【悪役を押し付けられた者】   作:ラスキル

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桜と怪物 「覚悟」

「じゃあ、ジッとしててくださいね」

「ああ...イテテ」

「あ、すいません。沁みちゃいますよね」

 

 背中に塗りつけられた消毒液の鋭い一撃。

 

 昔から苦手だ。こう、まるで肌を焼かれているような痛み、傷を癒してるはずなのにまるで逆な行為。

 

 必要な痛みというのは分かるが、もう少し手加減をしてもらいたい。

 

「もう、大丈夫。うん、大丈夫。」

「ダメですよ!背中一面真っ赤なんですから、ちゃんと消毒しないといけません!それに痛いのは当たり前です。こんな大けがして帰ってきたんですから、少しは我慢してください」

 

 ...容赦ないのは、藤ねえに似たのかもな。

 

「先輩。他に痛むところはありますか?」

「いや、怪我したのは腹と背中だけだ。他は何ともない」

「そうですか。なら、後はガーゼとテーピングをしておきますね」

 

 テキパキと救急箱を扱う桜。

 

「――――はあ」

 

 さて。

 

 この傷は桜には隠すつもりだった...のだが早々にばれてしまった。玄関を一歩進んだ瞬間、歩き方に違和感を覚えたのだろう。怪訝な顔で問い詰められた結果、自白させられ、こうして手当てを受けている。

 

 最初、傷を見せたときの桜の慌てぶりは凄かった。腹と背中の怪我がそれほど酷かったのもあると思うが。

 

『せ、せせ先輩。その、服、脱いでください』

 

 ...その、頑張ってる桜を止めるのは悪いし、背中は自分で手当てできない。そんなこんなでシャツを脱いで、桜に背中を預けたわけである

 

「お疲れ様でした先輩」

 

 まあ、それも数分前の話。丁寧な桜の手当ては終わった。

 

「ん、ありがとう桜」

 

 ...腹の打ち身はどうしようもないが、背中の傷はだいぶ楽になった。今日はうつぶせで寝れば、明日にはもっと良くなってるはずだ。

 

「悪いな桜。こんな夜中に起こしちまって」

「え...いえ。わたしが勝手にしてたことですから。その、えっと...」

 

 何か言いたげに俯く桜。

 

「桜?何かあったのか?

「いえ、その...先輩、セイバーさんは帰られたんですか?」

「――――――――」

 

 鼓動が早まる。

 

 ”帰られたんですか?”

 

 今でも『もしかしら』という淡い願いを抱いている。でも、いざ自分以外の人間に言われると、その願いは打ち砕かれた。

 

「―――ああ、急な話だけど、あいつは帰った。もう...ここには戻ってこない」

 

 呼吸を整え、言葉を絞り出した。

 

 それは当然の疑問だった。たった数時間前までここで一緒に飯食ってた奴が急にいなくなるなんてことあるはずない。何かあったって思う。

 

 だから、平然と答えなくちゃいけない。俺が誰よりも落ち着いて、なんでもないかのように、既に決まっていたかのように振舞わくちゃいけない。

 

「セイバーは最後まで桜の事言ってたよ。ははっ、桜は思い詰めるタイプだから、もっとこう、気楽にいけってさ」

「そう、ですか...せめて最後くらい挨拶したかったな」

 

 ―――そうだな、と頷くことはしなかった。

 

 別れを言うことなく、その姿を見ることなくセイバーは姿を消した。

 

 たった数日だけの関係。たった数日の相棒。たった数日...俺の剣でいてくれた彼女に俺は何をもって答えるべきなのか。

 

「―――でもよかった。あの人が来てから、先輩怪我をしてばかりでしたもん。これで今まで通りですね、先輩」

「...え?」

「そうですよ、何をしてたか聞きませんけど先輩はきっとセイバーさんの為に出歩いていたんでしょう?

 けど、そのセイバーさんは帰ってしまったんですから、先輩が危ない目に合うことはもうないじゃないですか」

 

 駄目だ、それは出来ない。

 

 心配してくれる桜には悪いが、セイバーのためにも今ここでやめるわけにはいかない。

 

「いや。セイバーがいなくなっても、夜に出歩くのは続ける」

「で、でも」

「...その、セイバーに付き合ってたんじゃなくて、俺がセイバーをつき合わせていたんだ。だから悪い、これからも続けると思う」

 

 腰を上げる。

 

 ...ようやく緊張も解けたんだろう。急激に眠気が襲ってくる。

 

「え―――先、輩」

「おやすみ桜。明日からもっと家を留守にするけど、桜は今まで通りここを使ってくれ。今日みたいに玄関でずっと待つってのは無しだぞ」

「......はい。おやすみなさい先輩」

 

 布団に横になる。ひと眠り着く前に闇をにらんだ。

 

「――――」

 

 セイバーは何に破れたのか、自分は何と戦うべきなのか。覚悟を決めなければならない。

 

「――――俺が戦うべき相手」

 

 あの影は当然の事。...だがもう一人、それが分からない。

 

 セイバーはあいつを警戒していた。今回は俺を助けてくれたが、次に会ったときは多分...

 

「――――――――」

 

 もうセイバーはいない。傷をいやしてくれる奇跡もなければ、武器になるのは半人前の魔術だけ。あれらに立ち向かうのは自殺行為だと理解している。

 

 手は震えている。

 

 だけど、二度とあの惨状を繰り返してはならない。戦いを止めなきゃいけない。

 

 ...だから。震えるのはこの夜で最後だ。

 

 もういない彼女に宣言するようにこぶしを突き上げた。彼女に胸を張れるように強くならなくてはいけないのだから―――

 

 ◇

 

 部屋に戻ってくる。

 

 少女は重い足取りでベットまで歩き、とすん、と力なく腰を下ろした。

 

「先輩...まだ」

 

 でもよかった。もう突然現れた金髪の少女は帰ってこない。邪魔な蟲はもういない。

 

「...」

 

 そんなことはもうどうでもいい。彼は命令を果たしてくれた...少年が怪我していたのは少し許せないが。無事であるならそれでいい。

 

 ”衛宮士郎”が帰ってきてくれる。それが少女にとって何よりの喜びなのだ。

 

「...あれ?...少し寒い...今日は冷えるのかな」

 

 寒気を覚え額に手を当てる。

 

 ...熱い。熱い、燃えるように体は熱を帯び、気をしっかり持ってないと倒れてしまいそう。

 

 軽い風邪だ。

 

 何しろ少年たちが外に出た後から数時間、玄関前で待ち続けていたのだ。体調を崩すのは当然である。怠い体を起こし電気を消す。

 

「...あっ...ん...ふ――――」

 

 少年の傷跡を思い返す。

 

 ...何かに齧られたような背中の傷。

 

 ...重い鈍器で叩かれ、どす黒く腫れたお腹の痣。

 

 それを思い返すだけで体の体温が上がってしまう。それが性的高揚ではなく憎しみによるものだと少女は気づかないふりをした。

 

「ふふふっ...でも、もういない...」

 

 ...そう、

 

 誰かは知らないが、彼をあそこまで傷つけたのは許せない。だから食べられた、だから殺された。

 

 嫌いとか憎いとか、そんなのどうでもいい。彼に手を出したのが許せない。

 

 あの人は大切な人、自分とは違う存在。だから、それを傷つける者は、誰であろうと許さない。

 

「あ―――ん...だめ、だめな、のに――――」

 

 少年に対する思い、罪悪感が少女を覆いつくす。傷ついた少年、血の跡、大きな背中。

 

 もう帰ってこない女。奪い返した事実。バカみたいな嘘。

 

「...あ、んぁ...!ごめんなさい...あっ...せんぱい、ごめんなさい...!」

 

 必死に自分を慰める。

 

 ...でも足りない。戻ってきたことは嬉しい。それだけでいいはずなのに。

 

 傍にいてほしい。

 

 それは強欲な願いなんだろう。言葉にしてはいけない、叶えられない、だからこそ少女の思いは悪化していく。

 

「...ん...あ...はあ...あ―――」

 

 終わった後はいつも自己嫌悪に陥る。

 

「どうすれば...このままじゃあもっと大きなけがしちゃう」

 

 少女に止めるすべなどない。もとより解決しようがない問題なのだ。このまま夜が明けるまで考えたところで、少年を止めることは出来ない。

 

 けれど

 

「―――そっか。外に出さなければいいんだ」

 

 安心したように、ごく単純な答えに少女はたどり着いた。

 

「うん。歩けなくなるぐらいの怪我をしちゃえば、もう危ない目に遭うことはないですよね、先輩?」

 

 それを否定するものはいなかった。

 

 ◇

 

 ここは石の匂いがする部屋だった。ランプの灯は男の背中を照らし、その手元に置かれた大量の羊皮紙を浮き彫りにする。

 

 柳洞寺の破壊に始まり、増え続ける行方不明者、魔術の行使による精神異常者の多発、朝から晩まで行われる作業に終わりは見えない。

 

「―――教会への報告書とやらか。お前も忙しい男だな言峰」

 

 声は気配もなく、背後からかけられた。

 

 それに反応することなく、椅子に腰を掛ける男...言峰綺麗礼は次の書類に取り掛かる。

 

「ほう、例の簒奪者についてか。どれ、被害者は既に三十七人。うち死亡者は八名、行方不明者二十五名ときたか。監督役としてこれは多い方なのか?」

 

 金色の男は机に置かれていた報告書を取り、興味深そうに読み進める。 

 

「―――そうだな。これほど大規模な怪奇事件は私も初めてだ...しかし前例がないわけでもない。お前は覚えてないかもしれぬが、さきの第四次において召喚されたキャスターにより子供の誘拐が発生している...もっとも今回は夜を出歩く大人や浮浪者たちが標的のようだがね」

 

 被害者には子供は含まれていない。それを幸運と見るべきか否かは定かではないが...見境なしというわけではないようだ。少なくとも今は。

 

「この程度に留まるなら問題はない。どちらの教会も事態の後処理は承知の上だ。だが――――」

 

 犠牲者は今も増え続けている。 

 

「それも今のペースなら、か...ふん、堕ちるとこまで堕ちたものだ。ここが我の庭だと知りながら愚行を犯すとは大きく出たものよ」

「まるでアレの正体を知っている風な口を利くのだな」

「ふっ、さてな...だが、このまま放っておけばこの街は廃墟になるぞ」

「...際限を知らぬというのか?」

「かつての奴であればそこまでは至らぬであろうがな」

 

 突如現れた謎の黒い影と乱入者。今はまだ小規模であり誤魔化しはいくらでも効く。だが、その量は日に日に増え続けている。数日前から始まった異常ともいえる捕食行為、いずれは誰一人として夜を超えれぬほど大規模のものになるのは目に見えている。

 

「私は間桐のご老体が裏で糸を引いていると読んでいたが...既にサーヴァント共々喰われたとは」

「はっ、あの手の輩にはふさわしい末路よ」

 

 愉快そうな口調とは裏腹に、彼の表情は怒りを帯びていた。

 

「だが、我とておめおめと街の人間が喰われるのは性に合わぬ」

「...驚いたな。どういう風の吹き回しだギルガメッシュ。己以外は何もいらぬと豪語するお前にそこまで言わせるほどの存在なのか、アレは?」

「我は我以外の者が人を殺めることを良しとせん。人が人を殺せばつまらぬ罪罰で身を滅ぼそう...その手の苦しみは見るに堪えん、つまらぬものよ」

「アレが人だと?」

「ああ、そうだとも。奴はその様に作られた物であり、正体はそこの雑種と何ら変わらぬ」

 

 言峰にとっては、驚きの連続だった。乱入者の正体は当然の事、この自分以外なにもいらぬという男が、街の人間の安否を気遣うとは。

 

「ならばどうする」

「なに、奴が何を願おうとこの我が裁定しよう。この場においては我が正義、奴が悪。この構図は何千年前から変わっておらん」

「...やはりお前は英霊だな。汚染されようと根は正気のままか」

「フハハハハハ!何をいまさら言うか。

だが...まだ早い、時が満ちるまでせいぜい我を楽しませてみよ

 

 ――――なあ、モンスターよ」

 

 黄金の王は笑う。好敵手と再び相まみえること喜ぶように。

 

 それが例え期待に添わぬとしても、過去の過ちをただすために――――




次回「正義の味方」

fgo 編のアタランテと怪物の関係 どれが見たい?

  • イチャイチャ
  • つよつよ奥様
  • しっとり/依存
  • 無関心/やり直し
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