「う...――――っ、あいてててて」
痛みで目を覚ます。
やはり一晩寝たぐらいでは快復とはもういかないようだ。でも背中の痛みはほぼ痛くなくなった。腹は動くと痛むけど我慢すればどうってことないレベルだ。
「――――やべっ、もう七時過ぎてる」
セイバーを失った俺には学校に行く余裕なんかない。けど今日だけはどうしても外せない用事がある。
服を着替え居間に向かう。
台所からは朝飯を作るいい匂いが漂っており、どうやら一足早く起きた桜が調理しているようだ。
「おはよう桜。悪い寝過ごしちまった。」
「おはようございます先輩。珍しいですね」
「う...面目ない。なんか気が付いたら朝だった。」
「怪我してるんだから仕方ないですよ」
そう言ってくれるとありがたいが、桜に任せきりっていうわけにはいかない。とりあえず寝ぼけた頭をはっきりさせないとな。
「すまんちょっと顔洗ってくる。すぐ戻るから―――」
「いえいえ!どうぞのんびり洗ってきてください!今朝は私一人で準備しますから、お味噌汁期待しててくださいね!今日は自信作なんです!」
ん...?
桜は実に元気だ...と言えば聞こえはいいが。なんか変だな?やけにハイテンションっていうかから回っているっていうか。まあ桜がそこまで言うならお言葉に甘えて...
そう思い洗面所に向かおうとしたとき
「あっ...」
何かが倒れる音がした。それが人の倒れた音だと気が付くのは一瞬の事だった。
「桜―――!?」
すぐさま台所へ駆け寄る。床に倒れこんでいたのか桜はけだるげな仕草でゆっくりと起き上がる。
「あれ、どうかしましたか?先輩...」
赤く染まった頬、少し荒い息。もしかして桜の奴...!
「ッ...」
桜に駆け寄り肩を掴む。熱い...!額を触らずともわかる体温の高さ。なんだってこんな熱で立ってられたんだ!
乱れた息と汗ばんだ制服が、桜の状態を物語っていた。
「桜、お前すごい熱だぞ!?」
「え?熱って...わたし、ですか?」
まさか自分で気づいてないのか?だからこんな無茶してたのか...とにかくすぐ休ませないと。
ふらつく桜の手を引き客間へ向かう。その手はいつかと同じように熱かった。
「......っ」
学校には欠席届を出して、朝食も消化しやすいお粥を作って...そうだ。藤村のじいさんにお願いして家政婦さんに来てもらおう。
「あ、あの...先輩?どこに行くんですか。学校に行く前にちゃんと朝ご飯食べないと」
桜はまだ状況が分かってない。
朝のテンションの高さは熱でぼーっとしていたものだったんだろう。
「馬鹿、学校は休みだ。俺が連絡を入れておくから熱が下がるまで部屋で安静にしてろ」
「えっ...学校を休むって、わたしがですか?」
「そうだよ。桜以外に誰がいるんだ。俺は...昨日より怪我の具合はいいかならな、休む必要はないだろ」
まあ、こっちだって無理して学校に行く必要はない。セイバーがいない今、俺には学校に行く余裕なんかないからだ。
それでも、今日だけは行かなきゃならない、
昨夜見たことを遠坂に報せるまでは、家に引きこもってるわけにはいかない。
「とにかく、今日は休め。いつも頑張ってるんだから、たまには休んでもいいだろ」
「ぁ...い、いいえ、わたし本当に平気なんです...!だからご飯を食べて、学校に行きましょう。そうすればこんな熱、直ぐによくなりますから...」
「ばか、そんなことあるかよ。なんか言ってること滅茶苦茶だぞ桜」
「でも...わたし、わたしは学校に行かないと...」
「なんだって、そんなに学校に行きたがるんだよ。大丈夫だ桜、俺も用が済んだらすぐ帰るから」
「......」
ようやく観念したのか、桜はこちらに身を任せてきた。支えた体は、異様なまでに重い。桜にはもう立つ力がないのか、こんなにも身体が重くなったから立てなくなったのか。
どちらにせよ、桜は一人で歩けないほど熱があって、元気だと思っているのは本人だけということだ。
客間に着いたとき、桜は既に眠っていた。
けど、眠ってるって言っても意識は半分ある状態だろう。呼吸は苦し気で、一度だけ、俺の手をしっかりと握ってきた。
「――――」
取り敢えずベットに寝かせ、朝食のおかゆを用意する。
「(よかった、眠れたみたいだな)」
再び客間に戻ってくると、呼吸は落ち着いておりこの分なら大丈夫だろう。一人で歩けるぐらい回復したら、一緒に病院にでも行って風邪薬でも処方してもらおう。
「...じゃあな。学校行ってくる」
ベットから離れてドアに向かう。
―――と
「...先輩と一緒に...学校に行きたいんです」
小さな声が聞こえた。
「桜?」
振り返る。桜は眠ったまま、目を閉じている。
「なんだ...うわ言かな」
今度こそドアを閉める。
さあ、俺にはやるべきことがまだある。玄関を開け、学校に向かって歩き出した。
◇
カチ、コチ、カチ、コチ、カチ...
ーーー熱い
カチ、コチ、カチ、コチ、カチ...
ーーー熱い
時計の音がひどく耳障り。
カチ、トク、カチ、トク...
いや、これは
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン...
心臓の音のようだ。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクンーーーー
ーーー熱い
熱源はわたし以外の何か。血管と血管の間、神経と筋肉の隙間。
悲鳴を上げるように、中から飛び出そうとするように。必死に出口を探して、エンジンを全開にして。
「時計の音...うるさいなあ」
ドクン...自分の声はよく聞こえない...ドクン...聞こえるのは喧しい時計の音と苦しい心臓の音...ドクン
ずっと悲鳴をあげている体の中で蠢く赤子。奇怪で不快、異常な発熱、めまいと耳鳴り。苦しいのはきっと自分だけではない。体の中に這っているモノたちも大変なのだ。
それを考えるとなんだか愛らしい気がして、その感覚を憎むことは出来なかった。
虫に比べれば随分と愛らしいモノだから。
「...あれ...なんかおかしいです、先輩、」
でも先輩が帰って来るまでに落ち着かせないとまた心配をかけてしまう。体の中の蠢きを鎮ませないといけない。
そうして下着に手を伸ばす。大丈夫何度もしてきたことだ。
「あ...んっ...どうして?...やだ...なん、で...」
いくら慰めても体は落ち着かない。今までできたことが出来ない。何が足りないのか、何が必要なのか、何が変わってしまったのか。それを考えようとしても、時計の針が邪魔して思考は纏まらない。
“ガラン、ガラン、ガラン、ガラン、ガラン...“
「ーーーあれ?...この、音」
それが時計の音ではなく、衛宮の屋敷自体が侵入者を知らせる警告音だと気がついた時。
もう手遅れだと気づいてしまった。
「なんだ、衛宮はいないのか。そりゃ都合がいい」
「兄、さん」
「へえ?なんだ衛宮がいないと思ったら1人で盛ってたのか。大方、キャスターを勝手に使いすぎた反動かな?」
男は土足で居間にあがり、壁にもたれかかっている少女に歩み寄った。
「ぁーーー」
サクラは逃げようとするも力が入らないようで...まあ、諦めていると言った方が正しいか。ここで逃げたところで、どうせ自分には逃げきれないと考えているのだろう。
「おままごとの時間は終わりだよ、桜。お前言ったよな、僕のためになんでもするって」
引き攣った笑いで桜を見下ろす慎二。
「やーーー嫌です、わたし...!」
その返事が気に食わなかったのかシンジはサクラの首を手荒く絞め愉悦の笑みを浮かべた。見てて面白いものではない、かといって止めに入るほど親切でもない。
「そう逆らうなよ桜。思わず殺したくなっちゃうじゃないか。お前はさ、ただ僕のいうことを聞いとけばいいんだから」
「やだーーー違う、約束が違う兄さん...!先輩には、もう手出ししないって言ったのに...!」
髪を振り乱して抗うサクラを、シンジは足で蹴り込む。鈍い音が響き、無造作に腹を蹴られたサクラは痛みでうずくまる。
「ぅーーーぐ...うえ...」
うずくまるサクラから嗚咽があがる。
「優しいな僕は。爺さんの遺品の薬もあるってのに、使わないでやってんだから」
「ぁ...あえっ、うぅーーー」
咳き込むサクラを抱き寄せ、もう一度首を掴んだ。
「安心しろ、約束は守るさ。あいつは殺さないし、今までのことは黙ってやる。ただちょっと、あいつには痛い目に会ってもらわないと気が済まないんだよ、こっちは」
「ーーーっ」
サクラの頬に触れるほど口を近づけ、愉しげに笑うシンジ。
結局、サクラは諦めてしまう。“どうあってもこうなるのだと、もう何度も思い知ってることなんだ“とそれが当然と受け入れる。
それがこの兄妹の関係だと言ってしまえばそれで終わりだが...なぜだか胸の奥から沸々と湧き上がるものがあることに気づいた。これは一体なんなんだろうか。
「そうそう、いい子だ桜。それじゃあ先に行っていようぜ、ここは衛宮の陣地だしな、あそぶなら僕の用意した陣地じゃないと」
とはいえ、もうすぐだ。結果はどうなろうとアーチャーを誘き寄せることができるなら問題はないのだから。誰がどうなろうと...僕には関係ない。
慎二は乱暴に桜を突き放し、後ろに控えていた男に声をかける。
「キャスター桜を連れて来い」
倒れ伏した少女は顔を上げる。
「ーーーキャス、ター」
「ごめんね、シンジがどうしても我慢できないっていうからさ」
そこには黒い衣服のサーヴァントがいた。
「悪いけど君たちには付き合ってもらうよ」
◇
もっと早く帰るべきだった。もっと真剣に考えるべきだった。こうなることを恐れて桜をうちに預かったんじゃないのか!?
『もしもし?やっと帰って来たの衛宮?桜は返して貰ったぜ。あいつは僕のモノなんだからいつまでも他人の家に置いとけないよ』
今はそんな後悔をしてる暇なんかない。冷静に、冷静に、冷静になって対処を考えなくちゃいけない。
『はは!そうカッカすんなって。何?桜を取られて悔しいわけ?』
だというのに、頭の中は怒りで埋め尽くされちっとも働きやしない。
『いい加減カタをつけようぜ衛宮。お前だってこの間の一件で済んだなんて思ってないよな?』
桜は無関係だとキャスターは言っていた。そんな言葉をどうして信じたのか。桜が間桐の、魔術師の家系の人間である限り無関係ってことはない。なのにどうして、どうしてそんな
『違う!!あれはサーヴァントの差だお前の力じゃない!今だってセイバーが出てこなければお前に僕が負けるはずがないんだよ!!』
ーーー俺にだけ都合がいい話を鵜呑みにした!
『場所は学校だ...くれぐれも一人で来いよ?ここにはキャスターが結界を張り直したからな、セイバーを連れて来ればすぐに分かる。まあ...お前が桜の前でそんな卑怯な真似をするとは思ってないんだけどね』
慎二の煽り文句に付き合う理由はもうない.
もはや学友同士の喧嘩では済まされない。俺は今度こそマスターとしてあいつと闘う。
「一応聞いておく、お前はマスターか、それとも桜の兄貴か」
『ハッ、冗談!なんで僕がこんなグズの兄貴なわけさ。ま、お前を誘き寄せるのには役に立ったけどさ』
なんでだよ慎二...お前はそんな奴じゃなかっただろ?どこで道を誤ちまったんだ...
「...分かった.これで心置きなくお前をぶん殴れる」
『ああ、来いよ衛宮。まあ戦いになればの話だけどね』ガチャ、ツーツーツー
もう時間はない、すぐさま学校へ向かわなければ。
「ちょ、ちょっと待って!まさか本当に一人で行くつもりなのアンタ!?」
...ああ。そういえば遠坂に着いて来てもらってたんだっけ。桜の様子を見てもらうつもりだったけど今はそんな場合じゃなくなった。
「そういう指定だ。悪いが話なら後にしてくれ」
「っ...それはこっちのセリフよ!このまま行っても殺されるだけでしょ!...まずは落ち着いて作戦を立てましょう、目の前であんたが殺されるところみちゃ桜もたまったもんじゃないわよ」
確かに、それは困る。俺が死んで桜を助けられないのは最悪のパターンだ。
「...そうか。桜の前で殺すかな慎二」
「それは...分からないけど。わざわざ人質として桜を使うってんだから可能性はあるわね...大丈夫、衛宮くん?貴方冷静そうに見えるけど内心は逆上してる?」
逆上してるかって?
ああ、してるとも。もう慎二を殴りつけることで頭の中はいっぱいだ。
「してる。もうそれしか考えられない。今まで兄妹のことだって口出ししなかった自分にも...!」
それにあいつは言った。桜の家族として言ってはならないことを言った
「慎二は桜の兄貴じゃないって言ったんだ。そんな奴に桜を奪われた。だから奪い返してくる。遠坂は手出ししないでくれ」
「ちょっと待ちなさいってば!!貴方一人じゃ助けられるものも助けられないからわたしと組むって言ったんじゃないの!?」
「ーーーーーーー」
足を止める。
その言葉は、沸騰していた頭に冷水をぶっかけてくれた。そうだ、セイバーがいない俺にはできることは少ない。だから遠坂に協力を申し出たんだ。
「すまん。けど桜が危ない。一人じゃ自殺行為だって分かってるけど、こうするしか手はない」
それも遠坂には百も承知なんだろう。苦虫を潰したような顔で答えた。
「...でしょうね。慎二が桜をおさえている以上、わたしもおいそれと手は貸せない。けど衛宮くん。貴方がなんとかして慎二から桜を取り返してくれたら...後はわたしがなんとかする」
「ーーーなんとかするって、慎二をか?」
「慎二じゃなくてキャスターよ。サーヴァントの相手はサーヴァントがするものでしょう...貴方の話を聞く限りアーチャーでも相手できそうだし。とにかく桜を助けてあげて、そうしたらたとえ一秒後に殺されるって状況でも、絶対に貴方を助けるから」
でも、それは確実に遠坂に負担をかけることだろう。俺はそれを承知で力を借りて、遠坂もそれを守ろうとしている。
「どうしてそこまで...」
「わたしを勝たせてくれるんでしょ?なら今死なれても困るのよ」
それで、怒りに走っていた心に覚悟が入った。
「分かった。後のフォローは任せる」
「ええ。けどそれには貴方がちゃんと無事で、きちんと桜を守ってあげるって条件付きよ。いくらアーチャーでも桜を守りながらキャスターの相手をする、なんて出来ない。自分の身と引き換えに桜を助けても、そんなの全然意味が無いんだから」
校舎には人気はなかった。
行方不明事件の多発が下校時間を早めた為だ。生徒はおろか教師さえ残ってはいないだろう。
「先に行く。遠坂は後から来てくれ」
「ええ、十分たったらわたしも正門を潜るわ。ここにはライダーの結界が張られてる。気配を消した所で見つかっちゃうからそうならないように慎二とキャスターの注意を引きつけて」
「分かった」
校舎に向けて走り出す。
背中には熱い鉄が入っている。魔術回路はとっくに成っている。俺に許されたただ一つの“
「!」
足を止める。
三階の廊下にはキャスターと、桜に刃物をあてている慎二がいた。
「慎二お前ーーー!」
止まっていた足が再び駆け出す。
だが、目の前にキャスターが立ち塞がった。
「止まった方がいい。それ以上に前に出れば、マスターは彼女を傷つける」
前に出ようとする体を押しとどめる。強く噛み締めた歯が、ぎりぎりと悲鳴をあげる。
「慎二ーーー!」
「よう。思った通り飛んできたな衛宮。お前のことだからさ、ああ言えばホントに一人で来ると思ったよ」
頭が白熱する。
目の前のサーヴァントが目に入らないぐらい、頭がくらくらしている。
桜は慎二の妹だ。兄貴なら妹を守るべきだろう。肉親なら助け合って、一緒に笑い合うものだろう。なのにどうして分からないんだ。
ナイフを突きつけられる桜の気持ちがどうしてーーーー!
「お前、本気でそんなことやってんのか」
「当然だろ。本気だから最後の切り札を使ってんじゃないか。この期に及んで何寝ぼけてんのさ?」
「っ...!」
今すぐあそこまで走って、桜を引き離さないと気が済まない。
それには、こいつが邪魔だ。キャスターは慎二を守るように、俺の行手を阻んでいる。
「分からないな...君は何しに来た?この場に訪れたということは、マスターの意に従うという事。闘う気があるなら、一人で来るべきじゃないのは明白だろうに」
それはもっともな言い分だ、怒りに駆られてはいけない。慎二の言う通りにした以上、俺は慎二を倒すのではなく、桜を助けることだけを考えなければ。
慎二は桜を抱き寄せたまま、俺の狼狽を楽しんでいた。
桜は俯いたまま顔を上げる様子はない。気を失ってるわけではないだろう。自分の足で立ってる。俯いてるのは、ただ、顔を上げることができないからだ。
「ああ、こいつには全部話したんだよ。僕たちがマスターで、お互い殺し合ってきたってさ!こいつさ、お前が隠してることみんな気づいてたらしいぜ!けど自分はただの後輩だから聞けなかっただとさ!...何黙ってるんだよ桜。聞いてやれよ、わたしが薄汚れた間桐の女って知って嫌われたかどうか、ちゃんと自分の口で聞いてみろよ!」
桜の頬にナイフが当てられる。
「もういいだろう。約束通りきたんだ、桜を放せ」
「はあ?約束なんてしてないよ?僕はただ命令しただけさ...そう睨むなよ、僕だって鬼じゃない。妹を助けたいっていうお前の気持ちは嬉しいからね。僕の言う通りにするんなら桜は放す。これは約束だ」
「...分かった。で、お前の要件ってのはなんだ。ここで土下座でもすればいいのか」
「そんなの要らないよ。男に頭を下げられて何が嬉しいっていうんだ。言っただろ、いい加減カタをつけようってさ」
キャスターが一歩前に出る。
そこには殺気も敵意もない。ただ慎二の命に従って、俺へと歩を進めてくる。
「けど、ただやり合うってのもつまらないだろ?だからさ...キャスターの相手をしろ」
「ーーーーーっ」
言ってくれる。生身でキャスターと戦え、か。そんなの死ねって言ってるようなもんじゃないか...
「心配すんなって、キャスターには手加減するように言ってるからさ!お前はただ殴られてくれればいい。ああ、でも一発で倒れたりはするなよ?僕が満足する前に気絶なんかしたら足りない分は桜に払ってもらうからね」
キャスターは見るからに面倒臭そうに近づいてくる。確かに手加減はしてくれるらしい。
「ふん...抵抗はするな。けど簡単に倒れるな...矛盾してるぞ慎二。お前何がしたいんだ」
「はっ、そんなの決まってるじゃないか。僕はさーーーただお前をぶちのめしたいだけなんだよ!!やれキャスター!」
キャスターが跳ねる。
両手を構えて防御に徹する。
その瞬間
「っ、ぐーーー!」
顔を防ぎに入った腕そのものを狙われた。軽い一撃だ、まだ右腕はついている。
だが...
「っ...!」
目にも留まらぬ速さの連撃が繰り出される。同じ腕をしつこく狙われだんだん麻痺してきた。
全速で意識を編み上げる。守りになるようなものを片っ端から強化しなければいずれ手足を砕かれる。薄い学生服を鉄に、無防備な体を少しでも硬くしなければ、
「っっーーー!」
だが、少しでも意識をそらすと強烈な一撃が襲ってくる。音速で放たれる一撃は強化した服を貫通し、容赦なく腕を壊しにくる。
「はーーーこ、のーーー!」
両腕はたった一息のうちに使い物にならなくされた。いや、動くには動くが感覚がない。こんな鈍い動きじゃあ、もうキャスターの動きについていくことができない。
キャスターに容赦はない。こいつは命令通り、一切の無駄なく攻撃を繰り出してくる。
満足に動かない両腕で、とにかく顔だけはしっかりと守る。もとよりキャスターの拳を“見て防ぐ“など出来ないのだ。意識だけは奪われないように、頭を守ることに専念しなければ。
それをキャスターがどう取ったのか、隙間だらけの両腕の守りを狙ってこず、ガラ空きの腹と胸ばかり強打してくる...それはそれで悶絶しかねない一撃だったが、痺れるほどの強さではなかった。
「ぐっ...あぐっ...っ...(おかしい。柳洞寺で見たキャスターなら一撃で俺を殺することができるはずだ。
慎二の言う通り手加減してるのか...それを差し引いてもこのキャスターは、前の夜でセイバーに敗れたときのキャスターだ。
柳洞寺の時の迫力が全くない。これなら、まだ俺にも好機はある!)」
ああ、だが勘違いだったかもしれない。
「ご、ぶ.....!」
前に倒れ込む。
サンドバック相手のスパーリングに飽きたのだろう。深く踏み込んだ一撃が叩き込まれる。杭打ちめいた一撃に、腹の中身が抉られる。
今のは効いた...治り切ってない傷が悲鳴を上げ、足は膝から崩れ落ちようとする。
「どうした衛宮。簡単にくたばってちゃつまらないぜ!」
前に倒れ込む。
キャスターはわずかに身を引いて、俺の倒れを見届けようとする
そこへ、
「っーーーあ...」
俺はキャスターの腕を掴んで、強引に体を持ち堪えさせた。
「ふーん、いいぞ衛宮。ゴキブリ並みのしぶとさだ!お前は本当に面白いぜ!...けど、見せ物としては三流だったな。このまま続けても同じことの繰り返しだ。そろそろ豪快なKOシーンで締めくくろうか」
ーーー同じ?
馬鹿、どこが同じって言うんだ。さっきとは立ち位置が違う。キャスターに寄りかかった時。あからさまに立ち位置を逆にした事をどうとも思わないのかアイツは。
すると、キャスターが口を開いた。
「ーーー距離は五メートルほどだ。我慢強い君の勝ちだね」
「ぇ...」
突然だった。だから思わずキャスターの目を見たんだ。その時のコイツはいつものようにどす黒く濁った目じゃなく、赤く煌びやかに輝いた目をしていた。
「いいぞ!手加減はなしだ、殺せキャスター!!」
「兄さんーーー!やめ...」
体は麻痺している。殴られた箇所は痣になっており、もう痛みさえ感じない。殴られる痛みより、体中に残っている痛みの方が強いためだ。
それで完全に思い知った。これは慎二の意思じゃない。俺の顔を狙わなかったのも、まだ俺がギリギリで体を動かせるのも慎二に手加減を命じられたからではなくーーー
「さあ覚悟はいいかい?」
キャスターは深く踏み込み、今までとは比較にならない一撃で、この胸を蹴り上げた。
「ごーーーーーー」
息が止まる。
分かっていても、意識が消えかける。
慎二の歓喜の声が聞こえてくる。おおかた、これで終わりだと確信したのだろう。
普通ならこのまま、背中から落ちて死ぬ。落下の衝撃など考える必要はない。そもそも、人間を軽々と吹っ飛ばすほどの一撃だ。受けた時点で体に風穴が空いていても不思議じゃない。
「ハッーーーー」
だが生きている。あれだけタイミングを合わせられれば、誰だって後ろに飛べる。今のは殺すための一撃じゃない。あくまで、キャスターの意思だったんだから。
「...え?」
間合いは万全。
飛んでる最中に体を反転させ、着地と同時に呆けている慎二が握っているナイフを左手で掴み取る。ナイフの刃が肉に食い込むが、麻痺してるおかげで気にならない。
「な、えーーーー!?」
腹に仕込んで置いた本を取り出す。魔術で強化しておいたおかげでなんとか助かった。これがなきゃ蹴りの一撃を受け止めきれなかっただろうから。
「...魔術...あ...うう...う゛わああああああああああああ!」
激昂した慎二が殴りかかってくる。
残った右手を振り上げる。手のひらが切れることも気にせず、強く握りしめた拳を慎二に放った。
「おおおおおおおおおおおお!」
慎二の拳が俺に届くことなく、俺の拳が慎二の顔を殴り抜いた。
「ガッ...」
フラフラと慎二は後ずさる。
が、
「ぐ...ううっーーーキャスター!こいつを殺せええええ...!」
本のような物を取り出しキャスターに命じた。それにキャスターが抗うことはできず俺に向かって触手を...
ーーーしかし、それは許されなかった。
ガラスが突然、突き破られ赤い外套が飛び込んでくる。
『Fixierung,EileSalve――――!』
ガラスを突き破って乗り込んで来た遠坂により魔術が放たれる。キャスターは避けることなく直撃させられ一瞬動きが止まる。そこをアーチャーは見逃さない。
「できれば手加減してもらえるとーーーー」
「......ふんっ!」
容赦ない剣戟によりキャスターは切り伏せられ、床にうずくまる。なんともあっけなく勝負はついた。
突然の乱入者に驚愕した顔で慎二は遠坂に向かい合う。
「と、遠坂!?ひ、卑怯者!約束を破りやがったな衛宮。一人で来いって言ったのに!」
「そうね。けどアレは約束じゃなく命令だったんでしょ?なら衛宮くんを卑怯者呼ばわりするのは筋違いだわ」
「そ、そんなの詭弁だ!あの時、衛宮は一人で来るって言ったんだ。なら一人で来るのは当然じゃないか!」
「...わたしはただ来たかったから来ただけよ」
「嘘つけ!呼びもしないお前がどうして来るんだよ!まさか衛宮の奴、馬鹿正直なふりをして僕を騙したのか!?」
「ああそれ?そんなの単純よ。あの電話の時ね、わたしも側にいたの。衛宮くんが隠そうとしたって聞こえてたわよ。桜が攫われた以上わたしが大人しくしてるわけないでしょう?」
遠坂は怒りの表情で慎二に吐き捨てた。
「いい慎二?アンタは衛宮くんを誘き出す代わりにわたしを完全に敵に回したってことよ」
慎二の顔はワナワナ震え、自分に言いかけるように、自分を鼓舞するこのように叫び上げる。
「なんだよ、お前も桜かよ...桜、桜、桜桜桜桜桜!そんなヤツただ黙っていじけてるだけのグズじゃないか!よく見ろ!僕をみろ!!僕はマスターになったんだ!!お前たちと同じマスターに選ばれたんだぞ!!」
「...そう。じゃあ自慢のサーヴァントに戦わせたら?アーチャーは腹を裂いただけよ。そのサーヴァントは丈夫らしいみたいだから、まだ息はあるわ。一人前のマスターなら、今すぐにでもキャスターを治してあげなさい」
慎二は再び、本を取り出しキャスターに命じる。
「立てよキャスター!マスターの命令だ!立ってアーチャーを倒せ!!」
キャスターは動かない。血は流れ続けてる。
そんな姿にイラつくように、慎二は強く本を握りしめた。あの時と同じようにキャスターの周りに火花が散り始める。それでもキャスターが立ち上がる様子はない。
「この...!お前がこの程度で死なないことぐらい分かってんだよ!お前は僕のサーヴァントなんだ!死ぬまで戦えよ!!」
これまでと比にならないほどの火花が散る。
「...痛い...痛いなあシンジ...そんなに力を使っちゃあ...ねえ?」
キャスターがなんとか立ちあがろうと素振りを見せた時、
「ーーー何もできない、ただの人になってしまう」
慎二の持つ本が突然燃え上がる。
「なっーーーー!」
締め切られた廊下に風が吹く。それは倒れてたはずのキャスターと、俺のそばにいる桜の体から吹いていた。
「ーーー嘘、これがキャスター...?」
身構える遠坂と、再び立ち上がった敵を無言で見つめるアーチャー。
キャスターは完全に治癒していた。その体から発する威圧は、柳洞寺で見せたものと全く同じ。
「ーーーえ?」
唐突に、その姿が消えた。キャスターの姿は忽然と俺の視界から消え。
「衛宮くん、伏せてーーー!」
咄嗟にしゃがみ込んだ俺の真上を、閃光が通過していく
「桜!?」
一瞬の間に、キャスターは桜を抱いて跳んでいた。桜を抱えたキャスターは俺と遠坂とは反対方向。慎二がいる場所より少し前、俺たちと慎二の中間に着地する。
「お、おい。キャスター、お前なんのつもりだよ?誰が桜を連れて来いって言ったんだ」
キャスターは慎二を嘲笑うかのように笑ってみせ、一瞥した。
「そんな命令はもらってない。僕はただサーヴァントとして、自分のマスターの身を守っただけさ」
もうこの場には慎二の味方など居ない。目の前にいるのはただの、
ーーー濁った目をした怪物だった。
【真名】???【class】キャスター
【マスター】間桐桜
【パラメータ】
筋力 C 耐久 D 俊敏 A+ 魔力 A 幸運 E 宝具 EX
【クラススキル】
道具作成 C
産地直送
陣地作成 E-
ただ単に才能がない
【保有スキル】
対魔力 E
神代の魔術なんて食らってみろ、飛ぶぞ
擬態 EX
自己改造の究極系
弱体(英雄)EX
正しき英雄(英霊)と敵対した際、強烈な弱体化が現れる(ステータス二段階低下的な)
■■■■(英)
【宝具】
「 」(対星宝具)
次回「選択」
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多分、短編を何個か挟むかも。
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