———僕だって努力したんだ。
「そう...そいうことだったのねキャスター」
「ご名答だ、アーチャーのマスター。いや、既に気づいていたというべきかな?」
———あの日からずっと分かってた。桜が間桐の家に来た時から僕の居場所はなかったんだ。
「間桐の血はとうに廃れていて新たな魔術師は排出されない。わたしは間桐臓硯がキャスターを召喚して慎二に預けたのだと思ってた。
———それでも、振り向いてもらおうと頑張ってきたのに...!
「けど話はもっと簡単だった。だって今の間桐家に最もマスターに相応しい人間は、間桐の正式な後継者
———今代の魔術師である貴方だものね桜」
「そんな、桜が...マスター?」
信じられないような顔で士郎は桜を見つめている。
桜はその視線に耐えることができないのか、顔を伏せたままキャスターの側に佇んでいる。貴方にだけは知られたくなったのだと、謝罪するようだった。
「...おい」
———なんで桜ばかり見てるんだよ。今、お前たちの敵は僕のはずだろ!?なんで誰も僕を見ない!
誰も慎二を見ない。
令呪の譲渡。
“間桐慎二の命令に従う“という令呪。それによって慎二はキャスターのマスターとなり、その間桜はマスターとしての権限を失う。実際、今の桜の手には一角の令呪が刻まれていた。
「おい!お前ら、こっち見ろよ!!」
———そうだ、まだ終わってない。僕はこの聖杯戦争に勝って、そして
一斉に慎二を見る。
その場にいた誰もが慎二の存在を忘れていた。今の彼はマスターですらなく、もはや聖杯戦争に関係のない一般人へと成り下がっているというのに。
「まだ終わっちゃいない...!もう一度だ桜!もう一度、支配権を僕に譲れ!」
縋るように、懇願するように駆け寄る。
「.........」
「なに黙ってんだよ!お前は戦う気なんてないんだろう?マスターになるのは嫌だってさんざんお爺様に泣きついていたから、僕が代わりに引き受けてやったんじゃないか!なに今更、いい子ぶってんだよお前は...!」
黙り込む桜に気が触れたのか、拳を振り上げる慎二。
...それを止める必要はない。
「キャ、キャスターお前、僕に逆らうのか」
「逆らうもなにも、最初から君をマスターだと認めたことなどない、シンジ」
慎二の腕はキャスターに掴まれ、桜に届くことはなかった。
キャスターはその手を話さず慎二に言った。
「———哀れだねシンジ。君が持ってないもの周りは持っている。さぞ苦しかっただろう」
「な、なにを」
「嫉妬?劣等感?そのどちらもか。ああ、君はあんなに頑張っていたのに努力が報われないのは悲しいことだ。まあ、例え魔術回路を持ち合わせたとしても、そこのセイバーのマスターの方が資質はあるようだけどね」
「...うるさい」
黒い男は鼻で笑いながら言った。
「僕を見て、僕を、僕を!...ふふっ、だあれも君を見ない。」
「うるさい!」
慎二を見てキャスターは笑う。
「ちょっとキャスター、アンタ何を...」
遠坂が止めようとするも、アーチャーに制される。弓兵にとって目の前のキャスターは既に敵であり、警戒を解くことはない。
「蔑んでいた妹にも、見下していた友にも、君は結局、哀れと思われる」
慎二は士郎の方へと顔を向けた。その瞬間、目を逸らされる。士郎は慎二を憐れんだ訳ではない。ただ見ていられなかった、それだけである。
だが、それで十分だった。
「分かってた...わかってたわかってたわかってた!!最初からこんなの務まりっこないってわかってたさ!」
声を荒げながらその場で地団駄を踏む。それはもう子供の癇癪となんら変わらなかった。
その様子を見ていられなかったのか桜は声をかけた。
「...兄さん、もうやめましょう」
それは逆効果だった。
今の慎二に言葉をかけてもそれは全て自分を憐れんでる、同情していると変換され意味をなさない。
年月をかけて歪んだその性根はもう戻らない。
....亀裂が走る。
「やめろ!その目で僕を見るな!お前も!衛宮も!遠坂も!...全部、全部全部全部!」
ピシリと音を立てて、間桐慎二という存在が罅割れる。
「———お前らなんか」
慎二は小さなガラス瓶を取り出す。
それにこの上のない悪寒を感じた時
「———死んじゃえよ、全員」
パキンとガラスが割れた音がした。
「ぁ、っ———!」
桜が突然倒れる。足元から力を無くして床にへたり込む。
慎二はその様子を後ろ目に、表情を無くしたままさって行った。
桜は苦しげに胸を掻きむしり呻き声を上げる。
「ぁ———は、あ———! 」
耳に付けられていた飾りが砕け、中から薬品めいた液体がこばれている。
膝をついたまま痙攣する桜。
いや、もはや痙攣なんてものではなく、地震で倒壊する建物のように、そのまま崩れていまいそうなほど桜という存在そのものが揺れている。
空間が歪む、桜を中心として魔力が広がり続けている。
「桜!」
士郎が駆け寄ろうとする。何が起こっているのは分からないが、桜の身を案じる彼にとって当然の行動だった。
「たわけ———!この状況がわからんのか貴様!」
いつの間にか後ろにいたアーチャーによって肩を掴まれ、士郎はそのまま背後へ突き飛ばされる
「ここから離れろ。下手に
アーチャーが口にしたことを士郎は理解できない。だがそんな問いはすぐに消えることになる。
「悪いが逃すことは出来ない」
その言葉とともに廊下が赤黒く染まっていく。
たちこめる空気は霧状となって肌を濡らし、壁という壁は、蜜のような汗を浮かべ出す。
「がっ、ぐ———!?」
肌が焼けるように痛い。
この空気。
この世界は魔術によって括られた異界へと変貌している。
学校という枠組みの中、この敷地内の生物から魔力を奪い尽くす、得体の知れない結界。
「前回の反省を生かしてね、吸収という点に絞ってみたんだ」
褒めてくれてもいいんだよ、というようにキャスターは笑った。
「確かに段違いね、これは...っ」
「な———」
士郎は視線を戻す。
...赤黒く変色した通路の奥には、蹲って胸をかきむしる桜と、桜を守るようにアーチャーと対峙するキャスターの姿があった。
◇
「———そこを退けキャスター。おまえの主は暴走している。他人の魔力の味を知る前に止めなければ癖になるぞ」
...想定外だ。
まさか蟲を暴走させる薬があったとは。やはり全て取り除くべきだったか? それとも、シンジを必要以上に煽りすぎたか...つい興が乗ってしまった。反省しなければ。
まあそれはさておき、目の前のアーチャーが言っていることはよく分からない。他者の味を知る、それはもう手遅れな話というものだ。誰がわざわざ餌付けしたと思ってる?
このままではサクラの命は危うい。ならば
「断る。君がサクラを殺すというのであれば、これ以上は進ませない」
「そうではない、今ならまだ間に合うと言っている。それとも、みすみす主を死なせるのか。
お前のマスターは著しく魔力を失っている。放っておけば確実に死ぬとわかっているのか?」
糧を与えればいい話ではないか
「なら、食べさせてあげればいい。魔力よりも多くの魔力を取り込めば少なくとも自滅は避けられる。幸いここには魔術師が二人もいる
———サクラが蟲に食い尽くされるまでに、君のマスターは貰い受ける」
辺りに広がっていた自らの血に魔力を流し、数本の剣を生成する。血も僕の一部であることには変わりない、変質させることなど容易いこと。
立ち尽くす魔術師に向かって剣を放つ。
「———チッ...主が変わったところで性根は変わらんか!」
二対の剣によって振り払われる。
構うものか、近づけさせないように剣を生成しては放ち続ける。しかし、弓兵の癖に剣を使うとは、やはり見覚えのない英霊だ。早々に片付ける必要がある。
「宝具は使わないのかい?いや、もしかして使えないのかな?」
変わらず剣を捌き続けるアーチャーに向かって問う。アーチャーであれば遠距離からの宝具は持ち合わせているはず。それでも使わないのは、自分のマスターを巻き込む恐れがあるのか、あるいはサクラを気遣っているのか。
「...ふん、お前も宝具は使えまい.先ほどまで間桐慎二がマスターだったからな。いかにキャスターとて宝具を使うだけの魔力が溜まっていないだろう。使わぬ相手に手札を晒す必要もない」
図星か。
アーチャーは宝具を使わない。なら勝機は見えた。
「おいおい、なんのための結界だと思ってる?この学校の真下にも僅かながら霊脈は通ってる。それを利用することだって出来るんだよ」
「なに!?」
さあ、起点はここだ。
今僕が立っている真下。ここから一気に汲み上げさせてもらう!
「———宝具」
空に亀裂が走る。
堕ちてくる黒い影。かつての真体と言うべき神話。
ああ、そうだとも。未だ魔力不足により不完全での発動。仮想顕現とも言うべきか。
それでも喰らい尽くすには十分。
「貴様一体...何を呼んだ?」
「さあ?知りたいなら、何もせずただそこにいればいい」
歯を噛み締めながらアーチャーは叫ぶ。
剣を握り、こちらへ向かって来る。流石は英霊、あれの危険性はよくわかってる。それとも似たような経験があるのかな?
「黙って見ているとでも思うのか!ここで貴様を———」
「戦うかい?僕は別に構わないが、いいのかい?あれが堕ちればこの町の人間を喰らい尽くすまで止まりはしない
堕ちきる前に僕を殺せるのかな。あと十秒もないが、さてどうする?正義の味方さん」
選択を突きつける。
「アーチャー!!」
後ろでは彼のマスターが止めようとしている。彼がしようとしていることを分かっているのだろう。
人の命を選ぶか、世界の敵を打破するか。
彼が選んだのは
「———I am the bone of my sword」
「...よかった。そう来ると思ったよ」
アーチャーの行動を見てキャスターは不敵に笑うのだった。
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