遠くで暴風の音が聞こえた後、鋭い痛みが左手に走った。
「え――――?」
嫌な予感がする。
でもそんなはずはない。
止まった風。
でもこの左手の痛みは確かなもので
「セイバー...?」
『ふむ、どうやら片付いたようじゃな。お主もマスターなら判ろう?己のサーヴァントが、敗北したことがな』
目の前の羽蟲の言っていることが分からない。
思考が止まる。殺気は相変わらず向けられているが、体が動かない。目の前の現実を受け入れられない。
『何を呆けておる。セイバーは死んだ。アサシンを侮ったのが運の尽きよ...そんなことも判らぬのか衛宮の子よ?』
馬鹿なことを言うな。彼女が、セイバーが負けるはずない。
左手は痛い。確かに痛い。
だが令呪は消えていない。
今にも消えそうに、だんだん薄れていっているがセイバーとのつながりは確かにある。
「来てくれ...セイバー!!」
左手の痛みをかき消すように叫ぶ。
ありったけの魔力を令呪に注ぎ込む。使い方が正しいのか分からない、だが今はそんなことどうでもいい。
ただ、この令呪がマスターの呼び声にこたえるものならば、今すぐここにセイバーを―――
「っ―――――!」
...反応はなかった。
令呪は確かに起動使用したが止まってしまった。
令呪に問題はない...あるとしたら、それに答えるはずのセイバーが既に...
『...一瞬肝が冷えたわ。令呪と言えど失われた命をよみがえらすことなど不可能。さて、これでようやく理解したじゃろうて。セイバーはとうに、アサシンによって死に絶えたわい』
「寝、言...」
「では終いにするか。遠坂の小娘であれば新たな器にするつもりじゃったが、お前は...蟲の養分ぐらいには役立つか』
「―――言ってんじゃねぞ、テメエ!!」
走った。
現実から目を背け、敵に向かって一直線に。
相手はたかが蟲一匹。
持っていた木刀を振りかざし――――
「がっ――――、っ――――!!」
壁に叩きつけられた。腹を殴られたのか息ができない。
耳に聞こえたのは俺を嘲笑うかのように響く蟲の鳴き声。
『間に合ったかアサシン。では小僧の始末もお主に任せるとしよう。セイバー相手に比べれば楽な作業、儂はその横で見物でもしているとしよう』
闇の中に髑髏の面が浮かぶ。
その白い面が笑っている。
「――――」
殺される。
動かない思考。
左手の痛み。
心臓の鼓動が早まる。
”シュッ”
「あっ...」
眉間と心臓、確実に息を止めるため放たれた凶器を、なすすべなく受け入れた。
......だが、いつまでたっても痛みは訪れない。
恐る恐る目を開ける。
「え――――」
俺の目の前に伸ばされた手。
その手に刺さっているのは放たれた凶器。俺の命を奪おうとした短剣は、目の前に立つ一人の男によって防がれていた。
「―――――――」
そんなことをする奴は一人しかいない。
目の前――――俺を目の前の敵から守るように現れたのは
「キャス、ター...?」
『ぬ...?』
アサシンと同じく黒衣に身を包んだサーヴァント。
間違いない。こいつは慎二のサーヴァント、キャスターだ。
『おお、キャスター。待っておっt―――グギギギギッ!!』
キャスターが放った短剣により羽蟲が壁に縫い付けられる。
「それ、返すよ」
蟲の喚き声に骸骨は答える。
「キャスター!?何を―――ガハッ」
吹き飛ばされるアサシン。
それは一瞬だった。キャスターはアサシンへと詰め寄り。勢いよく蹴り飛ばした。
「チィ――――」
ダメージを負いながらもアサシンは反撃に出る。
雨の様に打ち出される短剣。無論、短剣は目で追えるものではない。
アサシンは跳ねまわり、壁にいたかと思えば天井に、床に、ありとあらゆる場所から短剣を放つ。
キャスターには対処できない。
セイバーとの戦いでキャスターの底は知れている。セイバーでさえ防ぎきれるか、というアサシンの猛攻。セイバーに一撃で首を切り落とされたキャスターに勝てる道理はない。
「―――な」
異常に気づいたのは、既に優劣が決した後だった。
...当たっていない。
放たれた短剣は一本たりともキャスターには当たっていない。
「き、さま」
天井から声が聞こえる。
短剣が尽きたのか、苦し気に腹を抑えたアサシンが見下ろしている。
そこに瞬間移動したように背後にキャスターが迫る。
「まっ――――」
容赦のないキャスターの一撃が叩き込まれる。床に叩きつけられるアサシン。
「――――」
そこにいるのは一匹の化け物だった。
俺を助けたときとは違い、短剣を受け止める必要などなく、キャスターはその速さでアサシンの猛攻を躱した。
『アサシン!!何をやっておる...!裏切者など早々に片付けんか...!』
「分かっております。しかし...」
今のキャスターは以前のキャスターとは違う。
「(というか、キャスターなのに凄い殴るんだな...)」
その身体にまとう魔力も、敵を威圧する迫力もまるで別人のよう。
「キャスター、貴様、なぜ」
「......」
キャスターは何も答えない。
まるで猛獣が獲物に狙いを定めたかのように鋭い目つき。気づいた時にはもう遅い。
「なっ!?」
キャスターの体から触手が伸び、アサシンに絡みつく。
「くっ―――放せ!」
「ふふふっ、放せと言われて放すものか」
「ぬう――――!?」
伸ばした触手を掴み、あろうことかキャスターは、
「え―――ええ――――!?」
アサシンを振り回し始めやがった!
「ガッ」
「ギギギッ」
「ゴッ」
「がああああ―――」
アサシンは苦悶の声を上げる。
キャスターは楽しそうにアサシンをぶん回している。
まるで鉄球投げだ。触手から抜け出せないアサシンはなすすべもなくキャスターに振り回され、壁や天井に激突し、そのたびに腕や足はあらぬ方向へ曲がっていく。
「が、が、ガガガ―――!」
「あはははははは」
怪力とか乱暴とかそういう次元じゃない。
楽しんでいる。
相手が苦悶の声を上げるのを、キャスターは楽しんでいるんだ。
「そうれ――――!!」
キャスターは思う存分振り回した後、その遠心力を利用し手を放した。
無惨にもアサシンは頭から壁に投げ飛ばされ。
「...あ」
飛んでいく。
アサシンはごみの様に境内に落下し、血をまき散らしながら山門へ転がっていく。
「あ...うわあ」
これは...敵ながら同情する。
今ので消滅するほどサーヴァントはやわじゃないと思うが、アレでは戦闘不能だろう。
「――――」
突風が吹いた。
キャスターはアサシンを逃がさないつもりだ。...ここでとどめを刺すつもりらしい。
「......何だってんだ一体」
俺は何かできるわけでもなく、”キュルキュル”と気味の悪い喚き声をあげている醜い魔術師と共にお堂に取り残されることしか出来なかった。
◇
「がっ――――グギギギ」
必死に山門へ向かう。
もはや這うことしか出来ず、長い長い腕を伸ばしながら進む。
「(逃げなければ...!)」
主を見捨てるわけではい。
だが、相手が悪い。あれを相手にできるはずがなかったのだ。利用しようとした此方が間違いだった。
後ろは誰もいない。
追手は来ていない。
「(機を見てマスターを助けなければ...)」
アサシンのスキルとして”気配遮断”を所持している。これは自身の気配を消すことができる能力であり、完全に気配を断てれば発見は不可能となる。
「(今はとにかく、ここからー――)」
アサシンの気配が消える。
もはや誰にも見つけることは出来ない。アサシンは逃げ切ることができる。
「―――逃がさないよ」
いつの間にかソレは目の前にいた。
「なに!?」
曰く、その怪物はギリシャで最も足の速い狩人と競争した際に一度は追い抜かれたものの、己の力を出し切り再び追い付き最後には狩人を追い越したとされる。
それ故、彼は必ず追い付く。決して獲物を逃がさない。
キャスターは笑みを浮かべ地を這う砂蟲に顔を近づけた。そして囁くように言った。
「じゃあ――――
”がぶっ”
咀嚼音が響く。
「ギッ――――」
地面が赤く染まる。
痛い、痛い
腰から下の感覚がなくなったことを自覚する。
「ガッ――――がああああああああああああああああああ!?」
振り向けば巨大な口を開けた竜がアサシンの肉を貪っている。
既に食べ進められ、原型がわかるのは仮面と、奇形の腕のみ
その仮面も落ちる。白い髑髏の下の素顔が露わになる。
「そういえば君らはいつも仮面で隠していたから気になっていたんだけど...なぁんだ、もとから顔なんてなかったんだ。
隠していたんじゃなくて、隠すことで顔があると思わせていた...つまらないなあ、どうせならもっと派手な素顔を期待したんだけど」
「キャ、スター――キサ―――」
「顔もなくして、名前も捨てた癖に、それでも自己の確立を求めるなんて...君らは個人の名を持たないことで成立している英霊だろうに」
「わ、わたしの...ね、がいを―――」
「ご苦労だった山の主よ...君は何物でもない暗殺者の一人。誰でもない誰かを脱却することは出来ないのさ」
「ギ、ぎゃあああああああああああああ―――!」
...断末魔ごと竜に呑まれる。
そこに残ったのは髑髏の面だけだった。
◇
『ガッ―――』
アサシンを仕留めお堂に戻ってきたキャスターは壁に縫い付けられていた蟲を掴み今にも握りつぶそうとしている。
『ま、待て。よもや儂を殺すなど考えておらぬだろうな!?』
「......」
実際、間桐臓硯が人の形を保てるほど力があれば考えただろうが、キャスターにとって目の前の蟲はもはや用済みであった。
握った手の力が強まる。
『ま―――待て、待て待て待て...!あのような出来損ないよりも儂の方が優れておる!!儂はただ体を再び持てればそれでよいのだ。
お前が勝者となり、すべてを手に入れたいのであれば儂も協力は惜しまん。貴様も叶えたい願いがあるのだろう!?』
蟲が蠢く。
手の中の汚物に、男は冷徹に告げた。
「...ほざくな若造が。貴様などセイバーが敗退した時点で用済み、とく失せよ」
『―――!待て、待つのだ、待ってくれ...!儂はこんなところで終わるわけにはいかない、終わるわけにはいかないのだ...!?』
...俺はなにも動けない。この状況についていくことができない。
キャスターはうんざりしたように蟲に目を向け
「間引きご苦労...さあ、もう消えてくれ」
『待っ――――』
”ぐちゃあ”
容赦なく握りつぶした。
「――――」
思わず目を背ける。蟲の体液があちこちに飛び散り死臭が鼻に残る。
キャスターは気持ち悪そうに手を拭うと、まるで俺が此処にいるのを忘れていたのか俺に目を向けると、薄気味の悪い笑みを浮かべ近づいてきた。
「っ―――――」
痛みをこらえ後ろに下がる。
殺される。
本能的にそう感じた。
「...そんなに怖がらなくても大丈夫。少しジッとしていなさい」
「え―――」
キャスターは俺の頭に手を当て何かを唱え始めた。
思わず身構えてしまうが...なんだか体の痛みが引いていく。もしかして治療してくれているのか?
「こんなとこか...よく頑張ったね。立てるかい?」
「あ、ああ」
「それならよかった...ここにはもう近寄らない方がいい。良くない者がうろついているからね、君も身をもって分かったろう?」
アサシンを相手にしていた時のような狂気的な印象はどこへ行ったのやら。優し気な声でしゃべってくるのであっけにとられてしまう。
「さて、家まで送ろう。敵は消えたとはいえ、夜道の一人歩きは危険だからね」
「...え」
さっきから予想外すぎる。
「分からないな。それはお前のマスターの命令か?」
「―――いや、そういうのじゃあない。ただ、気まぐれさ、他意はないよ」
「...悪いけど、見送りはいらない。俺たちは敵同士だ、そこまで世話になるわけにはいかない」
「強がりだな君。まだ戦うつもりなのかい?セイバーを失った、魔術師でもない君が」
左手の痛みはもう消えていた。
セイバーはもういない。ここで戦い、ここで倒れた。
「セイ、バー...」
令呪が消えたということは、その魔術師がマスターの資格を失ったということ。
俺は負けたんだ。
セイバーを失い、マスターの資格をこの瞬間になくしたんだ。
...それでも
「―――俺は進まないといけない」
キャスターに決意を示した。
変な話だ、目の前のコイツに宣戦布告するみたいになっている。
「そう...なら、せいぜい道中気をつけるといい」
感情のない声で答えられた。どうやら俺に興味はないらしい。
キャスターは先に山門を下っていく。
「...さんきゅ」
忘れていたことを口に出した。
「......」
それにキャスターは答えることなく、背を向けたままこちらに手を振っている。そうして山門に消えていった。
一人、キャスターの姿が見えなくなったあと歩き始める。キャスターがどうして俺を助けてくれたのか考えるのは後回しだ。
...いなくなった彼女の面影を振り払うため、ゆっくりと帰路に就く。
◇
玄関の明かりが目に付く
どうやら屋敷に着いてしまったらしい。こういう時に限って時間の経過は早い。
「ゴホッ...」
咳き込む口に手を当てると血がついている。キャスターが痛みを和らげてくれたとはいえ、体の損傷は激しいらしい。
「そっか、戻ったんだよな、そりゃあ」
セイバーがいなくなったことで、今までのような異様な回復力はなくなっちまったらしい。
これからは些細な傷でも致命傷になる。
「あっ...先輩」
ふと、前を見ると...寒いだろうに桜が外で出迎えてくれていた。もしかしたら、俺たちが家を出てから数時間の間、ずっと帰りを待ってくれていたのかもしれない。
「―――ただいま桜」
痛む腹を抑えて玄関に向かう。
桜はそんな俺を見て
「...はい。おかえりなさい、先輩」
どこかホッとしたように、言葉を返してくるのだった。
アサシンを圧倒できたのは単に相性のおかげ。彼の存在を否定する英霊なら不利だが、反英霊に近いアサシンに対しては少しだけ強く出れるんです彼。
とはいえバーサーカーには絶対に敵いません。逸話的に絶対に乗り換えることが出来ないのです。正直、彼は内心諦めています。
これにより前半戦は終了、いよいよ終わりが見えてきました。いったい彼の願いはなんなのか、BADかHAPPYなのか
よければご感想などいただけるとありがたいです。
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