はないと足に力を入れる。
迫るたび無数の短剣が放たれるがセイバーには通じない。
”キンッ キンッ”
火花が咲く。
ランサー同様、セイバーにも射的武器に対する耐性が付いている。ランサーが風切り音と敵の殺気から軌道を読むのに対し、セイバーは風切り音と自らの直感で軌道を読む。
「チッ――――」
黒衣に忍ばせておいた短剣をすべて使い切ってしまい、アサシンは忌々しそうに声を上げる。しばらくの間、地を駆ける獣のように後退する。
廊下の突き当りに差しかかった時、アサシンはようやく足を止めた。
「...観念したのかアサシン」
後を追うセイバーも停止する。
...しかしこれ以上踏み込んではいけないと直感が告げる。
―――これ以上あの常闇に近づくな
はやる気持ちを抑えてアサシンに向き直る。
「...ああ、観念したともセイバー。こちらは弾切れだ。こうなってはとどめの一撃が下されると覚悟したのだが...はて?なぜ近寄らぬのかな」
「――――――――」
セイバーは何も答えず剣の切っ先を相手に向ける。間合いは数メートル、一刀するには二の踏み込みを必要とする。剣士であるセイバーではどうしても踏み込む必要がある。
されど彼女には一撃のみ。間合いなどお構いなしに振える秘剣がある。
『風よ』
セイバーの剣に光がともる。否、本来の姿を垣間見せる。
それと同時に彼女の周りに風が吹き荒れ始める。
「―――ほう。まじないで刀身を隠していたというわけか。なるほど、その風圧ならばその場からでも私を討てる。ここで決めるというわけだな」
黒衣が沈む。こうなっては思惑も策略もないセイバーが近づかぬというなら、アサシンは近づいてセイバーを捉えるのみ。
「立場が逆になったなアサシン。この風王結界見事踏み込んでみせるか」
「ふっ、ひどい女だ。蝗の群れに飛び込めという。さりとてこのままでは竜の咆哮が放たれる...これは、進退窮まったか」
髑髏の仮面が闇に浮かぶ。
「さて。どう見てもこれで最後になろう。その前に一つ語らせてもらおうかセイバー。
――――お前は、一対一なら私に勝てると思っているだろう?」
会話に乗じて離脱など許さない。セイバーの目は確実にアサシンを捉えている。
「だからこそ私をマスターから引き離した。主を守るというその判断は正しい」
剣は頂点。後は振り下ろすだけ。しかしアサシンは更に深く身を沈めた。
「だが、そこには
アサシンからの問い。
それに、
「―――先を急ぐ。さらばだアサシン」
セイバーはその一刀をもって答えた。
『舞い踊れ!!』
旋風が放たれる。それに触れれば黒衣はずたずたに引き裂かれるであろう。渦を巻いて迫りくる死の断層。
その真空の波へ、
「キキキッキキキキ!」
歓喜の声を上げ、アサシンは突進した。
「なに!?」
風に乗るようにこちらに向かってくる。
”シュッ”
「―――ぐ...!」
首筋に迫る一撃。それをとっさに弾く、黒衣は彼女の真上をすり抜け背後に着地する。
同時に、
「――――な」
先ほどから感じていた”不吉な気配”が彼女の足元を覆っていた。
「!?...――――が あ ああああ ああああああ!!」
泥のような汚濁が彼女の白銀の鎧を侵していく。振り払おうとするも体が蝕まれ身動きが取れない。
「―――さて。運がなかったなセイバー」
「アサ、シン...貴様、は...」
「ここにはよくない者が棲むと、お前は気づいていたはずなのだがな」
「っ―――、―――ああ」
アサシンの声はもう聴こえない。
最早この影に取り込まれるのはあと数秒。この影はサーヴァントを飲むものだ。薄れゆく思考より、体がそれを拒否している。
「はあああああああああ!!」
なりふりなど構っていられるか。足を切り落としてでも脱出しなければならない。
「―――そうはいかん。お前はここで終わりだ、セイバー」
敵は影だけではない。
「く―――初め、から」
「そう、お前は一人...まあ本来はもう一ついる予定だったが、こちらは二つ。私はただ、お前の注意を引く囮に過ぎないのだ」
「っ――――...っん...あ がっ...」
足元から腐っていく。ひざ下までの感覚がまるでない。
彼女の両足は、既にないものと等しかった。
「...さて、それでは苦しかろう。一思いに...その心臓、私が貰おう」
アサシンの右手に覆われていた布が、封印が解かれる。
「な――――!」
奇形だった。そうとしか言い表せない。
なんという長腕。先ほどまで拳と思われた先端こそが”肘”だったのだ。
折りたたまれていた腕はセイバーの心臓を捉えている。
「――――――――」
セイバーの思考が凍る。
届く。
あの腕ならば届く。
確実に心臓を抉り出される。
『
セイバーは覚悟を決めた。
奇形の腕が迫る。
『
腕がセイバーの心臓を捉える前に―――
「っ...」
彼女は影に取り込まれることを選んだ。
腕が虚空を掴む。
「...ほう、自らそこに飛び込むことを選んだか。強情な女だ」
腕を再び折りたたむ。残されたのはアサシン一人のみ。
「キャスターは間に合わなかったようだな...まあ好都合というもの」
主はセイバーのマスターと戦闘を行っている。アサシンは自分の役割を果たすべく再び闇夜をかけた。
◇
深く、深く落ちていく。
ここはまるで深海のよう。何もなく、ただ深く。
「(ここは...そうか私は)」
負けた。負けてしまった。
上を見上げる。
「(あれは...)」
光が見えた。
光...そう光だ。自分がずっと求め続けていた...
「聖杯、の...そうだ私の、ずっと求めた!」
手を伸ばす。届かない、体が沈み続けている。
『...やめておいた方がいい』
「何を言う。アレは私が求めていた光だ」
腕を動かし、必死に登る。あと少し、あと少しで...!
背後から声が聞こえるが構うものか。
『アレは君が望んでいるものではない』
「っ―――...先程から一体何を...っ!」
振り返った。
「あ、貴方は...どう、して」
そこにいたのは
『...どうしてって。そりゃあ君のためさ』
黒い鎧を纏った騎士。
円卓の騎士が一人”ギルベルト”であった。
「ギルっ...なぜです!?あなたも言っていたではないですか!あの国はどうあれ滅びると!」
騎士はただそこにいる。彼女を見つめている。
「どうせ滅びるならあんな終わり方ではなく...穏やかな、眠りにつくような最後を私は――――」
『...だから、選定の儀をやり直すと?」
「そうです...私ではない、他の王なら―――きっと!」
少女はただ願った。どうか安寧の終わりを。
『―――で?それがうまくいかなかったらどうするんだい』
「えっ...」
『仮に他のものが王になったとしよう。だが結末が変わらなかったら?もっと惨いものになったら?」
「それは...そんなはず」
『こんなはずじゃなかった...そうやってまた嘆くのかい?またやり直しを求めるのかい?』
「違う...違う!私はただ!!」
否定するが...彼女も最初から分かっていたのかもしれない。それでも認めたくなくて、もがいていたのかもしれない。
『それにねアルトリア。君の願いは、君と共に歩んだすべての人間を否定することになる。彼らが君に願ったものを投げ捨てでもいいのかい?』
「あ...」
沈んでいく。もうきっと戻ってこれない。
「私の、私の願い、は...」
手を伸ばす。誰も掴んでくれない。思い浮かんだのは民、自分についてきてくれた騎士たち。そして...己のマスターの顔。
「(すまない シロ ウ――――)」
薄れゆく意識が浮上することは二度となかった。
『おやすみ、アルトリア......お互い碌でもない物に縋ってしまったようだ』
騎士は悲しそうに目を伏せた。騎士としてここに召喚されていれば彼はきっと彼女のために――――
だが、それはまた別の話だ。
気持ちを切り替え、もう一人の彼女と相対する。
『さて、おはよう
その肌は死人のように白く、また冷酷な目つきをしている。
泥に汚染され、彼女の奥底に眠っていた側面が”反転”し非常に徹しきった騎士王のもう一つの顔。
「......」
彼女は黙ったまま騎士を睨みつけている。
『おや、嫌われてしまったかな』
「その口を開くな。貴公に語ることなど何一つない」
『それは...いやはや、傷つくなあ』
黒いドレスに身を包みセイバーは霊体化していく。
空間に取り残された騎士も本来の姿に戻る。
『さてと...僕も命令は守らなきゃね?』
ひとりの少女の願いを叶えるため黒い怪物が動き出した。
取り敢えず次でようやく半分行くか行かないかぐらい。寄り道はあったが終わりが見えてきました!なんとかFGO編に入れるように頑張りたい...!!
次回予告
桜の祖父と名乗る謎の蟲。セイバーと別れた士郎はこの蟲が元凶と考え相対するものの、次第にピンチに!
セイバーを呼ぶが...彼女は既にアサシンの魔の手にかかってしまったようだった。
アサシンに殴られ、蹴られ...あわや蟲の苗床にというところで、突然目の前に黒い影が降り立った。
次回 「妄執の果てに」
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