【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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短編 天使と怪物

「婦長また急患です!!この人両目を撃ちぬかれてるみたいで...他にも腕や、足、体中に銃弾が...!」

 

 185■年、クリミアでロシアとイギリス・フランス連合軍との戦争が勃発した。これが世に言うクリミア戦争である。次第に戦争は激化したものの世界はあまり関心を示さず月日は過ぎていった。

 

 しかし、新聞社の特派員により負傷者の扱いが後方部隊でいかに悲惨な状況になっているのかを伝えられると世論は一変した。事態を多く見た大臣は一人の看護師に戦地への従軍を依頼した。それが彼の”フローレンス・ナイチンゲール”彼女は数十人のシスター、看護婦を連れ後方基地と病院のあるスクタリへと向かった。

 

「っ―――!すぐドクターのところへ!...出血がひどい、直ぐにガーゼを持ってきなさい!!少しでも止血をしなければ...!」

 

 最初は陸軍の軍医達に冷遇されたものの、それでも自分たちができる最大限の働きをし、ついには軍医局が折れることで本格的に従事することとなる。彼女の働きぶりは凄まじいものであった。彼女はこの悲惨な状況を国に報告し、包帯、薬などの物資、人材不足などろくに補給されない現状を訴えた。彼女の戦時レポートは深刻に受け止められ、彼女が慈善活動を通して旧知の仲の国防相を務めていた人物の後ろ盾もあり順調に改革は進んでいった。

 

「―――誰か、そこに、いるの?...目がよく、見えなくて...僕はいったい」

 

「ミスター、しっかり。大丈夫必ずあなたを助けます」

 

 ここには多くの負傷兵が運び込まれる。そのための特別職や、後のナースコール設備となるものを取り入れて昼夜問わず患者の元へ駆けつけることができるようにするなど当時としては非常に画期的なアイディアを発案していく。

 

「...僕のことは放っておいてくれ。」

 

「いけません!!貴方を必ず助けてみせます。だから気をしっかり持ちなさい!」

 

「いやあ、そういうわけじゃないけど...ゴホッゴホッ...我ながら...酷い、な」

 

「もし!?もし!?...早くドクターを!!一刻も早く!!」

 

 ナイチンゲールは患者に包帯を巻くために八時間も跪き通し、兵士が負傷した足をノコギリで切断されている際には、その絶叫と切断音の只中においても患者の傍を離れなかったという。夜はランプを片手に、何百、何千という患者を見回ったという。

 

 彼女の献身的な働きにより負傷兵の間では「天使」と讃えられることとなる。

 

 ◇

 

 

「...(何も見えない、真っ暗だ)」

 

 目覚めると暗く閉ざされた視界。手足はしっかりと包帯で固定されており一つも動かせはしない。

 

「―――気分はどうですかミスター」

 

 声が聞こえる。

 

「最悪だよ......君が助けてくれたのかな。そりゃどうも」

 

 顔も、名前すら知らない人間に礼を言う。

 

「...私はこちらです。貴方が向いているのは壁、私は貴方の右側にいます」

 

「おっと、すまない。なにせ見えなくてね」

 

「貴方の目は...大丈夫。しっかりと治療すればまた見えるようになります。脳にまで銃弾が届いてなかったのが奇跡なんですから」

 

 ...嘘だな。完全に潰されたんだ、まあじきに修復されるだろう

 

 しかし困ったな。

 

 最近は傷の治りも悪いし、自分で治療することすらままならない。

 

「貴方は軍人ではない...なぜあのようなところに?」

 

 どうやら戦場で血を流しているところを発見されたらしい...余計なことをしてくれたものだ。そのまま放っておいてくれればいいものを。

 

「―――死にたかったんだ。いい加減長く生き過ぎた」

 

「...馬鹿を言わないで。まだ若いのに、生きることを諦めてはいけない」

 

「はははっ、そうか、そうみえるか......君には分からないと思うけどもう限界なんだ」

 

 彼女にはきっと戯言を言っているように見えているだろう。

 

 神代はとっくに終わり、世界に満ちる神秘は薄れていく。もはや人の形を保つのすらやっと、だというのに英雄がいる限り無理矢理生かされる。正義があるなら悪も当然とでもいうように。

 

「名も知らぬ君...どうか僕を殺してくれ」

 

 自分で死ぬことは出来ない。

 

 この体は所詮端末にすぎず殺されるまで死ぬことは出来ない。 

 

「なあ、頼むよ。もう終わりに―――ンガッ」

 

 口を掴まれ、スプーンを咥えさせられる。

 

「貴方に必要なのは安らぎです。まずはお腹を満たしなさい...そう、しっかり噛んで」

 

「ンぐ...」

 

 ご飯を食べるのはいつぶりだっただろうか...なんだか懐かしい味だ。

 

「...貴方が言っていることはよくわかりません。ですが、貴方が死ぬことで悲しむ人がいるはずです。少なくともここに一人」

 

 彼女の表情は分からない。

 

 でもきっと...優しい顔なんだろうな

 

「貴方を悪く思う人はここにはいません。だからどうか安静に。大丈夫、必ず救ってみせます」

 

「――――」

 

 渋々頷く。

 

 まあ、急ぐ必要はない。隙を見て――

 

「それと、今後「死」という言葉を発することを禁止します...いえ、死ぬことを禁止します」

 

「えっ」

 

 そんな...そこまでするかい普通?

 

「私の前で死ぬことは今後一切許しません。いいですね?......返事は?」

 

「...はい」

 

 凄味がある。逆らうことは許されない、そんな凄味が。

 

 目に見えなくても、言葉に込められている凄味はすさまじいものだ。

 

「それは良かった。さあ口を開けて」

 

 彼女には大人しく従った方がいいようだ...うん、これも美味しい。

 

「そういえば...名前は?君の名前」

 

「フローレンス。フローレンス・ナイチンゲールです。好きに呼びなさい」

 

 それが彼女との出会いだった。

 

 ◇

 

「なあ、せめて手の包帯だけでも解いてくれないかい?」

 

「いけません。只でさえ千切れかけだったのですから、当分はそのままです」

 

「もう治ってるかも」

 

「は?」ギロリ

 

「...ごめんなさい」

 

 目は見えないけど、その分彼女がしっかりと支えてくれた。毎晩、この病室を訪れては声をかけてくれたり「常に清潔に!!」なんて言って患者の身体を拭いてくれたりもしてくれる。

 

 まあ働くこと働くことこの上ない。彼女の方が休息を必要としているんじゃないかって思うくらいに。

 

「そういえばフローレンス。君ってば「白衣の天使」って呼ばれてるらしいじゃないか」

 

「...?」

 

 不思議そうに首をかしげている。どうやら知らなかったらしい。

 

 他の負傷者や看護師たちが口をそろえて言っていたものだから、てっきり認めているものかと。

 

「私が天使?...フフッ、天使ですって?」

 

「そんなにおかしいかい?君の働きっぷりを聞けば誰もがそう思うと思うけど」

 

「いいえ、そのように大層な存在ではありません。私は美しい花を撒くのではなく、苦悩する人々のために戦っているだけなのですから」

 

 ◇

 

「ねえフローレンス。窓を開けてよ」

 

「......最初から窓は開いていますよ」

 

「そうか...悪いね、風の音すら聞こえなくて...今日の月はどうだい?...昨日は雨だったんだろう?今日こそはって思ったんだけど」

 

「今日は綺麗な満月です。ああ...雲一つありません。綺麗な星空が見えますよ、やはり都会の方よりも見え方がいいですね。とても美しいです」

 

 日課になっていった会話。

 

「貴方、月がお好きなのね。毎晩聞いてくるんですもの」

 

「ああ、もうずいぶん前になるけど...えっと、誰だったかな...確か、ア、アt...あー駄目だ...思い出せないけど、一緒にさ、見上げた気がするんだ。あの月を」

 

 思い出は日に日に摩耗していく。

 

 肉体と共に劣化していく。

 

「そう。大切な人がいるのね」

 

「うん...もう会えないかもしれないけど...約束したんだ、帰るって」

 

 それでも忘れられない物はある。

 

「懐かしいなあ...また見れるといいんだけど」

 

「...ええ。きっと見えるようになります」

 

「それに君の顔も拝まなきゃいけない。なんたって「天使」と称されるくらい美人さんなんだろ?」

 

「...まったく。人をからかうのが好きね。いい加減怒りますよ」

 

「あははっ」

 

 彼女の嘘は、とても優しいものだった。

 

 ◇

 

 戦争は日々激化していった。

 

 次第に前線は後退していき、ここスクタリにもロシア軍が迫ってくるとの電報が届いた。こうなれば病院はもう大騒ぎ。急いで重症人たちを運び出すことになる。

 

「急ぎなさい!!歩けるものは自分自身で外へ、手の空いている者は薬と医療器具の運び出しを!!」

 

 そんな中でも彼女は率先して動き、的確な指示を周りに出していた。

 

「ミスター!後は貴方だけです!さあ、私の肩に手を回して」

 

 最後まで彼女は僕を死なせないつもりだ。

 

「...置いていってもいいのに」

 

「いいえ!!絶対に貴方を死なせません!!抵抗するなら骨を折ってでも連れていきます!!」

 

「...分かった。でも肩を貸す必要はない。自分で歩けるから」

 

「なにをバカなことを―――っ!」

 

 数か月もゆっくりできたんだ。流石に修復出来てる。

 

 手を振り払い歩き出す。

 

「もうだいぶ前から治ってたんだ。さあ行こう、時間がない」

 

「――――」

 

 もうこの病棟に残っているのは僕らしかいない。

 

 敵軍の声が迫ってくる。

 

「...そっちではありません。まだ目が見えてないでしょう、ほら手を」

 

 手を握られる。

 

 ...二人じゃあ逃げきれないだろうな。

 

「ねえ、本当はあの部屋に窓なんてなかったんだろう?」

 

「...何のことですか」

 

「何も聞こえなかったなんてあるわけないだろう?流石に気づくさ」

 

「...ミスター。今はそんなことよりも生きることを考えてください!」

 

 僕の手を引き彼女は走り続ける。

 

 銃声が迫ってくる。

 

「―――君は優しい人だ。ここで死んではいけない」

 

「止まらないで!?何を考えているのですか貴方は!」

 

 手を振り払いその場に立ち止まる。

 

「後は僕が足止めをしよう」

 

「貴方に何ができるというのです!目も見えない貴方が!!」

 

 頭に巻かれた包帯を外す。

 

「っ!?―――貴方、その、目は」

 

 彼女の目に僕はどういう風に映ったんだろう。

 

 でもよかった、別れの前にその顔を見れたんだから。

 

「なんだ、やっぱり天使じゃないか」

 

 彼女に背を向け歩き出す。

 

「待ちなさい!!そちらに行っては――――ああ!!」

 

 天井を崩し退路を塞ぐ。

 

 これで追ってこれまい。もっとも彼女は掘り起こそうとするだろうが、お人好しはどこにでもいるものだ。

 

「―――婦長まだ残っていらしたのですか!?早くこちらにロシアの奴らがもう目の前なんですから!!」

 

「放しなさい!!まだこの向こうに彼が!!」

 

「なに言ってるのですか、貴方はここで死んでいい人間じゃないのです!!」

 

「駄目よ!私の前であの人を―――」

 

 本当に優しい人間だ。

 

 だからこそ恩を返さなければ

 

「さようならフローレンス。またどこかで」

 

 ◇

 

 ロシア軍がスクタリの侵攻において戦果を得ることはなかった。突然兵士たちが後退していってしまったからである。このことは多くの謎に包まれており、近年においてもその真相は明らかになっていない。

 

 確かなことは、誰一人死傷者を出すことなくナイチンゲールによって病院から患者は避難できたということである。

 

~fin~

 

 ◇

 

 おまけ 「現代医学」

 

「(なるほど、つばをつけて治す治療法...効くかどうかはさておき興味深いですね)」

 

 今日もナイチンゲールは医学書を読み漁る。カルデアに召喚された彼女は手が足りてなかった医療部門の一員となり自分の時代との医療技術の進歩の差に驚かされる日々が続いている。

 

 レイシフトの度にけがを負ってくるマスターやサーヴァントの治療を速やかに的確に行うため知識を身に着けることは当然でそうして

 

 そうして今日も患者は訪れる。

 

「すまないフローレンス。絆創膏を貰えるかい?」

 

「おや、ミスター。どうされたのですか」

 

「いやあ、料理中に指を切っちゃって「ならすぐさま指を切り落とs」そこまで酷くないよ!」

 

 ここで彼女は考えた。

 

 治療法を試せるチャンスでは?と

 

「分かりました。それでは手をこちらに」

 

「?...ああ。つけてくれるのかい?悪いね助かるy」

 

「ぺっ」

 

 ”びちゃっ”

 

「――――え?」

 

「治療完了です。お大事に」

 

「...え?」

 

 

 ◇

 

「...絆創膏は貰えたのかね?まったく...調理中に指を切るなど未熟の証拠だな」

 

 赤い外套のアーチャーが声をかける。しかし返事は返ってこずうなだれている。

 

「つば...」

 

「は?」

 

 しばらくの間、食堂内で落ち込む彼の姿が見られたそうな

 

「...僕が一体何をしたっていうんだよフローレンス」

 

 誤解は暫く解けなかった。ちなみに傷はちゃんと治った。

 




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